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【映画】 無言歌

T0010823p映画『無言歌』を観る。
映画『無言歌』公式サイト

山形国際ドキュメンタリー映画祭で名前を知られた王兵(Wang Bing)監督。
私はあの田舎臭い祭り騒ぎが嫌いなので、山形国際ドキュメンタリー映画祭には足は運んでいない。
ストーリーは1950~60年代、毛沢東の「批判大歓迎よ~」との呼びかけに応じて知識人がアレコレ言ったところ、「やっぱりオメーら右翼あるね!!」と中国共産党のチャンコロ共が多数の人々を弾圧・死に至らしめた、いわゆる『反右派闘争』による強制労働所での出来事をドキュメンタリータッチで描いた映画。

下記動画の予告編には「人間の尊厳」などという言葉が出てくるが、この映画にはそんなものは存在しない。
草もまばらな甘粛省のゴビ砂漠にある強制労働所。
過酷な労働の中、与えられるのは水に等しい粥ばかり。
飢餓の中、病に倒れた者の嘔吐物まで口に入れる場面。
直接の描写はないが、人肉食も横行する労働所。

この映画に、背景音楽は一切無い。
そして登場人物の表情に、笑顔も一切無い。
疲れ切った顔、悲しみの顔、苦渋の顔、それだけである。

冒頭から他人の食器を舐め、ゲロを喰うシーンが続き、この映画のストーリーの軸となる人物、囚われの身でありながら公安出身ということで所長の信頼も受けている「陳」が、老人に水を差し出す場面がある。

ただ、水入りのカップを差し出すだけの動作が、なんと暖かく感じられることよ。

毎日毎日、誰かが飢えと病で死んでいく。
そんなある日、ある囚人の妻が訪ねてくる。
彼は数日前に死んだばかり。
悲しみの中、妻が「みなさんで食べてください」とビスケットを差し出す。

それまで無関心をよそおっていた-いや、飢えと絶望で他人に関心すら無かった-男たちが、ぞろぞろと布団から出てきてビスケットを口に入れる。それはロメロ監督の映画に出てくるゾンビそのまんまだ。喰うことが生きること、それが全て、という世界。

囚人たちの住まいは、土の中に掘られた「壕」と呼ばれる部屋。
ムシロが風であおられ、時折ゴビ砂漠のまぶしい光が刺す。
映画において、ここまで乾ききった、残酷な光を私は知らない。

物語は一点の希望も無く、次々と囚人たちが死んでいくだけ。
あまりの死者の多さに囚人たちの一時帰郷が計画され、収容所の所長が「陳」に部下として働かないか、と問いかける。
その「陳」が布団にもぐり込んだところで映画は終わる。

ちなみにこの映画の製作は香港・フランス・ベルギー合作。
普段は日本国憲法草案などと偉そうに唱える嫁売新聞では「中国本土では上映の機会が無い」などと腰抜けな表現を用いているが、この映画は中華人民共和国内では上映禁止である。
監督の王兵はリスクをおかし、この映画を中国当局の目を盗み中国国内で撮影した。

私がこの映画に興味をひかれたのは、新聞評で王兵が「人間の誠意というものを描きたい」という意味の発言をしていたからだ。

他人のゲロを喰い、人肉食が横行する収容所で、病に伏した他人に水の入ったカップを捧げる。
「陳」のその行為に、私はたしかに人の誠意というものを観た。

映画「無言歌」予告編

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