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戻らなかった女たち

2012年5月、2人の女性クライマーのモニュメントが建立されることになりました。

まずは韓国から。
2009年にナンガ・パルバットで亡くなった故ゴ・ミスンの銅像が故郷に建立されました。

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生前の姿そのまま…登山家ゴ・ミスンさん銅像 by 東亜日報(韓国語版)2012.4.11

ゴ・ミスンの故郷、全羅北道の扶安(プアン)スポーツテーマパークに立てられた銅像は、大韓山岳連盟、韓国女性山岳会、ゴ・ミスンファンクラブの方々によって資金が集められ製作されたものです。

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クライミングでの全盛期、韓国ファイブ・テンの広告モデルをつとめたゴ・ミスン

ゴ・ミスンといえば、我々日本人からみればスポーツクライマーのイメージが強烈なところですが、銅像のコンセプトは製作した彫刻家チョ・ジュヒョン氏によれば「人間の力で登ることが困難な高山の登頂に成功し、安らかに笑っている姿を表現した」とのこと。


そしてポーランドから。
女性高所クライマーの第一人者であったワンダ・ルトキェビッチがカンチェンジュンガで行方不明になって20年。
ワンダ・ルトキェビッチの記念碑が、ポーランドを代表する山・タトラ山群で亡くなったクライマーを祀る集団墓地に立てられることになりました。

Wanda Rutkiewicz symbolicznie powraca w Tatry by 24tp.pl 2012.4.16

この集団墓地は国境を挟んでタトラ山群を擁するスロバキアにあるのですが、ここに設置されるとのこと。
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この記念碑はポーランド山岳協会およびポーランドの岳人を支援する「ククチカ・ファンド」により建立されました。没後20年を記念して映画祭も開催されるようです。

ポーランドのメディアでは、こんな画像も配信されています。

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右から田部井女史(エベレスト女性初登)、中国のパントグ女史(エベレスト女性第2登)、ワンダ女史(エベレスト女性第3登)

田部井女史はここでつらつら書くまでもなく、パントグ女史もエベレスト登山後は社会福祉活動に力を注いでいます。
近年、8000m峰をめぐる女性達に関する書籍がいくつか出版されましたが、私の「名誉欲に憑かれて死んだ」というワンダ女史の評に変わりはありません。

あの人は昔 ワンダ・ルトキエピッチ 

 惜しむらくは、ワンダ女史が生き延びていれば、その後ポーランドのみならず女性クライマーに多大な影響を与えたことでしょう。なおポーランドのメディアは、ワンダ女史に影響を受け後に続く女性クライマーとして Kinga Baranowska の名前を挙げていますが、男社会の中で自分の道を切り拓いたワンダ女史の苦労にはおよばないでしょう。
 前述のゴ・ミスンさんも、韓国の女性クライマーのインタビューからは後進のクライマーに多大な影響を与えていたことが伺えます。

 死んだ者はもう還ってはきませんが、こうした記念碑という形で語り継がれることは、実は重要なことだと思います。
 苦労話が楽しいとは全く思いませんが、今、我々がこうして登山を楽しめる、登山をやっていける環境の礎(いしずえ)として、先人の苦労があることは、決して忘れてはならないことなのです。
 それは常識であり、礼儀なんですね。
 そういうことをきちんと踏まえていないと、「単独無酸素」だの宣伝文句に振り回す痛い人がでてくるわけです。

 私も仕事や家庭を抱えて山に行く人間なもんで別に女性に媚びるつもりはサラサラありませんが、ガイドしながら中高年女性のお話を伺っていると、家庭や家事などの世俗の雑事をクリアして、そして山に来る方がいらっしゃるわけです。
 そろそろ日本の山岳メディアも、ハイカーの若いねーちゃんに鼻の下のばすのはいい加減にして、主婦や会社員として社会を構成する女性登山者たちに、登山史の観点からもきちんと光を当てるべきではないんでしょうか。

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清渓川(チョンゲチョン) 新生「河川」の現実

 先の社員旅行で訪れたソウルで、知人との再会とともに狙っていたのが、ソウル中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)の視察。
 
 清渓川は1950年代から暗渠化がほどこされ、韓国の経済成長にともない1970年代には高架の高速道路の下を流れるドブ川と化した。メタンガスが発生するほどに水質は悪化、現実に爆発事故が起こり、当時の在韓米軍は清渓川を渡る橋を通過しないよう指示を出していたほどである。

 2002年。
 ソウル市長選挙において2人の有力候補が登場した。
 清渓川「復元事業」は必然であり、それがソウル都心の経済発展につながると主張するイ・ミョンバク。
 復元事業で高速道路を撤去すれば流通および周辺地域での経済損失が大であり、復元事業の予算を教育・育児・他の汚染問題に配分すべきと主張するキム・ミンソク。
 そして市民はイ・ミョンバク、後の韓国大統領であるその人を選んだ。

 清渓川「復元」事業の最大の特徴は、既存の高速道路を撤去して新たな親水河川公園が開発されたという点にある。
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左より施工前の清渓川高速道、施工中、そして右側画像が施工後の清渓川

 逸話はさておき、私が今回実際に目にした清渓川の様子を紹介したい。
 清渓川は延長6km、その設計思想において上流から「歴史・文化空間」、「遊び・教育空間」、「自然・生態空間」の3パートに分けられる。
 今回は社員旅行の明洞フリータイムを利用して、上流部の「歴史・文化空間」を歩いてみた。

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広通橋(カンドンギョ)付近から望む清渓川

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 清渓川の「源流部」。
 本来の清渓川は季節により水無川となる河川であったが、親水公園として日量12万トンの水が流下するよう設計されている。
 水源は漢江(ハンガン)の水を清渓川専用の浄水場からポンプアップして流下する9万8千トン、さらにソウル市内を走る地下鉄駅の湧水2万2千トンによってまかなわれている。

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湾曲した8種類の石を組み合わせた「八石潭」。
朝鮮半島統一を祈願して南北合わせた8地域をモチーフにした空間である。
植生については後述するが、清渓川上流部は高層ビルも多く日照不良のため草木は少なく完全な水路状である。

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橋桁脇を通るトンネルに設けられた光源。
壁に斜線の切り込みを入れ、その中に照明を埋め込んだデザイン。

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暗渠が取り壊されて発掘・復活した、広通橋の橋脚。

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 この清渓川「復元」に関しては、特に日本のダム反対派など自然保護関係者に大きな関心を呼び起こしたが、誤解されている点もある。
 それは清渓川は、古くから人の手が加えられてマネジメントされてきた河川ということだ。
 清渓川の本質を知るためにはソウルという都市の成り立ちから理解する必要があるのだが、ここでは詳細は省く。
 ソウルはもともと人口約10万人を収容できる都市として14世紀末に建設された計画都市である。そこに無秩序に人口流入が続き、清渓川沿いは貧民層の居住地となり、都市の排水溝としての役割を果たしてきた。1411年には既に河川改修が行われた記録があり、1760年には全面的な浚渫作業が、河川沿いの家屋の多くを撤去して実施された。
 上記画像の「庚辰」とはその1760年を指す。「庚辰地平」とあり下のラインが示しているのは、当時浚渫された河床位置である。

