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月山・鳥海山タクシー情報(2010年6月現在)

 遠方から月山・鳥海山を訪問される方で、縦走登山を計画する場合に悩まされるのが往路・復路の交通手段ではないでしょうか。
 まとまった人数の場合、タクシーという手段もございますので、ご検討ください。
 以下、参考までに。

鳥海山
 酒田第一タクシー TEL0234-22-9444

月山(庄内側)
 羽黒中央交通(羽黒観光ハイヤー) TEL0235-62-2260
 ※同社はウェブサイトがありませんので、以下に料金を転載します(月山八合目レストハウス掲示の料金表から転載)

月山八合目駐車場からの小型タクシー料金

行き先、所要時間、料金(小型)
国民休暇村羽黒 40分 5000円
羽黒山山頂 45分 6000円
湯殿山 100分 16000円
月山姥沢登山口 120分 18000円
鶴岡駅 60分 9200円
狩川駅 55分 8600円
新庄駅 100分 16500円
庄内あさひバス停(高速バス) 60分 9200円
庄内空港 80分 12000円
湯田川温泉 70分 11000円
湯野浜温泉 80分 12500円
※9人乗ジャンボタクシーは料金約4割増。

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 なお最近の原油価格高騰の折、料金の変更が予想されますため、御利用ご計画の際には各社に直接ご確認いただきますよう、お願い申し上げます。

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月山残雪情報(2010年6月28日現在)

 私の所属する東北マウンテンガイドネットワークのブログに、月山の姥沢ルート・庄内ルートの残雪状況に関する情報をアップいたしました。
 登山シーズン初めに月山登山を計画されている方、どうぞご参考まで。

 月山の残雪状況(2010年6月28日現在) by 東北マウンテンガイドネットワーク2010.6.29

 私ども東北マウンテンガイドネットワークのブログでは、少数精鋭会員のためまだ掲載地域は限られておりますが、東北各地の山の登山情報を不定期に掲載しております。どうぞご覧下さい。

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月山登山に必要なもの

月山によくある、木道。
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木道を固定する、ボルトの穴ですが・・・


                                   
                                                                                                                                                                                                                               

Pa0_0083
天然の、『盆栽』になっておりました。
可愛らしいですね。

7月1日は月山の山開き、登山シーズンが始まります。
天候はまだ梅雨空。
しっかりした装備はもちろん、悪天候でも、自然を楽しむ「心のゆとり」もお持ち合わせの上、おいで下さい。

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睡眠2時間でもたない男とはつきあうな!

6/27から、仙台出張で溜まった公休を使う。

6/27
 カミさんと娘は学校行事にお出かけ。
 私は息子を連れて仮面ライダーの映画を見に行く。
 その他、溜まった所用にとりかかる。
 溜まった郵便物・メールの対応をダラダラと手掛けながら、NHKやネットの気象情報で気圧配置図を確認。
 午前3時に就寝。

6/28
 2時間ほど睡眠をとり、朝5時のNHK気象情報で再度気象予想を確認。
 午前中は月山・姥沢コースへ。残雪状況の踏査。残雪・雪渓の位置を簡易高度計・歩測で同定し、地形図にプロットする作業をしながら頂上へ。
 睡眠時間は短いが、久々の月山、身体は軽い。
 天候不順で山開き前の月山には誰もいない。鍛冶小屋跡のお社にて、東北マウンテンガイドネットワーク、月山朝日ガイド協会、以前所属していた東北山岳ガイド協会の仲間、家族の今年の安全と健康を声を出して祈る。
 下山してすぐ、午後は先日に雷敗退した出羽山地の某峰へ登る。
 月山に隣接した山だというのに、植生は著しく違う。

 某峰の取り付きは長い林道、退屈なので先日買ったBBCの英語テキストのCDを聴きながら車を走らせる。
「ん?モスコー(Moscow)?ロシアの話題か?」
と思いきや、実は「グラスゴー(Glasgow)」の話題だったりする。

「は?アボリジニ?オーストラリアの話題か?」
と思いきや、実は君主制撤廃の話題で「アボリション(Abolition・撤廃)」だったりする。
H
・・・背伸びしないでNHK「基礎英語」でも聴こうと思った頃、山麓の集落にようやくたどり着いた。

6/29
本日は月山の庄内ルートへ。
 昨日同様、残雪の位置を地形図にプロットしながら山頂へ。
 視界不良だが雨は霧雨程度で気温も低く、歩くには快適。
 帰路、羽黒山のビジターセンターで交通規制の情報収集。
 月山山麓から八合目駐車場に至るまで、あちこちで車道脇の刈り払い作業が行われている。
 今年も、登山シーズンが始まる。

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『初代・竹内洋岳』に反論する。

たまには刺激的なタイトルの記事を書く。

まずは下記画像をご覧いただきたい。
Repo

 この画像は、ロシアの某クライミングサイトからの拾い物。
 今夏、パキスタンのカンジュト・サールに挑むロシア隊の記事に掲載されていた画像である。
 彼らは、日本隊(おそらく千葉工大隊)の資料から山容を研究し、今夏の計画を立案したという。

 このカンジュト・サールのロシア隊に限らず、カラコルム一帯の山を目指す欧米隊で、日本隊の報告書を参考にしている隊は実に多い。多いといっても正確に数量を掴んでいるわけではないが、某大学山岳部の掲示板でヨーロッパの登山隊が福岡大学隊によるナンガパルバート峰の登山報告書を探している、という書き込みを見たこともあるし(ちょうど私も古書店で該当の福岡大隊報告書を購入したばかりだったので覚えていた)、私ども立正大学隊が登り損ねた某峰に関しても、アメリカ隊から問い合わせがあったと聞いた。

 やはりヒマラヤ登山隊には、報告書は必要である。(断言)

 こうして過去の日本隊の報告書を研究している欧米各国の隊を眺めてると、やっぱり登山報告書は後世の岳人のために必要なんだと思うよな。

 今はお気軽公募隊でガイドに引っ張られて登るからいちいち報告書も必要ないって意見もあるかもしれないけど、それはそれで現代のヒマラヤ登山を記録するためにも、やはり後世に続く登山者のために必要だと思うぞ。何か小さいことでも、何らかの情報が役に立つかもしれないのだ。
 
 昔撮影された、わずか一枚の頂上からの写真が、現代の先鋭クライマーの目をひいたように。

 もー、みんな右習えで称賛する『初代・竹内洋岳』で竹内君は登山報告書に対してあっさりと語っているので反論してみました。一人くらい、私みたいな悪役がいた方が面白いだろ(笑)

 あ、竹内君チョーオユーがむばってね。

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6月27日、漢(おとこ)の命日。

いつもチェックしているドイツの登山サイトに、偉大な登山家の画像が!!

