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2010年、ありがとうございました。

2010年、12月31日。

 今年も沢山の方々に当ブログをご訪問・閲覧いただき、ありがとうございました。

 山をやっている方も、山をやっていない方も、皆様どんな一年だったでしょうか。

 コメントをお寄せくださった方、たまたま検索でご覧になった方、自然を愛する皆様にとって、良い年末年始でありますように、真っ白な蔵王、月山、朝日連峰を望む山形盆地の片隅から、お祈りいたしております。

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 実家で食べる、年越し料理の煮物。
 月山山麓、大蔵村産のウドの緑が鮮やかです。

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大晦日でもにぎわう場所

 あ~ついに大晦日だ~。
 と、思いきや、息子が発熱。
 山形市中心部を車で走り抜け、休日診療所へ。
 山形の商店街もシャッターを降ろし、年末の雰囲気。

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休日診療所は開所早々、にぎわっておりました。(^-^;

 皆様も年末年始、健康にはご注意を。

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あの人は今 マルク・バタール

 マルク・バタールといえば、エベレストの速攻登山で80年代末にその名を知られた方でした。
 (1988年、エベレストのネパール側から22時間半で登頂)
 58歳の今、画家に転身したそうな。

Marcbatard
マルク・バタール近影

 Marc Batard appende gli scarponi al chiodo e si dà alla pittura by Montagna.tv 2010年12月25日

 Portrait : Marc Batard, alpiniste, peintre et écrivain by la montagne.fr 2010年12月29日

 この方の速攻登山の記録については、シェルパの噂ながら結構ダーティな噂を聞いており何だかなぁと個人的に思うのですが、まあ、今現在は画家なんですねえ。
 転身の理由は不明ですが(そこまで仏語・伊語堪能ではござんせん)、ちなみに書いた絵の一枚はこちら↓

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 フランスのメディアでは「風景は描くが山は描かない」というわりには、しっかりドリュを描いてますが、印象派っぽい画風といい本人の風貌といい、ゴッホに似てますなあ。

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チベットに高所登山救援チーム発足

12月30日の新華社・ラサ発の情報ですが、チベットに高所登山専門の救援隊が発足という話題です。

西藏成立中国首支专业高山救援队 by 新華網 2010年12月30日

 この「チベット高山救援隊」を率いるのはチベット登山学校校長を務める尼玛次仁(ニマ・ツェリン)氏。
 隊員はチベット登山隊、チベット登山学校、チベット聖山探検公司のガイドらによって構成されています。
 
 注目されるのは、救援隊の活動範囲。
 救援隊の活動範囲は青海、四川、雲南、新疆ウイグルまで含まれるとのこと。もちろん8000m峰での救援活動も含まれます。
 救援隊設立の背景は、外国人登山者の増加よりも、中国国内のアマチュア登山者による高所登山の増加、これに伴うアクシデントの増加があります。従来は臨時に経験者を募って救助チームを結成していましたが、近年の高所登山での事故の増加により、組織化された救援隊が必要になってきたと記事では紹介されています。

 記事の最後に国家体育局の王勇峰氏のコメントがあり、最終的には前述の4省、チベットに合わせて中国国内の全国的な救助隊のネットワークに結びつけたいと記事を締めくくっています。

 救援隊発足という流れは、近年の急速な中国国内の登山熱をウォッチしていれば当然の流れと思われます。
 ただし、高所登山の厳しさは救援システムの有無に関係ないわけでして。
 昨今は日本でも高齢者の中国領ヒマラヤの「初登頂」や「高所遠足」(山森欣一氏風表現)が盛んですが、あらためてHAJの『中国登山の手引き』に記されている登山者自身の責任に関する項目は、高~い山に行く方はよく読んでおきましょうね。

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二流の山岳小説 『遙かなる未踏峰』【12/29補足】

※以下の記事にはネタバレが含まれます。

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 ジェフリー・アーチャー作、戸田裕之訳の『遙かなる未踏峰』(原題「Paths of Glory」)を読了。
 長期出張が終わったばかりで自宅では子供が常にまとわりつくので、ネットカフェに引きこもり&深夜子供が寝静まった時間を利用して気合いで読了。

 日本でも知られるイギリスの作家、ジェフリー・アーチャー氏が取材を重ね、1924年チョモランマに消えたマロリーについて、その生涯を描いた「小説」である。
 表紙を開き、第1ページから

『「この前、スパイクを着けてボルダリングに行ったら滑落してしまってね」と、コンラッドが言った。』

 と、いう書き出し、もう気分は「今夜は、えへへへheart01」というところで「今、生理中なの。」と言われた気分。(大人ネタですんません。)
 この一文に関しては、ブログ「雪山大好きっ娘。」えのきど。さんもツイッターで嘆かれています。
 まあ原文が「hobnail」では、訳者の戸田氏もチンプンカンプンだったことでしょう。コンラッドとはコンラッド・アンカー氏で、マロリーorアーヴィンの遺体を見つけたときの暗号ということになっているのですが、いやはや。

 この作品に関しては、ジェフリー・アーチャー氏が取材活動を行っている段階から英字メディアでは結構話題になっており、2009年2月の時点で、当ブログでもマロリーのライバル、ジョージ・フィンチに関する記事を取り上げています。
 
 奪われた栄光 ~1924年 英国エベレスト隊の闇~ by 当ブログ2009年2月21日

 さて『遙かなる未踏峰』の内容は、早い話が上流階級のボンボン息子ジョージ・マロリーが恵まれた環境でその天賦の才能を発揮、20世紀初頭イギリスのそうそうたるメンバーの中で頭角を現し、チョモランマを目指すというお話です。
 ちなみに、前記リンクの記事でも書いたように、岩雪誌で池田常道氏が「マロリーがアーヴィンをパートナーに選んだのは酸素ボンベの取り扱いに慣れていたから」と、来日したノエル・E・オデル氏の言葉を引用して解説していましたが、ジェフリー・アーチャー氏もその説を裏付けるようなストーリー展開となっています。

 ま、山岳書の翻訳本では毎度のことながら、日本語訳がいやはやなんとも。
 高度順化が「馴致」などと、ずいぶん小難しい言葉に訳されている。で、地名は北壁が「ノース・フェイス」そのまんま。おおーっ、登山用品メーカーかと一瞬思ったぜ(嘘)。

 関心あって、翻訳業界の本とか読むことあるけど、ずいぶん「翻訳者は調査能力が必要」とか偉そうに書いてあるけど、現実の出版物と開きがあるんでないかい?

