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夏の道端にて

 申さんを仙台駅で見送り、山形に戻る。
 自宅で少し休憩した後、登山プログラムの打ち合わせのため、山形県朝日少年自然の家へ。

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 自然の家に向かう狭い車道にて。
 今の時期、山の中のみならず、農村の里山近辺では、青々とした胡桃の実がたわわに実っている。

 「胡桃」は秋の季語。
 しかし私にとっては、重そうに実る緑色の胡桃、落ちては潰れ、車道を汚す沢山の胡桃は、夏を印象づける光景だ。

 食べられるようになるまで、胡桃の処理は手間がかかる。
 採取する人も、現在は少ないのだろうか?

 東北の山村に関して鋭い文章を書く結城登美雄氏の書籍で、『以前どこの家にもあった柿の木が放置されたままの光景は、廃れる農村そのものの光景だ』という意味の文章があったと記憶しているが、採取されずにほったらかしの胡桃もまた、そうではないのだろうか。

 栄養価の高い胡桃がいかに古の人々の食生活を支えてきたか、ここで論ずるまでもない。
 昨冬に長期出張で滞在した金沢や白山山麓では、胡桃を材にした菓子が多く、山里の食生活を支える胡桃の存在感を見せつけられたものである。

 朝日少年自然の家で先生方に挨拶、登山プログラムについてお話を伺った後、退出。

 「さあ今日は胡桃団子でも食べよっとheart
 と、寒河江の某団子屋に直行したが、時既に遅く閉店。
 次に控える現場仕事の一人打ち上げまでの楽しみとしよう。

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有朋自遠方来不亦楽

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 日曜の朝、仙台駅へ。
 韓国でお世話になった申さんが日本出張中。観光で松島を訪れるとのことで、仙台駅で合流、お供する。

 宮城を代表する観光地、松島は中高年の団体さんで大にぎわい。

 海を眺めつつ、とりあえず五大堂と瑞巌寺を見学。

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 瑞巌寺の境内には、東日本大震災の津波がきた位置を示す看板がさりげなく立っていた。

 境内の砂岩を彫り込んだ洞窟群には、近畿から寄せられた観音像が飾られている。
 「この十八番という数字はなんですか?」
 と申さんに尋ねられ、三十三観音について話すが、あらためて自分の仏教文化に関する知識の薄さを痛感。

 それから仙台にもどる。
 申さんと車中で山とクライミングの話題。
 先日の「那智の滝」の件も絡め、韓国のアクセス問題も少し伺う。
 「でも、日本では嬉しい話題があるじゃないですか!W杯で安間佐千が優勝したでしょ!」
 さすが、スポーツクライミングの話題には敏感である。
 
 申さんのリクエストで仙台のラーメンを探しながら車を走らせる。
 幸楽苑・・・わざわざ韓国からいらした客人にはなあ・・・と、結局仙台駅まで戻り、東口ビルの某こってり系ラーメン店に突入。

 ラーメンを待ちながら、昨日まで申さんが入山していた谷川岳の話を伺う。
 まえもって、東京近辺で良い観光地ないかとメールで質問され、谷川岳を薦めたのは私なのだが、昨日は群馬で最高気温38度という暑さだったので、少し心配していたのだった。
 尾根歩きを楽しんでこられた様子でほっとする。
 沢筋の湧き水が美味しかったとのこと。
 そういえば、韓国の北漢山や雪岳山では岩が露出しているため、地下水を涵養するような地形地質に乏しいような気がする。

 さてラーメンが来た。
 申さんがえらく興味を示されたのは、調味料入れに置いてあったトッピングの「激辛・壺ニラ」。
 ニラの葉に唐辛子の粉その他をまぶしたものだが、「激辛」「入れすぎ注意」と書いてあるわりに申さんは表情も変えず「美味しいです」。
 店員に小皿を頼み、壺に入っているニラを全て小皿にだして、2人で食い尽くす。

 次に申さんが興味を示したのは、メニューにあるニンニク絞り器の写真。
 店員にオーダーすれば無料でニンニク3片付きでニンニク絞り器を貸してくれるらしい。
 早速に注文。

 私はこの日、人に会う約束があったので遠慮したが、申さんはグワシッとニンニク3片を絞り器でミンチ状にしてラーメンに投入。
 「これで元気でますね。」
 以前、韓国の登山学校の宴会で焼き肉パーティーに同席したときも、みんな生ニンニクをトッピングで食べているのにビックリしたものだが、韓国の方々のパワーの源を見る思いである。

 嗚呼、間違ってもスッキリ・サッパリ系の醤油ラーメンの店に行かなくてよかった~

 韓国であれだけ大歓迎されたにもかかわらず、不勉強で十分おもてなしもできない自分が嫌になるが、仙台駅で申さんとお別れ。
 蒸し暑い仙台の人混みの中、目立って背の高い申さんを見送り、私は車を山形に向けて走らせた。

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夏は紅色。

朝、月山は灰色の雲に覆われていた。
幸いにも雲は薄く、姥沢の駐車場にあがると眼下には雲海となって広がっていた。
頭上には青空と白い雲。

リフトを使わず姥沢小屋裏から月山へ。
蒸し暑い空気の中、樹林帯を登る。
汗が噴き出し、腕を流れる。

姥沢小屋からリフト裏の登山道は、水場が豊富だ。
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「雄宝(おたから)清水」のオタカラコウは、まだツボミだ。

少し歩いて頭上を見ると、遅いタニウツギの花。
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さらに登る。
会社では「空気の読めない」私でも、月山では蒸し暑い空気と、雪渓で冷やされた空気が入り交じって肌を撫でていくのがわかる。
樹林帯をぬけると、ベニバナイチゴの紅色の花。

さきほどのタニウツギの花といい、ベニバナイチゴの花といい、紅色なのに清涼感がある。
紅色、赤系統の色といえば「暖色」のはずだが、何故タニウツギの花、ベニバナイチゴの花に涼しさを感じるのだろうか。

