« 月山山麓「道の駅にしかわ」でフリースポットサービス開始 | トップページ | 映画『星空』 »

韓国人クライマー、アルパインスタイルを問う。

 韓国の月刊『山』誌において、昨年のパク・ヨンソク氏、キム・ヒョンイル氏の事故に端を発してアルパインスタイルの是非を問う座談会が開催されました。

 池田某老人に洗脳されたクライマーが多い日本とは対照的に、「アルパインスタイル」を正面切って批判する議論が読みどころです。
 また日本では断片的な(クライミングの成果)報道しか無いデニス・ウルブコに関する評価も注目すべきでしょう。
 堅実で、真剣に山に取り組んでいる日本のアルパインクライマーであれば、私の余計なコメントを挟まずに韓国のクライマーの思想を読み取ることができるでしょう。
 以下に掲載します。

[アルパインスタイルの登攀]討論会 by 月刊『山』2012年1月号
以下記事引用開始
----------------------------------
[アルパインスタイルの登攀]討論会

司会 ハン・ピルソク部長
写真 ヨム・ドンウ記者

「スタイルがクライミングの目的にはなり得ない」
アルパインスタイル登山の目的と方法について登山家たちの激しい討論
P1
▲去る12月14日、月刊「山」編集室で開催されたアルパインスタイル登攀の討論会でキム・チャンホ氏が意見を発表している。

「アルパインスタイルのクライミングだけが最高のクライミングなのか。標高8,000m峰のノーマルルートの登山は価値がないのか。西欧の先鋭的な登山家たちが追求するアルパインスタイルの登山を、私たちも追求しなければならないのだろうか。ヨーロッパはアルプスで、アメリカではアラスカで、ロシアは中央アジア周辺の高山や困難なビッグウォールが数多いカフカスで、アルパインスタイルのクライミングを経験することができる。 私たちの条件はどうか。 技術と能力はどうなるのだろうか。」

 いつからか「アルパインスタイル」がヒマラヤ登山の定番として定着した。一方、韓国のヒマラヤ遠征隊が40年以上にわたり定石として選んできた極地法登山は価値のない登山として軽蔑されるに至った。
 去る12月14日午後、光化門の月刊「山」編集室において、現役のヒマラヤニスト、クライマーたちが席を共にしてアルパインスタイル登山の議論を重ねた。

 この席にはパリルラプチャ北壁をはじめ、何年もアルパインスタイルのクライミングを追求してきたユ・ハクジェ氏(フィラスポーツ技術顧問)、チェ・ソクムン氏(ノースフェイス)、8,000m峰13座無酸素登頂者のキム・チャンホ氏(モンベル技術顧問)、8座登頂者のキム・ミゴン氏(韓国道路公社、バーグハウス)、そして高所登山評論家のオ・ヨンフン氏(ソウル農大OB)、ヒマラヤ登山専門旅行会社のユーラシアトレック代表ソ・ギソク氏、2011年に山岳大賞を総なめにしたパク・フィヨン氏(城南スパイダーマン、ノースフェイス)、2007年のエベレスト南西壁遠征隊隊員のイ・ヒョンモ氏(関東大OB)、ジョン・チャンイル氏(竜仁大OB)、キム・ヨンミ氏(江陵大OB)、イ・ソンジェ氏(仁荷大OB)など15人が参加し、率直な議論を交わした。

◎総合的なクライミング能力と創造性に後押しされてこそ可能なクライミング

ハン・ピルソク 最近、残念なことに私たちが愛してやまない先輩・後輩たちが山で帰らぬ人となりました。あまりにも残念でなりません。このような事故を容認してまで、アルパインスタイルの登山をするべきなのか。最近の二度の事故をどのように考えますか?

