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追悼 ニサル・フセイン(Nisar Hussain)

 ガッシャブルム1峰冬季登頂を目指し、行方不明となった国際隊の三名は、ヘリ捜索の結果も何も発見できず、生存は絶望、捜索打ち切りが決定しました。

 三名とも素晴らしいクライマーでしたが、当ブログでは西欧偏重の日本の山岳メディアが光をあてないアジア、パキスタンのクライマーNisar Hussain氏について、パキスタンのDAWN.comの記事から引用します。
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ガッシャブルム1峰冬季登攀中のニサル・フセイン氏近影(Photo by Álex Txikon)

Lost before climbing to fame by DAWN.com2012.3.18
以下記事引用開始
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 フセインにとって最も実現したかったことは、エベレスト登頂でした。百万のきらめく星のような、遙かな夢を彼は抱いていました。

 フセインは、オーストリアのゲルフリート・ゲシェル、スイスのセドリック・ハーレンと共にガッシャブルムに遠征、消息を絶ち、死亡したものと推定されています。
 フセインにとって今回の登山は、一般的なポーターとしてではなく、平等な「チーム・メンバー」として参加した登山でした。2003年以来の友人であったゲシェルは、フセインの今後のネパール遠征に協力すると約束していました。 「神に見捨てられた土地」でもっとも天候の厳しい季節にガッシャブルムを目指し、ゲシェルの登山隊に参加しました。

 冬季初登頂を果たしたポーランド隊が三人を目撃しましたが、その後悲劇に終わりました。時速150kmに達する強風、マイナス40度以下の悪天で生存は不可能と思われます。3月9日、頂上直下の約250m地点で三人が目撃されたのが最後となりました。捜索隊は3月14日、ゲシェルの親族の申し入れで捜索中止を決定しました。

 フセインの業績を知るパキスタン人は、多くはありません。
 1980年7月16日生まれのフセインは、サドパラ(Sadpara パキスタンでの遠征登山において、強力なポーターを輩出したことで知られるスカルド地方の村)の出身です。
 山羊やヤクの遊牧で生計をたてる両親を助けるため、彼は高校卒業後、父親の手伝いを始めました。山岳ガイド、そして高所ポーター(HAP)を始め、すぐに彼は世界でも著名な登山者たちと登るようになりました。

「乏しい英語で私たちと登山隊の成功を実現しようと彼がいかに努力していたか、覚えています。彼がクライミングに関して大きな夢を抱いていたこと、その情熱がよくわかりました。登山について議論するときは彼の眼はギラギラとしていましたが、それ以上に、彼の情熱とサポートは私たちを助けてくれたのです。彼の死は非常に悲しい出来事です。フセインが真の英雄として記憶されることを願います。彼の魂の安らかなることを。」サラ・K(フセインがガイドした登山隊のメンバー、ドイツ在住パキスタン人)はコメントしました。

 フセインにとって最初の8000m峰であるガッシャブルム2峰に登頂した、大切な日。
 フセインのウェブサイトの記述が、何を感じていたかを表しています。

「1999年には、私はイ・サンベ氏率いる、G-II(8,035m)韓国隊に雇われました。私にとって初めての8000m峰でした。少年に見えたのでしょう、韓国人は私がシア・カンリに登頂したことが信じられないようでした。
 登山活動中のある時、彼らは議論していました。私が若すぎて経験が乏しいとみえたのでしょう、ベースキャンプに戻され、登山の技量についてテストを受けました。彼らは満足し、私に謝罪してくれました。」

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2008年、パキスタン山岳会にてナンガパルバットの登頂証明書を受け取るニサル・フセイン(写真:パキスタン山岳会提供)

 それ以来、フセインは大きく成長しました。
 彼は酸素ボンベを使用せずパキスタンの8000m峰全てに登頂した三名のパキスタン人のうちの1人となりました(ラジャブ・シャー、ハサン・サドパラに続く三人目)