 翻訳の質は本質的でないものとして、内容は表題のとおり二流である。
 なぜか?
 以下、マロリーと同じチョモランマ北面からトライした者として、書く。

 マロリー達の登山描写に大きな違和感を持つ。
 それは、登山時の自然の描写が極端に少ない(というか、ほとんど無い)ことである。
 あの高度に到達したとき、まず周囲のチベットの神々しいまでの光景に目を奪われるはずである。(少なくとも私の場合は登っていてそうだった)
 ところが、この小説の登山シーンでは人物の行動と内面描写が中心で、チベットやヒマラヤの光景が描かれている場面が皆無に近い。
 あー、ジェフリー・アーチャーは取材を積み重ねたとはいえ、やっぱり「山」を知らないで書いているんだな、とありありと想像できてしまう。
 数少ない共感できる場面は、マロリーがパン・ラ(峠)からチョモランマを眺めて感激するくだりなのだが(筆者も、パン・ラから眺めるチョモランマが最高に美しいと思う)、実はそれはマロリーの手紙の一文であって、アーチャー氏オリジナルの文ではない可能性大。

 そして、ジェフリー・アーチャーは「マロリーとアーヴィンがチョモランマ初登頂」説を支持しているが(詳細は本書をお読みくだされ)、私は過去に当ブログでも何度も書いているが、登山経験に基づく信念として、マロリーとアーヴィンの初登頂という説は、確実な証拠が無い限り 絶 対 に 認 め な い 。
 チョモランマ(エベレスト)の初登頂の栄誉は、生還したヒラリーとテンジンに与えられるべきである。

 最近は私も性格丸くなってきたので、一応オススメな点を挙げる。
 それはマロリーと妻ルースの交流である。
 たまたま偶然ながら、最近になって植村直己氏の奥様への書簡集を読む機会があったのだが、やはり手紙というものは人のナマの感情を記録している。
 空想たくましくジェフリー・アーチャー氏が創り上げたマロリー像ながら、妻ルースとの交流場面はさもありなん、と思わされる。
 エピローグの最後の段落、マロリーの妻ルースの姿は泣かせます。 

 この小説、アルパインクライマーの爺の書評よりは、女性の視点からの書評をぜひ拝見したいと思います。

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2010.12.29補足

 小説の最後には、登場人物たちの「一九二四年以降」について、その生涯が簡単に記されています。
 当ブログをご覧になる方は山をやっている方が多いようですので、登山史に関心がある者として、次の人物について補足します。(ジェフリー・アーチャーが原文に書かなかったのか、翻訳で削除されたかは不明)

 チャールズ・ブルース
 小説の中ではマロリーを手足の如くコキつかう偉ぶった将軍として描かれていますが、史実では1907年の英国初のチョモランマ登山計画で、ロングスタッフらとともにチベット側からの登頂をねらうものの、計画は政情不安で中止、隊はトリスル(7120m)に向かい、世界初の7000m峰登頂を果たします。登山家・探検家として相当のキャリアを積んだ人物であります。

 ジョン・ノエル
 小説の中ではオーストラリア出身のフィンチが無断で講演活動を行なった問題人物、一方ジョン・ノエルは優秀な映像カメラマン、撮影した記録映画がヒットして登山隊資金捻出に貢献した人物として描かれています。しかし史実では、ジョン・ノエルはチベット僧をヨーロッパに呼び寄せ講演活動を行ったことが外交問題に発展した、いわゆる問題人物であります。この件については金子民雄著『ヤングハズバンド伝』に詳しいです。
 二人のノエル 【書評】ヤングハズバンド伝 当ブログ2009年1月12日

 こうした登場人物の一方的な描き方からしても、小説『遙かなる未踏峰』はあくまでもフィクションとして読むべきものでしょう。

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雪の山形に、超怪奇現象をみた。

21世紀の今もなお、

Images
科学的に、

Bigfoot
解明できない現象が、

世界のどこかで起こっている。
そして、そんな怪奇現象が自分の身に起ころうとは・・・・


12月24日。
産経新聞をコンビニで買う金にも困窮したので、やむなく銀行のATMに行った時のことである。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       


冬のボーナスが入っていた・・・
リストラ寸前不良社員だっつーのに・・・・                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
ま、なんだかんだ言っても、
Hoku
お金は大事です。
(「北斗の拳」オープニングネタですんません)

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ととのいました。

愛用のスキー板とかけて、

筆者の恋愛遍歴とときます。

そのココロは、                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

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深い傷を負ってます。


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今日の蔵王は、悪天でした。

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才色兼備

ロシアの某サイトを拝見していたら・・・

え゛え゛~

リン・ヒルって、いいかげんババアじゃねえの~

Интервью с Лин Хил (Lynn Hill) by ClimbingTranslated

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©supertopo.com
こんな画像初見なんですが・・・

ちなみに画像中のフランス語premiereは「最上、最高」という意味ですね。
リン・ヒルのクライマーとしての能力とセレブな雰囲気(の、メイク)をひっかけたんでしょうね。

 90年代初期、当時は珍しかったクライミングコンペの録画中継をNHK衛星放送で、山岳部の先輩たちと観る機会があったのですが、リン・ヒルのがっつりバルクアップした長掌筋が画面に大写しになって、

「ありゃ絶対女の腕じゃねえよなぁ~」

と話してたのを覚えてます。
画像ではさりげなく綺麗に腕を隠しておりますな。

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小豆かぼちゃ

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先日22日は冬至。
冬至といえば、小豆かぼちゃ。

結婚してから気が付いた事実。

私の実家(両親とも山形市の北に位置する天童市出身)では、小豆かぼちゃは夕食におかずと共に食卓に出される。

結婚して初めての冬至、カミさんは小豆かぼちゃを作っていたはずなのに、食卓に出さない。

「あれ?小豆かぼちゃ作ったんでねの?」
「今食べるの?」

そう、カミさん実家(山形市の南に位置する、上山市)では、小豆かぼちゃは食事には出さず、あくまで間食という位置づけらしい。

さて、皆さんのお宅ではどうでしょうか。

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忘年会

11月以来のお仕事も一段落、住み慣れた仙台のウィークリーマンションを引き払い、山形へ帰郷。
その日、中学の同窓会の幹事による忘年会。

飲めない私には珍しく、なんとなく会話が延々と続き、二次会のスナックで午前3時近くまで飲む。

今回は、
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セクシー&キュート系の元陸上部、元剣道部の女の子女性二人組と飲む。
飲み始めはこんな感じ↑(イメージ)

二次会のスナックに突入、午後11時頃、恋愛から夫婦生活から男女の話題までマシンガントーク炸裂しはじめる↓
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午前1時頃、マシンガントークの銃口が次第に私へと向けられるのでありました。ははは。
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午前3時前、おひらき。
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あー皆さん、よく飲んで喋りましたね。

脳みそアルコール漬けのため、ちょいと更新休止です。

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仙台お菓子&お茶日記 吉里吉里

12月×日
本日も所用のため、性犯罪発生率全国第五位の宮城県仙台市中心部へ。
所用も終え、とぼとぼ路地裏を歩いていると・・・

Or
反応ありっ!!