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広通橋の橋脚に残る神将の彫刻。
 石橋として広通橋を建立した当時の権力者が、王位継承を争ったライバルの墓陵の石材を流用し、人々の足で踏まれるようにした、と言い伝えられている。
 今回写真に納めることは出来なかったが、故意に逆さに積み上げた神将の石材もある。
 権力者達の人間関係がかいま見える場所でもある。

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橋桁下部の空間は写真ギャラリーとして有効活用されている。

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再生された清渓川は、周辺の地下水との涵養・供給が全く無い、完全な水路である。
そのような河川で生態系はどうなっているのか?
上流部では意外にも多くの魚影がみられた。資料ではフナ・ハヤが生息、産卵場所にも配慮されているという。

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草木に乏しい清渓川上流部に咲いていた花。名称不明。

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同じく清渓川上流部に生えるネコヤナギ。
設計・建設段階において、ツルヨシ、オギ、ネコヤナギが大量に植栽された。

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河川中に設置されたネット。植生保持を目的としたものと思われる。
実際に清渓川のほとりを歩いて気が付くことだが、河床の段差から生じる水の流れの音は、適度に車の騒音を消してくれる。

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前述のように清渓川は完全に密閉された水路であるため、水辺に降りるには階段を利用する。
洪水時を想定してステップ間に空間が設けられているが、設置当初はここから女性のスカートが覗かれるとして問題視され、踏み板の配置に改良が加えられたという。


◎清渓川の問題点
 日本のマスコミや「公共事業憎し」一色の盲信的な自然保護団体関係者からは大歓迎された清渓川の再開発事業であるが、問題点もある。
 それは河川の水質が不安定なことだ。
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 画像の滝のような施設は、正式名称「ウォーター・スクリーン」である。毎時500トンの水が流されている。
 この施設の設置目的は、下水道からの「悪臭防止」だ。
 私がこの付近にさしかかると、悪臭とまではいわないが、デパートで清掃したばかりのトイレのような、少々鼻を突く臭いがする。
 洪水発生時には、ここから排水が排出される仕組みになっている。

 ソウル市内の下水道はその約9割が「合流方式」、すなわち単一の管路で汚水と雨水を流す方式がとられている。イニシャルコストが低いというメリットがある反面、局地的な豪雨など大量の雨水が流入した場合、水質処理されていない汚水が他の水系に流出する欠点がある。
 (ちなみに日本では昭和40年代以降、汚水と雨水は別に流す分流方式が採用されている)
 再開発された清渓川の地下には、これら汚水対策として周辺地域の計画時間最大汚水量の三倍(具体的には日量195万トン)を処理できる暗渠が埋設されている。
 しかし下水管系統に問題があるとされ、昨年(2011年)、当局の水質検査で清渓川において水質基準の20~50倍を超す大腸菌群が検出され、市議会で問題となった。


 今回私が訪れたのは清渓川でも都心に位置する上流部である。特に植生に富む下流の「自然・生態空間」は残念ながら見学できなかったが、貧弱な植生と生態系から、まだ自然河川と呼ぶにはほど遠いという評価もある。

 私は土木作業員なので、むしろ公共事業の一例として非常に興味深く清渓川を拝見した。
 この再開発にあたっては、当時の清渓川沿いで商売していた1000軒以上といわれる露天商や事業者の大反対にあうこととなる。
 これに対してイ・ミョンバク率いる行政側は東大門の陸上競技場・サッカー場をまるまる駐車場・商業スペースとして提供するという「離れ業」を実行した。さらに地権者対応チームを一日に何度も清渓川に巡回させ、地権者と顔見知りになり説得を進め、再開発地でのシャトルバス運行、金融支援、果ては事業者の子供への奨学金など細かい対応で再開発事業を進めていく。

 この再開発に対してはイ・ミョンバクの政争の道具に利用されたとの批判もあるが、そういった方には休日の清渓川を実際に見ていただきたい。多くの家族連れや人々が憩う姿に、親水公園としての存在を否定することはできないはずである。
 現実として数々の問題点を抱える再開発ではあるが、多くの人々が水に親しむ光景に、「公共の利益」とはなにか、を考えさせられる。

 日本から韓国を訪れるクライマー、登山者は年々増えている。
 インスボン登って焼き肉喰って、買い物楽しんで帰国するのもおおいに結構だ。
 もし時間に少し余裕があれば、明洞からほど近い清渓川もぜひ訪れて欲しい。
 山という自然を愛する人であれば、暗渠の中から新生した河川もぜひ見ていただきたい。
 それが無機質な人工河川と見えるか、これから生まれ変わる再生の河川とみえるかは人それぞれであろう。
 高速道路の撤去そして河川の整備という、日本には未だ無い人と自然との関わりの形態として、注目すべきモデルケースであると私は思う。


参考文献
 都市史研究会 編著 「年報都市史研究9」 山川出版社
 朴 賛弼 著 「ソウル清渓川 再生 歴史と環境都市への挑戦」 鹿島出版会
 谷口真人・吉越昭久・金子慎治編著 「アジアの都市と水環境」 古今書院 

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ロープメーカーROCAはTECH ROCKに買収、生産再開へ

 昨年12月に経営破綻したスペインのロープメーカーROCAが、TECHROCKに買収され、ロープ生産再開を決定しました。

Tech Rock, fabricante de Fixe, Faders y Alien Cams, compra la marca de cuerdas Roca  by Desnivel 2012.4.20

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TECH ROCK本社(TECH ROCKウェブサイトより)

 ROCAの破産申請から、同社買収に関心を寄せていたTECH ROCK社が交渉、ROCA創業者・株主と合意に達し、4月19日に買収契約を締結、翌20日に生産を再開した模様です。

 TECHROCK社はカム「エイリアン」を買収・生産再開したことでも知られています。

参考ウェブサイト
 
 Tech Rock compra Roca by TECHROCK社ウェブサイト

 雪山大好きっ娘。+ CCHエイリアン、秋からFixeより再販 2011.7.1

 スペインのクライミングサイトDesnivel では今回の買収を「我が国の登山の歴史の一部であるメーカーの閉鎖を防ぐことが出来る」と肯定的に捉えています。

 話題変わって、ちょっと今時間が無くて記事にできませんが、韓国のアウトドアブランドK2では、創業者二世の経営者が生産拠点をインドネシアに移転するため、登山靴製造にたずさわる国内従業員の全員解雇を発表、従業員の猛烈な反発を喰らっています。
 登山用品メーカーの、明と暗といったところでしょうか。

