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地震日記3/28~3/31

今週は現場作業の日々。
気の緩みが指・腕など簡単に吹っ飛ぶクレーン作業を伴うため、震災のことも、被災者のことも、山のことすらも考えない日々。

3/28
所用で実家に立ち寄る。
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昨年あたり某人気番組で取り上げられ、過去に当ブログでもふれましたが、「ひょう干しの煮物」。
山形の人間は雑草スベリヒユも美味しく食料にするのですよ。
見た目はグロいですが、醤油味が効いていてよい飯のおかずです。

3/29
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書店でビジネス日誌を購入。
毎年購入しているのは能率手帳のA5版。
現場作業部門に勤務しているため、今年はかさばらないB6版を購入。
建設会社勤務なもんで、毎年買うのは「4月始め」のタイプ。
兼業ガイド、山と会社と調整が必須のため、手帳ではなく大きめのビジネス日誌が欠かせません。

それから今まで使用していた東北地方のロードマップは「平成の市町村合併」以前のもので、大震災の情報に照合させると非常に不便だったため、最新のロードマップに買い換える。

もうじき4月、春。
気分転換、何か始めようと思い、大震災のどさくさにまぎれて日本領空に接近してきた凶悪国家の言葉を学ぶべく、NHK「テレビでロシア語」テキストも購入。

3/30
諸般の事情で今日は自宅警備員として一夜を過ごす。
カミさんと子供は実家。
誰もいない冷えた自宅に帰ってみると、パソコンの上に娘の学校の文集が置いてあった。
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『お父さんにスキーをならった』というくだりに、自分が父親として認識されている喜び。(いつまで続くのやら)

震災で家族を失った方々の姿をメディアで見るたび、自分にはその悲しみに耐えうるなんてできない、とも思う。

3/31
被災地に赴いているガイドの師匠から再び特命指令。
同時に取引先から問い合わせ。
両方の資料を会社でシコシコ作成、発信。
帰宅後、その生き方に尊敬する某クライマー氏からの頼まれ事。少し熟慮を要することと現場作業の疲労のため考え事しながら寝床に入る。
震災で自粛ムードだけれど、はっきり書く。

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ぜひ読んでください。

医療スタッフとして被災地へ赴かれた方の手記です。
メディアには出てこない、被災地の現実がありました。
ぜひご覧下さい。

JKTS 被災地へ医療スタッフとして行ってきました。

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しばらく

Woman_walking

 東日本大震災によりあちこちで惨状が報告され、また一方では復興に向けて歩み出した知らせを受け、そんな中でも当ブログにたくさんの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。

 被災地に赴いたガイドから電話を頂戴しました。
 はつらつとした声の方のはずなのに、重い声でした。

 メディアというフィルターを通さない「被災地の現実」を思いました。

 少し、ブログ更新をお休みします。

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ジャニス・イアン『YOU ARE LOVE』

震災に遭遇した人々、復興活動にたずさわる人々にこの曲を。

 もともとは角川映画『復活の日』に用いられた曲で、毎度ながら小松左京の素晴らしい原作小説 → 角川がへっぽこ映画に、という黄金パターンでしたが、ジャニス・イアンのこの曲は素晴らしい。
 生物兵器と化したインフルエンザウイルスが人類滅亡を招き、生き残った人々にさらに核兵器とその放射能の脅威が忍び寄るというあらすじです。どっかの時代と似てますな。

 人々に、幸いあれ。

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ウェリ・シュテックがナイフを作りました

アイガー北壁スピード登攀などで知られるウェリ・シュテックがアーミーナイフをデザインしました。

Wengertitaniumknife
このデザインを見てアルパインクライマーのそこのあなた、もうおわかりですね!
刃は従来のアーミーナイフより50%肉厚の刃で、アックス類の取り付けに使う六角レンチ、さらにアイスツールを研ぐヤスリも組み込まれています。
くわしくはこちらのPVをご覧あれ↓

なお他のモデルとして
T1
シンプルタイプや、

T2
ノコギリを組み込んだタイプがあります。発売はウェンガーから。

なおウェリ・シュテックのようなクライミングなど縁遠いハイカーの私は、昔から
Nox
ビクトリノックスのティンカーを愛用。
意外とプラスドライバーが必要になるんですよね。地質調査などで仕事で山奥に行く機会の多かった頃、ティンカーに内蔵されているトゲ抜きも重宝しました。というわけで、今でもティンカー愛用です。

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地震日記3/25 アウトドア義援隊

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ガソリン残り少ない車を駆って、天童市へ。
モンベルエコセンが主催しているアウトドア義援隊の支援物資集積所にて、作業に従事。

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私が倉庫に到着した時、ちょうど支援物資を満載したトラックが到着、挨拶も作業説明もそこそこに、荷下ろし作業に加わる。

しばらくして月山エコプロ、月山朝日ガイド協会の面々も到着、一気に人手が増え、にぎやかになる。

義援隊全体はモンベルの方がマネジメントされていたが、ボランティア参加者のコーディネートは以前所属していた東北山岳ガイド協会の八木文明ガイド。(八木ガイドのブログには、支援状況がよく掲載されております。参加希望の方、是非一度ご覧下さい)
 その柔らかい物腰と、わかりやすい話し方、コーディネーターとしての態度は見ていて勉強になる。

午前中、トラックからの積み卸し、被災地に向かうトラックへの積み込み、支援物資の仕分けなどを一通り経験する。

 アウトドア義援隊参加希望の方に、次の点を記しておきます。

 1.冷暖房もない工場を利用した倉庫のため、動きやすい服装の他に防寒はしっかりとしておいで下さい。また荷物の取り扱いなど運動量も激しい時がありますので、着替えなど汗対策もしっかりとして風邪などひかないように。

 2.周辺には売店などありませんので、弁当・おやつ・飲み物持参で。

 3.モンベルのウェブサイトには「現地本部ではボランティア受付してない」旨の掲載がありましたが、実際は現地倉庫に備え付けのノートに氏名・連絡先などを書いて、飛び入り参加も可能なようです(予定が未定の現場土木作業員には助かるのよこれが)


 また、これから支援物資を送ろうとする方に対して、これはあくまでも私個人の感想ですが、

 初心者でも簡単に使えるアウトドア用品を送るようにしましょう。

 登山の知識があるということで、志ある皆様からお送り頂いた登山用品の仕分けに途中から参加したのですが、なにやらバーナーを囲んで幾人かが首をかしげているので近寄ってみると、
「これって何ですか?」
と見せられたのが、MSRのタンク分離型のガソリンバーナー。
燃料タンクが無いまま送られてきたので、最近のガスバーナーしか知らない若い方はタンク・本体分離型のガソリンバーナーはわからなかったようだ。

 その他、プレヒートが必要なガソリンバーナーなど多数。
 被災地にいる方は皆が皆アウトドアに詳しいというわけではない。複雑な操作が必要なバーナーなどはどうしようか、と議論になった。
 
 これからアウトドア用品を送ろうと考えている皆様、アウトドア初心者でもすぐ使えるギアを、どうぞお送り下さい。

 送られてきた他品物には、韓国のKOVEAとか、超レアなバーナーもあったり・・・自分の山道具オタクとしての知識が、世のため人のために役に立つのは、おそらく今回が最初で最後だろう・・・とつくづく思う。

 物資はだいぶ集まっています。
 被災地からの知らせでは、爪切り、コンタクト洗浄水、女性の化粧水、クシなど、細かいニーズに対応できなくて苦慮しているようです。
 これから物資を送ろうと考えている方は、被災地で今何が必要になっているかご確認の上、お送りいただいた方がよいかと思います。

 午前の作業はおわり、トラックも来ず、皆手持ちぶさたになった頃合いを見計らい、八木さんの呼びかけで11時45分、昼休みとなる。
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 八木さんはじめ、専属スタッフは倉庫に泊まり込みのため自炊。
 福岡から来たという若者は「これが昼食です」と言い、スチロールの丼いっぱいの白飯を持ってきた。
 ええっ白飯だけっ?
 それじゃ「空手バカ一代」の芦原英幸そのまんまじゃんっ!?
 とビックリしていたところに、もう一人の若者がふりかけ持ってきて、二人仲良くふりかけ丼飯を食べていた。

 いや~、私も若い衆が丼飯喰っている所を見ると嬉しい年齢になってしまいました。

 さあ午後も一働き、というところで、ガイドの師匠から特命指令が入り、やむなくアウトドア義援隊の倉庫を後にする。
 午後は山形空港にて、人混みの中でJMGA支援隊の各種手配に奔走。

アウトドア義援隊活動の様子はこちら↓
参考記事:月山エコプロ 正会員のページ

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地震日記3/22、23、24 お呼びでない(植木等 調)

3月22日
 平日公休。
 図書館にて資料検索。
 今回の震災に際して、あちこちで「登山は不謹慎」という雰囲気が生成されているようだが、こちら地元東北の観光業・ガイド業にたずさわる者にとっては死活問題である。
 お世話になっている旅行社の年間プログラムは知らされているため、予定山域における震災の影響をさぐるべく、震災地域と山域との照合作業など、やることは多数ある。
 それから阪神大震災の記録、個性と我の強い左翼系市民団体やボランティアの手記は避け、シンポジウムなどの記録集を集め、速攻で目を通す。

 山形県は甚大な被害を受けた宮城・福島に隣接しながら、実害はあまりない。それでも食料欠乏、石油不足に悩まされる。行政は無能ぶりをさらしている。そして、経済的な面では中長期的にみれば大打撃はまぬがれないだろう。
 山形県人は被災地の人々とも、関東あたりの都会の人々とも異なる視点と方向性が求められるのではないか。ヒントを得るため、無作為に過去の震災の記録を漁る。 

 いつもは車で通う図書館、ガソリン不足のため本日は徒歩で通う。
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 途中、通り過ぎる馬見ヶ崎(まみがさき)川。
 土手に一番早く咲いていたのは、オランダミミナグサ。
 何万人もの人々が死傷・行方不明となった春も、変わらず花は咲き始める。


3月23日
 公休明け、出勤してみると、会社から被災地支援隊の第2次隊派遣が突然決まる。
 最初、私の名前も入っていたらしいが、もろもろの事情でベテラン精鋭社員と交代。


3月24日
 私が行くことになっていた月末の出張業務も中止。
 社内失業決定。

 JMGAの災害支援隊参加 → 身分証発行の関係でダメ
 会社の被災地支援隊参加 → 諸般の事情でダメ

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お 呼 び で な い 。by 植木等

 というところで、正会員としてお世話になっている月山エコプロの白田さんから「支援物資をまとめる”アウトドア義援隊"どうですか?」とお声がかかる。

 急遽、25日に公休をとり、モンベルエコセンの「アウトドア義援隊」参加を決める。

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ア ン ト キ ノ コ ミ チ

エミリオ・コミチと聞いて「おっ」と思うアナタ、オールドクライマーですねっ!(失礼)

イタリアで、エミリオ・コミチの写真集が50年以上の時を経て再販となりました。

Severino Casara presenta l’Arte di arrampicare di Emilio Comici by Montagna.tv 2011.3.8

Emiliocomici_book ←こちらが今回イタリアで再販となった『“L’arte di arrampicare di Emilio Comici』、邦訳すると『エミリオ・コミチのクライミング・アート』といったところでしょうか。アマゾンでも扱ってますね。

 エミリオ・コミチ(1901-1940)はイタリア・ドロミテにおいて約200の新ルート開拓を含む600本以上のルートを登った優れたクライマーだっただけでなく、特にエイドクライミングに優れ、クライミング技術の習得と開発に努めた人物です。

 リカルド・カシンの故郷レッコにもコミチはクライミング指導に訪れ、カシンも思想・技術においてその影響を強く受けたと言われています。
 そのカシン曰く、
 「フリークライミングに関する限り、コミチが我々に教えられることはほとんどない。」
 と強烈な自負を語っていますが、反面、それは当時いかにコミチがクライミングにおける偉大な指導者だったのか物語る言葉でしょう。

 コミチは「地上と頂上との間の最短距離の線をルートに選ぶべき」という自分の美学に基づきルートを開拓していきました。
 後年のいわゆるディレッティシマ(直登)につながる思想ですが、皆様ご存じのとおり、それはハーケン・ボルトを多用する人工ルートとなり、やがて批判の対象になっていきます。
 ダグ・スコットは幾人ものクライマーにヒアリングしたうえで、コミチの思想の偉大さを認めつつ、コミチが開拓したルートの多くは「時の試練には耐え得なかった」と結論づけています。(ダグ・スコット著『ビッグウォール・クライミング』)
 しかしながらエミリオ・コミチのパイオニアとしての偉大さは、ダグ・スコットはもちろん万人が認める事実です。
 チマ・グランデ北壁の登攀、そして同北壁で1937年、3時間半で達成されたコミチによる単独登攀は第一次・第二次大戦の間に達成された最も危険なクライミングとしてダグ・スコットも認めるところです。

 21世紀に入った2011年、再販という形でエミリオ・コミチの書籍が出版されたことは、かのクライマーの偉大さをあらためて認識させる事実です。
 著者のセベリノ・カザラ(Severino Casara、1903-1978)は自身もクライマーであり、コミチと共に困難なクライミングを果たし、かつコミチ研究の第一人者でした。

 エミリオ・コミチに関しては、既に日本でもいくつかのサイトで下記の動画が紹介されているようですね。

 私が上記のMontagna.tvの記事に注目したのは、コミチが履いているシューズです。
Emiliocomici_sho
 20世紀末、フリークライミング用にいわゆるEBシューズが出回ったときは斬新なデザインと思ったのですが、このコミチの履いているシューズをよく見ると、EBシューズの原型っぽいんですね。
 
  話題は戻して、こうした古典的なクライマーの本が出版されるところに、イタリアでのクライミングの認知度が伺えるような気がします。

Comici1
ふつーの登山サイトみたいに岩場の画像じゃつまんないので、両手に花花花花のエミリオ・コミチ。
よっ!さすがイタリア男児!

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地震日記3/18 お断りの電話 【3/19加筆】

 被災地に赴く医療チームの支援として日本山岳ガイド協会が動く。
 「その拠点となる宿をさがしてくれ」と、既に医師団と共に先発として現地入りしているガイドの師匠から連絡が入り、夜の23時半まで電話をかけまくる。
 
 岩手・宮城県境付近はもともと宿泊施設も少ない田舎。
 ネットで民宿・旅館をリストアップし、電話につぐ電話。

 電話といっても、被災地に近い場所、

 「宿はもうやっていません」

 という返事もあれば、復興関係だろう、

 「業者さんでいっぱいです」

 という返事もあれば、機械的な女性の声で

 「災害地のためかかりません」

 などのアナウンスが聞こえてきたりする。

 返答があるのはまだいい。
 発信音が続いたり、もう電話線がズタズタなのだろう、反応が無いところもある。
 やはり被害は甚大なのだ。

 被災地支援チームの宿なので、被災地に近いことが条件、しかし被災地に近いところは電話も通じない。宿もやってない。少し離れたところは震災復興関連の業者、避難者でいっぱいなのだろう、どこも満室。

 もう何軒に電話かけたろう。
 (あ~師匠、こんな時期こんな地域で宿なんか空いてるわけねーよ)
 と思いつつ、まだ電話してないビジネスホテルに電話する。

 満室という回答だった。
 電話を切る際、ホテルのフロントマン(男性)は 

 「どうもすみません、すみません、すみません」

 と何度も何度も、泣き声に近いようなか細い声で「すみません」を繰り返していた。

 そこで、はっと気が付いた。
 恥ずかしいことだが、ようやく気が付いたのだ。

 そのホテルのフロントマンは、私が電話をかける以前に、もう何人もの避難者の宿泊申し込みを断ってきたのだろう。

 本日中の宿の手配は断念。
 あのフロントマンはじめ、皆が安らかに眠れる夜は、いつ来るのだろう。

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 コメント欄にご指摘がありましたので、加筆いたします。
 文中の「ガイドの師匠」は医師チームと共に被災地視察を行っており移動が多く、通信事情の悪い現地に滞在中のため、各種手配のバックアップを臨時に私が個人的に担っていたものです。

 日本山岳ガイド協会では医療チーム支援を目的に活動を開始するため、医療に必要な「水」を常時入手できる宿泊施設=活動拠点を求めていた次第でした。

 支援活動に参加するガイドは自炊は当然のこと、被災地現地に負担をかけない「自己完結」を旨とした装備で参加しております。(今回の宿探しも素泊まり前提として探しておりました)
 この点につきましては私の書き方が足りず、多くの方に誤解を招いた点、お詫び申し上げます。

 これから展開される山岳関係の医師団による医療支援、日本山岳ガイド協会の支援活動に御理解いただきたく、お願い申し上げます。

 なお3月19日現在、岩手県内の旅館の御理解を得て、医師団および日本山岳ガイド協会支援チームの活動拠点が決まりましたことを記しておきます。

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【支援】ボルダリングジムKeyStoneの支援活動

山形県酒田市にあるボルダリングジムKeyStoneで、下記のような支援活動を立ち上げております。

復興支援 ボルダリングジムKeyStone 2011年3月19日

寄付金・支援金および支援物資の募集を行っております。

支援物資に関しましては、酒田市近辺の方でご協力できる方おられましたら、ぜひご協力ください。

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地震日記3/15 見送る日。

所属部署の若手エース社員の面々が、災害地支援派遣に決定。
その準備で19時頃まで皆でバタバタする。

現場作業員の詰め所に入ると、
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ウールリッチのシュラフの山。
とにかく現地状況がはっきりしないので、作業員もどこでも寝られる体制で行くらしい。

リストラ寸前不良社員の私はおよびでないので、前の現場の後かたづけ。
みんな軽口をたたきながらも、未曾有の災害現場に赴く若手社員を気遣う雰囲気をひしひしと感じる。

うちの作業員も、現地の人々にも、幸いあれ。

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地震日記3/13、3/14

3/13日曜日朝、急遽、山形へ帰社決定。
横手~湯沢~雄勝の高速道路は問題なく通常通り走行可。
少し期待して雄勝の高速道出口のファミマに寄ってみるが、
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もはやここでも、めぼしい食料品は売り切れていた。

山形県金山町に南下、現場作業員の間では定評のある食堂『金多楼』で昼食。
テレビで岩手沿岸の惨状を見ながら、暖かい食事にありつけることのありがたさ。

新庄市手前で凄い渋滞。
事故渋滞かと思わせるほど、車列が全く動かない。
裏道を先行した相棒から携帯に連絡、ガソリンスタンドに続く渋滞だという。
私が乗る4tトラックのラジオ、FM山形では、「各国道は順調に流れています」と断言している。
もはや、現実にマスコミが追いついていない状況。
私も新庄市街を抜ける裏道で国道13号を回避、新庄・尾花沢道路に脱出、渋滞を抜ける。

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山形盆地、村山市に入ると、村山葉山、月山が見えてきた。
やっと故郷に帰ってきた実感。
厳冬期とは異なり、春山らしく、稜線が光沢を帯びて光り輝いている。
反対の東側には、翁山はじめ、奥羽山脈を成す山嶺が晴天下、よく見える。
あの山の陰で、想像を絶する惨劇が起きているとは。

夕方、自宅に帰宅。
子供達は、近所の子と一緒に玄関先で遊んでいた。
家族が顔を合わせられるという、幸せ。


3/14
休みもなく、出勤。
ガソリン欠乏は深刻、若手社員のH君は自家用車のガソリンが底をつきかけ、やむなく社用ダンプで帰宅していたという。
一日、工事用機材整理。
幹線道路の国道13号線は、わずかなガソリンを求める長大な車列。
もう、

Madmax2
『マッドマックス2』の世界である。

久々に心療内科に通院、当面の薬品を補充。
ローカル情報を入手するため、自宅近くのセブンイレブンにて山形新聞の朝・夕刊を購入。
店内は、
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おことわり

 毎日、数多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。

 今回の甚大な被害を与えた大震災に伴い、各地で被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

 かくいう自分も出張中の身で、まだ自宅・実家に戻っていないことに併せ、東北各地にいる山仲間・ガイド仲間が心配なところです。

 生活基盤を確認の上、またブログ更新を再開したいと思います。

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地震日記3/12

朝、ホテル側が用意してくれた簡易朝食をとる。

現場にて今後の工程の打ち合わせ。
我々は末端作業員のため、決定は上のエラい人に委ねるしかないため、また宿に戻る。

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昨日まで荒れた天候だったのに、本日は穏やかな晴れ。
美しい山河が見えているのに、彼の地では、おびただしい犠牲者が出ている。

宿に戻る途中、幾つかのコンビニは既に休業、ガソリンスタンド、スーパーには長蛇の列。
信号は国道以外、全てストップしている。
日常の中の非日常、大震災の影響が身近に迫っていることを知る。

宿に戻り、今回山形に戻れず長期戦を覚悟、近所のファミリーマートに買い出し。
もうめぼしい食品は売り切れていたが、コンビニスタッフの尽力で営業を続けているらしい。
ここで飲料、行動食になるような菓子を買い込む。
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お茶1リットルペットボトル3本、栄養機能食品クッキー一箱、チョコ2箱、ミニどら焼き一袋、リッツチーズサンドミニ2袋、ミニドーナツ2袋、ケーキタイプのクッキー一箱を購入。

宿もトイレは使えないまま。
とはいえ、排泄行為はがまんできないため、大きい方をした後は、フロント脇に用意されているバケツの水で流してやる。
相棒の提案で、仕事で使っている発電機と燃料を宿に貸し出す。
ついでに自分も発電機で携帯に充電。

電気、水というライフラインがストップ。
宿の暗い廊下に夕陽の西日が差し込んだ。
暖かい。

持っているラジオ、宿のフロントが提供してくれたワンセグテレビでようやく今回の大震災の被害状況をビジュアルで知ることができた。

昨年お世話になった旅行社を通じて、宮城県各地のお客様をガイドしてきた。
一度きりのお客様もいれば、何度もリピーターのお客様もいる。
皆さん大丈夫だろうか。

つい先月まで仕事で滞在した石巻、車で走っていた大橋が崩壊したらしい。
何ヶ月も滞在していた、仙台東部地区が壊滅的らしい。

みんな、それまで普段どおり生活していた人々が、ある日突然、大災害で死んでいく。

鬱で「死にたい」「消えたい」と時折思う自分は、まだ生きている。
なにゆえ、会社でも社会でも役立たずの自分が生き延びているのだろうか。
少し鬱がかり、部屋で横になる時間が長かった。

あいかわらずauは不通、Cメールも使えない。
夕方、幾度か試し、ようやく実家の爺婆に連絡。

夜19時、ようやく電気が復旧。
部屋のテレビをつけて情報収集、PCでブログ更新。

暗澹たる事実と現実。
テレビの画面では、福島第一原発の施設が爆発する場面を幾度も映し出していた。

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地震日記3/11

2011年3月11日昼過ぎ、野外で現場作業中、ブザー音のような音が聞こえた。
胸ポケットの携帯で、緊急地震速報だった。

その直後、激しく、長い揺れ。

しばらくして、「山鳴り」らしい爆発音を二度聞く。

守秘義務があるので詳細は書けないが、現場作業中止。
宿のある秋田県横手市に、相棒と車で戻る。

既にガソリンスタンド、コンビニには買いだめしようというお客の車でぎっしり。
電気はストップ、大型スーパーは「休業」と急いで書いたらしい、書き殴った文字の張り紙。
相棒ととりあえず開いているローソンに駆け込む。

もうすでにパン・おにぎりの類は空っぽ。
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電気のつかない暗いコンビニで買い物。

宿は停電、水道もストップ。
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暖房は効かないため、フロントで毛布を渡される。

暗い部屋で冷たいスパゲティを食う。
何回か試み、妻に携帯で連絡。
その後は携帯、メールも、AUの簡易メール「Cメール」も通じない。
ラジオで甚大な被害を知る。
冷えた部屋で、一夜を過ごす。


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花ずし


現場作業の帰り、スーパーで夕食を仕入れるのですが、本日はThis is Akitaを購入。
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花ずし。

「花ずし」については、こちら

某人気テレビ番組でも紹介されたようですが、花ずしとは、「すし」と名前がついていますが、れっきとした漬け物。ナスに餅米を詰め、食用菊と鷹の爪で飾りつけた漬け物。
最近の減塩傾向でだいぶ塩気が減らされているといわれますが、今回購入した花ずしはかなり塩辛かったです。
(ともうしましょうか、ウチも山形でかなり塩辛い漬け物で育っているのだが、近年は元管理栄養士のカミさんによってだいぶ薄味に飼い慣らされてしまっている)
花ずし一個で御飯茶碗に三杯はいけますね。

 花ずしの歴史については不明なのですが、国内外問わず、これほどオシャレな漬け物・ピクルスはなかなか無いのではないでしょうか。
 漬け物とはその性質上、冬期間の保存食なわけですが、春待ち遠しい東北人の気持ちがよく表れているようです。

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【映画】 Mount St.Elias

 おうおう、アラスカのセントエライアスなんてシブい山を舞台にしたドキュメンタリー映画があったとは、おじさん知らなかったよ。学生の頃買い込んだ岩雪の巻末のオマケでセントエライアスの地図なんて付いてたっけなあ。
 ドイツの登山サイトを拝見していたら、DVD&ブルーレイ発売って・・・ドイツは山岳映画に恵まれてるのかな・・・

Gewinnspiel: Mount St. Elias DVDs + Karabiner in der Verlosung by Bergleben.de 2011.3.1

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 映画Mount St.Elias公式サイト
 
 昨年の各国の山岳映画祭で上映され、全米でも公開になっているようなので、加藤直之さんあたりはもうご存じなのかなぁ(あ~その節は某山域で添乗でお世話になりやした)
 まずは予告編をご覧下され↓

 世界でも有数の長大な滑降ルート、アラスカのセント・エライアス山を舞台に、オーストリアのAxel Naglich、Jon Johnston、アメリカのPeter Ressmannというトリオによる山行の様子を映画にしたもの。

あーもう、
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こーんな場面をみるとムラムラするなー。

そんな私は、
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スーパー安売り総菜のミズナの油炒めに、故郷の山を想う出張生活がしばらく続きますです。

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今宵は

さすらいの土木作業員、
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本日から秋田県の山奥に参上。
まだ雪でいっぱいです。

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ある日突然スラックライン。

所用のため、月山山麓、月山朝日ガイド協会のベースとなっている弓張平へ。

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月山はまだまだ冬全開のご様子。

ガイド協会事務局の横山さんと少しお話、ついでに
「スラックラインやってけよ」
と誘われる。

おおっ、弓張平の体育館にスラックライン施設がっ!
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偶然、居合わせたのは山形県朝日少年自然の家でお世話になっている若手職員&サポーターの面々。
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しかも、みんなスラックラインに飛び乗り・スイスイ歩行してるし・・・・
画像のプレイヤーはアパラチアントレイルの覇者・マサさん。

