Ollie
『Ollie』
可愛らしい少年の顔が表紙に掲載されたこの本、著者はスティーブン・ベナブルズ(stephen venables)。真摯に山をやっている方ならご記憶であろう、あの名著「ヒマラヤ・アルパインスタイル」の共著者である。
同書やイギリスのメディアではスティーブン・ベナブルズ氏はイギリス初のエベレスト無酸素登頂者として紹介されているが、私にとっては憧れのルート、チョモランマ東壁「カンシュンフェース」の登攀者の印象が強い。
この本の題名『Ollie』とは、スティーブン・ベナブルズ氏の息子Oliverの愛称である。
Ollieは2歳で自閉症と診断され、4歳で白血病を発病、闘病生活を続けながら12歳で脳腫瘍のため短い生涯を終えた。
この本は、Ollieの短い人生と、それをとりまく家族の記録である。
完全なプロ登山家・冒険家として名を成したベナブルズだけあって、本文中には幾つかクライングの描写もあるが、ほとんどは家族との生活の記録であり、収録された写真は全てOllieの姿を捉えている。
人はとかく成果のみで判断される。特にクライマーとかいう性格悪そうな連中の中には、登ったグレードで人を評価する馬鹿者もいるようだが。
スティーブン・ベナブルズという一線級の登山家が、家族との関わりを中心に据えた人生の記録を克明に本にまとめ上げたということに、まず驚かされる。
日本には、ロクスノなどのメディアを通じて、細々と海外諸国の登山家達の動向が伝えられるわけだが、家庭での顔までは知る由もない。
登山家である前に、人間であり、家庭がある。
そんな当たり前のことを、あらためて同書をもって知る。
小さい子供を抱えながらも登山活動を続け海外各国を飛び回るベナブルズの姿に、やはり登山で飯を喰っているプロなのだなと思わされる一方、自閉症・白血病との闘病のために様々な医療関係者と関わり、揺れ動く心の描写はやはり人の親なのだと考えさせられる。
同じイギリスのアリソン・ハーグリーブス女史の遭難死が、スティーブン・ベナブルズ氏にも大きな衝撃を与えた様子が正直に述べられている。共に山に登ったこともある二人、ハーグリーブス遭難後、ベナブルズはハーグリーブスの旦那と子供をK2の見える場所まで連れて行くのだが、ハーグリーブスの幼い娘がK2を指さして「Is that Mummy?」と尋ねた時には、相当こたえたらしい。
ベナブルズ自身が先年にヒマラヤ・パンチチュリ5峰で下降中に重傷を負いながらも生還できたこと、息子のOllieのことを思い、運命というものを考えさせられたと書いている。山で妻を亡くした家族を前に、息子が闘病生活を送り自分は奇跡の生還を果たしたベナブルズの想いは複雑の一言では表現できないものがあっただろう。
闘病生活を続け、12歳というあまりに短い人生の後、Ollieは世を去る。
この本の冒頭、そして自身のウェブサイトでOllieの人生をこう表現する。
『Like the swallows he arrived in the spring and left in the autumn.』
自分の息子そして自分自身を、これだけ冷静に見つめ記録できるからこそ、大物ぞろいのイギリスの登山界において、スティーブン・ベナブルズを今も第一人者たらしめているのだろう。
普段の家庭を省みない自分を強く反省させられるが、「登山家である前に人間であること」を考えさせられる本である。
参考ウェブサイト Stephen venables氏のウェブサイト
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