« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

ピッケルを創る女性

アメリカの工業デザイナーのコンペ『FastPitch Competition 』で21歳の女子学生が優勝しました。
女子学生がデザインしたのは、ピッケルです。

Ice ax entrepreneur picked as Stateline FastPitch winner by Rockford Register Star 2010.6.22

Axe
コンペ優勝者のカトリーナ・エパーソン(Katrina Epperson)

カトリーナ・エパーソンはイリノイ大学アーバナ・シャンぺーン校で工業デザインを学ぶ21歳。
本人はもちろん、親爺さんが熱心なクライマーで、受賞の知らせもデナリ登山中に娘から衛星電話で知ったそうな。カトリーナ嬢の親爺さんのブログも検索してみましたが、コメント欄は祝福の嵐でしたね。このコンペでカトリーナ嬢は優勝賞金5000ドルをゲット。
設計されたピッケルはCONDORという名称でAzimuth Designsというベンチャー企業から180ドルで販売とのこと。

Condor
ピッケル「CONDOR」、スペックはシャフトはアルミ合金製、ヘッドはステンレススチール。人間工学に基づいたヘッドのカープとラバー製カバー、シャフトのイエローは雪の中でも目立つようにという配慮から明るい色を採用しています。

コンペ主催者によれば、受賞・賞金だけが重要なのではなく、そのデザインにおいて人脈ネットワークを拡げるなど、何かを学ぶ過程が重要と主張しています。

 筆者が注目するのは、このような工業デザインのコンペにおいてピッケルという登山用具が評価されたことですね。
 工業デザイン、というと聞き慣れない方がいらっしゃる方もいるかもしれませんが、日本ではあのタレント・稲川淳二氏が工業デザインを手掛けていることが知られていますね。

 以前にも当ブログに書きましたが、私自身は初めての海外遠征で使用したザックとして、某登山用品店のオリジナルザックの試作品を使わせていただいたこともあり、登山用品のデザインってどんな過程で進められるのだろう、とちょっと関心がありました。
 ある書籍でICI石井スポーツの越谷英雄氏が、登山用品をデザインするようなセンスを持った登山家がいなくなってしまった、と嘆いていましたが、若いクライマーが少なくなっている現在、登山用品をデザインできる人材もまた希少な存在なのではないでしょうか。

 登山用品店で道具を手にするとき、明確に設計思想が感じられる製品は好感が持てます。
 個人的には、日本人に合うギアを開発しているmt.daxやエキスパート・オブ・ジャパンなんか頑張って欲しいところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月山残雪情報(2010年7月30日現在)

2010年7月30日現在、姥沢~月山山頂間の登山道の残雪はほぼ消えています。
金姥(湯殿山への分岐)~牛首(姥ヶ岳山腹登山道への分岐)の間に長さ5~6mほどの残雪があり氷化していますが、盆休みまでには消失すると思われます。

----------------------------------------------------
金曜日、夏期休暇が取れた。
早朝、NHK第二の『まいにちドイツ語』でカール・バルトに関する講義を聴きながら月山に移動。
身体を動かしに姥沢から月山山頂往復。
帰路、リフト裏手の登山道にできたという新しい水場を確認。
Pa0_0025
『雄宝清水』
姥沢小屋さんのご尽力で水場として整備されたようです。
名前の通り、この水場の周辺には
Pa0_0024
オタカラコウ(雄宝香)がびっしり生えてます。
この水場、リフトを使わない人だけが味わえますです。

 リフト下駅に立ち寄ったところ、売店で「ベッキーが着ていた」Tシャツ、「ベッキーが手にした」月山ステッカーがバカ売れしているらしく、そこだけ商品棚が空いている。
 先日、月山筍を採取して食べるという番組でタレントのベッキーが月山に来ていたらしいのだが(と、いいつつその番組は私も家族で視ていた)、テレビの影響力とは恐ろしい・・・

 ちなみに私の憧れのBOAちゃんが山で・・・・・・

 【写真】BoA「生涯初めて登山、認証ショット!」 by 中央日報 日本語版2010.7.29

 月山から下山後、風呂よりケーキなわけで、弓張平の『ゆみはり茶屋』へ。
Pa0_0023
本日の手作りケーキは『マンゴーレアチーズケーキ』でした。
ゆみはり茶屋ではガイド協会関係者が入れ替わり立ち替わり(笑)。積もる話と情報交換。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

平成20年度 自然生態系保全モニタリング調査報告書

 私がガイドトークを組み立てる上で「主に」参考にしているのは、山形県の山岳地域のほぼ全域をカバーしている山形県学術調査委員会発行の学術報告書である。
 通常の登山ガイドブックに書いてある事項は、熱心な登山者であればたいてい知っている事であるし、何より調査で実証された数字・史実を把握しておきたい。
 最近、氷河研究で知られる土屋巌氏が「推定」した鳥海山の年間降水量「12000mm」という数字が一人歩きし、地元の観光業関係者や一般登山者のブログなとで、さも確実な数値であるかのように語られているのを散見するが、そのような姿勢を私は好まない。

 さて、その山形県の学術調査が実施されたのは昭和50年代以降、山岳地をとりまく環境も調査から数十年経過して大きく変化(悪化)している。
 その追跡調査ともいうべき意味合いで実施されたのが、表題の調査および報告書である。
 収録内容は、
 ◎自然環境調査報告
  月山地域、朝日地域、蔵王地域、御所山地域
 ◎希少野生生物保全調査報告
  白鷹湖沼群、東根市内草原、ジャガラモガラ
 という内容である。

 月山地域は今や「幻の登山道」といえる『横道』、朝日地域では鳥原小屋周辺の湿原地について調査が行われている。
 調査内容をわかりやすくいえば、先に行われた山形県の学術調査以来、希少植物の植生についてその変化が確認されている。
 特筆すべきは、蔵王地域における高山植物の盗掘の実態であろう。盗掘現場の位置・状況について突っ込んだ分析が行われ、「悪質」の一言につきる現実を突きつけられる。

 また環境保全活動の成功例として、天童市のジャガラモガラが挙げられている。記載は半ページほどであるが、保全活動が成功した理由が箇条書きに記され、特に地元住民に科学的に環境保全を捉え推進できる人物がいたことが挙げられている。
 
 環境保全・保護活動といえば、ときおり狂信的・情緒的な環境保護論者が暗躍している例が見受けられるのだが、ジャガラモガラの記載事例はある意味興味深い。

 発行元は山形県環境科学研究センター、2009年3月発行。
 山形県立図書館で閲覧可能。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

