« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

『クライミングギア』 salus

 いつも使えねえ試作品アウトドアギアばかり紹介しやがって、と当ブログをご覧いただいているアルパインクライマーの皆様、こんにちわ。
 本日「も」
Taka
すばらしい製品をご用意いたしました。(ジャパネットたかた風)

S3
Salus

 Salusとは、クライマー同士用のコミュニケーションツールです。
 マルチピッチ、アルパインクライミングにおいて、「ビレイ解除~」とか、「登りまーす」とか、コールしますよね。
 あの菊池ガメラ大先生も著書で『このコールというものはある意味クライミングで最も重要なものと言ってもよい』と述べられておられますです。はいはい。

 で、このSalusは
S4
 小型ボックスに赤、黄、緑、茶の4つのボタンが付いています。
 このボタンを押すと、相手のボックスのボタンが光るという仕組み。

S2

引用サイト salus mountain safety by malcolmrusselldesign.com

 このシンプルな4つの光の交信で、引用サイトによれば製作者は

「safe」(ビレイ解除)
「on belay」(ビレイOK)
「climb on」(登ります)
「acknowledgement」(了解)

の4種類を想定しているようです。もちろん、4種類という範囲の中で、クライマー同士で合図を任意に決めればいいでしょう。

 イギリスのDundee universityの学生がデザインしたもので、肝心の製品・販売化されてるかは不明ですが、秋葉原のパーツ屋で材料調達すればなんとかなりそうな・・・

 私がこのサイトを拝読して真っ先に思ったのは、ろうあ者のクライマー、クライミングには便利ではなかろうか、ということ。大昔、積雪期の北鎌尾根でろうあ者の方同士のパーティーと出会い、コールはどうされているんだろう、と印象に残っていたもので。
 デザインした本人の弁によれば、ハーネスに非常コールボタンがあったら・・・という発想から進展させたとのこと。
 でもクライミングギアの発展って、大手メーカーの新発売製品ばかりでなくて、こういった市井の人々(クライマー)のアイデアの積み重ねも大切なんじゃないかと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「私は現役のクライマーです」山野井泰史

山野井泰史氏が、今年のピオレドールアジア・生涯功労賞に決定の模様です。
(ちなみに前年は故・長谷川恒男氏)

月刊「人と山」2011年10月号
以下引用開始
--------------------------------------
1
垂直の単独行者、山野井泰史が来る
本誌主催「ピオレドールアジア」生涯功労賞受賞のため11月2日訪韓予定
記事 イム・ソングム記者

2
「人と山」資料室での山野井泰史

 垂直の単独行者山野井泰史が来る。
 本誌が主催するピオレドールアジアの生涯功労賞を受賞するためだ。
 11月2日に訪韓予定の彼については、説明の必要はない世界最高のソロクライマーだ。
 彼が成し遂げた成果は、87年ドリュ西壁フレンチダイレクト単独登攀、88年バフィン島トール西壁単独初登、90年フイッツロイ単独登攀、92年アマダブラム西壁新ルート単独開拓とチョーオユー南西壁単独初登、95年パキスタンレディースフィンガー南壁単独初登、98んクスムカングル東壁単独新ルート開拓、2000年k2南南東リブ無酸素単独初登、02年ギャチュンカン北壁初登、05年四川省ポタラ北壁単独初登、07年グリーンランドオルカ(1300mビッグウォール)初登など、一人が成し遂げたとは信じがたいほどである。

 これにも増して彼のクライミングをより一層光らせているのは、アマチュアイズムを徹底し、スポンサーと商業主義の甘い誘惑を振り払って純粋性を守ったという点である。遠征経費を用意するため、02年から約11年間、富士山頂上の気象観測所に生活成果必需品を荷揚げする仕事をしていたのが代表的な証である。これはマスメディアを通じてスターが作られ、多くの若い登山家が日の当たる所に集まる時流と比較しても、彼の独立独歩の性分が光っている。

3

 山野井は自身のクライミングに関しても厳格だ。
 リト・テハダ・フローレスの評論を引用するならば、「クライミングのルールを否定的に規制するほど、その目標は肯定的だ。」という意味の実践者が彼である。速攻・軽量の最先端の単独登攀を実践、生と死の中間地点すなわちグレーゾーンに立つことを躊躇しなかった。

 その彼がクライマーとして致命的な事故に遭ったのは2002年10月、ネパール・チベット国境のギャチュンカン北壁を妻・山野井妙子とともに北壁第2登を記録した後、下山中に雪崩に襲われた。この事故で彼は足指10本と手指8本を失う事となった。

