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フォトグラファー・カンレア

韓国の月刊山岳誌に『人と山』という月刊誌があります。
前々から感じていたのですが、掲載写真の質が他の『山』『MOUNTAIN』に比べて明らかに違う。
私は雑誌の編集などに関わった経験などありませんし、写真にもさほど詳しくないので良し悪しを判断する能力もあるとはいえませんが、明らかに印象に残る写真が多い。
それをはっきり感じたのは、アイスW杯韓国大会の記事を他誌と読み比べた時でした。

 その掲載写真を撮影したフォトグラファー、カンレア(本名カン・シンスク)が『発現』と題する写真展を開催して韓国メディアの話題になっています。
 これはクライミング中のクライマーの顔をどアップでとらえたもので、やはり以前『人と山』に掲載されていたものですが、その強烈さに非常に印象に残る写真でした。

 この『発現』の作品とともに、カンレアのインタビューを交えたまとまった記事が韓国のMediaTodayに掲載されましたので、以下に引用します。

人間の限界を超える瞬間の焦点を失った瞳 by MediaToday 2012.9.1

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人間の限界を超える瞬間の焦点を失った瞳
[インタビュー]写真展『発現』のカンレア 山岳写真家

 ここに断崖にぶらさがった人々がいる。
 彼らはそこに追い出されたわけではなく、自らの手と足だけで頂まで一匹の蝶のように軽々と踊って登る人々だ。 人々は彼らをスポーツクライマーと呼ぶ。

 ところで、そのクライマーの上にまた一人ぶらさがっている。彼女はクライマーより一歩先立って壁を這い上がって、一筋のザイルに身を任せたまま、片手には重くて長いズームレンズをつけたカメラを持って、下を見下ろしてシャッターを押す。
 カンレア(実名カン・シンスク、45才)。彼女は国内唯一の女性クライミング・フォトグラファーだ。 全世界をみまわしても、女性のクライミング・フォトグラファーは探し難い。
 去る8月17日から大学路(テハンノ)モックムトギャラリーでは、彼女の3番目となる写真展『発現』が展示中(9月14日まで)だ。広いギャラリーの壁には、世界最高レベルの国内外のクライマー(キム・ジャイン、パク・フィヨンら)の顔をクローズアップした大型写真20点余りが展示されている。
 台風がもたらす雨の中、訪ねたギャラリーでカンレアと一時間ほど話を交わした。 素朴な素顔の彼女には、清明な秋風の気配が感じられた。

Q.クライマーの顔いっぱいで満たした構図の大型白黒写真。 選手たちの筋肉や身振りの美しさを排除した作品だけで構成するのは難しかったのではないですか?

A.人間の身体で使える全ての筋肉を使うことがクライミングです。一羽の鳥のようにクライマー達の身体はとても美しいです。 しかし人々が一般的に考えるクライミング写真ではなくて、クライマーの顔の一部だけをクローズアップしたのは私の意図であり狙いです。報道やドキュメンタリー的なアクセスではなく、極限状況に至った選手たちの目つきと表情だけを見せることで、限界を克服する「人間の意志」を表現したかったんです。今回の展示した写真は肖像写真ではありません。 大きい写真の前に立って、人間の限界点に至った選手たちの悟ったような、あるいはより一層元気良く光る瞳の中に入って、彼らが感じる深淵な世界を一緒に感じてみてください。今回の展示を通して素材主義を越えて、純粋な写真を撮る試みをしたかったんです。

P1
▲クライマー キム・ジャイン。キム選手は2011年の国際スポーツクライミング連盟W杯ベルギー大会リード部門で金メダルを受賞した世界トップクラスの選手だ。写真展『発現』

P2
▲クライマー シン・ユンソン。顔の白い粉はクライミングで使うチョーク。写真展『発現』

P3
▲クライマー パク・フィヨン。写真展『発現』


Q.クライミング写真を撮る現場の様子は?

A.アメリカのヨセミテのような外岩でも人工壁でも撮影します。 この前行ったヨセミテでは、岩にぶらさがってクライマーの頭上から撮影したのではつまらないと思い、200~300mの高さの岩壁からぶらさがって空から撮影しました。岩壁を登るクライマーの後姿と、岩壁の高度感を一度に見下ろす位置をとらえたんです。 その時はザイルにぶらさがって岩との距離が少なくとも3~5m程離れていて、風が吹けば身体がぐるぐる回ってしまうので、自然に身体を任せて回りながら、身体が岩壁に向かうタイミングに合わせて写真を撮りました。

