« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

パク・ヨンソク氏らの捜索打ち切り

アンナプルナ南壁トライ中に消息を絶った、韓国のパク・ヨンソク氏ら3名の捜索が一旦打ち切りになりました。

 今回の捜索では、チョラツェ峰の壁を36時間で登下降する計画でネパールに訪れていた日本でも知られるキム・ヒョンイル氏、ナンガパルバットのルパール壁登攀~ディアミール壁下降に成功したキム・チャンホ氏、今秋チョー・オユー登頂を果たして8000m14座登頂を達成したキム・ゼス氏ら、韓国を代表する高所クライマーが集結。
 アンナプルナ南壁基部でパク氏らが雪崩で流されたと推測され、クレバスに下降しての危険な捜索が続けられましたが手がかりはつかめなかったようです。

 今時間がありませんので、パク・ヨンソク氏の詳細プロフィールは割愛しますが、私が評価されるべきと思うのは、8000m14座達成後もエベレスト南西壁新ルート開拓にこだわり(後輩を亡くしたことも一因ですが)、さらにアンナプルナ南壁に新ルート開拓を狙うなど、「攻めの姿勢」を持ち続けていたことでしょう。
 今回は、以前当ブログでも取りあげました、パク氏が後輩を失った際のエベレスト南西壁遠征の記録映画「道」の動画を掲載いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

晩 秋

新庄市のシンボル的な山、杢蔵山(もくぞうさん)をガイド。
日本海から迫る気圧の谷、そして低気圧を気にしながら、ベテラン添乗のSさんに「4人目、間隔空いてきてます」(ペースダウンせよの意)と無線で言われ、自分の心のどこかに無用な「焦り」があることを自覚する。

Pa0_0020_2
杢蔵山の山小屋トイレは「優」料です。(チップ制ですよ)
バイオトイレで自然に優しいってこってす。

お世話になってる旅行社の日帰り山行プログラムも、今回の山行でシーズン終了。
山慣れたクライアント、目配り気配りの利く添乗の方々に「甘えている」自分がよくわかったシーズンでもあった。
ガイドとして駄目なトコは駄目。
もう割り切って、次のシーズンを考える。

Pa0_0002
山麓は冬支度。
いつもなら和菓子でも買ってのんびりしたいところだが、寄り道せず帰宅。
頭を切り換え、明日からの出張生活の準備にとりかかる。

Pa0_0022
カミさんの作るカボチャスープで体暖めて、作業着やら着替えやらの山と格闘です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

被災地から来た人

 傾斜の緩むことの無い、ひたすらの登り。
Pa0_0019
 やがて頭上に、稜線への到達を知らせる空の青。

 稜線に立つ。
Pa0_0016
 彼方にひろがる東北の山々。
 山を浮き立たせる、白い雲海。

 人はこの光景に、心を動かされるのだろうか。

 その山は清潔な山小屋があることで知られる。
 この小屋だけではないが、よく整備された小屋には、たいてい訪問者の感想ノートが置かれている。
 私は、そういったノートは必ず目を通す。
 実際に汗を流した登山者でなければ書けない生の声、心情が綴られているからだ。

 第一原発にほど近い、福島の自主避難地域から訪れた登山者が書き記した一文があった。
 日付は5月。
 私が会社業務のために陸前高田を訪れてから間もない頃である。
 そこには、こう記してあった。

 『ここの風景を見て心が洗われ、また頑張ろうという気持ちになりました。』 (原文ママ)
 
 震災・原発事故の混乱冷めやらぬ頃、はるばる福島から山形のこの山を訪れ、気力を取り戻した人がいる。

 私が目を向けるべきは、左翼系山岳関係者が垂れ流すツイッターの類ではなく、山で生きる活力を見いだした、もしくは見出そうとする人々。
 そんな事を思いながら雲海の光景に背を向け、下山を始めた。


 関連記事:震災は、まだ終わらない。2011.9.19

| | コメント (4) | トラックバック (0)

