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FREEDOM CLIMBERS

Freedomclimbers Bernadette Mcdonald著『FREEDOM CLIMBERS』を読む。
 先日の記事にも書いたように、第二次世界大戦後、ナチスドイツ、ソ連に国土を蹂躙されながらも、ヒマラヤ登山を通じて我が道をゆくクライマー達を描いたドキュメンタリー。Bordman・Tasker賞およびBanff Mountain Book Festivalグランプリ受賞作品。

 本書は、著者Bernadette Mcdonaldも面識があったワンダ・ルトキェビッチの生涯を中心に据え、時系列で第二次大戦後のポーランドのヒマラヤ登山を追い、折々に登場するアンジェィ・ザワダ、クシストフ・ビエリツキ、イェジ・ククチカ、ボイティク・クルティカらの生い立ち、その人生もあますことなく描いている。

 先日の記事で、私は「ソ連の支配下におかれ、共産国家として政治・経済が混乱したポーランドがヒマラヤ登山で偉大な足跡を残せたのはなぜなのか?」と疑問を呈した。
 その答えが本書にはある。

 ナチスドイツ、そしてソ連に蹂躙されたポーランド。
 しかし、それ以上に、ポーランド人はしたたかであり、剛直であった。

 共産国家として戦後スタートした新生ポーランドの岳人は、ソ連との外交関係から、比較的容易にヒンズークシュ山脈にアプローチすることができた。彼らにとって、ヒンズークシュは高所登山の良き「道場」だったのである。
 ヒマラヤで「黄金時代」(本書の表現による)を築いた、または礎となった岳人たちはワンダも含め、ヒンズークシュで高所の経験を積んで8000m峰を目指した。

 東側諸国で最も多くの人口を抱え、教育水準も高いポーランドは、経済学の世界では東側諸国の中で最も経済発展のポテンシャルが高い国でもあった。
 しかし戦後ポーランド、クライマーも含めた人々の暮らしが厳しかったことは現実である。
 
 そんな中で、ポーランドのクライマー、海外登山に行けるようなクライマーはある意味別格の存在だった。
 西側諸国と触れる機会があるため、秘密警察に目を付けられることもあったが、その逆に秘密警察と懇意な山岳団体・クライマーもいたという。国家としても、西側諸国を自由に歩くクライマーは良き情報源だったようだ。

 特筆すべきは、私も伝え聞く程度であったポーランドのクライマーの遠征費調達手段、「密輸」について、本書ではきちんとページを割いて記述されている。
 オールドクライマーの方々なら記憶しているだろうが、当時は貴重品だったチタンのクライミングギアから酒、ボヘミアングラスなどなど、遠征先で売りさばいていたのだ。ベンツが買えるくらい稼いだ、わらしべ長者なみのクライマーもいたらしい。

 混乱した政治・経済の国家の中で、ポーランドの岳人たちはしたたかに自分の登山人生を生き抜いていたのである。
 同時に強調されているのはポーランドの国民性である。
 冬季8000m峰の鉄人、アルトゥール・ハイゼルの言葉、
『Unfortunately we Poles prefer to be a dead hero than a live loser.』

 その言葉を代表するような「巨人」、ククチカについても多くのページが割かれている。
 あのクルティカですら「危険すぎる」と下山を主張するほどヤバいルートに突っ込んでいったククチカ、奥様はとても素晴らしい方で夫を献身的に支えていた様子が記録されている。ククチカは家庭では一切8000m峰14座の話はしなかったという。家庭と山とは、しっかりケジメをつけていたようだ。

 そして、本書の主人公ともいえるワンダ・ルトキェビッチ。
 その人生について、クシストフ・ビエリツキがバッサリと斬っている。
 長くなるが、引用する。

『 Wanda did one mistake," he said. "She left familiy, she left friends. She had no one to come back. She had no job, no profession, no garden, no other interests. She had no fall back position. She had nothing. She was completely alone and there was nobody to help guide her." It's true that Wanda could walk the street of Warsaw and be recognized by evereyone; but there was nobody waiting for her at home. 』

 人にとって、登山とは、幸福とは、何なのだろうか。

 私はこの本を、日常生活の隙間時間を利用して読んでいた。
 会社から帰宅後、夕食後のわずかな時間。読んでいると階下から息子が「おとうさーん、おふろいっしょに入ろうよー」と叫んでいる。
 私もヒマラヤ登山をかじった者として、「人より長生きしなくていいから8000m峰行かせてくれ!」と神社に願掛けして里山をランニングしたり、「○○峰に登頂するのは▲▲(ガイドの師匠の名前)じゃなくてこの俺だ!」と夜な夜な叫びながら河原をランニングしていた(暗い)。
 人が離れてしまうワンダの人生を頭では理解しながらも、家庭や子供を抱えた今の自分には、もはや彼女のような情熱はカケラも残されていない事を、知る。

 さて私のヨタ話はさておき、ヒマラヤ登山に限定されているが、本書『FREEDOM CLIMBERS』は戦後ポーランドの登山史を克明に記録した本として、一級の資料でもある。
 エピローグでは黄金時代を築いたクライマー達のその後が簡潔に描かれている。アンジェイ・ザワダは癌に倒れ、ベッドの上で死んだ。ポーランドの登山家を支えた「密輸業」を発展させ、現在は貿易業で活躍しているクライマーの存在などは、したたかなポーランド人の面目役如たるところである。そして、最近再び始動したポーランド登山界の冬季8000m峰登頂プロジェクトで本書は締めくくられている。
 
 政治も経済も混乱した国家で、なにゆえポーランドのクライマーはヒマラヤで活躍できたのか。
 彼らの置かれた地位・環境もさることながら、はなはだ情緒的な表現ではあるが、
 「なぜなら、彼らはポーランド人だったから
 というのが、私が本書から得た答えである。

 ※本書を読む上で創成社 木村武雄著『ポーランド経済 -体制転換の観点から-』を参照しました。

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