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中国茶家 吉里吉里

茶葉・茶道具販売と茶店を兼ねているらしい。
過剰な中華装飾も無く、落ち着けるお店。
開店九周年特別メニューなるものがあり、以前に某所で飲んでとても印象に残った岩茶 大紅袍を注文。

んが・・・ちょうど品切れ_| ̄|●
即座にやはり九周年特別メニューの大禹嶺高山茶&お菓子セットを注文。

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右から、ジャスミンティーのチョコ、マロンムース、梅の実砂糖漬、紫芋の生和菓子、そして高山茶。

高山茶が運ばれ、女性店主が茶碗の蓋を差し出し、茶の香りを楽しむ。

 カミさんが日本茶好きなので、つきあってお茶はよく飲むが、私の場合、中国茶には日本茶よりも「自然の情景」を感じる。
 普段ブログ上で「チャンコロ」だの「共産党のアカども」だの書いているので、私の場合にかぎって中国びいきというのは無いだろう。
 大通りから離れた店、前述のように落ち着ける店内なので一時間近く長居する。

 お菓子で特筆すべきはジャスミンティーのチョコ。
 食べた味はたしかに普通のチョコなのだが、鼻孔にぬける香りはジャスミンなのだ。
 過去の登山隊生活イコール中国滞在生活で、ジャスミンティーにはうんざりしているのだが、このチョコは◎。

 落ち着いた場所でお茶を飲みたい人にお勧めです。

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仙台お菓子日記 彦いち

現場作業後、所用で魔都・仙台へ。
噂の老舗「彦いち」に突入。
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本日はずんだ餅\510を食す。
仙台の「ずんだ」では、比較的水分が少ない「ずんだ」。
餅は堅めの丸餅。
玄関には「携帯禁止」の立て看板があったので、画像はナシです。

店の雰囲気は多くのブログやサイトで語られているように落ち着いているのですが、一人で訪れたところ、店内には他に空席もあるのに、ズルズル音を立ててソバ喰ってるおばちゃんの隣に案内され・・・おばちゃんはガンガン携帯でメールしてるし・・・

 スーパーでずんだ餅買って、近郊の里山で喰った方が自分には性に合ってるみたいです。


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仙台お菓子日記 うさぎ屋

12月×日
 仕事の相方が別件で別現場へ。
 一人で作業現場から帰る。
 その途中・・・
Tr_2反応ありっ!

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和菓子処うさぎ屋

赤飯・山菜おこわも名物らしいのですが、現場作業で疲れていたので迷わず、
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醤油、あんこ、ずんだ各一本ずつお買いあげ。

買う団子を指定してから作ってくれる。
その間、「試食どうぞ」ともらった醤油団子をパクつく。

 ウェブサイトにもあるように涼風真世ご推薦というのが売りらしく、店内にもサイン色紙とかあるのだが、別に有名人の権威をちらつかせなくても、じゅうぶん美味しいんですけどね。

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夜仕事。

日曜夜、凍り付いた高速道を慎重に運転して、ふたたび仙台のウィークリーマンションに帰る。
ここで、現場作業で使う防寒着が破れていることに気が付く。

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夜、男一人で縫い物です。
明日からまた、土木作業の日々。

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晴れ、時々山岳ガイド。

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19日、快晴。
今年お世話になった旅行社営業所の忘年山行として、「山形の里山を登る」企画に引率者の一人としてお声がけいただいていた。

 本日の山行は参加者が多いため、各地からガイド・スタッフが招集。
 中には以前所属していた東北山岳ガイド協会でお世話になった方や、久しぶりにお会いするアルパインクライマー氏もいて、ついついお客様の対応もそこそこに話し込んでしまった。

 標高500mにも満たない、山形盆地のすぐそばの里山。
 前日、前々日の悪天、濡れ落ち葉に滑りやすい凝灰質の岩ということもあり、ゆっくりのんびり登る。
 先日の悪天のためか、かなりオーバースペックな重装備で来られたお客様が多く、登山道が急登になる前に早めにウェア着脱の時間を取る。

 山行は、登山口に至る道すがら、住宅地の干し柿や農村風景が参加者の皆さんをリラックスさせてくれたようだった。山自体は里山とはいえ、景観も良く、「結構登りがいがありました」と好評。
 結局使うことはなかったロープ、ハーネス、救急用具が詰まった私のザックをみて、お客様から「何いっぱい入ってるの?」と冷やかされるが、「商売道具です。」と笑って答える。

 今年一年、縁あってガイド山行を共にすることの多かった営業所のSさん。
 同じJMGAの有資格者ながら、リピーターのお客様には「暑さに弱い」「時々水分補給させて」等々、きめ細かい心配りは私にとっていつも勉強させられる事が多かった。
 顧客の体力向上にも気をかけており、時には私が見たこともないようなストレッチを披露したりしていた。それが私がストレッチングにより関心を深めるきっかけの一つにもなった。

 笑顔のお客様たちを見送りながら、今年お世話になった旅行社のプログラムが終わる。
 今年の山行をふりかえり、失敗や後悔を来年に生かすという作業が、私に残っている。
 そんな事を考えながら、帰路、路傍の地蔵様に手を合わせた。

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クリスマスリースを作る。

一時帰宅で山形に戻る。
18日土曜日、前々から娘が参加を強く希望していた山形県朝日少年自然の家の12月プログラム、『みんなでむかえる手作りクリスマスとお正月!』(PDFファイル)に親子で参加。

本日のプログラムは、「クリスマスリース」と「門松」を作る2コースに分かれるのだが、娘の希望もあり親子共々、クリスマスリース作りに参加。
長らく朝日少年自然の家のサポーターとしてお世話になっているが、クリスマスリース作りは今回初めて。
クリスマスリースには、魔よけ・豊作祈願という意味合いがあり、リースの主体を成すぶどうづるは「収穫への感謝」、常緑樹は「作物の繁栄」、赤い実は「太陽の炎」、リボン・ベルは「魔よけ」、リースの環は「永遠に続く太陽・愛」を示すという。(朝日少年自然の家・プログラムしおりより引用)

リースの材料は、あらかじめ職員の皆さんが自然の家周辺で採ってきたもの。
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ツルウメモドキ 赤い実が印象的

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ヒノキ

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モミ

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ヒムロ

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トウヒ

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モミジバフウ 幾何学的なイガイガが人気

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その他、エノコログサ、ムラサキシキブ等々・・・

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最初にブドウヅルをリースの形状に丸め、編んでいきます。

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順調にリースを編んでいく娘。

で、ここからが不思議なとこなんですが、野外活動のクラフトって、最初はどうかなあと思いつつ、やり始めるとハマるんですね、これが。娘にも一切かまわず、おとうさん自分の世界に入り、リース作りに夢中になる。
私たちの班には子供一人で参加した女の子がおり、サポーターのはじめさんもつきっきりで面倒をみながらリース作りを一緒にやっている。同じサポーターとしてちょっと手伝ってあげなければ・・・と思いつつ、ひたすらとりつかれたようにブドウヅルを編む。うーむ。