大 物

週末。
作業現場から、心身とも疲れ切って帰宅。

今週も山の中でいろんな生き物を目にしました。

Pa0_0021
巨大サワガニ。

ネットで調べても、自分の経験でも、サワガニといえば大きくても親指くらいの大きさだったと思うのですが・・
その日、仕事中に見つけた奴は、手のひらサイズのジャンボなサワガニ。

工事したばかりの側溝に潜んでいたサワガニは、撮影後すぐに放してあげました。
あまり生物には詳しくありませんが、この大きさになるまで、幾年かかったのだろう。

その大きさに、里山の自然の豊かさを実感するのでありました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Japanese beautyberry

Pa0_0020
ムラサキシキブ(紫式部)。
紅葉シーズン、赤や黄色が彩る秋の野で、その紫色の実は一際目立つ。

ムラサキシキブの英名は『Japanese beautyberry』。
日本の野草、野菜・果物にはさらに美しい形・色の実があると思うのだが、英名の命名者には、ムラサキシキブの実の紫色がそれほどまでに美しく見えたのだろうか。

夕暮れ。
現場作業を終え、皆で休憩用のプレハブ小屋に戻ると、上空から甲高い鳥の声。
見事なY字・V字の編隊飛行で日没の空を飛ぶ渡り鳥。

土日は街の中で現場作業、月曜からまたムラサキシキブの実が成る山の中で土木作業です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱ英語は基礎が大事だよね

週末も現場土木作業決定。
いやっ!
外国語のべんきょうもあきらめないぞ、ぼかぁ!

Alphabet
ロシアのクライミングサイトからの拾い画像です。
掲示板を覗くと、ロシア人は「G」「F」の解釈に苦しんでるみたい・・・
(Gはグリセード、Fはフォール。画像右下隅に解説が載ってます)
でもおいらもキリル文字やハングルには泣かされるから・・・あっ、こうして山用語にひっかけて覚えればいいのかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

韓国のパク・ヨンソク氏、アンナプルナで消息絶つ

 韓国の8000m14座登頂者の一人であるパク・ヨンソク氏がアンナプルナ南壁にトライ中、18日から連絡が途絶えた状態となっています。

Pak
パク・ヨンソク氏らの捜索状況を伝える韓国KBS放送(動画付きサイトはこちら アンナプルナ南壁の現場状況がよくわかります)

 パク・ヨンソク氏は2009年にエベレスト南西壁コリアンルート開拓を共にしたシン・ドンミン、カン・キソク隊員ら3人で、アンナプルナ南壁にやはり新ルート開拓を目的に入山していたもの。
 捜索の結果、ABCと標高6100m地点の間で彼らが用いていたロープのみが発見された模様。その後は悪天候にのためヘリ捜索が断念されたという情報が入っています。

 個人的な推測ですが、南壁下部において複数名が消息を絶ち、日数が経過している状況から、かなり厳しい状況といわざるをえません。
 続報があれば追記したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

悩めるキム・ジャイン

あ、なんか暗い顔のキム・ジャインちゃんの写真が・・・
え゛え゛~!
キム・ジャインちゃん、アメリカのW杯出場が大韓山岳連盟に認められなかったの!!

「岩壁のクイーン」キム・ジャイン、ワールドカップ出場断念・・・全国体育大会のため? by オーマイニュース(韓国)2011.10.6

以下記事引用開始
---------------------------------
「岩壁のクイーン」キム・ジャイン、ワールドカップ出場断念・・・全国体育大会のため?
山岳連盟「ワールドカップ出場不許可」・・・キム・ジャイン「とても遺憾です」
写真・文 クァク・ジンソン

 去る2日、スポーツ クライミング ファンたちはベルギーからの朗報に歓喜した。 'スポーツ クライミングのクイーン'キムジャイン(23,高麗大ノースフェイス スポーツ クライミングチーム)選手がベルギーで開催されたIFSCスポーツ クライミング W杯5次大会女性リード部門で単独優勝したのだ。

K1 キム・ジャイン選手優勝の知らせは国内スポーツ クライミング ファンを興奮させた。現在世界ランキング1位、シーズンランキング2位を記録するキム・ジャイン選手は世界スポーツ クライミングのクイーンの座につき、ライバルらと激しい競争を展開している。

