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またまた【2011.9.1追記】

日々、多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
Librarygirl
今週から怒濤の現場作業週間に突入。
帰宅後のわずかな自分の時間は溜まった資料の読書に費やしているため、ひきつづきブログ更新はおやすみです。
台風に秋の空、山に行かれる方はどうぞ天候の変化にはお気を付けて。


【2011.9.1 追記】
8月9日に掲載しました『ククチカ、メスナー、二人の「博物館」。』に、えのきど。様よりコメントを頂戴しておりましたが、cocologサーバーがスパムコメントとして勝手に分類していたため、長らく気が付かず未公開となっておりました。
 えのきど。様にお詫びするとともに、あらためて掲載いたします。

 えのきど。様wrote
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お世話になっております。

メスナーが作った博物館はこれで 5つ目だそうです。

参考までに。
http://vimeo.com/27652019
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Bookcafe 紙月書房

久々の休日。
前夜、泥縄式の資格試験勉強のため、睡眠不足。
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早朝、自宅のプランターを眺める。
ピンポン球くらいのミニ西瓜が実っている。
今シーズン、ガイドとして自分はどのくらい成長したんだろう。
退化か?

昼から資格試験を受験。
試験の手応えは、

Ya
ヤッターマン風に表現するとこーなる。

 受験を終え、気分転換に前から行きたかったカフェ『紙月書房』を訪れる。
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暑いので、イチゴミルクのかき氷を食す。
よそのかき氷と違い、氷の全域にシロップがかけられており甘~。

この紙月書房、古書店も兼ねているカフェ。
イチゴミルクのかき氷喰いながら、澁澤龍彦の映画『エクソシスト』評を読む。

店名の「紙月」(かみつき)にひっかけて、店のウインドーには可愛い犬?の口が描かれてます。
山形県立図書館、山形の旧県庁である文翔館すぐそばなので、県外から訪れた方もぜひどうぞ。

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ATC、GRIGRI、フレンズは免許制となりました。

・・・・って、ブラジルのお話な。

いや、でもさ、ブラジルっつえば
Ttrferzyell

ビ キ ニ の 巨 乳 の ね ー ち ゃ ん 。
ていうイメージしかないんだけどさ、
(これって、日本といえばゲイシャ、サムライとか言う毛唐と変わりないんだろな)

 ブラジルでATC、GRIGRI、フレンズの使用を規制する法案が承認、クライミング関係者から「悪しき先例」となることが懸念されている模様。
 なお前述のクライミングギアの使用は、国のスポーツ省が認可したインストラクターに認められるとか。

最初にこの話題を知ったのはフランスのクライミングサイトでしたが、

Un projet de loi vise à interdire l'usage des friends, ATC et autre Grigr by kairn.com 2011.8.17

元記事はこちら↓

Uso de friends, ATC e fitas de escalada poderão ser proibidos no Brasil  by Altamontanha.com 2011.8.16

 話題が話題だけに、また規制やインストラクターに認可っつっても、ヌルい講習うければOKなのか、外国人クライマーも含め全面禁止なのか、さらに違反した場合の罰則など詳細が明らかにされてないのでブログにアップせず様子見してましたが、8a.nuのフォーラムにも前述の記事が掲載されてるし、日本のツイッターあたりでは話題に上ってない様子なのでアップしてみました。

 岳人あたりでブイブイ言わせてる毒舌が売りの某クライマーに言わせりゃ「さもありなん」とか返されそうだが、ギアの使用を国家が制限するって、クライミングの歴史の中核を成す「自由」とやらに真っ向から反対する動きだよなあ・・・
 JFAや労山あたりの無政府主義者もどきとかアカの人たちとか、イラク戦争に抗議文送るのもいいけど、こういう話題に反応しないのかなぁ。板垣死すとも自由は死せずだろ。

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おしごと日記。

8月某日
 なりゆきで、所属部署の精鋭部隊に組み込まれたため、文字通り朝から晩まで、現場作業。
 帰宅後、資格試験の勉強を・・・と思っても、もう身体が疲れて寝てしまう日々。
 ネットでの山の情報チェックなんぞ問題外。
 睡眠時間の確保が優先。

8月某日
 所属部署の最年長の親方Hさんが出張のため、「朝の一言」を代理で頼まれる。
 「朝の一言」とは、勤務先の朝礼での短時間のスピーチ。
 本来は私のようなヒラ社員でなくて中間管理職が話すのだが、Hさんの頼み(命令ともいう)では逆らえない。
 前夜までテーマを考えたあげく、日帰り登山用に購入したペツルのイーライトについて話す。
 
8月某日
 雨。
 雨。
 冷たい雨。
 雨の中、なんのかわりもなく、濡れながら現場作業。
 ちょっと作業に必要なため、私が一人ダンプを駆って工場へ。
 カーラジオから流れていたのは、

ナット・キング・コールの『慕情』。
 慕情を聞き終わり、ダンプで目的地に着き、再び雨の中、現場作業へ。

8月某日
 いいかげん疲れてきた。
 作業中に少し眠気がして、身の危険を感じる。
 作業終了、帰宅途中に薬局に行き、ちょっと高めのユンケルを買う。
 ・・・やはりユンケルは効く。

8月某日
 作業現場を移動、本日は河川敷にてお仕事。
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名前は知らないが、大型の黒いイトトンボが2匹、周りを飛び回っている。
見ていると、地面に留まった時、ゆっくりとクジャクのように4枚の羽を開く動作が優美だ。