おまいら、8月28日は山形県朝日町に集合。

環境テロ集団シーシェパードや極左犯罪者集団グリーンピースを支援するカルト企業・日本バカゴニアが主催するバンフ・マウンテン・フィルム・フェスティバルinジャパンが今年も開催されます。

2010年の今年は先頭切って我が山形県のド田舎(あ?ボク何か失礼なコト書きました?)、朝日町のAsahi自然観 野外特設会場で上映される模様。

バンフ・マウンテン・フィルム・フェスティバルinジャパン上映スケジュール

山形近辺の若いアウトドア愛好家連中は全員集合!
(私は残念ながら当日は山形にいないのであるが)
避難小屋で田舎山岳会のアル中爺の戯れ言聞くより、大変刺激を受けること保証します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キーハンガー・クライマー

最初コレを見たのは、中国の玩具専門サイトだったりして。
2010628115216572
キーハンガー・クライマー

日本攀岩者公仔钥匙挂钩 by 中外玩具礼品網2010.6.28

Climber003_2
 マグネット又はピンで壁に固定する方式ですね。
 ちなみに「キーハンガークライマー」で検索すると、日本での販売サイトにたどり着くようです。
 お好きな方はどうぞ。

BRAVO2.0様 キーハンガークライマー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏風景・自宅の実り

貧しい我が家では、庭先のプランターも重要な食糧調達の場。

Pa0_0021小玉スイカ。

Pa0_0020カボチャは現在成長中。

Pa0_0019プチトマト。

Pa0_0018二本目のキュウリも成長中。

Pa0_0017なんといっても食卓に一番登場する香味野菜、シソ。

Pa0_0015久々の落ち着いた休日の朝、カミさんの作った「ダシ」を食す。

Pa0_0000
そうそう、あの海原雄山もご推奨の山形のビワ。実家の仏壇に供えて少し痛んだやつを美味しくいただきました。

盛夏、夏山登山を控えた皆様、どうぞ体調にはお気を付けて山を楽しんで下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏風景・蔵王

先日の三山巡りガイド山行の帰り。
平日だったこともあり、登山の世界とは程遠い格好をした観光客でにぎわう蔵王の稜線「馬の背」も、静かでした。

Pa0_0013
馬の背を緑に彩るガンコウラン

Pa0_0012
ガンコウランの実は、まだ未熟な青い実でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

真夏の怪奇現象

Bb
出 た ! ! ! ! !


夏のボーナスが・・・・
リストラ寸前不良社員なんですケド・・・・   

                                                                                                                                                      

Oz
いかに登山用の 裏 金 を 工面するか、策略中。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サプリメント 2題

三山巡りガイド山行では、添乗のAさんとずっと相部屋。
AさんはJMGAの資格も持っているガイドでもある。
鳥海山に登る前夜、Aさんに聞かれた。
「行動食、どんなの使ってます?」
私はいつも食べているローソンのミニ草大福を取り出そうとしたとき、Aさんが何やら取り出したのは・・・

Pa0_0001
カーボショッツ。
思わず、ローソンのミニ草大福はさりげなく隠す(笑)

え゛え゛え゛~
カーボショッツって、こんなにカッコよくなったんですか~!!!
と興奮気味の私に、Aさんドン引き。

私の記憶する限り、カーボショッツは当初トライアスロンでよく利用され、日本でも販売されているのはトライアスロンショップだったはずだ。私もカーボショッツを利用し始めたのは、トライアスロンが縁。
その後、昭和山岳会チョモランマ登山隊の上村博道氏が利用したことが広告で利用され、登山者でも利用されるようになったと記憶している。
「Aさん、昔のカーボショッツって知りません?ほかほか弁当のソースみたいなビニルチューブに入ってたんですよ」
ちなみに昔、私が利用していた頃のカーボショッツはこんなタイプ↓
Ca

Aさんの旅行社で販売しているとのことで、Aさんから速攻で今のカーボショッツを売ってもらう。
翌日、鳥海山で使いましたが相変わらず「効き」ますね。
空腹感はあるけれど、通常の空腹時と全く異なり脱力感は無く、バリバリ身体が動くという不思議な感じ。
でも味はあいかわらず外国の安っぽい菓子みたいな味(笑)

さて、最近常時私がガイド山行時にザックに入れているのが、エンライテン
Imge3e629f1zikbzj
これは従来のサプリメントとは異なった、フィルムタイプのデザインで口腔内に張る(口腔内で融ける)タイプ。電解質の補給に優れているそうな。
 以前のガイド山行で足の痙攣に悩まされているお客様がおり、芍薬甘草湯を使おうと思ったのだが、念のため確認してみると、芍薬甘草湯の禁忌対象である心臓に持病を抱えているお客様のために使えなかったのだ。
 芍薬甘草湯以外に足の痙攣に効くサプリメントを探していると、お世話になっている登山用品店で紹介してもらったのがこれ。

 しかし、その山行以来、私の引率するお客様は皆強力な方ばかりで誰もバテてくれない・・・
 エンライテンはザックにしまったままでございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

信頼、ガイドの喜び

移動日含め4日間のガイド山行を終えた翌日、バリバリ現場作業員の日常に戻る。
丸一日、クレーン車や天井クレーンを操作して鉄の塊の相手をする。

 三山巡りのガイド山行は以前からお世話になっている方から紹介を受けた仕事だったのだが、下山報告も兼ねてメールと電話のやりとり。新たなガイド山行の依頼だったが、都合が付かずお断りせざるをえない状況。
 頂戴したメールの中で「信頼」という言葉がありとても重く感じる。
 私のささいな判断ミスで、その「信頼」を裏切ることになるのだから。
 今の自分の弱点は、お客様に強く指示を与え、自信をもって決断する迫力にまだまだ欠けること。

 昨年、ガイドの師匠と飲みながら話をしていてやはりガイドはガイドをして学ぶことがあると確信し、今シーズンは可能な限り積極的にガイド依頼を受けよう、と思い三山巡り山行も会社の休暇を都合付けてこなした。

