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『岳人備忘録』が韓国人に与えた衝撃

Bi 既に多くのサイト、ブログで高い評価を受けている『岳人備忘録 登山界47人の「山」』ですが、韓国の山岳誌「人と山」誌上においても高い評価が与えられています。
 記事の執筆者は1977年韓国人初登を果たしたエベレスト韓国隊隊長のキム・ヨンド氏。氏は時折韓国の登山メディアに執筆されており、国家的偉業だった韓国エベレスト隊成功後は韓国の登山史を見つめてきた方でもあります。そのキム・ヨンド氏が『岳人備忘録』、特にそのインタビュー内容、編集方針に惜しみない賞賛を与え、日本の登山界を分析されていることは大変興味深いです。

登山家は備忘録を持とう by 月刊「人と山」2011年3月号

以下記事引用開始
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登山家は備忘録を持とう

キム・ヨンド(1977 エベレスト遠征隊)

 新年始め、月刊「人と山」のホン・ソクハ社長が日本を訪れ、風変わりな書籍を一冊送ってきた。
 『岳人備忘録』という本で、「登山界の47人」というサブタイトルが付いていた。
 備忘録は「忘れまいとして書き留めるノート」とされるが、ただ「メモ」と考えればよい。登山しながら、または旅行の際にその時々の考えを簡単に書いておけば、それで十分な備忘録だ。

 私はそれ以前にも、ホン社長から日本の優れたクライマーが書いた『垂直の記憶』という魅力的な登攀記をいただいたことがある。日本では広く知られた本なのに、私たちの登山界には読者は多いとは思われなかったが、今回の備忘録の冒頭がその人、山野井泰史だった。

 この本は昨年10月に出版され、日本の登山界の最近の動向が伺えて関心を惹かれた。活発だった日本の登山界が長い沈滞期に入り、その間はこれといった記録もなかったし、読むに値する山岳書も見あたらない昨今だった。

 日本は国民所得がアメリカを抜くほど経済大国になりながら、有名な日本アルプスに若者達の姿を見ることが難しいという話まで聞いた。我が国も生活がさらに楽になれば、このようになるのではないかと心配してしまう。
 ところでこの備忘録、読み始めて私の気持ちは複雑だった。これがありふれた本ではなかった。
 特に編集が優れていて、内容が斬新だった。登場人物47人は先鋭の現役クライマーと登山関連分野で仕事をしてきた人々だった。大きく1部、2部に分かれ、1部では発言と活動が注目される若いクライマー達の冒険思想と登山と生活、そして登山界への提言と批判などを30種のインタビューに集約したが、その質問が人毎に違っていた。一方、2部では登山界各分野で仕事をしてきて残したいエピソードを対談形式で記録している。
 このような編集の特色は、現在の登山界を牽引していく主役達の軌跡を具体的に追跡したところにあり、日本の登山文化史的な意義と価値がそのまま表現されているということだ。

 しかし私は、この本を読んで私たちの登山界の現実はどうなのか、という気がした。そして私たちもこういう本を構成することができるか少し疑問に思った。

 今日、私たちの登山界は飛躍的に発展している。これは事実だ。人々の山に対する認識が変わって登山人口が大きく膨らんだ。幸いなことだ。しかし、これをもって即、登山界の質的向上と見るのは難しい。
 派手な3大登山専門誌(訳者注、韓国の山岳雑誌『人と山』、『山』、『MOUNTAIN』を指すと思われる)には常に若いクライマーらの活躍が報道されているのに対し、私たちもクライマー達の意識と行為をより深く、登山と生活の文化的次元がどこまで到達したのか調べてみるとしよう。このとき、対象はどのように選び、インタビューと対談の内容をどのようにするかという問題が生じる。

 私は老いた元登山家として時折、執筆や対談の機会がある。そのたび感じるのは、質問がいつも一律的ということだ。そんなに尋ねることが無いのか?それは質問者が相手の世界をわからないためだ。ここに私たちの社会の知的水準が伺える。
 それだけでなく、並はずれて特異で重要な体験をしながら、クライマー達が登攀記をまともに出すことができないのも不幸なことだ。

 日本には、私たちが自慢するヒマラヤ8000m峰14座登頂などの記録は無いが、私は今回、彼らの備忘録を読んで骨にしみるほど感じた。彼らのアルピニズムの世界は私達とは違う。登山に対する意識と行為が違うのだ。

 岳人備忘録の最初のページ、初めての質問はこのようなものだ。
 「ギャチュンカン登攀後、人生観が変わったか?」
 日本のトップクライマー山野井泰史に問うた質問だ。
 彼の答えは、
 「何も。妻と共にただ指を失っただけ。とにかく生き延びたという思いだけ。来年になれば自分を取り戻すだろう」

 こういう質問もあった。「自分の弱点は何だと思うか」「ベースキャンプで聴く音楽は?」
 格別なことはない質問のようだが、それを通じて命を賭けて行く極限のクライマー達の自己認識と生活の情緒が伺える。また、「死ぬ時までしたい三つのことは」に対し、「エルキャプをフリーで。それが実現すれば残り二つは必要ない」
 あくまでも断固たるクライマー精神ではないかと感じ、非常にうらやましい気がした。
 他のクライマーに問うた質問「登山史上、心に触れる登山は」に対する返事は「ナンガパルバットであり、マンメリーとメスナーと登山精神と行為が私の心をとらえた」
 多様なクライミングの世界の流れの中で、このように指摘するクライマーの登山哲学が格別だと感じる人が、私達の周辺に何人いるだろうか。

 先鋭的な登山の世界から遠く離れ、過ぎた過去を思いながら今登山関連の活動を行っている年配者の声を聴く。それがこの「岳人備忘録」の二部だ。
 70年代後半、某氏は日本のマナスル初登(56年)に刺激されて登山を開始。主に放浪登山で自らの登山観と社会観を確立。山岳書を出版し、山岳会育成のために活動している。彼は大勢が行く登山は親睦に過ぎないとし、確固たる信念を持った幾人かが中心になる山岳会が最も望ましいと言った。そして「真剣さ、嘘を付かない、アルピニズム一辺倒が本当の山屋だ」と確固たる態度を示した。
 
 かつて登山界を往来して、既に社会の一部として柔軟に後半の人生を迎える彼らならできるのだろうが、「金儲けのための登山をするな」「良い登山をしようとするなら他人の話に耳を傾け、何よりも本を読め」と後輩に忠告する。

 若いクライマー達にとって先輩格の社会人の中でも、特に格調高い登山観が伺える方がいるが、彼は「登山はその人の作品のようなもの、その人の登山をみれば、彼の登山観が浮き上がる」とした。

 これら、先輩後輩の差をあえて指摘すれば、自分が影響された大先輩の有無ではないかと思う。たとえば、先輩らの時代には大島亮吉、深田久弥、串田孫一ら精神的リーダーと彼らの書籍があった。
 そのような時代は進むべき道が明らかだったが、今は思想性も薄い時代なので、若者達は各々が思索と経験を日常積んでいる。
 しかし日本の登山界は、かつて先進登山国の思想を受け、飛躍的な発展をしながらそれが土台となり今日に至った。それが、今回の「岳人備忘録」にそのまま反映されている。

 ここに「登山界47人」の代弁者格である遠藤由加という、現在の日本女性登山界の財産になっている女性の発言を引用しよう。
 「今のヒマラヤの状況をどのように見るか」に、
 「酸素、ガモフバック、携帯電話、無線などを持って行くところではない。安全性を追求して野生や本能を退化させている。そんなところには魅力がない。8000m峰のノーマルルートを登るつもりはない」と言い切るかと思えば、自身の長所短所という問いには、
 「逆境に強くて競争に弱い」
 と明瞭に答えた。

 500ページに達する日本の「岳人備忘録」を通読して、万一、私が残したいエピソードがあるならどんなものかとしばらく考えた。1977年、エベレストで「永遠 Eternity」を、1978年グリーンランドの大氷原で「無限 Immensity」を理解した。エベレストから帰国の際、西洋人から韓国の山は高いのかと聞かれたとき、2000mに満たないと答えたところ「それはMountainではなくHill」と言われ、山は低くても強風と大雪、酷寒が恐ろしく、私達はそこで育ったと答えたことを思い出す。

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以上引用終わり

 キム・ヨンド氏の文の中で、
『そのたび感じるのは、質問がいつも一律的ということだ。そんなに尋ねることが無いのか?それは質問者が相手の世界をわからないためだ。』
 という指摘は鋭いものがあります。
 編集者が「山の素人」を売りにしている某山岳雑誌などもありますが、耳を傾けるべきでしょう。傾けろよ、コラ。

 山岳ジャーナリスト柏澄子さんのブログを拝読していて、よく「優れた編集者」という存在が語られるのですが、キム・ヨンド氏の書評にあらためて編集という仕事の重要性を認識させられました。

 韓国の登山学校で学び、短いながら韓国の登山メディアをウォッチしてきた私の意見は、キム・ヨンド氏の意見とは少し異なります。先輩後輩の存在にスポットを当てるなら、組織に身を置く登山者がむしろ少数となりはてた日本に比べ、多数の「登山学校」「山岳部」を擁し、人と人とのつながりが生じる機会の多い韓国の登山界こそ、恵まれている環境でしょう。
 キム・ヨンド氏の記事を拝読し、ぜひ近い将来、韓国の「岳人備忘録」を読んでみたいと思う次第です。

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