P2
▲ユ・ハクジェ

ユ・ハクジェ 人災ではなく、天災だ。登山が未熟だったのではない。特にパク・ヨンソク氏の場合は天災だ。対応能力はすばらしかったが、あえなく事故に遭ったようだ。キム・ヒョンイル氏の場合は休んでいる際の事故で、雪壁の崩壊など一種の天災ではないかと思う。アンナプルナは雪崩が多く、チョラツェの付近で私が登っていた時もホワイトアウトが激しかった。天候の安定した日を決めにくかっただろう。

キム・チャンホ クライマーがアルパインスタイルで登る場合、ベースキャンプとのコミュニケーションが減る。それでもパク・ヨンソク隊は、状況を知ることができる状態だったが、チョラツェ隊は、状況を知ることができなかった。1992年のフランス隊とルートがほぼ同じで落石や雪崩の危険性については認識していただろう。パク・ヨンソク隊長がポストモンスーンの登山を決めたのも、そこにあると思う。午後になるとガスって状況は良くない。計画する上で、客観的な危険性を研究・分析してすべてカバーできるならば、クライミングなどしないだろう。備えることができない部分がある。チョラツェの墜落死は、判断が難しいと思う。

ユ・ハクジェ 休憩中という無線を受け、遺体が寝袋の中で発見され、両隊員が10秒以上の差を置いて墜落した。ロープを結んでいないことから、休憩中に地形の変化があったのではと思う。個人的な見解です。薄い雪壁に座り込む場合もある。上部からの雪崩に押されて墜落したのではないかと思う。

キム・チャンホ 北壁は乾燥している。2005年にバク・ジョンホンと登る時も困った。

ユ・ハクジェ チョラツェは10日間、ホワイトアウトだった。上では雪が降っている状態だと思う。

キム・チャンホ 国際山岳連盟(UIAA)の定義では、アルパインスタイルのクライミング(Alpine Style Climbing)は、クライマーは6人以内、ロープは、チーム当たり1〜2本、固定ロープは使用せず、他のチームが既に設置した固定ロープは使用しない。ここでは、事前の偵察登山をすることなく、高所ポーターやシェルパその他支援を受けず、酸素ボンベを携帯したり使用しないクライミングと規定している。これらの条項は、ヒマラヤ登山において、規制というよりは一つのガイドラインとみることができそうだ。

オ・ヨンフン 外国では、アルパインクライミングという言葉はあまり使わない。外国のクライマーの場合、6,000m峰は当然アルパインスタイルで登るためだろう。ただ6,000m以上の高峰をアルプス登攀スタイルで登ればアルパインスタイルのクライミングと表現し、そのような登山をスーパーアルパインクライミング(Super Alpine Climbing)と表現する。もちろん8,000m峰で行われた場合は、当然、アルパインスタイルの登山をしたと表現する。
 ヒマラヤ遠征隊の90%が8,000m峰のノーマルルートを登る。アルパインスタイルの登山が占める割合は3%程度だ。国で言えば、イギリス、イタリア、スペイン、フランス、アメリカ、日本、そして最近になって中国の幾人かのクライマーもアルパインスタイルのクライミングに取り組んでいる。

ハン・ピルソク アルパインスタイルの登攀を規定した意味は何なのでしょう。

P3
▲キム・チャンホ

キム・チャンホ 国際山岳連盟が基準を定めたものだが、あえてその基準に合わせようと無理をする必要はないと思う。外国のクライマーはクライミングのスタイルは気にしない。スタイルは、登る手段に過ぎず、目的にはなり得ないと思う。登ろうとする山に合うクライミングのスタイルとパートナーを見つけるのがもっと重要なことだ。垣根を壊し自由に登るのが登山の哲学に似合い、クライミングの本質という面でより一層意味があると思う。
 マロリーは「山がそこにあるから」と語った。ハーバード大の学生の質問にマロリーは、エベレストに行くのは限界を明らかにし挑戦する場所、そんなものがそこにある。"Because it is there。" マロリーが言った、"it"は、まさにそのようなものです。それなら私たちが考える"it"は何ですか?

ハン・ピルソク セミアルパインクライミングという言葉を、外国でも使いますか?