 だが壁に向かう彼の行進は止まらなかった。2000年代半ば、彼は足りない指の力を情熱でカバーし、スークーニャン山群のポタラ峰単独登頂に成功した。そして07年にはグリーンランドのビッグウォールを妻とともに登った。
 以前のクライミングに比較して極限的なクライミングではなかったが、以前と違う彼には極限の壁だった。このように絶え間ない挑戦を通じて、登山の本質を呼び覚ました山野井泰史が訪韓を予定した。

 数年前、ピオレドールアジア委員会から審査委員長を引き受けてくれという要請に、「私はまだ現役のクライマーです。可能であれば、候補者としてピオレドールアジアに参加したい」とした彼が功労賞受賞を許諾したのだ。ピオレドールアジア委員会の「アジアの山岳文化発展」という純粋なモットーに差し出した手を、彼が捉えてくれたのだ。
 ピオレドール受賞ならばもう数十回は受賞するであろう垂直の単独行者が、11月2日、訪韓する。
--------------------------------------
以上引用おわり

 前述に示したリンク先の記事、同じページには、今年のピオレドールアジアのためにラインホルト・メスナーを初めて韓国に招くことになったいきさつを、韓国登山界の重鎮、キム・ヨンド氏が執筆されています。
 韓国のもうひとつの山岳雑誌「山」は、オ・ウンソン女史問題に関して今年メスナーを批判する記事を掲載していただけに、独自にネゴしてメスナーを自国に招待することは、月刊「人と山」でなければできなかったでしょう。

 当ブログで紹介した記事、

 『岳人備忘録』が韓国人に与えた衝撃 by 当ブログ2011,2.26

で記しましたが、月刊「人と山」の社長ホン・ソクハ氏やキム・ヨンド氏など、日本の登山界に精通している韓国の山岳関係者は山野井氏の著書もしっかり読んでおり、「人と山」関係者は山野井泰史氏をよく知っていた事情があります。
 
 なにより「私はまだ現役のクライマーです。可能であれば、候補者としてピオレドールアジアに参加したい」という台詞は山野井氏でなければ言えない言葉ですな。

<<これはマスメディアを通じてスターが作られ、多くの若い登山家が日の当たる所に集まる時流と比較しても、

 日本のマスゴミや果ては中国のメディアまでが盛んに日本の某似非単独登山家を報じる昨今、以前からクォリティの高い記事が目立つ月刊「人と山」がキラッと光る記事でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重さを感じさせないザックですなあ(棒読み)

今週、勤務先の精鋭部隊をクビになり東北某所に通いの現場のため、平日もブログ更新で~す。

まずはこの動画をご覧下され。
試作品とタイトルがついてますが、なにやら旅行用のキャリーバッグからヒントを得たらしいです。

岩稜や木の根張の多い日本の山道で使えねえぞ!
と言う前に、かったるい林道歩きの長~い東北でも僻地の山とかでは重宝しそうですなあ。

でも動画後半のように、勢いがつくと下山はかなり怖そう(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マリナ・コプティヴァ(Marina Kopteva) インタビュー

 2011年の夏、ロシアから二つのチームがパキスタンのトランゴ・ネームレスタワーに挑みました。

 既にTwitter雪山大好きっ娘。様やロクソノ誌クロニクルで報道されているように、ロシア人男性4名から成るチームがNo Fear (6b+, A3, 1120m)を開拓しました。

 ロクソノ誌の海外クロニクルではウクライナのマリナ・コプティヴァ(Marina Kopteva)が男女から成る2チームを率いたように記述されていますが、私がロシアはじめ各国のウェブサイトを確認した限り、ロシアからは別個の2隊がネームレスタワーに挑んだ模様です。

 私がチームの出発から注目していたのは、ロクソノ誌クロニクルでは成果が無視されている女性チームの方。
 こちらは昨年2010年、パキスタンのアミンブラックに挑んだ女性クライマー達(同年、ロシアのクライミング誌が選定するクリスタルピーク賞を受賞)が新メンバー1名を加え、ネームレスタワーに挑んだものです。

 今現在、現場土木作業に追われて時間がとれず、彼女たちのネームレスタワーの記録を紹介する余裕が無いのですが、その前に今回チームを率いたウクライナのマリナ・コプティヴァ(Marina Kopteva)のインタビューを紹介します。

Мариша Коптева: Интервью перед стартом by Alpine.in.ua 2011.7.4

以下記事引用開始
-----------------------------------------------
※訳者注:Q=インタビュアー、A=マリナ・コプティヴァ

120235
トランゴ・ネームレスタワー ルートのラインはオデッサ隊が開拓・初登したライン

Q.まず核心から入りましょう。今年のあなた方のプロジェクトについて教えて下さい。どこに?なぜ?だれとどんなルートで?いつ出発されますか?

