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秋田日記2012年9月

更新してないにもかかわらず日々多くの方にアクセスいただき、ありがとうございます。
まだまだ秋田の旅館暮らしが続きますので、山の話題はちょいとお預けです。

9月×日
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出張前、ラッキーなことにカミさん実家から金沢・中田屋のきんつばをもらったので仕事帰りのおやつに喰う。
金沢できんつばといえば、中田屋ですね。
嗚呼これでまた太ってしまふ・・・

9月×日
作業現場脇に立ち並ぶ街路樹。
ここの街路樹はイチョウが立ち並んでいる。
我が現場作業精鋭部隊のリーダー格・Kさんが「これ美味いんだ」と、作業の済んだ頃合いを見計らって拾い集めた銀杏。
集めた銀杏を旅館の電子レンジに入れ、派手な爆発音をたてながら焼く。
で、焼けました。
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夕食後の酒のつまみです。
焼いた銀杏って、実は十数年ぶりくらいでしょうか。
硬い殻をむいて現れた実は、なかなか掲載画像では再現できませんが、とても鮮やかな緑色でした。
ここ最近、銀杏といえば回転寿司の茶碗蒸し、子供の食べ残した黄色い銀杏しか見ていない。
食べるのももったいないくらいの、鮮やかな緑色。

9月30日
日曜。
今日も現場作業。
工程もつまっているので、昼飯は近所のコンビニ。
ついでに日経も買って読む。
強い衝撃を受けたのは、一面の『ネット 人類 未来』と題したルポ。
アマゾンなどで各個人の嗜好に合わせて広告がでる「パーソナライズ」をとりあげ、日経はサラッとこう書く。
『だが人は本当に自分の意思と判断で選んでいるのだろうか。』
登山についても、人生についても、ふと、考えさせられる。

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秋田・栗駒山 紅葉情報【2012年秋】

秋田魁新報2012年9月26日版掲載、秋田県東成瀬村からの告知です。
以下引用開始
ーーーーーー
栗駒山を登山しながら紅葉を楽しむなら10月中旬までが見頃です。
栗駒山・須川高原の紅葉見頃予想として、9月中旬〜10月中旬(栗駒山頂〜名残ケ原付近の登山道)

10月上旬・中旬(須川高原1100m)
10月中旬(栗駒仙人水付近900m)
10月下旬(落葉)
好天の場合、10月の三連休(6〜8日)は大渋滞が発生します。紅葉ドライブを楽しむなら連休前後の平日がオススメです。
お問い合わせ 東成瀬村役場総務企画課TEL0182ー47ー3402
ーーーーーー
以上引用おわり

|

突然、秋。

一時帰宅で秋田から山形に移動。
県境を越えると、国道の気温掲示板は20度を示している。
30度超の秋田で働き続けた皆で「さむいよー」を移動の車内で連発。

日曜。
出張の日々なもんで全然知らないうちに、地元地区の神社の秋祭り。
Mi
娘が神輿を担ぐというので見物。

雨天、傘をさした親子連れが神社の境内に集まる。
広い町内から集まった子供達、見知らぬ顔ばかりで不安そうに私のそばにいた娘、友達の姿を見つけるやサーッと私のそばから走り去っていく。

嗚呼、こうして子供、娘は親から離れていくんだね。

その一方、うちのバカ息子はもちろん、

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玩具の露天商に釘付け。
カミさんにぶーぶー言われながら、駄々こねてベイブレードを買ってもらった様子。
子供にとって祭りとは、露天商のオモチャ、買い食い、というのは私の小さい頃から変わらない。

いやいや、誰にとっても変わらない露天商の思い出、ドキドキワクワク感。
子供だけでなく親もそんな思い出があるから、ついつい露天商の高い玩具や食べ物を買ってしまうのだろうか。

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もらいもののブドウ「マニキュアフィンガー」。
皮ごとパリパリと食べられます。結構美味い。
あっという間に、秋突入。

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パンフレット2題

山形のローカルネタです。

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 山形県天童市にある水晶山(標高667m)、県内の登山者に親しまれている里山ですが、立派なパンフレットが発行されておりました。(画像右、2007年4月作製版)
 ハイキングコースとして親しまれている里山ですが、信仰の山として古くから登られている山ですね。
 地元の山口地区の方々が製作したもので、従来の登山ガイド本より遺跡・旧跡の由来について詳しく説明が掲載されています。

 画像左のもう一つのパンフレットは、『朝日町から見える大朝日岳ビューポイント33』。
 朝日連峰山麓の町、朝日町の各所から望める朝日連峰最高峰・大朝日岳のビューポイントを一枚のマップにまとめたものです。惜しむらくは、町から登山口までのコースタイムなどが掲載されていないのですが、「山の見える場所」をまとめたパンフレットというのは、山形県でも初めてではないかと思います。
 このパンフを製作したのはNPO法人朝日町エコミュージアム協会
 ビューポイントとその概要は、協会のウェブサイトでも閲覧できるのですが、パンフレットは位置図が付いてますので、よりわかりやすいですね。
 なんといっても、県内外、遠方からいらっしゃる登山者の方々、特にガイドさんにはオススメします。
 あるでしょ?
 登山口近くになってくるとバスの中でお客様から
 「ガイドさん、あの尖った山なに!?」とか、
 「ガイドさん、●●山ってどれなの!?」
 とか聞かれますよね・・・