 そう、今思うのは、やはりガイドの仕事はガイドをやってみて初めて見えるものがある。

 先日、東北某県のある有力山岳関係者のブログの中に
 「ガイドと客という関係が嫌い」
 という一文を見つけた。
 
 山岳ガイドに対する見方は人それぞれである。
 時折、当ブログに「山岳ガイドになりたい」「山岳ガイドになるには」というキーワードで訪問される方がいらっしゃるようだ。
 私自身まだ地方の末端ガイドで大きな事を言える立場にないが、ガイドを目指している方には言いたい。
 サブガイドから始めてでも、まずはやってみてほしい。
 山岳ガイド嫌いな某遭難専門ブログや山岳会の世界しか知らない爺がネット上でトムラウシの件をとりあげグダグダ能書きたれているが、ガイドの仕事の喜びはそういった連中にはわからないだろう。

 ガイドとして顧客を守るために人に「強く」言うことができない弱点を抱える自分だが、お客様からいただいた「ガイド業の喜び」はガイドを目指す次の世代に伝えておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

晴天の夏・蔵王

最終日の三日目、中央蔵王へ。
バスで刈田岳駐車場に行き、刈田岳~熊野岳各ピークを往復。

三日目にして晴天、周囲の山々が見渡せる山行でお客様たちのテンションも上昇。
昨日までとは別人を引率しているようだ。
平坦な登山道が続き高山植物も月山・鳥海に比較して乏しい刈田~熊野の往復、ガイドトークも交えながら歩く。
吾妻・飯豊・朝日と東北の名峰が一望できるのだが、空の彼方には霞がかかっており、お客様たちにとって鳥海山が望めなかったのは残念だった様子。
登山後、東北自動車道経由、羽田までバスで向かうお客様たちとは刈田岳駐車場でお別れ。
特に困難なところもない、蔵王の縦走路
けれども、お客様の笑顔が私にとって全てです。
グラウンドの様に広く平らな馬の背を歩きながら、もう諦めた8000m峰登山の悦びよりも、多くのお客様の安全を確保して得られる喜びの方が今の私には大きい、とあらためて思う。

お客様たちと別れた後、私は熊野岳に登り返し、地蔵岳まで縦走してロープウェイ経由で蔵王温泉に戻る。
地蔵山頂ロープウェイに乗り込む。
切符を切ってもらい、ロープウェイに乗り込み、自動ドアが閉まる直前、先ほど切符を切ってくれた係員のお兄さんが飛び込んできた。
「すみません、そのウェア、どこのブランドですか?」
「ファイントラックです。」
山好きなお兄さんなんでしょうか。
ガイドはやはり服装に気を付けなければ、と思った次第。

にぎやかなお客様たちとの山行を終え、たった一人、ロープウェイの中で過ごす。
窓を覗くと、すれ違う対向ロープウェイの窓には小さい可愛らしい顔がいっぱい。
山形市内の幼稚園児の遠足であろう。
子供達にとって、夏の蔵王はどんな風に記憶に残ってくれるのだろう。

蔵王温泉の宿にデポした荷物を引き取り、山形駅経由で車を置いてある寒河江SAに公共バスで向かう。
Pa0_0003
蔵王温泉~山形駅のバスの車中で、コンビニで調達したコーヒーとドーナッツで一人打ち上げ。

乗り継ぎ時間がばっちりでほとんど待ち時間もなくちょうど昼に寒河江SAに到着。
寒河江SA内にある「さがえBAKERY&CAKE」で枝豆チーズパンとカレーパンを購入、ランチ。
Pa0_0002
 さっぱりした枝豆とこってりチーズの組み合わせが○。カレーパンは皮が妙に歯切れが悪くサクサクではないので△。

 少し身体を休めて、さあ、5月からお声掛けいただいている山行の準備も始めなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

15℃の夏・月山

二日目、月山八合目駐車場から縦走して湯殿山に抜ける予定。
月山八合目駐車場は厚い雲に覆われていた。
地元のガイドということで、お客様からはこの先の天候をよく聞かれる。
昨夜まで集めた気象情報と経験上から、本日は天候回復は見込めないことを言い渡す。

Spas_072009
 昨日同様、全く視界の効かない中、早めに「弥陀ヶ原」の説明をすませ、湿原を大きく迂回するコース取りで登山開始。
 良いペースで山頂に到着。
 天候は昨日と替わらず、強い風と霧雨、気温はやはり15℃。
 風と霧雨の中で昼食を済ませ、下山。

 ローカットのノースフェイスのシューズを履いているお客様がおり、少し足の関節の具合がよろしくないとのことで、私のすぐ後ろを歩いてもらう。
 施薬小屋にたどり着くころには天候も穏やかになり、周囲の山々も見えてきた。
 お客様も疲れているのだろう、休憩時間を15分としたが、いつもなら急ぐお客様からは全く異論もなく、周囲の山々の眺めを楽しみながらおしゃべりに興じている。
 
 施薬小屋から先、金月光、水月光の説明と注意をしてから出発。
 湯殿山のご神体参拝所(神域として撮影は一切禁止)では、うっかり私の説明不足でカメラを構えたお客様が神社関係者に怒鳴られる一幕があり、大変に反省。
 そして湯殿山神社に下山。

 「下り坂が「月光」と名前が付けられるなんて素敵ですね」
 「月山講の人たちは凄い軽装で普段着ですけど、あれで遭難とか起きないんですか?」
 など、月山の山岳信仰に彩られた登山風景に、お客様から様々な感想をいただく。

 登山中、雪渓対策用にピッケルを持った私の姿をみて、地元の方から
 「おう、先達だな、ご苦労さん」
 と声をかけられる。
 先達とはなんと重い言葉なんだろう、とあらためて思う。

 私たちを乗せたバスは山形盆地を横断、蔵王温泉へ。
 疲れが溜まったのか。それでも山小屋を渡り歩きながらのガイド山行に比べれば天国なのだが。
 蔵王の宿では身体の上に何もかけず、ベッドの上で眠りについた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

15℃の夏・鳥海

ガイド1日目、鳥海山を鉾立から往復。
鉾立の駐車場に到着した頃には、頭上には厚い雲が立ちこめている。
高度を上げるに連れ、視界不良、そして湿気を含んだ風。
御浜小屋に到着したものの、全く視界が効かない。鳥海湖どころか、10m先も見えない状態。

Spas_071912
地上天気図では太平洋高気圧が大きく張り出していた。
梅雨明けというキーワードですっかり油断してたが、実際には気圧の谷が生じて雲が広がっていたのだ。

千蛇谷への分岐・七五三掛(しめかけ)で雨具着用。
雨ではないのだが湿気を含んだ風で濡れがひどい。
視界は効かなくても地形を把握している私はいいが、全く行程のイメージの沸かないお客様には無限の上り坂に思えるだろう。所々で今いる箇所・大物忌神社までの行程をお話する。