まだ仕事には暑いけれど、空の雲は秋に近づいている。

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HANWAGの太っ腹

H1
 2011年8月、靴メーカーとして知られるHANWAG(ドイツ)が会社創立90周年を記念して、DAV(ドイツ山岳会)と共同で、ドイツ最高峰ツークシュピッツェの長大な稜線に避難小屋を設置した模様です。

 ハンワグのウェブサイト調べりゃ詳細わかるんですが、私め、生活がバタバタしてそんな余裕ありません(^-^;
 東欧の某クライミングサイトからの記事から転載。

H2
設置はヘリコプターであっさりと。

H3
現役土木作業員の私としては胸ワクワクするのがこの画像。
いや~、どうやって「水平とる」(土木業界で、設置物を水平に置くこと)のか興味しんしんです。

H4
 普段、ユニッククレーンでモノ吊って水平とってる身としては、ヘリのホバリングの真下で山小屋の水平とるなんて・・・
 そんなダイナミックな仕事してみたい・・・
 って、作業現場のプレハブ小屋の設置は、リース屋さんにおまかせしている私です。ははははは。

H5
設置完了、ドイツ版『イナバの物置』風画像。
ちなみに小屋のスペックは、長さ6m、幅2.5m、耐荷重2t、収容人数12人だそうです。

小屋の内部はこちら↓
H6
マットもハンワグ仕様。カラーリングは夢の中に出てきそうな赤色で統一。

 こんな小屋が日本にあれば・・・などと比較山岳文化論をぶつ気力は今無いんですが、靴メーカーがこのように社会貢献していることと、小屋設置という現場作業に興味ひかれるニュースでちた。

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盛夏が過ぎ、

盆休みも今日で終わり。
山行はパス、一日家にこもり、資格試験の勉強。
時折、山の資料の入力作業。

朝、息子(幼稚園年長)にたずねる。

私「どっかにでかけたいか?おともだちと遊ぶか?」

息子「おともだちと遊ぶっ!」(椿三十郎の居合斬りより速い即答。)

こうして私は息子にフラれ、資格試験のテキストを読み続ける。

汗で湿った布団を干すため、布団を抱えてベランダに出る。

Pa0_0000
猛暑が続くとはいえ、夏の盛りも峠だろうか。
アブラゼミの死骸が転がっていた。

布団を物干し竿にかけ、ベランダから隣家に目をやる。
息子が隣家のお友達とサッカーボールを蹴り合っている。

子供には、もう子供だけの世界が確立されつつあるんだなぁ、と思う。

部屋に戻る。
読みかけの資格試験のテキスト。
入力途中のパソコン。

窓のカーテンが揺れ、生暖かい風が吹く。
明日からまた、現場作業の日々が再開です。

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盆休み、届いたプレゼント。

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盆休み。
毎年ブログで書いてますが、カミさん実家の墓参りのため、歌人・斎藤茂吉の生家である寺に墓参り。
本日も見事な積乱雲がもくもくです。

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若かりし頃遊んだ登山隊の記念グッズが自宅に届いていました。

 公募隊が賑わう現在のチベット登山と異なり、当時は北京・成都を経由して入山する「中国登山」。
 私にとっては王富州、屈銀華といった中国登山史を彩る方々と直接面会することができ、中国という国家を見つめる良い機会でありました。
 何より、池田常道という個人がリードする山岳メディアの価値観から抜け出し、自分自身の価値観を確立しなければならない、と考える出発点になった登山でした。

 ま、そんなカタい思い出は抜きにして、すてきなボトルをいただいた事に感謝。そして、山岳部内外の多くの方々にお世話になってこそ、今の自分があるのだな、と改めて思う一品でありました。

 夏山シーズンもそろそろ折り返し地点、気を付けて山に向かいたいと思います。

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月山とカネの、切っても切れない関係。

先日、月山山頂広場でメシ喰っていた時。

今風の『山ガール』な格好の女性二人組が歩いてきて、すれ違いざまにこんな会話が聞こえてきた。

『あ、あそこが500円かかる山頂ね。』

思うに、山頂神社の山門をくぐるだけで500円徴収されると勘違いしている方が多いようだ。
この500円には拝観料だけでなく祈祷料も含まれる。今年は月山卯歳御縁年という12年に一度の縁起の良い年のため、祈祷だけでなく『卯歳御縁年』と記された御守り、頂上神社の背景に鳥海山が写っている絵はがきがオマケにもらえるのだが。

参考記事:東北マウンテンガイドネットワークBlog: 今年は『月山卯年御縁年』です。

 なにより、頂上神社に足を踏み入れるのに金を徴収される、ということを快く思わない方が少なからずおられるようだ。(ガイドという立場から、月山を訪れるハイカーの皆様のブログやウェブサイトはよく閲覧し、月山に対してどんな感想を抱かれているのかマメにチェックしてます。)

 なにか山岳宗教というものにカネという世俗的な要素が絡むとガッカリする方が多いようだ。

 ではここで、はるか昔、江戸時代の月山登山にかかる費用をふりかえってみたい。

 江戸時代も後期の天明年間(1781年~1788年)における、肘折温泉からの月山参拝登山に要した費用を下記に記す。

 月山参拝費用(天明年間頃)
   