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「とりあえず」完成した私のリース。
娘いわく「ぼさぼさ」な葉っぱが私のいい加減かつ歪んだ性格を 如 実 に 表しています。
モミジバフウとツルウメモドキの実で飾り、「収穫への感謝」を表したつもりなのですが・・・

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午前中から昼過ぎにかけてリースを制作。完成後は机上に並べてみんなで鑑賞会。

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親子参加のお母さんのリースは重厚にブドウヅルを編みこみ、賞賛の嵐。

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娘のリースの完成形。小リースはエノコログサでまとめ、職員の皆様に誉められていました。

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私が作ったもう一つのリース。ハート型に作ってみました。
最初の説明時に「ハート形に作る人もいます」という一言をヒントに、試行錯誤で作ってみる。
最初は通常の円形リースを作り、枝を折り曲げハート形に強引に変形させようとしたが、ブドウヅルの弾力の方がまさってしまうらしい。
職員の服部さんから「最初くるっと捻って、ハート形に作るみたいですよ」という教えをいただき、手芸用極細針金で枝をまとめ、ハート形を作製。
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ハート形作製途上です。

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職員の服部さん作製のリース。
ブドウヅルはシンプルに、装飾を一カ所にまとめてアクセントをつけている印象的なリースでした。

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こちらは門松班の作った門松。目出度い雰囲気ですな。

この日のプログラム、時々の待ち時間にヒットだったのが、職員の長谷川さんが持ち込んだ、
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「ドングリ掴みゲーム」。
お菓子などの入っていたプラスチック容器にドングリの実を沢山いれただけなのですが、ルールはシンプル、片手でより多くのドングリを掴めた人が勝ち。
これ、ドングリがツルツルかつ丸いので思うように掴めず、結構ハマります。

ゆっくりと自然の家で一日を娘と過ごし、雪の残る自然の家を後にしました。

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池田常道氏のコラムが非常につまらない件

Kuso_zassi_2
仙台の丸善で、時間潰しのため、仕方なく、嫌々ながら、ROCK&SNOWとかいうカルト雑誌を手にしてみる。
真っ先に読むのは池田常道氏のコラムとクロニクル、翻訳記事、えのきど。さんのDVD紹介記事。

なんかロクソノとかいう雑誌が50号迎えて浮かれている方、おめでとうございます。頭の中が。
今回読んだ私の感想は
Tumanne

もともと池田常道氏執筆記事 し か 興味ないんだけどさ。
最近、それが つ ま ら な い んだよね。
池田常道氏を神よ仏よとあがめ奉っている頭が目出度いクライマーは日本に沢山おられると思いますので、もう一度強調します。

最近の池田常道氏の記事は つ ま ん ね。

今月見開き2ページのコラム記事は、K2登頂を偽ったバカの話。
先回はオ・ウンソン問題。
記憶しているに、七大陸最高峰の年齢問題から、ダークな酸素ボンベ市場、シェルパ問題。

ずっとスキャンダルな話題ばっか。

ロクソノ50号お持ちの方は編集後記をご覧頂きたい。
最近亡くなったクライマー氏とは、幾度もコンタクトをとっていたことが記されている。

いや池田氏よ、今クライマーが求めているのは、登頂詐称したバカどもの話だけじゃなくて、今進行中の優れたクライマーも紹介してほしいんですって。

JACと日山協が最近催したシンポジウムでも、池田常道氏は海外山岳雑誌編集者・山岳団体の重鎮とのコネクションをやたらと強調して紹介されているが、それならばぜひ海外各国の最新のクライマー情報を紹介していただきたいものである。
ロクスノ50号の池田氏署名記事を読むと、まるでポーランド登山界が停滞しているような印象を受けるが、ポーランド山岳会が長期プロジェクトで冬季未踏のカラコルム8000M峰登頂を計画していることに触れておられないのはなぜなのか?
 
前述のスキャンダラスな話題などは、実はネットで調べればすぐわかるネタにすぎない。
ヒマラヤ登山のダークな一面は、たしかに今現在のヒマラヤ登山の或る側面であろう。だがそれがすべてではない。
世界各国にコネクションを持ち、日本のみならず世界の登山史を見つめ続けてきた池田氏には、チンカスクライマーの詐欺事件にこだわることなく、各国の情報を紹介いただきたいし、その義務があろう。

しかし、編集後記に重大な用件を書く、というのは山岳雑誌で流行っているのか?
いつぞやの「岳人」では編集後記で故・伊藤達夫氏の遭難報告書を強い調子で非難していたが、そのような事はイタチの最後っ屁のように編集後記に、まして匿名(略名)で書くべきことではないだろう。
岳人の編集長はなにやら服部文祥氏を「下界でのサバイバルはまだまだ」などと大口たたいているようだが、てめえの発刊誌の編集後記にあんな負け犬の遠吠え風の文を書けば関係者がどんな反応するか、予想できないほどバカとも思えないのだが。

話題を戻す。
もうスキャンダラスな話題は飽きました。
池田常道氏には、前向きなヒマラヤ登山のお話をお聞かせ願いたいものです。

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横山勝丘講演会『10代でアルパインやりたい人がいれば、ぜひ大学山岳部に入り給え。』

12月15日夜、セックスと暴力に彩られた街、仙台へ。
パタゴニア仙台支社で開催の横山勝丘氏講演会『糸 岩、山、人』を聴講するのが目的である。

横山氏の講演については、一昨年やはりパタゴニア仙台支社で開催された講演を聴講した。氏の講演は、通常の遠征登山報告にありがちな時系列に沿った「報告」にとどまらず、心象を深くえぐったような講演で、非常に印象に残るものでした。今回の講演も素晴らしいものに違いないと確信し、講演参加の予約をいれておいた。

 なおパタゴニア日本支社で開催された横山氏の講演『糸 岩、山、人』については、ブログ『雪山大好きっ娘。』のえのきど。さんが非常によくまとめられており、内容につきましてはぜひこちらを参照ください。

参考記事:ブログ『雪山大好きっ娘。』
横山勝丘講演会・「糸 ~岩、山、人~ 北米クライミングトリップ14ヶ月の記録」

以下に記すのは、私が特に印象に残った部分と、質疑応答です。
(太文字強調は特に印象に残った言葉)
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生い立ちから
 六人兄弟の末っ子として育った。
 家にテレビが無く、テレビに興味もなく、自分のやりたいことを自分で見つけてやっていた。
 その子供の頃から趣味は二つあった。それが相撲、登山。