頂上の大物忌神社に到着後、判断を迫られる時。
鳥海山の頂上、新山をめざすかどうか。
断続的に強い風、視界不良、霧雨ほどではないが湿った風、そして気温は15℃。
お客様たちには早い昼食を取らせ、添乗のAさんと協議。
Aさんからは全権を委ねていただき、「途中で引き返すことも皆さんにお話しておきましょう」と言われるが、それはガイドの仕事である。
私からお客様たちに、この先の行程は皆さんにとってクライミング同様の世界であること、天候次第で頂上目前で引き返すことがあることを言い渡す。

約50分で新山往復。
頂上直下では、関西から来たらしい他の中高年パーティーが少しパニック状態になっていた。
幾度も登った新山、慣れない岩場でリーダーも当事者もパニックになる方がよく見かけられる。
こわごわ足場を探す登山者、怒声に近い声で足場・手がかりの指示を出すリーダー。
リラックスして余裕を持った方が、身体の動きもスムーズになると思うのだが・・・
私たちのお客様の感想は
「こんな山があるなんて今まで経験したことがない」
「童心に戻ったみたい」
と、岩石が積み重なった新山の登りを新鮮な気持ちでとらえて頂いたようだ。

下山。
御浜小屋から下ったあたりで、ようやく霧雨状のガスも風も穏やかになる。
天候が穏やかになるとともにお客様の気持ちにも余裕が出てきた。
鳥海山の県境の話などをしながら、鉾立駐車場に帰着。

鳥海山の千蛇谷と外輪山の分岐、七五三掛の広場は視界が効かなくなると行く先がわかりづらくなる。
行く先に迷う他パーティーを幾度か見かけた。
お客様からも、「こんなところ、ガイドがいなければとても一人で行けない。」という声を頂戴した。

ガイドは本来お客様の安全を確保するための存在であり、「単なる道案内ではない」と言われるし、私も道案内と呼ばれるのは不本意なのだが、今日はあまりにも視界が悪すぎた。ほんの10m先も見えない視界不良、「道案内で結構、お客様を「安全に誘導」するのもガイドの使命だろ」と思いながら歩く。

雲に覆われていたのは鉾立の駐車場まで。
バスがどんどん高度を下げると、視界がひろがり庄内平野が目に飛び込んでくる。
明日は月山。バスは羽黒山方面へと向かう。
車窓から見える月山は雲の中。
悪天時の対応を考えながら、宿に入る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

庄内へ

本日から鳥海・月山・蔵王の三山巡りガイド山行。
今回のお客様は広島からの8名+添乗員。
添乗のAさんとは4年前にも三山巡りツアーで御一緒したことがある。
本日は鳥海山麓の宿に移動のみの行程。
高速自動車道の寒河江SAで合流、車窓から見える蔵王、月山、そして鳥海を車内マイクで紹介。

東北南部の梅雨明けが報道された今日、夕方にもかかわらず鳥海山がその端正な姿を現している。
梅雨明けという言葉、大きく張り出した高気圧の天気図。
それが「罠」だと気が付くのは、翌朝の事だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

全力疾走

7月13日~15日
 現場作業の帰りは、閉館間際の図書館に駆け込み資料収集。
 帰宅後は子供達の遊び相手、そして子供達を風呂に入れる。
 自分の時間は真夜中、睡眠時間を削って作る。

7月16日
 現場作業後、業界関連団体の年次総会に動員をかけられる。
 講演会として、東北文教大学の菊池和博教授の「水と山形の民俗学」をテーマにした講演を聴講。数日後、蔵王のガイドを控えた私にはなんともタイムリーな内容。その後は懇親会という飲み会。職場の重鎮的な親方に光栄ながら飲みに誘われ、スナックとラーメン屋をまわって帰宅。

7月17日
 酒が入ると眠れなくなる体質の私。
 もう睡眠をとるのを諦め、目前に控えたガイド山行の交通費の計算、旅行社に提出する請求書作成など地味な作業をシコシコ行う。
 朝、某山へ偵察を兼ねて登る。
 山の帰り、足りない装備をスポーツ用品店で買い足し、ちょうど昼に帰宅。昼食は家族でとる。
 午後の隙間時間を利用して、子供達をプールに連れて行く。
 あいにくの天気、蔵王連峰からの稲光が山形市内に接近。屋外プールの利用者は室内プールに避難せよ、というアナウンスが入り、室内プールは大混乱の様相。まだ遊びたい子供達を言い聞かせてプールから撤収。
 外はもの凄い大雨。
 稲光を怖がる子供達をプール施設の玄関に待たせ、離れた駐車場に車を取りに行く。
 おそらく時間降水量にして30mmは越えていただろう、平坦な駐車場は足首まで冠水しプール状態。
 子供達を玄関で拾い、帰宅。

 さすがに睡眠時間数時間でここまで活動すると身体が重い。
 30分の仮眠を入れ、県立図書館に出かける。どうしても今日中に検索したい項目がある。
 閉館間際まで資料を調べ、帰宅。

 全く余裕の無い日々、時々PCで布施明の『少年よ』(仮面ライダー響鬼テーマソング)を聴きながら気合いを入れる。

 少年よ 旅に出たなら 雨も降る 顔を上げて

 明日から、鳥海・月山・蔵王の三山巡りのガイド山行、行ってきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

GRIGRI 2

ブログ更新休止にもかかわらず、毎日数多くの方々にアクセスいただき、まことにありがとうございます。
引き続き更新はとぎれがちなのですが、本日は小ネタをば。

映画で続編といえばつまらんと相場が決まってますが(コッポラの『ゴッドファーザー』と香港映画『男達の挽歌』除く)、あのペツルからなにやら期待させるギアが登場。

G2
GRIGRI 2

ペツル社の素敵な紹介動画をご覧あれ。

GRIGRI 2 - Assisted braking belay device by Petzl from Petzl-sport on Vimeo.

字幕でも『20%lighter & 25%smaller』と紹介されているように、全体に小型化、そして対応ロープ径が8.9mm~11mmとなるようです。

日本のアルテリア社のウェブサイトにはまだ登場してないようですが、早く現物見てみたいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーパーツ

オーパーツ (OOPARTS) 。
「場違いな加工品」を意味する。
それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品を指し、英語の「Out Of Place Artifacts」の頭文字をとったものである。

18
古代マヤ遺跡で発見された『水晶ドクロ』。
現代の技術をもってしても製作不能。

Doguu2_2
メキシコで発掘された、紀元前2500年のものと思われる『恐竜土偶』。
約6500万年前に絶滅したはずの恐竜を、何故当時の人間が知っていたのか?

