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喜・怒・哀・楽

勤務先の人材不足も深刻らしく、リストラ寸前の私が精鋭部隊に編入され、春に続いて秋田出張。
またまたネット環境の無い旅館暮らし。

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夕暮れ時、一人ダンプを駆って秋田市郊外を走るのが私のお仕事。
一日の仕事を終え、旅館で夕食と酒を済ませた後は読書の時間。

今回の出張のお供は、

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岩波文庫の羅貫中編・小川環樹訳版の『三国志』(三国演義)全10巻。

実は私、三国志好きです。
やはり吉川英治とか横山光輝のフィルターを通さない、原典に手を出したいと思い、今回あらためて読む。

三国志に読み疲れると、あわせて持ってきていた『源氏物語』の解説本を読んで気分転換。

 あらためて羅貫中の『三国志』を読むと、横山光輝の劇画も「漫画」とは片づけられない良さがあることがわかる。
 物語の冒頭、曹操が恩義を受けた民家の人々を皆殺しにする逸話では、羅貫中『三国志』では曹操を助けた陳宮が「逃げてしまった」の一行で済ませているが、横山「三国志」では、曹操の命を奪おうとするも迷い、天命として結局曹操を殺さず座り込む陳宮の姿が余韻をもって描かれている。

 昼は現場作業、夜は羅貫中の『三国志』という生活を二週間。
 ある夜、ウィーン・フィルによるリヒャルトシュトラウス『ツァラトゥストラはこう語った』をラジオで聴きながら三国志を読み進める。
 私はクラシック音楽の詳しい背景には疎いのだが、解説によれば、リヒャルトシュトラウスはニーチェの原作を表現したわけではなく、人間が進化し、ニーチェの哲学のような高みに到達していく姿をイメージしたという。

 曲を聴きながら思ったのだが、今読み進めている『三国志』も『源氏物語』も、描かれているのは1000年から1800年も昔の物語である。
 そこに描かれているのは、今も昔も変わらない、人間の喜怒哀楽、喜び、怒り、悲しみといった感情である。
 三国志の戦乱などは、軍師と呼ばれる存在が兵法という戦術・戦略を用いるが、それもよくよく読めば敵方の人間としての感情を鋭く察知・推察して軍事外交に生かしているに過ぎない。

 1000年、2000年も時が経てば、文化も価値観も変化して当然である。
 (三国志にでてくる、劉備玄徳をもてなすために人肉食が用意される場面などはその象徴である)
 しかし人間の怒り・嫉妬・疑惑・仁義・恩義・感謝・喜び・哀しみなどの感情は変わらない。
 変わらないからこそ、古典として読み継がれているのは言うまでもない。

 でも考えれば不思議な事であり、人とは不思議な存在である。
 世の中のありとあらゆる技術、文化、価値観は変わっても、「感情」は何千年も不変だったのだ。

 『三国志』に諸葛孔明が登場するところまで読み終え、山形に一時帰宅が決定。
 世間ではiphone5の発売で賑やかになっていた日、そんな事を考えた。

 アクセスランキングとやらに関心はありませんが、更新サボってる間も大変多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
 しばらく世のため人のため、秋田のネット環境の無い旅館に住み込みなもんで、平日は更新お休みです。

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