峠の力餅
吾妻のガイドの帰路、米沢駅前の「峠の力餅 米沢支店」に寄り道。
「峠の力餅」とは、明治のその昔から、奥羽本線峠駅で売られてきた餅菓子である。
山形新幹線に乗れば、必ず車内アナウンスで販売PRが流される。
かくいう私、スイッチバック時代から奥羽本線は数限りなく利用してきたが、天の邪鬼なもんで一切買うことはなかった。
今回の吾妻山行きのついでに、店に立ち寄ってみる。
今回買ったのは、団子状に串にさしてある力餅。
画像の醤油、小豆餡の他にずんだの3種類を買って速攻喰い。
いやあ、串に刺さっていても、団子と違って歯ごたえのある「餅」なんで美味い。
出所の怪しげな「米沢牛」食うよりも絶対オススメ。
この「峠の力餅」、巡幸中の大正天皇陛下(当時は皇太子)が自ら、車窓から買い求めたというエピソードで知られる。
パッケージに「宮内庁御用達」とか書いてある菓子はいくらでもあるが、峠の力餅、陛下自ら買い求めたというトコがポイントですな。(ちなみに大正天皇はフツーに一般の蕎麦屋に出入りしたり気さくな性格だったらしい)
明治から売られている峠の力餅、そのパッケージは時代とともに変わっていくのですが、
昭和初期のパッケージ。
多くの子供達がスキーに興じている絵が採用されています。
スキーブームといわれた80年代でも、衰退の一途を辿る現在でも、考えられないパッケージですね。
この絵を見てふと思ったこと。
最近発行された、国立登山研修所の論文集『登山研修vol27』(PDFファイル)において、山田淳氏が論文中でスキー衰退の一因として『ファミリー向けのインフラ整備を行っていなかったこと』を挙げている。
私も山形市民として蔵王スキー場の惨状を視てきているし、山田氏の指摘もさもありなんとは思う。
しかしスキー場そのものはもちろん、交通機関すらろくに整備されなかった昔、「峠の力餅」のパッケージにスキーに興じるたくさんの子供達が描かれる。
場所さえありゃ、大勢の子供達が外に飛び出し、スキーで滑っていたのだろう。
そんな時代が、日本にあったのだ。
参考文献:小杉清美著『峠の力餅 八十周年の歩み』
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