 何で山だったのか?
 尾根を歩いていて、その先に何があるのか?というワクワク感、不安。
 登山の魅力について、後付で魅力を語ったとしても、少年時代のドキドキ・ワクワク感にはかなわない。

信州大学時代
 年間200日以上は山に入った。一回の山行で30日くらい入っていた。ここでアルパインに必要なことを学んだ。
 それ以上に仲間を得たこと。ソロで登ることはない。

遠征クライミング
 アラスカはヒマラヤより経費が安い。とにかくクライミングしたくて仕方がない。
 やればやるほど、やりたいことが増えてくる。これもパートナーに出会ったおかげ。

 08年、アラスカ・デナリで山田・井上を失った。07年には明神岳でグランドフォールし、剣では雪崩に流された。
 世を去った人間と、生きている自分の差は何か、考えた。
 答えは出なかった。次に考えたのは、(亡くなった)彼らのためというより、自分のため、やりたいことをやるべきではと考えた。それが北米クライミングトリップの理由の一つ。

北米クライミングトリップ
 14ヶ月間、トイレ以外は、常に誰かといた。
 (旅を共にした)妻は頼れる存在。
 様々な人間と出会い、山中だけにいては経験できないことを経験してきた。
 アメリカ山岳会主催のインターナショナル・クライマーズ・ミーティングに参加。
 ジム・ドニーニと出会い、アメリカの誇れる岩場(これがアメリカのクライミングだといえる場所)としてヨセミテ、インディアンクリークを挙げていた。
 訪れたアメリカ、カナダでは自分たちの岩場を誇らしく話す。それがクライミング「文化」ではないか。

ローガン南東壁
 「Alpinist」誌のクリスチャン・ベックウィズと会った際、勧められたのがローガン南東壁。
 同壁を前々から狙っているジャック・タックルとは以前からの知り合い。55歳、高い情熱と実践力を備える。自分の口から「ローガン南東壁」と出た瞬間、ジャックの目つきが変わり、「あれは俺の壁だ」と言われた。

 高所順応に8日間かけた。
 大自然の中に三人だけでいるという満足の一方、不安で不安で仕様がなかった。あれ(南東壁)を登に行かなければならないというプレッシャー。
 昼間は共同の食テンで過ごすが、夜間、各人の個人テントで寝るときのいやな感じ。

ここで横山氏は、講演の話をストップする形で会場の聴衆に質問を投げかけた。
「この中でアルパインクライミングやっている方?」
会場はアルパインクライミング未経験者が大部分だった。
「では、これまでの話を聴いて、アルパインやってみたい方?」
何人かが挙手し、横山氏は重ねてたずねた。
「どういうところに興味がありますか?」
聴衆のAさん「大自然の中で、頂上まで登ってみたいです」
横山氏「アルパインなんかやらねえ、という方?」
誰も手を挙げず。
横山氏「みなさん遠慮してません?」
続けて横山氏は語る。

 なぜアルパインなんかやっているのと言われるときがある。それに対して明確な答えを用意するのは難しい。仲間の存在はモチベーションになる。
 なぜ山に登るのか、その答えを示せないもどかしさはある。

 ローガン南東壁を抜けて稜線に出た後、頂上までの道のりは遠い。
 頂上を目指して歩いている途中、パートナーの岡田さんがついに戻ろうという。岡田さんは岡田さんなりに、考えがあって判断したと思う。(筆者注・このあたりの言い回しは非常に言葉を選んで状況をお話されていた。またそんなところに横山氏と岡田氏との強固なパートナーシップを感じる)
 下山のため、ザックをパッキング中に、ほんとうに無意識にため息が出た。
 そのため息を聞いた岡田さんが
「ジャンボ!(頂上に)行こう!このままじゃダメだ!」
 そこで(山に対する)モードが変わった。

 山は絶えず迷わせる。考えさせる。パートナーと議論させる。山は要求し、強いてくる。
 そのプロセスの先に、クライマーは何か特別な瞬間が得られるのではないか。
 それはアルパインでなくてもよい、自分がどれだけ本気になって問題に直面するか、ということ。

北米クライミングトリップを終えて
 クライミングの世界は狭いと思っていたが、「出会い」に支えられた14ヶ月間。
 クライミングは人と人をつなぐツールである。
 日本に来た海外のクライマーにも、いい経験をしてほしい。
 日本でも、自分を見かけることがあれば無視しないで声をかけていただければ、本日ここに来たかいがあったかなと思います。

質疑応答
 いつものごとく、真っ先に私が突撃質問。
 聴講の間、二つの質問を用意していた。
 一つは「信州大学で仲間を得られたとのことですが、今現在人がいないと言われる現状の大学山岳部についてコメント頂戴できれば幸いです。」
 もう一つは「過去何隊も敗退したローガン南東壁、過去の隊と横山氏ペアの違いは何か?」
 講演を聴き、「仲間」をメインテーマに語る横山氏に対してはローガンの成因など枝葉末節、ぜひ前者の質問を尋ねたいと判断、質問。
横山氏A.「(信州大学山岳部で)あそこでやっていれば、一流になれるぞ、と本心で思います。やはり長期で山に入ることは、社会人になったらできない。アルパインクライミングで重要なのは生活力。10代でアルパインやりたい人がいれば、ぜひ大学山岳部に入り給えと言いたいです。

Q.北米クライミングトリップで気になる、おさいふの方は・・・?
A.14ヶ月の旅で蓄えを使い果たし、無財です。今現在は山関係の仕事を少ししてますが、支出を減らすということも重要です。(ガイドはやらないのか?という声に対して)少し興味はあるが、はっきりとは考えていません。

Q.穂高でオススメのルートは?
A.夏ですか?冬ですか?
Q.夏冬通じて・・・
A.夏も冬も、質が高い錫杖岳です。アルパイン本気でやりたかったら、穂高のパチンコか剣・黒部、毎月錫杖登っていれば、世界の山でも登れると思います。

Q.今まで登山経験のない、30代から(アルパインを)ゼロから学ぶにはどうすればいいですか?
A.山は経験が重要です。フリーはジムで登り込めばいいが、山は経験が必要。山に入ることイコール危険なことが多い。山岳会に入ること、自分が何をしたいのか考え、仲間を見つけること。クライミングよりも山に入ること。あ、クライミングも両方大事ですよ。(筆者注・人工壁と実際山に入ってのクライミングの事か?)