あまり深く考えず、ただ花の色を眺めて歩いた。

頂上直下の月光坂は、アフリカのヌーの大移動なみの大渋滞。
それでも本日の団体様は穏やかな人ばかりなのだろう。
「あれ、きれいな人ばっかりですねえ!」
女性登山客の集団とすれ違う初老の男性の、おどけた声がひびけば、鍛冶小屋跡の石垣からは
「はい頑張ってえ~!」
とおばさま方の声援が響く。
和気あいあいとした、月光坂。

さて本日の頂上ランチは、
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ジャーマンブレッドにサラミとスモークチーズ。
ジャーマンブレッドとは、ライ麦、小麦、大麦、塩でできた黒パン。ライスバーガーみたいに麦の粒を寄せ集めたようなパンだ。「アルプスの少女ハイジ」に出てくるハイジやおばあさんが常食していたパンに近いらしい。

味は・・・独特の酸味があり、サラミの脂の甘みとスモークチーズの香ばしさでなんとか食べる。
なるほど、「ハイジ」のおばあさんが「白パン食べたいねぇ」と言いたくなる味でした(笑)

ちなみに私が食したのは、ドイツ・デルバ社のジャーマンブレッド。
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なぜか「酒のやまや」に置いてあるんだよね。酒の肴なのか?

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2012年7月22日の残雪状況(月光坂下部から撮影)
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 牛首からリフト上駅方面、残雪が多く残っています。
 日中はシャーベット状になりアイゼン着用せずに歩けますが、それゆえ滑って尻餅をついている方をよくみかけます。下りが苦手、もしくは雪上を歩いた経験の無い地方から来られた方は、軽アイゼンがあるといいでしょう。
 また雪渓の始め、末端部は硬く氷化していますので、どうぞご注意を。
(月山の事故事例で最も多い原因は「転倒」です)

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この人も正対でクライミングしてました。

チャールズ皇太子でーす。
Princecharles2

Prince Charles is climbing the wall, and getting laughs by USAToday 2012.7.18

 イギリス・ニュージャージー州の中学校視察中、ダブルスーツ姿で突然に人工壁に取り付いた63歳のチャールズ皇太子。
 学校関係者および取り巻き連中は、皇太子の突然のアクションにびびったとか(笑)

 でも、上記画像のチャールズ皇太子、いい顔してるなあ。

 冒険と探検・ヒマラヤ登山には伝統のあるイギリスの皇太子でございます。
 チャールズ皇太子の華麗なクライミングをご覧になりたい方はこちら↓

 当ブログで掲載した海外VIPのクライミング一例↓

 プーチンがぁぁぁ!!! by 当ブログ2011.8.3

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ナンガ峰マゼノリッジ隊、登頂を果たし帰還

 先日のツイッター誤報以来、登山隊の更新も途絶えていたナンガ峰マゼノリッジ隊は、イギリスのSandy Allan とRick Allenがマゼノリッジ縦走~そして7月15日にナンガ峰登頂を果たし、7月19日、ベースに帰還した模様。

Mazeno Ridge: Sandy Allan and Rick Allen safe at Base Camp. Summit of Nanga Parbat confirmed! by Planetmountain 2012.7.19

 食料・燃料が尽きかけていて両名の無事が懸念されていましたが、残念ながら途中下山したキャシー・オダウドのツイッターによれば両名とも無事下山した模様。(今度は翻訳ミスとかいわねえよな。)

 マゼノリッジの縦走は過去に幾度も試みられてきましたが、マゼノリッジ経由での登頂はヒマラヤ登山においても特筆すべき長大なルートでした。より詳細な報告が待たれるところです。

登山隊ウェブサイト Mazenoridge2012

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水彩画の中で夢をみる

 昨年だったか、海外のアウトドアメーカーでド派手なデザインのテントが開発されていましたが、カラーリングという点で今ひとつパッとしないのが、シュラフ。

 と、思ったら、あのイギリスの名クライマー、ラブ・キャリントンが立ち上げたメーカー「Rab」がこんなシュラフを作りました。

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 イギリスはロンドンのスカーフブランド、swash( スウォッシュ)と共同開発した「水彩画デザイン」のシュラフです。
 Rabの既製シュラフ・ニュートリノ400を元に、水彩画をデジタルプリントした布地でシュラフを作り上げています。

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生地裁断の様子

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縫製はミシンによる手作りのようですね。

R4
 水彩画シュラフ近影。ドングリのデザインがなかなかいいですね。

このシュラフに関する元記事はこちら↓

And now for something completely different! by Rab® Blog 2012.7.16

 swashブランドとの共同製作という特別モデルなんでしょうか、Rab社ウェブサイトの製品紹介には残念ながら登場していないようです。
 こんなシュラフ使ってたら、ツアー登山のおばさま連中のハートを撃ち抜くのは間違い無しですな。

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NAKANOともcafe

あーあ、今回の連休は暴風雨かよ~
と、月山から下山。
国道112号を走り、もうすぐ山形市街というところで・・・

Yamato
「艦長、レーダーに反応がっ!!」by 森雪



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「台湾花茶!?」
仙台はともかく、山形では中国茶飲めるカフェは現れては消え現れては消え・・・
というわけで躊躇無く、『NAKANOともcafe』に車を突入~


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いきなり普通の民家。

普通の玄関から入り、カフェの中も
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普通の住宅。
「カフェ」の中はババ・・・あいや、元・妙齢の女性の集団が元ガールズトークを炸裂させている。
ので、男一人の私は和室のソファ席に案内してもらった。

注文したのは、水桃蜜ウーロン茶とチーズケーキのセット(セット料金800円)
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画像では水桃蜜ウーロン茶(桃のフレーバーティー)の香りをお伝えできないのが残念です。

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チーズケーキはしっとりタイプにベリーのソースがかけてある。

席について最初に出されたのが水のグラスとヒマワリの種。
ご主人が丁寧にヒマワリの種の食べ方をレクチャーしてくれる。
大陸と台湾をそれなりに渡り歩いてきた私ですが、ここは謙虚にヒマワリの種の食べ方を教わります。

は~
桃のフレーバーティーとチーズケーキでゆっくり過ごした、連休の午後でした。

まさに隠れ家のような、ごく普通の民家。
韓国人の奥様と日本人の旦那様のお二人で営んでます。

 カフェのある山形市中野地区、国道112号線は細くなって交通量も多く事故の多い箇所ですので、店の出入り時にはどうぞ安全運転で。

NAKANOともcafe (食べログ)