  3人分の寄進・入山料 金子一歩(一両の4分の1)
  先達(ガイド)大儀分  50文
  食事・薪 大儀分    25文
    以上は登山口の寺院(肘折口・阿吽院)に支払い

  肘折小屋宿泊代    23文
    以上は肘折集落にて支払い

  月山奉納料       82文
  月山山中での食事 80文
  月山山中の小屋宿泊 20文
    以上は月山山中にて支払い
  【出典:佐久間昇著『肘折温泉の歴史』、『大蔵村史』より】

  金額は併せて金子一歩(一両の4分の1)+280文。              

  天明年間というのは大飢饉があったりして物価が激しく変動した時代ですので、一慨には比較できないのですが、まああくまで目安ということで。
 
 天明年間、東海道の旅籠の一泊が150文前後という史料が残っていますので、それに比べれば随分安いものですが、今と違い当時の月山山中の宿泊施設といえば簡易な掘っ立て小屋に近いでしょうから、こんなものでしょう。
 また月山に登拝する信者はお賽銭をまきながら登ったということが言われていますので、実際にはもっと金額を要したのではないかと推測します。

 で、当時・江戸後期、長屋に住んでいるような一般庶民は一両で家族3人(夫・妻・子)がぎりぎり暮らせる金額と言われています。
 3人分とはいえ、一年の生活費の4分の1を要する「登山」を庶民に実行するに至らしめるのは、やはり当時の「お伊勢参り」のような一大宗教行事という精神的背景があったからではないかと思います。

 今現在においても、山岳信仰で遠方から月山にいらっしゃる方々の団体を『講』と呼びますが、「お伊勢参り」のそれと同様、「講」として集団を募って登拝することには、金銭的な相互扶助という側面があったはずです。

Money_love
 かように、200年以上も昔から、月山登山にはカネがかかったわけですな。

 アルピニズム・近代登山などとゆー概念が発達する以前から、月山は神々に対する信仰の山として存在し、そこに参拝するためには山麓・山中で お 金 が 必 要 だ っ た ん で す
 
 とゆうわけで歴史上は新参者の「登山」とかいうレジャー、スポーツに興じている皆様、どうぞご安心して伝統にのっとってお金を支払っておくんなまし。

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12.4℃の夏。

8月12日、鳥海山・祓川(はらいがわ)ルートを往復。
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登山口にある竜ヶ原湿原にて。
波打つ湿原の草、積乱雲、そして青空。
日本の由緒正しい夏山の風景です。

 登山ルートに優劣などつけられないが、山形側の鉾立、湯の台コースに比べ、祓川ルートの魅力はその変化に富んだ風景にある。

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 豊富な残雪、行く手をさえぎる上り坂。
 その登りを越えると、平坦な湿原がひろがる。
 次の登り坂を越えると、水流がえぐった沢、七ツ釜の光景。
 次の登り坂を越えると・・・・

 行く手をはばむ登り坂を越えると、変化に富んだ光景が楽しませてくれるのだ。
 それはもう、「祓川劇場」と呼ぶにふさわしい。

 天候は断続的な激しい雨と風。
 ときおり、強い風がガスを吹き飛ばし、
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 一瞬だけ、頂上が顔をのぞかせる。
 雨の日にしか見られない、雨の日だからこそ印象に残る風景もあるのだ。

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登山ルート全般にわたって、ちょうどアオノツガザクラが満開。岩を覆うかのように咲き誇っている。

 強風と時折降り注ぐ大粒の雨に耐えながら、七高山に登頂。悪天のため新山はパス。
 デジタル温度計で測定すると、気温は12.4℃。
 東北の山では、真夏でも火器、フリースは必携だ。
 七高山でツェルトを被って行動食を口にする。
 すぐ下山。

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 頂上付近はたくさんのホツヅジが花開いていた。
 可愛らしい花ながら、蜜は有毒。
 山形の女性みたいですね( ̄ー ̄)ニヤリ

 往路を下山。
 いわゆるピストン登山を嫌う人がいるが、私は好きだ。
 登りでは気が付かなかった光景に出会えるからだ。
 祓川ルートの下山の際は、山麓の風景、そして登ってきたルート途上の池塘を眺めることができ、雄大な鳥海山の山体が実感できる。

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竜ヶ原湿原で登山者を出迎えてくれるタチギボウシ。

 アプローチの容易さ、高山植物や鳥海湖などの見所があることから鉾立方面からの登山者が多い鳥海山。
 一度登られた方にも、祓川ルートはその変化に富んだ地形・風景から、強くお勧めできるルートです。

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山岳ガイドのワンポイントアドバイス

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8月12日現在、祓川ルートにはまだ雪渓が残っています。
雪渓の縁は薄くなっていますので、安易に近づかないこと。
コースを示すペンキ・印によく注意のこと。

本日8月12日の12時、頂上で気温は12.4℃、同時刻の由利本荘市の気温は28℃。
山での熱中症がクローズアップされていますが、悪天時は低温に注意が必要です。
雨具・ツェルトはもちろん、防寒着も必携です。

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おまけ

立ち寄り湯は、最寄りの「鳥海荘」。
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日帰り入浴350円。
ぬるぬるする塩化物泉であったまりそう。
サウナがあるのがいいですね。室内灯は故障、壁の一分計も故障というあまりやる気のみえないサウナでしたが。
プロのアメフト選手が試合後のケアでやっていると聞いて、サウナ→冷水浴を繰り返すのが筆者の好みである。

で、この鳥海荘入り口のロビーのパネルには、
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「小松由佳さん来荘!」というわけで、記念写真と講演会の資料のコピーが展示してあります。
同じく展示してある映画「釣りキチ三平」の香椎由宇の写真パネルなみの取り扱い。
東京モンは知らないでしょうが、自治体の環境問題PRのため、秋田県内限定でTVCMにも出演していた小松女史は秋田のヒロインですな。

お腹が空いたので、帰りは産直でいなり寿司を買って喰う。
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いなり寿司も「秋田風」。

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MOVE

夏。

長~い休みの、学生さんも。
必死で短い休暇を確保した、OLさんも。
ようやく遠出できる、山屋さんも。
盆休みドタキャンで仕事している、会社員の皆様にも。

この動画をプ・レ・ゼ・ン・トheart

MOVE from Rick Mereki on Vimeo.


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キム・ジャインを破った少女、サ・ソル

 今月の韓国の月刊「山」にキム・ジャインちゃんの記事だっ!

 去る7月13日、フランス・シャモニで開催されたクライミングW杯。
 そこで優勝したキム・ジャインちゃんマンセーの記事。
 
 『やはりキム・ジャインだった。』

 という書き出しで始まる記事は、もうキム・ジャインちゃんヨイショ記事全開なのだが、その記事の片隅に、こんな記載がある。

 『韓国から出場した女性選手中、サ・ソルは20位、ハン・スランは31位に終わった。』

 キム・ジャイン時代到来を高らかに叫ぶ月刊『山』誌だが、それは裏を返せばキム・ジャインに続くクライマーがなかなか出現しないこと、韓国の女子選手層の薄さを如実に物語っていることの現れでもあろう。
 当ブログでは、「ポスト=キム・ジャイン」として頭角を現しているハン・スランを取り上げた。
 偶然にも、私が韓国でお世話になっている岳人とハン・スランの父親がお知り合いということもあり、韓国の若手クライマーの事情も少し伺えたのでしたが・・・

 参考記事:ポスト=キム・ジャイン、ハン・スラン

 イタリア・アルコの予選では小林由佳さんと並んだハン・スラン嬢も、シャモニのW杯では残念な結果だったようです。
 そのハン・スランが意識するクライマーとして名を挙げたのが、サ・ソル。
 彼女についての詳細はなかなか韓国の山岳メディアで明らかにされていませんでしたが、去る7月の月刊『山』誌で期待の星として取り上げられました。

月刊『山』2011年7月号 [話題人物]少女クライマー サ・ソル 

以下記事引用開始
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[話題人物]少女クライマー サ・ソル 

2011062901311_0 世界最高のスポーツクライマーを夢見るサ・ソル

 去る2月末、ソウル三成洞(サムソンドン)KOEXで開かれた第17回ノースフェイスカップ スポーツクライミング大会は、将来が期待される少女クライマーの誕生を告げる大会だった。
 高校2年への進学を目前にしたサ・ソル(17・ヌウォン高校・ノースフェイス)はスポーツクライミング女性ワールド チャンプのキム・ジャイン(23・高麗大・ノースフェイス)を抑え、波乱を起こした。 サ・ソルは、ボルダリング競技においてキム・ジャインに比べトライ数が少なく優勝した。

 サ・ソルは既に未完の大器に選ばれてきた。
 2005年、小学5年の時にスポーツクライミングを始めたサ・ソルは、その年の秋に開かれた第14回大韓山岳連盟会長杯大会・初等部リード部門と速度部門を席巻し‘神童’に浮び上がった。 3年後の2008年、全国体育大会で女子中学部リード部門1位となったのに続き、昨年の全国体育大会では女子高校生リード部門と速度部門を席巻し、ジュニア チャンピオンとなった。

「控室に座っていて、私が優勝したという声が聞こえてきました。その瞬間はぼんやりしていました。トライ数で1位となったのは格別の興味は無かったです。 素直に優勝を夢見ていなかったといえば嘘になりますが、ジャイン姉さんを抑えて優勝とは思いもしませんでした。姉さんは名実共にワールド・ベストクライマーじゃないですか。」

Sa
第17回ノースフェイスカップ クライミングコンペ表彰式の模様
キム・ジャインを抑えて表彰台に立つサ・ソル

 サ・ソルは、国際大会として開催されたノースフェイス大会で優勝した。 しかし多くの人々の期待とは裏腹に、以後の海外で開催された国際大会では、これといった成績を出すことができなかった。
 第31回全国スポーツクライミング選手権大会で一般部に出場し、リード部門3位・ボルダリング2位、第2回ゴ・ミスン杯全国青少年スポーツクライミング選手権大会ではリード部門で優勝したが、イタリア・ミラノで開かれたIFSCクライミング ワールドカップ(ユースB・ボルダリング)で31位の低調な成績に終わり、続いてカナダ・キャンモアと米国・ベイルで一ヶ月間隔で開かれたIFSCクライミング ワールドカップ(ユースB・ボルダリング)でそれぞれ15位と20位に終わった。

 だが、サ・ソルはこれに落胆しなかった。 来る7月に開かれるIFSCクライミング リード ワールドカップを控えて猛訓練中だ。 今回は決選進出が目標だ。

 小学6年の時に、関節炎を押し切って訓練を強行

 「ソルと一緒にロープを結ぶ機会はあまりないです。私より忙しいですね。」
6月中旬、初夏の蒸し暑い天気はクライマー少女にも手に負えなかった。静かなクライミングを楽しむクライマー達に知られた森の中の岩場、南漢山城(ナムハンサンソン)は車から降りて10分程の距離しかない。 しかしソルは寂しい山道を歩く間「大変です~」と何度も声にした。
 聞けば、今週は月曜から水曜の今日まで三日間ずっと一日5時間を超えるクライミングを続け疲れていたのだ。
 母親のパク・チョンア(46・清州(チョンジュ)クライミングクラブ)さんは「何が大変なのか」と言いつつも娘を心配そうな表情で眺めていた。

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▲南漢山城(ナムハンサンソン)虎洞窟の『-5.10』を登るサ・ソル。 ソルは「外岩はあまり慣れていない」と言いつつも、終始余裕があふれる洗練されたスタイルで登った。

 パク・チョンアは娘と同じ時期にスポーツクライミングを始めた。副士官として空軍に服務中である父親サ・ヘギ(44)氏は、部隊内で軍人がスポーツクライミングをしている光景を目にして、健康に良いと考え、家族皆に薦めた。 2005年春、ソルが小学校5学年の時であった。
「清州(チョンジュ)市内のクライミングジムに家族会員第一号として入会しました。 ソルは初めから上手かったです。 大会に出場さえすれば上位入賞しました。 娘が自慢ですかって?参加選手が何人もいなかったんですよ」

 何人もいないどころではなかった。 全国大会の場合、初等部は少なくとも20人以上の選手が参加して、ソルは難易度、速度、ボルダリング競技で全て2位に入賞したりした。 優勝ではないとしても、入門直後におさめた成績としては凄い結果である。
 小学6年の時、指の負傷でしばらく休まなければならなかった。

「スポーツクライミングをすることで、普段使わない筋肉を無理に使っていたことで問題が生じました。ホールドを捉える時に最も力を多く使う右手中指が関節炎にかかったんです。 お医者さんはしばらく休むと良くなるといいました。 ところが我慢できないんですね。 こっそり壁に取り付いてました。」

2011062901311_2 ▲ 2009年秋、纛島(トゥクソム)人工壁で開催された第14回ノースフェイスカップ スポーツクライミング大会で登攀中のサ・ソル。

 岩場の取り付きに到着、母親と共にハーネスを着けたソルは、「大丈夫と思って、ずっと人工壁にぶらさがったんですが、痛みがひどすぎてしばらく運動できませんでした」と笑う。
 そのように運動に専念したところ、技量は急速に向上、小学校6学年の時に一般部の大会に参加して9位に入賞、中学校に進学するとより一層速いスピードで成長した。 日進月歩だった。 そのような娘の姿に、母親は母親の決定を下さなければならなかった。

「ソルは人工壁に登ることばかり好みました。 それで中学校に進学する時、たずねましたよ。 勉強と運動、どちらが良いかと。ソルは運動を選びました。 悩んだ末、子供が好きな方を選択するのが良いと考えました。 事実、私も学生の時は勉強は好きじゃなかったんですよ。とにかく、好きではないことを強要したくはありません。 意欲があるから上手くなるのだと信じています。」

 母親はサ・ソルが中学校に進学すると同時に室内人工壁を作った。 現在の会員制で管理されているタオルムクライミングクラブがサ・ソルの将来のため、母親とパク・チョンア氏が作った作品だ。 80坪の面積に人工壁を整備したもので、規模は途方もないものである。そのように大きい壁を作っても、パク・チョンア氏は中学校3年が終わる頃、ソルをソウルに転校させた。 大きくなろうとするなら大海に進まなければならない、という考えのためだった。

「室内ジムはソルがソウルの有名な病院で関節炎が完治したことを記念して作りました。常識も知らずに(身体の)故障を起こしたのですが、それでもソルが熱心に運動している姿を見れば満たされました。 この前、小学校3年の末っ子娘が熱心に訓練したおかげで、今年初めて出場したコンペで良い成績を上げました。 八公山(パルゴンサン)大会で9位、ゴ・ミスン杯で7位入賞しました。 遊ぶのに忙しくて、熱中することはできないようですが。私も少しはクライミングをします。 およそ5.10? 違います、5.9が私の実力でしょう。 ソルと同じように、外岩は苦手です。 それでも八公山(パルゴンサン)大会の壮年部を2連覇しました。 見くびられないように、ですね。」

 ソルはソウルに転校する前の2008年初め、ノースフェイス・クライミングチームに抜擢された。 神童と呼ばれるほどにクライミング大会で頭角を現わしたが、当時は体格が小さかった。 それでもノースフェイス・ クライミングチーム監督のイ・ジェヨン氏は身長168cmに腕と脚が長い母親の体形を見て、ソルの将来を信じた。 ワールド チャンプ、 キム・ジャインのクライミングの技量を受け継いだならば、より一層良い結果が出ることができるだろうという期待のためだ。

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▲ 1 まもなくコンペが始まるかのように、母娘は真剣な表情でハーネスを着ける。 2 「ママ、ホールド見えないよ」、「よく探してごらん、右腕を伸ばせばホールドが掴めるよ。」