 パキスタン山岳会の元会長であり登山家であるナジール・サビールは悲しみを次のように表現します。
「彼はスリムなアスリートでした。素晴らしいクライマーの特徴だが、彼を光らせたのは、その行動と情熱です。謙虚で前向きな姿勢がそれを支えていました。登頂に成功し、登り続けることには危険が伴います。そしてその危険が何かを理解していました。」

 生存の望みに関して質問した際、サビールはその高々度で生存は絶望的であること、過去数日の悪天がさらに可能性を薄くしていることに言及しました。

 フセインと同じ村に住むハサン・サドパラ(パキスタン人としてエベレスト登頂を果たした二人目のクライマー)は、今回の捜索隊のメンバーでした。
「若い命が失われたことを、表現する言葉がありません。私たちは同じ村の出身ですし、3つの8000m峰で登頂を共にしました。最初は2004年、一緒にK2に登頂しました。そのときはK2初登頂記念の年でした。今思い返せば、フセインがいかに公的な支援無しに達成したか痛感しています」

 サドパラは2006年にガッシャブルム1峰、2峰で登山を共にし、2008年にはナンガパルバットで登頂を共にしました。

「サドパラ村は携帯電話の圏外にあります。彼の家族に連絡をとるのに時間がかかりました。家族、特にハイポーターとして多くの遠征を共にした彼の兄弟たちは取り乱していました。」

 フセインにとって、クライミングは情熱以上のものです。それは生計をたてることを意味するのです。クライミングによって、家族を養ってきました。ハイポーター、そしてガイドとして、彼は、家族を養うために生命を危険にさらしてきました。
 彼の場合、妻、3人の幼い子供、そして親類を養っていました。
 不運にも、その業績はパキスタン人に知られていないままです。しかし彼はポジティブな人生を歩んできました。

「生命をこれほど危険にさらすスポーツはありません。クライマーは、これほどの危険があることを知りながらもまた戻ってくるでしょう。
 来たるべき時には、ガッシャブルム1峰はさらに冬季登頂が行われるでしょう。
 偉大なる山々に敬意を払うクライマー達と頂上で出会うとき、フセインの魂も喜ぶことでしょう。」
ソハイル・サディク(トレッカー)
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以上引用おわり

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ニサル・フセインらが試みた冬季ガッシャブルム1峰の新ルート
(Photo by Gerfried Göschl website)

 ネパールのシェルパ族の歴史をかえりみればおわかりのように、パキスタンの「ハイポーター」と呼ばれる人々が、従来のような他者-すなわち先進国からやってくる金持ちの登山家たち-のためではなく、己自身のために登山を行う。
 パキスタンにおける先駆者は、記事中でもコメントしているナジール・サビール氏です。
 記事にもあるように、彼らパキスタン、カラコルム山麓の人々にとっては、登山が生計に直結しているという現実もあります。上記記事の原文では、

For Hussain, climbing was more than a passion. It meant sustenance. It put meals on his table; it allowed him to provide for his family.

と表記されています。

 記事を読んでいて思うのは、ニサル・フセインにとって、生活と名声だけが、彼を8000m峰に駆り立てたのだろうか、ということです。
 カラコルムのハイポーター、ネパールのシェルパにとっては、困難な登頂を果たせばそれが「経歴」となり、さらに高い収入を得られるステップであることは事実です。
 しかし、それだけの理由でガッシャブルムの冬季登頂、しかも新ルートに挑むものだろうか。
 私はニサル・フセイン氏と直接の面識はありませんので、ここで真意を測ることはできません。
 さらにネパールの8000m峰を目指していたという彼は、登山隊でギャラを得るだけではない、クライミングに取り憑かれた一人の自立したクライマーではなかったのか、と私は思うのです。

 現時点でいえることは、ニサル・フセインというクライマーが亡くなったことはパキスタン登山界において重大な損失であったということ。
 そして近い将来、パキスタン・カラコルム山麓に住む人々の中から、自分たちの祖国の山々に困難なルートを拓くクライマー、遠い外国からやってきたクライマーではなく、ニサル・フセインに続く地元出身の強力なクライマーが必ず現れるであろう、ということです。

 ガッシャブルム1峰に逝ける魂の安らかならんことを。

参考サイト:Nisar Hussainオフィシャルサイト

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