私のスラックライン初体験、三歩歩いて落ちましただ(笑)
予想よりはテープが幅広で安定感があるものの、テープがゆらゆら揺れるので、なかなか体幹の筋肉をじわじわ使いそうな運動です。

その後月山から下りて天童へ移動、お世話になってる登山用品店へ。
地形図買い出しと新調する装備購入の相談。
ついでに山ガールに浮かれる登山業界の裏話を少し。

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春遠からじ

本日はトラック野郎で山形へ。

疲れたので国見サービスエリアで休憩。

強い風雪の中、
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売店の軒先で雪を被りながら、まだ固く丸まったフキノトウの若芽が売られていました。

春は近いのか。
吹き付ける冷たい風と雪を身体に浴びながらトラックに戻り、再び山形に向けて走り始める。

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茨城日記3/3 ひな人形の街

現場作業から帰る。
まだ日没前だったので、滞在先の旧市街地をぶらぶら歩く。
近くには大型ショッピングモールがあり、商店街はシャッター街と化している。

あれ?
商店街、やたらとひな人形の店が多いことに気が付く。
人形店かと思ったら、

文房具屋さんも、
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時計屋さんも、
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精肉屋さんも、
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店先にはひな人形。
前述の時計屋さんのように、人形ではなく、雛飾りの立派な日本画の掛け軸を下げている商店も多い。

ちょうど今、雛人形の街なのでした。

ついでに、商店街の青木菓子店
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『江戸崎まんじゅう』と『抹茶まんじゅう』を購入。

「これも食べてね」と、買おうか迷っていた利休まんじゅうもオマケにもらいました。

まんじゅう3個、翌日の茨城・山形トラックの旅のお供にします。

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茨城日記3/2

相変わらず気温は低いが、久々に青い空が見えた。

現場に向かう途中、広大な平野の彼方に、美しい双耳峰がそびえていた。
ちょうど一年前、大雪・猛吹雪で登り損ねた、筑波山。

つくばスポーレは甘い香り。2010.02.28

和歌の世界では「恋の山」らしいが、なるほど、美しいピークである。
今回の茨城滞在では、登る機会はありません。またいつの日か。

現場周辺の畑には、昨日までの暗い雨天では気が付きませんでしたが、オオイヌノフグリ、ホトケノザが咲き始めていました。
関東は春ですな。

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きょうのはっけん 冷やし石焼き芋

今滞在している茨城県某所、
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なかなか(良い意味で)古びた町並みである。

冷たい雨の中、午前の現場仕事を終える。
周囲にメシ食えるトコも無いので、近くの物産館を兼ねたスーパーを訪れる。
そこで見つけたのが・・・

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冷 や し 石 焼 き 芋 。
ベニアズマとかベニマサリとか、各種の芋が焼き芋となって真空パックになっているのだが、

冷 や し である。
冷やしラーメンの本場・山形県人としては見逃すことはできない(意味不明)
しかも『BEST SELECT IBARAGI』なんて格好いい丸いステッカーが貼ってあるではないか!

昼飯の弁当と共にレジに持って行き、
「あのー、茨城では石焼き芋を冷やして食べる習慣があるんですか?」
と、パートらしいレジの奥様にたずねる。

レジの奥様「え?あら?知らなかったわ。知ってた?(と、後で商品整理の若奥様に聞く)」
商品整理の若奥様「えー?私も知らないけど?」

冷やし焼き芋同様、冷たい反応が返ってまいりやした。

一日の仕事がおわり、宿で早速食べてみる。
パック入りのために水分が芋全体に浸透して、焼き芋ながらスイートポテトよりも食感はトロトロ状態。
味はとても甘い焼き芋でした。
暑い夏にはいいかも。

日の暮れた山奥に咲く梅の花に、救われる想いがする、冷たい雨の一日でした。

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