「大変な時に誰かが応援してくれれば、また力がほとばしります」
 ソルは現在、所属会社が提供した城北区(ソンブクク)、月谷洞(ウォルトクトン)のアパートで世界のアイスクライミングコンペで頭角を現わしている女性クライマー、シン・ウンソンと共に住んでいる。 すでに2年目だ。
 ソルの一日はタイトなスケジュールだ。 明け方5時30分に起床、朝食をとり、カバンを持って電車を二回乗り換え、道峰洞(トボンドン)のヌウォン高等学校に登校、授業を受ける。

 本当のスケジュールは午後4時30分の放課後からだ。トレーニング場を午後5時に訪れた後、夜10時半や11時まで5,6時間の猛訓練だ。 指から力が抜けて、これ以上ホールドを捉えることができない時までだ。ソルにとっては、トレーニングはあまりに荷が重かった。 しかしある瞬間、達成感が感じられて、今は楽しくこなしている。

「初めは力んでいるだけで、つまらなかったです。指がブルブル震えるときは死にそうでした。 ところが、ある瞬間、不足していたものが満たされているような気がしました。少しずつ良くなっていると考えると満足してきました。 毎日毎日、より一層楽しくなってます。」

 ソルだけが大変なのではない。 いつも笑っているが、母親も容易な道を歩んでいるわけではない。ソルが小学校5年の時、家族会員第一号としてクライミングジムに登録したが、母親はジャズダンスにすっかりはまっていたため、その年1年は一回程度の参加だった。
 ソルが小学6年の時から変わった。ソルが参加するコンペはどこで開かれようが、一緒に参加した。 そうするうちに、子供がスポーツクライミングで大成するなら、正しく作られた訓練場が不可欠だという考えで作ったのが、清州(チョンジュ)クライミングクラブだ。
 ソルがソウルでの生活を始めてからは、さらに忙しくなった。まず1週間に一回ずつ食事を作って清州(チョンジュ)の家からソウルの月谷洞(ウォルトクトン)に‘配達’するのだ。
 それでも母親は、日々成長していく娘の姿を見ると満足だと話す。

2011062901311_4 ▲ソルはクライミングのために、足指が折りたたまれる程にタイトなクライミングシューズを履いている。 ‘常に最善を尽くそう!’ソルはスポーツクライミングで世界制覇をするために、今日も猛訓練だ。

「朝はママが作ってくれたおかずとご飯で、お昼は学校給食で済ませています。 夕方はおやつで終わりです。 バナナ、鳥のささみ、ソーセージなどですね。 私は好き嫌いがないので、なんでも食べますね。」

 ソルは一時期、太ったらどうしようか気を遣っていたが、この頃は気楽だと考える。 「食べてこそ力を使える」という平凡な真理を悟った。 それでも一つ、気を付けているものがある。
「大好物のアイスクリームはずっと我慢して、コンペが終わったら食べます。 アイスクリーム パーティーをやりますよ。」

 ソルは学校の成績は中位。「友達は勉強ができる子より私を羨みます」と話す。 「トレーニングの時は本当に大変です。 それでも、そばで誰か応援してくれれば力が沸きます。 友人が連続して優勝したら肉を買うと言ってます。 今年は友達らと肉を必ず食べるでしょ(笑い)。」

 クライミングルートは難易度5.11d級の『-5.10』。ソルは岩を掴むやいなや「今日はこのルートを登るほど力がない」とおおげさな態度を示した。 指がパンプするのか、いくつか仕草をして指をほぐした。 ソルが苦しがるとすぐに笑顔で見守っていた母親の表情も固まった。 ソルと母親は外岩は苦手だ。主に人工壁でトレーニングしているためだ。

 ソルは2008年10月、第7回アジア ユース チャンピオンシップ ユースB部門で優勝して、翌年2009年には世界大会に初めて参加した。 フランスで開催された世界青少年スポーツクライミング大会であった。 70人を越える選手たちと競った。 結果は準決勝で脱落した。

「どんなに緊張をしたのか、手と足がガタガタ震えました。 それでもクライミングを始めれば、たいてい平常心を取り戻すのにそれができませんでした。緊張の中でクライミングしていると何の声も聞こえなかったです。 その時悟ったのは、何より、競技を楽しむことができなければならないという事実でした。」

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▲「無理はしないこと。あなたが大きくなることもいいけれど、なにより楽しくクライミングするのがママがさらに望むことだよ。」

 次の大会から、ソルは違う姿を見せてくれた。 同年7月、カザフスタン、アルマトイで開かれたAFSCアジア ユース チャンピオンシップ ユースB(15~16才)リード部門で優勝、昨年の秋にイギリス・エジンバラで開催された青少年スポーツクライミング大会(ユースA・16~17才)では4位に入賞した。 ユース部やジュニア部(18~19才)参加選手たちの水準は、成人のワールドカップ大会の参加者に劣らないとも言われている決選ルートの難易度は5.13aクラスに相当する。

 ソルが今年参加した3回の国際大会では、これという成績を納められなかったが、それでも期待する人は多い。  毎日毎日変わる姿を見せるところに、ソルは目標に向かって邁進しているためだ。ソルと同じノースフェイス クライミングチーム所属のキム・ジャインをモデルとみなして運動をしている。共に過ごす時間は多くはないが、コンペの時でも多くのことを学ぼうと努力するという。