山形市ではかなり女性の支持があるらしく、掲載ブログも多いのですが、ランチもやっているようです↓
NAKANO ともcafe ブログ*ロンリーCafeDay's*様

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県道月山公園線(月山高原ライン)の交通状況について

 マイカーで月山・羽黒口、8合目駐車場を目指す方へ。
 
 8合目駐車場に続く県道月山公園線は、ところどころ車一台がやっと通れる車道でありながら、山岳信仰の「講」の方々や弥陀ヶ原を訪れる観光客、ツアー登山客を乗せた大型バスが行き交います。
 
 特に山岳信仰の参拝者が多くなる夏期7月、狭い箇所で大型車両や自家用車がはちあわせ、という事態を防ぐために交通誘導(交通規制)が実施されます。

 この交通誘導とは、筆者が以前経験したのは、大型バスが通過するまで6合目の空き地で一般車両は待機、無線で交信している交通誘導員の指示に従って8合目駐車場に向かう、というものでした。全面通行止めというわけではありません。

 2012年の実施日は、

 7月15日(日)、16日(祝)、21日(土)、22日(日)、28日(土)、29日(日)、9月16日(日)、10月7日(日)

 各日とも午前中のみ、雨天時は中止の場合もあります。

 なお、7月15日(日)、22日(日)、29日(日)については、8合目の一般駐車場スペースが満車になった場合、6合目から無料シャトルバスへの乗り換え誘導が行われます(7:00~16:00)。

 詳細・ご不明な点は 羽黒町観光協会 にお問い合わせ下さい。

 弥陀ヶ原では沢山のニッコウキスゲが登山者をお待ちしています。
 休日、平日、いずれにせよ、見通しの効かないカーブが多いので車の運転には十分ご注意下さい。
 

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祭りの後

連休の中日。
月山は梅雨前線のまっただ中。

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御田原参篭所の兎様もずぶぬれです。

立っているのもやっとの暴風雨から逃げ出し、下山。

羽黒山山麓、宿坊が立ち並ぶ手向集落にさしかかると・・・
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何kmにもわたり、家々の前には紙垂(しで)が延々と飾られている。
ところどころには、紙で作られた花。

地元の方に尋ねてみると、昨日・今日は羽黒山の「花祭り」。
花祭りの様子はこちら↓

花祭りが行われました。 羽黒町観光協会ブログ

 上記ブログには華やかな造花が神輿(みこし)を飾っていますが、五穀豊穣、家内安全を祈り造花を争いとる神事があるそうです。
 月山のガイドをやっていながら、庄内・羽黒側の神事・民俗は不勉強ながら知りませんでした。
 
 雨に濡れた紙垂が続く街並みを通り過ぎ、国道112号へ下山。

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 道路脇には、もう蕎麦の花が咲き乱れています。

 昔ながらに変わらぬ神事と、ぼんやりしているうちに目まぐるしく変わる季節の移ろいが、月山山麓にはありました。

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月山8合目駐車場(羽黒登山口)からのタクシー料金

最近、「月山8合目 タクシー料金」のキーワード検索で当ブログを訪問される方がいらっしゃいます。
羽黒中央交通(羽黒観光ハイヤー)の今シーズンの料金を下記に記します。
(内容は月山8合目駐車場レストハウスに掲示してあるポスターからの引用です)
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月山8合目からのタクシー料金(小型料金)

以下、行き先・時間・料金(小型)の順に記します。

羽黒国民休暇村 40分 5700円
羽黒センター(営業所)45分 7000円
羽黒山山頂 45分 6800円※
湯殿山 100分 18500円※
月山姥沢登山口 120分 21000円
鶴岡駅(羽越線)60分 10500円
狩川駅(陸羽西駅) 55分 9800円
新庄駅(山形新幹線) 100分 19000円
庄内あさひバス停(高速バス) 60分 10500円
庄内空港 80分 13800円
湯田川温泉 70分 12700円
湯野浜温泉 80分 14300円

備考:路線バス料金→羽黒山頂1520円、鶴岡駅2000円

上記※印は有料道路料金(400円)を含んだ料金です。
ジャンボタクシー(9名様)もあり。
羽黒中央交通(羽黒観光ハイヤー)
電話0235-62-2260
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 県外・遠方からいらっしゃる登山者、公共移動機関で縦走しようという方、バス・タクシー料金のプランニングのご参考までに。

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クライマーと山岳メディア関係者に問う。「やってはいけないこと」は、やってはいけないのではないですか?【2012年7月24日追記】

残念な報道です。

佐藤裕介氏他2名のクライマーが、那智の滝を登攀、軽犯罪法違反で現行犯逮捕、同日中に釈放されたとのこと。

この報道から時間が経過しましたが、クライミング経験者とおぼしき方々の意見として、

 ・那智の滝は私有地うんぬん

 ・軽犯罪で逮捕とは、軽犯罪とはどのようにでも解釈されそうだ

などなど、重箱の隅をつつくような意見があがっています。

問題の本質はそんなものでしょうか?

某山岳ジャーナリストは動機が知りたいとおっしゃってますが、社会通念として犯してはならない不文律というものが
存在することは、まっとうな社会人ならご理解いただけるはずです。

佐藤裕介氏の仙台講演を聴講し、非常に感銘を受けた者として、今回の件は非常に残念な想いです。

どっかの自称プロクライマーは

「日本人の自然崇拝もなんとかならんかねー? 岩とか木には神は宿らんし!!! 神は形として存在しない!」

とネット上で公言していますが、これまた残念な反応です。

もちろん様々な考え・自己主張があってかまいませんが、その言葉には、岩や木を神として敬う多くの方々への「敬意」が微塵も感じられないからです。

ナントカ壁成功、とかいう話題はあっという間に広がるネットの世界なのに、今回の件に関して普段クライミングについてツイッターやブログで活発に発言している方々が一様に沈黙しているのは何故なのでしょう。

駄目なものは駄目、と何故はっきり明言できないのでしょうか?