A.一年中クライミングしていて、自然に思いついたものです。再びパキスタンを訪れます。しかし今回はバルトロ氷河のところですね。巨大な花崗岩の岩場で伝説的なまでに知られています。K2、ガッシャブルム、トランゴ・・・目的のルートは内緒です。可能性は現地で自分の目で確かめなければなりません。余計な詮索は好まないので。メンバーについては少しお話ししましょう。メンバー構成はアミンブラックのメンバーにもう一人加わります。

120236
ガリナ・シビトーク(サンクトペテルブルグ、スポーツマスター)

120237
アニヤ・ヤシンスカヤ(キエフ、スポーツマスター)

120238
エフゲニー・クロチキン(モスクワ、スポーツマスター)

120239
マリナ・コプティヴァ(キエフ、スポーツマスター、登山隊隊長)

 このメンバーで、まあ、どこでも登れて、どこでも楽しくやっていけるでしょう。出発は7月8日にキエフを発ちます。8月29日に帰国のチケットを取っていますが、あくまで予定です。

Q.昨年はアミンブラック行きの前にクリミア半島でトレーニングされていましたね。あなたは「Гиперборею」(訳者注:クリミア半島の岩場で困難なエイドルート)をソロで登りましたが、今回の準備はいかがですか?

A.今回の遠征を企画してから、十分にトレーニングを重ねて準備してきました。他のメンバーはスペイン、ギリシャ、トルコ、イタリア、そしてクリミア半島でクライミングを重ねてきました。技術的な面に関しては、私達は準備ができていると思っています。

120240
Гипербореюを単独登攀中のマリナ・コプティヴァ

120241
サレワ・ロックフェスティバルでのマリナ・コプティヴァ

120242
アニヤ・ヤシンスカヤ

Q.どんなことに触発され、刺激を受けていますか?どんなスタイルを重視しますか?またそのような刺激を受けるクライマーはいますか?

A.スタイルというか・・・私達がクライミングしながら考えているのは「簡単ではないこと」をやりたいと思ってます。壁の中で生活するのは好きですし、もちろん世界的な(先鋭的なクライミング)志向も押さえてますけど、基本的に私達がやりたいことをやってみたいんです。一足のクライミングシューズと友達だけでできるような、ね。
 もちろん尊敬し刺激を受けるクライマーはいますよ。でも繰り返しますが、今回は誰かに触発されたわけでもなく、私達がやりたかったことなんです。

Q.あなた方のクライミングにとって重要なことは何ですか?初登?

A.私達のチームにとっては、女性としての最大限の可能性、「間違いかもしれないけど、誰にも止められない」、まあ一言で言えば、経験、コミュニケーション、旅・・・あ、数えないで!

120244
サレワ・ロックフェスティバルでの私達

Q.クリミアでのソロの後、どこかビッグウォールを一人でやろうとか考えませんでした?

A.そのうちに、ですね。今はそんなに急ぐつもりはありません。機会があれば・・・です。

Q.今回の遠征のスポンサーは?またサレワのロックフェスティバルについて印象を聞かせて下さい。

A.スポンサーや後援はキエフ山岳連盟、ウクライナの友人、サレワ、krukonogi.com(訳者注:クライミング、ミックスクライミング用品メーカー)です。サレワのロックフェスはとても明るい雰囲気で賑わっていましたね。

Q.クライミングの他に何か趣味はありますか?最近、ロープジャンプ(訳者注:ベースジャンプと異なり、ロープを付けて岩場や高所から飛び降りる行為。ロシアのサイトでは高層建築から飛び降りる動画がよくみられる)を始めたとお聞きしましたが?冗談ですか?

120248_2

A.ふふ。今毎週「飛んで」ますよ。とてもカッコいいんです!3~4秒の幸せってところでしょうか。心理的なトレーニングになるかもしれません。もしかしたらクライミングにとってかわるかもしれませんが、それはまた別の機会にお話しましょう。

120233_2
-----------------------------------------------
以上引用おわり

ちなみに、
Fu
クリミア半島のГиперборею単独登攀中での一コマ。風水流行っているのか?

