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クライマーと山岳メディア関係者に問う。「やってはいけないこと」は、やってはいけないのではないですか?【2012年7月24日追記】

残念な報道です。

佐藤裕介氏他2名のクライマーが、那智の滝を登攀、軽犯罪法違反で現行犯逮捕、同日中に釈放されたとのこと。

この報道から時間が経過しましたが、クライミング経験者とおぼしき方々の意見として、

 ・那智の滝は私有地うんぬん

 ・軽犯罪で逮捕とは、軽犯罪とはどのようにでも解釈されそうだ

などなど、重箱の隅をつつくような意見があがっています。

問題の本質はそんなものでしょうか?

某山岳ジャーナリストは動機が知りたいとおっしゃってますが、社会通念として犯してはならない不文律というものが
存在することは、まっとうな社会人ならご理解いただけるはずです。

佐藤裕介氏の仙台講演を聴講し、非常に感銘を受けた者として、今回の件は非常に残念な想いです。

どっかの自称プロクライマーは

「日本人の自然崇拝もなんとかならんかねー? 岩とか木には神は宿らんし!!! 神は形として存在しない!」

とネット上で公言していますが、これまた残念な反応です。

もちろん様々な考え・自己主張があってかまいませんが、その言葉には、岩や木を神として敬う多くの方々への「敬意」が微塵も感じられないからです。

ナントカ壁成功、とかいう話題はあっという間に広がるネットの世界なのに、今回の件に関して普段クライミングについてツイッターやブログで活発に発言している方々が一様に沈黙しているのは何故なのでしょう。

駄目なものは駄目、と何故はっきり明言できないのでしょうか?

いみじくも、平和主義を標榜しながら時折「革命」を主張する極左ライター井上D助氏が「いろんな意味で残念」とツイッターで意思表明されておられますが、ツイッターのその短い言葉の中に、各地のアクセス問題で奔走されている井上氏の苦労が偲ばれます。

山はクライマーだけのものではなく、様々な立場の方々の想いが存在する場所であることを、私たちは忘れてはならないと思います。

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【2012年7月24日追記】
7月24日、那智の滝に取り付いた3名の連名で謝罪文がウェブ上に掲載されました。
状況が良き方向に向かうことを願います。

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クライミング」カテゴリの記事

コメント

掲示板の幾つか目にあったように、「なぜ、完登しない?」が私の警句ですが、なるほどビルを登るよりは面白かったのでしょう。しかし、態々登る必要があったのかは報道に明らかでないです。

彼がなにかの活動家ならば、「御神体への抗議」ぐらいを語っているのでしょう。しかしそれは警察発表されません。そのようなことは事情通ならば初めから分っているので、そのような垂れ幕などのメッセージも無く、怒られてただべそをかいて降りて来たのでしょう。子供ですね。

登攀ルートは冬で無い限り、向かって左の岩壁の左から右へ向けたラインと思われます。しかし、その程度のラインは日本国内でもまだまだ数多くあると思われ、理由は不可解です。今回で我々一般人には有名になりましたが、やはり売名行為なのでしょうか?お金に困っての最終手段だったのでしょうか?それにしたら、「なぜ、最後まで登らん」。

投稿: pfaelzerwein | 2012.07.15 23:22

失礼しました。もう一つ重要な視点がありました。世界中で登攀が禁止されている登攀価値のある岩壁は、開放されているものと同じように、数え切れずあります。理由も様々で、宗教的や社会的な理由以外にも環境保護やらその他の影響を理由とする場合も多いかと思います。

ご指摘のように禁止されている場所でも敢えて登る理由は、先に挙げた売名行為や自己満足以外の何ものでもありませんが、それは登山の歴史とも密接に結びついていて、一概に商業主義や国家主義などとは限定できません。

それ以外の人工物の登攀においても原発やなんとかビルの登攀など政治思想的なアピールも存在するのでしょうが、多くはなかなかそうした思想的動機付けとは異なるようです - 例えばスカイツリーの初登攀や東電ビルなど。

「山がそこにあるから」はそうした純粋な動機付けは中々単独では存在しないと言うことを逆説的に上手くあらわしていると思われますが、どうでしょう。

投稿: pfaelzerwein | 2012.07.16 00:07

re: pfaelzerwein様
 重ねてのコメント、恐縮です。
 震災・原発関連の話題ではpfaelzerwein様のブログよく拝読させていただいております。

 報道によれば100m程(全体の2/3)登った、という報道と約9割方登ったところで警官に止められ下降した、と幾つか異なる情報が流れています。

 一部ツイッターでも完登したか否かが話題になっていましたが、私個人の意見では、もはやそのような論点は意味が無く、壁に取りついた事自体が問題だと思っています。

<<そのような垂れ幕などのメッセージも無く、怒られてただべそをかいて降りて来たのでしょう。子供ですね。

推測ですが、そのようなメッセージ性は無く、本人たちにとってはクライマーとしての興味から取り付いたのではないかと思います。講演を聴講しただけで深く人柄までは存じませんが、佐藤氏はスポンサーの付いたクライマーであり、売名も金もその目的ではないと思います。 この点は、これからの検証を待つしかありません。

  pfaelzerwein様が「重要な視点」とおっしゃるように、他国にも「登攀禁止」の場所の存在、またそこを登るクライマーについて、この稿を書き込む上で考えざるを得ませんでした。

 近年ではアメリカの著名なディーン・ポッターがアーチーズ国立公園で禁を破りクライミング、また世界各地の高層ビルを登っては逮捕・拘束を繰り返している仏のアラン・ロベール、北海油田の施設によじのぼるグリーンピースの活動家なども思い浮かびました。

 クライマーの心情として理解できる、という書き込みもウェブ上で散見するのですが、それならば、(2700年という年数の正確さは本質的な問題ではありません)長い歳月を経て那智の滝、または御神体として岩場を見守ってきた人々の想いは無視されていいものか?

 私自身、もう10年以上も前に登ったアメリカのデビルズタワーの事を考えます。
 ネイティブの方々にとって聖地とされた岩場であり、現在はありませんが『Don't Climb Devils Tower』というサイトも存在していました。国定公園管理センターがクライミングを容認していること、毎年6月は猛禽類の巣作り及びネイティブの方々にとっての聖なる月として登攀禁止というルールが成立していることなどを確認し、現地に飛んだのですが、後ろめたい気持ちがあったのも事実です。
 登頂して下山した際、たまたまネイティブの老夫婦と出会い「何かクレームを言われるか」と身構えたものの、私とガイドのクライミングギアを見て「登ったのか?素晴らしい!」と握手を求められ、ホッとした思い出があります。

 長々と昔話を書きましたが、宗教とクライミング、地元の方々の理解を得られてこそ自分たちはクライミングを楽しめるのだ、と当時考えさせられました。

  pfaelzerwein様がコメントの最初にお書きになったように「登る必要があったのか」。今回の彼らの動機や背景はこれから何らかの形で明らかになると思います。

「山がそこにあるから」は逆説的であると共に、ある意味その思想の無さをカモフラージュする便利な言葉だとも思います。

 私が思うに、いかなる理由、思想にせよ、「立ち入り禁止」の柵を越えて地元の方の怒りを買ってしまったという現実に、共感することはできないでしょう。

 いずれにせよ、現段階ではウェブ上での各紙メディアでの報道でしか知り得ないことが多く、今後の検証を待ちたいと思います。

投稿: 聖母峰 | 2012.07.16 01:34

初めまして、
インドアクライミングを始めて2年半の
へっぽこおやじクライマーです。

大津のいじめの件を2chで追いかけていたら
このニーュースが飛び込んできました。
最初の感想はやはり「なんで・・・?」
スポンサー付きの有名クライマーがこんなことを行ってなんの意味があるんでしょうか。

一人一人の宗教観があり、価値観の相違もありますが、
他者の価値観を尊重出来ない人間は、
やはり「お子ちゃま」というより他は内容ですね。

投稿: 越前蟹 | 2012.07.18 14:09

re:越前蟹 様
 コメントありがとうございます。

<<へっぽこおやじクライマーです。
いえいえ、謙遜なさらずに。

 時間の経過と共に、様々な意見がネットで飛び交っています。
 どうも「クライマー」「一般人」という対立軸での議論が目立ちますが、越前蟹様の「なんで・・・?」のような、人として自然な感情が大切なのでは、と思います。

<<他者の価値観を尊重出来ない人間は、
 おっしゃるとおりですね。
 この記事を書き、ネット上の様々な意見や議論を目にして思うのですが、法的解釈などにとらわれて議論する以前に、

「相手の立場にたって考えてみる」
(ここでいう相手とは、那智の滝の神社関係者、地元の方々です)

 ということが大事なのではないか、と感じています。

投稿: 聖母峰 | 2012.07.18 22:32

大昔のことです。瑞牆山十一面岩末端壁の「春うらら」がフリー化されました。

それまでに十一面岩正面に行きながら、自分には無縁の世界と、眺めていた壁でした。
私は岩と雪にフリー化の発表がなされた直前に、雨降りになったので仕方がなく、末端壁に人工登攀の練習に行きました。
着いてみると、壁の基部にたくさんの叩き落とされたボルトが散乱してました。
これはオール・ナチュラルプロテクションで登れるまで、練習用にボルトにクリップしていたボルトでしょう。
岩と雪の表紙は、T氏がボルトにもクリップして登っている写真でした。
何で散々お世話になったボルトを散乱させたままなのでしょう。違和感を感じたの明確にを覚えています。
さらに壁の基部にあった立派な松の大木が伐採されてました。切り株の前にできたルート名はペガサス。
ルート名の由来はカナダだったかな?木こりが木を切り倒す時に「テンバー」と声をかけるから天馬=ペガサスになったと(^^;)
このグループが筑波山の、しめ縄や立て札があるご神体を、トップロープで登りました。
岩と雪に開拓の顛末が何ページも掲載されてました。
トップロープの支点はボルトを打ったような。記憶が間違ってたらすみません。
まもなく筑波山は頂上直下の、昔から登れていた岩場も含めて、岩登り禁止になりました。
茨城県はここしかまともな岩場はなかったと思います。

もう少し後ですが末端壁に、九州の本匠の岩場のバルコニーというか、遊歩道みたいなものができてました。その辺の木を大量に伐採してです。私はこれには唖然としました。○○クライミング・スクールの残置
物が多数あり、彼らがやったと思いました。凄い!凄すぎる。ここは秩父多摩甲斐国立公園なんですけど。

今回の那智の滝登攀も似た思想を感じます。あの3人って宮司からみたらエイリアンでしょうね。
あとスポンサーの面子丸潰れです。損害賠償を請求されてもおかしくないでしょう。

投稿: k島 | 2012.07.21 17:24

re:k島様

 コメント、そして貴重な体験談ありがとうございます。
 
 T氏の「春うらら」といえば、フリークライミング黎明期でしたでしょうか。
 当時「岩と雪」記録欄も、ルート名にはアルファベットのFに○印を付けてアルパインクライミングと区別したり(この表記はすぐに廃れましたね)、皆が手探りで「フリー」クライミングを模索していた時代ではなかったでしょうか。
 もっとも、「岩場開拓」の惨状を直接目にしたK島様の戸惑いや憤りは、私が気軽に推察できるものではないのでしょう。

 私自身は那智の滝の件は、あくまでもクライマー個人のモラルの問題とシンプルに考えていますが、長年クライミングを続けられてきたK島様が従来の岩場開拓に伴う「惨状」を思い起こされたのも当然かと思います。

<<あの3人って宮司からみたらエイリアンでしょうね。
 クライミングという行為を世間に認知させたい、と多くの方々が岩場の清掃や地権者・役所との折衝を行う等々の努力をされている中で、宗教問題へのすり替えや神社関係者への的はずれな批判を発言する方がおり、よく理解できません。
 クライミングを知らない「一般人」の方々の理解を得ることこそ、山やクライミングをやる者にとって大切なことだと思うのです。

投稿: 聖母峰 | 2012.07.22 22:06

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