Q.ローガン南東壁を登ったあと、ジャック・タックル氏の反応は?
A.登った後すぐメールを出し、本心から喜んでくれていました。(プレゼンで用いている)ローガン南東壁の写真はジャック・タックルが撮影したもので、使うときにはジャックの名前を入れるようにしています。「ローガンの歴史に加えてくれてありがとう」という礼がきました。
 ただ、ジャック・タックルには、非常に悔しい想いをしていてほしいと思っています。

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これだけ仲間のすばらしさを聞く・感じる山の講演というのは初めてである。
鬱気味の私も、元気をもらってJRでウイークリーマンションに帰った夜でした。
講演者の横山勝丘氏、パタゴニア仙台スタッフの皆様に深く感謝申し上げます。

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神話の衣服 カウチンセーター展

仕事が終わり、人の欲望と邪悪が渦巻く、仙台中心部へ行く。
東北電力グリーンプラザで東北日本カナダ協会が催している『神話の衣服 カウチンセーター展』を見学するためである。
会場が18時閉館のため、以前から行きたかったのだが、現場作業の都合でなかなか行けず、今日たまたま早めに作業が終わり、ようやく見学が実現。

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カナダ観光促進目的の「美しきカナダ展」の中で、展示ケース二つだけの、ミニ展示なのだが、カウチンセーター展は見逃せない。

21世紀の今現在、登山の防寒着といえばフリースが主になっているが、私が山を始めた80年代半ばは、まだウール、登山必携の防寒着といえば 『 セ ー タ ー 』 である。
山岳部の部室で読む、ICI石井のカタログに掲載されている高価なカウチンセーターは、いつもあこがれであった。
 爺のような昔話はさておき、展示内容は、

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おなじみの丸編みセーター、フロントジッパータイプなど5着、

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民族衣装としてのカウチンセーター、ベストが展示されている。

 カウチンセーターの「カウチン」とは民族名でもあるが、本来の語源は「暖かい土地」をさす。ただしカナダに羊が入ってきたのは19世紀、スコットランドが源らしい。ある意味、歴史的には新しい衣類である。

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 カウチンセーターの特徴である、その柄は、熊→養い主などの意味があるらしい。熊の他、シカ、クジラなど具体的な模様は理解できるが、画像のセーター、前身の裾は「波」で「すべてが一つになる環、世界」を意味し、袖の模様は「水」で「精神性、清め」の意味を示すのだという。(展示解説より引用)

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この左右非対象がとても印象的。

 カウチンセーターは未脱脂の毛糸を用いるため、保温性が高く、「50年はもつ」と言われているという(展示解説より引用)

 さて未脱脂の毛糸製品といえば、山屋におなじみなのは「ハンガロン」の手袋ですね。私も販売終了まで愛用しておりました。
 高校生の時から憧れていたカウチンセーター、振り返ると結局買う機会もカネもなかったのでした。ははは。遠征登山の帰り、カトマンズに降りてきたときには、もう真っ先にチベット族のおばちゃん経営のセーター屋さんに行って脂臭いセーターを買い求めましたが。
 しかし、伝統に裏打ちされた素晴らしい絵柄は、なによりカウチンセーターのすばらしさです。

 前述のように今やフリースなど高機能の化繊製品が登山用品を占めていますが、80年代末期のノースフェイス社のカタログにもニット製品が掲載されていたと記憶してます。TNF社で発売していたセーターでは、ポップコーン編みを採用し、より多くの空気を身にまとうようにして保温性を高めているセーターもありました。

 たしかヨーロッパあたりではセーターといえば漁師など、オトコのウェアのはず。
 石油起源の化繊ウェアの軽さやメンテの手軽さは確かに便利ですが、たまにはこんな天然素材のウェアも見直してみたいものです。

 透湿繊維や高保温・吸湿の合成繊維は、その背景には企業戦略があるわけですが、天然素材、とくに民族衣装由来のウェアには人間の文化の積み重ねが存在するといったら言い過ぎでしょうか。

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干し柿

本日の仙台は冷たい雨。
先日までは風が冷たく、日差しは暑かったのだが、今日の空気は雪を予感させる寒さ。

現場作業後、ウィークリーマンションで一休みしてから所用で仙台駅へ。

行きたい所を幾つか想定していたけれど・・・・
先日の鬱々以来、何か自分が変わったように、訪れてみようという気力が沸かず、すぐJRに乗り込みウィークリーマンションに帰る。

気長に、以前の自分を取り戻すようにしよう。
部屋でゆっくり、NHKFMでプラハ音楽祭特集、スメタナの曲を聴きながら、洗濯、米を研ぎ、夕食。


というわけで、本日も山と関係ない話題。

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先週の一時帰宅で実家に立ち寄ったところ、母が干し柿の「手入れ」をしていた。

「手入れ」とは?

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うちの母の干し柿作りは、ときどき柿の干し具合をみて、タワシでブラッシングするのだ。

こうすることにより、糖分が表面にしみ出し固まって、真っ白い糖に覆われた干し柿に仕上がる。

ネットで検索すると、現在日本で流通する干し柿のうち35%は輸入物、輸入先は100%中国かららしい。
(雲南省昆明の市場うろついていたら干し柿があったのを覚えている)
我が家ではまだ母手作りの干し柿が食卓にあがります。

私の場合、ほんとは干し柿より干し芋が大好きで冬山にもよく持って行くのだが、干し芋の話題はまたいつか。

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光のページェント

一時帰宅を終え、再び仙台へ帰る。
今、仙台では2010SENDAI光のページェント開催中。

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エゴイスト達の街、仙台にはイルミネーションという虚飾がふさわしい。


                                                                                                                                                           

と思いつつ、一緒に現場作業やってる仕事仲間と二人で車に乗り仙台横断。
「あ~男二人で光のページェントっすか。」
とお互い言い合いながら、カーステで中島美嘉を聴きながら光眩しい定禅寺通りを走り抜ける。
やっぱ助手席には

Kobayashi
小林聡美おねえさまのような年上の女性希望。

と妄想しながらウィークリーマンションに帰着。
また今週も泥だらけの土木作業員で過ごします。

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予言者

我が家に試用品として、NTTの「ひかりTV」を二ヶ月間限定で仮導入。
もう子供達はアニメ専門チャンネルに一日中釘付け。
「おめえら脳みそ腐るぞ!」
と叱りつつ、おとうさんはナショナルジオグラフィックTVに釘付け。
本日は予言者ノストラダムスを科学的見地から徹底究明した番組。

さて、自然界の予言者といえば、

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カマキリの卵。
今月、山形の自宅の前で見つけたカマキリの卵は私の頭上より高いところに産み付けられていました。

ネットで検索すると今現在は「カマキリの卵の位置で積雪深が予測できる」説はほとんど否定されてるようですが・・・

 私、これでも大昔に日本野鳥の会レンジャー養成講習を受けたことがありまして、そのとき自然調査としてやったのが、会場だった横浜自然観察の森でカマキリの卵を探しまくったこと。その年、東北から参加していたのは私一人だったのですが、カマキリの卵がずいぶん低い足下に産み付けられているのをみて「これって地方差?積雪が無いから?」と班を組んだ参加者たちと話し合ったのを覚えています。

