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ネパール女性クライマーが語る社会・男・セックス。

好色エロ爺クライマーの皆様こんにちわ。

やっぱネパールで入手できるエロ本つったら、インドから輸入の「Debonair」ですよね(遠い目)

あれ?
今はなにやらHimalmediaというネパールの出版社から、「WAVE」という国産のエロ・・もとい、男性雑誌が出版されているそうな。
Himalmediaのウェブサイトでは「青年向け雑誌」と紹介されてるけど・・・

W_2
表紙はどうみても男性雑誌でまんがな。

 で、ネパール通の山岳ジャーナリスト柏澄子さんも目を通すことはないであろう、ネパール国産 男 性 雑 誌 WAVEに、エベレスト登頂を果たしたネパール女性クライマーの座談会が掲載されました。

Women on top by WAVE2011年12月号

以下記事引用開始
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頂上の女性達

P1_2
 シャイリー・バスネット Shailee Basnet(コーディネーター) ビジネス情報システムとジャーナリズムを大学院で専攻、現在はHimalmediaのレポーターを務めています。彼女は普段の仕事の世界とは大きく異なる、登山とクライミングの肉体的・精神的にもチャレンジングな世界に興味を抱きました。

P2
 ニムドマ Nimdoma シェルパは、まだ高校在学中でありながら、エベレストに最年少登頂を果たした女性です。小柄な体にもかかわらず、登山の基本訓練コースで誰もが感心した素晴らしいクライマーです。彼女は個人の前面にある彼女自身の闘争がありました。彼女は第十学年の時に父親が亡くなりましたがそれでも勉学に励み、彼女は家族の中で初めて学校の卒業証書を受けました。しかし、彼女は周囲の女の子とは異なる運命をたどることを知っていました。サガルマータ女性登山隊を知ったとき、これが自分が待ち望んでいたものと感じたのです。彼女は2008年5月22日、17歳で世界の頂点に足跡を残しました。彼女はスポーツクライミングのナショナルチャンピオンでもあります。

P3
 マヤ・グルン マヤは、内戦で傷ついた子供時代を送りました。マヤは4年間にわたりボーリングのナショナルチャンピオンとして君臨し、様々な分野で自分を試してみましたが、実際には何もマヤを満足させることはありませんでした。彼女がエベレストに登るため、登山の基本訓練コースに参加するまでは。
 彼女はついに夢を果たし、28歳でグルン族として最初の女性登頂者となりました。さらに2008年10月10日には彼女の長年の夢として、スカイダイビングでエベレストに戻ってきました。マヤはコーディネーターとしてマナスル清掃登山隊を率い、またカラパタールで開催されたネパール政府の閣議に際しては会場のマネージャーを務めました。

P4
 プジャン・アルチャヤ  プジャンはドルカの人権活動家として働いていました。彼女は早くからスポーツに情熱を示し、彼女の村には女性の相手がおらず、男性とプレイしていました。熟練したバレーボール選手とマラソンランナーであるプジャン、25歳は、地区レベルでの競技会でいくつもの賞を受賞しています。しかし、それはヒマラヤ山麓・ロールワリンで育った彼女にとっては満足のゆくものではありませんでした。女性のアウトドアリーダー・トレーニングコースを修了し、2003年に最初の登山を経験しました。そして2008年5月22日にエベレスト登頂を果たします。彼女は同年10月17日にエベレスト山域でスカイダイビングを果たし、カラパタールで開催されたネパール政府の閣僚会議では会場のマネージャーとして関わりました。

P5
 ペマ・ディッキー・シェルパ 22歳のペマは、ドラカからカトマンズに移住して苦労を重ねた両親の下に生まれた三女の中の一人です。エベレスト遠征に参加する二年前、ゴサインクンドのトレッキングアシスタントの機会があり、さらに多くの登山経験を積み重ねたいと願っていました。彼女はチョモランマの頂上に立った時、その長年の夢を果たしました。彼女は教育を信仰し、教師になることを夢見てします。登山隊は自分の夢を信じるような大きな動機づけとなり、登山期間中に学んだ経験を共有し、様々な分野で教育同様の効果を果たしています。このプログラムによって、彼女の子供時代の夢は現実のものとなりました。

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 チュヌ・シュレスタ  カトマンズの貧しい家庭に生まれ、6年生になった時、家計を助けるために働き始めました。その苦しい家計にもかかわらず、彼女は高校を卒業、芸術の学士号を目指して勉強中です。彼女は2005年にSusmita Maskey(訳者注 United Nations World Food Program 国連世界食糧計画の職員で、数々のネパールヒマラヤ遠征を企画、登頂)の頂上の試みについて聞いたとき、彼女は彼女の家族を支援する可能性に触発されました。ネパール女性サガルマタ登山隊で彼女はアウトドアへの情熱を育み、27歳でエベレスト登頂を果たしました。

P7
 アシャ・クマリ・シン - 24歳の学生、アシャはマホッタン郡Meghrail、ダヌワル村出身。彼女は古くからの家父長制社会に生まれ、彼女の祖母は姉妹の中で彼女が最も醜い、誰とも結婚できず面倒もみてもらえないだろう、というのが彼女が教育を受けられた唯一の理由です。しかしアシャはテライ平原に生まれ、いつも高い山に興味がありました。彼女は高校進学のためカトマンズに移り、2004年にアンナプルナで開催された女性アウトドアリーダー・トレーニングコースに参加する機会を得た。彼女が登山を始めた背景には、慣習と否定論者への挑戦があるのです。

 対談が進むにつれ話題になるのは、現実としてエベレストのサミッターのほとんどは男性であるということです。多くのネパール人男性が登頂し、いくつもの世界記録を樹立しました。2006年まで、エベレスト登頂に成功したネパール人女性はわずか7名でした。
 10名の勇敢なネパール人女性の登山隊は、その驚異的な標高のために危険な山に挑戦を決めました。勇敢な彼女たちは自分たちの生命を危険にさらすにもかかわらず、2008年5月25日にエベレスト頂上にネパール国旗を立て、不屈の精神が報われたのです。

P8

 WAVE誌は、彼女たちに大胆なインタビューを試みました。

 エベレスト登山の背景にある、あなたがたの登山の主な理由は何ですか?

シャイリー:在学中、私はスポーツと無縁で非常に内向的で、自分の殻にこもっていました。後にジャーナリストとして働いていたときに、メディアを通じてエベレスト女性隊が計画されていることを知りました。すぐに世界最高峰を登る挑戦の時がきたと決断しました。

アシャ:テライ平原出身にもかかわらず、私はいつも山に登ることを夢みていました。それが実現不可能な夢だと思っていました。しかし女性隊の結成を知り、すぐにチームに加わったんです。

チュヌ:私は皆がアドベンチャースポーツについて知っている典型的なネワール族としてカトマンズで生まれました。雄大な山々に惹かれていた私はチャンスをねらっていましたが、世界の頂上をめざす初のネパール人女性隊結成を知り、その機会が来たと思いました。

ニムドマ:ずっとアドベンチャースポーツに恋こがれていしまた。それがクライミング、バンジージャンプ、キャニオニング、トレッキングに出かける理由です。しかし最終的には私はエベレストに登りたいと考えていました。初の女性エベレスト隊を知ったとき、もうそんな機会は二度と巡ってこないと知ってました。

 難しすぎるとか、あきらめようとか、感じたことはありますか?

シャイリー:特に紹介したいエピソードがあります。ベースキャンプ滞在中、ちょっとしたことで私は自分を蔑んでみていて、周囲の誰とも仲が良いとは思いませんでした。でもみんなが私のテントにやってきました。最後には冗談を言いあい、笑い、その時に苦労したこと全部が忘れられました。それは私にとって、強く楽しく、愛される女性は孤独で落胆したままではいられないとわかった瞬間です。

アーシャ:周囲には9人の強くて優秀な女の子たちがいて、すべての障害について考えあう時間がありました。
チュヌ:チームとして、私たちが困難な事態にもお互いを思いやっていましたので、そのようなネガティブな考えを持つことはなかったです。私たちは強すぎたので、どんな種類の問題にでも立ち向かうことができました。

 世界最高峰の頂はどんな感じ?

シャイリー:頂上に到達してから、私は自分の足を見ました。私がそれまでたどった人生をふりかえりました。その幸福感、喜びを表現するには、私のくちびるでは小さすぎるとも思いました。

アーシャ:エベレストは、地球上で最も背の高い人物であるかのように感じました。有頂天になって仲間達とダンスしていました。

チュヌ:私は頂上アタック隊の最後尾にいたので、とてもナーバスになり緊張していました。突然に頂上に到達し、そこでは「神」に近いような存在を身近に感じました。その感覚は、簡単に言葉では言い表せません。いつか、私の孫に伝えたい、天国といった感覚です。

ニムドマ:私は連続テレビドラマでみたような場面を感じていました。「ここは天国に違いない!」と自分に言い聞かせました。

 女性として私たちは、男性にときおり差別的な扱いを受けるのですが、女性の能力に常に懐疑的な男に対して、何か言いたいですか?

アシャ:一部の人々は私が山iを登る約ので懐疑的でした。バカとか、愚かとか、駄目とか。でも私は結果が全て答えてくれると考えていますので、それらの愚問に答える必要は感じません。

チュヌ:性的差別はどこにでも、農村、都市、私たちの地域や我々自身の家にもあふれています。その男たち(彼らは進歩的な女性を見たくない)に言いたいです。あなたの生活は女性の存在なしに成り立ちますか?と。

ニムドマ:女性が望むことをさせてください、この国が繁栄するのを見たければ、それを応援してくださいとお願いしたいです。

 エベレスト登頂は簡単なことではありません。エベレストの次は何ですか?あなたが達成したいことはありますか?

シャイリー: チームとして、より多くの山々に登りたいですね。それとは別個に、私は漫才についての執筆も続けたいと思っています。(訳者注 ネパールでは社会風刺の漫談・漫才が人気がある)

アーシャ:私は登山インストラクターになりたくて、それを目指して働いています。他には修士号を得て、社会福祉事業を立ち上げたいですね。

チュヌ:今、姉の仕事の手伝いをしています。私は山に登るのと同じくらい刺激的な事をするのが大好きです。

ニムドマ:現在、私はトレッキングガイドとして働き、クライミングも続けています。将来、アドベンチャースポーツでの私を見てください。

 あなたが一般のネパール人男性についての嫌いな三つのことを挙げてください。

シャイリー:私はネパールの男性を愛してます。本当に愛らしいと思いますよ。(笑)

アーシャ:飲み過ぎて、妻を殴る権利があると思う連中には悩まされます。公的な場所に唾を吐き、あたかも所有者であるかのように、公共交通機関で大きな態度をとる人が嫌いです。

チュヌ:女性を上から下まで眺め回す男とか、混雑した場所でさわってくる男とか。ののしったりするのがかっこいいと思ってる男が嫌いです。

ニムドマ:男性の支配的な行動が大嫌いです。公共交通機関で威張っている男も大嫌い。

 シャイリーを除いて、あなた方は未婚です。男の魅力として3つの資質は何ですか?

アシャ:謙虚で教養があり、知的なこと。

チュヌ:、支えてくれて、励ましてくれて、ルックスがいいこと。

ニムドマ:ユーモアがあって、背が高くて、愛情があること

 あなたが今、片思いしているのはどんな男?

シャイリー:Hari Bansha Acharyaさん(訳者注 ネパールの人気男優・コメディアン)は、愛すると共に尊敬しています。彼はスクリーンの中と外、両方でとても魅力的な人だと思います。

アーシャ:私はアクション俳優が好みです。ジャッキー・チェンは私のお気に入りで、Nima Rumba(訳者注 ネパールの人気アイドル歌手)も好きです。彼のホットでルックスのいいところに惹かれています。

チュヌ:私はシャールクカーン(訳者注 インドの映画スター)の信者です。

ニムドマ:私はラジュラマ(訳者注 ネパールの歌手)がすてきです。ミンマ・シェルパも好きなんですが、彼はもう結婚してますね。

 あなた方がエベレスト登頂に成功した後、男たちはあなたを違う風に見ていましたか?

シャイリー: そうですね。以前よりは私たちを尊敬してくれて、私たちの話も聞いてくれますね。

アシャ: 一部の男性は私たちを恐れて無関心を装ってたりしますね。

 婚前交渉について、あなたの見解はいかがですか?

シャイリー:お互いが安全にそれを行い、その結果にも準備ができているならば、私はOKだと思っています。その結果についてではなく、セックスすることについて話すことに、人々が興味を持っていることは残念です。

アシャ:精神的にも身体的にも、それが安全であるならば、結婚前のセックスは大きな問題ではないと思います。しかし常に妊娠、HIV/エイズとSTD(性感染症)について慎重でなければなりません。

チュヌ:お互いパートナー同士が準備ができている場合、誰かにとやかく言われる理由はありません。自分や相手に影響を及ぼさなければ、精神的に望むことをする自由があるはずです。

※他の3人のチームメンバーは、ネパールでの遠征登山やツアーに参加中です。
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以上引用終わり

 この記事でおわかりのように、
 ネパールの子供達は眼が輝いている!
 とか、
 ネパールの若者は勤勉だ!
 とか、
 やたらと持ち上げる、カネとヒマもてあましてネパールトレッキングに入れ込んでいる日本の爺がいますが、若者なんてネパールも日本も、どこの国も考えることいっしょだっつーの。
 好きな芸能人の話題とか、背が高くてユーモアのセンスがある男がいいとか・・・

 今年は日本のフツーのOLさんがお金を貯めて公募隊に参加してエベレスト登頂、が話題になりましたね。
 このWAVE誌インタビュー記事に取りあげられているネパール女性サミッターたちは、いわゆるシェルパ族だけではなく、フツーのネパール女性も含まれているところに大きな意味があります。

 それは、ネパールの若い女性たちにとって自分の夢とは、自分自身の生き方だけではなくネパール社会の古い慣習・男女差別といった社会構造と真っ正面に向かい合わなければならない、そしてエベレスト登頂がその手段の一つでもあることを示しています。

 日本ではあいかわらず池田常道老人に洗脳されて、ヒマラヤ登山は少人数の貧乏登山が一番エラいと思いこんでいる輩が多いようですが、公募登山や大人数のイベント登山によって、ネパールでは社会の荒波に向かう女性たちを輩出している、という点にも注目すべきでしょう。

 ちなみにこの記事に出てくるニムドマ・シェルパは以前に当ブログ下記記事でもとりあげています。

 学校給食とエベレスト・サミッターの素敵な関係 2009年9月15日

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コメント

こんにちは。
十数年前は頻繁にネパールに通って取材していたのですが、最近はとんとご無沙汰です。まったく「通」ではないです。

ご想像の通り、この雑誌を読んだコトはなかったですが、今年のGWにシャイリーと一緒にエベレスト街道トレッキングをする機会がありました。
雑誌には登場しておりませんが、もう一人マヤというグルン族の女性も一緒でした。

明朗で聡明な素敵な女性達で、楽しい時間を共有できました。

おそらく、もともとの彼女達の資質もあったでしょうが、それに加えて、エベレスト登頂というタイトルを得て、色んな場に出るようになり、鍛えられた面もあるのではないかと感じました。
自分達のメッセージを伝えたり、表現する場、多種多様な人達とコミュニケーションする機会が増えただろうから。

雑誌の回答についても、彼女たちみな、快活で聡明で、素晴らしいですね。

投稿: Sumiko | 2011.12.19 10:36

re:Sumiko様
 コメントありがとうございます。
 勝手にお名前引き合いに出して大変失礼しました。

<<今年のGWにシャイリーと一緒に
 わっ、そういう機会がある(作る)とは、さすがSumiko様です。

<<自分達のメッセージを伝えたり、
 Sumiko様のコメント拝読してふと思ったのですが、ご親交の深い田部井さんなど日本でも70年代から海外登山を実践されてきた女性の方々は、同様の苦労を重ねてこられたのかな、と思いました。

<<彼女たちみな、快活で聡明で、素晴らしいですね。
 他のアジアの国々とも異なり、ネパール女性の登山との関わりは高所得層のレジャーというよりも「よりよい生き方」を目指す姿勢が強く感じられ、とても興味深く思っています。

 雪のシーズンを迎えて、ますますご多忙のご様子ですが、どうぞお体大事にしてください。いろんな媒体での記事が読めることを、楽しみにしております。

投稿: 聖母峰 | 2011.12.19 23:23

最近、新宿のワシントン内にある居酒屋で働いき始めたのですが。
その職場には勤勉なネパール方が多く働いていらっしゃって、この職場のおかげでネパールの方の素晴らしさを知りました。

今は何とか英語で会話出来ていますが、ネパール語で話してみたいものです。

何かネパール語の良い教材等があれば伺いたいのですが・・・
最終的に私事ですみません。

投稿: ユウスケ | 2013.10.09 03:52

re:ユウスケ様
 レス遅くなりすみません。

<<何かネパール語の良い教材等があれば伺いたいのですが・・・

 実家の蔵書を確認したのですが、私がネパールを訪れた90年代は、あまりよい入門書も無かったですね(不勉強の言い訳)

 私が用いたのは大学書林の「基礎ネパール語」、「ネパール語会話練習帳」、「ネパール語基礎1500語」でした。

「基礎ネパール語」はガチな文法入門書で、発音習得用にカセットテープもありましたが、短期間でかじるには濃すぎる内容でした。

 後の2冊は新書版の大きさで薄いので現地にも持って行きましたが、
「ネパール語会話練習帳」は薄いながら挨拶、基礎日常会話、ホテル・買い物・通信・医療・トレッキングなど旅行に主眼を置いた内容で、ローマ字表記の発音とデーヴァナーガリー文字表記が併記されており、当時としては使いやすい内容だったかと思います。
 ただ、大学書林のテキストは全体に会話内容が「古い」です。散髪屋での表現でも「髪にコテをあててください」とか。
 Amazonをみますと最近は旅行用ネパール語会話の本も幾つかでているようで(最近のものは私は未読)、最近出版された書籍の方がよいかもしれません。
 まとまった文法書では、白水社のエクスプレスシリーズがあったのですが、現在のニューエクスプレスシリーズからネパール語が外れてしまったのは残念です。

「ネパール語基礎1500語」はやはり薄くて持ち歩きに便利だし、辞書代わりになるかと思いましたが、見出しがデーヴァナーガリー文字でして、知りたい日本語から単語を検索することができないため、結局使う機会はほとんどありませんでした。

 良い教材よりも、手持ち教材の欠点の紹介ですみません。なお、神田あたりの古書店でよくみかける泰流社の戸部実之著「ネパール語入門」は著者・内容ともに問題有りのため絶対に(笑)手を出さないで下さいね。

<<今は何とか英語で会話出来ていますが、ネパール語で話してみたいものです。
 ユウスケ様の希望がぜひ叶いますように祈っております。

 私のブログではだいぶおちゃらけて書きましたが、登山隊で行動を共にしたネパール人でも、他のシェルパ達が賭トランプに興じている合間、グルン族のシェルパは英和辞書を読んで日本語を熱心に勉強していました。彼らの場合、外国語の習得が収入に直結するという現実を考慮しても、その勤勉さに頭の下がる思いだったことを書き添えておきたいと思います。

投稿: 聖母峰 | 2013.10.12 19:15

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