「はっきりいって私は適当な性格です。 ところが(ジャイン)姉さんはすべての面で凄いです。 朝起きればストレッチをしています。 ストレッチで一日が始まるんですよ。 大会で外国選手たちを見れば、話しかけるのもとまどう程にクライミングに集中します。 私もさらに熱心にクライミングをするつもりです。 力と技量も、集中力も養うつもりです。外国選手たちと話もできるように、時々英語も勉強もしてますよ。 夢ですか? 当然、最高のクライマーになります。 この前から走っています。 持久力を養うためです。一位になろうとすれば、しなければならないことが本当に多いんです。」

 ソルのウェブサイトには、次のような文が6月5日付の日記に記されている。 ワールドカップ大会を控えた少女スポーツクライマーの自省と覚悟だ。

 『IFSC Climbing worldcup (B) -Canmore 15位 IFSC Climbing worldcup (B) -Vail 20位、不足した私の実力がこのように現れた。 もう7月にあるリード ワールドカップにむけて準備しよう』

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以上引用おわり

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ククチカ、メスナー、二人の「博物館」。

夏休み。
昆虫好きの息子(幼稚園年長)を連れて山形県立博物館を訪れる。
ちょうど山形県鶴岡市にある「アマゾン記念館」の協力で世界の昆虫展をやっていた。

虫好きの息子から質問攻めに遭う。
「世界でいちばんおおきな蝶はっ?」
「世界でいちばんおおきなバッタはっ?」
「世界でいちばんおおきなカブトムシはっ?」

そこは世界の昆虫展と題した展示会だけあって、世界一大きな虫の標本はばっちりそろっていた。

「ほらほら、これだよ」
と、ドヤ顔で息子に標本を見せる私。

そして息子の決定的質問。

「生きてる虫はいないの?」

そう、息子はピンに串刺しにされた虫よりも、生きている虫が見たかったのでした。
とほほ。

さて、ポーランドのクライミングサイトをチェックしていると、偉大なクライマーの名前がタイトルに出ていました。

Izba Pamięci Jerzego Kukuczki
(イェジ・ククチカ記念館)

 ポーランド南部、チェコ、スロバキア両国国境にほど近い田舎町Istebnaにあるククチカの実家に、イェジ・ククチカ記念館はあります。
 ククチカの未亡人セレニ・ククチカ(Celiny Kukuczki)と、ご家族が運営している小さな記念館です。
 偉大な高所クライマーの記念館は、このような慎ましやかなものでした↓
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 その素晴らしいクライミングを讃え、オリンピック委員会から授与された銀メダル。
 ククチカの成し遂げたクライミングの数々。
 日本に紹介されているのはヒマラヤのめぼしい成果だけとはいえ、当時から商業主義にまみれた五輪のメダルよりもククチカのクライミングは輝かしいものだと思うのは、私だけではありますまい。

 引用記事の筆者Jerzy Porębskiは、未亡人Celiny Kukuczkiに招かれ、その記念館を訪れた感想として、世界的な伝説のクライマーの記念館としてはミスマッチともいえるささやかなものであること、海外の人々にも訪れてほしいこと等を述べています。

 そして一方。
 最近、映画「運命の山」が公開されたからでしょうか。
 今更ながら「ラインホルト・メスナー」の名前がネット上を跋扈してますが、そのメスナー爺さん、「メスナー山岳博物館」を創設してたんですね。

"Mein 15. Achttausender": Reinhold Messner und das Messner Mountain Museum by Bergleben.de2011.8.3

 こちらはメスナー個人の記念館という性格ではなく、山岳文化全般を取り扱った博物館のようです。まあメスナー爺さん個人の経験に加え財力・人脈にモノをいわせたんでしょうな。展示品も充実しているようです。

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メスナー山岳博物館・展示品の一部

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メスナー山岳博物館・展示品の・・・なぜに大仏と狛犬が????

 「前人未踏」「極限」という言葉がふさわしい二人、その彼らの「博物館」はそれぞれ非常に対照的であります。

 山屋として彼らの業績を称えようとするならば、まずは彼らの業績を記憶し、語り継ぐことでしょう。
 どっかの似非クライマーや某軽薄山岳雑誌の編集者のように、ろくに先人の記録すら学ぼうともしないのは、論外です。

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真夏の果実

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 一週間前から天気図をにらみ、当日は太平洋側の熱帯低気圧、そして日本海西側の停滞前線の末端の影響で、登山当日は月山も雲の多い天候不順を予想。
 実際には、雲が多いものの日差しもあり、ときおり涼しい風が吹く、登山には最適の日となった。
 児童29名、先生方・ボランティアスタッフ14名を引率して姥沢から月山を往復。

 ほんの数メートルだが、姥ヶ岳~牛首の稜線に残っていた残雪に子供達は大喜び。
 安全対策もさることながら、8月に雪に触れさせたい。そんな事を考えていた。

 震災の影響で宮城県の花山自然の家が使用不能となっているためだろうか、今年は宮城県から参加の児童も多かった。
 何度も何度も繰り返しメディアで報じられる震災の悲惨な映像。
 震災が「人間の驕りへの自然の仕返し」だと戯言を吐く評論家たち。

