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おもひで、ぽろぽろ。

 私の住む山形市の中心市街地は、蔵王連峰から流れる馬見ヶ崎(まみがさき)川が形成した、美しい扇状地の上に成り立っている。
 その馬見ヶ崎川にかかる馬見ヶ崎橋が、今年架け替えられることになった。

 私の生まれ育った実家。
 今住んでいる自宅。
 いずれも馬見ヶ崎橋の近所である。
 今も通勤時は馬見ヶ崎橋を渡り、月山・葉山方面の山並みを眺めるのが日課だ。

 馬見ヶ崎橋の掛け替え工事。
 建設会社勤務という職業柄、橋が架け替えられるという情報はかなり以前から知っていたのだが、迂回用の仮設橋工事が始まると、なんとなく本橋を画像に記録しておこうという気持ちが強くなった。
 短くはない土木作業員生活、様々な古くからの施設・社会資本が取り壊されていく姿を見てきた。一つの集落がダム工事で完全に移転し、消え去っていく姿も見てきた。
 山と渓谷誌あたりに駄文を書き散らしている「山岳ライター」と称する連中と異なり、私は社会資本が整備されていく途上で消え去るモノに郷愁など抱かない。
 そう思っていたのだが、自分が小さい頃から日常生活の一部だった馬見ヶ崎橋は、なんとなく画像に記録しておこうという気になった。

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 2010年8月8日、夕暮れの馬見ヶ崎橋

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 欄干を飾る灯籠は花崗岩製。夜間になると電灯が灯る。昭和八年十二月竣工と記されている。橋そのものは何度も改修されてきたが、橋を飾る灯籠や橋体の一部はそのまま残されてきた。

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 灯籠の左下隅にスプレーペンキで「K.B.M.」の文字が見える。建設関係者にはおなじみ、「仮ベンチマーク」で測量の際の仮の基点である。通常、恒久的な設置物に印を付けるわけで、過去の工事で誰かが記したものだろう。花崗岩製のこの灯籠も、もう取り壊される運命にある。

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 河川の堤防本体を取り崩す場面は、私も滅多に見たことがないのでレンズを向けてみました。堤体の中は玉石が積んであり、おそらく馬見ヶ崎川の河川敷から採取したものでしょう。
 ちなみに馬見ヶ崎川は歴史上、暴れ川として知られ、もともとは現在の堤防よりも幅が広い河川でした。旧堤防は現在の堤防より西側、山形北高~山形工業高校を結ぶ、周囲より一段高い車道が旧堤防です。今は民家密集地となっており、よく注意してみなければ、堤防とは気が付かないでしょう。


さて、この馬見ヶ崎橋、じつは日本全国の方がそれと知らずに目にしているはずです。
それはスタジオジブリの『おもひでぽろぽろ』。
主人公のタエ子とトシオが(旧)山形駅で落ち合い、車で高瀬地区に移動する場面。
映画は車が通過する山寺街道をかなり忠実に描いています。

Ma1
映画『おもひでぽろぽろ』より、護国神社前交差点から望む馬見ヶ崎橋。

Ma2
映画『おもひでぽろぽろ』より、馬見ヶ崎橋下流方面の風景。右が村山葉山(実際より少しとんがって描かれている)、左が月山。私のいつもの通勤途上の風景。20代の頃は、この河川敷がランニングコース。ちょうどガイドの師匠が某8000m峰に遠征中、自分も同じ山に2年後遠征することが決まっていたため、「くそー登るのはこの俺だぁー!」と夜な夜な叫びながら走ってました。ダースベイダーと化すジェダイなみに暗黒な青春の日々(笑)

 自分の近所、日常の光景が定評あるスタジオジブリの映画に出てくるというのも、なんともいえない感じです。
ウィキペディアの映画評を拝読すると、『おもひでぽろぽろ』に関しては映画化する必要があったのか?という意見があったと記載されていますが、山形市民の一人として、私は映画化は必然だと思いますね。
 映画の中で描かれている山形市は1982年。1982年以来、山形市は各所で土地区画整理、車道拡幅・開発が進み、その姿を大きく変えてきました。映画『おもひでぽろぽろ』に描かれている山形の光景は、主人公タエ子の回想場面同様、山形市民にとってはもはや失われた、懐かしい光景になりつつあるのです。


おまけ

Ma3
映画『おもひでぽろぽろ』より、山形市風間(かざま)地区、通称「風間ガード」。
 この風間ガードも、現在は鉄橋が架け替えられ、車道もアンダーパス(半地下道)に改修されたため、現在はもう見ることが出来ません。
 風間ガードの鉄骨は、太平洋戦争時にアメリカ軍の空襲を受け、機銃掃射を浴びた銃弾の跡が残っていることが知られていました。
 この地区一帯は非常に豊富な地下水に恵まれた地区で、延命水という地区共同の簡易水道水源となっている井戸があり、夏場は洗い場にスイカがプカプカ浮いていたりしたものでした。
 そんな光景も、ここ10年で大きく変化しました。

 自分も子供を持つ身として、時々思います。
 子供達が大きくなった頃、自分そして子供達にとって、「生まれ育った風景」はどんなに変わっていくのだろうか、と。

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コメント

工事、始まりますね…
あの辺の景色も変わるんでしょね…

完成まで渋滞も発生するんでしょうねぇ…car

投稿: は。 | 2010.08.10 20:45

re:は。様
 コメントありがとうございます。
 
 最初は某社の現場事務所が現れ・・・
 仮設橋の盛土が始まって・・・
 
 あー始まるんだなーと実感しましたね。

<<完成まで渋滞も発生するんでしょうねぇ
ただでさえ朝夕は渋滞する山寺街道、あの交通量をどうさばくのか、実は内心楽しみにしちゃったりしています(他人事)

 薬師公園前の区画が道路拡幅のために次々と住宅・施設が移転したりして、だいぶ景色も変わってきました。本文でも書きましたが、子供達が成人となる頃にはどんな街並みになるんだろう、と思います。

投稿: 聖母峰 | 2010.08.10 23:58

NHK山形の「今夜はなまらナイト」の投稿記事で架け替え工事のことを知りました。私は山工土木科卒業で、24歳まで東北各地の会社の現場を動いていました。ことしの12月中旬に法事で帰省しますので、この現場周辺を見るのが楽しみです。現在は全く違う仕事についていますが、今でも工事現場を通ると立ち止まってしまいます。  北海道帯広市

投稿: 佐藤俊明 | 2011.09.09 07:07

re:佐藤様
 コメントありがとうございます。
 
 馬見ヶ崎橋、まだ本体工事は始まっていませんが、現在は仮設橋が架けられ日々多くの車両が行き交っています。

 佐藤様のご年齢はわかりませんが、新築西通り、薬師公園前の通りもここ10年くらいで大きく変化しました。

 失われる風景、新たな風景、そんなものが幾つも積み重なっていくんでしょう。
 旧馬見ヶ崎橋は閉鎖・通行止めになっていますが、橋両端の石灯籠はまだ健在です。

 12月に法事で帰省とのこと、どうぞお気を付けて、良き帰省になりますことをお祈りしております。

投稿: 聖母峰 | 2011.09.09 22:19

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