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豆腐屋で、豆腐を買う。

今日も現場作業が終わる。
何か「美味しい物」が喰いたい。

今住んでいる地区から少し歩く。
農地と宅地が混在したその街で、住宅密集地の中に店はあった。

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大正十三年創業・森徳とうふ店

 事前に見たウェブサイトが結構立派なので、観光地の土産物屋みたいな店を想像していたのだが、古ぼけた、よく言えば飾り気の無い豆腐屋さん。
 店内に入ってみると、

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 小柄なお婆さんが切り盛りしている店。
 店の片隅(画像右の水色のポリバケツ)には、井戸からポンプアップされた水が音をたてて流れている。

 肝心の商品はといえば、

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 入り口脇にある、小さな保冷ショーケースが商品の全て。
 本日はザル豆腐と油揚げを買う。
 CDを一回り小さくしたサイズのザル豆腐。ザルを返却すると30円返金となる仕組みらしい。
 私が余所者であることを見抜いたおばあさん、気を利かせてザルを返却しなくても済むよう、豆腐をプラ容器に移し替えてくれた。
 ザル豆腐(ザル抜き)150円、油揚げ100円也。

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 宮城で油揚げといえば定義(じょうぎ)の三角油揚げが有名ですが、ここで買った油揚げは薄いけど身が詰まった油揚げ。山形で売っている油揚げといえば、お稲荷さんに供えるような中がスカスカのタイプである。
 ウィクリーマンションのキッチンはガスでなくて電熱コンロ、火力は心もとないがテフロン加工フライパンで油揚げを焼いて喰う。火が通って焦げた部分がこれまた香ばしくて美味しい。

 肝心のザル豆腐、一口喰って「美味い。」
 私にとっての豆腐の「美味い」とは、豆の風味が感じられることである。

 日本は資本主義社会ですから、地方都市の郊外に没個性な大型ショッピングモールが進出し、地元の商店街が没落していくのは人々のニーズと生活様式を考えた場合、当然だと思いますよ。どっかの三流ライターみたいに、甘ったれた郷愁など私は 微 塵 も 感じません。
 
 モノと情報に恵まれた大都会に住む方々にはおわかりいただけないかと思いますが、生活が便利になることの、どこがいけないんですか?
 そこで変化するのが、贅沢の価値観ですね。

 以前はごく普通の光景だった「豆腐を豆腐屋で買う」ということが今、食品添加物で大量生産された激安パック豆腐を大型スーパーで買うより贅沢である。と、私は思います。
 ちなみに私が子供の頃は、豆腐屋さんは御用聞きとして、夕方になると豆腐入りの棚を載せた自転車を引いて一軒一軒住宅を廻っていたものでした。
 
 豆腐を豆腐屋で買う。
 魚を魚屋で買う。
 野菜を八百屋で買う。

 以前、仕事で東京の江東区、いわゆる下町に住み込んでいた頃、そんな買い物の風景が今もなお残っているのを見て「ああ、こういう生活もいいもんだな」と思ったものでした。
 本日はいつもの激安スーパーを離れ、豆腐屋で豆腐を買いました。

参考ウェブサイト:森徳とうふ店

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