そして・・・・


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                


Pa0_0003
鳥海山山頂、大物忌神社境内で発見された『な・ま・び・ー・る

神社の受付に、ガスボンベ式ビールサーバーが鎮座ましましておりました。

ちなみにお値段は1000円でございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食べてみた。

7月某日、月山・湯殿山本宮へ。
湯殿山コースの帰り、売店で名物とやらの焼き団子を買う。
Pa0_0008
ガイド山行で下山してきたときは、なかなか買うヒマもないんだよね。

Pa0_0007
一串200円。みそ団子です。身体動かした後の塩味はなかなかです。
団子一玉100円か・・・などと不粋なことは無し、下山祝いということで。

7月某日、鳥海山・鉾立駐車場にて。
午後から天候が崩れるので、山頂往復して昼過ぎに下山。
鉾立駐車場の稲倉山荘の売店にて、

芭蕉アイス

なる張り紙を見つける。
あー、ダメだ。
気になって仕方ない。
というわけでレジのおばちゃんに「芭蕉アイス下さい」と頼むと・・・

「芭蕉アイスって、植物の「芭蕉」にひっかけたバナナアイスなんです。いいですか?」
と念を押される。
過去、クレーム付けた客でもいるのか(笑)
Pa0_0000
芭蕉アイス250円也。
バナナ味(合成香料くさくない、ほんとのバナナ風味)のアイスですが、食感はアイスというよりはシャーベットに近い。感想は・・・ふつーのバニラ買えば良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルプスの山岳ガイドの昔話と、今ウルトラスーパーグレートに不愉快な話題。

 ヨーロッパの山岳ガイドといえば猫も杓子も嗚呼素晴らしいと称賛するお偉いセンセイ方はたくさんいますが、こんな時代も、あ~たっねと~(中島みゆき風)

 Ivresse des cimes... et guides pompette by Cairn2010.2.5
(酔っぱらいの山頂、ほろ酔いのガイド)

 49359468_p
上記リンクのブログ記事の内容は、1865年から1913年まで、シャモニを中心とした山岳ガイドの『惨状』、被害にあった顧客の報告文書が掲載されています。
その『惨状』とは、多くのガイドが「酒酔い」状態で山に入り、氷河上でルートを見失う、ひどい場合にはガイド本人が満足に歩けないという有様で、顧客が憤ってシャモニを去った、などと記録されています。
 こういった文書はあまり現地でも閲覧できないのでしょうか、コメント欄には「貴重な資料」として称賛のコメントが寄せられています。
 以前当ブログでも書きましたが、20世紀初頭のイタリアでも山岳ガイドは「ろくでもない若造」のやる仕事
と言われた時期があったそうな。

 こういった記録を見るに付け、「ガイドは医師・弁護士なみのステイタスがある」などとフランスの山岳ガイドを神の如く崇拝する輩が日本にはたくさんいますが、現在ガイド業界のほぼトップに君臨するフランスでも、こういう時代をふまえて今の山岳ガイド業があるのだなと考えさせられます。
 それを考えれば、欧米のガイドシステムを例に出して日本の山岳ガイド制度をけなす、性格悪そうな日本雪氷学会関係者のブログやら上から目線の遭難専門ブログはじめ、「さっさとおまえら欧米なみになれよアホンダラ」と日本のガイドをけな・・・もとい叱咤激励するブログも散見されますが、百年以上かかって今のステイタスを確立したヨーロッパに対し、組織がようやくまとまって時間も間もない日本のガイド組織に欧米なみの社会的評価を求めることがいかに脳天気なことかと思います。

 と、ここで久々に超ウルトラスーパーグレートに不愉快な話題。
 なんだかんだいってもJMGAの関係者の皆様のご尽力の下で活動させていただいてる現実があるので、組織&同業者の批判は避けてきましたが・・・
 先日メールで配信された、JMGA理事会報告に久々にブチ切れましたね。

 某山域の営業小屋で、酔ったガイドが小屋従業員(女性)の部屋に侵入、宴会の席に女性を背負って連れだし、小屋関係者に抗議を受けただ?
 最近当ブログもご覧いただいてる方が多くなり、昔のような過激な表現は抑えていたのですが、たまにはブチキレさせて下さいまし。

 八ヶ岳で活躍してる某女性ガイド氏のブログでも、セクハラまがいの醜態についてはたまに見聞きするけど、
酒に酔ったガイドが客に悪さしたって事例、表沙汰になってないけど、ここ数年毎年1件くらいあるよね?
 秋の北アや夏の北海道で顧客を凍死させたガイドに対して「同じガイドと言われたくない」とか散々偉そうに言ってる国際ガイド氏や登攀ガイド氏もいたけど、ぜひこういう酒酔いガイドもご自分のブログで血祭りにあげてほしいもんですなあ。

 私、酒で自分を見失う奴ってのがすっげえ嫌いでね。 

 まさかこの話題、オフレコってことないよね。それじゃ博打に夢中になってマスゴミに血祭りに上げられてるどっかの格闘技デブの組織と同じでしょ?
 ああ、それとも酒に酔った醜態まで、フランスのガイドを手本にしてるんでしょうか(冷笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学びを諦めないということ

 国民から視聴料をせしめてはつまらないドラマを制作する上に中国共産党に尻尾を振る売国守銭奴放送局NHKの『地球ドラマチック』(これは海外の選りすぐりのドキュメンタリー番組を放映するから安心して見られるのだ)を視た後、何気なく普段は上から目線の報道姿勢がうざったい『NHKクローズアップ現代』を視る。

 いや良かった!
 夕食取りながら視ていましたが、途中から完全に箸が止まりました。

 NHKクローズアップ現代
 学びをあきらめない~74歳老棋士・最後の闘い~

放送内容は次のとおりです。
以下引用開始
---------------------------------------------
「火の玉流」と呼ばれる攻撃将棋で、現役最高齢74歳まで活躍した棋士・有吉道夫九段が、5月末に引退した。「棋聖(きせい)」を獲得し、史上8人しかいない1000勝も達成した名棋士だが、その記録以上に有吉さんが尊敬を集めているのは、老いても衰えぬ情熱だった。「頭脳の格闘技」と呼ばれ、一局で体重が5キロ減少するとも言われる将棋。体力・気力の衰えから50代で引退する棋士が多いなか、有吉さんは61歳までA級に在籍。A級陥落後も、全棋士の棋譜を集めて最新戦型の研究に没頭。C級陥落後は、孫ほど離れた若手を幾度も蹴散らした。「生涯現役」を貫くには何が必要なのか、有吉さんの引退までの日々を追う。
---------------------------------------------
以上引用おわり