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お菓子食い過ぎたので、

今冬の金沢出張で和菓子食い過ぎたので、腹ごなしに第27回温海さくらマラソンあかかぶコース10kmに参加。

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 昨年は大震災のため中止、それとマラソンブームが重なったのでしょうか、全部門あわせて1709名がエントリー、私が温海さくらマラソンに参加するようになって初めて定員一杯、選手控え会場も2カ所になってました。
 一昨年はアラレ混じりの雨という天候で桜も固いつぼみでしたが、今年は咲き始めの桜。
 マラソンコースの法面は、たくさんのカタクリで彩られていました。

 走り終え、温泉で身体をほぐした後は 足湯カフェ ChittoMotche チットモッシェ に直行。
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本日は、「大和屋さんの黒い大人味ケーキ」とチャイを注文。
「ブランデーのコクにベイリーズでアクセントをつけた黒糖パウンドケーキ」(メニューより)
ケーキに載せられたアイスが、10km走って温泉入った身体には冷たくて気持ちよかったです。

マラソン走り、家庭から離れて一人で過ごす休日。

は?
甘いモノ喰って元の木阿弥?
オー、ムズカシイ ニホンゴ ワカリマセーン。

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 参加者受付のため早朝に温海地区に到着してみると、町の方々があちらこちらで清掃中、各地から集うランナーを迎えようという姿勢に頭が下がる想いでした。
 マラソン中は毎年恒例、後ろのグループで走っていたのですが、自転車に乗ったスタッフがランナーを常時見守り、給水所近くではランナーに給水を促すなど、例年以上にスタッフの細やか&しっかりした運営体制がみられました。
 大会スタッフの皆様ならびに温海地区の皆様に、ありがとうございました。

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顔合わせ

山形県朝日少年自然の家の『サポーターの集い』(PDFファイル)に日帰り参加。

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「ワンウェイ・コミュニケーション」の演習。
ある図形の組み合わせを言葉だけで説明し、その説明をもとに皆が図形を描いていく。
最初は質問は一切ナシ、任意に選ばれたメンバーの説明を聞くだけで、図形を描かなければならない。

続いて、質問・確認ありで、おなじく言葉だけの説明で図形を描いていく。

図形の説明役は、自然の家研修担当の前任者である「しゅうちゃん」なのだが、さすが教職員だけあって説明が巧い。
私はいずれも設定された図形とほぼ同じ形を描けたが、それは私の洞察力はまったく関係なく、「しゅうちゃん」の説明の巧さによる。
 本来は「質問・確認する」→一方通行ではなくお互いに言葉をやりとりしながら物事を進めていくことの重要性を認識する演習なのだが、私にとっては言葉で説明することの可能性と誤解を招く危険をより感じた演習でした。
 その他、講義事項は私のおべんきょうなので、ひ・み・つ。

 今年の野外実習は燻製作り。
 山辺町の樋口さんの御指導のもと、一人1尾、ニジマスをあずけられ、さばいて燻製作りにチャレンジ。
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自然の家のある大江町、日陰にはまだ残雪がいっぱい。

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敷地の片隅には、イワナシがひっそりと咲いていました。

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本来はもっと時間をかけるところなのですが、扇風機&電熱器によりスピード作成。
いい色に仕上がりました。

さて、今年は子供達とどんな出会いがあるでしょうか。

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スロベニア山岳映画『Sfinga』(スフィンクス)

スロベニアといえばトリグラフ山群という魅力的な岩場がありますね。

このトリグラフを舞台にした映画『Sfinga』(スフィンクス)が東欧のクライミングサイトで話題になっています。

予告動画はこちら↓

 予告編では、トリグラフの岩場「スフィンクス」をめぐる、1966年の初登攀と1995年のフリー化の模様が交差する、単なるドキュメンタリー構成ではないミステリアスかつ幻想的な作品となっています。

 ちなみに好色エロ坊主なクライマーのみなさん、注目点は、
Nata
スロベニアのナタリア・グロスお姉様がウエイトレス役で出演してます。

ロシアのクライミングサイトによれば各国の山岳映画祭に出品されている様子ですので、バンフフェスで期待できるかな?

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イタリア山岳会、45本の山岳映画トレイラーを公開

イタリア山岳会が、秘蔵ともいえる貴重な山岳映像コレクションの一部、45本をYOUTUBEにて公開しました(トレイラーのみ)

Film, 45 trailer della Cineteca CAI disponibili su YouTube by Montagna.tv 2012.4.17

公開された動画は、下記サイトから選択して閲覧できます。

http://www.youtube.com/playlist?list=PL3A3A938118B79899

この中にはトレント映画祭で入賞した作品が含まれています。
イタリア隊によるK2初登頂、ガッシャブルムⅣ峰、ポーランド隊によるマナスルなどが動画で閲覧できるのは貴重でしょう。
なお筆者のイチオシは、


1953年のトレント映画祭で入賞した、ドロミテ・ブレンタ山群の岩壁カンパニールバッソの単独登攀・下降を記録した『第6級のモノローグ』。
記録されているクライマーは、かのチェザレ・マエストリです。

 日本では偏向した山岳メディアによって完全な悪役扱いのマエストリですが、現役バリバリの当時は困難な岩壁の単独登攀だけでなく単独「下降」も数々記録していることで知られています。
 なんだかんだいっても、マエストリのクライミングに関しては、大昔の岩雪やダグ・スコットの「ビッグウォール・クライミング」など 文 章 で し か 知る手段が無かったわけですが、当時の姿がこのように動画で見られるのは貴重な機会でしょう。

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看 板

ソウル最後の夜、イテウォンで短いフリータイム。
韓国でも大手のアウトドアブランドであるノースフェイス、そして日本ではみられないMERRELL直営店をまわる。
ん?
夜のイテウォンの街に見つけたそれは・・・

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日本語で「エベレスト」EVEREST SHOP???
看板の下の店舗名は「Montblanc」でした。ははは。


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明 洞

申さんとしこたま飲んだ翌日の夕方、明洞フリータイム。
一人で明洞をぬけだし、清渓川を視察。それから明洞に戻る。
土曜日の明洞はあまりに人が多すぎた。
昨日の広蔵市場も人が多かったが、明洞の賑やかさは広蔵市場のそれとは異なり、私にとっては騒音にしか思えなかった。

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人混みを避け、細い路地、ビルとビルの谷間に逃げ込むと、そこだけは静かな空間だ。

集合時間まで、The Coffee Bean & Tea Leafに避難。

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シカゴチーズケーキ、本日は気温も高かったのでアイスコーヒーで休息です。


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再 会

 今回のソウル行は完全な社員旅行なわけだが、フリータイムはもちろん山友達との再会に利用する。
 出発前、お世話になっている申さんに電話を入れてみると、その週は出張で来日中だという。

 あちゃ~と思っていると、「大滝が韓国に来るなら帰国早める」とおっしゃる。
 私はそこまでの人間ではないわけで、電話口で再会を躊躇していると、
 「せっかくですから、会いましょうよ。」という申さんの声に背中を押され、ソウルでの再会を約束。

