石狩川のほとり、袋地沼。
里山歩きを早々に終え、次の目的地を目指す。
山あいを抜け、広い農地が延々と続く石狩川沿いを車で走る。
目の前に石狩川の堤防が続く。
開拓民にとって、その歴史は氾濫する石狩川との闘いでもある。
この石狩川、地形図をみていただければ一目瞭然だが、『三日月湖』が多い。
蛇行する河川が何らかの影響により流路が変化した際、河道がとりのこされ、その形から『三日月湖』と呼ばれる地形である。
立正大学で地理学・地形学を学んで知識としては知っていたが、実物を間近でぜひ見てみたかった。
車は新十津川町に入り、広大な農地を走る。
まばらに存在する農家の敷地に、鉄製のコンテナがいくつも積まれている。
中身は・・・ストーブの薪かな????
よくよくみれば、収穫されたタマネギでした。新十津川町の産品だそうです。秋ですね。
さて、車は石狩川最大の三日月湖、『袋地沼』の東端に到着。
この袋地沼、面積は約45.7万平方m、札幌ドーム8基ぶんの広さ。白鳥の飛来地として知られています。
私が訪れたときも、なにやら水鳥の群れが数多く羽を休めてました。
この袋地沼、昭和16年から26年にかけて施工された石狩川河川改修工事で河道が直線化、この工事によって袋地沼が誕生したという経緯があります。
地形図をごらんいただきたいのですが、石狩川右岸(図では石狩川の左側)は新十津川町の行政区域。
ところが、沼に囲まれた「袋地」地区は飛び地のように石狩川左岸(図では石狩川の右側)に位置する砂川市の行政域になっています。タマネギ農家など22世帯が生活。
逆の左岸には新十津川町の行政域があったりで、非常に蛇行した河川流路で行政区域も複雑になっています。
(参考資料:プレス空知2010年10月2日発刊号)
沼のほとりから水底を観察すると、沼といっても泥・湿地ではなく、旧河道らしく円礫・亜円礫がみられます。
また沼に隣接して砂利採取場があり、今は広大な農地も、かつては石狩川の氾濫原であることが容易に推察できます。
山だけではなく、もっといろんな自然も、どん欲に見ていきたいです。
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