先月の仙台滞在中、熟読したのが棋士・羽生善治氏の著作。
登山における「判断力」の参考書として選んだ本。将棋の勝負を通じての判断力、判断材料、そしてその判断を支える諸々の事について、俺は山で死なねえとか言ってる爺の自慢話よりは大変参考になる本であった。

その絡みで本日の番組を視た。
上記の番組概要には書いてないが、ここ最近の若い棋士はパソコンを駆使して過去の対戦記録を分析、従来の手法とは一線を画した革新的な戦法で戦うため、年配の棋士は歯が立たないという。(将棋の世界でパソコンが大きな役割を果たしていることは羽生氏の著作でも紹介されていた)

注目すべきは、パソコンが使えない有吉九段が選択した修練方法である。
過去からペーパーに記録した将棋の対戦記録というアナログ手法でさらに努力を重ねる、という地道な方法。
そして積極的に若い棋士と徹底的に勝負を繰り返し、ひたすらに努力を重ねるという方法。

 単なる努力・根性称賛番組におわらず、有吉九段は若い頃から地道に論理的な戦法の研究を続けていたことにも触れられていたが、印象的だったのはゲスト解説者として登場した羽生氏の言葉。
 年をとっても勝負の世界に生きるため、プラスになること(経験値を積み重ねること)、マイナスとすること(忘れること、余分なものをそぎ落とすこと)の二つがあるという。マイナスという言葉をネガティブではなくポジティブなワードとして用いていたこともさることながら、さらに学び前進するため「余分なものをそぎ落とす」という発想に名人・羽生善治の哲学を見る想いがした。

 山の世界も同様である。
 昔の技術・常識にとらわれそこから一歩も踏み出せない(一歩前進する余地があることもしらない)糞爺を山の世界ではたまに見かけるわけだが、積極的に新しい知識をとりいれ学ぼうという有吉九段の姿に、とても心うたれるものがあったし、常に知識・技術・経験の積み重ねが要求される山岳ガイドのはしくれとしては大変感銘を受けた。

 再放送の機会があれば、ぜひ山をやっている方にもお薦めする番組である。
 登山を学び続ける人にとって、必ずや何かしら訴えるものがあるはずである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジョン・ハーリンⅢ世、スイスで大怪我

アメリカン・アルパインジャーナル編集長で、あのアイガー北壁直登で墜死したジョン・ハーリンⅡ世の息子、ジョン・ハーリンⅢ世が去る7月1日、アルジャンティエール氷河の岩場を登高中に転落、両足および肋骨骨折の重傷を負った模様。

John Harlin III sufre un accidente en Suiza by montanismo.org2010.7.2

H33
救出・治療後のジョン・ハーリンⅢ世

いやいや、おやじさん同様にならなくて何よりでごんす。
アリソン・ハーグリーブスの息子(アイガー北壁完登、K2挑戦)はじめ、海の向こうの2世クライマーは頑張っておりますなあ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

帰ってきた男

ピーター・ハケット。
80年代から、真摯に高所登山に取り組んできた方ならご記憶の名前でしょう。
『高山病 ふせぎ方・なおし方』という新書版の薄い本の著者であります。
また医師にしてクライマー、1981年のアメリカン・メディカル・エベレスト登山隊(医療関係者を中心として高所医学の研究をも目的としたアメリカのエベレスト登山隊)での活躍で知られています。

High Altitude Doc Peter Hackett Returns from Everest by The Watch 2010.6.24

Hackett3
2010年春、エベレストBCで凍傷治療にあたるピーター・ハケット氏。

 そのピーター・ハケット氏が、数年前から高所登山に「効く」とされているバイアグラの治験、そしてエベレストを訪れる数多くの登山者の治療に活躍しているという記事です。
 もともと自身もクライマーであるハケット氏、つい先日までアイゼンも履いた経験が無いインドの少女がエベレストに挑む現実に呆れながら、バイアグラの効果を巡る実験、またボランティアとしてエベレストBCで負傷した登山者の治療にあたる姿が記事に描かれています。
 ハケット氏いわく、
 『The real climbers are not doing Everest anymore
 (真のクライマーにとって、エベレストでやることなど何もない)
 とは、自身のクライマーとしてのコメントでしょう。同様の趣旨の言葉は、既に30年近くも前、池田常道大先生も「岩と雪」とかいう外国登山隊崇拝プロパガンダ雑誌の後書きに書いているのですが。

 話題は変わりますが、ハケット氏が参加した1981年のアメリカン・メディカル・エベレスト登山隊のメンバーが、英語の授業の視察団としてやってきたのが、偶然にも私の高校、そして私がいたクラス。
 退屈で大嫌いな英語の授業に、突然やってきたアメリカ人女性がエベレストに行ったことがある、と話出し、黒板にエベレスト南面のルート図・キャンプ配置図を書き出したのを今でも覚えています。
 なぜ日本の、ド田舎の山形の高校の、しかも自分のクラスに、知る人ぞ知るアメリカン・メディカル・エベレスト登山隊の隊員が!?
 当時の私は高校山岳部に在籍していましたが、体力が無くて蔵王もろくに登れず、同期の仲間からも相手にされない部員でした。
 本でしか知らないヒマラヤ、エベレストの世界、その世界に足を踏み入れた登山家が目の前にいるってのは、英語もろくにできない、山岳部の部活もろくにできないおちこぼれを刺激するには十分な理由付け。
 世界最高峰を目指す過程ではいろんな人の存在に刺激を受けましたが、この偶然の巡り合わせほど、運命的なものを感じた瞬間はありません。

 それからウン十年、世界最高峰を目指した自分は今や単なる土木作業員ですが、今もなお医療の現場・最前線において活躍中のピーター・ハケット氏には、あらためて尊敬の念を抱きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拝啓、港町から。

月曜日。
本日より、出張にて岩手県三陸海岸の港町に滞在。

Pa0_0005

玄関の振り子時計、そして狭い廊下が江戸川乱歩の世界を思わせる、港町の古い木造旅館に投宿。
またしばらく、山から離れます。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