121389
キエフ空港から、ネームレスタワーに出発する4人組のショット。
このメンバーの動向は、しばらく注目に値するでしょう。

当方、また土木作業の日々が始まるため、ネームレスタワーの記録のご紹介はまたの機会に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

栗拾い

子供達を連れて、月山山麓、鶴岡市の月山あさひ博物村にある栗園を訪れる。
栗園に向かう車中、

娘(小3)・・・DSに夢中。
息子(幼稚園年長)・・・コロコロコミックに夢中。

・・・どうなることやら。

Pa0_0002
栗園に到着。
どうなることかと思ったが、いざ外に出てみると、子供達は秋の草むらに夢中。
バッタや野花に興味ひかれる姿に、任天堂DSに洗脳されてやしないかと心配していたがホッとする。

Pa0_0003
早々に栗拾いに飽きた息子。バッタの捕獲に興味をひかれたようだ。
私が一計を案じ、近くの貯水池に連れて行く。
息子の大好きなカエル、トノサマガエルが幾匹も顔を出しており、カエル観察に息子も満足。

その間、カミさんと娘がしっかり栗を収穫。
先日の台風・秋雨前線に伴う長雨で腐った栗、まだ青い栗も多かったが、1kgほど、中型のビニール袋いっぱいに収穫できた。
量を取るよりも、子供達に普段お菓子やケーキで食べている栗が実際どんな風に実っているか、体験してもらいたかったのが目的。

栗は早速、
Pa0_0000
茹でて夕食のテーブルに。
秋ですね。

----------------------------
山岳ガイドの育児情報

月山あさひ博物村の栗園は要予約、ただし空いていれば当日の予約でも可というお話でした。

月山あさひ博物村、国道112号線を挟んだ向かい側にある蕎麦屋「大梵字」が栗園の受付になります。
受付後、手渡されるのは栗を入れるビニール袋のみ。あとは放置プレイ(笑)です。

トングや軍手は自分で用意していくこと。できれば高い枝にあるイガ栗を叩き落とす棒もあれば良。

紹介サイトでは、
入場料大人/200円 小人/100円(小学生まで)
※栗代金として1kgあたり400円を頂戴します。
※要予約・雨天可能
とありますが、幼稚園児は無料。雨天可能とありますが、今回訪れたところビニルハウスのビニールはかけられていなかったので、雨天時は博物村本館や別の観光地に転進するのが吉か。
どうぞ楽しい一日を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

European Outdoor Film Tour (E.O.F.T.) 2011 Trailer

Eof_2はいはい、パタゴニアに洗脳されてる皆様にはバンフが世界最高な(冷笑)。

European Outdoor Film Tourの予告編も、どうぞご覧あれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

韓国 現代登山概略史

去る2011年6月、韓国の月刊誌「山」が通算500号となりました。
これを記念して月刊「山」の創刊号から現在に至るまで、特集記事から韓国の登山史をふりかえる記事が掲載されました。
この記事を元に、1969年~2011年における韓国登山界の主な出来事をまとめ、PDFファイルとしてアップします。
なお閲覧には以下の点に留意下さい。

--------------------------------------------
韓国現代登山概略史

 収録した出来事は1969年~2011年の現代の韓国における登山概略史となる。

 この概略史は、韓国の山岳月刊誌「山」2011年6月号 (創刊500号記念誌)に掲載された、韓国山岳会理事・韓国山書会副会長・東国山岳会会員ホ・ギョンピル氏執筆による『「月刊山」500号に残した韓国山岳界の足跡』を日本語に訳したものである。
 なお以下の点に注意されたい。

 ・月刊「山」の特集記事となった話題を時系列に記述したものであるため、メルー北東壁など月刊「人と山」など他誌が後援した韓国隊で海外でも注目された登山活動が記載されていないケースもある。そのため、この年表のタイトルは登山「概略」史としてある。
 なお各記事の末尾に記載してある(2月号、p15)などの記載は、月刊「山」の発刊月とページ数を示す。

 ・チューレンヒマール韓国隊など登頂成果が疑問視される登山隊については、韓国人自身により登頂が疑問視された登山隊を総括した記事 月刊「山」2011年2月号記事『[焦点]マウンテンフォーラム、1970年チューレンヒマール以後の韓国ヒマラヤ登頂疑惑概略史整理』 (原典は釜山(プサン)山岳フォーラムのマウンテンフォーラム(第3号)2011年1月19日発刊) を参照した。