 問い合わせ先はこちら
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 山形県天童市 水晶山パンフレット
 編集・発行 山口地域づくり委員会「水晶山に親しむ部会」
 ウェブサイト おらだのやまぐち
 〒994-0101 山形県天童市大字山口1969-1 天童市立山口公民館
 TEL・FAX 023-656-2310
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 故・阿部幸作記念 朝日町から見える大朝日岳ビューポイント33
 発行 NPO法人 朝日町エコミュージアム協会
 ウェブサイト あさひまちエコミュージアム
 〒990-1442 山形県西村山郡朝日町大字宮宿2265
 朝日町エコミュージアムセンター「創遊館」内
 TEL・FAX 0237-67-2128
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なお山形県天童市の登山用品店マウンテンゴリラにて、いずれも入手可。

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山では中国人が恐ろしい、これ豆知識な。

山では中国人が恐ろしい・・・

Kyo ホラー&スプラッタ&山岳映画という盛りだくさんの中国映画 『凶间雪山』 が10月末、中国全土で公開されます。
 この映画、中国で人気沸騰のネット小説『相信谁』(日本語に訳すと「誰を信じる」の意味)を原作に、舞台をコンガ山群をめざす登山隊に置き換えたもの。
 ストーリーは・・・
 人里離れたコンガ山群、ほとんど人も入らない神秘的な山の登頂をめざす、一組の仲良しカップルを含む登山クラブ。
 彼らのサミットプッシュの準備が整った頃に天候が悪化するものの、チームは登頂を目指し入山します。
 一人の女性メンバーがベースに残りますが、予定の三日目を過ぎてもチームは戻らない。
 悪天のためと思い彼女が待ち続けた七日目、チームが戻ってきますが、彼女のボーイフレンドがいません。彼らの話によれば、『彼は雪崩で死んでしまった』という。
 悲しみにくれる女性メンバー、そして下山の前日、夜12時を過ぎた頃。

 死んだはずの彼氏が、しかも血みどろの姿で突然現れ、彼女の腕を掴んで言う。
 山頂をめざした最初の日に、みんな死んだ。
 生きているのは俺だけだ。

 あなたは誰を信じますか?

 ・・・というホラー仕立てのストーリーが紹介されているのですが、別の中国映画メディアでは、登山チーム全員がお互いを信じられなくなり、殺し合いに発展していくというスプラッター映画として紹介しています。
 登場人物の紹介として配信されている画像も・・・もう死亡フラグどころじゃないんですが。

出演者
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TAE(タイ)

P2
呉卓羲(香港)

P3
孙祖杨(中国)

P4
邓丽欣(中国)

P5
邓紫衣(中国)

そして予告編はこちら↓

 クライミングも弱いがショートカットの女性にも弱い私としては、パンクスタイルにロープが?な邓紫衣が素敵だなーなんですが、長髪の邓丽欣が愛情そして生き延びるために狂気に走るキレた役どころを演じるとか。
 ちなみに報道によれば、撮影スタッフが雪山には慣れておらず、雪眼になる関係者が続出、さらに主演女優は慣れない登山でふたりとも足を捻挫したとのこと。
 『中国版「ファイナル・デスティネーション」』とも報じられているのですが、全然ストーリーが違うだろうが!宣伝のために話をふかすのは、日本も中国も映画の宣伝ってやつは変わりませんなあ。

 ていうかさ、
 日本人の我々にとっては雪山で幽霊だか殺人鬼だかが出てくる映画よりも、




China
 中国人民皆様の方がよっぽど恐ろしいんですけど。

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登る女たち

イモトアヤコはマッターホルンに登れるのか!?

日本テレビの企画とはまったく関係なく、山など知らなかったスイス女性がトレーニングを重ね、2012年8月16日、マッターホルンに登頂。
その様子が今夏、スイスでテレビ放映されました。

その女性は、2009年のミス・スイスであるLinda Fäh。

きっかけは三年前。
テレビのクイズ番組で、彼女がマッターホルンという山の名前を答えられなかったことでした。

Geschafft! Sie erreicht den Gipfel des Matterhorns  by Schweizer-illustrierte 2012.8.20

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マッターホルン登頂に挑んだ2009年ミス・スイスのLinda Fäh

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出発から5時間後、ヘルンリ稜の岩場を登る

L5
マッターホルン頂上にて、友人のLorena Oliveriと号泣するLinda

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Linda Fähkの挑戦は、マムート社150周年記念事業の一環として行われました。

国を代表する美女がマッターホルンの名を答えられなかったことから、ツェルマットは彼女を街へ招待。
 Linda Fähは友人のLorena Oliveriと共に、クライミングジム、そしてアルプスでのトレーニング登山を重ねること3年、山岳ガイドのGianni Mazzone、Andres Scherrerはじめマムート社のバックアップを得て、今回のマッターホルン登頂に成功したものです。
 その登山の模様が動画で公開されています。
 空撮を多用し迫力ある、シリアスな構成ですね。

 スイスのメディアでは、ミス・スイスのLindaとその友人Lorena、美女2人を抱えてニコニコ顔の山岳ガイドGianni 、Andresの4人の写真が配信されていますが、実際の登山ではもちろんガイド達がプロに徹して女性たちをフォローしています。
 公開されている動画で、頂上で感極まって号泣するLindaの姿に、三年間にわたり努力してきた彼女の姿勢が感じられます。

 当初この記事のタイトルを「テレビが女を登らせる」と書きかけたのですが、この動画をみて取り消しました。やはりマッターホルンは人に強制されて登るような山ではないでしょう。Lindaの登ろうという強い意思があってこその登頂ではないか、と思います。
 同時に、私にとってはガイドという行為の素晴らしさを教えられる動画でありました。

参考サイト
Linda Fäh オフィシャルサイト

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野外フェスって何だ?

野外フェスって、あれでしょ!?
芝生の上で音楽聴きながらクスリやったり、女の子とHしたりするアレでしょ!?
(週刊誌の読み過ぎか?)

で、野外フェスの本場イギリスで、宴の後には大量のキャンピング用品が棄てられるものの、ボランティアがその回収と再利用に活躍しているというニュースです。

Leeds3
今年開催されたLeeds Festivalの様子(The guardian紙)

After
(野外フェスLeeds Festivalの会場使用前・使用後、画像はボランティア団体GreenMessengersによる)

238 tents collected so far at Leeds Festival despite the rain by Harrogate-news 2012.8.28

Hundreds of tents abandoned at Leeds Festival will be scavenged for those in need by The guardian2012.8.20

 世界的に知られたLeeds Festival、閉幕後に回収されたのは238張以上のテント、マット164枚、キャンピングチェア177脚、72足の長靴などなど。

 これだけ派手にちらかすんなら棄てるんじゃねーよ、と野外フェスの事など知らない私は思うのですが、前述リンクの報道はいずれも野外フェスのボランティア団体GreenMessengersの活躍に焦点を当てています。
 ボランティアは約60名、国籍もイギリスはじめイタリア、スペイン、ポルトガル、ポーランド、エストニアなど多国籍にわたっています。
 回収されたテントや備品は乾燥後(どうやら今年のフェスは悪天候だった様子)、ホームレス支援団体や地元コミュニティーで再利用されることになります。

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雨天の中、テントを回収するボランティア達。

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回収したテントは乾燥中。

P1090776
ゴミも分別、大変そうですね。

これらボランティアの人々の活躍は、ボランティア団体GreenMessengersのサイトでぜひご覧下さい。

 The guardian紙の掲示板を拝読すると、「使い捨て文化」を嘆くコメントや、小便やら「体液」やらで汚ねえテント、などと冷やかしのコメントもあります。
 もともと棄てなきゃいーじゃん、という私の感想は変わらないのですが、日本のフジ・ロックも清掃活動が定着していると聞きます。
 こうした廃棄物回収のボランティアが活躍しリサイクルのシステムが確立しているのは、「野外フェス」が定着しているイギリスならではなんでしょうか。

 でもやっぱり、「棄てないこと」の方が先だと思うなあ。

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秋は、まだ。

連休最後の日、雁戸山(1485m)へ。

笹谷峠の駐車場で気温20度。
おおー涼しいー!
秋山だー!
と歩き始めると、滝のように汗が噴き出す。
滝は滝でも、ナイアガラの滝くらい。
暑いよー。

Imgp0425m
登山道のあちこちにエゾオヤマリンドウが咲き乱れている。
リンドウの青色に涼を求める。

山頂に立つ。
木々は青々としていて、紅葉の気配なし。
秋はいずこへ。

Imgp0426m
稜線にはイワインチンがあちこちに咲いています。
稜線(笹谷峠)まで車でアプローチできる北蔵王、植物の魅力は、なんといっても麓の山野草から森林限界の高山植物まで、わずか2~3時間の行程で変化ある景色が楽しめること。
イワインチンは稜線にのみ生えていますが、蔵王連峰のイワインチンは背丈も低くこぢんまりとして、花がまとまって咲いているのが魅力。

帰路の樹林帯にさしかかると、峠自体が風の通り道だからでしょうか、涼しい風に吹かれて気持ち良いです。

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生い茂ったススキの向こうに、峠から南方の前山が眺められます。
風に吹かれる雲の影が、うにょうにょと前山の樹林帯をまだらに彩ります。
あー下界は暑くても、やっぱり秋は近いんだなと思う風景。

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笹谷峠の駐車場は野菊で飾られていました。

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山ガール、私も脱ぎました

 いつも怪しげなアウトドア製品ばかり紹介している当ブログですが、今回は山ザルとかいう山に登る女性の皆々様方にオススメの製品でごじゃります。

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さてこのセクシーな下着、これがイギリスで開催されたアウトドア用品展示会『Outdoor Trade Show 2012』でOutdoor Trade Show大賞にノミネートされたショーツであります。
 ズボンや靴を履いたまま、着替えができるショーツなんですな。

Gear, gadgets and garb: what's new at the Outdoor Trade Show by grough 2012.9.12

以下記事引用開始
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Pp3 
 フランス・コルシカ島出身のオーロラ・ティアス(左)は根っからの旅行者です。
 世界の辺境地を巡るうちに、彼女は衛生問題に悩みました。下着を清潔にしておく方法です。
 イギリスに拠点をおいた彼女は、理想的な状態のショーツに着替えるというテーマに取り組みました。
 彼女の答えが、今年の初めの展示会で公開された Pop & Go Knickers です。下着はコットンと速乾性繊維を用い、革新的な設計としてショーツのクリップを外すことにより、他人の視線に身をさらすことなく、着替えが出来ることです。
 新しいショーツに着替えるためには、ジーンズあるいはズボンを少しずりさげます。
 粗末な穴あきトイレの床にズボンを落とさず着替える理想的な手段、とオーロラはコメントしています。
 男性に支配された山小屋の中で、あるいはシュラフの中でも、パンティーを交換するためにアクロバットな動きをする必要がありません。
 Pop & Go Knickers はショーツとそれを収納するキャリーポーチでOutdoor Trade Show大賞にノミネートされた一品です。
 下着のサイズは6〜18までそろっています。

-------------------------------------------------
以上引用おわり

具体的な使用方法は次の動画とイラストをご覧下され。

Pp2_2

なおこのショーツ Pop & Go Knickers のサイトは こちら 。色は白と黒の2種です。

 この記事を書く前に、念のため日本の山に登ってる女性のサイトや『ランドネ』のバックナンバーなんかめくってみたけど、女性の山用下着の話題はあれど、たいてい素材の話題。
 着替えには場所・方法、皆さん苦労されてるみたいです。

 まあ要はフロントホックのブラジャーみたいにフックで外せるパンツなんですが、こういう気の利いた製品はモンベルあたりで開発してるんじゃないかと思いましたが、検索した限りでは見あたりませんね。
 でもイギリスのアウトドア用品展示会で賞にノミネートされるくらいですから、似たような既製品が無くて要望があると判断されたんでしょう。

 私としてはgroughの記事中にある、
 『男性に支配された山小屋の中で、あるいはシュラフの中でも、パンティーを交換するためにアクロバットな動きをする必要がありません。』
 という一文に、え~、イギリスでも女性登山者は山小屋での滞在には苦労してるんですね、と感じた次第。

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フォトグラファー・カンレア

韓国の月刊山岳誌に『人と山』という月刊誌があります。
前々から感じていたのですが、掲載写真の質が他の『山』『MOUNTAIN』に比べて明らかに違う。
私は雑誌の編集などに関わった経験などありませんし、写真にもさほど詳しくないので良し悪しを判断する能力もあるとはいえませんが、明らかに印象に残る写真が多い。
それをはっきり感じたのは、アイスW杯韓国大会の記事を他誌と読み比べた時でした。

 その掲載写真を撮影したフォトグラファー、カンレア(本名カン・シンスク)が『発現』と題する写真展を開催して韓国メディアの話題になっています。
 これはクライミング中のクライマーの顔をどアップでとらえたもので、やはり以前『人と山』に掲載されていたものですが、その強烈さに非常に印象に残る写真でした。

 この『発現』の作品とともに、カンレアのインタビューを交えたまとまった記事が韓国のMediaTodayに掲載されましたので、以下に引用します。

人間の限界を超える瞬間の焦点を失った瞳 by MediaToday 2012.9.1

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人間の限界を超える瞬間の焦点を失った瞳
[インタビュー]写真展『発現』のカンレア 山岳写真家

 ここに断崖にぶらさがった人々がいる。
 彼らはそこに追い出されたわけではなく、自らの手と足だけで頂まで一匹の蝶のように軽々と踊って登る人々だ。 人々は彼らをスポーツクライマーと呼ぶ。

 ところで、そのクライマーの上にまた一人ぶらさがっている。彼女はクライマーより一歩先立って壁を這い上がって、一筋のザイルに身を任せたまま、片手には重くて長いズームレンズをつけたカメラを持って、下を見下ろしてシャッターを押す。
 カンレア(実名カン・シンスク、45才)。彼女は国内唯一の女性クライミング・フォトグラファーだ。 全世界をみまわしても、女性のクライミング・フォトグラファーは探し難い。
 去る8月17日から大学路(テハンノ)モックムトギャラリーでは、彼女の3番目となる写真展『発現』が展示中(9月14日まで)だ。広いギャラリーの壁には、世界最高レベルの国内外のクライマー(キム・ジャイン、パク・フィヨンら)の顔をクローズアップした大型写真20点余りが展示されている。
 台風がもたらす雨の中、訪ねたギャラリーでカンレアと一時間ほど話を交わした。 素朴な素顔の彼女には、清明な秋風の気配が感じられた。

Q.クライマーの顔いっぱいで満たした構図の大型白黒写真。 選手たちの筋肉や身振りの美しさを排除した作品だけで構成するのは難しかったのではないですか?

A.人間の身体で使える全ての筋肉を使うことがクライミングです。一羽の鳥のようにクライマー達の身体はとても美しいです。 しかし人々が一般的に考えるクライミング写真ではなくて、クライマーの顔の一部だけをクローズアップしたのは私の意図であり狙いです。報道やドキュメンタリー的なアクセスではなく、極限状況に至った選手たちの目つきと表情だけを見せることで、限界を克服する「人間の意志」を表現したかったんです。今回の展示した写真は肖像写真ではありません。 大きい写真の前に立って、人間の限界点に至った選手たちの悟ったような、あるいはより一層元気良く光る瞳の中に入って、彼らが感じる深淵な世界を一緒に感じてみてください。今回の展示を通して素材主義を越えて、純粋な写真を撮る試みをしたかったんです。

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▲クライマー キム・ジャイン。キム選手は2011年の国際スポーツクライミング連盟W杯ベルギー大会リード部門で金メダルを受賞した世界トップクラスの選手だ。写真展『発現』

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▲クライマー シン・ユンソン。顔の白い粉はクライミングで使うチョーク。写真展『発現』

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▲クライマー パク・フィヨン。写真展『発現』


Q.クライミング写真を撮る現場の様子は?

A.アメリカのヨセミテのような外岩でも人工壁でも撮影します。 この前行ったヨセミテでは、岩にぶらさがってクライマーの頭上から撮影したのではつまらないと思い、200~300mの高さの岩壁からぶらさがって空から撮影しました。岩壁を登るクライマーの後姿と、岩壁の高度感を一度に見下ろす位置をとらえたんです。 その時はザイルにぶらさがって岩との距離が少なくとも3~5m程離れていて、風が吹けば身体がぐるぐる回ってしまうので、自然に身体を任せて回りながら、身体が岩壁に向かうタイミングに合わせて写真を撮りました。

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 『発現』の撮影作業は、ほとんど人工壁で撮影しました。クライミングコンペが開かれる15mの高さの人工壁は鉄筋構造物で階段が設置されていたり、工事現場の足場のように鉄筋で組まれています。 狭い階段や足場を登って、最上端の位置で撮影場所を確保して、選手たちを待ちます。選手がカメラの前約2mの距離に到達したところで、300mmの画角で上半身を撮影しました。 その写真の顔の部分をクロップしたのが今回の『発現』の作品です。表現しようとする対象の本質を集中的に表現するのに良いので、白黒に切り替えました。

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▲クライマー ハン・スラン。写真展『発現』

P7
▲クライマー イ・ミョンヒ。写真展『発現』

P8
▲クライマー サ・ソル。 写真展『発現』

 クライミングコンペに参加する選手たちの人数は毎回異なりますが、予選と準決勝を経て7~9人程が決勝に進出します。 すべての大会でセッターは参加選手たちの技量を考えて、選手たちが発揮できるすべての体力を消耗してこれ以上力を使うことができない程のグレードを設定して、やっと1、2名の選手だけが完登できるようにします。 オーバーハング地点で多くの選手たちは筋肉に乳酸が溜まって意志と関係なく手が離れる地点(クラックス)に到達します。 今回の『発現』で発表した写真は、その地点に到達した選手たちを記録した写真なんです。

Q.使用するカメラ装備は?

A.キヤノンEOS 5D Mark II (890g)に、28-300mm F1:3.5-5.6 (1,670g)レンズ一つだけで作業します。ザイルにぶらさがって身体を右側にねじって、上体がほとんど下に向いた状態で登ってくるクライマーを撮影します。
 以前は16-35mm(広角ズーム)と70-200mm(望遠ズーム)二つのレンズを持って登り、交換して撮影したりしていましたが、もしレンズを落とせばクライマーの安全に致命的なことになります。 最大限、体を動かさないことがクライマーと私にとって安全なんです。 1mでも身体を動かしたら、ザイルがスイング(左右で揺れること)して壁にあたり、私のザイルが選手の上から石を落とすことになりかねません。
 レンズを交換することよりも、ズームレンズの方が安全で気楽なんです。でも重いズームレンズとボディーを合わせて重さが2.5kgを越えるので、レンズを変えて初めの数ヶ月は右腕靭帯を痛めて撮影に苦労しました。

Q.クライミング写真を撮ることになったきっかけは?

A.高校卒業後に就職して、職場の同僚らと登山を始めました。 山で出会った日の出が、カメラを持つことになったきっかけです。黒に近い空色が群青からオレンジ色に変わっていく階調の美しさは、とても強烈でした。遅れて入学した大学の衣装学科でもカメラ技術は必要でしたし、時間を経てもう少しよく撮ろうとしました。卒業後に活況をむかえたウェディング写真業界で仕事をすることになりました。ウェディング写真をさらによく撮りたいと、新丘(シング)大学写真科に入学しましたし、その時クライミングに初めて接して、クライマーであり画家である夫とも知り合いました。
 2000年に大学の卒業作品展を控えている時、相応のレベルのクライマーだった夫から「世界には数多くの写真家が岩壁に登って写真を撮っている。その中に女性は何人もいない。私も援助するから」としてクライミング写真を薦められまして、これを受け入れて卒業作品をクライミング写真で出品しました。そして山岳写真に本格的に入門して、それから月刊『山』、『人と山』等でフリーランサーとして活動して、2007年と2010年に2度の個展を開きました。
 その間に国内のアウトドア業界が急成長しまして、10年を経て国内唯一(世界的にも見つけるのが難しい)の女性クライミングカメラマンという特別な立場で努力した結果、自然と国内外の最高レベルの登山家、クライマーを撮影することになりました。
 私のクライミングレベルは5.10c、垂直の壁を登り降りできる程度です。最上級のプロ選手は5.14くらいになります。


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▲クライマー サ・ソル。タイ・プラナン

Q.最も記憶に残る撮影は?

A.2006年冬に撮影した、アジア最大規模の土旺城(トワンソン)滝のアイスクライミングです。2000年から夫と1年に一回ずつ必ず登る所で、私たちにとっては聖地と同じですね。一番最初は夫と十六時間かかって登りました。2006年1月に私たち夫婦とクライマー4人、取材記者1人で雑誌記事のために土旺城(トワンソン)滝に行きました。
 「リード」と呼ばれるクライマーが登ったルートに従っていく「フォロー」では、撮影した写真に緊張感がなく、読者にも魅力が感じられないだけでなく、その時まで土旺城(トワンソン)滝で写真を撮られたクライマーがいなくて、クライマーもリードする自身の姿が格好良く撮られたかったんですね。だから4人全員をリードするようにして時間は普段の二倍がかかりました。
 明け方3時に始めて翌日の明け方5時に撮影が終わりました。撮影する時は集中しているので寒さも感じられないので、エネルギーをどれくらい使うかもわかりません。休まず25時間の撮影を終えて滝の終了点に上がったところで暗くなりました。やっと滝を降りて氷壁を見上げると、佗びしいように真っ青な十五夜の月が浮かんでいました。バテバテの状態で、夫が装備をみな担いでくれて普通一時間かかる下山路を二時間かかって降りました。
 車に乗せられて帰宅して、三日間は水だけ飲んで起きられなかったです。 その時「降りて行くのも人生の一部。 降りて行く時に必要なエネルギーも残さなければならないんだな。」と感じました。クライミングも人生も、休まなければならない時、食べなければならない時を判断しなければならないということです。

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▲アイスクライミング

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▲アイスクライミングコンペ

Q.カンレアにとって、クライマーとはどんな人々なのか?

 クライマーとは、自身の意志を通じて神の境地に最も近づく経験をした人々だと考えます。 クライミングは精神と肉体を同時に進化させるスポーツです。 人間が使える全ての筋肉を使う競技で、壁を登る選手たちを見ていれば本当に美しい。だが、墜落に対する恐怖を克服しなければならない。 クラックス(一番難しい区間)を越えることができなければ落ちるほかはない。 途方もない恐怖に襲われます。 その瞬間、脚が意志と関係なく、ガタガタと震えるのをクライマー達は「バイクがかかる」といいます。墜落するにしても、セルフビレイした地点から2~3倍の距離を墜落すれば大怪我を負うこともあります。そうならないようにするならば、その恐怖を克服して登らなければなりません。妥協できない。「行く行かないは下で決まる」とも話します。クライミングを始める前、取り付きでの心構えでクライミング成功の可否の半分以上が決まります。それだけ精神的な部分の影響力が大きいんです。

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▲クライマー イ・フンス。写真展『発源』

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▲クライマー キム・ヒョジョン。 写真展『発現』

 クライマーはクライミング中に死を迎えます。 毎年、近しい人々の死を眺めてきました。ゴ・ミスンさんが亡くなった時は三週連続、知り合いの登山家の葬儀に行ったことがあります。 どんなクライマーも、自分たちのクライミングが「ロシアン・ルーレット」をするようだと話します。 今回は無事だったが、次の挑戦では死ぬんではないかと。 果たして彼らがそのような状況を甘受して山を、岩壁を登るようにさせる精神は何なんでしょうか?
 クライマーは神が許した能力を、最大限に発揮して生きて行く人々でないでしょうか? ニーチェは人には服従しようと思う習性があると言いました。神が人間に話そうとしたのは、「人間自身が創造主だ。 私が君をそのように作ったので、それを悟って創造的に生きろ。」というものでないでしょうか?
  そんなふうに見る時、クライマーは人間の創造的本性に最も近く生きる人々だと思います。肉体的にも精神的にも、とても美しい人々なのに、本来クライマーたちは登る行為を楽しんで没頭するだけで、自分たちの美しい姿を知らないようです。その美しさを撮影して、人々と共有したかったんです。

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▲カンレア(中央、帽子をかぶっている)と、友人であるクライマー イ・ミョンヒさん(左側)

カンレアのクライミング写真オンライン ギャラリーhttp://cafe.daum.net/eclimbing/

カンレア作家略歴(本名 カン・シンスク)

2000年 新丘(シング)大学写真科卒業
2000~2007年 月刊『人と山』クライミング写真家として活動
2007年 第1回個展『天上の花』仁寺洞(インサドン)ギャラリールクス
2007~2010年 月刊『山』フリーランス写真家
2010年 第2回個展『北漢山(プッカンサン)の四季』
2010年~現在 月刊『人と山』フリーランス写真家として活動中

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ロシア、ポーランド隊の成果

8月11日に当ブログで取り上げた、ラトック1峰、ムスターグタワー、コングール峰各登山隊の成果は次の通り。

ラトック1峰(ロシア・サンクトペテルブルグ隊)
悪天候に苦しめられ、登攀を断念、8月23日にベースキャンプに退却した模様。

ムスターグタワー(ロシア・モスクワ隊)
こちらも悪天候に苦しんだものの、8月24日19時、北面のバットレスから頂上に到達。メンバーはセルゲイ・ニーロフ、アレクサンダー・ランゲ、ドミトリー・ゴロフチェンコ。なお同峰のロシア人初登。
頂上でビバーク後、無事下山・帰国した模様。
アレクサンダー・ランゲが公開したルートの様子はこちら↓
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コングール峰(ポーランド隊)
6月に出国した同隊は7月1日に入山、コングールに隣接する Aklangam峰 6978mで高度順化、

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コングールのポーランド人初登、女性初登を目的とした隊はアルパインスタイルで頂上を目指しましたが、同隊も悪天候に苦しめられ、7100mを最高到達点として退却・下山しました。

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登山隊の行動をふり返って、事前の隣接峰による高度順化、アルパインスタイルという戦術は適切だったが、高度計が腕時計タイプのものしかなく、正確な高度がわかりにくかったことを反省点としてコメントしています。

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メスナーとは、何者なのか。

ドイツでラインホルト・メスナーの実像に迫ろうとするドキュメンタリー映画が製作されたようです。
タイトルはずはり、『MESSNER』。

Messner
 過去の記録映像、そしてメスナーを取り巻く人々からのインタビューを中心に、メスナーの実像に迫ろうという試みのようです。
 メスナーの家族をはじめ、ハーベラー、ハンス・カマランダー(後年の8000m峰遠征のパートナー)、ウォルフガング・ナイルツ(エベレスト無酸素初登時の隊長)、ホルスト・ファンクハウザー(メスナーの行動が問題視されたマナスル遠征でのパートナー)等々の山仲間、そしてウルズラ・グレーターもインタビューに参加しているようですね。
 予告編はこちら↓

 彼の伝記、記録映画は数々あれど、21世紀となった今だに「実像に迫ろう」という動きがあるのは、それだけ光と影に満ちた人物なのでしょう。であるからこそ、あれだけの偉業をなしとげたと言えるのでしょうが。

 著作を量産した日本の山岳メディアは尻切れトンボのように後年の(現在の)メスナーを報じませんが、結局14座を誰よりも早く成し遂げたことは、彼自身にとって何だったの?という点は、私も非常に知りたいところです。

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喜・怒・哀・楽

勤務先の人材不足も深刻らしく、リストラ寸前の私が精鋭部隊に編入され、春に続いて秋田出張。
またまたネット環境の無い旅館暮らし。

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夕暮れ時、一人ダンプを駆って秋田市郊外を走るのが私のお仕事。
一日の仕事を終え、旅館で夕食と酒を済ませた後は読書の時間。

今回の出張のお供は、

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岩波文庫の羅貫中編・小川環樹訳版の『三国志』(三国演義)全10巻。

実は私、三国志好きです。
やはり吉川英治とか横山光輝のフィルターを通さない、原典に手を出したいと思い、今回あらためて読む。

三国志に読み疲れると、あわせて持ってきていた『源氏物語』の解説本を読んで気分転換。

 あらためて羅貫中の『三国志』を読むと、横山光輝の劇画も「漫画」とは片づけられない良さがあることがわかる。
 物語の冒頭、曹操が恩義を受けた民家の人々を皆殺しにする逸話では、羅貫中『三国志』では曹操を助けた陳宮が「逃げてしまった」の一行で済ませているが、横山「三国志」では、曹操の命を奪おうとするも迷い、天命として結局曹操を殺さず座り込む陳宮の姿が余韻をもって描かれている。

 昼は現場作業、夜は羅貫中の『三国志』という生活を二週間。
 ある夜、ウィーン・フィルによるリヒャルトシュトラウス『ツァラトゥストラはこう語った』をラジオで聴きながら三国志を読み進める。
 私はクラシック音楽の詳しい背景には疎いのだが、解説によれば、リヒャルトシュトラウスはニーチェの原作を表現したわけではなく、人間が進化し、ニーチェの哲学のような高みに到達していく姿をイメージしたという。

 曲を聴きながら思ったのだが、今読み進めている『三国志』も『源氏物語』も、描かれているのは1000年から1800年も昔の物語である。
 そこに描かれているのは、今も昔も変わらない、人間の喜怒哀楽、喜び、怒り、悲しみといった感情である。
 三国志の戦乱などは、軍師と呼ばれる存在が兵法という戦術・戦略を用いるが、それもよくよく読めば敵方の人間としての感情を鋭く察知・推察して軍事外交に生かしているに過ぎない。

 1000年、2000年も時が経てば、文化も価値観も変化して当然である。
 (三国志にでてくる、劉備玄徳をもてなすために人肉食が用意される場面などはその象徴である)
 しかし人間の怒り・嫉妬・疑惑・仁義・恩義・感謝・喜び・哀しみなどの感情は変わらない。
 変わらないからこそ、古典として読み継がれているのは言うまでもない。

 でも考えれば不思議な事であり、人とは不思議な存在である。
 世の中のありとあらゆる技術、文化、価値観は変わっても、「感情」は何千年も不変だったのだ。

 『三国志』に諸葛孔明が登場するところまで読み終え、山形に一時帰宅が決定。
 世間ではiphone5の発売で賑やかになっていた日、そんな事を考えた。

 アクセスランキングとやらに関心はありませんが、更新サボってる間も大変多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
 しばらく世のため人のため、秋田のネット環境の無い旅館に住み込みなもんで、平日は更新お休みです。

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クライミング界の大仁田厚あらわる!

ロシアの某サイトより

Fire
次は有刺鉄線か!?

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独身諸氏、雪崩講習はやったほうがいいぞ

セルビアでのお話。
雪崩に埋まった女性と、彼女を救出した兵士がめでたくゴールイン。

Mountain_wedding

Avalanche survivor marries rescuer by orangenews 2012.8.28

以下引用開始
-------------------------
雪崩からの生還者が、ほぼ絶望的だった彼女の命を救った山岳救助ガイドと結婚しました。
セルビアのスヴァ・プラニナ山で2年前、兵士Nenad Podova(32歳)は、雪崩に襲われたTatjana Rasevic(30歳)を発見救出しました。
今、2人は最初に出会った山の上で結ばれました。
「雪の中から引き揚げられたとき、自分がまだ生きていると信じられませんでした。彼が天使に思えました。」花嫁のTatjanaが語りました。
新郎のNenadは、
「(結婚式は)Tatjanaの命を助けてくれ、そして私たちを巡り合わせてくれた山に感謝する方法なんです。」
-------------------------
以上引用おわり

いや、たまには明るい山の話題もね。

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メスナー爺さん、何やってんすか?

ロシアのクライミングサイトで話題になっていたんですが。

Mess1
メスナー爺さんの写真入りハム。

イタリアのMOSER(モーザー)という精肉会社で、98年にメスナーと広告パートナーとして契約、2005年には日本にも輸入・販売開始されています。
田舎の山形ではみかけませんが、東京あたりでは入手できるのかな。
MOSER社日本語サイト、メスナー爺さん紹介のページはこちら↓

MOSER社ウェブサイト日本語版 メスナー氏紹介ページ

専属広告パートナーって・・・
商業主義嫌いだったんじゃないすか?

ちなみに、こんな詰め合わせセットもあります↓
Mess2

お中元シーズンは過ぎましたが、山岳会の偉い爺へのお歳暮に、おひとついかが?

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悲しい記念日

8月31日、ウォルフガング・ギュリッヒ(Wolfgang Güllich)の命日です。
1992年のこの日、不世出のクライマーはアウトバーンでの自動車事故であまりにも早すぎる死を迎えました。

 ヨーロッパ各国のクライミングサイトをマメに拝読してますが、時折その名前が出てきます。後世に多大な影響を与えたクライマーですね。

 あれ?
 クライミングなんか嫌いな私の本棚に、なぜかギュリッヒの『フリー・クライミング上達法』なんてある~

 ギュリッヒのお墓の画像が、命日にあわせて各国のクライミングサイトに掲載されておりました。

Gu2
クライミングギアで飾られた墓標が、故人の業績を偲ばせます。どうぞ安らかに。

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