いみじくも、平和主義を標榜しながら時折「革命」を主張する極左ライター井上D助氏が「いろんな意味で残念」とツイッターで意思表明されておられますが、ツイッターのその短い言葉の中に、各地のアクセス問題で奔走されている井上氏の苦労が偲ばれます。

山はクライマーだけのものではなく、様々な立場の方々の想いが存在する場所であることを、私たちは忘れてはならないと思います。

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【2012年7月24日追記】
7月24日、那智の滝に取り付いた3名の連名で謝罪文がウェブ上に掲載されました。
状況が良き方向に向かうことを願います。

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ナンガパルバット峰マゼノリッジ完登間近か?【7/13タイトル・本文修正】

 本稿は7月12日に「ナンガパルバット峰マゼノリッジ完登さる」というタイトルで一度アップしました。
登山隊のメンバーCathy O’Dowd のツイッターをソースに、イタリア、スペインのクライミングサイトが「登頂成功」として報じましたが、その後Cathy O’Dowd は頂上に到達していないことがツイッターの続報で判明、したがいましてタイトルを変えて再掲します。
 なお、長大なマゼノリッジからのナンガパルバット登頂の試みが特筆すべきものであるという筆者の意見は変わりません。

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 今夏注目していた登山隊のひとつに、ナンガパルバット峰のマゼノリッジ完登を狙うSandy Allan(イギリス)、Rick Allen (イギリス)、Cathy O’Dowd (南アフリカ)のチームがありました。
 
 ナンガパルバットのマゼノリッジは全長約10km、その行程に8つの7000mピークを含む世界最大級の山稜で、1979年のフランス隊による初トライ以来、ダグ・スコットやクルティカ、ロレタンらの挑戦を退けてきました。韓国の高所クライマー達も狙っていた課題でした。
 マゼノリッジの登攀史は登山隊のウェブサイトに簡潔にまとめられていますので参照ください。私の蔵書で確認してみると、初トライした79年フランス隊にはパトリック・ガバルーの名前も。いずれにせよ、世界の一流どころがトライしてきた長大なルートであります。

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ウェブサイト『Mazenoridge2012』よりマゼノリッジ全容(Photo by Doug Scott)

 女性クライマーCathy O’Dowd(キャシー・オダウド)のツイッターによれば、7月11日にマゼノリッジからの登頂に成功したという情報が流されましたが、実際にはCathy O’Dowdは登頂を断念、Sandy AllanとRick Allen、シェルパ2名で頂上を目指し登山活動続行中の模様です。

 参考サイト

7月12日の時点で報道された内容↓

 El equipo de la Mazeno consigue la cima del Nanga Parbat by Desnivel 2012.7.12
 
 Mazeno Ridge: completata la salita fino in cima al Nanga Parbat! by Planet Mountain 2012.7.12

あらためて報道された内容↓

 Mazeno Ridge: Nanga Parbat summit not yet reached by Planet Mountain 2012.7.12

 El equipo de la arista Mazeno consigue la cima del Nanga Parbat by Desnivel 2012.7.12

 登山隊ウェブサイト Mazenoridge2012

 Cathy O'Dowd ウェブサイト

 Cathy O'Dowd ツイッター

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 同登山隊はツイッターだけでなく、竹内君同様にGPSを利用してリアルタイムで現在位置を知らせているのですが、いやいや、ツイッター頼りの情報ってのも気を付けなければなりませんね。反省です。

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【訃報】ギド・マニョーヌ氏 逝去

Gi フランスの登山家ギド・マニョーヌ氏(出身はイタリア・トリノ)が7月9日、亡くなりました。95歳でした。

 Alpes-Montagne : Décès de Guido Magnone by kairn.com2012.7.11

 ギド・マニョーヌ氏といえば、オールドクライマーの方々にはドリュ西壁でのボルト初使用が記憶に残っているところでしょうか。
 ヒマラヤではリオネル・テレイらと組んでマカルー、ジャヌー、ムスターグ・タワー等々、南米ではアンデスのチャクララフ、フィッツロイに足跡を残しました。

 もともとフランスで美術を学び彫刻家としても知られていたようです。
 後年はUCPAというアウトドアスポーツ・観光旅行者に便宜を図る組織の設立に関わり、生涯を通じて登山・アウトドアの世界に関わり続けてきました。
 
 また一人、クライミングの歴史を彩るクライマーが世を去りました。謹んで故人の冥福をお祈り致します。

 あの人はいま ギド・マニョーヌお薦めの山岳文学 当ブログ2007.2.14記事

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【速報】【訃報】 中国のクライマー严冬冬、クレバスに転落死

Yan 詳細な日時は不明ですが、7月11日付の中国各メディアの報道によれば、中国を代表するアルパインクライマー、严冬冬(yan dongdong)が天山山脈(一部報道ではトムール峰)の氷河を下山中、クレバスに転落死した模様。

 西洋偏重の日本の山岳メディアの偏向報道によって、中国のアルパインクライマーの状況はなかなか知られていない中、昨年から四川省の山々を舞台にしたアルパインクライミングでかなり注目しておりました。

 中国国内メディアでも大々的に彼の遭難死がとりあげられていますが、その多くは2008年の悪名高い北京汚輪トーチ登山隊でチョモランマサミッターであることを報道しています。

 しかし、彼の本当の活躍は北京虐殺五輪のトーチ登山隊以後、四川省のスークーニャン山群を舞台にしたクライミングにスポットが当てられるべきでしょう。

 1984年、鞍山市に生まれる。中国でもトップレベルの清華大学を卒業後は、翻訳で生計をたてつつも「アマチュアとして生活していたのでは、月一、週一の登山では、登山にうちこめる時間が少なすぎる」という理由からクライミング中心の生活を送ってきました。
 そして、周鹏という良きクライミングパートナーと出会い、団体登山ではなく、スークーニャンやコンガ山群でアルパインクライミングを展開するようになります。
 彼に多大な影響を与えたのは、アメリカのMarkTwightが書いた本『ExtremeAlpinism』(中国語訳題「極限登山」)でした。

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周鹏(左)と严冬冬(右)

严冬冬と周鹏のペアが拓いた代表的なルートは、
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2009年11月、スークーニャン山群 幺妹峰中央南壁 『自由之魂』ルート開拓

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2011年10月、コンガ山群 嘉子峰西壁『自由之舞』ルート開拓(M6/WI3)

このように、彼の開拓した新ルートには「自由」という語が命名されているのが印象的でした。
翻訳で生計をたてつつクライミングを芯とした生活を送り、現代中国はもとより、アジアのアルパインクライミングを切り開く、これからの活躍が期待されるクライマーでした。今回の遭難死はまことに残念でなりません。
謹んで故人の冥福を祈ります。

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2012ベルシーW杯

フランスはパリ・ベルシーで2012年9月に開催予定のクライミングW杯プロモーションビデオ。

出演者は
メリッサ・ル・ネベ(Melissa Le Nevé、ボルダリング)、エスター・ブルックナー(Esther Bruckner 速度)、フィリップ・リビエール(Philippe Ribière パラクライミング)、マニュ・ロマン(Manu Romain リード)


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キム・ジャインちゃんの将来

 キム・ジャインちゃんが将来を見据えて大学院に進学していたとか。

 日本ではろくでもない左翼プロ市民の巣窟だったオーマイニュースですが、本家韓国ではキム・ジャインちゃんの消息を知らせてくれる貴重なニュースソースですな。
 韓国のテレビ局KBSのドキュメンタリー番組『グローバルな成功時代』で彼女の存在がとりあげられ、視聴者から熱い反応があったという趣旨の記事なのですが、この中で彼女はコンペクライマー「以後」の将来像について少し語っています。

 氷上にはキム・ヨナ、岩壁にはキム・ジャイン! by オーマイニュース(韓国版)2012.5.30
以下引用開始
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 今年2月に高麗大学 体育教育科を卒業したキム選手は、同大学院スポーツ心理学科に進学した。現役選手があえて大学院に行かなければならないか?との周囲の反対もあったが、指導者になるための理論の勉強も並行しなければなければならないと判断したからだ。

 『(ジャインは)自分自身をよくコントロールでき、それが試合、トレーニングだけでなく自分の人生と学習にも現れているという点がとても素晴らしいです。世界チャンピオンで終わるのでなく、現役活動が終わった後の指導者としての人生、そんなことを全て考えて準備をするという点で別格だと思います。』(ムン・イクス 高麗大学スポーツ心理学教授)
 岩壁を登るのに、「支え」と「道案内」となるホールド(岩壁を登る時に手でつかんだり足でふむことができる所)、似通った実力を持った選手ならば、どんなホールドを選択するかによりコースが分かれ、勝敗が決する。
 キム選手はクライミングと同じぐらいに「人生でのホールド選択も重要」だと強調した。

 『未来は誰も分からないということじゃないでしょうか。確実にクライミングに関連した仕事をすると思いますが、その仕事に就くための準備をしているんです。目標を成し遂げるために、ホールドを作っていく過程みたいですね。』
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以上引用おわり

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KBSで放映された、キム・ジャインの足

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大学院で授業中のキム・ジャイン

 と、いうわけで現在は大学院で指導者の道を目指しているキム・ジャインちゃんでした。

 なお、在籍する高麗(コリョ)大学のプロモーションビデオに彼女がチラッと出演してますです。動画開始37秒、および5分38秒のとこでワンショット。私の乏しい韓国語能力では「高麗大学」しか聴き取れません(;ω;)

 ちなみに動画開始5分38秒、キム・ジャインちゃんの登場とともに流れているポップス調の歌は、高麗大学応援団の応援歌です。
 いいなー大学生活。
 学生クライマーならびに学生ハイカーの皆さん、悔いの無いよう・・・といっても、後悔の無い奴なんていたらおめでたいけど、やりたいことは思い切りやりましょう。

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内業

日曜日、会社の日直当番。
まあ早い話が、
Boss
まる一日、電話番でござんす。
嗚呼、夏山シーズンを控えて各山域の踏査に出たい。
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 いつものごとく、会社で購読している新聞各紙に人民日報日本語版もチェック、それから会社の図書室で鳥海・月山に関する地質本、一昨年に改訂版が出た コロナ社の『山形県 地学のガイド』 を読んで過ごす。
 この本は山形県内の地質研究を担っている研究者の集団「山形応用地質研究会」が編纂しており、読みやすくかつ信頼できる書籍である。私の自然ガイドネタ本。

 先々月から身体が休める日は精神的に落ち着かず、それ以外の日は身体を酷使する現場作業の日だったりするわけで、なんとなく休めない。
 昨日は急に休みがとれたものの、登山口の現地確認のため朝日連峰に急行した後は登山用品店で情報収集、その後は実家の爺婆の依頼で玄関呼び鈴の修理等々。
 
 今の現場が終わったら、家族を置いて一人プチ旅行に出ようかと画策中。

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幸せを分かち合う登山

Nh
 中国共産党の代弁放送局NHKが放映する数少ない素晴らしい番組『地球ドラマチック』にて、『めざせ最高峰!アフガニスタン人初の挑戦』を視聴。
 2009年夏、アフガニスタン最高峰ノシャック7492mのアフガニスタン人初登を記録した番組(2011年フランス製作)である。

 44分間という短い番組枠ではあるが、感銘を受けると共に、登山を通じて国家とは何か、考えさせられる番組であった。

 フランス人ルイ・ムニエルによってプロデュースされたこの登山隊は、4人のアフガニスタンの青年がフランス・シャモニでトレーニングを行い、フランス人ガイド2名と共にノシャック登頂を目指したもの。
 4人のメンバーの中には、かつて父親が外国の登山隊のガイドを務めたという青年もおり、かつてのヒンズークシュ登山全盛期、そして長い戦乱による空白期を痛感する。

 準備もキャラバンも順調に進み、第一キャンプ設営というところでルイ・ムニエルに衛星電話が入る。
 アフガンの文部大臣が政情不安を理由に、登山隊の活動中止を考えているとの連絡だ。

 これを受け、4人のアフガニスタン青年からは口々に不満が飛び出す。
 危険など何もない、これは政治問題が絡んだクレームだ、パシュトゥーン人とタジク人の対立だ(メンバーの一人が、大臣とは違う民族の自分が山頂に立つのが気に入らないんだ、とつぶやく)、民族なんて関係ない、我々は同じアフガニスタン国民ではないか、等々。
 国民を代表して山頂に国旗を立てたいんだ、と。

 ここまで視聴して、ある山岳ガイド氏がヒマラヤの国際公募隊を率いて「いまや国威高揚登山の時代ではない」とウェブ上で発言しているのを思い出した。
 なんとも視野狭窄な、先進国の人間の思いあがった発言である。
 
 そしてメンバーたちの国旗にかける想い。
 日本では、日本勤労者山岳連盟のお偉方でなぜか山頂に国旗を立てることにアレルギーを示す方がおられるが、なんとも頭のいかれた人たちである。
 新生アフガニスタンでは、国民自らの手で山頂に国の旗を立てたいという熱い想いがある。
 1960年の日本・京都大学隊、ポーランド隊による初登頂から49年目、ようやくの自国人による登頂。

 我々日本人も含め、異国人ばかりが登山史において「表立って」活動してきたヒマラヤ登山。
 国威高揚登山など時代遅れ、という見方をする人は多いが、私たちは決して今回の4人の青年ような存在を忘れてはならない。

 下界での折衝もうまくいき、政府関係者の協力も得られることになり順調にみえた登山活動だが、やはり高度障害の魔の手が忍び寄る。
 父親がかつての山岳ガイドで、ぜひとも登頂して母親を喜ばせたい、と語っていた青年ハーンが高度障害に倒れ、同行するためアリ隊員も共に下山することになる。
 残ったマラング、アムルディンの2名がノシャック峰のアフガニスタン人初登を果たす。

 登頂もさることながら、ベースキャンプで登頂を見守っていたアリ隊員、そしてベースキャンプ料理人の老人がこう語る。
 「友人が登頂できたことは私にとっても幸せだ。」
 そのように語る姿に、高校・大学山岳部で育った私は素直に感銘を受けた。

 その登山経験の長短にかかわらず、なぜか日本では極地法を頭から否定し「一人の成功はチームの成功」という概念を否定する輩が多い。
 池田某老人の価値観に囚われすぎている人間は、今一度ベースキャンプのコックが語る「仲間の成功は自分の幸せ」という考えをかみしめるべきだろう。 

 この番組は7月16日(月)[日曜深夜] 午前0時00分~0時44分「めざせ最高峰! アフガニスタン人初の挑戦」として再放送される。
 アフガニスタン・ワハン渓谷の登山の模様に興味のある方はぜひご覧戴きたい。

 登山隊のオフィシャルサイトを拝見すると、隊員の中には今までずっとAK47を携えていたが、下山時にはピッケルに持ち替えていた、など、今回のNHK放映の番組ではうかがい知れないエピソードも紹介されており、戦争で疲弊したアフガンとその人々のことを思わざるをえない。
 すでにノシャックや同方面の山域にはヨーロッパのクライマーが手を伸ばし始めている。ネパールやパキスタンにおいて登山家として自立した人々が現れているように、アフガニスタンにおいても人々が登山を身近に行うことができる安定した時代が訪れることを願ってやまない。

2009年のノシャック登山隊の動画

2009年アフガニスタン人によるノシャック登山隊のオフィシャルサイト
AFGHANS TO THE TOP

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朝日連峰・日暮沢小屋への林道が工事通行止

 毎年多くの登山者が来訪する、朝日連峰・日暮沢小屋登山口に通じる日暮沢林道が、工事のため車両通行止めになります。
 歩行者(登山者)は徒歩で日暮沢小屋まで通行可能です。

 工事予定期間は2012年7月9日から2012年9月25日。
 車両通行止めは、林道入り口から約5km入った第2砂防ダム堰堤付近になります。
 7月7日現地確認したところ、下記画像のY字路分岐付近から通行止め予定のようです。
(現地確認時はまだ工事が始まっておりませんので、今後の状況次第で通行止め位置は変わる可能性があります)
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 通行止め予定地一帯はあまり駐車スペースに恵まれておりません。
 駐車の際は駐車位置に注意しましょう。

 工事が行われる平日は、林道を工事車両が往来していることが予想されます。
 入山される方は、見通しの効かないカーブなど特に安全運転に留意下さい。

 なお通行止め地点から日暮沢小屋までは徒歩約40分(私の実測による)、地元の小屋管理関係者の方のコメントとして、縦走装備などを背負った状態で徒歩約1時間はみてほしいとのコメントを伝え聞いております。
 行程には余裕をもって、入山ください。

 工事期間の短縮・延長など、林道の開通および通行止めの状況は流動的です。
 今シーズン日暮沢小屋登山口を入下山に利用される方は、関係機関に問い合わせの上、最新の情報を確認願います。

 参考サイト:西川山岳会様のウェブサイト

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日暮沢小屋のまわりは、朱色になりかけた沢山のクワの実が雨に濡れておりました。
夏山シーズンももうすぐです。

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FREEDOM CLIMBERS

Freedomclimbers Bernadette Mcdonald著『FREEDOM CLIMBERS』を読む。
 先日の記事にも書いたように、第二次世界大戦後、ナチスドイツ、ソ連に国土を蹂躙されながらも、ヒマラヤ登山を通じて我が道をゆくクライマー達を描いたドキュメンタリー。Bordman・Tasker賞およびBanff Mountain Book Festivalグランプリ受賞作品。

 本書は、著者Bernadette Mcdonaldも面識があったワンダ・ルトキェビッチの生涯を中心に据え、時系列で第二次大戦後のポーランドのヒマラヤ登山を追い、折々に登場するアンジェィ・ザワダ、クシストフ・ビエリツキ、イェジ・ククチカ、ボイティク・クルティカらの生い立ち、その人生もあますことなく描いている。

 先日の記事で、私は「ソ連の支配下におかれ、共産国家として政治・経済が混乱したポーランドがヒマラヤ登山で偉大な足跡を残せたのはなぜなのか?」と疑問を呈した。
 その答えが本書にはある。

 ナチスドイツ、そしてソ連に蹂躙されたポーランド。
 しかし、それ以上に、ポーランド人はしたたかであり、剛直であった。

 共産国家として戦後スタートした新生ポーランドの岳人は、ソ連との外交関係から、比較的容易にヒンズークシュ山脈にアプローチすることができた。彼らにとって、ヒンズークシュは高所登山の良き「道場」だったのである。
 ヒマラヤで「黄金時代」(本書の表現による)を築いた、または礎となった岳人たちはワンダも含め、ヒンズークシュで高所の経験を積んで8000m峰を目指した。