 ベルギーW杯優勝はそのような熱い競争に勝ち抜きチャンピオンに向かう夢に一歩さらに近かせた。 今回の優勝で世界ランキング1位(495.10点)を確実にすることはもちろん、シーズンランキング1位のミナ・マルコビッチ(スロベニア)をただ10点差で追撃できたためだ。
 そこでベルギーW杯に続くアメリカ・ボルダーでのW杯にファンの関心が集中した。競技結果によりシーズン ランキング1位に上がることができるためだ。

山岳連盟「全国体育大会に出場しなさい」...キム・ジャイン、米国W杯出場断念

 その後伝えられた知らせに国内スポーツ クライミング ファンたちは首をかしげた。大韓山岳連盟スポーツクライミング委員会がキム・ジャイン選手のアメリカW杯出場を許可しなかったためだ。大韓山岳連盟のある関係者の話を聞いてみよう。

「国内大会活性化のために全国体育大会期間中、同じ期間に開催されるアメリカW杯(10.8~9)出場を承認をしなかった。これまでスポーツ クライミングが全国体育大会正式種目に採択されるために多くの努力をしている。今回の全国体育大会は男子部門を正式種目に導く過程で、女子部がやはり同好会種目から試験種目に進むために心血を注いで準備していた。」

 全国体育大会出場奨励のため、スポーツ クライミング代表選手たちのW杯出場を許さなかったのだ。だが、スポーツ クライミングでW杯と全国体育大会では、そのウェイトを比較することはできないほどだ。IFSCスポーツ クライミングW杯シリーズは世界スポーツ クライミングの強者が参加するスポーツ クライミングの最高大会だ。 それに比べて全国体育大会のスポーツ クライミング種目は正式種目ではない、デモ競技と同好会種目において開催されている。

K2
本件に関する大韓山岳連盟ウェブサイトの告知文

 キム・ジャイン選手は世界ランキングとシーズンランキングで世界1位を争う状況であり、大韓山岳連盟にアメリカW杯参加を繰り返し要請した。だが 山岳連盟の決定は変わらず、キム・ジャイン選手の米国W杯出場は挫折した。連盟関係者は当時の状況に対してこのように説明した。

「キム・ジャイン選手がワールドカップ出場を要求して他の連盟に諮問を求めることもした。だが、色々な連盟に問い合わせした結果、例外的な措置はテニスの某選手以外にはなく、例外規定を置かないことにしていた。他の選手たちとの公平性もあり、当時連盟も苦心をしてキム・ジャイン選手の要請を承認しなかった。」

 結局キム・ジャイン選手のW杯世界ランキング1位、シーズンランキング1位への飛躍は不透明となった。ミナ・マルコビッチを目前に追撃したシーズン ランキングの場合、追撃の手をゆるめることとなった。山岳連盟関係者もW杯不参加による悪影響に対してはある程度認めた。しかし全体のために一選手が耐えなければならない問題と答えた。

「もちろんW杯シリーズに参加しなければ、世界ランキングとシーズンランキングに影響はあるだろう。だが、これは個人には重要だが全体のために耐えてもらわなければならない問題だと考える。事実、すべてのW杯シリーズを戦う選手は多くない。一度(W杯を)欠場してもかまわないのではないか?」

K3
スポーツ クライミング キム・ジャイン選手


キム・ジャイン「ヨルダンW杯準備」・・・.山岳連盟「例外規定考慮」

 キム・ジャイン選手はベルギーW杯リード部門優勝を確定した数時間後、アメリカW杯出場の許可が下りなかったという知らせを聞いた。優勝に喜びに浮き立ったキム選手はその知らせに大きく失望した。キム選手は自身のツイッターに次のような文を残した(キム選手はアメリカW杯を念頭に置いて全国体育大会出場申請もしていない状態にあった).