P4

P5

 『発現』の撮影作業は、ほとんど人工壁で撮影しました。クライミングコンペが開かれる15mの高さの人工壁は鉄筋構造物で階段が設置されていたり、工事現場の足場のように鉄筋で組まれています。 狭い階段や足場を登って、最上端の位置で撮影場所を確保して、選手たちを待ちます。選手がカメラの前約2mの距離に到達したところで、300mmの画角で上半身を撮影しました。 その写真の顔の部分をクロップしたのが今回の『発現』の作品です。表現しようとする対象の本質を集中的に表現するのに良いので、白黒に切り替えました。

P6
▲クライマー ハン・スラン。写真展『発現』

P7
▲クライマー イ・ミョンヒ。写真展『発現』

P8
▲クライマー サ・ソル。 写真展『発現』

 クライミングコンペに参加する選手たちの人数は毎回異なりますが、予選と準決勝を経て7~9人程が決勝に進出します。 すべての大会でセッターは参加選手たちの技量を考えて、選手たちが発揮できるすべての体力を消耗してこれ以上力を使うことができない程のグレードを設定して、やっと1、2名の選手だけが完登できるようにします。 オーバーハング地点で多くの選手たちは筋肉に乳酸が溜まって意志と関係なく手が離れる地点(クラックス)に到達します。 今回の『発現』で発表した写真は、その地点に到達した選手たちを記録した写真なんです。

Q.使用するカメラ装備は?

A.キヤノンEOS 5D Mark II (890g)に、28-300mm F1:3.5-5.6 (1,670g)レンズ一つだけで作業します。ザイルにぶらさがって身体を右側にねじって、上体がほとんど下に向いた状態で登ってくるクライマーを撮影します。
 以前は16-35mm(広角ズーム)と70-200mm(望遠ズーム)二つのレンズを持って登り、交換して撮影したりしていましたが、もしレンズを落とせばクライマーの安全に致命的なことになります。 最大限、体を動かさないことがクライマーと私にとって安全なんです。 1mでも身体を動かしたら、ザイルがスイング(左右で揺れること)して壁にあたり、私のザイルが選手の上から石を落とすことになりかねません。
 レンズを交換することよりも、ズームレンズの方が安全で気楽なんです。でも重いズームレンズとボディーを合わせて重さが2.5kgを越えるので、レンズを変えて初めの数ヶ月は右腕靭帯を痛めて撮影に苦労しました。

Q.クライミング写真を撮ることになったきっかけは?

A.高校卒業後に就職して、職場の同僚らと登山を始めました。 山で出会った日の出が、カメラを持つことになったきっかけです。黒に近い空色が群青からオレンジ色に変わっていく階調の美しさは、とても強烈でした。遅れて入学した大学の衣装学科でもカメラ技術は必要でしたし、時間を経てもう少しよく撮ろうとしました。卒業後に活況をむかえたウェディング写真業界で仕事をすることになりました。ウェディング写真をさらによく撮りたいと、新丘(シング)大学写真科に入学しましたし、その時クライミングに初めて接して、クライマーであり画家である夫とも知り合いました。
 2000年に大学の卒業作品展を控えている時、相応のレベルのクライマーだった夫から「世界には数多くの写真家が岩壁に登って写真を撮っている。その中に女性は何人もいない。私も援助するから」としてクライミング写真を薦められまして、これを受け入れて卒業作品をクライミング写真で出品しました。そして山岳写真に本格的に入門して、それから月刊『山』、『人と山』等でフリーランサーとして活動して、2007年と2010年に2度の個展を開きました。
 その間に国内のアウトドア業界が急成長しまして、10年を経て国内唯一(世界的にも見つけるのが難しい)の女性クライミングカメラマンという特別な立場で努力した結果、自然と国内外の最高レベルの登山家、クライマーを撮影することになりました。
 私のクライミングレベルは5.10c、垂直の壁を登り降りできる程度です。最上級のプロ選手は5.14くらいになります。


P9
▲クライマー サ・ソル。タイ・プラナン

Q.最も記憶に残る撮影は?

A.2006年冬に撮影した、アジア最大規模の土旺城(トワンソン)滝のアイスクライミングです。2000年から夫と1年に一回ずつ必ず登る所で、私たちにとっては聖地と同じですね。一番最初は夫と十六時間かかって登りました。2006年1月に私たち夫婦とクライマー4人、取材記者1人で雑誌記事のために土旺城(トワンソン)滝に行きました。
 「リード」と呼ばれるクライマーが登ったルートに従っていく「フォロー」では、撮影した写真に緊張感がなく、読者にも魅力が感じられないだけでなく、その時まで土旺城(トワンソン)滝で写真を撮られたクライマーがいなくて、クライマーもリードする自身の姿が格好良く撮られたかったんですね。だから4人全員をリードするようにして時間は普段の二倍がかかりました。
 明け方3時に始めて翌日の明け方5時に撮影が終わりました。撮影する時は集中しているので寒さも感じられないので、エネルギーをどれくらい使うかもわかりません。休まず25時間の撮影を終えて滝の終了点に上がったところで暗くなりました。やっと滝を降りて氷壁を見上げると、佗びしいように真っ青な十五夜の月が浮かんでいました。バテバテの状態で、夫が装備をみな担いでくれて普通一時間かかる下山路を二時間かかって降りました。
 車に乗せられて帰宅して、三日間は水だけ飲んで起きられなかったです。 その時「降りて行くのも人生の一部。 降りて行く時に必要なエネルギーも残さなければならないんだな。」と感じました。クライミングも人生も、休まなければならない時、食べなければならない時を判断しなければならないということです。

P10
▲アイスクライミング

P11
▲アイスクライミングコンペ

Q.カンレアにとって、クライマーとはどんな人々なのか?

 クライマーとは、自身の意志を通じて神の境地に最も近づく経験をした人々だと考えます。 クライミングは精神と肉体を同時に進化させるスポーツです。 人間が使える全ての筋肉を使う競技で、壁を登る選手たちを見ていれば本当に美しい。だが、墜落に対する恐怖を克服しなければならない。 クラックス(一番難しい区間)を越えることができなければ落ちるほかはない。 途方もない恐怖に襲われます。 その瞬間、脚が意志と関係なく、ガタガタと震えるのをクライマー達は「バイクがかかる」といいます。墜落するにしても、セルフビレイした地点から2~3倍の距離を墜落すれば大怪我を負うこともあります。そうならないようにするならば、その恐怖を克服して登らなければなりません。妥協できない。「行く行かないは下で決まる」とも話します。クライミングを始める前、取り付きでの心構えでクライミング成功の可否の半分以上が決まります。それだけ精神的な部分の影響力が大きいんです。

P12
▲クライマー イ・フンス。写真展『発源』

P13
▲クライマー キム・ヒョジョン。 写真展『発現』

 クライマーはクライミング中に死を迎えます。 毎年、近しい人々の死を眺めてきました。ゴ・ミスンさんが亡くなった時は三週連続、知り合いの登山家の葬儀に行ったことがあります。 どんなクライマーも、自分たちのクライミングが「ロシアン・ルーレット」をするようだと話します。 今回は無事だったが、次の挑戦では死ぬんではないかと。 果たして彼らがそのような状況を甘受して山を、岩壁を登るようにさせる精神は何なんでしょうか?
 クライマーは神が許した能力を、最大限に発揮して生きて行く人々でないでしょうか? ニーチェは人には服従しようと思う習性があると言いました。神が人間に話そうとしたのは、「人間自身が創造主だ。 私が君をそのように作ったので、それを悟って創造的に生きろ。」というものでないでしょうか?
  そんなふうに見る時、クライマーは人間の創造的本性に最も近く生きる人々だと思います。肉体的にも精神的にも、とても美しい人々なのに、本来クライマーたちは登る行為を楽しんで没頭するだけで、自分たちの美しい姿を知らないようです。その美しさを撮影して、人々と共有したかったんです。

P14
▲カンレア(中央、帽子をかぶっている)と、友人であるクライマー イ・ミョンヒさん(左側)

カンレアのクライミング写真オンライン ギャラリーhttp://cafe.daum.net/eclimbing/

カンレア作家略歴(本名 カン・シンスク)

2000年 新丘(シング)大学写真科卒業
2000~2007年 月刊『人と山』クライミング写真家として活動
2007年 第1回個展『天上の花』仁寺洞(インサドン)ギャラリールクス
2007~2010年 月刊『山』フリーランス写真家
2010年 第2回個展『北漢山(プッカンサン)の四季』
2010年~現在 月刊『人と山』フリーランス写真家として活動中

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コメント

素敵な作品をご紹介いただき感謝いたします。
撮ることにはあまり興味はないのですが、
見る事への好奇心は満タンな物で・・・。
自分もこんなに真剣に打ち込めているのかなぁ。

投稿: 越前蟹 | 2012.09.20 18:46

re:越前蟹様

 人工壁で限界ギリギリまで力を出し切るクライマーの表情に「人間の意思」を表現したかったというカンレア女史ですが、以前はキム・ジャイン選手の指先や腕のアップ写真を撮影・掲載していたので、今回もアイデア勝ちといったところでしょうか。

<<自分もこんなに真剣に打ち込めているのかなぁ。

いえいえ、カンレア女史も言うように、越前蟹様も『クライマーたちは登る行為を楽しんで没頭するだけで、自分たちの美しい姿を知らない』クチなのでは?
と申しましょうか、私も登る事に「真剣に」取り組んでいるか同じく考えさせられてしまう写真です。

投稿: 聖母峰 | 2012.09.22 20:52

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