 ソウル到着二日目の夜。
 会社のみんなは何やら名物らしいカニ料理を求めてソウルの街中に消え、私は単独行動をとらせてもらう。
 待ち合わせは私の滞在ホテル前。
 ソウルの南、水原(スウォン)から来るはずの申さん、いつものコンパクトカーで来るのかと思いきや、なんとタクシーで到着。
 え~スウォンからタクシーっていくらかかるの~!
 とビックリしていると、タクシーの運転席から降りてきたのは、インスボンで申さん、私と一緒に登った高所クライマーのユーさん。
 申さん、そしてユーさんと、久しぶりの再会。

 時間は遅いけれど、どこか行きたい所ありますか?と聞かれたので遠慮無く清渓川(チョンゲチョン)、そして韓国ブランドの登山用品店に行きたいと答える。
 すっかり日が暮れた夜の清渓川をちょっと見学し、それからユーさんに連れられて登山用品店が連なる東大門の通りへ行く。
 それから、道の中央に屋台がずらーっと並ぶことで知られる広蔵市場に直行。

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 日本人観光客は南大門、東大門に集中するのだろう、広蔵市場は日本語表記も少なく、韓国に来た実感が沸く。人混みの中、申さん、ユーさんに連れられ、細い路地の食堂へ。
 この狭さ、この人の多さ、火事で焼ける前の新宿「しょんべん横町」を思い出す。

 日本では食べられない、ユッケとユッケビビンバを御馳走になる。
 酒は、韓国では「とりあえずビール」などという準備運動は無い。最初から焼酎をストレートで飲むのが韓国式。
 申さんは店のおばちゃんが持ってきた焼酎の瓶を振り、瓶の底をポンと肘で叩く。
 私の熱い視線に気が付いたのか、申さんいわく、
 「あ、これは焼酎のコマーシャルでやってるんです。」
 そして焼酎瓶に貼ってある女性モデルのシールを丁寧にはがし、焼酎で濡らして、
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私のグラスの底に貼って差し出してくれた。
 ユーさん曰く(高所クライマーで遠征経験のあるユーさんとは英語で話す)、
 「She is korean sexy singer.」

 sexy が気になったのでyoutubeで探すと、なるほど、焼酎の瓶振ってますね。
 sexy singerは、韓国芸能界で登山好きとして有名なイ・ヒョリ。

 ここで飯をすませ、再び広蔵市場の大通りへ。
 タクシー運転業務のあるユーさんとはここでお別れ。
 引き続き、広蔵市場名物の屋台村で申さんと飲むことにする。

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ちょっと空いたテーブルに座り、スンデを食べながら飲む。

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スンデ。豚の腸に豚の血、餅米を入れて蒸したもの。こってりしていて旨い。

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こんな濃厚な光景を前に、二人で飲み、話す。

 申さんは大きな山岳団体の役職を離れ、クライミングのインストラクターの資格を取得した。
 韓国でのクライミング・インストラクターの資格は2種類あり、クライミングのナショナルチームに関わるような高度な指導者、健康維持など生活密着型・レクレーションとしてのクライミングをフォローする指導者があるらしいのだが、申さんはどちらも取得したという。
 本人曰く、「運動生理学などを学びたかった」とのこと。
 私がかつて放送大学大学院で学んだような内容らしいが、マークシート試験で済む放大の試験とは異なり、申さんは一回りも年齢が若い体育系大学の学生らにまじり、口頭試問も突破して資格を取得したという。控えめな物言いの申さんが「とても大変でした」というからには、相当過酷な取得過程なのだろう。

 申さんがどこかに電話をかけている。
 久しぶりにソウルに来たので、後輩を呼んだという。
 5.14を目指し、二ヶ月スペインに遠征していたクライマーらしい。
 少し遅れて、申さんの後輩到着。
 5.14目指すだけあって精悍な顔つきの彼は、残念ながらスペインでの二ヶ月間、5.14を登ることができなかったのだという。韓国の山岳雑誌・月刊「山」の表紙を飾ったこともあるそうだ。

 広蔵市場から、少し離れたドイツビール専門店に3人で移動。
 ここでビールを飲みながら、クライミング話。
 寡黙な彼の話は、申さんが時折通訳してくれる。40歳前に5.14は登りたい。今年こそは必ず登る、とはにかんだような表情をあまり変えず、淡々と語る。
 真摯に日本でクライミングをやっている方には申し訳ないが、私にとって韓国のクライミングといえば「キム・ジャインちゃんかわゆいheart」くらいの知識しかない。なぜ遠征先にスペインを選んだのか尋ねたところ、韓国国内の高難度グレードの岩場を登ってもなかなか認めてもらえない、グレードが確立している海外の岩場に照準をあてたらしい。
 申さんも後輩と積もる話があるだろう、二人の邪魔をせず、私はビールのグラスをあけた。

 5.14を目指す彼に「ファイテン」と言葉をかけ、別れる。
 申さんとタクシーを拾い、私の宿があるイテウォン(梨泰院)に帰る。
 タクシーの中で、しきりに申さんは「もっと彼を支援できれば良かったんですが」と語る。大きな山岳組織の中で、やりたい事、やり残した事があったのだろうか。申さんの言葉に、後進の指導という切実な問題を、自分の身に置き換えて考えてみる。

 私の宿のある街、イテウォンは各国大使館や米軍基地があることから、非常に外国人が多い街だ。
 街の中心部は、夜になれば外国人の多い歓楽街となる。 
 アメリカンバーで申さんともう一杯ひっかけることにする。

 やかましいアメリカンロック、蔓延するタバコの煙、煙の向こうにビリヤード台があり、白人のおっさんと、胸を強調するピチピチTシャツ着た韓国人のおねえさんが勝負している。
 そんなバーの片隅で、申さんとまたまたビールを飲み、昔話。
 「お互い白髪増えましたねー」というおっさん話から、雪岳山一緒に登った時もビール飲んでましたね、というバカ話まで。それから申さんが初めて日本を訪れたときのエピソード。
 
 週末の夜、ソウルのタクシーは大忙しだ。
 遠いスウォンまで申さんを運んでくれるタクシーはなかなか見つからなかった。 
 日付が変わる頃、十数台にシカトされた末、ようやくタクシーをつかまえ、申さんとお別れ。

 申さんを送ってきてくれたユーさんは、タクシードライバーをしながら今度はアラスカの山を目指している。
 申さんの後輩氏は、建設関係の仕事をしながら今年こそ5.14を登る、と真剣なまなざしで語っていた。
 そして申さんは、相変わらず日本出張が多い企業で要職にありながら、コンペ開催などにたずさわり、後進の指導に力を入れている。

 私が出会ったクライマーたちは、プロ・アマというカテゴライズなど関係なく、人生の一部としてクライミングを続け、目標に向けて邁進している。
 山に登らずして、得るものの多い出会いだった。

 山に登らずして、とはいうものの、申さんからは「今度はシューズにハーネス持って、韓国来て下さいね」と4回くらい言われた(笑)。もちろん、韓国で登りたい山のめどはつけてある。また近いうちに、この熱いクライマー達が住む国を訪れることになろう。