『今日私が授賞式で聞いた国歌と太極旗は誰のためのものでしょうか。私のできる最も大きな国威高揚の道は上の方々によく見えるための全国体育大会に参加するのではなく、これだということをなぜまだわかっていただけないのでしょうか。』 (10月2日)

 だが、キム・ジャイン選手はアメリカW杯に出場できない物足りなさを払拭し、10月中旬ヨルダンで開催されるW杯でチャンピオン挑戦に拍車をかけるつもりだ。

「とても遺憾です。悔しいですが、それで気落ちしては何も解決しません。私を含め韓国の選手たちに再びこういうことが起こらないよう、最善の努力をつくします」 (キム・ジャイン)

 山岳連盟関係者は「今の状況には当惑しているが、(今回の葛藤で)選手に不利益を与えたりすることはないだろう。 そしてもう少し議論をしてみなければならないが、これからは世界ランキング一定基準以上の選手には(こういう状況で)例外規定が適用されるようにするつもりだ」と明らかにした。
---------------------------------
以上記事引用おわり

 画像を見てお気づきかとは思いますが、普段韓国メディアに掲載されるキム・ジャインちゃんはたいてい笑顔の写真なのですが、今回のオーマイニュース掲載の写真では表情の暗いこと・・・
 我々外国の人間が大韓山岳連盟の事情にとやかく言えませんが、世の組織にはどこにでもありそうな、組織ゆえの融通の利かなさが今回の騒動の一因のようです。

 なにより、ヨルダンのW杯はキム・ジャインちゃんファイテン~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビーコンのスイッチOFFのまま遭難 → 過失致死の判決(オーストリア)

 スキーツアー中に女性が雪崩で遭難死、アバランチビーコンはスイッチがoffでザックの中に入れてありました。

 この事故で同行・生還した夫に対し、オーストリア・ザルツブルグ裁判所において過失致死罪(執行猶予3ヶ月)の判決が下り、この判決内容について関係者の間で波紋が広がっています。

 3 months suspended sentence for forgetting beacon by Pistehors.com2011.10.11

Images(画像はイメージです)
以下記事引用開始
--------------------
 夫婦は2010年3月17日、オーバータウエルンのラートシュッタットでツアースキーに出かけた際、新雪がつもっていました。
 「安全なルートを降りていくし、ビーコンは必要ないと思っていました。妻は私を信頼していました」と男性はオーストリアの放送局に語っています。
 他の参加者が雪質のピットチェックを行い、何かあった場合に備えて彼は後方にまわり、女性が前に進みました。
 夫の目撃では、斜度35°、80×250mにわたる斜面で雪崩が発生し妻が埋没、ビーコン反応が無いため事故現場に到着したレスキューの捜索は非常に難航しました。妻(58歳)は1m以上の雪に埋没、頭部外傷が致命的な結果となりました。
 被告の弁護士は判決に呆然となり、上告するかどうか検討に時間を要すると発言しています。
--------------------
以上引用おわり

 記事によれば、既にフランスにおいて、同様の事故でより経験のあるメンバーに責任があるという判例が出ており、オーストリアの判決においても「ビーコンのチェックを行うべきだった」という判決が下されることが可能となると解説されています。
 今回の判決に対し、オーストリア山岳協会のMichael Larcherは判決を疑問視、
「彼女は初心者ではなく、ビーコンのスイッチをオンにする十分な知識がありました。ビーコンの不備が主な判決理由だったとすれば、私の意見では全責任が夫にあるというわけではありません。それは個人の責任の問題です。」と発言。
 オーストリア山岳救助隊代表のEstolf Müllerは、
「誰がどんな経験があるのか法的に判断することは非常に困難です。危険にさらされない限り、法廷が個人的なスポーツに介入することには、私は疑問に思います。山岳地に入る場合には、誰もが自らの責任を負わなければなりません。」と発言。

 さて、この判決に関して日本ではどうなのか?
 法制度の異なる海外の判例がそのまま日本の裁判に影響するのか不明ですが、「引率者責任」「注意義務」という視点で遭難事故における経験者(リーダー)に厳しい判決がでている日本では、同様の判決が下されても不思議ではない、と私は考えています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エルトン・ジョンがクライマーのために歌う

・・・というタイトルにひかれてロシアの某クライミングサイトの記事を読んだところ・・・

『国際的なゲイ・クライマー・コミュニティ、そして多くのロシアのクライマーがエルトン・ジョンの曲を愛しているでしょう』
 エルトン・ジョンがゲイだというのは既にご承知の通りですが。
 おうおう、それでどうした!?