 そんな今だからこそ、登山を通じて子供達に自然に触れてほしい。
 恐ろしいだけではなく、美しい、人間に水と緑という恩恵を与えてくれる自然に。
 
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 月山登山の日の朝は、毎年定番のハンバーガー。

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 「キュウリはどんな風に切ればいいのかな?」
 「パンにはさめるように切らなくちゃだめだよ」
 と、ハンバーガーにはさむキュウリ切るのもワイワイにぎやか。

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 月山登山を終え、リフト下駅に到着して子供達がとびつくのは冷たい雪解水を導水した水飲み場。
 「水って美味しいんだね」
 子供達のそんな声を聞くとき、山に連れて行って良かったと思うとき。

 月山から下山後、携帯のメールで会社の部長に下山報告。
 なんといっても、本日の山行は会社の業務扱い。
 カミさんより先に部長に連絡。
 山から下りたことを会社に報告というのも、リストラ寸前不良社員の私にとっては何とも奇異な感覚である。

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 月山登山の間、キャンプ場で豚汁を仕込んでくださった山形県朝日少年自然の家職員の皆様。
 大鍋一杯の豚汁も、お腹を空かせた子供達の食欲で空となる。

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 夜、ボンファイヤーにてスイカ割り。
 月山登山を無事終えた子供達は緊張から解放されたのか、かなり気分が高揚し、明日の活動が心配になる程のハイ状態。スイカ割りもかなりの盛り上がり。
 上手く割れたスイカを、包丁で人数分切るのは養護教員のT先生と私の役割。

 ボンファイヤーの間、T先生、そして今回のチャレンジキャンプの責任者であるN先生とともに、夜空を眺めていた。月山・志津のキャンプ場は標高が高く、街から離れていることもあり、空気が澄み、星空が美しい。天の川までうっすらと見える星空だ。
 人工衛星の光りが音も無く視界を移動していく。

 思えば、月山でも、冬の北アルプスでも、冬の日高や知床でも、地球で一番高いところでも、インドシナ半島の片隅でも、美しい光景を一人だけで眺め続けてきた。
 (残念ながらウチのカミさんとは価値観が違うので、自然の中で美しい光景を共有したことはない。)
 そろそろ娘や息子、多くの子供達に、私が見続けてきた美しい光景を見せてあげたい。
 そんなことを考えるのも、私が歳を取ってしまったせいだろうか。

 ボンファイヤーの子供達が星空観察のため、別のテントサイトに移動したのを機に高橋所長とN先生に挨拶、T先生とともにキャンプ場を去る。
 深夜の国道を、張學友の『毎天愛你多一些』を聴きながら帰宅。

 翌日。
 私はいつものように、現場作業員に戻る。
 さらに蒸す殺人的な暑さの中、私達作業員の間でもハードなため嫌がられている鉄骨解体作業に従事。
 あまりの暑さに皆短気になり、親方のHさんの罵声・怒声も飛び交う。
 私は地味な土工作業。乾燥して硬くなった泥をスコップで掘り出す。
 一日がおわり、エアコンを全開にしたダンプに乗り込み、会社に戻る。
 信号待ちで少し気分が落ち着いた頃、
 「ああ、ちょっとホームシック気味のあの子、なにしてるだろう」
 そんなことを思うのだった。

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プーチンがぁぁぁ!!!

当ブログでは山に登る「悪名高い」有名人として

金正日とか、

ナチ・ドイツのゲーリングとか、

画像拾ってきたわけですが、今回はあのロシアのプーチンがぁぁぁ!!!

Pu1
 ワイシャツ姿で人工壁をロープ無しで!
 柔道だけがとりえじゃなかったのか!
 しかもよく見りゃシューズは革靴で正対で登ってるぞな。

 某ロシアのクライミングサイトでは

 『フォールすりゃかっこいいのに』
 とか
 『ブッシュ(米・元大統領)はエルキャプをフリーソロしなくちゃ』
 とかお気楽コメントの嵐。

 で、よくよく某ロシアサイトをたどると・・・・


Pu2
え?
何?
合成なの、この人工壁のクライミング画像?
露助に一杯喰わされたぜ~

 私自身はそのダークな面はさておき、プーチンの政治家としての手腕は高く評価しつつ非常に興味のある人物なので、しつこく検索してみると、ありましたよ、証拠動画が。
 動画開始14秒から、プーチンが実際に人工壁にトライした場面になります。

 実際は一手、二手登ったあたりで取り巻き連中に「まあまあその辺で・・・」と下ろされてますな(笑)
 あー、プーチンってクライミング下手そうだから親しみ沸くなぁ(笑×2)

 いかにも人工壁スイスイと登っていたような画像が、その背景に存在するのが熱烈な支持者個人なのか組織的なものなのかは不明ですが、わざわざ合成してまで造られるというところに、プーチンの政治手法の一端が垣間見えるような気がします。

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ハーネス一体型ザック。

ツアー引率中、雨が降ってくる。
クライアントのおばさま方のザックカバーの出し方が速いこと。

あ、ザックにカバーが内蔵されてるのね・・・

そんな感じで、ハーネス一体型のザックが登場。
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Safetypackというメーカーの27.0BAGという味気ない名前のザックです。

ちなみに使い方を動画でご覧あれ↓

重量は1.28kg。
てっきり氷河登高の多いアルプスのガイド向け商品かと思ったら、ビア・フェラータ用でした。
でもフェラータ用と決めつけてしまうにはもったいないアイデア商品ですね。

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