H ヘルマン・ブール。
山野井泰史氏は少年時代に下敷きに某クライマーの写真を入れていたというエピソードが語られていますが、かくいう私、山の世界を知り始めた中学時代、カンペンケースにこの←精悍なブールの写真を貼っておりました。いや、ナンガパルバートの単独登頂のエピソードは、山を知り始めた中学生の私にとっても衝撃な話題でしたね。かたや世界に知られる山野井氏と違い、わたしゃ単なるハイカーに過ぎませんが。

6月27日、ヘルマン・ブールがパキスタンのチョゴリザで雪庇を踏み抜き、行方不明となった日であります。

Heute vor 53 Jahren: Bergsteigerlegende Hermann Buhl stirbt in Pakistan by Bergleben.de 2010.6.27

ドイツの登山サイト Bergleben.de の記事も、6月27日をブールの命日とした記事でした。
特に目新しい新事実発見という記事ではなく、簡潔かつよくまとまった内容でブールの人生をふりかえっています。

H3なんといっても、記事の中心はナンガパルバートの単独登頂ですね。左の画像は高所衰退の事例としても紹介されているのでよく知られていますが、ナンガ峰登頂直後のブールの近影写真。29歳とは思えぬ程、老人のようにやつれて見えます。記事では人工的な手段を用いない無酸素登頂とする一方で、覚醒剤(ペルベティン)の使用も明記されています。覚醒剤の使用があったとはいえ、やはり当時の水準からみればナンガパルバートの単独登頂、そして過酷な下山は超人的だったのではないかと思います。
 ナンガパルバートは「ドイツ人の山」と形容されますが、ブールが参加したのはヘルリヒコッファー率いる「ヴィリー・メルクル記念登山隊」。後のメスナー兄弟(南チロル)も含め、数々のドイツ圏の著名なクライマーがヘルリヒコッファーというオーガナイザーによってナンガパルバート峰と関わってきたわけです。「ヘルリヒコッファーの山」と形容するのもまた、より的確な表現の一つではないでしょうか。

H31 1957年6月9日、ブロードピーク初登頂後のブール。この撮影から18日後の1957年6月27日、チョゴリザ登山中に行方不明となる。享年32歳。その遺体は、未だチョゴリザ峰のどこかに眠ったままです。

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続・仙台日記。

6月某日。
 ビジネスホテルに引っ越して、夜はテレビの前で過ごす。
 ウィークリーマンションは地上波しか見られないが、ビジネスホテルではBSが見られるのが楽しみ。(ウチは貧乏なので衛星放送導入は夢の又夢なのだ)
 本日は中国共産党の犬・NHKBSのプレミアム8、「ラストエンペラーの妻 婉容」を視聴。
 溥儀の妻・婉容にとって、閉ざされた宮殿の中、わずかな楽しみの一つがお付きの者を振り切りながら自転車で走り回ることだったという。
 番組の中で紹介されていた溥儀の住まい、大昔、会社の偉い人の鞄持ちで中国東北部を尋ねた際、実際に見学した事がある。番組を視ながら「ああ、あんな部屋もあったっけ」と思い出すと同時に、中国現代史の陰に埋もれかけた溥儀、そして婉容の人生を思う。

6月某日。
 今夜は日本最凶最悪の売国放送局TBSのBS「ゆらり散歩世界の街角」を視聴。普段視られない衛星放送で中国漬けの日々。本日の特集は杭州。
 この中で紹介されていたのが中国茶の龍井茶(ろんじんちゃ)。

 中国茶というと皆さん、どんなお茶を連想されるだろうか。
 私が初めて中国に滞在した際、来る日も来る日も、どこへ行っても「ジャスミン茶」ばかりだったのでうんざりしたものだが、中国における消費量最大の茶は「緑茶」。
 その緑茶の中でも最高級かつ人気が高いのが龍井茶である。以前の職場で一緒だった中国籍の方からも、「これが一番ですよ」と勧められたのが龍井茶だった。

 番組の中で龍井茶の制作風景、龍井茶に親しむ人々を映し出していた。
 そして西湖を中心とする、水のある風景。

6月某日。
 現場も終わりに近づき、作業もハードになりつつある。
 夜、近所のBookoffにて男のバイブル『魁!!男塾』を読み気分転換。
02586285
 その後、DHC出版の『BBC WORLD 英語リスニング UKニュース入門』を半値で購入。英字メディア独特の言い回し・時制・文法について強化したい。

6月26日。
 ついに長かった現場も完了。
 元請会社の担当者と挨拶・別れ、我々は山形に戻る。
 奥羽山脈を貫く高速道のトンネルを抜けると、もうだいぶ雪解けが進んだ大朝日岳が目に入る。

 自宅に戻る。
 水槽に飼われていたオタマジャクシは、まだ尻尾は生えているがカエルになっていた。
 もう初夏だ。

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Tmgnetの皆様へ
 すみませーん。
 溜まったメールは後ほど返信いたしますです。

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歩いて発電。

元ネタは中国のサイトなんですが。
歩くと発電するという長靴です。

脚步不停电力不止--神奇的数码充电靴 by中国戸外資料網2010.6.22

S1

S3
長靴にデジタルプレイヤーがくっついてます。
記事によれば 12時間歩いて1時間再生可能 と、発電率は低いもののコンセプトは将来的に有望でないかと評価しています。