 さて、今年の雪の降りっぷりはどうなることやら。
 

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ロシア・クリスタルピーク2010

 ロシア周辺各国のクライマーによって行われた素晴らしいクライミングに贈られるアワード、クリスタルピークの2010年受賞者が決定しました。

 まずは、クリスタルピーク2010にノミネートされたクライミングの概要を紹介します。

1.ハンテングリ 「スネーク」ルート グレブ・ソコロフ、アレクサンダー・キリコフ
91794

Han1
スネークルート登攀の模様


2.k7西峰 南東壁 オレク・コルツノフ、ヴァシェラフ・イワノフ
91795

K7climb
K7南東壁登攀の模様


3.ウシュバ南峰ピラー ミシェル・ボロシャノフスカヤ、タラス・ポナ
91796


4.タジキスタン Bodhona (5138 m) 西壁( 6A, 6C, A4)、Parandas (4640 m) 北壁 単独初登 アレクサンダー・マキシメンヤ(2008年クリスタルピーク受賞者・ソロクライマー)
91797


5.コーカサス Erydag (3995m) 北西壁 セルゲイ・ダシュケビッチ、ミカエル・ボリシェフ
91798


6.アミン・ブラック(パキスタン)チェコエクスプレスルート マリナ・コプトヴァ、ガリーナ・シビトゥク、アンナ・ヤシンカヤ
91799

Amin_2アミンブラックはロシアの三人の女性チームによって成し遂げられた登攀


7.セレステルピーク 左稜東壁 デニス・ベレテニン、エンゲニ・バスクチェフ
91800

Tre2
セレステルピークは非常に均整のとれた三角錐のピークで、廃刊前の岩雪でも記録が紹介されておりました。


8.マカルー南西壁 ウクライナ ナショナルチーム
91801

Maka
南西壁登攀中の模様

Maka2
BCにはサウナが作られていたようです。長期の遠征ほど、いかに快適に過ごすかが大事ですよね。


9.チョラツェ北壁 ヴァレリー・シャマロ、アレクサンダー・グコフ、ビクトル・コファ
91802

Co
北壁登攀の模様


さて気になる選定結果ですが、

クリスタルピーク2010には
W1
アミンブラックの女性隊が、

そして同時期に選定される『ピオレドール・ロシア』には
W2
セレステルピークのペアが選ばれた模様です。


参考記事
当ブログ記事 ロシア・『クリスタルピーク2008』
(2009年はめんどくさくて検索・調査してません。ははは。)

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【鬱日記】 仙台・GANESH

先日、鬱だった日のお話。

久々に「消えていなくなりたい」とゆー位の鬱。

身体は重いけれど、心の片隅に「気分転換」という気力はまだ残っていた。

10年以上も前からネットでその存在を知り、いまだ訪れていなかった仙台の紅茶専門店ガネッシュ(GANESH)へ行く。

小さいビルのエレベーターのドアが開くと、そこがもう喫茶店。

目の前は定禅寺通り、向かいには「国分町」の看板が眩しく光る。

客は私一人。

通りに面した席に座り、
Pa0_0008
ロシアンティーと紅茶チーズケーキセットを注文。

店内には小野リサのアルバムCDがかかっている。私も持っているCDなので、なんとなく次の曲が思い浮かぶが、精神的に疲労した私にはちょうど心地よい。

小野リサの曲が終わる。
次は売国奴・本多勝一が大嫌いな映画らしいが、私の好きな映画の一つ『ディアハンター』のテーマ曲「カヴァティーナ」だった。

ギターの音色を聴きながら、窓の外を眺め続ける。
ティーカップの底に沈んだジャムをスプーンですくって口に運ぶと、予想以上に酸味の強い、自家製のジャムでした。
客は私だけの店内、「カヴァティーナ」のギターの音の他は、振り子時計のカチカチという音が響いている。

あー、時間がここで止まってくれればいいのに。
そこまで居心地の良い茶店は、滅多にないものである。

閉店きっかり15分前、店を出る。
仙台の人混みに重圧を感じながら、地下鉄に乗り込んだ。

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『巓峰記憶』 シシャパンマに逝ける人々、生きる人々

去る11月18日、北京において中国で制作された山岳映画の試写会が開催されました。
北京大学の山岳会「北京大学山鷹社」によるシシャパンマ登山を記録したドキュメンタリー映画、『巓峰記憶』(簡体字で「巅峰记忆」、英題「SUMMIT MEMORY」)です。

登山电影《巅峰记忆》首映式在京举行 by 中国戸外資料網2010.11.19

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《ストーリー》
 人は皆、逃れることのできない記憶と対峙しなければならない。(映画ポスターのコピーより)
 
 2002年、北京大学山鷹社登山隊はシシャパンマ西峰(ポーロン・リ、7292m)の登頂を試みた。
 同年8月7日に発生した雪崩により、隊員5名が死亡する惨事が発生、社会問題にもなった。
 登山隊で生き残り、チームメイトを失った女性隊員、李蘭は遭難事故以来、ずっと自分を責め続けていた。
 7年後の2009年、李蘭は仲間達と共に、再びチベットを訪れ、シシャパンマ峰8012mを目指す。
 映画は李蘭の動向を中心に、彼女個人の「救済」の姿だけでなく、一般大衆に「高所登山」を伝えることも目的としたドキュメンタリー映画である。映画は北京、上海、陽朔そしてチベット、シシャパンマ峰で撮影ロケが行われた。

 この映画に関しては11月初め頃に情報をキャッチしてましたが、なかなか動画サイトでも検索できず、試写会が行われた18日以後、ようやく試写会の様子や予告編がアップされていました。

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シシャパンマ頂上に立つ隊員たち

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北京での試写会にて、上映挨拶に立つ登山隊メンバー達。ドラえもんのトレーナーを着ているのが、映画で主人公的な役割を果たす李蘭女史。

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報道で流れた試写会の様子。若者の姿が目立ちます。

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上映会そのものはかなり盛況だった様子。

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 試写会で挨拶する、中国登山協会の王勇峰氏。あの悪名高き北京五輪トーチ登山隊の隊長を務める他、様々な中国国家登山隊に関わる重鎮です。
 その他、中国経済界の大物で自ら高所登山を続けている王石氏がメッセージを試写会に送っています。

 このような面々をみてもおわかりのように、北京大学山鷹社は一大学の学生課外活動の枠にとどまらず、中国の民間人の登山組織として大きな存在であることが伺えます。

 1989年に設立、北京大学の教師と学生で構成された山鷹社については、日本ヒマラヤ協会の機関誌「HIMALAYA」で過去に紹介されたことがありますが、2002年のポーロン・リの件については補足が必要でしょう。
 2002年のポーロン・リ遠征は先年の日本隊の資料を基に計画されましたが、当初からいくつかの問題点を抱える計画でした。チベット登山協会のアドバイスに従わず、衛星通信機を用意せず持ち込んだのは3台のトランシーバーのみ、なにより、登山期間を学生の夏期休暇に合わせてモンスーン期に設定したことが雪崩事故の遠因となりました。