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休 息

免税品店も2度目以降は退屈。
集合時間を聞いた後、すぐに店を出て近くのHOLLYS COFFEEへ逃亡。
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コーヒーの紙コップが熱くないように、波段ボールで巻かれているのが特徴ですね。
ケーキはもちろんチーズケーキを注文。
今回のソウル訪問では幾度かカフェでチーズケーキを食べることになるのですが、フォークでつつくとポロポロ崩れやすいチーズケーキでした。味は美味しいんですけどね。しっとり系チーズケーキより、ちょいと食べにくいこってす。

免税品店に飽きた日本人が大勢来るんでしょうか。
あやしげな私の英語にもかかわらず、店員の接客も丁寧・笑顔でした。
集合時間まで、ここでコーヒー味わいながら避難です。


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歩 荷

ソウル二日目。
みっちり詰まった観光日程に沿って、南大門市場へ。
ツアーの観光客が連れて行かれる処は、いつも登山用品店の密集地帯とはほど遠い。
激しい客引きを無視しながら歩いていると、「お?」と思う光景。

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背負子を背にした男性が。

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ガッツリ段ボール箱を背負って、狭い路地裏に去っていきました。

南大門市場では、どんなに混み合う時でも荷物積んだバイクが突っ込んできますが、狭い路地に面した店には、こうして商品が運ばれていくんですね。

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打つべし!

 4月12日から会社の研修(世間では社員旅行ともいうらしい)のため、キチガイ国家のミサイルも気にせずソウルに飛ぶ。
 久々のソウル訪問。
 到着早々、巨大免税店に連れて行かれ、退屈な時間を過ごす。
 空は夕暮れ。
 遠くにインスボンを擁する北漢山の山並みが見える。
 あーあ、いきてえなー。
 私も歳をとったので、入社以来初めて、ザックではなくハードケースの観光客姿で研修に参加。
 
 退屈な、とは書いたものの、免税品店の広告を眺めて過ごす。
 私のような貧乏人には縁遠い商品ばかりではあるが、免税品店の広告って、外国人にも通用するようコピーも使わず、印象的な広告が多い。
 写真でいかに自社の製品を売り込むか、すなわち言葉無しに画で商品をアピールするという点において、とても興味深いものがある。ちなみに某高級ブランドのポスターは、雪原をゆく犬ぞりの写真。
 
 日程がキッチリ詰まったツアー旅行、21時から23時まで、龍山駅近くのドラゴンヒル・スパにて過ごす。
 韓国独特のサウナ「チムジルバン」をメインとした、風呂はもちろん食堂からマッサージルーム、理髪店まである早い話が韓国版スーパー銭湯である。

 サウナで少し汗かいた後、同じ部署のK君と何気なくマッサージチェアに座る。
 ここではロッカールームキーの付いた腕輪にセンサーが付いており、自販機やマッサージチェアの感知器に近づけると作動、料金情報がフロントに流れて後払いという仕組み。

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 近いとはいえ飛行機、バスでの移動が続き、結構くたびれた。
 マッサージチェアで身体ほぐすか・・・と座る。

Kyoku
マッサージ開始 1分経過、打撃のみ。

Br
マッサージ開始 2分経過、打撃のみ。

Joe
マッサージ開始3分経過、 打・撃・の・み 。

隣に座るK君と顔を見合わせ、「これって・・・」
そう、打撃式で、『揉み』が ま っ た く 無 い マッサージチェアなんでした。
しかも打撃が
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これくらい激しくて強い。(誇張なし)

私、現場作業の肉体労働者なもんで、たまに山形市内の大型家電販売店のマッサージチェア体験コーナーで身体ほぐしたりしているので(店員さんごめんなさい)日本のマッサージチェアのほとんどは体験しているのですが、ここまで打撃式一筋のマッサージチェアは初めてである。

10分後に終了。打撃のあまりの激しさに、K君とぐったりして立ち上がる。
その後しばらくして再度マッサージチェアの前を通ると、地元韓国の方々は慣れてらっしゃるようで、結構マッサージチェアは混んでいる。
韓国訪問5度目にして、久々のカルチャーショック。

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サウナ前のフロア。
大型液晶テレビを前にゴロ寝しながら、客は思い思いに過ごす。

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上記画像、客が横になっている箇所には、こんな電熱器が床に埋め込まれている。
定期的に熱を発し、身体を温める仕組み。
おじさんはここで腰を温めた後、集合時間まで暗くて静かな仮眠室で横になる。
横になりながら、明日からの行動、いかにフリータイムを使って山関係の知人と落ち合うかプランニング。
こうしてソウル初日の長い夜はふけていく。

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中島徹さんが、

イギリスの岩場で数々の成果を挙げている中島徹さんが、イギリスのThe daily mail紙(オンライン版)に掲載されています。

Scaling new heights: Teenager nicknamed 'Japanese Spider-Man' shows why he could soon be the best free-climber in the world  by The daily mail online 2012.4.3

大衆紙とはいえペーパーでの発行部数200万、オンライン版は8000万ちかくの閲覧数といわれるメディアに、こうして日本人クライマーが取り上げられるのは小さくない出来事ですね。

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輝ける大島亮吉

韓国の月刊『MOUNTAIN』2012年4月号は「山書」特集。
この特集では、韓国登山界の重鎮キム・ヨンド氏が、日本人・大島亮吉の著書を巡る思い出という形で、登山者にとって山書とは何か?を訴えています。
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大島亮吉(1899-1928)

私は本で山と出会った by 月刊MOUNTAIN 2012年4月号
以下記事引用開始
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私は本で山と出会った
文 キム・ヨンド 韓国山書会顧問

 西洋に「書斎登山家」という言葉がある。山に行かずして書斎で本や地図を見、山のすべてを知ろうとする人を指す。
 この言葉に対して私の考えは違う。山に通いつめていた人が怪我を負ったり、老いて山へ行くことができなくなり、本を読んで過ごす登山家となるのだ。

 そんな意味では、今の私自身も「書斎登山家」ではないかと思う。山に一生通って楽しもうと思ったが、歳月が恨めしい。
 今は遠く智異山縦走や雪岳山西北稜を再び登りようもない。結局は山書を友にするしかない。幸い、書斎には私が集めた本と自分が書いた山の本などがあり、時々それらを開いてみて、登山や他の世界があり、自ら幸福を感じる。

 私はたまに人から「いつから山に登るようになったのか」という質問を受ける。答える度に、私の回答に人々は不思議そうな顔をする。私は山を本で初めて知った。本を読んで山が分かるようになったという話ではなくて、「山」という本と出会ったというエピソードだ。