 日本の中高年女性登山者のおばちゃんパワーを発電に利用した方が効率的な気がするのは、私だけでしょうか。

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6月22日、漢(おとこ)の誕生日。

6月22日。

イタリアの鉄人、ワルテル・ボナッティ氏の誕生日でございます。

Bonatti279x300若き日のボナッティ氏

超人ともうたわれたボナッティ氏も2010年の今年、80歳でございます。
イタリアの複数のメディア、BBCがボナッティ氏の誕生日を報道しています。

Bonatti, 80 anni in buona compagnia by La Gazzetta dello Sport 2010.6.22

ボナッティ氏の人気はイタリア現地でも日本でも根強いものがありますね。
当ブログでも過去に幾度かボナッティ氏の話題を取り上げましたが、幾人ものボナッティ・ファンの方々から有り難いコメントを頂戴しておりました。
日本でクライマーの誕生日なんかマスゴミ報道するか?

今回の誕生日の報道で知りましたが、ボナッティ氏は国を超え、モンブランを挟むシャモニ(フランス)およびクールマイユール(イタリア)両都市の名誉市民なんですね。

ちなみに誕生日の翌日は、
Messnerbonatti
R・メスナー氏の自宅(お城だよ、お城)にお呼ばれして誕生日を祝ったそうです。

Bonatti, festa di compleanno a casa di Messner  by Montagna.tv 2010.6.24

鬼畜パパの私、今年になって初めて気が付いたのですが、6月22日は、

Pa0_0062
ウチの息子の誕生日だったりする。

娘が産まれて名前をつけるとき、ボナッティ氏のとあるエピソードにちなんで名前を思いついたのですが、息子の誕生日が一緒だったとは知らなんだ。ははは。

何はともあれ、ピオレ・ドールでも登山界の重鎮として姿を現したボナッティ氏、いつまでもお元気で。

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おべんきょうの本。

4822222470 コンビニで衝動買いした日経ビジネスAssocieの『できる人の実践勉強術』。
ま、私のような下っ端土木作業員にはあまり参考になる本ではありませんでしたが、異色の出来なのは見開き2ページで掲載された、『「成功哲学」に潜む危険』。
 こういうサラリーマンの劣等感をくすぐる啓蒙本としては珍しい内容ではないでしょうか。

以下引用開始
---------------------
 教えを実行すれば、自分の未来は大きく変わるかもしれないという感動を伴う多幸感が成功哲学本の魅力といえそうだ。だが、その感動が読者に具体的な変化をもたらすかどうかは別の話。
---------------------
以上引用おわり(強調文字筆者)

と、バッサリ斬り捨てている。

 特に気になった部分は次のくだり。
以下引用開始
--------------------
 現実には、奮闘むなしくかなわずに終わる夢も多くある。成功哲学を唯一の真実としてしまうと、かなわなかった夢は、本人の思いの弱さや努力不足にすべての原因を求められてしまう。
--------------------
以上引用おわり

 何が気になったかというと、ちまたで見聞する、高難度のグレードをこなすクライマーの成功談をそのままうのみにする馬鹿とか、人間の身体や生活環境は千差万別のはずなのに、登れないのは「努力不足」「言い訳するな」と可哀想なまでに自分を責めているブログを拝見したりするのを思い起こしたからだ。ま、田舎山岳会の年寄りでも「情熱が足りないからだ」とか観念論で指導(笑)してる人いるみたいだけど。
 この2ページだけでも、大変興味深い記事であった。


4bb7043f18あいかわらず詐欺師まがいのタイトルで読者を引きつけようという魂胆ミエミエのプレジデント社のムックも読んでみる。
 資格特集で、「稼げる資格」に「ネイチャーゲーム指導員」が掲載されてるのって、どうよ?会員増でネイチャーゲーム本部は潤ってるかもしれないけどさ(冷笑)
 プレジデントという雑誌は会社の図書室にあるバックナンバーでたまに読むけど、たしか数年前の特集でも、稼げる資格にネイチャーゲーム指導員載っけてたよな。この記事書いた奴、ホントに調べてるのか?
 まあ、バ勝間和代の話を目を輝かせて聴くような連中が読む雑誌でしょうから、どうでもいいんですけど。

 ちなみに誤解なきよう書いておきますが、私は元・ネイチャーゲーム協会会員で指導員の資格を持っていました(過去形)。自然に触れる「メソッド」として、ネイチャーゲームは優れた手法だと思ってますし、私の自然観にも少なからぬ影響をいただいてます。

 まあ関西あたりでは「キャンプ指導員」で食っている人の話はチラと聞きますが、ネイチャーゲーム指導員って稼ぐための資格じゃねえだろ。経営者の爺や若造の自慢話満載のプレジデント誌のレベルが伺える記事でありました。

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初夏

土曜日、一時帰宅。
食卓の上に
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山盛りのサクランボ。

仙台に住み着いて、毎日殺風景な作業現場で一日を過ごしているため、季節感ゼロ。
サクランボを見て、あー初夏だ、と思う。
今年は豊作と新聞で報じられているが、生育は例年より遅れているらしい。

短い睡眠を取って翌朝、山へ。

Pa0_0075
山道に、桑の実。
桑の実は、夏の季語。

ついでに山も、雷で敗退。夏近しですね。ははは。

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いやあ、野口健さんって素晴らしいですね(棒読み)

たまにチベット問題を知るために拝読しているウェブサイトで「アルピニスト」野口健氏の名前発見。

Japanese alpinist says human rights know no borders by Phayul.com2010.6.20

この記事中に、

Incidentally, he is the only alpinist in Japan who has fearlessly spoken out against Chinese policies in Tibet.