 ネット上では山鷹社の解散を叫ぶ声が書き込まれ、北京大学は遭難者遺族各々に8万元の弁償金を支払うことになります。さらに、李蘭をはじめとする生き残った隊員たちにとっては、心の傷となる日々の始まりでした。
 亡くなった隊員の名を冠した「奨学金制度」を設けたものの、二年間で打ち切りとなります。打ち合わせのため、遭難者遺族たちと顔を合わせなければなりません。亡くなった五人の遺族たちは「来るな」とは言いませんが、婉曲な表現から李蘭は遺族の気持ちを察し、幾度か月餅を送り、以来、会うことはありませんでした。
 その後、李蘭は四川の雪宝頂、青海のユイチュ峰など遠征を続けて2009年、シシャパンマ峰に向かうことになります。隊員の負担金は一人8万元。李蘭は投資家でもある登山隊隊長に負担金を出してもらい、参加となりました。

Sc6
映画の中で中心人物となる、李蘭女史

李蘭女史は、メディアのインタビューでこんな風に紹介されています。

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 李蘭はまだ結婚していない。《巓峰記憶》の中で、彼女は少し釈明している。
 「それはまだですね。」
 その類の忠告はよく言われるが、彼女いわく、
 「全人口の13億人、女性は6億5千万人、私1人、少しだけ別の人生を歩んで駄目でしょうか?」
-----------------------------------------

 シシャパンマ山群で亡くなった仲間の弔い合戦、ではなく、生き残った女性隊員の再生の姿、そして登山を一般大衆に知らしめたい、という二つのテーマを担ったこの映画、中国産の山岳映画として、海外の山岳映画祭に出品されるとも言われています。

 私が予告編の動画を観ていて大変興味深かったのは、登山活動前にチベット寺院に参拝する隊員達の姿・表情でした。

Sc1
映画予告編より。左より二人目が李蘭女史。

神妙な面持ちでチベット僧を見つめる彼ら『漢族』。

 チベット問題で「中共のチャンコロども死ね!」とかマジで思いますが、私情を挟まず考えた場合、経済大国の道をひた走る現代中国の将来において、チベット問題を解決(解決などという理想が現実になれば、の話だが)もしくは軟着陸させるには、もはや諸外国の圧力など無力に等しく、現在の若い漢族とチベット族との対話が必要不可欠となるだろう。

 登山を通じてチベット文化を知り、関わっていく漢族の若者が、少しはマシな方向に人々を導いてはくれないだろうか。そんな甘い理想を、私は『巓峰記憶』予告編の動画を観て考えた。

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ふっかふか

先日までのひどい鬱が尾を引いているのか、日常生活でもあまり外に出ない日々。
リハビリ山行で山形市郊外の某山へ。

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稜線にでたところで、デイパックを投げ出し、枯葉の「絨毯」へ座り込む。

晴天の陽光の下、マットも不要な、ふかふかの枯葉の上にて一休み。
静かな時間を過ごしました。

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AKB48のライブにおでかけ。

休日、一時帰宅。

AKB48のライブで『ヘビーローテーション』を聴く。その様子↓
                                                                                                                                                                                                                 

Akb
何かスモールサイズのような気もしますが・・・


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悲報!!キム・ジャインちゃんに・・・・

今月の韓国の山岳雑誌「山」に、キム・ジャインちゃんの記事だ!るんるんheart

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卓越した柔軟性で前傾壁を登るキム・ジャイン、2007年ソウル市庁で開催されたボルダリングコンペでの姿

キム・ジャイン、世界スポーツ クライミング界制覇! リード部門ワールド ランキング1位 by 月刊「山」2010年12月号

記事の内容はリードクライミング・ワールドランキング一位になって改めて彼女の足跡を振り返る内容です。

え゛え゛っ!!

・・・日本全国キム・ジャインちゃんファンのクライマーの皆様、キム・ジャインちゃんの彼氏発覚でございます・・・

以下記事引用開始
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“私のボーイフレンドはROTC”

 高麗大学体育教育学部 3年生であるキム・ジャインさんにはボーイフレンドがいる。良い成績を出せたことには彼氏の存在もあった。昨年つきあっていたボーイフレンドとは、大会決勝前日に喧嘩したりして悩み苦しんだ時がたびたびあったという。
 今は「クライミングとは全然関係ないROTC(訳者注・軍の予備士官候補生もしくはコースを指す) ボーイフレンドなのに心を安定させてくれる」 「今まで “がんばってこい”と言ったこともなく、 “おもしろく楽しんで来なさい”と心を楽にさせてくれると言う。

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うーむ。
キム・ジャインちゃんの彼氏は軍人でしたか・・・

このまま記事が終わると当ブログも週刊ポストになりそうなので、同記事からめぼしい部分を引用。

以下記事引用開始
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 今年初め、日本に遠征トレーニングに行ったことも助けになった。日本・東京近隣の7箇所のクライミングジムを回って訓練した。日本のクライミングジムはヨーロッパ水準で、ホールドが非常に多様でトレーニングに大きな助けとなったと言う。

(中略)

 ルー トファインディング(オブザベーション)をする時は、普通他の選手たちはすべて覚える場合が多いと言う。キム選手はすべて覚えることはできないのに、重要な部分は覚えると言う。その後控室に入って来て、他の選手たちと「クラックス」部分について考えをお互いに話す。
 大会では通常、いくつかの難しい部分、「クラックス」がある。これを越すか墜落するかによって勝負が決まる。キム・ジャインはクラックスが現れれば大きく深呼吸をして「登れる」と自らに言い聞かせる。他の選手たちがクラックスを突破するために焦り、ミスを犯して墜落する場合が多い一方、キム・ジャインは難しい部分を上がる直前に自らに冷静さを呼ぶ能力を持つ。心を整えて自信を吹き入れた後、集中して難題を解く。世界 1位になるためには才能と努力、すべてに裏付されなければならないということを、キム・ジャインは示している。.

(中略)

キム・ジャインにスポーツクライミングは何かと質問した。
『スポーツクライミングは私の人生で当たり前の存在です。雄大ではなく、いつもそこにある空気のように、自然で当たり前のものなのです。』
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同年代の大学生同様、自転車に乗るのが楽しみで買い物・食べ歩きがお好みとか。
彼氏ともうまくやってね~

※文中記事は月刊「山」 記事シン・ジュンボム記者、写真ホ・ジェソン記者による。

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