« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

英雄 ~山で何が起きたのか、誰も知らない~

『人生にはまた別のアンナプルナがある』
の名言で知られる、アンナプルナ初登者、すなわち人類初の8000m峰登頂者、モーリス・エルゾーグ。

今夏フランスで、その名声を揺さぶる一冊の本が出版されました。
内容は、実はフランス隊によるアンナプルナ初登頂は虚偽ではなかったか、というセンセーショナルな内容です。
そして何よりフランスメディアの話題をさらっているのが、この本を書いた人物が、エルゾーグの娘、フェリシティ・エルゾーグということです。
その本のタイトルは、『Un héros』、「英雄」。

He1
現在のモーリス・エルゾーグ氏(左)、娘のフェリシティ・エルゾーグ女史(右)

“On ne saura jamais ce qui s’est passé à l’Annapurna” by ledauphine.com2012.8.3 (フェリシティ・エルゾーグのインタビュー記事)

MAURICE HERZOG TOMBE DE SA MONTAGNE by parismatch.com2012.8.27

この本の話題は8月初旬にフランスの出版界関連のメディアで話題になり、フランスの登山・クライミングサイト Kairn.comでも一度取り上げられました。8月下旬になってフランスの大衆誌「パリ・マッチ」誌に取り上げられ、再びKairn.comで話題になったものです。

 モーリス・エルゾーグ氏といえば、感動的なアンナプルナ登頂~下山、そして前述の名台詞で感銘を受けた日本人は多いようです。
 一方、読売新聞の江本嘉伸氏がロクソノ誌で少し触れたように、エルゾーグ氏本人はダークな一面を持った人物であることは知られていました。

 さて、肝心の本の内容ですが、まず作者フェリシティ・エルゾーグ女史本人は自伝という体裁をとりながら、あくまでも本書はフィクションであると明言しています。

 エルゾーグとルイ・ラシュナルが頂上直下から引き返したという設定で、彼らは1950年代のド・コ゜ール政権下の民族主義の中で熱烈な歓迎を受ける一方、エルゾーグを模した登場人物の荒れた家庭と女性関係が描かれていきます。
1950年代の動乱のフランス、その中で「英雄」を持った家庭群像を描いた私小説、というところでしょう。

 なおフェリシティ・エルゾーグはあくまでもフィクションといいながらも、「山の上で何が起きたのか、正確な事は誰にもわかりません」と意味深な発言を残しています。
 アンナプルナ初登頂者、そして政界にも進出した人物の娘がこのようなセンセーショナルなテーマで本を出版するにおよび、数々の憶測を呼ぶとしても仕方ないことでしょう。

 WEB版フランスメディアの掲示板を拝読すると、

『ルネ・デメゾンがグランドジョラス冬季登攀でセルジュ・グッソを亡くした時の(エルゾーグの)態度は嫌らしかった』

などという書き込みもあり、モーリス・エルゾーグ氏の一筋縄ではいかない人物像が伺えます。

 この本の内容を理解するには、フランス語はもとより、フランス人気質とフランス現代史を知らなければならないんでしょうね。

当ブログの過去記事
 あの人は今 モーリス・エルゾーグ(Maurice Herzog) 2010.6.9

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガラスの復権

 登山で使う水筒といえば、プラティパスやナルゲンのような樹脂、シグやサーモスのような金属製ボトルが一般的ですね。
 
 私が山をやり始めた頃は、独特の香り付き(笑)のエバニューのポリタンクでした(遠い眼)
 保温ボトルといえば、テルモスの呼び名が代名詞となっていたTHERMOS社の魔法瓶。
 内側はガラス製で、落っことすとたいてい割れちゃうやつでした。

 そして21世紀の今!
 水筒素材にガラスが再び復活してきたようです。

The Gear Junkie -- Glass Water Bottles by trib.com 2012.8.22

上記記事で紹介されているガラス製水筒は3種類。

G4_2
ハイドレーションシステムで有名なCamelBakが販売予定のガラスボトルは、取り外し可能なシリコン製のグリップ兼用カバー付。素材は軽量かつ耐久性のあるガラスで、世界最大のガラス容器生産国・フランスで開発されたガラス材。

G3
 アメリカ・ボルチモアに本拠地を置くPURE Glass Bottleが開発したのは、ガラス本体をBPAフリーの樹脂膜でコーティングしたボトル。
 520ccのトラベラー(左)、740ccのエクスプローラー(右)の2種類があり、いずれも車のカップホルダーにもあうサイズに設計されているとか。
 本体を包む樹脂膜は汗かいた手でも滑らないグリップの役割、そして割れた場合に破片が散らないようにという目的で設計されているそうです。

 そして最後は、東洋人のハートを掴みそうなバンブー・ボトル。

G1
 その名の通り、バンブー・ボトル・カンパニーが開発した同製品は、ガラスの本体を竹製のシェルが覆ったもの。

G2
 いずれのメーカーもBPAフリーをうたいガラス材を採用しているわけですが、バンブーボトルはさらに再生可能でほぼ無尽蔵な資源として「竹」を採用したことをオフィシャルサイトに掲載しています。

21世紀のガラス製ボトルは、洗練されたデザインで、ガラスという材質が復帰するようですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ミック・ファウラー、インドのシヴァ峰へ

 イギリスの名クライマー、ミック・ファウラーが今秋インドのシヴァ峰(6142m)、もちろん新ルート開拓で登頂をめざす模様。

Climbing taxman will tackle unclimbed route to mark anniversary by grough2012.8.13

Shiva
インド・シヴァ峰(6142m) Photo by Andrey Muryshev

インドのシヴァ峰とは、田部井女史はじめとするJAC女性隊が初登したピークですが、そこはミック・ファウラー、上記記事には明記されていませんが、未踏のバットレスを登攀予定。メンバーはポール・ラムズデン(Paul Ramsden)、スティーブ・バーンズ(Steve Burns)、イアン・カートライト(Ian Cartwright)。

 しかし記事のタイトルおよび記事の書き出しが『The mountaineer known as the climbing taxman』かよ・・・
 税務官という職業と激しいクライミングを両立している事は日本でもよく知られていますが、ミック・ファウラーを神とあがめる日本のアルパインクライマーにはびっくりぎょうてんなニックネームであります。
 まあ日本には「ニート登山家」とやらがいますが(冷笑)
 なおしっかりと年次休暇&手当を使って遠征に行くとのこと。やるー。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

夏野菜

社内失業してのんびりするはずだったが、猛暑の中、精鋭部隊のハードな現場に招集を受ける。
毎日ヨレヨレになって帰宅。

夕食のテーブルに置かれていたのが、
Imgp0421
おかひじき。

 今ではすっかり全国的にも知られるようになったが、つい30年ほど前の文献では『野草の中で、おかひじきくらい地域性の強いものはないであろう』とまで書かれている。
 
 そもそも、おかひじきは北方アジア全域に生え、古文書でも北海道から東北にかけて食されていたことが記録に残っている。
 昭和35年、山形県上山市で全国植樹祭が開催された折、日本各地から名士が集った宿で食卓にのぼったことがきっかけで全国的に知られるようになったらしい。
 
 山形県では、もともと庄内から最上川をたどって行き来していた輸送船によってもたらされ、現在の南陽市で盛んに栽培されるようになったのがルーツである。

 カラシ醤油で食べるのが一般的らしいが、私の場合、カラシはあんまり刺激が強いので市販ゴマドレッシングで食べる。その方が風味を殺さないような気がする。
 もっとも、現場作業で疲れた身体は、隣に置いてある、しょっぱくて冷えたナス漬けの方に箸がのびるのでありました。
 ※参考文献:青葉高著『北国の野菜風土誌』昭和51年 東北出版企画刊


 さて、今ハードな現場作業を続けているのは、某地の大きな農家。
 昼休みは自家製の小型ながらも甘いスイカを御馳走になる。
 しかも現場の隣にあるスモモの木から、「いくらでも取って食べていいです」と勧められる。

 で、昼休み。
 ふと畑を見ると、見慣れない黄色い花。
 しかも隣には、不二家のパラソルチョコみたいな突起物が上を向いている。

Img_0197
おおー、これがオクラの実物ですか!
恥ずかしながら、オクラが実際に実っているところって初めて見ました。
普段ネイチャーガイドになりたいとかほざいていて、お恥ずかしい・・・

オクラって、尖ってる方が下向いて実るのかなあ、と思ってたんですが、見事に北朝鮮のミサイルみたいに上向いてますな。
次の日も仕事で訪れてみると、もう画像のオクラは収穫された後でした。

このことを農家出身のカミさんに話すと、オクラは凄い成長が早いので、食べ頃になったらすぐ採らないと、硬くなってしまうらしい、とのこと。

私、出張先で料理めんどくさいときは、スタミナ源としてスーパーの総菜コーナーでオクラの和え物とかよく買います。
いやいや、初めて実っている光景をみて、知り合いの違った一面に出会ったような思いでした。
と、申しましょうか、普段自分が食べてる野菜のことくらい、もっと学びましょうと反省しきりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

峠の力餅

吾妻のガイドの帰路、米沢駅前の「峠の力餅 米沢支店」に寄り道。
Imgp0397
 「峠の力餅」とは、明治のその昔から、奥羽本線峠駅で売られてきた餅菓子である。
 山形新幹線に乗れば、必ず車内アナウンスで販売PRが流される。

 かくいう私、スイッチバック時代から奥羽本線は数限りなく利用してきたが、天の邪鬼なもんで一切買うことはなかった。
 今回の吾妻山行きのついでに、店に立ち寄ってみる。

Imgp0399
 今回買ったのは、団子状に串にさしてある力餅。
 画像の醤油、小豆餡の他にずんだの3種類を買って速攻喰い。
 
 いやあ、串に刺さっていても、団子と違って歯ごたえのある「餅」なんで美味い。
 出所の怪しげな「米沢牛」食うよりも絶対オススメ。

 この「峠の力餅」、巡幸中の大正天皇陛下(当時は皇太子)が自ら、車窓から買い求めたというエピソードで知られる。
 パッケージに「宮内庁御用達」とか書いてある菓子はいくらでもあるが、峠の力餅、陛下自ら買い求めたというトコがポイントですな。(ちなみに大正天皇はフツーに一般の蕎麦屋に出入りしたり気さくな性格だったらしい)

 明治から売られている峠の力餅、そのパッケージは時代とともに変わっていくのですが、

T
昭和初期のパッケージ。
多くの子供達がスキーに興じている絵が採用されています。
スキーブームといわれた80年代でも、衰退の一途を辿る現在でも、考えられないパッケージですね。

この絵を見てふと思ったこと。
最近発行された、国立登山研修所の論文集『登山研修vol27』(PDFファイル)において、山田淳氏が論文中でスキー衰退の一因として『ファミリー向けのインフラ整備を行っていなかったこと』を挙げている。
 私も山形市民として蔵王スキー場の惨状を視てきているし、山田氏の指摘もさもありなんとは思う。
 しかしスキー場そのものはもちろん、交通機関すらろくに整備されなかった昔、「峠の力餅」のパッケージにスキーに興じるたくさんの子供達が描かれる。
 場所さえありゃ、大勢の子供達が外に飛び出し、スキーで滑っていたのだろう。
 そんな時代が、日本にあったのだ。

参考文献:小杉清美著『峠の力餅 八十周年の歩み』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大陸投資に必要なものは・・・

 台湾において大陸側に関する業務を担当する政府機関「行政院大陸委員会」が、テレビCMにクライミング、しかも美女クライマー(台湾メディアの表現による)を起用し、話題になっています。
 まずはCM動画をご覧あれ↓


字幕解説(訳:筆者)

成功必然伴隨著風險 (成功には必ずリスクが伴います)

唯有牢牢的扣緊保護鎖 (しっかりと保護の鎖をかけましょう)

才能持續安心的踏穩每一步 (持続的な安心があってこそ、しっかりと歩むことができます)

 とゆーわけで、2012年8月9日に台湾・大陸間で署名された「両岸投保協議」(はやい話が両国間の投資および投資家の権益を保障する協定)の宣伝ですな。

 台湾メディアは上からのカメラアングルで「女性クライマーの胸の谷間にモザイクかけなくていいのか?」などとエロい話にふってますが、これに対してCMディレクターは「クライミングは健康的なスポーツであり、彼女の鍛えられた肉体をみてください」とさらりと流しておりますです。

 CMに起用された女性クライマーは台湾のアマチュアクライマー、黄之潔(ファン・ジ・ジェ)。
 台湾大学中文学部を卒業後、ドイツのヴィスマール大学で照明デザインを学び、イギリスはロンドンの公園設計プロジェクトにも加わるなど、デザイナーとして活躍する才女。
 クライミング歴は10年、最近最も印象的だったクライミングはタイのクラビ島でのクライミングだったとか。
 数年前、学生時代からの岳友がキルギスタンの山で遭難死、24歳の若さでした。その遭難を受け、彼女はこう言います。
 『あの時、私は人生が短いことを悟りました。今日『あなたを愛してる』と言わないでおけば、次の瞬間にはもうその機会がないかもしれないんですよ。』

 Tai1
 そんな彼女のひたむきなクライミングが、台湾・大陸間のビジネス投資という魑魅魍魎の住む世界に用いられるというのも、私に言わせればなんとも皮肉な光景です。

 もっとも「クライミングには常にリスクがつきまとう」という点では、両岸関係を象徴するにはふさわしいのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏日記、2012。

8月×日。

 地球温暖化、異常なまでの猛暑に悩まされる日本列島なのだが、チョモランマのロンブク氷河なみに冷え切った我が家の夫婦仲。
 例年お盆後半はカミさん実家にお参りに行った後、カミさん家に宿泊するのだが、今年は私だけ自宅に戻ることにする。
 理由は、「自宅でいろいろやることがあるから」。
 自宅を目指し、国道を走っていると携帯に電話。
 カミさんからで、お義母さんから「どうしても夕食一緒に」と懇願されたらしい。
 国道から細い路地に入り、再びカミさん家に車を走らす。
 カミさん家にたどりつくまでの数十分間、映画『蘇える金狼』でカウンタック運転する松田優作なみに、こみあげる笑いが何故か止まらない。
 自分でもなんなんだ、というくらい、腹抱えて笑いながらカミさん家に車を走らす。

 地方都市の親戚づきあいに、息詰まりを感じていたのかもしれない。
 もうそろそろ、旅に出る予感。

8月×日。
 
 西吾妻の下見山行をさっさと終え、どうしても調べたい資料があるので米沢市立図書館を訪れる。
 これがまた、人口9万人の地方都市とはいえ、古い歴史をもつ城下町とは思えない、しょぼい図書館。
 蔵書検索の端末も一台しかなく、しかも鈍感そうな男子学生がいつまでも長時間占拠している。
 郷土資料に至っては、大きめのロッカー型書棚に収められているだけである。

 いつまでも上杉鷹山やら直江兼続やら何百年も前の大昔の人物にこだわり、くだらないハコ物の建造物をボコボコ建て続けた挙げ句、市民サービスがお粗末な典型であろう。

 定年退職した爺みたいにのんびり書棚を閲覧するほど私はヒマではないので、あらかじめ蔵書検索サイトで調べておいた閉架の書籍をカウンターの司書に請求。
 山形県立図書館も所蔵していない、吾妻山に関する書籍がここに所蔵されているのだ。

 が・・・・
 しばらくして、カウンターの司書がやってきた。
 私が請求した書籍のうち、「一冊がどうしても見つからない、当図書館には3冊所蔵されているはずなんですが、見つからないんです」とおっしゃる。

 文献の保存という目的も備えた公立図書館でそれってどーよ、と思ったが、こちらも吾妻のガイド山行まで時間は無いし、その司書の女性が 結 構 可 愛 い 人 だったのであっさり諦める。

 米沢という街は、歴史に詳しい方ならご存じのように古い城下町であり、たまに「米沢こそ山形の中心地になるべき街だ」とかほざくキチガイ爺がいるのだが、郷土資料くらいキチンと保存しておきましょうね。
 
 米沢からは、反日売国奴放送局NHKのFMを聴きながら山形に戻る。
 SHOW-YAの寺田恵子の番組。
 SHOW-YA解散前の赤裸々な裏話を延々と聴きながら山形めざして車を運転。
 いわく、ハードロックは結構疲れる、とか、徹底して音楽は辞めたつもりだったが結局再結成に至る経緯に聞き入る。 

 はいはい、若気の至りと申しましょうか、20代はSHOW-YA聴いて過ごしてましたよ。
 
 寺田恵子の「結局音楽の世界に戻った」という話に、某8000m峰に遠征した後すべてが嫌になり、愛用の100リットルザックも高所用登山靴もシェルパにあげてしまい、知人達に「もう山辞めます」とハガキを送った事を思い出す。
 で、今の私はまだザックと靴を車に積み込み、山形県内を走り回っている。ははははは。

8月×日。
 夜。
 カミさんが部屋にやってきた。
 なんだ!?また子供の教育問題か!?
 「竹内くん、テレビにでるわよ」

 おうおう、旅行社宛書類の作成やらコースタイムの検討やらに夢中になってて、竹内が何やら中国の顔色ばかり伺う反日放送局NHKの「グレート義太夫」とかいう番組に出演するというのを す っ か り 忘 れて い ま し た

 テレビのある居間に降り、竹内が出演するらしい、太平洋戦争時に東根市に作られた防空施設を「人殺しの施設」と言い捨てた極左売国放送局NHK制作「グレートマジンガー」とかいう番組を家族みんなで視聴。
 チーズ好きの娘は、永井大氏が体験したチーズ料理に釘付け。
 山を知らないカミさんからは、
「大学山岳部ってヨーロッパには行かないの?やっぱりヒマラヤなの?ヒマラヤ行くのってやっぱり名声あがるから?」と色々質問される。てきとーに答える。
 永井大氏のアルプス登山の様子を視聴して、娘もカミさんも、2人とも「こんな斜面で撮影する人すごいよね~」と声をあげる。
 NHKの山岳カメラマンとディレクターは実力者揃いであることを、この点はごまかさずキチンと解説してあげる。 

 で、竹内の出演。
 いつもながら、従来よくあるヒマラヤ登山番組みたいに「凄い凄い」ではなく、視ているとこちらも山に行きたくなるような、そんな感じでしたよ竹内君。

8月×日。
 私が登山ガイドしている間、娘と息子を山形県立自然博物園の子供専用プログラム、キッズクラブにお願いする。
 今回のプログラムは、川遊び。

 5月のかまくら作り以来、私の出張が重なり、なかなか子供たちを連れて行けなかった。
 先月の朝日少年自然の家夏期キャンプに偶然、このキッズクラブに参加している女の子がおり、「もう遊びに来ないの~」とウチの娘と会いたいと言われたので、遠方ドライブの苦手なカミさんに無理矢理送迎させる。

 ガイドを終え帰宅してみると、息子はあいかわらず任天堂DSに夢中。
 しかし一緒に風呂に入り話を聞いてみると、スイカ割とサンショウウオをつかまえたことが強烈に印象に残ったらしい。
 風呂からあがって部屋に戻ると、水生動物図鑑のサンショウウオのページが開かれたまま、置きっぱなし。
 
 やはり子供にとって、野外の生き物は強烈な印象を与えるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下山

西吾妻から白布峠に抜ける縦走登山のガイドのため、吾妻に入山。

 お世話になっている旅行社からオファーを戴いた際、年間プログラムにない山行だったので調べてみると、初心者のための登山教室の「おさらい山行」という企画。
 参加者は顔見知りのバリバリ登る方から、全くの初心者の方まで様々。
 私の収集した情報では、午後から天候が崩れるという。その前にできれば稜線は抜けたかった。
 
 参加者の疲れ具合をみて、想定していた休憩場所を変更、梵天岩手前の広いガレ場で昼食兼休憩。

 休憩を終え、ガレ場を出発した直後だった。
 頭上から雷鳴。
 参加者からも「雷の音!」と声が漏れる。

 今日の気圧配置と天候から、出発地の天元台に引き返すことを考え、添乗員と協議。様子を見ながら、西吾妻山頂で再度考えよう、ということになる。

 梵天岩に到着。
 ここで小休止をとり、「道迷い」について少しレクチャー。
 その間も雷鳴が断続的に聞こえ、雨が降り出す。雨具の着用を指示。
 
 本日の参加者は健脚者と初心者が混在し、脚力が揃っていない。
 ここで私は西吾妻山頂まで様子をみながら前進します、と参加者に伝え、出発。

 断続的にきこえる雷鳴を背に、西吾妻山頂手前、傾斜の緩くなったところから雨が激しくなった。
 西吾妻山頂で写真タイムを終えた後、縦走はとりやめ、天元台方面に引き返すことを添乗員のEさんに進言し、参加者にも話し、天元台方面に下山。
 遠方からではなく、直近からも雷鳴が聞こえる状態であり、山上にいること自体が危険だ。
 参加者の脚力と登山コースから判断して、西吾妻山頂を抜けて西吾妻避難小屋に待機することは考えられない。そんな時間があれば一刻も早く皆を待避させたい。

 もっとも、私自身はシンプルに考えていた。
 何よりも、引率するクライアントの安全が第一だ。
 そこに迷いは無い。

 登山の経験は数えるほど、という高齢の方を私の後ろにつかせ、大きな岩の連続する急斜面では足の置き方を一つ一つ指示しながら下山。

 私は山岳ガイドである。
 どっかの田舎山岳会の爺がふれまわるような「道案内」ではない。
 そんな気概で山形の山を登っている。
 クライアント達の安全を確保するのが、仕事だ。
 
 天元台のリフト乗り場に戻ってくる頃には、米沢盆地方面は晴天だった。
 天元台からアプローチする場合、リフトとロープウェイを乗り継いで入山する。今回の退却は、催行した旅行社にしてみれば採算の面から厳しいものになろう。
  
 私にとって、あの状況から西吾妻を抜けて縦走は考えられない。
 しかし、私は感じている。
 既に雷鳴が聞こえた状態から、30分程とはいえ梵天岩から前進したことはガイドとして適切だったのか。
 せめて西吾妻山頂を踏ませたいという考えは、よこしまなものでしかないのではないか。
 下りのリフトに乗りながら、旅行社の採算の面、そして私自身のガイドとしての甘さ、相対したことが頭の中をグルグルまわっていた。

 天元台のロープウェイ駅駐車場から、クライアント達が乗ったバスを見送る。
 見送りながら、皆を無事に下ろすことが自分の仕事だ、ともう一度自分に言い聞かせる。

 8月18日、全国で「不安定な大気」があちこちで悪さをしたようだった。
 槍ヶ岳では落雷で2名死傷。
 山形では月山と朝日連峰で、登山中の高齢者が熱中症でヘリ搬送された。

 栗駒山では、私と同じガイド団体の佐藤氏も激しい雷で一時待機。
 北アルプスに遠征中のガイドの師匠からは、朝の早立ちで難を逃れた、とショートメールで連絡が入る。
 「山の原則忘れないように」、と師匠からは戒めの言葉をもらう。

Imgp0395m
 吾妻連峰・天元台は東北サファリパーク状態。
 子連れのニホンザルが5~6組、県道脇をウロウロしてました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【映画】 SEARCHING FOR WEST

生きるために、殺す。

たしか、酔っぱらい爺C・W・ニコルの本にそんな文句が書いてあった気がする。

アメリカにおいて、ハンティング(ヘラジカ狩り)を真っ正面から取り上げたドキュメンタリー映画『SEARCHING FOR WEST』が製作・公開されます。

予告動画はこちら↓

狩猟について写真を撮り、記事も書くハンター、マーク・シーキャット(Mark Seacat)。
ヘラジカ狩りシーズンをひかえて息子が誕生したマーク。
夫として。
父親として。
ハンターとして。
何を犠牲にし、何を得るのか。
彼の姿を、カメラは追っていきます。

 日本では、狂信的・情緒的な「自然愛好者」「環境保護団体」の偏見、そして狩猟関係者自身のPR不足により狩猟の意義が低く見られがちですが、映画オフィシャルサイトの解説の一言が、狩猟について雄弁に物語っています。
 いわく、
 『Everything we eat was alive once』。

 普段、アメリカのアウトドア関連のウェブ記事を多数検索しています。
 お国柄を反映して、日本とは異なり「ハンティング」に関する記事はやはり私自身も無意識に避けていたのですが、この映画予告動画になぜか心引かれるものがありました。

 今年冬、金沢に長期滞在した時のこと。
 時折通っていた石川県立図書館に通じる道の途中に、SLANT というギャラリーがありました。
 そこでちょっと気になり拝見したのが、2011年度の木村伊兵衛写真賞を受賞した田附勝(たつき まさる)氏の写真展。
 内容は、東日本大震災直前に岩手県釜石で行われた狩猟を「ざっくりと」切り取った写真の数々でした。
 (写真の一部は前述のリンクからご覧になれます)
 映画『SEARCHING FOR WEST』の記事を読み、田附勝氏の写真を思い返した次第。

 今一度、狩猟すなわち生きるために命を奪う、ということを映像で見、考えてみたいものです。

参考サイト

映画『SEARCHING FOR WEST』オフィシャルサイト

紹介記事

New flick raises bar for elk hunting filmmakers by The Spokesman-Review 2012.8.8

田附勝氏取材による狩猟の動画

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女達はアウトドアで甦る。 中国映画『暴走吧,女人』

 中華人民共和国における2011年のアウトドア用品の総売り上げが、107億6000万元(16億9000万ドル、前年比50.91%増)に達したとのこと。

Sales of outdoor sporting products may surge by China Daily 2012.8.10

 ちなみに日本における2011年のアウトドア用品販売額は、約1550億円(約20億ドル、前年比9%増、日本経済新聞報道)。
 前述のリンク記事に2007~2011年の中国における販売額グラフが掲載されていますが、日本市場の販売額を超えるのは、もはや時間の問題でしょう。

 こんな話題の詳細は、某外資コンサル勤務を鼻に掛けた誰かさんにお任せするとして、わかりやすい例が映画になって現れました。
 現在撮影進行中、中国映画『暴走吧,女人』です。

P1 映画『暴走吧,女人』、タイトルは、乱暴に訳せば「それ行け、女たち」というニュアンスでしょうか。
 中国語には「暴走」という語は少なくとも最近まではありません(私の手持ちの辞書にも載ってない)。日本でいう「暴走族」は中国語では「飙车族」と異なる文字が当てられてますから、中国語で「暴走」とは最近の造語、ちょっといきすぎた感じというニュアンスのようです。

 さて肝心の内容ですが、左のポスターからご推察のように、女性5人組がザックを背にアウトドアに飛び出すお話です。

 《ストーリー概要》

 5人の女性たち。異なる職業、異なる年齢、異なる性格、異なる街から集まった彼女たちは、都会の生活に疲れ切っていました。
 思いがけず一緒になった彼女たちはアウトドアを歩く旅を通じて、都会のストレスから解放されていきます。
 それと同時に、過酷な大自然からの試練をも受けることになります。そんな苦難の中で、彼女たちは次第に変わっていくのでした。
 彼女たちは森や山、砂漠を歩き、皆で「聖なる雨の湖」を目指します。その行程の中で、主人公と古い宿屋の若旦那とのラブロマンスがストーリーに花を添えます。
 さて、彼女たちは目的地に到達し、何を得るのか・・・

キャストは、
Bo1_3
左から、范文芳(シンガポール)、李斯丹妮(中国)、刘添月(中国)、钟欣怡(台湾)、王莎莎(中国)の5人のヒロイン。

 監督の董董 氏はイタリア留学の経験があり、随所に西欧思想を盛り込みながら、斬新なカメラワークを用いる、との映画評が中国メディアに流れていますな。

 しかし私の最大の関心事は、日本で上映される中国映画といえば、それこそ「人の不幸の切り売り映画」と言っていいほど暗~い映画ばっかりなわけですが、アウトドアという世界を通じて都会に疲れた女性の生きる姿を描く、というこれまでの中国映画にはみられなかったテーマが映画化されること。
 この点については中国メディアも、「これまでの中国映画の「空白」地帯であるロードムービー」として報じています。また撮影段階から既に中国メディアの関心を引いているようで、天下の中国中央電視台が取り上げています。報道動画はこちら↓

 

 ま、個人的には、ただでさえ強い中国の女の子がこれ以上強くなってどーすんの?と言いたいところ。
 え?
 なんでそんなこと言えるのって?
 いやあ、昔、中国の女の子と(以下省略)

 というわけで、アウトドア活動を通じて「都会に疲れた」彼女達はどう変わっていくのでしょうか。
 そこには中国社会ならではの味付けがあるのでしょうが、アウトドア産業が飛躍的に伸びている現代中国を象徴する作品として、興味ひかれるものがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

盆踊りと、遠い記憶。

Imgp0357
 久々の朝日連峰でのんびりしてから帰宅してみると、自宅には娘の浴衣がぶらさがっていた。

 今夜は町内会の盆踊り。
 会場の神社を訪れてみると、結構なにぎわい。

Imgp0359
 私が生まれ育った実家の地区では、昔は大きなやぐらを組んで盛大に盆踊り大会が行われていたが、今現在は少子化で廃れてしまった。
 現在私が住んでいる地区は、昔からの農家が集まる古い街並み。
 小学校の生徒数も山形市内では多い方だ。
 それゆえ開催可能な、盆踊り大会なのだろう。

 幼稚園の頃は踊るのを嫌がっていた娘だが、今は友達が一緒のせいか、盆踊りの輪に入って踊っている。
 あれ?
 息子の姿が見えない。

Imgp0366m
 息子は踊るのが恥ずかしいらしく、大好物のブルーハワイに走ってました。

 盆踊り、2曲目は花笠音頭を踊る。
 大勢の小学生が踊る輪の中で、おそらく小学6年生だろう、頭抜けて背が高い3人組の女の子の花笠踊りが妙になまめかしい。
 花笠音頭の本場、尾花沢風にアレンジされた、花笠をクルクルと回転させながらの踊りなのだ。
 聞けば、小学6年生は学校団体として、いわゆる東北「四」大祭りの花笠パレードにも出場しているのだという。
 
 地元メディアの山形新聞社が人寄せに造りあげた観光イベントよりも、やはりこのような小さな地区の盆踊りで眺める花笠踊り、盆踊りこそ、よその人間に誇れるものではなかろうか。  

 神社の石垣に座り、娘、そして目立つ3人娘の踊りを眺める。
 突然、記憶が19歳の夏に飛ぶ。

 そう、山岳部での夏山合宿を終えた私は、「高さを目指す山旅」から「水平を目指す旅」に出かけた。
 自転車にツェルトとシュラフをくくりつけ、当時住んでいた埼玉県熊谷市から東北を縦断、北海道の札幌で引き返し、再び東北を南下していた時のことだ。

 岩手県平泉で盆を迎えた私は、昼食に立ち寄ったソバ屋で「平泉大文字送り火」なる行事があることを知った。
 今夜だ。
 夜、平泉近郊の束稲山が見える高台を訪れてみると、もう地元の人が幾人か集まっていた。
 定刻、束稲山の山腹に、「大」の文字が炎で描かれていく。

 ふと、あたりをみまわす。
 盆の季節柄、周囲は家族連れでいっぱい、一人で眺めているのは、私だけだった。
 いつか盆の季節を、誰かといっしょに過ごすことがあるんだろうか。
 そんな寂しいことを考えていたのは、大文字の炎同様に鮮明に覚えている。

 それから数百万年も長い歳月を経た今。
 娘の踊る盆踊りを眺めながら、私は盆休みを迎えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

憩い

積極的休養を兼ねて、朝日連峰・鳥原山へ。
目的は、鳥原小屋の管理人・鈴木正典さんへの挨拶。

鳥原小屋へ向かうルートは様々あるが、今年は ぶな峠からのコース を選択。

 8月のぶな峠、誇張表現ぬきで映画『俺たちに明日はない』のラストシーンなみにアブに刺されまくるのだが、沢筋をぬければ、アブの襲撃もおさまる。
 そして、ブナの若木が連なる尾根歩き。

Imgp0345
 ブナに囲まれたこの道が、深く印象に残っていたのだ。

 曇天でいまにも雨が降り出しそうな空、そして湿度が高い。
 少し動いただけで汗が滝のように流れ落ちる。
 汗ふきタオルもすっかり重くなる。
 樹林帯で体中の水分が絞り出されるような、東北の夏山。
 若い女性向けの山岳雑誌のさわやかなグラビア記事とは無縁な、しかしそれが東北の夏山。

Imgp0346
 鳥原山の山頂にて。
 バッタも休憩中。

Imgp0349
朝日連峰でも有数の湿原、鳥原湿原の小山に立つ鳥原小屋。
木々に囲まれたそこはメルヘンチックなロケーションなのだが、ポピュラーな登山ルートから外れているため、訪れる人は少ない。その静けさが、私にとっては魅力なのだ。

Imgp0350
小屋近くのトラロープに付けられた道案内。
鈴木さんの文字だ。

小屋に到着、まずは小屋脇の神社に参拝してふりむくと、
「おつかれさん」
今年もまた、鈴木さんが変わらぬ姿で迎えてくれた。

ちょうど同時に到着した単独行の若い男性。
鈴木さんは泊まりか下山か尋ねる。
男性が下山すると答えると、鈴木さんは
「●時のバスですね」と確認する。
「今から間に合いますかね・・・」と単独行の男性が不安そうに聞くと、鈴木さんはまず今日の出発場所と時間を聞く。
「ああ、その脚ではじゅうぶん間に合いますよ。」

そう、鈴木さんは交通機関の時刻表もきちんと把握しており、小屋を訪れた人にはまず出発地と出発時間を尋ねる。その短い会話から瞬時に相手の脚力・体力を把握して、下山や今後の行程のアドバイスをするのだ。

 いつもと変わらず、鳥原小屋は清潔で、そして盛夏でも涼しい。
 小屋で鈴木さんと積もる話・・・ガイドの話題や、朝日連峰の話題を話す。

 そこへ、鈴木さんの所属先であり鳥原小屋を管理する山岳会「朝日山岳会」の花山会長も到着。花山会長とは以前、山形県朝日少年自然の家で大朝日登山に同行させていただいた。無骨な顔立ちに似合わず、バテた子供達をなだめて歩かせるのがとても巧い方だ。軽い昼食をとった後、道具をザックにくくりつけ、花山会長は登山道整備に小朝日方面に向かわれた。
 朝日連峰の各避難小屋は各々の社会人山岳会が管理を委託されており、登山道整備も行っている。
 私のようにグループに属さず山を歩いている人間からみれば、汗だくで道具を背に小屋を出て行く花山会長の姿には、頭の下がる想いだ。

 鈴木さんからいただいたパンと珈琲で私も昼食。
 元金融マンの鈴木さんだけあって、ガイド業界の話題から低迷する日本経済の突っ込んだ話題になる。
 「あいかわらず鳥原は人来ないなー」
 と鈴木さんは嘆くが、すみません、私には人でいっぱいの鳥原なんて想像できない。
 この静寂あってこその鳥原山、鳥原小屋なんだ、と外から漏れきこえる鳥の声に思う。
 
 山形の山の歴史から高所登山の話題まで、オールラウンドに話を聞ける人はなかなか少ない。
 鈴木さんは私にとって、その少ない人の一人だ。
 短いものの、充実した昼を過ごし、鳥原小屋を後にする。

 小屋を去るとき、ふと鳥原湿原の木道で立ち止まる。
 朝日連峰にあって、やはりこの静寂が素晴らしい。
 静けさの中に響く鳥の声を聞きながら、再び歩き始めた。

 Imgp0352
 鳥原小屋近くのナナカマド。
 汗だくで歩いているのに、もう秋の色が忍び寄ってました。

Imgp0354
 みんな汗だくで登っているから気づかれないのか?
 登山道のど真ん中に実っていた山ブドウ。色づきはまだまだ先ですね。

Imgp0355
ぶな峠登山口に多く生えていたヤマホトトギス。
この花を見るたび、意味もなくサルバドール・ダリの絵を思い出す。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