 東側諸国で最も多くの人口を抱え、教育水準も高いポーランドは、経済学の世界では東側諸国の中で最も経済発展のポテンシャルが高い国でもあった。
 しかし戦後ポーランド、クライマーも含めた人々の暮らしが厳しかったことは現実である。
 
 そんな中で、ポーランドのクライマー、海外登山に行けるようなクライマーはある意味別格の存在だった。
 西側諸国と触れる機会があるため、秘密警察に目を付けられることもあったが、その逆に秘密警察と懇意な山岳団体・クライマーもいたという。国家としても、西側諸国を自由に歩くクライマーは良き情報源だったようだ。

 特筆すべきは、私も伝え聞く程度であったポーランドのクライマーの遠征費調達手段、「密輸」について、本書ではきちんとページを割いて記述されている。
 オールドクライマーの方々なら記憶しているだろうが、当時は貴重品だったチタンのクライミングギアから酒、ボヘミアングラスなどなど、遠征先で売りさばいていたのだ。ベンツが買えるくらい稼いだ、わらしべ長者なみのクライマーもいたらしい。

 混乱した政治・経済の国家の中で、ポーランドの岳人たちはしたたかに自分の登山人生を生き抜いていたのである。
 同時に強調されているのはポーランドの国民性である。
 冬季8000m峰の鉄人、アルトゥール・ハイゼルの言葉、
『Unfortunately we Poles prefer to be a dead hero than a live loser.』

 その言葉を代表するような「巨人」、ククチカについても多くのページが割かれている。
 あのクルティカですら「危険すぎる」と下山を主張するほどヤバいルートに突っ込んでいったククチカ、奥様はとても素晴らしい方で夫を献身的に支えていた様子が記録されている。ククチカは家庭では一切8000m峰14座の話はしなかったという。家庭と山とは、しっかりケジメをつけていたようだ。

 そして、本書の主人公ともいえるワンダ・ルトキェビッチ。
 その人生について、クシストフ・ビエリツキがバッサリと斬っている。
 長くなるが、引用する。

『 Wanda did one mistake," he said. "She left familiy, she left friends. She had no one to come back. She had no job, no profession, no garden, no other interests. She had no fall back position. She had nothing. She was completely alone and there was nobody to help guide her." It's true that Wanda could walk the street of Warsaw and be recognized by evereyone; but there was nobody waiting for her at home. 』

 人にとって、登山とは、幸福とは、何なのだろうか。

 私はこの本を、日常生活の隙間時間を利用して読んでいた。
 会社から帰宅後、夕食後のわずかな時間。読んでいると階下から息子が「おとうさーん、おふろいっしょに入ろうよー」と叫んでいる。
 私もヒマラヤ登山をかじった者として、「人より長生きしなくていいから8000m峰行かせてくれ!」と神社に願掛けして里山をランニングしたり、「○○峰に登頂するのは▲▲(ガイドの師匠の名前)じゃなくてこの俺だ!」と夜な夜な叫びながら河原をランニングしていた(暗い)。
 人が離れてしまうワンダの人生を頭では理解しながらも、家庭や子供を抱えた今の自分には、もはや彼女のような情熱はカケラも残されていない事を、知る。

 さて私のヨタ話はさておき、ヒマラヤ登山に限定されているが、本書『FREEDOM CLIMBERS』は戦後ポーランドの登山史を克明に記録した本として、一級の資料でもある。
 エピローグでは黄金時代を築いたクライマー達のその後が簡潔に描かれている。アンジェイ・ザワダは癌に倒れ、ベッドの上で死んだ。ポーランドの登山家を支えた「密輸業」を発展させ、現在は貿易業で活躍しているクライマーの存在などは、したたかなポーランド人の面目役如たるところである。そして、最近再び始動したポーランド登山界の冬季8000m峰登頂プロジェクトで本書は締めくくられている。
 
 政治も経済も混乱した国家で、なにゆえポーランドのクライマーはヒマラヤで活躍できたのか。
 彼らの置かれた地位・環境もさることながら、はなはだ情緒的な表現ではあるが、
 「なぜなら、彼らはポーランド人だったから
 というのが、私が本書から得た答えである。

 ※本書を読む上で創成社 木村武雄著『ポーランド経済 -体制転換の観点から-』を参照しました。

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謎のギア

先々週、ロシアのクライミングサイトで話題になっていたのが、こちらの画像。

F1


F2

「これなーんだ?」
と謎かけの形で、掲示板形式のクライミングサイトに投稿された画像。
これに対して様々な回答が寄せられ、一番多かったのが、「これはキャンドルスタンドではないか?」という意見。

しかして、その正体は・・・


F3
ハンドメイドの、アイススクリュー用ハンドルでした。

この回答には他のクライマーから
「すぐ曲がる」
「簡単で安価な方法が最良とは限らない」
など辛辣な意見が寄せられ、さらに

F4
「普通のスパナが使える」

F5
「アバラコフ用フックがそのまま流用できる」

などなどの意見が寄せられていました。

でもさ。
私が思うに、冒頭のフォークを利用したハンドルって、 常にクライミングのことが頭の中にある人間 でなければ思いつかないよなあ・・・凄い情熱の持ち主でなかろうか、と感銘を受けた次第。

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クライマーにお勧めの家具

寝ても覚めてもクライミングという変質・・・あいや、クライマーの皆様にお勧めの家具発見。

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Rappelling Rope Furniture by trendhunter.com

 中古のクライミングロープをリサイクルした家具、『SEILFAKTUR』。
 デザイン・制作は、ドイツのローゼンハイム応用科学大学でインテリア建築を専攻する学生、Angelika Hessです。

 記事によれば、ヨーロッパでは大量にありあまる「使い古しのクライミングロープ」のリサイクルという実用性、カラフルなロープを利用したインテリアとしての美を兼ね備えた家具として評価されているようです。
 Angelika Hessの作品は次の通り。

R8
Liesl (無定型のダブルニットクッション)

R7
Seilschaft (PVCパイプを組み合わせた、カップル用ソファ。当記事の冒頭画像のように折り曲げて一人用としても可)

R6
Betthupfer (ワイヤーと組み合わせて自由に曲がる照明器具)

さあさあクライマーの皆様、お好きな柄のロープでいかがでしょうか。

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山をめぐる、よしなしごと

7月上旬まで、山に行けないこと決定。
しかし山の話題の方から、私につきまとってくる。

6月某日
 現場から車を運転中。
 NHKラジオ第二で韓国語ニュースを聴いていると、「タケウチ・ヒロタカシ」ときこえてくる。「シ」は日本語でいう「さん」。ニュースで14座登頂の話題がとりあげられており、竹内の「山登りはたのしいです」というインタビューも紹介されている。ていうか、韓国語はそんなに聴き取れない。
 なお竹内の14座登頂は、WEB上で確認する限り中国、台湾のメディアは取り上げているが、韓国メディアはスルーしている。既に14座達成者4名(オ・ウンソンを除く)を輩出しているプライドだろうか。

6月某日
 以前facebookでコンタクトをとろうとしていた中国人女性クライマーから返信。
 彼女はおそらく中国人初であろう8000m峰のバリエーションルート登攀を昨秋予定していたのだが、残念ながらアクシデントにて登攀中止になった模様。
 あらためて彼女のブログを確認してると、中国語と英語の2カ国語で書いてある。某先進国に移住して活躍しているビジネスウーマンとはいえ、やはり情報発信の重要性を思い知らされる。

7月1日
 某資格試験のため、金と色欲の街・仙台へ始発の電車で到着。
 試験会場が開くまで、仙台駅近くの高速バスターミナルで試験勉強しながら時間を潰す。
 待合室の大型テレビは中共の犬NHKを放映しており、たまたま竹内のインタビューを視聴する。
 高速バスターミナルという場所柄、リュックを持った中高年もチラホラおり、かなりの人が竹内のインタビューとダウラギリ登山の様子を視聴していた。
 彼のインタビュー放映がおわり、私はまた試験テキストに目を移した。

 今の現場が一段落ついたら、私も山に戻ろう。

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日焼け止め。

アメリカといえばガチな訴訟社会で、アメリカ人といえばバカばかりと思ってましたが、ここまでバカだったんですね。

アメリカのメディアを検索すると、アウトドア関連の話題は「サマーキャンプ」一色。
ここにきて「日焼け止め持ち込み禁止」というクルクルパーな規制が判明。
もちろん犠牲になるのは、子供達です。

Sun
校則のため日焼け止めが使えないまま、丸一日野外活動に出ていてひどい日焼けを負ってしまった11歳の女の子(目隠しは筆者による)

Sunscreen forbidden at schools and camps by USA TODAY 2012.6.29

 記事の概要は、学校では医師の診断書無しには日焼け止めが使えないことになっていたそうですが、11歳と9歳の子供を持つ母Jesse Michener(上記画像の子の母)が州当局とかけあい、秋までに規則を見直す方向になったそうです。

 そもそもは「日焼け止め」のアレルギー反応が懸念されたこと、さらに大人が子供に日焼け止めローションを塗ってあげる過程でのセクハラが懸念されていたそうです。はあ。
 
 さらに規則にはオマケがあり、「学校への帽子持ち込み禁止」(笑)
 これは帽子が「ギャンググループ化への懸念」があるとのことで、そのリスクを避けるため、学校によっては同一デザインの帽子を販売・供給しているとか。はあ。

 日本の学校の制服姿を嗤い、アメリカの教育の「自由」とやらをもてはやす評論家がいましたが(アグネス・チャンもそう)、いやいや聞いてあきれますな。
 日焼け止め製品へのアレルギーが存在するとして、その使用の判断は個人に委ねられるべき、もしくは学校側が指導すべきであり、規制すべきものではないと私は思うのですが。

 話は変わって、我が家の子供達の様子を見ていますと、私が小さい頃はそれこそ学校で「日焼け自慢」なんてしていましたが、今は違うんですね。昔(昭和)に比べ、皮膚への紫外線の影響がシビアに考えられているようです。
 うちのカミさんも子供を外で遊ばせたり学校行事のときはかなり日焼け防止に神経使ってますし、それが今の風潮なんですね。

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10t車と読書の日々。

5月から自動車学校にシコシコ通う。
目的は大型&大型特殊車両免許取得。

5月からは現場作業の合間に自動車学校通い、ガイド山行、今夏控えた資格試験の受験準備が重なり、脳みそ死んでます。
休日は昼過ぎに山から下りて、午後から教習所で10tトラックのハンドル握って走り回ってました。
10t車はでかい・・・

7月1日、日曜は牛タンしか取り柄のない街・仙台へ。
某資格試験を受験。
え?
手応えですか?
ま、

Q
『参 加 す る こ と に 意 義 が あ る』 by クーベルタン男爵
てな感じです。ははは。

その合間にも、隙間時間を利用してBernadette Mcdonald著『FREEDOM CLIMBERS』を読み進める。

Freedomclimbers第二次大戦、ナチス・ドイツ、ソ連の両方から国土を侵略されたポーランド、その戦乱と戦後の混乱を乗り越え、ヒマラヤ登山を通じて自分の道を突き進むクライマー達の姿を描いた秀作です。(Bordman・Tasker賞およびBanff Mountain Book Festivalグランプリ受賞作品)
 
 韓国登山界の論客キム・ヨンド氏はエベレスト韓国隊登頂をふり返る特集記事で、日本に遅れをとったのは国力(経済力)の差だと指摘、イギリスにおいても日本が多くのヒマラヤ登山隊を派遣できたのは経済成長の賜物と分析されていますが、はたして本当にそうなのか?私は疑問に思っています。
 多数の出稼ぎ労働者を国外に送り、80年代には経済不振から「連帯」組織を始めとする政治混乱が続いたポーランドが、ヒマラヤにおいてあれだけの足跡を残したのは何故なのか?それはクライマー個々人の資質によるものなのか?
 私がかねてから抱いていた疑問にヒントを与えてくれそうです。

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