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原子爆弾開発に協力した登山家達

 最近ロシアのアウトドアサイトで公開された記事です。
 第二次世界大戦直後、東西冷戦構造が形作られつつあった時期、ソ連の原子爆弾開発を目的とするウラン鉱開発のため、地質学者が各地に派遣されたわけですが、過酷な気候・険しい山岳地帯で行動するため、登山家達が地質探査チームの訓練、そして自ら探査隊に参加、活躍していた事が明らかになりました。

 その登山家として名前が挙げられているのが、ソ連の女性登山家パハルコヴァ・リュボーヴィ・ヤコヴレヴナ(1917~1968)です。
61018_2 その経歴を、ロシアのサイトから引用しましょう。

 『旧ソ連、ロストフ Golodaevka村出身。職業学校卒業後、工場勤務を経てパイロット養成学校を卒業。1936年以降 - CPSU(ソビエト連邦共産党)地区委員会、コムソモール中央委員会の指導者として勤務。1950年以降、科学技術情報関連の業務でアルザマスに勤務。
 最初の登山は1936年にカズベク山に登頂、1938年にはウシュバ南峰に登頂、優秀なスポーツマンそして指導者として、1948年からソ連スポーツ委員会の認可を受け登山キャンプ指導者として勤務。1950年、鉱物探査のバイカル横断調査隊に参加。1968年、悲劇的にも病に倒れ短い生涯を終える。』

 ご存じの方ならピンとくるのが、経歴中の「アルザマス」という地名。
 ヤコヴレヴナは、ソ連政府が1946年に原子爆弾研究・開発工場を目的とした秘密都市「アルザマス-16」に関わっていました。
 当時のソ連政府の命を請け、ヤコヴレヴナの任務は、ウラン鉱探査・開発のため、地質学者をはじめとする探査チームのメンバーに、過酷な気候、高所、険しい岩場に対応できる登山の技術を指導することでした。
 そしてヤコヴレヴナはウラン探査チームに唯一の女性として参加、気温マイナス50℃という過酷な気象条件のバイカル湖周辺の踏査を行います。この成果が認められ、彼女はスポーツマスターの栄誉を手中にします。

 現在、彼らが探査、そしてウラン開発が行われたとなった西シベリア・コダール(Kodar)山脈の様子は下記画像の通りです。
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東西冷戦下、軍拡競争の末、ソ連崩壊を経た現在、「兵どもが・・」といった情景でしょうか。

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 2002年、サロフ(アルザマスの元々の都市名)の登山協会が、ヤコブレブナのスポーツマスターとしての栄誉を讃え、記念のプレートを設置しました。ウラン探査という形でソ連の原爆開発に関わった登山家の栄誉というわけです。


 当ブログでは過去にも、アフガン侵攻直前に国家機密の活動に関わった登山家を取り上げました。

アフガン侵攻前夜に暗躍した登山家たち 2010.01.03

 日本では相変わらず、「イラク戦争に抗議文を送りつけた」と自慢するわりにチベット弾圧を繰り返す中華人民凶悪国には沈黙を守る日本勤労者山岳連盟のエラい人が「太平洋戦争では登山家がこんなに戦争に荷担していただ!」と重箱の隅をつついて自画自賛していますが、世界に目を向ければ、登山そして登山家が祖国防衛の名の下に軍事活動に関わっているのが現実です。

 左翼の皆様が過去の先人たちを糾弾するのも結構ですが、「平和あっての登山」という頭の中がお花畑なコピーを繰り返す前に、登山という行為が世界各地で軍事活動に根強く関わっているという現実に、目を背けてはならないでしょう。

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