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愛する夫、その名はワルテル・ボナッティ

 今年9月13日に亡くなった、イタリアの登山家ワルテル・ボナッティ氏。

 逝去された当時、当ブログでは若かりし頃の動画を紹介するにとどめました。
 ボナッティ氏の足跡はむしろ諸先輩方が熟知されておりますゆえ、私はむしろ奥様のロッサナ・ポデスタさんのインタビューをひたすら待ち続けていました。結婚し家庭を持つ者として、夫婦としてのボナッティ像を知りたかったためです。

 このたびスペインの登山サイトDesnivelにて、ようやくボナッティ氏死去に関するロッサナ・ポデスタさんのコメントが掲載されました。

 Bonatti and Rossana, a love of film by Desnivel.com2011.11.18

Books
書店にて、ボナッティ氏と妻ロッサナ・ポデスタさん Photo by Darío Rodríguez / Desnivel.com

 当ブログをご覧の方の中には、ボナッティ氏を尊敬してやまないクライマーの方々がおられるようですが、残念な情報です。

 ボナッティ氏は膵臓ガンであることを知り、自ら尊厳死を選び、私立の宗教系病院に入院していました。
 ボナッティ氏とロッサナ・ポデスタさんはいわゆる事実婚であり、役所で正式に婚姻届を出していない関係でした。
 このことから、ロッサナ・ポデスタさんはボナッティ氏の最期の瞬間を看取ること、立ち会うことができなかったそうです。

 今回Desnivelに掲載されたのは、最期の瞬間に立ち会えなかったロッサナ・ポデスタさんが地元イタリアの La Repubblica紙に憤りの気持ちを吐露したこと、ボナッティ夫婦と良き友人であったAlvaro Sebastianが披露した二人のエピソードについてまとめられています。

 かつてソフィア・ローレン、クラウディア・カルデナーレ、ジーナ・ロロブリジーダと並ぶイタリアの女優ロッサナ・ポデスタさんが「無人島に行くなら誰と一緒に行きたいですか?」とインタビューされ、躊躇なく「ワルテル・ボナッティ。」と即答したことは知られています。
 
 Desnivelでは、このインタビューの後の顛末について、友人Alvaro Sebastianがボナッティ夫妻と夕食を共にしながらリラックスした雰囲気の中、ご本人から聞いたエピソードを紹介しています。

 以下引用開始
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 ボナッティが内気だったにもかかわらず、友人は何があったのか彼に知らせました。
 そこでボナッティは電話をかけました。
  「ロッサナ、私はワルテルです。 あなたが私についてコメントしてくれたことについて感謝します。もし半年以内にローマに来られるようであれば、お会いしたいのですが・・・」
 
 隣でロッサナが微笑んでいました。
 「変な人、半年以内なんて。」

 すぐに、電話が再び鳴りました。
「ワルテルです、よろしければ来月お会いしたいのですが・・・」
 数分後、ワルテルのそれまでの冒険を果たした強烈な個性と決意が表れたのか、最後の電話がありました。
「ロッサナ、ワルテルです。ローマで今日会いましょう。」
 それから30年以上、ワルテルとロッサナは、医者がその最後を看取る権利を否定した9月13日まで、別れることはありませんでした。
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 以上引用おわり

 さすがイタリア男児!
 独身気取ってる日本の山屋も少し見習え!
 あ、私は見合い結婚で(以下省略)

 自ら膵臓ガンであることを知りながら延命処置を望まず、尊厳死を選んだところにボナッティの生き方を感じます。
 婚姻届という書類は存在しないものの、ボナッティ氏とロッサナ・ポデスタさんは夫婦として強い絆で結ばれていたのでしょう。
 死が訪れる瞬間、愛する妻が傍らにいなかったとしても、ワルテル・ボナッティは良き思い出、良き人生とともに世を去っていったのだと私は信じます。

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クライミング」カテゴリの記事

コメント

本日独山岳協会の機関紙を読んでいて、この死を思いました。丁度旅行前で、振り返ることが出来ませんでしたが、意外にも反響は小さかったと思います。

こうした事実をしても戦後に「戦前の回顧アルピニズム」を推し進めた天才登山家の孤高さが偲ばれます。

ご指摘のように我々世代にとっては、断トツのアイドルであった訳です。上の世代のカシンは日本を訪れて身近な存在であってもあくまでも歴史上の人物であって、ボナッティは目の前にあっても手が届かないアイドルだったのです。

投稿: pfaelzerwein | 2011.11.20 04:32

re: pfaelzerwein様
 pfaelzerwein様ブログの該当記事も拝読いたしました。

<<上の世代のカシンは日本を訪れて身近な存在であってもあくまでも歴史上の人物であって、ボナッティは目の前にあっても手が届かないアイドルだったのです。

絶妙な表現での補足ありがとうございます。
独では意外に反響は小さいと思われたとのこと、登山活動を早々に引退したこともあるのでしょうか。


pfaelzerwein様仰るところの『計り知れないほどの「体験」に思いを寄せる』のは、おそらくボナッティを慕う日本のクライマー氏が同じ想いなのではないかと共感いたします。

投稿: 聖母峰 | 2011.11.20 23:17

素晴らしい記事を見つけてお教えくださって有り難うございます。私が知る限りの日本人登山家でボナッティさんとご縁のある方にこの記事を紹介させていただきました。日本山岳会の今月の会報にはAACKのチョゴリザ隊BCで、G4登頂後のマライーニ隊長以下、ボナッティさんたちと親交を深めた芳賀孝郎さんの追悼記事が掲載されていましたが、思わず涙を誘うものでした。

投稿: BOKUWAKUMA | 2011.11.24 13:01

re: BOKUWAKUMA様

 久しぶりのコメントありがとうございます。

<<私が知る限りの日本人登山家でボナッティさんとご縁のある方に

 恐縮を通り越して汗顔の至りです(^-^;
 普段ブログで好き放題に書き散らしておりますが、ボナッティ氏に関しては親交のある先輩方もいらっしゃいますので慎重になっておりました。
 ただ、ロッサナ・ポデスタさんとの電話のやりとりは、ボナッティ氏の人柄が垣間見えるエピソードと思った次第です。 

<<日本山岳会の今月の会報には
 機会あればぜひ読んでみたいと思います。
 今後ともお気づきの点ございましたら、ご教示いただければ幸いです。

投稿: 聖母峰 | 2011.11.24 23:28

 AACKチョゴリ隊メンバーだった芳賀孝郎さんから、かつてAlvaro Sebastianさんから直接、このエピソードを聞いたことがあるというメールをいただきました。皆さん、とても喜んでくれましたよ。
 チョゴリBCでは、マライーニ隊長以下イタリア隊のメンバーが山の歌を見事なハーモニーで合唱してくれたそうです。
 またチョゴリで遭難したヘルマン・ブールがテントに残したピッケルをボナッティさんに託して、ブールの未亡人にお渡しすることが出来たそうです。

投稿: BOKUWAKUMA | 2011.11.25 12:10

re: BOKUWAKUMA様

<

<<チョゴリBCでは、マライーニ隊長以下イタリア隊のメンバーが山の歌を見事なハーモニーで合唱してくれたそうです。

 海外の岳人達とそのような交流があるとは、まあ何とうらやましい・・・
 WEBでのコミュニケーション全盛の今、人との出会いの大切さを教えられるエピソードです。

 ヘルマン・ブール氏が山に残した遺品に関しては、チョゴリのピッケルとは別件ですが私の知人も関わっておりました。ブール氏の遺品に関して日本人がこれほど関わっていたとは奇遇ですね。

投稿: 聖母峰 | 2011.11.25 23:01

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