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戻らなかった女たち

2012年5月、2人の女性クライマーのモニュメントが建立されることになりました。

まずは韓国から。
2009年にナンガ・パルバットで亡くなった故ゴ・ミスンの銅像が故郷に建立されました。

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生前の姿そのまま…登山家ゴ・ミスンさん銅像 by 東亜日報(韓国語版)2012.4.11

ゴ・ミスンの故郷、全羅北道の扶安(プアン)スポーツテーマパークに立てられた銅像は、大韓山岳連盟、韓国女性山岳会、ゴ・ミスンファンクラブの方々によって資金が集められ製作されたものです。

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クライミングでの全盛期、韓国ファイブ・テンの広告モデルをつとめたゴ・ミスン

ゴ・ミスンといえば、我々日本人からみればスポーツクライマーのイメージが強烈なところですが、銅像のコンセプトは製作した彫刻家チョ・ジュヒョン氏によれば「人間の力で登ることが困難な高山の登頂に成功し、安らかに笑っている姿を表現した」とのこと。


そしてポーランドから。
女性高所クライマーの第一人者であったワンダ・ルトキェビッチがカンチェンジュンガで行方不明になって20年。
ワンダ・ルトキェビッチの記念碑が、ポーランドを代表する山・タトラ山群で亡くなったクライマーを祀る集団墓地に立てられることになりました。

Wanda Rutkiewicz symbolicznie powraca w Tatry by 24tp.pl 2012.4.16

この集団墓地は国境を挟んでタトラ山群を擁するスロバキアにあるのですが、ここに設置されるとのこと。
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この記念碑はポーランド山岳協会およびポーランドの岳人を支援する「ククチカ・ファンド」により建立されました。没後20年を記念して映画祭も開催されるようです。

ポーランドのメディアでは、こんな画像も配信されています。

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右から田部井女史(エベレスト女性初登)、中国のパントグ女史(エベレスト女性第2登)、ワンダ女史(エベレスト女性第3登)

田部井女史はここでつらつら書くまでもなく、パントグ女史もエベレスト登山後は社会福祉活動に力を注いでいます。
近年、8000m峰をめぐる女性達に関する書籍がいくつか出版されましたが、私の「名誉欲に憑かれて死んだ」というワンダ女史の評に変わりはありません。

あの人は昔 ワンダ・ルトキエピッチ 

 惜しむらくは、ワンダ女史が生き延びていれば、その後ポーランドのみならず女性クライマーに多大な影響を与えたことでしょう。なおポーランドのメディアは、ワンダ女史に影響を受け後に続く女性クライマーとして Kinga Baranowska の名前を挙げていますが、男社会の中で自分の道を切り拓いたワンダ女史の苦労にはおよばないでしょう。
 前述のゴ・ミスンさんも、韓国の女性クライマーのインタビューからは後進のクライマーに多大な影響を与えていたことが伺えます。

 死んだ者はもう還ってはきませんが、こうした記念碑という形で語り継がれることは、実は重要なことだと思います。
 苦労話が楽しいとは全く思いませんが、今、我々がこうして登山を楽しめる、登山をやっていける環境の礎(いしずえ)として、先人の苦労があることは、決して忘れてはならないことなのです。
 それは常識であり、礼儀なんですね。
 そういうことをきちんと踏まえていないと、「単独無酸素」だの宣伝文句に振り回す痛い人がでてくるわけです。

 私も仕事や家庭を抱えて山に行く人間なもんで別に女性に媚びるつもりはサラサラありませんが、ガイドしながら中高年女性のお話を伺っていると、家庭や家事などの世俗の雑事をクリアして、そして山に来る方がいらっしゃるわけです。
 そろそろ日本の山岳メディアも、ハイカーの若いねーちゃんに鼻の下のばすのはいい加減にして、主婦や会社員として社会を構成する女性登山者たちに、登山史の観点からもきちんと光を当てるべきではないんでしょうか。

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