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ANDY KIRKPATRICK 『PSYCHOVERTICAL』

Psycho 私がイギリスのビッグウォールクライマー、アンディ・カークパトリック(ANDY KIRKPATRICK)に関心を持ったのは、イラク戦争の傷痍軍人フィル・パッカーのエルキャプ挑戦に協力していたという記事を読んでからである。
 その人物像を知りたい。現場作業員生活で帰宅後は飯喰ってすぐ寝る生活ながら、細々と洋書を読む生活を続ける。

『PSYCHOVERTICAL』はアンディのビッグウォール回顧録である。
ヨセミテ、エルキャピタンのRETICENT WALL(Ⅵ 5.9 A5)ソロクライムの記録がワンピッチ毎に描かれ、そのワンピッチの記録の合間合間に生い立ち、冬壁との出会い、アルパインクライミングへの傾倒、アルプス冬季登攀、パタゴニアの記録が挟まれるという複雑な構成になっている。

複雑な構成とはいえ、その内容は破天荒かつユーモラスでぐいぐい読ませる内容である。
一般読者向けに単独登攀(Z式)のやり方が詳細に記載されているのだが、アンディは単独登攀の方法を習得するため、仕事帰り(アンディの仕事は登山用品店勤務)、暗闇の中、雨の中、石切場で多くの時間を割いてトレーニングしたと短く述べている。
 単独登攀は登り返しのため、非常に手間がかかることを述べた後に、こうも述べている。

 「This was what I wanted. I wanted it all. All the good. All the bad. To say it was all mine.」 

 外国ではフリークライミング、アルパインクライミングなどというカテゴライズはない、などとロクソノ誌あたりで私も洗脳されかけていたが、アンディは本書の中ではっきりと「Alpine climbing」という言葉を使い、クライミングを始めた頃からAlpine climbingに憧れ、イギリスの生んだ名クライマーに憧れ、自身もalpinistになりたい、と書いている。

 さて、一人で練習を重ねた単独登攀でもロープのクリップ忘れなど結構致命的なミスを何度もやらかしているアンディ、初めてのヨーロッパアルプスは「女友達の彼氏」というツテで知り合ったパートナーとドロワット北壁冬季登攀に挑む。
「ロープ張ってくれ!」
と叫ぶパートナーに対し、
「う~、まだビレイしてないんだ・・あんま言いたくないんだけど・・・」

とゆーやりとりがあり、少なくともアルプス初挑戦では機転の効くクライマーではなかった。
もっとも、冬のドロワットという一級のルートに挑む割には、アンディ本人いわく「アイスクライミングはしたことない、地図上でアルプスがどこにあるのかもわからん」という、ハチャメチャな具合なのだが。

 しかしシャモニに下山後、パートナーと別れて一人になった際、かろうじて知っているフランス語でカフェでコーヒーを注文した際、カフェの店主からコーヒーを差し出され、こう告げられる。
 「There is no charge for Alpinists.」

ALPINISTSという章はこの台詞で終わっており、アンディの感想は書かれていないのだが、行間にアンディの喜びを感じるのは私だけではあるまい。

その後アルプス冬季登攀ではフレンド稜(登山靴のアウターを落っことしインナーで登る)、勤めている登山用品店の店主から冬季ドリュ北壁に誘われるが店主のシュラフにストーブの火が燃え移るなど、決してスマートではない何か「やらかしている」記録が綴られているのだが、そうした中でアンディは着々とアルパインクライミングの世界へと進出していくのだ。

 そう、本書の主軸となるRETICENT WALLの記録よりも、アンディがアルパインクライマーに成長していく姿が抜群に面白いのである。
 アンディがパソコンを覚えたのはだいぶ遅く、登山用品店に勤めるようになってから。
 クライミングの記録を原稿にするため、である。しかも自分で買ったわけでなく、彼女の親のお下がりのPCで、マイクロソフトのワードを使い始める。
 ワードについている「スペルチェッカー」にえらく感動しているが、それでもなおアンディの書く文章はスペルミスがあまりにも多すぎたらしい。
 何度も何度も、彼女から、上司(登山用品店の店主)からダメ出しされながら原稿を仕上げ、アメリカのClimbing誌に発送する。
 なんとClimbing誌の編集長マイクル・ケネディから採用通知の返信ファクスが届く。マイクル・ケネディからのファクスにも、「いくつかスペルミスはありますが・・・」と書かれていたというオチがついているのだが。 

Kir_pic
アンディ・カークパトリック近影

 そう、有名クライマー、第一線で活躍しているクライマーだからといって天才的だったわけではない。
 ハチャメチャな失敗を繰り返し、経験を重ねて強力なクライマーになっていく姿が描かれている。

 あ、ちなみにパタゴニアの記録写真、食料調理中の姿のキャプションに
 「Most Alpinists just do it for the food and the sex」
 て書いてあるのは、おじさん好みだぜ。

 なお本書は2008年のBORDMAN TASKER PRIZE を受賞している。(チョモランマ北東稜で行方不明になったピーター・ボードマン、ジョー・タスカーを記念して設けられた、優れた山岳書に贈られる賞)

 アルパインクライマーへの道を邁進するアンディはこう語る。

 「I was never a great climber, but I had passion, and was embarrassingly keen.」

 本書は若いアルパインクライマーに強くお勧めしたい。
 世界で活躍するクライマーが皆、天才だったわけではない。
 何度も何度も失敗しながら、ひたむきに自分の目指すクライミングを目指す姿が、本書にはある。

参考ウェブサイト
 雪山大好きっ娘。+ 『Off the Wall』
 (アンディ・カークパトリックの講演会のDVD 予告編が動画でご覧になれます)

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