 ・「ゴジュンバカン初登頂」など(日本の明治大学が1965年に初登)、日本人から見て明らかに誤解を招く表現については訳者注として適宜注釈を加えた。

 ・この年表は筆者が個人的な目的のために作成・翻訳したものである。商業誌原稿・その他資料作成でご参考にされる場合、韓国人人名の日本語表記に関しては、元記事にてさらに確認されることをお勧めする。

本年表の原典記事URL
http://san.chosun.com/site/data/html_dir/2011/05/30/2011053001138.html
---------------------------------------------

韓国現代登山概略史(PDFファイル)
「summary_of_korean_climbing.pdf」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

震災は、まだ終わらない。

ある登山関係者から、ショックな話を聞いた。

被災地から、山形の某山に泊まりがけで来た、おばさんパーティー。

彼女たちいわく、

「避難所生活は精神的におかしくなりそうだ」

「だから趣味の登山に出かけたかった」

「だが、周囲の雰囲気からとても登山とは言い出せなかった」

被災地から彼女たちは、おしのびで山形の山に登りに来ていたのだという。


彼女たちの言葉に込められた問題。

 それは突き詰めると日本社会における余暇・遊びの社会的認知度まで問われることになるのだが、ここではそこまで追求するのは止めておく。

 私がガイドとしてではなく、一登山者として考えさせられたのは、好きな登山をも行うことがはばかられる「空気」の存在、そして彼女たちのような被災者のメンタル面の問題である。

 家庭、まして震災という異常下で無数の問題を抱える現状で、生活を切り盛りしていく中高年女性(むろん女性ばかりではないのだが)たちの気晴らしさえも、自由にならない現実。

 
 ボランティアに関わる際、被災者それぞれの人生に深入りすることはできない、という意味のことを言われた。
 しかし、自然の中で気分転換すらもままならない人々が、山を隔てた隣県にいるという現実。

 このまま無力感にとらわれるだけでよいのか。
 かといって、自分の家庭を養うことに精一杯の兼業ガイドに何ができるのか。
 まだ結論は出ていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

荷揚げ

連休。
ガイドの仕事にあぶれたため、予定変更。
昨年に引き続き、朝日連峰・合同保全事業で用いられる資材の荷揚げのため、大朝日小屋に向かう。

参考サイト:飯豊朝日連峰の登山者情報

 当初予定されていた資材空輸のヘリがキャンセルとなり、人力による荷揚げが必要となり、古寺鉱泉登山口に200kgの資材がデポしてある。
 そんな情報が入り、昨年同様に100リットルのザックを車に放り込み、古寺登山口へ。
 今年も私は合同保全作業には参加できないが、せめて荷揚げという形で協力したい。

 現地に到着してみると、午前5時半の時点で古寺登山口に残っていた資材は2.8kgの土嚢(マタイ)袋が入ったビニール袋二つだけだった。
 同時に登山口に来られていた西川山岳会の山スキーの達人、柴田さんと分担し、お互い2.8kgの土嚢袋をかつぐことになる。(初対面の方と思いきや、当ブログをふりかえってみれば2008年の荷揚げですれ違っておりました。柴田さんには大変失礼しました。)
 2.8kgの袋一つなので、100リットルザックの出番は無く、いつものガイドザックに押し込んで出発。
 柴田さんも「せっかく背負子用意したのになあ」と苦笑いしながら準備されていた。

 霧雨から、しとしと降る雨へ。
Pa0_0020
 雨の朝、濡れて光る蜘蛛の巣の幾何学模様を楽しみながら登る。

Pa0_0022
 登山ルート下部のブナの葉は、今年も・・・・

Ho_3
 犯人は近くにいるものだよ、ワトスン君。

Pa0_0017
 よくみまわすと、ウエツキブナハムシがたくさんいました。まあ奴らも生きんがためのブナの葉喰いなわけですが。

Pa0_0015
 実は前日、私の母校の高校山岳部が同じ朝日連峰・障子ヶ岳でスズメバチに襲われヘリ搬送されたのですが、目の前のハチ達は蜜集めに余念が無い様子。
 秋、そして冬を前にせっせと働く働き蜂。末端土木作業員の共感を呼ぶなあ。

