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TOMAZ HUMAR

Tomazhumar Bernadette McDonald著『TOMAZ HUMAR』を読む。スロベニア出身の高所クライマー、トマジ・フマルの伝記である。
 この本の存在を知ったのは、あるインド系英字メディアでの書評だった。閉塞感漂う東側社会において、ヒマラヤ登山は「外の世界」に脱出できる道であった、というのがその書評の趣旨だったと記憶している。
 後輩の竹内洋岳君からも、人生の選択肢としてクライミングを志した某共産圏国のクライマーのエピソードを聞いていたこともあった。なにより、日本においてはその成果しか知られていないトマジ・フマルの人柄について知りたかった。

 同書は、2005年ナンガパルバット・ルパール壁単独登攀中に遭難、ヘリによる救出劇の詳細な記録が主軸となる。その記録の合間合間にトマジ・フマルの生い立ちから登山遍歴が記録されているという構成である。
 収録されている登攀記録は、ヒマラヤデビューとなったガネッシュⅤ峰(1994)、単独登頂となったアンナプルナ(1995)、ピオレドール受賞となったアマダブラム北西壁(1996)、エリザベス・ホーリーから高評価を受けた未踏峰ボバイェ単独登頂(1996)、パートナーを失った悲劇の登山ヌプツェ(1997)、クライミングに磨きをかけるため渡米したヨセミテ・ReticentWall単独登攀(1998)、トマジ・フマルの最高作品ともいえるダウラギリ南壁単独登攀(1999)、そして2005年のナンガパルバット・ルパール壁からの救出劇が収録されている。

 ヒマラヤデビューとなったガネッシュⅤ峰では、隊長でありスロベニア登山界のカリスマともいえるStan Belakと怒鳴りあいの口論になりながら頂上アタックのチャンスをもぎとる。後の高所クライマーとしての片鱗が伺える。

 その一方、ヒマラヤ登山に取り憑かれ長く家を空けることにより、妻との結婚生活が徐々に崩壊していく様子が描かれている。アマダブラム遠征、そしてそれによるピオレドール受賞は離婚にまでは至らなかったものの、妻との関係は大きくひび割れ、大きな代償を払ったものとなった。
 それでもトマジ・フマルはヒマラヤ遠征を続けていく。
 困窮する生活(教会など高い建物のメンテ・塗装、水路の掃除など、実生活では職業は転々としていたらしい)、ヒマラヤ登山での資金調達での奔走劇、メディアを巻き込み、1999年、ダウラギリ南壁単独登攀でトマジ・フマルの名前はスロベニア国内外にセンセーショナルに伝わっていく。
 ダウラギリ南壁単独登攀という危険きわまりない行為を達成したことによりカネが入り、トマジ・フマルは自宅を建てることができた。これにより妻との関係も修復されたようだが・・・女って(以下省略)

 このように書くと、いかにもトマジ・フマルは山のために家族を捨てたかのような印象を受けるが、ダウラギリ南壁登攀ではザックにお守りとして愛息の靴を忍ばせていた。家族を顧みない男ではなかったのである。またダウラギリ南壁登攀では「生き延びるため」、南壁登攀後、頂上に到達することは諦めて下降する。決して目標に盲目的ではない冷静さも伺える。

 奇しくも今月の「岳人」誌のコラムで高井一氏がトマジ・フマルについて「一部で評判の良くない」という意味の表現をしているが、メディアを利用してコマーシャリズムにのっかったとも言われるトマジ・フマルに対する評価は様々である。
 同書においても、スロベニアに留学し彼の地とのクライマーとの交流も深いスティーブ・ハウスはトマジ・フマルの主張する記録に少々懐疑的な姿勢をとっている。
 同書でTomaz's nemesis(好敵手)と表現されているマルコ・プレゼリは

「I don't express my opinion openly in Slovenia because it's not a tasty opinion.」

とさりげなくフマルの評価に言及することを避けている点に、トマジ・フマルの置かれた立場が推測される。
もっともプレゼリは続けてこう吐いている。
「I respect him so much(中略) I would not go to drink a beer with him.

 ナンガパルバット・ルパール壁の単独登攀に失敗、遭難し、ヘリで救出されたフマルはベースに生還し、地面にひざまずいてキスをする。そして両手で顔を覆いうなだれる姿の写真も収録されている。彼の脳裏をよぎったのは、家族の姿か、栄光を逃した悔しさか。

 この本が出版されたのは2008年。
 序文をラインホルト・メスナーが書き、後記はフマル本人の筆による。フマルは挑戦(challenges)の意義を説く。
 その翌年の2009年、トマジ・フマルはランタンリルン単独登攀中に遭難、ヘリによる救出を待ちながら、死ぬ。
 その事実を知ってしまっている現在、読後感は「破滅の美学」ともいうべき、虚しいものを感じざるを得ない。

 冒頭に述べたインド系英字メディアの書評にあったように、ただ単に混乱した共産国家から抜け出したい一心でフマルはヒマラヤに通ったわけではないだろう。名声とカネを得るためだけなら、日本の某似非登山家の如く、メディア受けするもっと容易なタイトルはいくらでもあったはずだ。

 ソロ(単独登攀)を続けていればいつか死ぬ、とはよく聞く表現だ。
 そしてトマジ・フマルもその運命をたどってしまった。
 この本は混乱したユーゴスラビア・新生スロベニアという社会が生んだクライマー、トマジ・フマルの人生を通じて、夢を叶えようとすることと家族との釣り合いについて、考えさせられる(あ、私の場合はね)。同時に、収録された数々のヒマラヤ登山の記録を通じて、ヨーロッパ社会におけるヒマラヤ登山の位置づけについても、少し参考になる本であろう。

 なお特筆すべき点がもう一点。
 トマジ・フマルがダウラギリ南壁単独登攀計画の際、参考にした本が日本の大森弘一郎氏による空撮ヒマラヤ写真集であることが明らかにされている。

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