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月山とカネの、切っても切れない関係。

先日、月山山頂広場でメシ喰っていた時。

今風の『山ガール』な格好の女性二人組が歩いてきて、すれ違いざまにこんな会話が聞こえてきた。

『あ、あそこが500円かかる山頂ね。』

思うに、山頂神社の山門をくぐるだけで500円徴収されると勘違いしている方が多いようだ。
この500円には拝観料だけでなく祈祷料も含まれる。今年は月山卯歳御縁年という12年に一度の縁起の良い年のため、祈祷だけでなく『卯歳御縁年』と記された御守り、頂上神社の背景に鳥海山が写っている絵はがきがオマケにもらえるのだが。

参考記事:東北マウンテンガイドネットワークBlog: 今年は『月山卯年御縁年』です。

 なにより、頂上神社に足を踏み入れるのに金を徴収される、ということを快く思わない方が少なからずおられるようだ。(ガイドという立場から、月山を訪れるハイカーの皆様のブログやウェブサイトはよく閲覧し、月山に対してどんな感想を抱かれているのかマメにチェックしてます。)

 なにか山岳宗教というものにカネという世俗的な要素が絡むとガッカリする方が多いようだ。

 ではここで、はるか昔、江戸時代の月山登山にかかる費用をふりかえってみたい。

 江戸時代も後期の天明年間(1781年~1788年)における、肘折温泉からの月山参拝登山に要した費用を下記に記す。

 月山参拝費用(天明年間頃)
   
  3人分の寄進・入山料 金子一歩(一両の4分の1)
  先達(ガイド)大儀分  50文
  食事・薪 大儀分    25文
    以上は登山口の寺院(肘折口・阿吽院)に支払い

  肘折小屋宿泊代    23文
    以上は肘折集落にて支払い

  月山奉納料       82文
  月山山中での食事 80文
  月山山中の小屋宿泊 20文
    以上は月山山中にて支払い
  【出典:佐久間昇著『肘折温泉の歴史』、『大蔵村史』より】

  金額は併せて金子一歩(一両の4分の1)+280文。              

  天明年間というのは大飢饉があったりして物価が激しく変動した時代ですので、一慨には比較できないのですが、まああくまで目安ということで。
 
 天明年間、東海道の旅籠の一泊が150文前後という史料が残っていますので、それに比べれば随分安いものですが、今と違い当時の月山山中の宿泊施設といえば簡易な掘っ立て小屋に近いでしょうから、こんなものでしょう。
 また月山に登拝する信者はお賽銭をまきながら登ったということが言われていますので、実際にはもっと金額を要したのではないかと推測します。

 で、当時・江戸後期、長屋に住んでいるような一般庶民は一両で家族3人(夫・妻・子)がぎりぎり暮らせる金額と言われています。
 3人分とはいえ、一年の生活費の4分の1を要する「登山」を庶民に実行するに至らしめるのは、やはり当時の「お伊勢参り」のような一大宗教行事という精神的背景があったからではないかと思います。

 今現在においても、山岳信仰で遠方から月山にいらっしゃる方々の団体を『講』と呼びますが、「お伊勢参り」のそれと同様、「講」として集団を募って登拝することには、金銭的な相互扶助という側面があったはずです。

Money_love
 かように、200年以上も昔から、月山登山にはカネがかかったわけですな。

 アルピニズム・近代登山などとゆー概念が発達する以前から、月山は神々に対する信仰の山として存在し、そこに参拝するためには山麓・山中で お 金 が 必 要 だ っ た ん で す
 
 とゆうわけで歴史上は新参者の「登山」とかいうレジャー、スポーツに興じている皆様、どうぞご安心して伝統にのっとってお金を支払っておくんなまし。

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