 Elt

 よくよく読めば、今年11月のエルトン・ジョンのモスクワ公演に、カザフのクライマー ALEX KLENOV がゲスト招待されているという、ただそれだけでした。
 まあたしかにタイトルどおり、「クライマーのために歌う」に嘘はないわな。羊頭狗肉のような気がするが・・・

 カザフのALEX KLENOV はスパンティーク・ゴールデンピークのロシア隊隊員、ピオレドールに2度ノミネートされているクライマー。
 で、先月ALEX KLENOVがロシアのクライミングサイトで紹介している話題が、ロシア国内、ムルマンスク、アルハンゲリスク、エカテリンブルク、ボルゴグラード、モスクワ、サンクトペテルブルグの7地域で『性的マイノリティ』のアスリート(クライマー含む)300名を組織化、『性的マイノリティ』アスリートのための全国的なスポーツイベントを予定しているという話題。

 この話題を受け、コメント欄ではロシア人クライマー達の議論が沸騰中でございます。
 ある者は

 「私は、ロシアがイギリスほど馬鹿げた社会にならないことを願っています。」
 (イギリスにおいて同性同士の結婚が認められ、旅券でも「父」「母」の表記が無くなった報道に対して)
 という露骨な差別意見を書き込めば、

 「イブ・サンローラン、ヴェルサーチをみろ。同性愛者は発明、芸術、音楽、建築分野で素晴らしい成果をあげているではないか、異性愛者と同性愛者に何の違いがあるのか?」
 と擁護派が激突。

 ヨーロッパ各国でも差異はあるとはいえ、こうして全国的なスポーツイベントが開かれるだけ、ロシアも『性的マイノリティ』アスリートの社会的認知が進んでいるのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

This is our life.

今日も人里離れた山の中で、現場作業。
戦場の兵士のように4tトラックの荷台に乗りこみ、次の現場予定地に向かう。
(建設中の道路で近距離移動のため、荷台に乗っていたものです。念のため。)

周囲の山々は紅葉が進んでいる。
携帯でメールチェック。
竹内君からメールが届いていた。

私からみればもう雲上人ながら、私に合わせてくれるのだろうか、ヒマラヤ現地の登山事情を伝えてくれるのがありがたい。
プライベートな内容を公にするつもりは無いが、特筆すべきことが一点。
チョーオユー峰が様々な事情から、従来言われてきたような「ヒマラヤのモンブラン」「易しい8000m峰」などではなく、しっかりと準備してきた者でなければ登れない山になっているという。うれしい話ではないか。

 今秋のヒマラヤ、かつて一緒に遠征登山に赴いた山岳部の学生三人組、竹内は13座めの8000m峰登頂を果たし、もうひとりの後輩は国際ガイドとして春のエベレストに続きクライアントとともにマナスル登頂を果たした。
 そして私は・・・東北の片隅で、中高年のクライアントとともに紅葉の山に登り、時折は少年自然の家の子供たちと過ごす。

 
 紅葉の進んだ山の中で、短いメールに託された竹内君の想いを携帯の小さい画面で読む。
 三人三様の秋。
 まもなく4tトラックは作業場に到着。
 携帯をポケットにしまい、私はヘルメットをかぶり直して作業場に向かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虎毛山から

お客様たちの乗ったバスを見送る。
栗駒山塊の虎毛山のガイドを終え、無事下山。
バスが去った後、林道入り口は静かになった。

前夜からその動向が悩ましかった、日本海の寒冷前線。
雨が降り出したのは、登山道も抜けて最後の林道を歩き始めた時だった。
Pa0_0019
大気の状態が不安定なのだろう、激しい降雨もしばらくして止んだ。

お客様たちを見送り、一人林道に残った私は、気晴らしに近くの野草を眺める。

Pa0_0016
イヌタデの淡い紅色を眺めながら、本日の反省。

 大昔、二ヶ月もかけて地球の一番高いトコに登り損なった私が、帰国して最初に登った山らしい山が、この虎毛山だった。
 心身ぼろぼろだった私に、「これが日本の山の良さだっ」と強く印象づけた虎毛山。
 今回のガイドのオファーが来た時には、即答で引き受けた。

 しかし自分の思い入れの強さが良いガイディングに結びついたかは、別問題である。

 大人数のツアーを引率していて、「この人はどうしてこの山を選んだんだろう」「どういう想いで今回の山行に参加したんだろう」と気になるし、本来はきめ細かくコミュニケーションをとるべきなのだが、口下手な私にはそれができない。

 虎毛山は、登山コースは一本だけなので往復となる。
 「往復登山って、私好きなんですよね。登っている時には気がつかなかった風景とか見られますよね」
 と、山頂で持論をぶっておいたが、かくいう自分はそんな風景を楽しむ隙は無い。
 登山コースが急なので、頻繁に振り向いては参加者の足取りを確かめる。
 お客様たちに虎毛山で語りたいことは沢山あったが、その一方で、涼しい風や時折姿をあらわす見事な紅葉に歓声をあげるお客様たちを見ていると、「山に語らしめる」方が良いのではないかとも思う。

 最近活躍されている、若い世代のガイドや山屋さんのプレゼンの巧さには舌を巻く。
 私があちこちで実体験した山のすばらしさは、もう表現せずに仕舞ったまま、墓に持って行った方がベストなのかとも思う。

 登山口に停めておいた自分の車に乗り込み、山形に戻る。
 車中、NHKラジオ第二で放送の『文化講演会セレクション「京の彩り~源氏物語の色~」』を聴講しながら運転。
 講師の染織史家・染色家である吉岡幸雄氏が、「色」をメインテーマに源氏物語を解説。
 源氏物語にはあまり関心はないのだが、古人の「自然観」は大いに興味がある。
 吉岡氏の解説の中で印象に残っていたのは、「京都の山は四季が明確だ」として京都の山、京都の自然の魅力を語られていた。
 ふーん。京都といえば古くさい寺とか仏像とか、八つ橋くらいしか知らんがな。
 日本にはまだまだ私の知らない魅力ある自然がある、ちょいと謙虚になれよ、と自分に言い聞かせ、雷が光る暗闇の中、山形の自宅めざして国道を走る。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

秋の連休。

連休。
山にも行かず休養。
家族サービスは、
20110411171622
セ ル フ サ ー ビ ス な 。

土曜日。
野暮用にて実家へ。
Pa0_0014
山形名物・からかい煮を喰わされる。
からかい煮とは、エイを甘辛く煮た山形の郷土料理である。
からかい、とはその昔、山形の紅花などを買い付ける日本海廻りの船で関西からやってきた商人が『唐貝』として、関西現地では畑の肥料だったエイの乾物を食用として我が山形県人に売りつけたものが始まりらしい。
さすが関西人やることちがいますねー(棒読み)

で、現代でも山形では「からかい」として、エイの乾物は結構高い値段で売っている。
実家の爺婆いわく、魚屋でたまたま乾物でないエイを見つけたから煮付けたと言っている。
おいおい、それ「からかい」じゃねえだろ、と突っ込むと、乾物の「からかい」は高い、と即答。うーむ。
味はうちのカミさん(元管理栄養士)に怒られそうな塩辛さ。
そこも突っ込むと、「(味が塩辛いのは)それは保存のためだ」と婆が即答。うーむ。

野暮用をすませ、カミさん実家に妻子は出かけ、静かな自宅に戻る。
Pa0_0015
長年愛用しているアイダーのパンツのほころびを縫う。
いろいろ優れた生地のパンツは出ているのだろうが、私の太く短い足にフイットし、雨でずぶぬれになっても歩いているうちに体温で乾いてしまうアイダーのパンツはもう手放せない。
ガリガリ君なみに冷え切った夫婦仲、いつ破局してもいいように、縫い物も自分でやる。

日曜日。
快晴。
子供たちを山形市郊外の大型公園に連れて行く。
普段、自宅前では十分に乗ることができない自転車で思い切り走らせてやる。
やはり広い場所で走りたいのだろう、息子と娘も、いつもと表情が違う。

夕食。
我が家の食卓は、秋の食卓。
Pa0_0011
芋煮に、

Pa0_0012
アケビの辛味噌炒め(左)、アケビの果肉(右)。

現在、パソコンのシステム入れ替えのため、しばらく山の海外ネタに手が出ません。あしからず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女子高生の美しさ。

 出張から一時帰宅。
 ちょうど売国放送局NHKの東北向け放送で、剣道の強豪・左沢(あてらざわ)高校女子剣道部の特集番組を視聴。
 左翼偏向NHK山形の制作にしては素晴らしい番組で、夕食の箸を止め、終わりまで視る。

At_2

 私は中学時代に剣道部に所属、男女とも全国大会出場を目指している部だった。
 全国大会を目指すため、「同じ中学生と練習試合をやっても意味がない」ということで、高校剣道部と練習試合を組むことが多かった。
 高校剣道部でも、全国レベルの仙台育英、そしてこの左沢女子剣道部と練習試合や稽古をした経験がある。(もっとも、強いのは私以外の仲間で、私は剣道は弱く補欠以下の存在だった。そこから生まれた歪んだ劣等感が、後にヒマラヤ登山を目指すことになるのだがそれはまた別の話。)

 左沢高校の稽古場を訪れ、まずビックリしたのが、女子剣道部員の髪の毛の短さ。
 今回放映された番組では「ショートカット」と呼べるくらいだが、私の記憶ではもう映画「コマンドー」のシュワちゃんカットの印象が残っている。

 そして今でも深く印象に残っているのが、左沢高校剣道部を率いる斉藤学先生の張り紙である。
 その張り紙、今もあるのかはわからないが、そこには脳みそぶっ飛ぶようなハードな自主トレメニューが記されてあり、最後に、
 「この練習をこなせば日本一になれる。私がしてみせる。」
 という意味のことが書いてあったと記憶している。
 最後の「私がしてみせる」という言葉に、強い衝撃を受けたのを覚えている。

 今回の番組は既に8月に『にっぽん紀行』という番組で全国放映されており、ネット上でも感想が拝見できるが、斉藤先生の指導の様子も、私が視たい事の一つである。

 剣道部の女の子たちは斉藤先生のご自宅に建てられた寮に生活。食事は両手を鍛えるため、左手で箸を持ち食べることが命じられている。

 番組は全国大会常連の剣道部が県大会で敗退、28連覇という記録が途絶えた現実と向き合う女の子たちの再起の様子を描く。
 過剰な演出もなく、淡々と映し出される女の子たちの苦悩する姿。

 自分の置かれた立場・状況、自分のするべきこと・なすべきことを明確に把握し、訥々とではあるが明瞭に言葉にする彼女たちの姿が美しい。
 それは化粧品のポスターを飾るタレントや、CIAだかKGB48だかの女の子たちとは異質の、美しさである。

 そんな彼女たちを指導する斉藤先生は、公立校の教員としては異例の31年間にわたり左沢高校で指導を続けているのだが、その斉藤先生をして「指導は・・・難しい」と語る。

 普段、地方の山岳組織でふんぞりかえっている爺みたいになりたくないので、運動面から登山をとらえるべく「コーチングクリニック」誌など読むのだが、斉藤先生の言葉にあらためて「日暮れてなお道遠し」を実感。
 
 同日の山形新聞は、全日本女子剣道大会で左沢高出身・村山6段の2年ぶり優勝を伝える。
 左沢高での三年間が培うものは、私たちが外から伺える以上に大きいものがあるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スティーブ・ジョブズは世界を変えたのか?

某漁村に住み込みで、人里離れた山奥で現場作業に従事の日々。
えのきど。様のツイッターでスティーブ・ジョブズの死を知る。

翌朝、旅館の古ぼけたテレビ。
ワイドショーの糞キャスターがipodを手にして
「世界を変えたipod」と解説していたことに、私の脳みそがプチッとくる。

Ip

ipodが本当に世界を変えるのか?

地球の全人口が70億にならんと推測される現在、インターネット利用者は推定18億人。
全人口の1/3未満の、18億人が世界のすべてなのか?
女子アナとかいう自社社員の結婚話が堂々とニュースに流れる日本のメディアの馬鹿どもには、その程度の認識がお似合いだろう。

 私の勤務先での所属部署、常々ブログでも語っているように、現場作業部隊なもんで、職人気質が強い人々の集団。
 普段の業務でもほとんどPCなど使わず、私生活でもPCやネットなど利用していない人間が多い。
 そんな中で、以前当ブログに登場した若手社員のH君は、それまで全くPCを使っていなかったものの、ipodを使いたいがためにPC操作を覚えていった。

 そんな姿を見ていて思う。
 ipodが世界を変えたかは知らないが、確実に人を変える製品であった。

 かくいう私は建設会社に入社以来、98マシン&windowsユーザーだったので、アップル製品は使用していない。
 スマートフォンも必要を感じないのでiphoneには縁遠いだろう。
 左翼偏向山岳ライター井上某はauのiphone取り扱いは自然エネルギー推進派の孫正義潰しだと何の根拠も示さず吠えているが、孫嫌いの私はソフトバンクのハゲが潰れるなら大歓迎である。

 スティーブ・ジョブズの死の翌日、新聞各紙を読む。
 日本のメディアが取り上げるのは、「あなた方のような裕福な方たちは、別にスマフォもipodも無くても困らないでしょ?」と言いたくなる、大企業の爺どものコメントばかりである。

 そんな中で、mixiを通じて中学の同級生のコメントを知る。
 彼女は中学の時から絵や漫画が巧く、今デザイン学校の講師をしているヘビーなMacユーザーだ。
 短いコメントの中に、Macとともにあった青春時代を知る。

 スティーブ・ジョブズの功績は本当に世界を変えたのか。
 私はメディアのその報道姿勢には懐疑的である。
 気安く「世界を変えた」と言う人は多いが、そういう方の世界とやらは、鎖国下の江戸時代のサムライ並みに、ずいぶん限定された世界に違いない。
 ipodやipad、iphoneで、タリバンの弾圧に苦しむアフガンの女性たちの苦労が何か変わりましたか?


 だが職場のH君や中学の同級生のコメントを読み、彼の開発した製品は確実に「人を変える」製品だったのだな、と私は思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

い ま し め

栗駒山塊の某峰へ。
上空には寒気が流れ込み、山上は相当な冷え込み。

風雨の中、山頂に到着。
身の危険を感じる寒さ。
ツェルトをかぶり、テルモスのコーヒーを飲む。
熱い液体が体内を下っていくのがわかる。身体も冷えているのだ。
ツェルトの中で暖かい行動食を取り、急登で汗まみれになったウェアから乾いたフリースに着替える。
さらに手袋も装着し、下山開始。

セオリーどおりに対処した、つもりだった。
頂上から下山を始めてしばらくして、左手小指に鈍く激しい痛み。
この痛みはよく知っている。
滞った血流が戻る時の痛みだ。

Pa0_0010
下山を開始してしばらくすると、あれほど冷たい風雨とガスはどこへやら、青空が見え始め、稜線の紅葉をのぞかせてくれた。(水滴ついてる携帯で撮影したのでぼやけてます)

Pa0_0009
樹林帯に入る頃には、太陽が顔をだし、木漏れ日の中のんびり歩く。

小指の痛みも、ようやく治まってきた。
昔やらかした凍傷の名残だろう。
冷たい雨の中、手袋をはめるタイミングが遅かったということだ。
普段ブログで「防寒対策はしっかりとね~」と書きつつ、このザマである。
左手小指が凍傷にかかったのは、もうだいぶ昔である。
自然はほんのちょっとした油断も見逃さない。
「いましめ」だろうか?そう自分に問いただす。

Pa0_0008
日の照りだした樹林帯で、ヒノキの倒木に心奪われる。
美しく苔むした、ヒノキの倒木。
その凹凸のある表面と美しい苔が、私には京都・龍安寺の石庭を思わせた。

厳しい寒気の流入、前線通過の疑似好天か、晴れ間は一時間ももたずに消え失せ、再び冷たい雨が降り始める。
東北の片隅の、標高1000m少しの山でさえ、自然の厳しさと美しさを十二分に堪能させてくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »