« 読書 | トップページ | 車窓の世界から »

『僕は常にクライミングしていたい』

21日、土曜夜、金と色欲渦巻く大都会・仙台へ。
THE NORTH FACE 仙台店で開催される『athlete talk series』に参加。
講演者はGIRI GIRI BOYSの佐藤 裕介氏。

Imgp1353m講演冒頭の佐藤祐介氏

講演はスパンティーク北西壁とラトック1峰遠征について紹介された。
講演の概要は下記のとおり
----------------------------------------------
2009年スパンティーク北西壁について

 スパンティーク峰には特別な思い入れがあった。
 11年前、19歳の時にカラコルムに遠征、遠征自体は失敗に終わったが良い経験となった。それは間近でスパンティーク北西壁を見ることができたこと。

 19歳、冬山を始めて2年目、(スパンティーク北西壁のような)格好良くて大きな壁をシンプルに登りたいと思った。
 以来、自分のやりたいことを積み重ねてきた。その折々に北西壁が思い浮かんだ。

 メンバーは一村、佐藤、天野。
 隊荷はハイエース一台分。最終の村から雇ったポーターは20名位。
 
 高所順応中、大規模な雪崩に遭う。佐藤・天野は50m程流され一村は200~300m流された。
 雪崩に巻き込まれ膝を捻った。今まで骨折など大きな怪我の経験が無かったが深刻な痛みだったので登攀断念も考えた。帰国後の診断では内部の靱帯が断裂していた。
 (セラックの崩壊による雪煙がベースキャンプを襲う様子を動画で紹介)

 膝も良くなったので順応活動は再開。
 食糧は乾燥食中心、行動食はパワージェル、NatureValley中心。一日1000kcalで計算。
 持って行く装備は全て計量(バネばかりで計測している画像紹介)50g単位で3人で装備を分けた。
 ザックの重さは12kg。日々蓄積する疲労で、登攀後半はユマーリングはかなりハードだった。

Imgp1354m
「この中でアルパインクライミングの経験ある方、手を挙げて下さい?」と聴衆の登山経験を確認してから、登攀具の説明を行う佐藤氏

 当初予定のラインはセラック崩壊のため断念、北西壁初登ルートをトライ。ヘッドウォール基部まで8時間、一気に1000m稼いだ。岩質は大理石で見た目より節理が少ない。
 夜8時過ぎ、ビバーク体制に入り、腰掛けてのオープンビバーク。行動終了は22時、水作りから食事を終え、就寝は午前2時頃。気温はマイナス10℃位でシュラフに入らず一泊。なおツェルトは底がジッパーで開け閉めできるよう改造してある。

 翌日はひどいスノーシャワーに悩まされながらの登攀。(スノーシャワーの様子を動画で紹介)
 天候が悪化して敗退を話し合ったが、晴れたような気がして続行。幸運にも夕方は天候回復、テントも張ることができた。
 2晩め、夜中3時まで行動、あと2pで頂上台地かなというところでビバーク。明るくなるまで休もうという程度。
 意識朦朧の中で水を作っていたところコンロを落としてしまった。第一に考えなくてはならないのはベースに戻ること。壁を下降するのはもはや不可能なので頂上台地に到達したら頂上には行かずに下降しようと話した。

 頂上台地に付くと非常になだらかで、他の二人は登る気満々なので頂上へ。2、3分しか頂上には滞在しなかった。ここから気を引き締めて再スタートという感じで下降した。
 帰路ホワイトアウトとなり6900m地点でビバーク。100円ライターで水作りに挑んだが、5分くらいでライターが壊れていく。結局できたオチョコ2杯位の水で口を潤した。
 いろいろなミスがあったが、思い出深い登攀となった。

 自分が求めるものは単なる山頂ではない。
 何m登ったから良し、ではない。
 クライミングの過程が大事。
 良いクライミングをして帰ってくること。スパンティークは僕にとっていい山だった。それで目標達成というわけではない。日々登っていくこと。毎年遠征をしていくこと。それも僕にとっては「過程」の一つ。
 そこからラトックという山に発展した。


ラトック1峰遠征について
 写真や他の隊の記録をみて調べ、遠征ではスコープを使って壁を観察。
 最初に北壁をトライした。
 北壁の基部に到達し、北壁をみた第一印象は「かなり怖い壁だ」と思った。北壁なのに日が当たり落氷・落石が多い。常に落氷に襲われた。
 90度近いアイスクライミングで常に変な音(セラック崩壊など)を聞きながら気が休まらない。初日に18p、20時間以上行動したところでロープ1本を落としてしまい、ここからさらに困難な壁が続くため敗退となった。

 ベースで氷河用の古いロープを補充し再挑戦を計画。
 ベースでレスト中は氷河でボルダリングに興じた。このボルダーがとても楽しめた。
 16日間天候待ち、計画自体に無理があり食糧が不足、キッチンボーイに麓の村まで調達に行かせ食糧調達、北稜めざして再出発。
 自分たちは危険を求めているわけではない。登っているのが楽しい。
 北稜も落氷が非常に多く、稜線に出てみるとキノコ雪のナイフリッジ。支点が得られず100m以上続いているため敗退を決定した。
 登れると思って行っているわけではない。
 登れるかもしれない、と考えて行っているが、「敗退もクライマーを成長させるためにいい経験なんだろうな」と思った。

使用ギアについて
 ノースフェイスのアドバイザーをしている。
 (アドバイスして開発してもらった)胸まで覆うビブ。日本でもラッセルの多い時に重宝している。
 ジャケットのフードは大きめにしてもらい、ヘルメットの上から被れるようにしている。
 フリースのツナギを作ってもらった。

参加者との質疑応答
 Q.次に狙っている山、ルートはどこでしょうか?
 A.来年またパキスタンに行きたい。ウルタルを考えています。
 Q.日頃から行っているトレーニングは何ですか?
 A.特別なトレーニングはしていない。無雪期は仕事後、週2~3回はジムでクライミング。ランニングもやります。アルパインクライミングの場合、長時間、何日にもわたって行動することが特徴。冬季は土日は毎週冬山でクライミング。アラスカやヒマラヤに行って突然長時間の行動ができるわけではない。日本国内の登山でもそのくらいの行動時間で動く。一番長い時で28時間行動した。
 Q.お話の中で他の隊の話を聞くなどありましたが、登る山を決める時など普段読んでいる山岳雑誌、メディアがありましたらご紹介ください。
 A.不勉強でして、特に資料集めや過去の記録をたどったりなどはあまりしていません。ラトックでは一村・横山
の話を聞いていた。毎号読んでいるのはALPINIST誌。写真をよく見ています。
 
----------------------------------------------
講演後、司会の方から今後の展望をと言われて佐藤氏は開口一番、
「明日は安達太良山にボルダリングに行きます。」
と発言、会場の笑いを誘っていた。その後佐藤氏は

『僕は常にクライミングしていたい』

とおっしゃってました。佐藤氏の生き方・登山を表現する一言でしょう。
講演者の佐藤祐介氏、企画運営されたTHE NORTH FACE 仙台店スタッフの皆様に感謝申し上げます。

|

« 読書 | トップページ | 車窓の世界から »

クライミング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21370/49214240

この記事へのトラックバック一覧です: 『僕は常にクライミングしていたい』:

» Twitter Trackbacks []
[続きを読む]

受信: 2010.08.22 23:11

« 読書 | トップページ | 車窓の世界から »