  私は幼い頃から人並みはずれて本が好きだった。それも年齢にはふさわしくない様々な本を楽しんで読んでいた。ある日偶然に、「山」という本が目についた。その頃の私は勉強することなど考えず、学校から帰って来ればすぐ市内をぶらついていた。日帝末期の新刊書店には本らしい本もなく、結局は古書店を歩き回りながら気に入る本を捜していた。中学の時、私は哲学や思想そして文学に関する本を読み一人で楽しんでいた。時代が時代なので、本はどれも日本の本だった。

 そんなある日、私はとても素敵な本に会った。それは菊判の大きさに黒いクロス洋本でその頃としては珍しい装丁だったが、問題は 「山」という見慣れない題名だった。しかしその本がとても気に入ったので本箱から取り出し、何の本なのか広げてみた。本の第一印象と手触りは素晴らしいのに、目次を読んだら全然わからない世界である。高山の雪崩の話だったり、山スキーに関する文等、一体何が何だか分からない。その中に目に入って来たものがあった。'山荘' 'たき火' '夢'という山の文章だった. 行ったこともやったこともなくても、その雰囲気は分かるような気がして、とても関心をひかれた。好奇心の強い中学時代のことだ。
 
 その「山」の思い出を続けよう。「山の夜に焚火の焔(ほのお)がえがく人体のシルウェット。それはレンブランテクス の力強い明暗の筆触。」「望むことは山の歌だ」「自然はお前と私の心を引き継ぐ」こんな文章が徐々に私の心を掘り下げていった。ところが「ベルクシュタイガーは誰も山奥に自分のハイマートを持っている」と言う文は何のことだかわからない。格好よい文章みたいなのに・・・・。 私は高価にもかかわらずこの本を買い、家に持ち帰った。その本らしい本は、見たこともない日本の大島亮吉という人物の本だった。彼は29歳という若くして日本アルプスを登山中に墜落死した。後でわかったことだが、日本山岳界の先駆者で早くから不世出の登山家で知られており、この本は彼が遭難した後に友人が編集した遺作であった。
 私は哲学や思想そして文学作品の中に風変わりな大島の「山」を加えて満足していた。中学を出て 38度線を越した. そしてソウルで大学に通って安国洞の古書店~その頃ソウルには古書店が多かった~で偶然にこの本とまた会った. 当時の私は苦学していたし、いつも懐事情が心配だったが、故郷に残して来た本への未練に負けて無理してまた買い求めた。今度は6・25戦乱(訳者注・朝鮮戦争のこと)が起きて清凉里の大学寮を離れることになり、この本は再び私の手元から離れた。そして歳月が過ぎ、山岳界と関わるようになり、私の書斎には山書が増え始めた.

 ある日、日本で買った雑誌を読んでいたら大島亮吉の全集が出たという情報を知り、その全集5冊を買った。 それは「山」という単行本をこれ以上手に入れることができなかったからだ。 幼くて内容も知らず初めて会ったその本は、まるで昔の恋人みたいで忘れることができず、時々思い出したりしていた。

 ところが驚きべき出来事があった。私の岳友であるビョン・ギテさんがまさにこの本を持っていたのだ。 彼は広く知られた書誌学の古書や珍本をたくさん所有していたが, その中に 「山」まで持っていたとは知らなかった。ビョン・ギテさんは日本山岳会が創立70周年記念事業として復刻した本をすべて持っていた。 覆刻本は初版本とまったく同じだ。 それで私は彼に、その本を私が手元に置きたい、その代わり私が死んだら私の山書を全部持っていってください、冗談めいて話したことがある。

「本とは何か?特に山書は登山者にとって何なのか?」私は常に思う。 こんな話を公の席で何回もした事がある。 「人は山へ行く人と行かない人に分けられる。 山へ行く人は山書を読む人と読まない人に分けられ、山書を読む人は文章を書く人と書かない人に分けられる」と。
 もちろん格言でもなければ有名人の言葉でもない。 つまらない私自身の言葉だ。私はこの言葉をためらわずにいつでもどこでも発言する。
 私にとって人生とは、知識と体験の蓄積する過程と考えている。これによって人間は他の動物たちと区別される。登山者の場合はどうだかわからない。 私は山書を知らない登山者を想像することが出来ない。 彼の山行がいくら派手でも、それはうわべだけだ。 この世の中にはうわべだけは盛んで派手な人間がいかに多いことか。 そんな人生は、内実が貧困で寂しいものである。

 私は「山」に出てくる言葉で「ベルグスタイガー」「ハイマート」の意味を後年、大学でドイツ語を学び、初めてそれが「登山家」「故郷」という意味がわかり、どんなに嬉しかったことだろう。そしてエベレストとグリーンランドに行き、帰ってきた後には先進国の山書を韓国語に訳す一方、私自身の本を書くようになった。 その動機は幼くて山も知らないのに出会った「山」一冊から始まったと私は回想する。 大学では西洋哲学を勉強したが、そちらの本は今も読みながら、結局は文章には1行も使った事がない。 山岳界に身を置きはじめ専攻が哲学から登山に変わった。 そして今は韓国山書会の顧問として、会員と山書で結ばれた私の人生に大きな矜持とやりがいを感じている。

 登山者として本をたくさん持っているということは当たり前の事であって、決して自慢の種ではない。 そして本をたくさん読むことはすごいことでもない。 山書が自分の生活の中に溶け込み、山行に反映する時、私たちは本当に素敵な登山者になるのだと考える。メスナーの文章の中で、チョゴリザでヘルマン・ブールを考える場面がある。優れた登山家でありながら、登山ではそのように先駆者のことを考え、先駆者の登山意識と行為を忘れないでいるという点に、私はアルピニストとしての姿を新たに検証することになる。

 世の中では人生の質が問われているのに、人々が生活の質に関心を持つことを不思議に思う。「山」を身近に置いてからも、山が分からないとすれば, 遠くから山を尋ねていくのが人間である。
 山書を読む読まないはその人の自由だ。 しかし本を読む人生とそうではない人生とは、何をもってしても埋めることができない溝が広がっていく。
 山書との出会いは、登山者の運命なのだ。
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以上引用おわり

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 左画像は月刊MOUNTAIN2012年4月号表紙を飾る、山書を手にするキム・ヨンド氏。
 私がキム・ヨンド氏の文章や評論を好むのは、貴重な韓国登山史の証言者というだけではない。
 先年、韓国のある冒険家が「史上初」とふれまわってグリーンランド犬ぞり縦断を企画・実行した際、韓国メディアにおいてキム・ヨンド氏は「グリーンランド縦断はすでに日本の植村直己が達成している」ことを指摘したことでもおわかりのように、過去の歴史から日本を嫌う風潮がある韓国の登山界において、日本が与えた影響をありのままに認め、広い視野で登山界をみつめている姿勢にある。

 そのキム・ヨンド氏の広い視野と深い造詣の根元に、大島亮吉の存在がいたという告白。
 第二次大戦の混乱期、朝鮮戦争と二度の戦乱を超え、それでもなお大島亮吉の著書を愛する姿勢。
 山書に対する真摯な姿勢に、ネット注文で自由に世界各地の書籍を手にすることのできる私たちが学ぶことは多いはずである。