 大朝日小屋に到着、資材を小屋内にデポ、管理人さんと立ち話。
Pa0_0010
 小屋の一階には合同保全作業用の資材が積まれていました。
 
 2.8kg、荷揚げと呼ぶにはおこがましいが、資材をデポしたザックは菅直人の発言なみに軽い。
 帰路は花を眺めながら下山。
 
Pa0_0013
ほとんど咲き終わり、一株だけ残っていたマツムシソウ。とても淡い色が印象的。

Pa0_0007
 夏の忘れ物。
 エゾオヤマリンドウの隣に咲くイワカガミ。

下山するほどに雨が強くなる。
Pa0_0002
 雨粒のしずくが、ヒキオコシの小さな花を光玉に飾る。

 なにぶん背負っているザックが菅直人の脳みそなみに軽いため、昼の12時半には古寺鉱泉に下山。
 山形市の自宅に戻り、衣類の洗濯、濡れた装備を干したり後かたづけに専念。
 カミさんと子供たちは上山市の「かかし祭り」におでかけのため、台所の洗い物など、午後はゆっくり静かに過ごす。そして明日からの出張準備。また山の事は少し忘れ、出張生活再開です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

中国の環境保護映画、『深呼吸』

 久々の中華芸能ネタ。
 あの中国で、 あ の 中 国 で 、環境保護の記録映画が制作されていました。
 タイトルは、『深呼吸』。

予告編の動画はこちら↓

P2
 
 内容は、中国はもちろん世界をとりまく異常気象、温暖化を主軸に、中国各地でロケを重ね、人々の生活から環境問題を取り上げた内容になっている、だそうです。

P1
ポスターには、乾ききった大地を背景にした別バージョンもあり。

 この映画、妙~に中国メディアの取り上げ方が「浅い」ですなあ。
 もちろん皆様ご存じのように、中国においては映画を作る側も、それを報道する側も、共産党当局の息がかかっているのは明白なワケですが。
 それをさしひいても、中国メディアではこの映画制作発表に関してはあっさりとした取り上げ方でした。
 映画ポスターでチョモランマを背景にしていますが、ヒマラヤの気候変動(氷河消失)に関して日中合同登山でおなじみのペンパザシ氏が出演、それでようやく検索にひっかかり、この映画の存在を知った次第でした。

环保纪录片《深呼吸》亮相 直面中国气候危机 by mtime.com 2011.7.15

 監督の付勇 氏は日本でもおなじみの衛星放送・鳳凰電視台のディレクター、2008年公開の記録映画『郎朗的歌』で翌年の第13回中国電影華表奨を受賞した監督です。
 
 ちなみに記録映画『郎朗的歌』で取り上げられた郎朗(ランラン)氏は世界的なピアニストで北京五輪でも演奏、日本映画「のだめカンタービレ」で上野樹里の演奏を吹き替えていた方。
 ちなみに、郎朗(ランラン)氏にはこんな話題もあります↓

レクイエム演奏を拒んだ中国人ピアニスト郎朗 英国で失態 (Youtube)
(ま、法輪功系メディアの新唐人テレビというのは気にするな)

 監督の付勇 氏も決して反体制派ではないわけで、要は中国共産党のコントロール下にある「中国の環境問題」ってやつが見られるわけですな。

 この映画製作にあたっては、東北地方で50年ぶりという零下50℃の低温、100年ぶりという雲南・貴州省の大干ばつ、三大河川の源流地域・玉樹地区での地震など、様々な天災・アクシデントに見舞われての撮影だったそうです。
 さらにトンデモなアクシデントとして、撮影隊が未確認飛行物体UFOを目撃・撮影するというオマケまでつきました。
 
Ufo
↑撮影隊が目撃したUFOの画像

撮影隊がUFOに遭遇したときの動画がなぜか流出してたりする↓


 私の退化した中国語能力では「4つ見えるっ!」「2つだ2つ!」とスタッフがコーフン気味に話しているのしか聞き取れませんな。
 映画試写会では、このUFO目撃が人類は宇宙の中で孤独な存在ではないことを示し、常に大自然に畏敬の念を抱かなければならないと監督の付勇 氏がスピーチを締めていたとか。

 共産党独裁支配下の中国では、真実よりもUFOの方が簡単に目撃できるのかもしれません。

 ま、それはさておき共産党の制限下で、現代中国の環境問題がどこまで描かれているのか、
P4
 そして急激な経済発展を果たしている中国で、人々の暮らしがどのように変化しつつあるのか、とても興味深い映画ではあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

追悼 ワルテル・ボナッティ(Walter Bonatti )

 エノコログサに覆われた山中で、ひたすら土木作業。
 秋だというのに、ミンミンゼミの鳴き声が響く。
 じっとりと滲みる汗で作業着がべたつく、不快な暑さ。

 昼、携帯でネットにアクセスし、えのきど。様のツイッターでボナッティ氏逝去を知る。

 当ブログを初めて以来、山の先達・先輩ともいえる年代の方々からボナッティ氏に関して多数のコメントを頂戴しておりました。

 おそらく、ボナッティを偉大なクライマーとして慕う人の数だけ、「ボナッティ像」があるのでしょう。
 その素晴らしい記録を挙げるのは煩瑣でしかありません。

 かくいう私も小学生の頃、登山と冒険の本で「投げ縄で大岩壁(ドリュ・ボナッティピラーのこと)を突破した登山家」というコラムで読んだのがボナッティを知ったきっかけでした。
 ボナッティのクライミングに関する間接的なエピソードをヒントに、娘の名前を命名したことも何かの巡り合わせでしょう。

 ここでは重箱の隅をつついたボナッティのエピソードよりも、ドリュ・ボナッティピラー初登時のものと思われる記録映像をご紹介します。
 再現映像も交えているのでしょうか、エイドクライミングでの単独登攀の様子、ハーケンの回収、ビバーク、例の投げ縄によるクライミング(ロープを瘤に巻き付け、クラックにひっかけてます)の様子が描かれています。

 偉大な岳人よ、安らかに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雨天でも水分補給は大切、な。

ツアーでは雨天時にも「ちゃんと水分とってくださいね~」とお声がけするわけですが・・・
こんな便利グッズがぁぁ!!

Rain

This raincoat turns rain into clean drinkable water on the go by Dvice.com2011.9.2

Hyeona Yang と Joshua Nobleが開発した「Raincatch」(レインキャッチ)なる雨具、雨水をため込んでハイドレーションシステムの如くストローで飲めるというシロモノ。

PR動画はこちら↓

Raincatch from Hyeona Yang on Vimeo.

 あ、雨って最近は汚染が・・・という方、そこは開発者も考えたらしく、雨水はチャコールフィルターで化学的に濾過されるそうです。

 熱帯雨林地域とか、地表の水は寄生虫や病原菌が心配だが、雨水は豊富という地域のエクスペディションに使えそうですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

地形図を持ちましょう。

福島県境の某山におでかけ。
Pa0_0006
山はもう秋色。

Pa0_0004
山麓では晴天なのに、稜線は濃いガスに覆われていた。

Vシネマの竹内力のごとくズイズイとでかい態度で登山道を歩いていたせいだろうか。
山頂に到達するまでに、二度、別々の登山者から道をたずねられる。

その山は東北の火山によくある、稜線が平坦な山。
最初に出会った方は、木道の分岐点で迷っていた様子。
エアリアマップを手にしていたが、私に「山頂はこちらの方向ですよね?」と確認するように尋ねられたので、そうです、と答える。

登るに連れ、ガスは濃くなる。
岩石が積み重なった平坦地で、もう一人別の登山者の方に道を尋ねられる。
完全に山頂の方向がわからなくなっていたらしい。
その方の話を聞き、かくいう私も曲がるべき箇所をまっすぐ来てしまった事に気が付く。
その登山者の方は地図を取り出した。登山口に置いてあるパンフレットの簡易な概略図だった。
私は2万5千分の一地形図で現在地を確かめ、向かうべき方向を確認。その登山道まで同行することにした。

前述のとおり、私も進むべきルートをうっかり通過していたので大きなコトは言えませんが、今日話しかけられたお二人に共通なのは、地形図をお持ちでなかったこと。

 コースタイムの記載されたパンフ付属の地図やエアリアマップはコースタイム把握に便利ですが、いざ迷った場合の現在地把握には、役に立たない。
 日本の山は登山道がしっかりしているので・・・という人がいるようですが、よほどにぎやかな山しか経験が無い方でしょうね。
 踏み跡が縦横無尽に走っている草原・湿地や、岩石が積み重なった平坦地で濃いガスの悪天下では、非常に迷いやすくなります。
 
 今、書店の山の本コーナーには「読図」テクニックを記した良い本が沢山あります。
 細かい尾根や谷を推察するほどでなくても、等高線と登山道の印を理解しているだけでも、じゅうぶん役に立ちます。
 今日お会いした登山者の方はいずれも単独行の方でしたが、地形図は単独行の良きパートナーですよ。(もちろん単独でなくてもね)