オ・ヨンフン セミアルパインクライミングは、外国では使わない。

ユ・ハクジェ セミアルパインはある。

キム・チャンホ エイドクライミングのワンプッシュクライミングは、アルパインスタイルの範疇に入りますか?

ユ・ハクジェ エイドクライミングはアルパインスタイルに入らないでしょう。

ユ・ハクジェ アルパインスタイルのクライミングは、高難度のクライミングだ。岩壁、アイス、ミックスクライミングだけでなく、ビバークテクニックに至るまで、総合的な登山能力が無ければならない。ところが、ほとんどワンシーズンの冬の雪岳山で1泊2日のクライミングを一回程度経験した者がすべてアルパインスタイルの登山をするとすれば問題だ。挑戦する山に見合った技術を学び、取り組まなければならない。
 また隊員が多数なのに一、二人に依存している遠征に出ではならない。極地法登山の場合は、1,2人がリードし残りの人々が後をついていけばよい。しかしアルパインスタイルの登山は違う。信じていた人が事故に遭った時、他のパートナーに能力が無ければ悲惨な状況になるだろう。隊員全員が自分の能力でクライミングできなければならない。

キム・チャンホ アルパインスタイルのクライミングは、創造的なクライミングです。瞬発力も必要とする。このようなクライミングで浮き彫りになるのは、社会現象がそうであるように、クライミングも自然に成熟していく過程を経なければならないようです。2012年にヒマラヤ遠征に行く20チームのうち半分は大規模な隊だ。一方、三、四人でトランゴタワーのような中レベルの標高の対象を狙うチームも増えている。このような観点から私たちの山岳界が多様化して成熟していくのではないかと思う。

キム・セジュン 私の場合、壁を登る場合は、場合によってはロープを張ることも、そのままロープを上げていくこともある。方式や方法が重要だとは思わない。しかし、登山の対象がますます高くなっていけば、装備や食料が負担となることは事実だ。去年の夏、ラトックII峰登山では、以前に比べて装備品は10%しか使っていない。やむをえず軽量アルパインスタイルのクライミングを目指すようだ。ちょっと追われながら登るのではないかと思うが、今は高所のビッグウォールに目を向ける必要はないかと思っている。

P4
▲ソ・ギソク

ソ・ギソク アルパインスタイルのクライミングは、最近当たり前のトレンドとして定着した。私たち登山家の間でも10〜20年前にアルパインスタイルの登山をした人々はいる。ただ当時はそんな概念がなかっただけだ。当時の先輩たちは準備をたくさんした。驚異的な訓練をして、勉強もたくさんした。ところが、たまにあきれた人々が訪ねてくる。無条件に誰も行かない山を探してもらう。そのような姿勢で何が良いクライミングが成り立つのかと思う。

◎なぜ好きな山で綱渡りをしなければならないのか

キム・チャンホ ヒマラヤ8000m峰14座完登後、厳しいクライミングを続けているカザフスタンのデニス・ウルブコとマカルーで会ったことがある。ピオレドールを三度も受けた凄いクライマーだ。後輩をトレーニングする姿を見た。マカルー・ラ(7,200 m)にテントを張り、後輩とロープを結んで、2時間の訓練をして、テントに戻ってお茶を飲むという訓練を繰り返していた。二人は、マカルーに登頂し、最終的にチョーオユー南壁に新ルートを開拓した。
 しかし、チョーオユー南壁登攀に対してヨーロッパの友人たちの見方は様々だ。何より「ウルブコは自分だけ上れるようなところでクライミングをする」という見方だ。ヨーロッパの友人の間では、多くの人々が雪崩などの自然災害を無視するクライミングには、減点を与える。

ハン・ピルソク 8,000m峰、ノーマルルートのクライミングは低く評価され、クライマーはアルパインスタイルのクライミングに追われるように集まっていくようだ。

P5
▲キム・ミゴン

キム・ミゴン 私たちはがヒマラヤを目指すのは登山家としての自然な成長過程だった。山が良くて通ってみれば、目標かますます高まったのだ。ところが、その好きなところで、あえて綱渡りをしなければならないのかと思う。私は必ず生きて戻ることができるという考えで遠征に出かける。適度にスリルを感じるのは確かだが、命をかけて登ることについては懐疑的だ。たまに先輩たちが、「この頃、誰が8,000m峰に行くのか。6,000〜7,000m峰の壁に行かなくてはならない"と語る。そのような話に引きずられれば、安全は後回しになってしまう。普段からアルパインスタイルのクライミングをする環境がない私たちは、あえて西洋のスタイルを選択しなければならないのかと思う。ヨーロッパのクライマーは、最近になってアンザイレンもよくしない傾向がある。下山の途中、誰かが遅れればさっさと諦めて降りてくる。そんな人間味のない登山をしている西欧のクライマーが作った枠組みに合わせる必要はないと思う。

チェ・ソクムン 個人的には、誰も行かないところにルートを作るということに何の意味があるのかと思う。初登以来、誰も行かないルートはあまり意味がないと考える。登山シーズンなら行列ができるインスボンのような岩壁にも、何年もの間登られていないルートがある。そんなルートは、やはり問題があるのではないか?

ユ・ハクジェ 危険と困難を勘違いしているのが問題ではないかと思う。

チェ・ソクムン ヨーロッパでは、他人が登っていても難易度が高いと考える人は多い。ヨーロッパのアルパインスタイルの登山家たちは、高難度のクライミング能力を持っている。5.13クラスのルートをこなせるだけの技術がある。日本のギリギリボーイズのメンバーのうち、カランカ(6,913 m)北壁を登った佐藤のような友人も、5.14級クラスの経験豊富なクライマーだ。

P6
▲オ・ヨンフン

オ・ヨンフン アルパインスタイルか極地法なのか、というクライマーの個人の選択だけのことだ。何がより良くて、何が遅れているなどとは思わない。先日、アメリカで研修した際にデニス・ウルブコにインタビューしたことがある。彼はチョーオユー南壁登山に対する議論について、「クライミングのラインの選択は個人の能力だ。リスクの解決策はある」と一蹴した。彼は「グリーンランドのような場所は余りにも容易だ。しかしヒマラヤは他の人々が思いつかないクライミングの可能性がある。考えられないほど困難な対象がある。」と話した。
 私は、アルパインスタイルのクライミングに対し、多くの可能性のあるクライミングだと言いたい。真の困難を追求できるからだ。アルパインスタイルのクライミングは時間との戦いだ。そのため軽量の装備を担がなければならない。何よりも短時間でクライミングを終わらせなければならない速攻登山だからだ。

◎およばない人を導くクライミングも、良いクライミングではないのか?

キム・ミゴン 結論ありきで、そこに至る過程が省略されている。文化の違いだと思う。私たちにふさわしい登山の文化を生成し、欧米の視点に引きずられるのはやめましょう。

キム・チャンホ 引きずられるしかない。ヒマラヤへの進出とクライミングの歴史、深さが違う。外国のクライマーは初登など、享受できることはみな享受して、量的なものより質的な内容を目指した。私たちの登山界も、もう量的にはある程度解決されたと見ています。

ソ・ギソク アルパインスタイルのクライミングが極地法に比べてより刺激的ということは事実で、それを追うのは人間の本能だ。外国もヒマラヤ登山の創生期には、国家レベルの大規模な遠征をした。アルパインスタイルのクライミングは、時間も費用も豊かではない現代のクライマーが可能な、自然なクライミングのスタイルだ。
 エンドルフィンは苦痛の中から出てくるのではないかと思う。ヒマラヤ登山をしていると、こんな寒いところでなぜこんなことをしているのかと思うことがある。そのような面で、アルパインスタイルのクライミングは、苦痛を楽しむ行為ではないかと思う。

チェ・ソクムン それでアルパインスタイルのクライミングは、ガン予防に良いというようなものですね。山を最も自由にクライミングできる方法という面では、優れたクライミングの手法といえるでしょう。

P7
▲イソンジェ

イ・ソンジェ 何か学ぶことが多いだろうと思って今日この席に参加しました。2006年に除隊すると同時に、アマダブラム遠征に参加しました。しかし、後輩を6人も抱えて負担が大きかったです。多くを期待して参加した遠征でしたが、あまり楽しくありませんでした。アマダプラムが、本当に私の行きたい山だったのかと考えるようになってしまいました。そのため半年、好きだったインスボンも行かなかったんです。
 何よりも、登りたい山がなければならない、という考えを持つようになりました。2009年に私が行きたい山に行ったところ、満足度が高かったんです。このような経験を後輩たちにも伝えて、より高い山に登りたい。何より山に行って後悔したいと思わないし、良い思いを様々な人と分かち合いたい。また山で後悔したくないという気持ちを大事にしています。

オ・ヨンフン アルパインスタイルの登攀は、西欧の個人主義の思考から始まった登山手法だ。様々な人が登ろうとするなら、葛藤を経験するしかない。一人一人の満足度を高めるには、人数を最小限に抑える必要があります。しかしロシアのような国では、単独登攀は気違いのやるクライミングで片づけられてしまう。今もチームワーク登山を地上最高のクライミングに選ぶ。ピオレドールを4度も受けて、高難度のビッグウォールを何度も単独でやり遂げたヴァレリー・ババノフは異端者扱いで、極地法登山とアルパインスタイルを特に区別しないカザフスタンのデニス・ウルブコもやはりこの地域ではまれな存在です。
 このような面からも、私たちもあえてアルパインスタイルのクライミングを追求するのが正しいのか、考えてみなければならないようだ。上手な人1,2人が登るのもいいが、およばない人々をリードしながら登るのも、いいクライミングではないかと思う。

キム・セジュン 韓国にこのような話を聴き、良い方向に導く山岳評論家が少ないのが惜しいですね。

キム・ミゴン 昨年秋、フランスのクライマーと一緒にシシャパンマ南壁を登った。その友人は、「なぜ固定ロープを設置するのか」と尋ねてきた。「安全に下山するために設置する」と答えたところ、フランスの友人は「無謀登山で噂の韓国隊が降りてくることを考えながら登るのか」と切り返してきました。その友人は頂上アタックに失敗したらスキーで矢のように下山しました。目的はスキー滑降だったんですね。

P8
▲キム・セジュン

キム・セジュン 常に未知の壁がクライミングの対象なので、準備や情報が不十分なことが多い。候補地を決めれば、通常は3〜4年かけて準備をする。それでも現地に行けば不足しているものが多いと思う。以前は登攀隊員だけ考えていたが、最近になってベースキャンプマネージャーも重要だと考えている。あらゆることが起きた場合に備えてです。

ユ・ハクジェ チョラツェ北壁事故の場合、キム・ヒョンイル、ジャン・ジミョン隊員がロープを結ばないまま、それぞれシュラフに入って休んでいる間に墜落したという点で、雪崩が発生したか、もしくは休むために固めた雪面が崩れて起きた事故ではなかったかと思っている。それが非常に残念だ。登山の前に、可能な限りフェースやクーロワールは登らない方がいいと勧めた。私の場合、壁を登る時は絶対にガリーやクーロワールには入らない。クライミングのラインも3本は掴んでおく。クライミングの途中で行き詰まったり、とても難しいと思ったとき、他のラインを選ぶことができるからだ。
 実際には、36時間以内に北壁の登攀とノーマルルートの下降をこなすのは容易ではない試みだった。2005年冬に登ったバク・ジョンホンとチェ・カンシクの場合、3日間ビバークして、頂上を経て下降中に事故に遭った。

◎情報が多いと能力も一緒に向上するわけではない

ハン・ピルソク 話を伺えば、アルパインクライミングというが傍らからみれば準備が不十分な場合もみられる。もう少し入念に、クライミングに先立ち候補地をもっと注意深く見ていたなら、という物足りなさが残る。

キム・チャンホ 私たちクライマーの間でも、多くの人々が特別な高所順応なしで登ったりもした。私の経験ではそれは可能なのだろうか、と思う。海外の友人たちはアルパインスタイルのクライミングに先立って、ベースキャンプ周辺の山や他の場所で登山をして来て、必ず高所順応を行う。
 アメリカの研究者の調査によれば、どんなに高いところで順応したとしても、海面近くに降りてきて2週間も過ぎれば高所順応の効果が消えることが分かった。私の場合でも、年に4つの山に行っても、その都度7,000mに行けば頭痛がする。アルパインスタイルのクライミングは非常に躍動的なクライミングだ。隊員1人でも、体調が悪くなれば登山は破綻する。そこでアルパインスタイルの登攀で最も重要なものの一つとして、高所順応が挙げられるでしょう。

ユ・ハクジェ 高所は、多くの経験を積めば十分にコントロールできると考えている。アルパインスタイルのクライミングでは、実際に準備することはあまりない。それよりも雪に覆われた壁で行動し、寝なければならない経験を積むのが最も重要だ。ところが冬山でビバークすらまともにやったことがない連中がアルパインクライミングをすると浮かれているのが問題だ。情報があまりにもあふれ、情報だけで自分の能力が向上しているものと勘違いする。情報と自身の能力は全く違う。その情報に基づいて徹底的にトレーニングし、準備しなければならない。
 特に高所でビッグウォールを登るには、隊員誰もがリード能力を備え、登頂もやり遂げるべきだ。クライミング中に能力が足りないと思えば諦めて下降する方法も知らなければならない。壁を登った後、登頂への欲が出ても心を抑えることができなければならない。壁を登るだけでも価値を認められるのに、天候や時間が条件を満たしていない状況で、頂上を目指して起こる事故が多い。クルティカの場合、ガッシャブルム4峰西壁登攀後、下山した。壁を登ることが目標であり、それ以上の登山は危険をもたらすからだ。
 私たちクライマーにとって最大の問題はトレーニング量があまりに少ないということだ。また、原則を守らなければならない。私の場合は壁を登るときに常にリブ(rib)を選ぶ。クライミングの長さは増えるが、落石や雪崩の危険を避けることができるからだ。ヒョンイルにも絶対にガリーや雪壁に行かないようアドバイスした。ガリーはクライマーの意志と関係なく、流されてしまう危険があるからだ。

 このようなクライミングのノウハウをクライマー同士で共有すべきなのに、不思議なことに私たちクライマー同士はクライミングして感じたところを明らかにしない。海外の友人らはツィッターやブログを介して自身の経験をアップし、それに対して同調する意見や、相反する意見を明らかにしながら、より良い方法や技術を見つけていく。去年の冬、キム・ヒョンイルが進めたウインター・クライマーズミーティングでそのような話を交わしてみたかったのだが、参加者がトワンソンで事故ったために成立しなかった。非常に残念なことだった。
 重要なのは、遠征隊の数が年々減っているということだ。このままでは、私たちの後にヒマラヤに行く人がいなくなるのではないかと思う。より多くの人がヒマラヤ登山に行ける雰囲気を造るのがさらに重要だ。

◎事故の正確な分析がでてこそ、次の事故を防ぐ

ソ・ギソク 8,000mの壁を登るのはそこそこだが、商業登山はますます増える傾向にある。とにかく大変だ。もうヒマラヤに遠征に行けば皆死ぬと考える。クライマーが刺激的なものを求めるのは当然のことだが、高所登山の楽しさを伝えることが重要だ。安全にヒマラヤを行くことができる方法を教え、登山のノウハウを交換しなければならない。

ユ・ハクジェ 初めて遠征していく人々に言語、クライミング能力、経験などからくる不安感を解消する必要がある。私も心配だ。今ここにいる人々が老いてしまえば、私たちの社会から登山家という言葉さえ消えてしまうだろう。

P9
▲パク・フィヨン

パク・フィヨン これまでクライミング中の事故ということを頭の中に描いていなかったのが、今は怖いです。行きたい気持ちも減ってしまいました。2011年、大韓山岳連盟と韓国山岳会から大きな賞を戴いたのは、すべて先輩たちのおかげだと思っています。ところが、そんな先輩たちが私が目指すアルパインスタイルのクライミングを追求している途中で事故に遭い、あまりにも胸が痛みます。
 過去数年を振り返ってみれば、私が遠征に通った回数よりも、亡くなった先輩たちの数の方がもっと多いようです。このように私の行く手を導いてくれる先輩たちが事故に遭ったのをみると、今、私は自分で全てを解決しなければならないという考えと、他にも危険なことがあるんだと恐れてしまいます。でも山に行く、行くしかない。それで先輩たちがなぜ事故に遭ったのか、さらに考えるようになります。より良い登山をするには、先輩方の事故について、正確な分析が出てこなければならないと思います。それで実力が足りないならば、実力を育てなければなりません。

ソ・ギソク 私たちの山の文化には「雪崩現象」が多い。最近になってアルパインスタイルの登山でなければ登山ではないと片づけられてしまう。

◎夢や名声を追おうとして自分自身を欺いてはならない

ユ・ハクジェ クライミングのスタイルはクライマー自らが決めることだ。あまりにも高さのみを追求する人々は、高さが少し低いと滑稽だと考える傾向がある。トレッキングする人々を通じて、山の本質をより一層感じることがある。標高5,000m前後のベースキャンプで最も高いピークを眺めながら、感動して涙まで流す姿を見ていると、果たして私は彼らより山をよく知っているのか、愛していると言えるだろうかと思う。
 高く険しい山でなければ拍手しない傾向がある。それで私も会社で6,000m級の無名峰に行こうとするたびに山の説明、登山の意義についての説明をすることに困ってしまう。チョラツェで事故に遭ったヒョンイルには、やはりこうしたことが常にストレスだった。ヒョンイルが「有名な山でなかったり、アルパインスタイルの登山でなければ、この社会が認めてくれない」として目標もアラカムチェ(6,423m)から認知度が高いチョラツェに変更した。「36時間以内の登頂・下降完了」のタイトルも、そんな側面で掲げたようだ。

オ・ヨンフン 選択はクライマーがするが、マスコミ、スポンサーの影響で能力外の候補地を登るなどという、追い詰める傾向がある。もうクライマーは「なぜ私たちは登山をするか」悩むだけでなく、第三者の立場から評価する方法も知るべきだと思う。最も重要なのは、果たしてそのような海外のクライマーよりも、私たちが優れたクライミングをすることができるのか、またなぜそのようなクライミングをしようとするのかについて、真剣に考えることが先行しなければならないということだ。
 他の見方をすれば、私たちクライマーにとって夢だけが先んじているのではないか。登山をするには、何よりも自分自身に率直でなければならない。言い換えれば、名声を追って自分自身の能力を欺いてはならない。


 月刊「山」編集室で3時間近く行われた座談会は、近くの焼き肉料理店に場所を移して続けられた。酒が入ると言葉がより一層多くなった。会が終わる前に誰かが言った。

『立ち止まってはならない。人の本能は、自分の意識を破ってこそ自由でありえる。迷ったものを壊そう!その代わり、実行する前に準備しよう。理想を実現する前に、準備とその過程を克服しよう。理想と勇気!身体能力と技術、精神力だ。』

----------------------------------
以上引用おわり

|

« 月山山麓「道の駅にしかわ」でフリースポットサービス開始 | トップページ | 映画『星空』 »

expedition」カテゴリの記事

クライミング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21370/53675037

この記事へのトラックバック一覧です: 韓国人クライマー、アルパインスタイルを問う。:

« 月山山麓「道の駅にしかわ」でフリースポットサービス開始 | トップページ | 映画『星空』 »