過去のキム・ヨンド氏に関する記事
『岳人備忘録』が韓国人に与えた衝撃 by 当ブログ2011.02.26

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入学式

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 本日は息子の入学式。
 娘の幼稚園入園式・卒園式、小学校入学式、息子の幼稚園入園式・卒園式は全て出張で父親不在だったため、息子の小学校入学式はどーにかこーにか会社休んで出席。
 
 私の人生設計では、商売やってる華僑の可愛くて気の強い一人娘に婿入りして尻に敷かれて一生をおわる、という人生をおくるはずだったのだが、今なぜかこうして小学校の校舎でぼんやりと入学式の保護者席に座っている。

 他のガイドさんや山岳関係者のブログ、facebookでも、入学式でーすという知らせをよく拝見しますね。
 子供も、そして山やってる皆さんも、そんな年齢なんですね。

 今までこうして育ってきてくれたこと、見守ってくれた周囲の人々に感謝です。

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阿武隈山地、岩岳にて。

総会の翌日、国民宿舎あぶくま荘からほど近い岩岳にて研修。

登山口から、春まだ浅い山道を歩く。
「今シーズン初めて、土の上を歩くよなあ」
月山でお世話になっているガイドのMさんはしみじみと言う。
つい先日も月山にはごっそり降雪があったそうな。
春が待ち遠しい、我々東北人の実感がこもった言葉だ。

岩岳特有だろうか、あちこちに岩が露出し、まだ若芽も成長しきらぬ林は日光がよく差し込む。
阿武隈山地はなにより、私が住む東北の日本海側に比べ、天候に恵まれている。

研修内容はショートロープ、ロープのフィックス。
将来有望な若手新人会員を迎え、ガイド検定をなぞりながらの研修内容となる。
下手くそなロープ操作に自分でも嫌になりながら、岩岳山頂を越える。
登山道からの景観は、冷たい風に吹かれる苦痛を補って余りある素晴らしさだ。

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普段から単独行動の多い私、ガイド仲間と一緒に歩いているだけで、なんとなくほっとする。
ガイド中は、たとえお客様が十何人いようと、「ガイドの孤独」を感じることがある。

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下山した登山口わきを流れる沢。
その水面に反射する日の光に、とてもいやされる。

放射線量という目をそらしてはならない現実がある一方、その現実を一瞬忘れさせてくれる、岩岳の短くも素晴らしい山容だった。

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人は見た目によらない

4月7日、宮城県丸森町の国民宿舎あぶくま荘にて、所属ガイド団体の総会。
議事もおわり、宴会場で食事&飲み会。

トイレのため中座。
廊下の曲がり角のテーブルで談笑しているおじさん3人組のそばを通り過ぎ、トイレへ行き、会場に戻る。
入れ替わりに、続けてトイレに行って帰ってきた、事務局の仙道さんから、

「さっきロビーにいた3人組のおじさんから、「なんの団体ですか?」って聞かれたんだけどね、なんか
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が出てきたからって言われたんだけど、それって大滝君のことだよね?」

いやそりゃ普段はVシネの竹内力みたいな態度で山歩いているけどさ、イノシシに勝てる自信はありません。

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福島県の山開き 会津朝日岳と浅草岳は豪雨被害により中止

 南会津で人気の高い会津朝日岳、浅草岳ですが、昨夏の豪雨被害により登山口への道路復旧が間に合わず、今年の山開き中止が決まりました。

豪雨災害で山開き見送りへ 会津朝日岳と浅草岳 by 福島民報2012.4.1

険しい山容で知られる蒲生岳は6月に山開き開催予定とのことです。

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福島県の山開き~放射線量の影響について

そろそろ「山開き」というキーワードで当ブログを訪問くださる方が多い季節となりました。

先の原発事故に伴う放射線量から、福島県内では山開き行事を中止にする山があります。
なお 登 山 を 規 制 す る も の で は な い ということにご留意ください。

山開き断念相次ぐ 県内、高線量理由に by 福島民報 2012.4.6

以下一部記事引用開始
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■登山は規制せず

 放射線量を理由に山開きイベントを中止したのは、鬼ケ城山、羽山の他、二本松、田村、川俣、浪江、葛尾5市町村にまたがる日山、伊達市の霊山、川俣町の長寿山・太郎坊山と福沢羽山、花塚山、口太山、高太石山、桑折町の半田山。
 鬼ケ城山は、麓の駐車場や登山口付近などは高圧洗浄機を使い除染したが、登山道の大部分は手付かずで、高い地点では毎時1.5マイクロシーベルトあるという。家族連れの登山客が多いことを考慮し中止した。登山自体は規制しておらず、管理する「いわきの里鬼ケ城」の担当者は「登山客から問い合わせがあれば、放射線量の測定結果を伝えたい」と話す。
 日山は原発事故に伴う避難区域にまたがることから山開きを断念した。
 県内ではこの他、震災や水害で被害を受けた山林などの復旧が完了していないことから山開きイベントをしない所もある。

■試金石

 15日に山開きイベントを実施する川俣町の女神山では、地元有志でつくる「女神山を愛する会」のメンバーが登山道の草木の刈り払いなどをしてハイカーを待っている。今年はいつもの作業に放射線量測定が加わり、雪解け前から数回に分け、登山道5、6カ所で測定した。
 数値が高い所でも、毎時0.5マイクロシーベルトほどだが、例年、登山客に配っている登山マップに放射線量を記載する予定。蓮沼昇会長(78)は「山林内の放射線量が高いのではないかと心配する声が登山客から寄せられている。実際の数値を知り、安心して登山してほしい」と話す。
 県北地方と比べて放射線量が低い会津地方でも測定の動きが広がっている。檜枝岐村は、田代山・帝釈山の登山口や、会津駒ケ岳の登山道で毎日、空間放射線量を測定して結果をホームページで公表する取り組みを今月中にも始める。担当者は「県外から見れば同じ福島県。昨年は関西地方からの客足がほとんど途絶えた」と嘆く。
 天栄村の二岐山でも線量を測定する計画だ。山開きを担当する村生涯学習課の根本容作係長(50)は「春には観光シーズンが本格化する。どう風評被害を払拭(ふっしょく)して登山客の入り込みを確保するかが、村の観光の今後を占う試金石になる。山開きを観光客の呼び水にしたい」と言葉に力を込めた。
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以上引用おわり

福島・宮城にまたがる阿武隈山地やいわき地方には、魅力的な山々が連なっています。
東北マウンテンガイドネットワークでお世話になっている佐藤一夫ガイドが同山域を中心に、登山ルートにおける積極的な放射線量調査を行っています。
同山域におでかけをお考えの方、ご参考にして下さい。

参考サイト
登山ガイド事務所「とうほくトレッキング」BLOG

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シモーヌ・モロー、エベレスト・ローツェ縦走へ

 イタリアのシモーヌ・モローが今春、『登山界最大の課題(Montagna.tv)』ともいわれるエベレスト・ローツェ縦走を目指す模様。
 この計画はイタリアの登山サイトMontagna.tvがスクープしたようで、同サイトの掲載記事がExplorerswebはじめ各国の登山サイトで転載されています。

Svelato il mistero, Simone Moro tenta la traversata Everest-Lhotse by Montagna.tv 2012.4.5

エベレスト~ローツェの縦走は古くは小西政継氏もその著書の中で夢見ていた課題ですが、97年に故アナトーリ・ブクレーエフがトライ、今世紀に入りデニス・ウルブコやモロー自身もトライしましたが、いずれも失敗に終わっていました。
なお今回の登山には南チロルのクライマー兼カメラマンである Hans Peter & Helmut Karbon兄弟が同行します。

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エイトノット

先年、日本の山岳雑誌でブーリン結びの是非が論争になっていましたね。

イギリスのクライミングジムにおいて、ロープの結び方に起因する痛ましい死亡事故が発生しました。

Climber's death due to wrong knot inquest told by Gloucestershire 2012.4.5

ここでは概要のみ紹介します。

 50年以上のクライミング歴がある元宇宙航空エンジニア、David Rothman氏(73)がクライミングジムにおいてクライミング中、約9m転落、搬送先の病院で二日後に全身打撲で亡くなりました。

 捜査の結果、

 ・Rothman氏がエイトノットではなくブーリン結びを使用していたこと。
 ・末端処理(原文ではstopper knotと表記)をしていなかったと推定されること。
 ・事故当時にRothman氏をビレイしていたTony Raphael氏(クライミング歴40年)は、事故直前にテンションがかかったこと、Rothman氏からロープがほどけ落ち、その直後に転落したことを証言。

 これらの捜査結果から、地元の検死官はヒューマンエラーによって引き起こされた悲劇であること、末端処理をせず特殊な結びをしたことが転落の直接の要因となったと結論づけています。
(原文は"There is a direct causal link between his decision to use a particular knot without a stop knot and his fall.")

 短い報道ですが、長いクライミング経歴にもかかわらず、ロープの結び方で一命が失われたという現実。
 最近は日本の岩場でも、ほんのちょっとしたミスや思いがけないミスが原因の事故を聞き及んでいます。
 あらためて基本、この「基本」という知識もかつてはブーリン結びが常識だった如く、時間の経過と共に変わりうるものですが、最新の知見をとりいれ、リスクを少しでも減らす努力が必要なのだと考えさせられます。

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事始め

3月末の某日。
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4月を目前に、平成24年度のビジネスダイアリー、山行用の野帳を購入。
金沢で紀伊国屋や大手書店を廻ったが、ついに気に入るものは見つからず、山形に帰ってから購入。

 きちんと山やってる方には釈迦に説法だろうが、1月始まりの手帳は、冬山をやる者にとってはシーズンを分冊することになるわけで不便。そこで毎年、記録に用いる手帳の類は4月始まりを買うことになる。
 ビジネスマン向けと銘打って、わざわざ土日の書き込み欄が縮小されている製品は、休日命な我々山屋にはもちろんNGである。

 兼業ガイド、土木作業員、そして家庭・育児といくつもの時間軸を抱える自分が選んだのは、昨年に引き続き、『4月始まり能率ダイアリーB6版
 現場土木作業員をやっているので、会議やら商談アポなど密な予定は書き込む必要は無い。
 山行予定の見通しが容易に把握できるよう、見開き二ヶ月の予定表が私にとっては必要不可欠なので、このシリーズを10年近く使っている。

 昨年までは山行用記録野帳としてビジネスダイアリーの小型手帳版を利用していたのだが、今年は思い切って軽量化を図る。今回購入したのは、博文館新社のNo.458・459スケジューラー。超薄型小型手帳と銘打っているように、カレンダーと罫線ページだけのシンプルな内容。もともと山行野帳には場所と時間、気温等の簡単な情報しか記さないし、私の場合は地形図を消耗品と割り切ってガンガン書き込むので、今年度は薄型手帳を使ってみようと判断した次第。
 今年度は、どんな内容が書き込まれることやら。

4月1日。
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 今まで愛用してきた携帯電話、ソニーエリクソンのS002からiphone4sに切り替える。

 ちまたにあふれているスマホ本は全く参照せず、家電販売店のデモ機を実際に操作してみて決めた。
 だいたいほとんどのスマホ本は時間の無駄。スマホを持つことが目的ではない。スマホをツールとして紹介している本も、デスクワーク勤労者向けばかりで私のような土木作業員には参考にならない。
 S002は気に入っていたのだが、

 ワンセグはあまり利用しない。
 おサイフケータイなんか使わない。
 赤外線で情報交換するようなお友達もいない。
 携帯でよく利用するのはブラウザである。
 WEBメールのチェック、そして公立図書館の蔵書検索だ。携帯のブラウザでは、閲覧できない蔵書検索ページが多いのだ。携帯では日本語と英語しか閲覧できず、韓国やロシアなどの登山サイトも閲覧できない。
 またWiFi環境で使用することも考えて、スマホ、iphoneに切り替えた。
 仕事の性格上、防水性の有無は悩んだが、防水に無防備な構造のS002を使ってきたこともあり、スマホ選択の際はあえて防水性の有無は無視した。

 auの店舗でiphoneを入手したのだが、興味深かったのは、契約後渡されるのはコンサイス2冊分くらいの大きさのiphone入りボックスだけ。
 なんと、取り扱い説明書というものが無い。
 従来使っていた携帯から次の携帯へ、電話帳の移送もショップでやってくれるのが常だが、iphoneはデータ移送用アプリのダウンロード手順書(A4用紙にプリントしたもの)を渡され、「お客様自身でやっていただきます」と 放 置プ レ イ 。もっとも、私の場合は性格極悪で友達も少ないため、手入力で対応できる程度の電話番号しか入ってないのでどうでもいいのだが。

 iphneの受け渡しの際、中身確認ということで箱を開ける。
 auショップのお姉さんと、私、両者の真ん中にiphoneの箱。
 箱を開けた瞬間、「あー、これしか入ってねーの」と心の中で思い、無表情のまま受け取る。
 と申しましょうか、いろいろ迷いながら選んだし、契約料も変わるから少しは緊張して受け取るわな。
 するとショップのお姉さんいわく、

 『たいてい箱を開けると喜ばれるお客様が多いんですが・・・どうですか?』

 さんざん家電量販店でいじってきたんだから別に喜ぶわけねーじゃん!?
 過去にauショップ山形大野目店でiphone買ってった連中は、どんだけニヤついた顔で受け取ったリンゴ信者なのか???

 もっとも昨年度、様々な媒体の登山関連の情報に接しながら痛感したのは、情報のアウトプットの難しさと重要性。そして情報をただ集めるだけの空しさと、活用・整理することの重要性。
 iphoneはあくまでツール。
 気負わず、必要な機能を使いこなしていこうと思います。

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