失われた甘味処

月山の庄内側、八合目駐車場からの登山を目指す方は今年も多いことでしょう。
登山者の皆様が八合目駐車場までバスやマイカーで通る車道が、県道月山公園線。
標高約1400m地点まで続くこの県道は、地元住民の強い要望で事業が着工された道路である。

この道路を走ると、
「傘骨 半合目」「海道坂 一合目」などと、かつての車道開道以前の登山道にまつわる地名が書かれた看板を見かけることだろう。
それぞれの場所は現在空き地になっているが、ここには「月山登拝掛小屋」が存在し、登山者たちに便宜を図っていた歴史がある。

歴史というと山岳信仰とか堅苦しい話は歴史研究家の爺にお任せして、最近知った「甘味処ネタ」を紹介したい。
各掛小屋の名物リストである。
以下引用開始
------------------------------------------

傘骨小屋 半合目 名物 トコロテン・餅(昭和28年まで営業)
海道坂 一合目 名物 あん餅(昭和19年まで営業)
大満 二合目 名物 うちわもち(昭和33年頃まで営業)
神子石 三合目 名物 みそ餅(昭和36年まで営業)
強清水 四合目 名物 冷やしそうめん(昭和36年まで営業)
狩篭 五合目 名物 赤飯・きのこ汁(昭和34年頃まで営業)
平清水 六合目 名物 餅(つぶしあんに黒砂糖) (昭和36年頃まで営業)
合清水 七合目 名物 あん餅・冷やしそうめん(昭和34年頃まで営業)

------------------------------------------
平成8年出版 羽黒町史 別巻より引用

 おおっ!!
 あん餅!
 みそ餅!
 うちわもちってどんな餅よ!
 餅(つぶしあんに黒砂糖)とかって喰ってみたいぞ!
 残念ながら、月山八合目までの登山バス開通とともに、これらの小屋は次々と姿を消していったのでありました。
 トコロテン・冷やしそうめんとかサッパリ系からあん餅というスイーツ系まで、いかにも疲れた時に元気の出るお品書きです。
 それもそのはず、昔は羽黒山から延々と歩いて月山を登山・参拝したと言われています。(私のカミさんの今は亡き祖父も成人式と同じ意味合いで羽黒~月山を踏破したと聞いています)
 今のように車で短時間に移動できるわけでなかった時代、一定区間事に現れる茶店はどんなに参拝客を元気づけたことでしょう。各小屋のお品書きは「羽黒町史」に残されていますが、参拝客たちの食べた感想までは、残念ながら記録には残っていません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雷の行方

庄内側から姥沢へ、月山縦走のガイド山行。
本日の山行は、旅行社様の配慮でメテオテック・ラボ社から気象情報の提供を受けての催行。
ちなみにメテオテック・ラボの予報では、「午前中までは天候は保つが、午後から雷発生」という趣旨の内容。
出発時間から考えて、ちょうど頂上を越えた稜線で雷の危険が高い。
幾つもの行動パターンを考えてのスタートとなる。

庄内側、月山八合目駐車場は視界不良の中、出発。
過去幾度か引率させていただいた旅行社のツアーで、参加者もリピーターの方が多い。
先日の蔵王山行を共にしたお客様がおられ、わざわざ私の後ろについて「先日ガイドさんの歩き方がすごく安定して見えたんで、ちょっと教わりたいんです」とおっしゃる。
あまりにも身に余るお言葉である。

 人と違う歩き方といえば、大学山岳部の合宿で一週間+予備日の装備・食糧を背負い、気力の限界を超える時点まで歩かされたことがある。
 そうなると、人間の身体は無意識に「人体にとって最も楽なポジション」をとるようになる。

 そんな風に「野蛮な」方法で身につけた歩き方なので、文登研講師とやらでブイブイ言わせている登攀ガイドのセンセイ方と異なり、あらためて初心者に「山での歩き方」を初歩の初歩から教える「指導力」が身に付いていない、ということを痛感させられる。

 さてメテオテック・ラボの「宣告」を受け、ひたすら耳を澄ませながらの登山。
 ゴゴゴゴと空がうなる。
 よくよく聴けば、ジェット旅客機のエンジン音。
 登山中、二度も飛行機の音に脅かされる。

 山頂では、今シーズンおそらく最後であろうクロユリを堪能。
 山頂から下山間際、雨がパラつく。雷雲の前兆か、とビビリながらお客様に雨具着用を指示。
 そして判断のポイントとなる「牛首」に到着。
 私はここで雷発生はまだない、と判断し、稜線の登山コースを選択。
 雨具着脱、雪渓でのアイゼン着脱などに時間を喰われながらも、雷発生のリスクを考え、休憩は最少におさえ、姥ヶ岳では写真撮影のみとしてすぐに通過させ、リフト乗り場へ下山。
 姥ヶ岳の下降に伴うアイゼン着脱では時間がかかると思い急がせたが、それでも下山はリフト営業終了30分前、16時だった。

 結果的に月山での行動中は雷に遭うことは無かったのだが、メテオ社の名誉のために以下のことは明記しておく。当日の16時より、山形市内は局地的な激しい雷雨となった。まったくの「局地的」な雷雨で、山形市の一部地域では記録的な大雨で浸水被害もでた程だったが、同じ山形市内でも全く降雨の無かった地域もあった。
Ra
登山当日16時の東北電力 落雷情報の画像より

 雷雨の被害を伝える報道を見聞きしながら、とても結果オーライとする気分にはなれない。
 現実に月山登山中に雷には遭遇しなかったものの、メテオテックラボ社の情報を受けながら、リスクの高い稜線コースを選択したのはガイドとしてどうなのか。
 「判断」という行為には「判断材料」が必要なわけで、私が牛首で雷はまだ来ないと判断したのは、観天望気と過去の経験としか言えないのだが、それが適性といえるのか。

 ブログにはポジティブなことを書こう、と最近読んだビジネス啓蒙書にあったのだが、どうしても反省点ばかり多くなる。反省点を重ね、経験値を積み上げて、パーフェクトといえるガイド山行を完遂できる日が来るのだろうか。ネガティブな私には、別れ際のお客様の笑顔が、全てである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

村山葉山『十部一峠コース』はつまらないコースなのか?

土曜日、村山葉山のガイド山行を控えて某所に待機。
旅行社の添乗員から電話連絡が入り、お客様の乗ったバスのエンジントラブルで山行キャンセル。
まあ、こんな日もある。
出張とガイド山行とその準備で精神的に余裕の無い日が続いていたので、空いた時間は天からの授かりものと割り切る。午前中仮眠を取り、午後から今まで相手できなかった穴埋めをすべく、子供達を遊びに連れて行く。

さて、この村山葉山について語っておきたい。
月山に隣接し、月山よりも約500m程標高の低い村山葉山。
その低い標高ゆえ、月山が雲に隠れている時でもたいていそのどっしりした姿を見せており、山形盆地に住む人間にとっては、日常目にする機会の特に多い山ではないだろうか。
人々の目に触れると言うことは人々の信仰の対象となることである。
事実、村山葉山はかつて出羽三山の一つに数えられていた。(後に湯殿山にとって替わられる)

村山葉山には、その信仰の歴史を象徴するように幾つかの登山ルートがある。
最短で頂上に至るのが、寒河江市・大蔵村を結ぶ十部一峠(じゅうぶいちとうげ)から登る登山コースである。

 この十部一峠コースに関して、山形県の登山コースについて数々のガイドブックを記している山岳写真家・高橋金雄氏の評価は手厳しい。
 山と渓谷社・旧版のアルペンガイド「東北の山」や旧版「分県登山ガイド・山形県の山」では『みるべきものがない』など散々な評価である。

 だが果たしてそうなのだろうか?

 誤解なきよう書いておくが、長年にわたり東北各地の登山ガイド本を記してきた高橋金雄氏の実績は尊敬しているし、なにより私が以前所属していたガイド団体においてお世話になっている方でもある。
 だが、村山葉山の十部一峠コースに対する評価は納得し難いものがある。

 十部一峠から葉山を挟み、葉山東方に「山の内」という集落がある。
 この集落から葉山に至る「山の内コース」は、急登と岩場の通過を含んで手応えがあり、かつては山形の最上地方・戸沢藩藩主も参拝したという歴史のあるコースだ。
 この出発点となる「山の内」集落の人々、現在では、葉山参拝登山の際には車でわざわざ十部一峠に向かい、この最短コースから村山葉山に登山して参拝するという。(東北芸術工科大学の民俗学調査として行われた聞き取り調査の報告書より)

 今年に入ってから、私もコースを変え幾度か葉山に登った。
 葉山の頂上稜線には幾つもの池溏が存在し、それ自体が人々の参拝の対象となっている。
 ある日の葉山登山の事。
 私が雨の中その池溏にたどり着くと、水辺のほとりに火の消えたローソクが残されていた。
 21世紀の今もなお、葉山は人々の厚い信仰心の対象となっているのである。

 日本全国には、山岳信仰の山が幾つも存在する。
 それらの山々、そしていろんな登山コースが栄え、滅んでいった。
 山岳信仰の登山道は、時代の変節とともにその姿を変えていくということは、今更言うまでもない。
 20世紀に入り、自動車の普及とともに、ある集落の人々がわざわざ山を大きく迂回して、頂上に最も近い登山コースを選択する。
 その背景には集落の人々の高齢化という現実があり、そのためにより近いコースから頂上をめざすという理由がある。それを加味してなお、村山葉山の十部一峠コースは、自動車という現代の利器の発達とともに利用され始めた「新たな」信仰の道と言えるのではないだろうか。

 今もなお稜線の池溏にローソクの灯火を捧げ、参拝する人々の信仰の対象となる村山葉山において、「距離が短い」「景観にみるべきものがない」ことだけを理由に、高橋氏はあまりに十部一峠コースを低く評価しすぎではないだろうか。(新版・分県登山ガイド山形県の山では主観的な文章を排し、客観的な記述のみ記載されている)

 十部一峠コースは現代人の葉山参拝の信仰心を支える、重要な登山道と私は考える。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

設備投資

7月第一週、土日連続でガイド山行予定。
土曜予定の山はロープでワンピッチほどの岩場のトラバースがある。
東北の山でよく見かけるトラロープではなく、ちゃんとした登山用ロープが張られてはいるのだが、なにぶんだいぶ経年劣化している。
クライアント十数名を通過させるため、補助ロープとカラビナを新たに購入。
仕事帰り、いつもお世話になっているマウンテンゴリラに電話を入れ、私が行くまで店を開けてもらう。
無理をお願いして大変恐縮だったところ、東北中央自動車道無料化の恩恵で予定より早く店舗に到着。

時間は遡るが、今週5年ぶりに携帯電話の機種変更。
今まで使っていたのは京セラのとてもシンプルな携帯だが、シンプルゆえに大変使いやすかった。
auから通知が来て、来夏に現在使用の周波数が使われなくなるという。
顧客満足ではなく自己満足No.1といわれるau、そのセンスの無いCM同様、現在発売の機種は全く魅力的ではない。

先月までの仙台出張では、元請け会社の担当者がスマートフォンを使っていた。
ワイドな画面でgoogle検索、マップ検索が可能なのは大変魅力的だった。
資料を得るべく、近所の大型家電量販店に行く。
その家電量販店の携帯電話コーナーで一目惚れしたのが、

S002

ソニー・エリクソンのS002型。
そのコンパクトさとシンプルなデザインに惚れた。
それに自己満足No.1のau、この機会を逃したら、こんなシンプルな携帯電話を次にいつ出すかわかったものではない。
(過去、楽器になる携帯を出した際には「KDDIという大企業にも馬鹿はいるんだね」と真剣に思ったよ。今のau、「カップラーメンのお湯ができる携帯」とか売り出しても私なら不思議に思わない)

2009年春のモデルなので、もう山形市内のauショップには全く在庫が無かった。面白かったのは、どの店舗に電話を入れても「あの小さい電話ですね」と言われたこと。
家電量販店に売れ残っていた一台を速攻で購入。少し溜まってたポイント利用して、結局7000円弱で機種変更。

泣き所は、auの国際通話システムにおいて私が一番行きたい国「韓国で使えない」ことなのだが、韓国に行く際はいつも成田のレンタル携帯を使っていたのでまあ良しとする。

5年ぶりの機種更新、web閲覧もサクサクである。普段は現場土木作業がメインで机にいるわけではないので、webメールのサイトでメールチェックを頻繁に行う自分としてはとても便利。またガイド山行前の天候チェックで、天気図・落雷発生図など画像・動画中心のサイトを閲覧することが多い身としては、web閲覧がスムーズなのは大変助かる。

というわけで、引き続きスマートフォンの導入は検討中です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »