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【映画】NANGA PARBAT (邦題「断崖のふたり」)

 はじめに、当ブログにもコメントを頂戴いたしましたが、映画「NANGA PARBAT」日本上映に尽力いただいた関係者の皆様に、一登山者として深く感謝の意を表します。
 ※当記事には映画のネタバレが含まれます。
 
Nanga_parbat

夜行バスで上京。
第23回東京国際映画祭で上映される映画『NANGA PARBAT』(邦題「断崖のふたり」)を鑑賞するため、シネマート六本木に行く。
どうしても見てみたい。
高校山岳部で「いても、いなくても、どうでもよい」存在だった私にとって、周囲の人間が成し遂げていない8000m峰登山を実現させることが夢であり野望であった私にとって、図書館で手にした『ナンガパルバート単独行』は眩しすぎる本であった。
21歳で初めての8000m峰を経験できた私にとって、「組織と個人」という相対するテーマを内在したメスナーのナンガパルバットの「事件」については関心は消えることはなかった。
そのエピソードが映像となる。
どうしても見てみたい。

63517819 夜行バスで上京し、午前中に八重洲ブックセンターで、メスナーの筆によるナンガパルバット横断の顛末を描いた新刊本『裸の山』(原著Der nackte Berg.Nanga Parbat 、平井吉夫訳)を購入し、速攻で読み、上映前の予習。

映画は、メスナー兄弟の幼い頃の生い立ちから始まる。
遠征後の報告会において、プレゼン中のヘルリヒコッファーに松葉杖姿のメスナーが食って掛かり、二人の相前後する遠征の回想で映画全編は進行する。(動画予告編の二人の言い争いのシーンは、クライマックスではなく、映画冒頭の場面である。)

細かなストーリーまで、映画はメスナー著『裸の山』に実に忠実だ。
幼いメスナーと厳格な父親との確執、弟ギュンターが、クリスマスツリーに飾られたヘルリヒコッファーからの遠征隊への招聘状を手にする場面、ベースキャンプで隊員達がスポンサーのために食料品の撮影に興じているところ等々・・・

そして登山史を知る者ならご存じであろう、ナンガパルバート・ルパール壁での「信号弾」、単身登頂を目指したラインホルトを追い、軽装で頂上に向かってしまうギュンター、メルクル・リンネでのメスナーとフェリックス・クーエンとの叫び声でのやりとり。それらを挙げるのは、煩瑣でしかない。

一人生き残ったメスナーは山麓の住民に助けられ、ヘルリヒコッファーたちと奇跡的に合流する。
教会でのギュンターの葬儀、そしてヘルリヒコッファー、二次隊で登頂したクーエンとショルツのその後がテロップで流れ、再現シーンも含めてメスナーのナンガ単独登頂の登頂カットで映画は幕を閉じる。


この映画に関しては今現在、鑑賞した日本人は少ないが、よくブログを拝見させていただいているドイツ在住のpfaelzerwein氏が充実した評論を書かれている。

参考記事
ブログWein, Weib und Gesang 『環境、ただそこにエゴがあるだけ』

私の感想は氏の冷静な評論とは異なり、やはり自分の経験と照らし合わせずにはいられなかった。
登頂後、高所衰退の影響で朦朧となりながら未知のディアミール側を下降する二人、特にギュンターの姿に、某山で何度もしゃがみ込みながら、夜間の降雪の中、一人で8200mのテントまで、固定ロープも見失い勘を頼りにさまよった自分の姿を、どうしても思い起こしてしまうのだった。

『裸の山』には一切の描写はないが、映画において、メスナー兄弟の母親の描き方が深く印象に残る。
台詞も少なく、その表情が兄弟を案じるだけでなく、兄弟の行く末までをも見抜いているかのような、深い愛情を感じさせるのだ。
そこでもまた、某8000m峰で遭難報道の渦中の人となり、帰国した夜、自宅に帰って玄関をあけ、最初にみた自分の母親の顔を思い浮かべた。あの憔悴しきった表情を。

この映画では、見るべきものはメスナー兄弟の運命だけではない。
前述のpfaelzerwein氏も言及しているが、ヘルリヒコッファーの姿がむしろメスナー兄弟を「喰っている」といえよう。時には威厳をもち、時には小心者として、時には過去を振り返り「使命感」(何の使命感かは、映画と『裸の山』を参照いただきたい)に酔い、そして哲学的な言葉でヒマラヤ登山を総括する。
超人・鉄人と呼ばれるメスナーよりも、人間・ヘルリヒコッファーの姿に私は感銘を受けた。

映画『アイガー北壁』のオフィシャルサイトでは、登山業界の人間がこぞって「表現がリアル」「情景がリアル」とリアルさに酔いしれていたが、クライミングのリアルさにこだわるならば、自分で近くの岩場に行けばいい。山の風景にリアルさを求めるならば、山岳写真家の撮影した、修正に修正を重ねて美しく撮られた山の写真集でオナニーでもしていればよい。
私がこの映画に求めたのは、山に登ろう関わろうとする人間の姿である。
その意味では、メスナー兄弟だけではなく、ヘルリヒコッファーの姿は遠征登山を経験した者として、実に人間臭く描かれていて好感すら覚える。

邦題「断崖のふたり」には、最初正直萎えてしまったが、映画を見て少し納得した。
冒頭、幼いメスナー兄弟が墓地の石垣を登り切る場面がある。登り切ったところで、神父に見つかり咎められてしまう。
映画のおわり、その神父がギュンターの葬儀で神の救いを説く。
あの石垣をよじ登ったように、ルパール壁へと二人の兄弟は赴いた。
そしてラインホルトだけが生き残ったのだ。


 国際映画祭ということもあり、またタイトルがNANGA PARBATではなく「断崖のふたり」だったこともあり、山岳関係者にはあまり知られていなかったのか?会場は映画愛好者と思われる方が多く、空席も目立っていた。
 チケット売り場ではミニスカートに黒いタイツの若い女の子三人組が「断崖のふたり、(席が)だいじょうぶみたい」とチケットを購入しており、待合いベンチでは「なんかねぇ、めすなーっていう人がねぇ、山登る映画みたいなんだけどぉ」と今風の若い女の子のおしゃべりが聞こえてきた。

 映画が終わり、会場を出て階段を下りていると、
 「よくわからない」
 「山は怖いよねえ」
 「ああしなければ(ディアミール側に下降したこと)、助からなかったのよね」
 という、あまり山は知らなさそうな若い女の子たちの会話が聞こえてきた。

映画『NANGA PARBAT』は来春、日本でも公開予定らしい。
登山史マニアのJACの爺さんどもから、山ガールの皆様まで、受け取り方は様々であろう。
メスナー兄弟の単なる冒険談・英雄談とは受け取られたくない。
メスナーの視点から描かれたものとはいえ、できれば『裸の山』ご一読の上、鑑賞すると映画細部の背景がよく御理解できるであろう。

映画NANGA PARBAT 予告編

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コメント

六本木と読んで想像はついてました。こうして思い起こすと山岳映画として矢張り秀作だと思いました。それでもドイツでは特に当時を知っている者にとっては、美談としてしか思いつかない題材のようです。

ご指摘のように、自身の方では描きにくい人間関係を恐らく制作者による丁寧なインタヴューを通しての洞察力を交えて描きこんでいますが、その後に読んだ旅行ジャーナリストによる全く無関係のインタヴュー記事でもメスナー氏の独自の個性が美化されずに描かれていて、そこに「本人が見せたがらない部分」と言うのが幾らか感じられました。

『裸の山』こそが、まさに「何度もしゃがみ込みながら、夜間の降雪の中、一人で8200mのテントまで、固定ロープも見失い勘を頼りにさまよった自分の姿」の「裸の人間像」なのだろうと考えます。そこにとても興味深い人間があり、自然があるのを実感させてくれる映画でした。これこそが英雄化とは対極にある描き方であると執拗に付け加えておきましょう。

投稿: pfaelzerwein | 2010.10.25 05:47

re: pfaelzerwein様

 早速のコメントありがとうございました。

<<ご指摘のように、自身の方では描きにくい人間関係を恐らく制作者による丁寧なインタヴューを通しての洞察力を交えて描きこんでいますが、

 情報ありがとうございます。
 映画祭の出品作品なのですが、映画制作にまつわる情報など記載されたパンフなどが全く無く、少々物足りない想いでしたが、著書『裸の山』に非常に忠実な映像で、丁寧な作りの映画だなとは感じておりました。
 
<<そこにとても興味深い人間があり、自然があるのを実感させてくれる映画でした。

 メスナーの手記の忠実な映像化、そしてヘルリヒコッファーとのやりとりなど、従来日本の山岳関係者の多くは文字という媒体でのみメスナー、ヘルリヒコッファー、そしてルパール壁の「事件」を知る手段が無かったわけでして、今回の映画は「超人・鉄人」として英雄視されていたメスナー像に一石を投じるものではないかと思っています。

 今の日本の登山者の多くにとってはヘルリヒコッファーは無論メスナーでさえも過去の人になりつつあり、映画祭で鑑賞していた女の子達のように、予備知識が無ければなかなか理解いただけない映画ではないかと感じると同時に、だからこそ多くの登山者に見てほしい、と思いました。

<<これこそが英雄化とは対極にある描き方であると執拗に付け加えておきましょう。

今後とも、示唆に富んだコメントをいただければ幸いです。

投稿: 聖母峰 | 2010.10.27 00:58

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