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被災地日記 4月21日

朝、目覚めてみると、そこは瓦礫と廃材の山。

被災地の人々は、24時間、いや何ヶ月、この荒れ果てた光景を見続けなければならないのだろう。

早朝に一仕事終え、作業場は某地区の小学校に移動。
その小学校は避難所として使われていた。
自転車置き場の洗濯物、入り口の給水タンク、そしてグランドいっぱいにひろがる仮設住宅の木杭。

ちょうど今日は、小学校の入学式だった。
申し合わせにより、入学式のある10時から10時半までは現場作業中止となる。

10時。
全ての作業を中止、グランドには手持ちぶさたの現場作業員たちの談笑が聞こえる。
そんな中、校舎から校歌らしき歌が漏れ聞こえる。

校庭の桜はまだ固いつぼみ。
校舎一階は被災者の生活エリアとして利用されている。
眼下の谷には、津波で全滅した集落、港が見える。
その谷は水産加工場があった。何万もの加工途中の魚がちらばり、もの凄い悪臭が時折風にのって臭ってくる。

そんな中での入学式。
親御さんたち、先生方にとってどんな想いだろうか。

校舎から静かに漏れ聞こえる歌に耳を傾ける。
定刻の10時半、仮設住宅の木杭を打つ重機のかん高い音が、静寂を破って響き渡った。
あまりに定刻きっかりの作業再開、仕事仲間からも
「子供達にはちょっとなあ・・・」
と声があがる。

木杭打ち込みに続いて次々と他の業者も続く。
「俺たちもやるかぁ」
私達も作業再開。
これが現実なのだ。
子供達にとって、今日の入学式はどんな風に記憶に残ってくれるのだろう。
すぐに感傷的なことは封印して、現場作業にとりかかる。

今夜は校庭に野営。
滞在二日目、足を伸ばして寝たいのと、着替えもしたいこともあり、グランドの隅にテントを設営。

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避難所として利用されている校舎一階は、夜も明かりが灯っている。

人々が自分たちの家庭に戻れる日がいつになるのか、誰もわからない。

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