という文言があるのですが、only alpinist という箇所で「はぁ?」ですね。
先年、チャンコロ人民共和国で五輪が開催された際の「上から目線」「自画自賛」臭漂う中国批判もなんだかなと思いますが、こうして英文記事で海外まで配信されるとなると、さすがに私も沈黙してられませんね。

 既にナンパ・ラでのチベット難民銃殺事件を巡って、クライマーでもある某女性山岳ジャーナリストは懸命に取材して山岳雑誌で記事を発表しているんですが、野口氏はそういった様々な方々の尽力をご存じなんでしょうか?
 ご自分の中国サイドでの登山活動を「天秤にかけたような」言い方で中国批判をメディアでされていましたが、別に中国以外にも、素晴らしい山はありますよ。「アルピニスト」の野口さん。

 それにしても、後出しジャンケンって、楽ですね。(冷笑)

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6月、東北の山。

山ザルとかいう山に登る女性が増えているようですが、どうぞ東北の山へ。

なかよしお友達と東北遠征を考えている貴女、

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シーズン咲き始めのハクサンチドリの可憐な紫が貴女をお待ちしております。


周りはひ弱なオトコばっかりでねーという肉食女子な一人旅の貴女、
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

                                                                                                                                                                                                                                                                                           
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食 虫 植 物 モウセンゴケの大群落が貴女をお待ちしております。
(出羽山地 某岳の稜線にて)

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仙台日記・お菓子編

ウィークリーマンションの契約が切れ、本日より仙台某所のビジネスホテルにお引っ越し。

伝説の店「賣茶翁」とか、駄菓子の「石橋屋」とか行ってみたいのだが、なにぶん下っ端土木作業員ゆえ、時間がとれないので近所の菓子店を攻めまくる。

5月某日:袋原たこうや
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 ちょいと寂しい感じの店構えでしたが、たこうやの最中は小倉あんがトロトロっとしていて食感が◎。

5月某日:某スーパーにて
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仙台銘菓『萩の月』って、お土産でよく買うけど、人に買っていく分、自分で食べる機会ってあんまり無い。
今回は『萩の月』のチョコバージョン『萩の調べ』を購入。
・・・中のチョコクリームがチープな感じで×。
やはりオーソドックスな萩の月が○。

5月某日:激安ショップ・ドンキホーテの屋台にて
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 韓国のお菓子ホットックを売っているのを発見。
 ずんだ入りと小倉あん入り二つ買う。

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 現場作業の交代要員で来ていたT君に小倉あんを、私はずんだホットックを食う。
 T君いわく、「皮の生地が・・・・」
 う~む、いつか韓国現地で食ってみたいものだ。

6月某日
 ずんだ餅の味喜屋へ。
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 店内に入っても、「いらっしゃいませ」の一言もなく、愛想の無いおっさんが接客。
 ・・・言葉って大事だね、と改めて思う。
 たぶんお店には二度と行かない。
Pa0_0050
 とはいえ、餅そのものは美味しく食う。
 今冬訪れた村上餅店もそうですが、仙台の「ずんだ」は水分が多いトロトロずんだですね。                     

5
また、つまらぬものを喰ってしまった・・・(つづく)

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豆腐屋で、豆腐を買う。

今日も現場作業が終わる。
何か「美味しい物」が喰いたい。

今住んでいる地区から少し歩く。
農地と宅地が混在したその街で、住宅密集地の中に店はあった。

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大正十三年創業・森徳とうふ店

 事前に見たウェブサイトが結構立派なので、観光地の土産物屋みたいな店を想像していたのだが、古ぼけた、よく言えば飾り気の無い豆腐屋さん。
 店内に入ってみると、

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 小柄なお婆さんが切り盛りしている店。
 店の片隅(画像右の水色のポリバケツ)には、井戸からポンプアップされた水が音をたてて流れている。

 肝心の商品はといえば、

 Pa0_0060
 入り口脇にある、小さな保冷ショーケースが商品の全て。
 本日はザル豆腐と油揚げを買う。
 CDを一回り小さくしたサイズのザル豆腐。ザルを返却すると30円返金となる仕組みらしい。
 私が余所者であることを見抜いたおばあさん、気を利かせてザルを返却しなくても済むよう、豆腐をプラ容器に移し替えてくれた。
 ザル豆腐(ザル抜き)150円、油揚げ100円也。

Pa0_0056
 宮城で油揚げといえば定義(じょうぎ)の三角油揚げが有名ですが、ここで買った油揚げは薄いけど身が詰まった油揚げ。山形で売っている油揚げといえば、お稲荷さんに供えるような中がスカスカのタイプである。
 ウィクリーマンションのキッチンはガスでなくて電熱コンロ、火力は心もとないがテフロン加工フライパンで油揚げを焼いて喰う。火が通って焦げた部分がこれまた香ばしくて美味しい。

 肝心のザル豆腐、一口喰って「美味い。」
 私にとっての豆腐の「美味い」とは、豆の風味が感じられることである。

 日本は資本主義社会ですから、地方都市の郊外に没個性な大型ショッピングモールが進出し、地元の商店街が没落していくのは人々のニーズと生活様式を考えた場合、当然だと思いますよ。どっかの三流ライターみたいに、甘ったれた郷愁など私は 微 塵 も 感じません。
 
 モノと情報に恵まれた大都会に住む方々にはおわかりいただけないかと思いますが、生活が便利になることの、どこがいけないんですか?
 そこで変化するのが、贅沢の価値観ですね。

 以前はごく普通の光景だった「豆腐を豆腐屋で買う」ということが今、食品添加物で大量生産された激安パック豆腐を大型スーパーで買うより贅沢である。と、私は思います。
 ちなみに私が子供の頃は、豆腐屋さんは御用聞きとして、夕方になると豆腐入りの棚を載せた自転車を引いて一軒一軒住宅を廻っていたものでした。
 
 豆腐を豆腐屋で買う。
 魚を魚屋で買う。
 野菜を八百屋で買う。

 以前、仕事で東京の江東区、いわゆる下町に住み込んでいた頃、そんな買い物の風景が今もなお残っているのを見て「ああ、こういう生活もいいもんだな」と思ったものでした。
 本日はいつもの激安スーパーを離れ、豆腐屋で豆腐を買いました。

参考ウェブサイト:森徳とうふ店

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経済誌『Forbes』のスットコドッコイ記事

 ある情報筋から、アメリカの経済誌『Forbes』が「楽園でのおしごと」の一つとして「山岳ガイド」を挙げている記事の存在を知った。
 その記事がこれ↓

 Jobs You Can Do In Paradise by Forbes 2010.2.12

 タイトルの「Jobs You Can Do In Paradise」は意訳ですが「楽園でのお仕事」と訳しましたが・・・だれか英検準2級の私におせーて。
 記事はJobs You Can Do In Paradiseとして、リゾート地でも需要の高い職種として医師、看護士、教師、電気技師、そしてソムリエ、コック、遊覧船の船長、スキーフォトグラファー・・・・そして山岳ガイドを挙げています。

 で、ここで紹介されているガイドは一年のうち8ヶ月を世界中の山で過ごし、年収約70000$というお方。よくよく読めば、大手のアルパイン・アッセントの取締役兼ガイドじゃんじゃかじゃん。

 そりゃガイドは職場は風光明媚な山岳地(Paradise)だろうけどさ、その代表として年収70000$の取締役(とはいっても、96年のエベレストのブラックスプリングにおける救助活動でアメリカ山岳会から表彰されている実績を持つ)のセレブだろセレブ。

 わたしゃ実際にAMGAのクライミングガイドと登った事あるけど、彼は質素な生活に質素な(というかかなりボロい)車を乗り回している個人ガイドもいるわけよ。

 ごく一部の成功者を引っ張り出して、『いやあ、山岳ガイドって、いいですねぇ~』って・・・馬鹿か?

 上は日本経済新聞から下は青春出版社のいかがわしいサラリーマン啓蒙雑誌まで、いろんなメディアで経済の権威と称する人間が語っているのを見聞きするわけだが、たまに「こいつホントに実態知ってて書いてんのか?」というバ勝間勝代がほざいてるみたいな記事に巡り会うわけですな。
 今回のForbesの記事はまさにそんな記事。
 日本語版でこの記事が邦訳されたかは確認できませんでしたが、アメリカのビジネスマンってこんな記事読んで、よし俺もガイドになるかっ!とか思うんですかね。アメリカ人は馬鹿ばっかりですが、そこまで脳味噌腐れているとは思えませんが。

 自分は極東の島国のさらに片隅に住んでいる、しがないトレッキングガイドですが、山という大自然で仕事ができるというのはたしかに幸福ですよ。
 でもガイドという業務を支えるための下準備やら陰の尽力は、このForbesの記事は汲み取ってくれていないですね。年収をひけらかす程度で。

 なんで私がForbesのベタ記事にこれほど噛みつくかといえば、こういう専業ガイドの労苦を拝読した直後だったからですね、たぶん。

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あの人は今 モーリス・エルゾーグ(Maurice Herzog)

超久々の当ブログ「あの人は今」。
本日は
え!?
まだ生きてたの!?(失礼)
今年初登頂60周年を迎えたアンナプルナの初登頂者モーリス・エルゾーグ氏のインタビューがフランスのSportweekxtremeに掲載されました。
今年で91歳、アンナプルナ登山のことは今でも明瞭に覚えているとのことです。

Exclu/ Maurice Herzog : "L'Annapurna a changé ma vie" by Sportweekxtreme2010.6.3

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現在のモーリス・エルゾーグ氏(シャモニの山小屋にて)

インタビューの中で、最高のメンバーに恵まれたこと(ルイ・ラシュナル、リオネル・テレイ、ガストン・レビュファ他)、ナイロン製の最新装備、第二次世界大戦中の抵抗運動(レジスタンス)の経験が精神的に支えになったことなどを語っています。

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アンナプルナ遠征中のテントにて。白い服がモーリス・エルゾーグ氏、その隣にガストン・レビュファ氏も見える。

このインタビューで印象的なのは、最後の質問の回答ですね。

Q.あと30年の時間があれば、あなたはどんな夢を持ちますか?
エルゾーグ.いい質問です。私は宇宙に関心があります。他の惑星の探検や月面探検に情熱を燃やすでしょうね。(原文:Bonne question... Je crois que ce serait dans le domaine aérien, découvrir d'autres planètes. Aller sur la Lune, ça m'aurait passionné...)

 モーリス・エルゾーグその人については、日本の山屋にとっては「処女峰アンナプルナ」と名言『人生にはまた別のアンナプルナがある』が全てでしょうね。
 エルゾーグに関するダークな話題については、かなり以前のロクソノ誌で江本嘉伸氏が明らかにしていましたが、ま、そこはシャモニ市長からスポーツ大臣へと政界に羽ばたいた人物、世の常ってやつでしょう。
 私が「処女峰アンナプルナ」を手にしたのは高校山岳部に在籍していた頃、既にメスナーの一連の著書で洗脳されていた時期だったので、 退 屈 な 遠 征 本 くらいの認識しかありませんでした。まあ今考えれば、ダウラギリとアンナプルナどっち選んで初登頂するか?なんつーのは、凄いフロンティアスピリットを求められたヒマラヤ登山なわけだったのですが。

 しかし91にもなって宇宙への夢を語る。そういう歳の取り方したいものです。

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仙台日記。

仙台で暮らし始めて約一ヶ月。

5月某日
 驚愕の事実。
 日本三大ブスの街といわれる仙台であるが、綺麗な人妻多し。

5月某日
 今住んでいる地区はネギ畑が多い。

5月某日
 美しい光景を見た。
 名取市にほど近い仙台市南部に住んでいるのだが、郊外の耕作地帯を車で走っていると、ところどころに林が見える。屋敷林、ここでは「イグネ」と呼ばれる防風林だ。
 新興住宅地があちこちに建ち、少なくなっているのがよくわかるが、仙台市内でも、住宅地に囲まれて突然林が現れる地区がある。
 また古ぼけた木造住宅も多い。かつての農村の名残であろう。

5月某日
 今自分が住んでいる地区の歴史と民俗を知りたい。
 現場仕事が終わり、バスと電車を乗り継いで仙台市中心部にある図書館「仙台メディアテーク」に向かうが・・・到着したのは、閉館5分前_| ̄|●
 帰り、丸善で山岳ジャーナリスト柏澄子女史推薦の山岳書を幾つか購入。書籍は中古本か図書館で済ませていたが、最近「情報は生もの」という考えに傾きつつある。

5月某日
 本日の現場作業後、懲りずに図書館へ。今度はバスで最寄りの公立図書館へ行く。閉館30分前に到着。「屋敷林」「イグネ」で検索するが、記載された書籍は見つけられず、わずかに「宮城県大百科事典」に説明がある程度。そのかわり、ガイド資料として幾つか貴重な山岳関係書籍、特に宮城県人が「船形山」などとセンスと趣のカケラも無い呼び方をする「御所山」に関して貴重な資料見つける。後々、山形の図書館経由で取り寄せられるよう出版社・著者・題名をチェック。

6月某日
 所用のため名取市の名取駅へ。ここで「名取百選」と題する観光パンフレットを見つける。これにも、屋敷林「イグネ」は全く取り上げられていない。灯台下暗しと申しましょうか、地元の人間はあまり価値を感じないのでしょうか。

6月某日
 現場作業が終わった後、娘と息子へのお土産を購入するため、南仙台は長町にある「THE モール」という巨大なショッピングセンターに行く。
 ここで見つけたのが、マーベラスクリーム
Pa0_0045

 冷たく冷えたプレートの上で売り子のお姉さんがアイスを混ぜ混ぜしてくれるアイス屋さんである。
 こだなお店は山形さね!(共通語訳:このようなお店は山形にはありません。)
 というわけで、作業服のまんま、お店のお姉さんにティラミスアイスを注文。

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 作っている間、おねえさんが「ココアパウダーをふりかけま~すheart」と説明しながらアイスを作ってくれる。
 その真ん前に立つ作業服姿の怪すい私。

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 ま、普段肉体労働してんだから、人間、安らぎってもんが必要だよな。

6月某日。
 現場作業が少し延びた。
 それから近所のスーパーに行く。
 遅かりし内蔵助(古・・・)

Pa0_0043惣菜コーナーの激安タイムサービスはとうに過ぎ、売り場は空っぽであった。
ま、こんな日もある。

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摩耶山(まやさん)

庄内の隠れた名峰、摩耶山(1020m)へガイド山行。

隠れた、というのは、摩耶山の年間入山者数は約3000人。(山形県学術調査報告書より)
月山や鳥海のように年間数万人が訪れる山域とは格段に登山者が少ないが、山容は険しく、まさに「隠れた」名山である。

先週の雁戸山と同じく旅行社のS氏(JMGA有資格者)とペアを組み引率。
ルートは越沢登山口から、周回コースの往復登山。
昨年の倉沢コースよりも、比較的初心者向けである。

 出発前、クライアントの一人から「スパッツ付けていった方がいいですか?」と聞かれたので、沢筋を歩くこと、渡渉を考慮してスパッツ着用を勧める。
 数分後、S氏がそのクライアントからスパッツを外すよう指示していたので事情を尋ねると、「暑さ対策」。そのお客様は特に暑さに弱いのだという。
 幾度も山行を共にしている顧客との信頼関係あってこその気配り。
 本日の山行では「暑さ対策」が後々キーワードになった。

 摩耶山の越沢コース、ガイドブックでよく写真が掲載されるハシゴ段を越えた後は、頂上稜線まで延々と登りが続く。
 頂上稜線まであと40~50分といったところで、「ちょっと遅れ気味かな」と思っていたお客様が既にバテ気味になっていた。比較的なだらかな場所で急遽休憩タイム。
 しんがりを務めるS氏に話したところ、「○○さんですか」と或程度予想していた様子。ツアー出発時、バスに乗り込む際のちょっとした動作から、普段あまり歩かれていないことを見抜いていたという。さらにS氏はバテ気味のお客様の服装チェック。薄手のシャツを重ね着していたので熱がこもらないよう、インナーを脱ぐようS氏は指示。
 私はといえば、水分補給と歩くペースばかりに気を取られていた。

 バテたお客様はしんがりを務めるS氏に同行してもらい、引き続き頂上稜線めざす。隊列が分かれないよう、さらにペースを落としてひたすら登る。
 もうすぐ稜線というところで、無線でS氏から「××さんと△△さんに水分補給させてください」とご指名で水分補給の指示。休憩には不向きな傾斜だが、とりあえず隊列を止め、ご指名の方々に水分補給してもらう。
 なるほど、他の参加者に比べて少し疲れ気味の方々である。
 短時間の間に顧客の体調と「特徴」を見抜かなければならない、その自分の至らなさに鬱々のまま頂上稜線へ。
 
 ひたすら地味で眺望の無い急登から稜線に抜けると、そこには豪快な眺め-摩耶山でしか望めない、月山、朝日連峰の西側からの景観-が広がる。
 それまで疲れた様子のクライアント達の、稜線に抜けて景観を目にした際の感動ぶりに、鬱々の私も元気づけられる想い。

 下山。
 もうすぐ登山口というところは針葉樹の道。
 クライアント達はお疲れの様子だったが、私にとっては杉林の木漏れ日が落ち着ける道のりだった。

 登山口に下山したものの、ガイドの基本であるクライアントをよく「観察」することの大切さを痛感、そして本日のガイドの私にはその観察力がまだまだ欠けている現実。
 下山のストレッチを皆でやりながら、傾きかけている日差しの中で

『 日 暮 れ て な お 道 遠 し 』

の文字が頭の中をぐるぐる廻ってました。


 ところで、
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今まで行動食・昼ご飯用ポーチとして使用していたアウトドアリサーチの保温(保冷)バッグを

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リラックマお弁当巾着に新調。

顧客がお昼食べてる時は顧客の体調や顔色、食欲に気を配らなくちゃいけないし。
私のような三流ガイドも、飯取り出す時くらい癒されたいんですっ。

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【続報】サラバト・ラフメドフの娘の救援キャンペーン

5月28日に当ブログに掲載しました、『サラバト・ラフメドフの娘の救援キャンペーン』の続報です。

ロシアのテレビ局「チャンネル5」がTVニュースで事故の模様を報道しました。
この中には、CGによる落石事故の再現動画が含まれています。
落石というよりは岩盤の崩壊に近い状況です。

Пятилетняя дочь чемпиона мира по скалолазанию попала под камнепад


(動画開始38秒から事故状況の再現CGが始まります)

ザリヤちゃん救援キャンペーンウェブサイト
SAVE HER!PLEASE DONATE, HELP ZALIYA

日本ではクライマーの茂垣敬太氏がご自身のブログでこの話題を取り上げ、自ら支援も行っておられるようです。
HELP ZALIA!! by Flashman 2010.6.1 (茂垣敬太氏のブログ)

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これが「あるぴにずむ」だっ!