Pa0_0003
下山途中。
朽ちた大木に、新芽。
人生も、かくありたい・・・ってか。

Pa0_0001
稜線は湿った強風でしたが、下山すると晴天、夏の忘れ物のような強い日差し。
山麓のススキが、秋の到来を知らせていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

運動会

Pa0_0000_3
 土曜日、久々のフリーな休日。
 息子の幼稚園の運動会におでかけ。

 最近、息子の自慢は「○○ちゃんをリレーで抜かした!」

 しかし本番の今日。
 巡り合わせが悪かったのか、組対抗リレーで息子は途中で追い抜かれてしまった。

 子供って、こうして人生のしょっぱさを学んでいくんでしょうか。

 父親たる私の出番は二度。
 最初は息子を背負い、騎馬戦に出場。
 娘が幼稚園児のときは「相手の帽子を取らせてやろう」とスケベ根性だしたため、あっさり娘が帽子を取られて敗退。その反省を生かし、今回はひたすら逃げまくる。こうして、息子の組では数少ない生き残り組として対戦を終える。
 そしてメインは今年も「飴喰い競争」。
 昨年に引き続き、園児たちの笑いをとるために思いっきり顔面を小麦粉だらけにしてゴール。
 これが意外とストレス解消になったりする。

 小学校では父兄と子供が共同で参加する競技は無いらしい。
 年長児の息子は今年が幼稚園最後の運動会。一緒に締めのフォークダンスを踊り、本日の父親役終了。
 
 午後はひたすら布団で横になる。歳だな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【訃報】ジャン・クードレイ(Jean Coudray)氏

 元ENSAの教官で、日本アルパインガイド協会の技術顧問でもあるジャン・クードレイ(Jean Coudray)氏が9月7日に遭難、亡くなりました。享年69歳。
Je
ジャン・クードレイ(Jean Coudray)氏近影

 Alpinisme : Jean Coudray a trouvé la mort au Brévent by kairn.com2011.9.8

事故の詳細は明らかではありませんが、場所はBrevent(ブレヴァン)の岩場で、300m転落と報道されています。

 いまや袂を分かったJMGAとAGS-J、私はJMGA会員ながら、AGS-Jが公表・市販しているガイドマニュアルを
参考書として時折読み返します。
 クードレイ氏はマニュアル『ガイディング論』の冒頭において、「山岳での危機管理」を寄稿しています。

 メディアで活躍している「山岳ガイド」の先生方とは異なり、私はしがないローカルのトレッキングガイドですが、それでも「山岳ガイドとは何か?」「日本でのガイドはどうあるべきなのか?」足りない脳みそで考え続けていました。いや、考えています。西欧偏重の山岳ガイドのあり方には疑問を抱く私ですが、それでもなおクードレイ氏の一文は非常に示唆に富んだ内容でありました。

 ガイドの安全に対する概念は、ガイドの報酬とは別個のものであり、ガイドの顧客へのサービスやガイド契約からもかけ離れたものと考えておく必要があります。それは、ガイドの品行や職業倫理と並ぶ重要なものです。
 (日本アルパインガイド協会発行 ガイディング論 山岳での危機管理(La gestion-des risques)より引用)

故人のご冥福をお祈り致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キリマンジャロの犬

 アフリカ最高峰、キリマンジャロの頂上にヒョウの遺骸があると書いたのは、ヘミングウェイでしたっけ。

 日本のメディアでは紹介されてないようですが、欧米、中国(中国の富俗層が登頂して話題になる)の多数のメディアでは、キリマンジャロの山頂付近で野良犬が目撃され話題になっています。

Dog living on top of Mount Kilimanjaro by The Telegraph 2011.9.6

 今回はキリマンジャロのウフルピークにて、用足しに出たフランス人登山者が目撃したことから話題になったもの。
 ちなみに、地元のツアー会社のコメントとして、10年前にもBaranco Camp(標高3960m)で犬を見かけることがあったと証言しています。
 頂上付近はマイナス15℃以下になる気候で、犬はどのように生き残っていたのか、動物学者を悩ませているそうです。

 まあ南極のタロ・ジロの例もありますし、肉食獣がうようよいる山麓のサバンナよりは天敵のいない環境なのかもしれません。

 もっとも、日本の登山界や政界には 中 国 の イ ヌ がいっぱいいるようですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »