英雄 ~山で何が起きたのか、誰も知らない~
『人生にはまた別のアンナプルナがある』
の名言で知られる、アンナプルナ初登者、すなわち人類初の8000m峰登頂者、モーリス・エルゾーグ。
今夏フランスで、その名声を揺さぶる一冊の本が出版されました。
内容は、実はフランス隊によるアンナプルナ初登頂は虚偽ではなかったか、というセンセーショナルな内容です。
そして何よりフランスメディアの話題をさらっているのが、この本を書いた人物が、エルゾーグの娘、フェリシティ・エルゾーグということです。
その本のタイトルは、『Un héros』、「英雄」。
現在のモーリス・エルゾーグ氏(左)、娘のフェリシティ・エルゾーグ女史(右)
“On ne saura jamais ce qui s’est passé à l’Annapurna” by ledauphine.com2012.8.3 (フェリシティ・エルゾーグのインタビュー記事)
MAURICE HERZOG TOMBE DE SA MONTAGNE by parismatch.com2012.8.27
この本の話題は8月初旬にフランスの出版界関連のメディアで話題になり、フランスの登山・クライミングサイト Kairn.comでも一度取り上げられました。8月下旬になってフランスの大衆誌「パリ・マッチ」誌に取り上げられ、再びKairn.comで話題になったものです。
モーリス・エルゾーグ氏といえば、感動的なアンナプルナ登頂~下山、そして前述の名台詞で感銘を受けた日本人は多いようです。
一方、読売新聞の江本嘉伸氏がロクソノ誌で少し触れたように、エルゾーグ氏本人はダークな一面を持った人物であることは知られていました。
さて、肝心の本の内容ですが、まず作者フェリシティ・エルゾーグ女史本人は自伝という体裁をとりながら、あくまでも本書はフィクションであると明言しています。
エルゾーグとルイ・ラシュナルが頂上直下から引き返したという設定で、彼らは1950年代のド・コ゜ール政権下の民族主義の中で熱烈な歓迎を受ける一方、エルゾーグを模した登場人物の荒れた家庭と女性関係が描かれていきます。
1950年代の動乱のフランス、その中で「英雄」を持った家庭群像を描いた私小説、というところでしょう。
なおフェリシティ・エルゾーグはあくまでもフィクションといいながらも、「山の上で何が起きたのか、正確な事は誰にもわかりません」と意味深な発言を残しています。
アンナプルナ初登頂者、そして政界にも進出した人物の娘がこのようなセンセーショナルなテーマで本を出版するにおよび、数々の憶測を呼ぶとしても仕方ないことでしょう。
WEB版フランスメディアの掲示板を拝読すると、
『ルネ・デメゾンがグランドジョラス冬季登攀でセルジュ・グッソを亡くした時の(エルゾーグの)態度は嫌らしかった』
などという書き込みもあり、モーリス・エルゾーグ氏の一筋縄ではいかない人物像が伺えます。
この本の内容を理解するには、フランス語はもとより、フランス人気質とフランス現代史を知らなければならないんでしょうね。
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