チェコのクライマーが困難なクライミングを完登。

そうですよね。
人のやらないことをするのが「あるぴにずむ」って、アルパインクライマーの爺がよく語りますよね。

映画『アイガー北壁』も及ばぬ迫真のクライミング動画を刮目して見よ!
英語の字幕付きだからチェコ語わからなくてもOK!

J
迫力あるランジの場面も飛び出すぞ!

僕も山形駅前あたりでやってみたいんですが、山形県警のお世話になりそうです。

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ゲイシャ!フジヤマ!

フランスのクライミングイベントのポスターなんですが。
                   


I
・・・菅笠に背中の刀って・・・
フランスだから旧植民地のベトコンか?
『登攀』って書いてあるからには絶対ニッポンを意識してると思うんだが(中国語ではクライミングは「攀岩」)

まあフランス人なんざ、 北 野 武 が チ ヤ ホ ヤ さ れ る 程 度 の日本に対する理解度でしょうから、まあいいか(笑)


                                                                                                                                                                                                                                                                            

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今年も

Tibet
チベット亡命政府のあるダラムサラで、『ミスチベット2010』開催でございます。
画像はノミネートされた女性達。

もちろん、 水 着 審 査 も ありです。

ちなみに、中華チャンコロ政府の横槍のため、彼女たちは国際的なミスコン(ミスユニバ等)に参加することが出来ません。


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「キム・ジャインの兄」という存在

申さんお元気ですか。
ボルダリングW杯、キム・ジャインちゃん惜しかったですね~
日本でもキム・ジャインちゃんは人気ありますよ~

本日の記事は韓国を代表するコンペクライマー、キム・ジャインちゃんの兄、キム・ジャヒさんの物語です。

二つの極端の間に存在する、数多くの頂上が私の目標だ by 月刊人と山2010年6月号

以下記事引用開始
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K.

 2002年、韓国W杯サッカー代表チームが常勝疾走していた時、私も「赤い悪魔」になって、街頭応援に行きました。家と岩場だけ行き来していた私にとって、街頭応援は風変わりな経験でした。 あたかも別世界を見るようでした。 そのためでしょうか、突然つらい運動がしたくなくなったし、クライミングに対する疑念を抱きました。そんな考えがしばらく続き、深刻に悩んだ末にクライミングを止めることを決意しました。

 今でも思い出します。クライミングをこれ以上しないと話した日、激怒した母の顔が…。
 当時、母とはいろいろ話をしましたが、その趣旨は勉強して一等になる自信があるならばクライミングを止めろということでした。 その時私は一度に悟りました。

 私が世の中で最もうまくできること、また、最も好きなことが何なのかを・・・そして他の分野で一等になることがどれくらい大変かということも・・・

 世の中には、本当に多くの名前が存在してその意味も多様だ。 キム・ジャヒ(24才)の名前は‘ザイル+ビナ(カラビナの俗語)’の頭文字から名付けられた。山を好むご両親が名付けたのだ。
 彼は名前のとおり成長し、韓国クライミング界発展のために自分自身をより高めた。

 「こんにちは。 キム・ジャヒです。」
 ツツジが満開となって生気あふれる春の道峰山(トボンサン)登山口で挨拶を交わした。ぜい肉一つない身体だだとほめると、すぐに「軍隊やせ」ではないかと明るく笑う彼。

 軍役2年間の空白を埋めるため身体作りに入ったジャヒは、最近は外岩のクライミングにどっぷり浸かっている。 入隊前まではスポーツクライミングにだけ集中していたが、除隊後はクライミングの幅を広げることを決めたためだ。その目標になったルートが、名前からして平凡でない道峰山(トボンサン)の‘強敵クラック(5.12c)’だ。

 1988年11月、蟻山岳会のキム・ユヒョン氏がマスタースタイルで完登したこのルート、説明の必要がない韓国最高難度のクラックルートの一つだ。 まだ再登した韓国人はいないといわれる。
 20分程の短いアプローチで岩場に到着。 装備を身につけた彼がクラックをしばらく見回す。 そして上手な手さばきで指にジャミング用のテープを巻いた。

 準備を終えるとハン・ジョンヒ(29才、ノースフェイス)氏がビレイヤーとなった。力強い気合いで集中したキム・ジャヒがクラックに取り付いた。最初のムーブから侮れない。指をクラックに入れて強く捻って支持力を得た後、バランスを取って立ち上がった。

 「フフッ~!」
 うめき声を吐き出す彼のゆがんだ顔が、難易度を代弁するようだ。 しかし彼の動きは止まらなかった。あたかも幼虫が木を這い上がるように、少しずつ前に進む。みなぎる緊張感がロープを伝わってくる。しかし….

 「ウアアク~!」
 全力を尽くしてクラックに向かって手を伸ばした彼が空を舞った。だが、初めての試みに完登直前まで行ったことはすごいことだ。 ジャヒには確信があるのか、完登することができるという強い自信を表わす。 墜落はしたが登攀ムーブを全て解明したためだ。
 平らな岩に座ってしばらく休息を取ったキム・ジャヒが時間の中の記憶を引き出した。

 彼が初めてホールドを手にするきっかけは、登山が好きな父に連れられてチョ・キュボク氏が運営するクライミングジムを訪れてからだ。だが彼にとっては趣味の程度であった。
 2年後、状況は変わった。 中学生になったジャヒは京畿道支社杯に出場した兄、キム・ジャハを応援するために安養(アンヤン)総合運動場を訪れた。当時ご両親はジャヒがスポーツクライミング選手として出場することは考えていませんでした。なぜならば、スポーツクライミングがどれくらい大変なスポーツなのか、兄のジャハを通じてよく知っていたためです。
 だがその日、ご両親はうらやましそうな視線で競技を観戦したジャヒに「おまえも次の大会出てみるか?」と尋ねた。そのようにして始めたスポーツクライミングだった。

 デビュー戦は1999年のソウル市大会だった。この大会でジャヒは皆の予想を裏切って波乱を起こし、中等部2位に上がった。メディアは1位に輝いたキム・ジャハとともに「韓国スポーツクライミングの次世代ランナー」というタイトルで記事を書いた。

 「初めての大会で入賞したのも嬉しかったんですが、私が「上手くできること」に出会えた感じでした。 今考えてみれば、その時クライミングをしていなかったとすれば平凡に生きていたでしょうね。」

 以後、頂点へ向かう彼の疾走はよどみなかった。 特に2002年「アジアユース チャンピオンシップ」に優勝してから始まった彼の前進は驚くべきだった。 高校生で参加した「第2回ノースフェイスクライミング競技大会」で一般部の選手たちをはねのけて優勝する波乱を起こすと、「第85回全国体育大会」では最強者といわれたソン・サン・ウォンを抜いて金メダルに輝いた。全てのものが思いのままに実現し、成功街道を走り始めた。
  だが好事魔多しといったところか。そのようにうまくいったクライミングが2005年からは下降傾向をむかえた。 2006年には「キム・ジャヒは終わったよ!」という話がささやかれるくらいに状態は深刻だった。

 「運動量を少なくしたのでもなく、努力を怠ったのでもなかったんですが・・・私にも理由は分かりませんでした。」

 変化が必要だった。 そして考えたのが「兵役」であった。 再充電時間を設けたかったが、いつかは行かなければならない軍隊。早く行ってくるべきだ、との考えからだ。

(中略)
 光る5月の太陽が頭上にあふれている。もう終わらせなければならない時間だ。ハン・ジョンヒ氏は再びクライミングの準備をするジャヒに注意しなければならない箇所とクラック突破法を詳しく説明する。 それは「林の中で森を見ることができない」後輩のための、先輩の配慮であった。

 クラックを捉えた彼の目が光った。 完登しようという意志が顔に現れていた。 「チュルバル!(出発)」力強く彼がクラックに再び取り付いた。 序盤部の動作が滑らかにつながる。彼のクライミングは途中まで水が流れるようになめらかだった。 だが、上段部のジャミングする箇所に登り詰めたジャヒは緊張しているようだった。手が折れるほどジャミングを試みていたが力が及ばなかった。

 2番目の試みも完登直前で失敗すると、彼の何かが爆発した。感覚を高めるためにジャミング用テープを全部解き、素手で再びクラックに取り付いた。墜落すれば大きい傷を負うことは明らかだった。 だが登るという情熱が全身を取り巻いた彼の目には何も入らなかった。
 
 中間部でまた墜落したジャヒの手には鮮血が流れた。今日、これ以上のクライミングは難しく見えた。 だが、彼は最後にもう一度試みると言い、しばらく平らな岩の上で休息を取った。

「おまえはゴミだ。 妹は世界チャンピオンで、兄は国内チャンピオン、おまえは何をしていたのか?」
 
 ジャヒが空輸部隊に入隊すると、すぐに彼を調べた上官達は敏感な部分に触れた。初めには屈辱に歯ぎしりしたが、精神力を育てるためという先輩らの意図の下、彼は日が経つにつれ強くなった。 兵役期間中、クライミングはできなかったが、基礎体力と精神力を育てるために毎日10キロメートルを越える山道を走った。 それも不足だと感じれば、タイヤを後に引っ張って走った。

 すると精神が「澄んだ」。入隊前、迷っていたことが明確になったし、またやってみようという自信がわいた。

 「今度は旨くやってみよう」
 応援を背に彼が最後の試みに挑んだ。傷ついた手のためにジャミングは易しくはなかった。 そのような状況下、歯をくいしばった彼が下段部を登り切り、上段部に到達した。
 「行け! ジャヒ!」ジョンヒの叫びと同時に、彼が灼熱する太陽の下、また空中に舞った。

 「難しいですね。 悔しいですが、来週に終わらせなければならないようですね。」また出血した手を眺めながら、再挑戦の意思を表して明るく笑った。

 マザー・テレサは神聖な行為で人類を感動させた。
 マドンナは官能の偶像として大衆のスターになった。
 しかし本来私たちの視線が向かわなければならない所は、この二極端のイメージの間に存在する数多くの「頂上」なのだ。
 2年の空白を越えて再起を準備するキム・ジャヒ。彼が立ちたいところは、ある先端の終わりでなく、それぞれ違った頂上だ。それが今日クライミングを行った「強敵クラック」であるし、クライミングコンペの一位の表彰台でもある。執着を捨てた彼の明るい表情に、8年前、クライミングを止めるという分別がない息子をまたクライミングに引き戻したイ・スンヒョンさんの顔がオーバーラップされる。※

※訳者注・・・イ・スンヒョンさんはキム・ジャイン、キム・ジャハ、キム・ジャヒ三兄妹の母。大韓山岳連盟のクライミング競技の公式審判でもある。
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以上引用おわり


「おまえはゴミだ。 妹は世界チャンピオンで、兄は国内チャンピオン、おまえは何をしていたのか?」
・・・いやいや、凄い言われようですね。韓国の兵役、軍隊生活は厳しいとは聞いていますが。
以前に当ブログでキム・ジャイン三兄妹を取り上げたときはちょうど兵役の入隊直前でしたが、再びクライミングを再開したキム・ジャヒ氏の活躍を期待します。

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