今夏注目の登山隊

 アウトドアギアの軽い話題ばかりではなく、海外の登山隊の動向も調べてますが、とりあえず日本のロクソノ誌がとりあげない中央ヨーロッパ勢の動向を少し。

ラトック1峰(ロシア・サンクトペテルブルグ隊)
Ru_rato
 ロシア・サンクトペテルブルグ隊のベテラン4名がラトック1峰にトライ中です。
 8月6日現在の情報では6200mに到達、悪天との戦いになっている模様。
 ルートは78年のジム・ドニーニ、マイケル・ケネディ、ジェフ・ロウ、ジョージ・ロウ隊のラインより壁の中に入り、登攀距離は長くなるが安全なラインどりにしたとのこと。
 ロシアのクライミングサイトではきちんと高田直樹氏率いた日本隊の成果についても言及されています。

ムスターグ・タワー
 撮影アングルでその奇異な形状から「怪峰」として知られるムスターグ・タワーにロシア・モスクワ隊がトライ中。
Mus
 こちらはベースキャンプで

Mus1
スラックラインやってたり、

Mus2
ドミノやってたり、と、キャンプ生活をエンジョイ中。

Mus3
ま、長い遠征登山生活、花を愛でる余裕も大切ですよね。


コングール
知る人ぞ知る、難峰コングールにポーランド隊がトライ中。
Con11
 赤いラインは2004年ロシア隊による「ロシアン(もしくはモスクワ)・エクスプレス」ルート、青いラインが2007年にポーランド隊が試みた新ルート。
 ポーランド隊は5名のメンバーで構成され、紅一点の女性隊員Aleksandra Dzikは社会学を学ぶ博士課程の学生で、ポーランド女性初のポベーダ峰サミッターにしてスノーレパード受賞、ポーランド山岳スキー選手権、エルブルース登山レース出場の猛者。
 登山隊はロシア隊のルートをたどる模様。
 隊の目的はコングール峰のポーランド人初登、そしてコングール峰の女性初登だそうです。
 日程としてはそろそろ結果が判明する頃なのですが、残念ながら続報がありません。

いずれも個性的な7000m峰ですので、続報が伝えられたらまた取り上げたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

盆休み突入

本日、鉄骨解体作業をもって一つ現場が終了。
Img_01891
「休みはいる前に、(冷蔵庫の)スイカ喰っておこうぜ~」
と、リーダー格のKさんの号令の下、作業員休憩室の冷蔵庫にしまってあるスイカを皆で喰う。

スイカ喰いながら空を見上げると、
Img_01881
空には高層雲。
まわりにはまだ積乱雲が発達してますけどね。
「もう立秋過ぎたよな~」
と誰かが言う。
心なしか、先週までに比べると、夕方の空気も涼しいとまでは言わなくても、なんとなく暑さが「柔らかく」なった。

明日から我が現場作業部隊は盆休みに突入。

私は盆休みの連休といえど、日程やりくりしてまで混んだ山には行きません。
本日までのハードな現場で、身体の疲労を感じるので、少し休養です。
体調管理とコンデショニングも、現場土木作業員&山岳ガイドには仕事のうち。

 盆休みを利用して山へおでかけの方、天候や交通安全はもちろん、先日までの暑さの影響による体調管理にもご注意下さい。どうぞ良き登山になりますように。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

どこでもソーダ!どこでもビール(の、予定)! 【2012年9月30日改題・追記】

 クソ暑い夏山。
 一瞬の快楽のため、ザックに重たいペットボトルや缶ビールを忍ばせてきたアル中山岳会の皆様に朗報!

 「本格派」「インスタント」炭酸飲料の登場です!
Soda

使用デモ動画はこちら↓

巨乳のおねーさまが実演してますが、インスタント飲料の粉末を専用ボトル内部のカプセルに入れてセット、シェイクすると、あーら、素敵なソーダのできあがり。

で、注目は上記画像の小袋の一番右、『BEER』(ビール)ってのがあるんですなあ。
(ビールの開発はまだ先です~ 後記参照)
特許出願中ということで、だいぶインスタントビールの開発には苦労したみたいですな。しかもアルコールなもんで、行政と生産・販売の手続き中・・・本格的な販売はもう少し先のようですな。

メーカーのサイトを覗くと、インスタントワインも開発中とのこと。
開発者でアラスカ在住の Patrick Tatera 氏 はなんと公立学校の教師とのことですが、「飲料革命」「伝統への挑戦」をスローガンにしてペットボトルや飲料缶の削減、それによる環境保全を掲げているようです。そしてなにより美しい「バックカントリー」の中で美味いドリンクを飲みたいとのこと。

濃縮ウイスキーとかは日本の南極観測隊が実現してますが、アラスカの一教員の挑戦、どうなるんでしょうね。日本の田舎山岳会のアル中爺の皆様も生暖かく見守りましょう。

メーカーウェブサイト  Pat's Backcountry Beverages

---------------------------------------
【2012年9月30日】
コメント欄に 通りすがり様よりコメント頂戴しましたとおり、この記事書いた当初ウェブサイトで私がみた「BEER」って、ルートビアというノンアルコールの炭酸飲料でした。ルートビアWiki記事はこちら

我々がイメージする「ビール」の素の製品化は御指摘のようにまだ先のようです。

いやいやこの記事、ツィッターはじめ結構反響がありまして・・・
多くの方々にぬか喜びさせてしまい、申し訳ございません。
山の上でつべたいビール楽しみたい方、来シーズンも一生懸命重たいザック背負いましょうheart

| | コメント (4) | トラックバック (0)

妊婦用ハーネス。

アメリカはOutside誌のブログに、「アクティブな家族のためのギア」として紹介されていたのが・・・

Fa1_2
妊婦用ハーネス。

THE BEST NEW GEAR FOR ACTIVE FAMILIES by Outside 2012.8.6

このハーネスは、妊婦さん用のアウトドア・スポーツウェアメーカー「Mountain mama」とマッドロックが共同開発したもので、リードクライミングではなくトップロープクライミングを想定して作られたものです。

妊婦さんが登山やクライミング、というと、そのリスクから顔をしかめる方もおられるかもしれません。

 今から5年前、「山ガール」などという言葉も存在もなかった頃、岩城史枝、柏澄子女史らによって岳人誌07年10月号において「心とカラダと山登り」という特集が組まれました

 その中で女性の登山についても議論やアンケートがとりあげられていましたが、意外に思ったのは、妊娠中の女性の登山に対して「どう責任をとるつもりですか?」として批判的な女性の声があったこと。

 「女性の敵は女性」というよりは、妊娠という女性にしか理解し得ない苦労をふまえての意見なのでしょう。
 私としては、当時からアメリカでアクティブに活動する妊婦さん・ママさんグループの新聞記事をウェブで読んでいたので、日本社会において妊婦さんの活動の理解を得るのもなかなか大変だ、と思った次第です。

 ちなみにうちのカミさんの場合、つわりがひどすぎて長期入院していたので、私はつかのまの独身生活をエンジョイしていました。はははははははは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

男と女は違うのよheart

男と女は・・・つっても、セックスじゃなくソックスの話題な。
(アル中社会人山岳会の宴会によくいる爺なみの下ネタ)

 イギリスの登山靴&ソックスメーカーBrasher(ブレーシャー)が、男女の性別によって品質を変えたソックスを開発したという話題です。

brasher's new sock range caters separately for men and women by grough 2012.7.13

1
左・Mountain Master(女性用ソックス)、右・Fellmaster(3シーズン用ソックス)

 今回brasherが開発したソックスは、科学的な調査による統計から、「男性の足は女性に比べて冷えないが発汗量が多いためクールマックス繊維を使用、女性は冷え対策のためにThermo Cool繊維を使用」とのこと。また男女いずれのモデルもメリノウールのメリットも生かし、ツイストレス(撚りのない)糸を30%使用し、摩擦の減少、速乾性と吸湿性を実現しているそうです。
 ソックスの上端(ゴムトップ)も、一日中履いていても快適なように、女性用は男性用に比べて柔軟な造りになっています。
 
 Fellmasterモデルは、男性用はやはりクールマックスを多用、女性用はクールマックス+メリノウールの混紡で快適さを追求したとのこと。

 サイズやデザインだけでなく、男女の性別で素材も異なるモデルが作られる時代なんですね。

 6月からブログ更新サボってる間に、ドイツ・フリードリヒサーフェンで毎年開催されるヨーロッパ最大のアウトドア展示会「OutDoor2012」の話題がネット上を飛び交っており、今現在それらの記事をチェックしているのですが、今年注目すべきは、ヨーロッパのメーカー各社で男女の標準サイズが見直されていること。

 1960年代はマリリン・モンローに代表されるような「ハチ型」(胸と尻が出っ張っていてウエストが締まってるというスタイルですね)が理想的とされてきました。
 それから30年以上の歳月をかけ、ドイツの繊維研究センターと人間工学を専門とする技術メーカーの共同作業で約13000人、6歳から87歳の女性・子供の体格の採寸が行われた結果、現代人の体格はバスト・ウエスト・ヒップそれぞれ少しふくよかになってきているそうです。
 またウェアだけでなくシューズ・登山靴も同様で、各有名メーカーは時代とともにサイズの調整が必要になっているとのこと。
 ただし、突然のサイズ規格変更は消費者に混乱を招くと同時にコストアップも強いられるため、各メーカーとも慎重に作業を進めているとか。

 ガイドって時折は装備に関しても相談されるんですが、かくいう本人(私)が古着を愛用したり昔のモデルを長々と使ってるんで、日々勉強です。
 でも消費者にとっては、選択の幅が増えるのはありがたい限りですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

勾玉とジュズダマ

日曜、娘を連れて天童市西沼田遺跡公園を訪れる。
前々から娘にリクエストされていた、「勾玉つくり」のクラフト体験のため。
現在、西沼田遺跡公園では夏休み向けのプログラムが実施されている。
Umiyama12

勾玉作りは先着25名ということで、早めに公園を訪問。
娘に希望をたずね、「勾玉作り」とジュズダマを用いた「ジュズダマブレス作り」の両方を申し込む。

Img_0164
ビーズの材料となる小さい粘土(色は二種)、勾玉の材料となる大きい粘土を受け取り、クラフト開始。
上記画像の上にある見本のように、「マーブル」柄のビーズを作るべく二種類の粘土を寄り合わせてこねるのだが、こね方が雑だったため、地球儀のユーラシア大陸と太平洋のような柄になってしまう。娘からは「牛の模様」と酷評される。シクシク。

Img_0165
丸めた粘土に竹串で孔を開け、ビーズにする。

Img_0179
完成形。上が娘製作、下が私の作。これを30分ほどかけて熱を加えて固めます。

さて次はジュズダマブレス。
Img_0166
ジュズダマというイネ科の植物の実、プラスチックのビーズ、光を浴びると変色するビーズを用いてブレスレッドを作ります。

Img_0168
光を浴びると変色するビーズは様々な色からチョイス可。
一人4個まで使用します。

Img_0172
このブレス作りのメインは、ジュズダマの実にテグス糸が通るように、クリップを利用した針で中身をかき出す作業。これがなかなか面倒。

Img_0178
右が娘製作、左が私作のブレスレッド。
9時30分に入館し、勾玉作り→ブレス作りで約2時間、午前中をゆっくりここで過ごしました。

Img_0187
天童市郊外にある西沼田遺跡公園、メインホールは立派な建物です。

Img_0185
復元された縄文時代家屋そばに植えられているジュズダマ

Img_0186
ジュズダマの実近影。

Img_0174
夏休みシーズンということもあり、開館から30分くらいすると入館者でいっぱいになっていました。
前掲の夏休みプログラム参加希望者は、開館時間にあわせて早めに訪問するのが吉。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

メルケル首相の夏休み

経済問題では頭の痛いドイツのメルケル首相が、ドロミテのSoldaで夏期休暇中です。
Merkel
上記画像は通信社ANSAが(たぶん)望遠で撮影、配信したもの。
一緒に写っている男性は旦那のヨアヒム・ザウアー氏。

ちなみに、このメルケル首相の夏休みのお膳立てをしたのが、ラインホルト・メスナー。

La Merkel fotografata in vacanza a Solda: Messner difende la sua privacy by Montagna.tv 2012.7.31

 2009年にスケベ爺メスナーが正式にサビーネ・シュテーレ夫人と籍を入れ結婚式を挙げたとき、メルケル首相も出席した仲だとか。
 宿のセッティングからマスゴミのシャットアウトまで、メスナーが手を回したようです。
 なかなかのやり手ですな。

 EU主要国ドイツの命運を握る首相の休息を、一登山家(正確には、まあ議員サマですが)がお世話するというのも、なかなか興味深い話です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

あの人は今 ピーター・ハーベラー

 去る7月22日、オーストリアの名クライマー、ピーター・ハーベラー氏が70歳の誕生日を迎えました。
C1
 誕生記念パーティーでメスナーと抱き合うハーベラー氏

Das Zillertal ließ seinen Bergprofessor hochleben by Tiroler Tageszeitung Online 2012.7.24

Everest climber celebrates 70th birthday by Austriantimes 2012.7.22

 69年からR・メスナーと組みアイガー北壁10時間、ガッシャブルム1峰のアルパインスタイル、そして78年のエベレスト無酸素初登は日本人にも知られたところです。
 2000年にもエベレストに再チャレンジした模様ですが体調不良により断念しました。
 地元オーストリアのマイヤーホーヘンでスキー・登山学校を営み、現在に至っています。

 日本のメディアに最後に登場したのは、53歳で来日した96年、岳人誌にインタビュー記事が掲載されています。
 永田秀樹編集長がハーベラー氏の回答に「もう少し話して下さい」を連発(笑)、突っ込んだインタビュー記事で、ハーベラー氏の温かい人柄が伝わる記事です。
 この記事では経営する登山学校について詳しく語った後、メスナーとの関係についても突っ込まれています。
 以下引用開始

--------------------------------------
Q(岳人誌):七八年まではメスナーさんと一緒に登っていましたが、お二人の決定的な違いはどこにあるのですか?

A(ハーベラー氏):これから話すことをメスナーに対する否定的な意見と誤解しないでくださいね。(中略)たぶん、私とメスナーとはバックグラウンドが違うのではないかと思います。私は小さい頃から山登りが好きで、現在の仕事も山岳ガイドです。私には常に山がありました。でも、メスナーにとっては、山登りに興味があるというより、彼は常にその先の新しいことをしたいという意識があるのだと思います。
(中略)彼自身、本当に山登り、クライミングに興味があったのか、私にはよくわからないのですけれどもね。
--------------------------------------

「私にはよくわからないのですけれどもね」、という最後の言葉に2人の微妙な関係が伺えますが、現在は上記画像のように、お互いの健康を祝福する仲でいるようです。
上記リンクのチロルのメディア掲載画像では、
C3
誕生パーティーも盛大に行われ、街の名士であることが伺えます。
いつまでもお元気で。

参考記事:ブログ Wein, Weib und Gesang様 「盛夏らしい新聞のネタ」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

私が一番アツイ夏。

 月山は今年も晴天だった。

 「牛首」下部の雪渓を通過。
 雪渓末端の通過をフォローするため、セカンドを歩く佐藤先生にすぐ先の休憩所まで行くよう指示し、私は最後尾の子供達の通過を手伝う。

 騒ぎは休憩所で起こっていた。

 雪玉をぶつけられ、女の子が泣いているという。
 雪玉がぶつけられたという服の袖は、夏の汚れた雪のために黒くなってしまっていた。
 泣いている子ではなく、他の女の子が訴えるには、ブランドの●●の服で、「高いんだよ!」「すぐ洗濯してよ!」と言う。
 対する男の子たちは、
 「奴らが先に股間蹴ってきた」
 「なんで俺だけ謝らなくちゃいけないんだよ」
 の一点張り。

 間に入った自然の家のスタッフ達が仲裁に入る。
 それでも男の子と女の子は火花を散らし、気分が収まらないようだった。

 歩き始めても、男の子も女の子も、それぞれ怒りが収まらないようだった。
 まだ文句を言い合ったり、持っているストックに怒りをぶつけている女の子が目に入る。
 セカンドを歩く、温厚な佐藤先生もたまりかねて「ちょっとまて」と注意している。

 その瞬間、「これじゃだめだ」と私の中で何か直感のような、胸騒ぎを感じる。
 これじゃ絶対にまずいんだ。

 「おい、ちょっと止まれ!」
 先頭を歩く私は隊列全体を止め、全員の見える所で叫んだ。
 「俺の話聞け!静かにしろ!」
 ちょっと息を吸ってから皆に向かって怒鳴る。
 「イライラして山を歩くとなあ、怪我するぞ!」
 皆がしーんとなる雰囲気を感じた私は、続けてこう言う。
 「温泉が待ってるよ。楽しく歩こうか。」

 ガイドは常に冷静でなければならない。
 しかし皆の気持ちがバラバラのまま歩かせていては、不測の事態が起きるような気がしてならなかった。

 中高年の登山ツアーは、いわば参加者が登山を目的に、自発的に参加するものである。
 一方、自然の家の夏期キャンプ登山は、親御さんから子供達を預かった形式になる。
 人の命に軽重は無い。
 そのことを踏まえてなお、先頭を歩く私にとって、子供達を無事に山から下ろすことが絶対の課題となる。

 帰りのペアリフトは、心理学に詳しいT先生と一緒になる。
 「大滝さんの一言で、締まりましたよね」
 とは言われたものの、 全員を怒鳴りつけたことが最善の策だったのか、迷い続けていた。
 話題を変え、ウチの娘が学校のクラブ活動で挫折したことを相談。
 T先生からは勇気づけられるアドバイスを幾つか受ける。
 日本全国の傾向として、少年自然の家運営が民間に委託されるケースが多くなっている。
 山形県は、教職員が少年自然の家の運営にあたる。こうして身近に教職員のアドバイスを受けられる環境にあることは、ありがたいことだと私は考えている。

 ふっと気が抜けた時だった。
 「だれか落ちたー」
 子供の声が響いた。
 落ちた帽子を拾おうとした女の子が、リフトから落ちてしまったらしい。
 幸いトレッキング用リフトなので、高さは1メートルもないところで、怪我もなかった。
 女の子にはそのままリフト下の斜面を歩いてもらい、下部ではリフト職員の指示を受け、女の子も無事リフト下駅に到着。

 最後の最後まで、気の抜けない嵐の一日。
 子供達を野外に連れ出す難しさを、改めて思い知る。

 いや、難しいからこそ、子供達に大自然に触れてもらうことに私は力を注ぎたい。
 8000m峰や広大な荒野に身を乗り出すことは、もう無いだろう。
 子供達と一緒に野外に飛び出すこと、それが現在の私の夢であり、目標だ。

--------------------------------------------

 
 Imgp0337
 昨年は会社の出勤扱いで参加した夏期キャンプ。
 今年もありがたいことに、少年自然の家から登山講師として「派遣要請文書」を発行していただく。諸事情で勤務先の社内がバタバタしていることもあり、上司には文書を提示して、今回は公休を取得して参加する旨願い出る。会社の看板を背負って参加するよりも、ある意味、身軽な立場で参加したかったのだ。


Imgp0327
8月2日、登山の日の朝。
テントからはい出して見上げれば、空は快晴。

Imgp0333_2
毎年眺めるのが楽しみな、子供達のクッキングタイム。
慣れない手つきで男の子たちがハンバーガー用のトマト切りに挑む。
女の子が遠巻きに見つめながら、小さい声で言う。
「トマトのへた、とらないの~」
その不安まじりの声がおかしかった。


Imgp0335_2
午前中は鳥海山も顔を覗かせる。
午後からは雲に隠れ、私たちも雷雲の発生を懸念して下降。

Imgp0336_2
毎年恒例、下山時のリフト下駅での水くみ大会。
冷たい沢水を飲んだ男の子、
「超強力にうまい水だったね」
国語としての正確さはさておき、水の美味しさが伝わる言葉でした。


Img_0161m
月山登山を終え、キャンプ場に帰還。
キャンプ場に続く、緑囲まれた道を歩く子供達の後ろ姿を見るとき、それが先頭を歩いた私が安堵するひととき。


Imgp0339
「おなかすいたー」
という子供達に、自然の家のスタッフの皆様が猛暑の中用意してくださった豚汁と五目ご飯。

Imgp0340
あまった五目ご飯は、おにぎりに。

Imgp0341
おにぎりシェフは、自然の家の高橋所長。
「よし、作るか」と見事な手さばきで次々と握って下さった。
「おにぎりにすると、皆不思議と食べるんだよな~」
という先生方の予言どおり、月山の野生動物のごとく子供達が一人、二人と近寄ってきて、おにぎりに手を伸ばしていました(笑)


過去の山形県朝日少年自然の家・夏期キャンプ登山の記事

真夏の果実(2011年)

月山で一番熱い夏・2010

月山で一番熱い夏2009

月山で一番熱い夏。【後編】(2008年)

子供達との、熱い夏。【後編】(2007年)

子供達と、大朝日へ。(2005年)

-------------------------------
山岳ガイドのアドバイス

8月1日、登山前夜。
下界の山形市は36度を記録したこの日、夜の20時で志津キャンプ場の温度は19.6度。
長袖シャツが必携な温度です。
盆休みなど利用して遠方からテント泊で東北の山に来られる皆様、山の中のキャンプ場では防寒対策をしっかりしておいで下さい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »