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秋田おしごと日記・2012年11月その2

11月下旬。
諸般の理由でビジネスホテル暮らしが始まる。
同時に秋田の天候は大荒れ。
降雪と低温の中、毎日バルーンライトを点灯し、日没後まで現場作業。

先週までのにぎやかな相部屋暮らしとうってかわって、宿に戻るとシンとしたシングルルーム。

パソコンでビートルズ→カーペンターズを聴き、ネットラジオでカントリー専門局のカントリーを聴き、就寝時はデジタルプレーヤーでヴィバルディを聴き寝る。


毎日毎日、発電機と工事機械の音を聞いてりゃ、一人になった時くらいカレン・アン・カーペンターの歌声を聴きたくなるわな。

まる一日、低温の中で作業し、温かい部屋に戻るとそれだけで身体も意識もボーッとしてくる。

次の出張先のチケット手配等々、会社宛のメールを打ち終わる頃にはもう22時過ぎ。

11月×日。
洗濯物がたまる。

Lan2
お、おねーさん、もしよろしかったらいっしょに×△○×

そして現実↓

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ビジネスホテルの片隅で、ひとりコインランドリーに向かう。200円也。

あ。
財布の中身は千円札だけだった。

すぐ脇のカップ式コーヒー自販機に千円札を突っ込む。
「イタリアンロースト」とやらをブラックで飲みながら、百円玉2枚を挿入、洗濯物、洗剤を洗濯漕に入れる。
一人だけの洗濯、静かな初冬の夜。

11月×日。
現場帰りは、みんなで激安スーパーにて総菜の買い出し。
先日のシュークリームに続き、ウチの精鋭部隊を率いる若手エースのK君、かなりの甘いもの好き。
つられて私もちょいと和菓子を買う。
本日の和菓子は、

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秋田県横手市の蕗月堂の「こがね餅」。
点心の「芝麻球」を連想させる、ゴマで全面を覆った小さな大福。
堅めの粒あんが「粒あん原理主義」の私にはgoodですが、表面を覆うゴマが水分を吸って柔らかくなりすぎて「まあまあ」のお菓子でした。

明日もあさっても土曜日もハードな仕事なもんで、しばらく山の話題は封印でござんす。

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キム・ヨンド『登山家にとって山とは何か』

 当ブログでは時折取り上げていますが、韓国登山界の重鎮キム・ヨンド氏(1977年韓国人初登を果たしたエベレスト韓国隊隊長)が齢88歳ながら精力的に執筆活動を続けています。
 11月はピオレドール・アジア選考会があったからでしょうか、韓国の月刊誌『山』に「ポスト・アルピニズム」という文を、月刊誌『MOUNTAIN』には「登山家にとって山とは何か」と題する文章を寄せています。
 日本でも親しまれている「100名山」、ウィンパーの『アルプス登攀記』を引用した後者の寄稿文を紹介いたします。

登山家にとって山とは何か 月刊『MOUNTAIN』2012年11月号

以下記事引用開始
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登山家にとって山とは何か

文キム・ヨンド 元登山家

 長年にわたり登山家たちと出会い、付き合ってきた。昨今、改めて感じることがある。登山家にとって山とは何であるかという思いであり、問いである。なんとなく不思議と頭を離れない。
 先日、大韓山岳連盟創立50周年を記念してアルピニズムに関するシンポジウムがあったが、熱を帯びて真剣な雰囲気の中で、私は一人「私たちにとって山とは何か」を考えていた。山と人との偶然の出会いから始まった長い歴史をそれなりに知っているので、この問題は無視することはできなかった。
 生涯の半分を北漢山と道峰山が見えるところに住み、後年には水落山の麓に居を移し、常に山が見えることが住宅を決める際の条件だった。山に登るのは、その次の話である。山ほど心を楽にしてくれるものはない。人工物ではなく自然がそうさせるのか。

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 山は自然の代名詞となっている。山・川・草木は自然と呼ばれるが、その中でも山は「自然」の代表格であることを私達は知っている。そして山はただの石と土の塊ではない。
 私たちの人生の象徴であり、例えでもある。私たちが山を好むのは、誰もがそれを意識しているからだと筆者は思う。人に人格があるように山に「山格」があるということだ。
 日本で古典・名著の一つとなっている『日本百名山』の著者は山を選びながら、この「山格」に注目した。彼が彼らの最高峰で誰もが登ろうとする富士山(3776m)を外し、我々の白頭山(2744m)を世界100名山の中に入れたことも、そこに「山格」を見たからだろう。

 250余年の歴史を持つ世界のクライミング史は、アルピニストが山と戦った記録である。未知のピークに対する耐え難い魅力に引かれ、情熱と闘志を注いだプロセスである。アルピニズムという新しい、風変わりな人間の文化がその昔、西欧社会で始まったことには相応の意味がある。山という自然に対する新しい認識があったのだ。
 彼らは登山先進国であり、我々は一歩遅れて山を知っていたが、世界が一つになり、国際社会が形成された今でも、彼らと私たちの距離はなかなか狭まらずにいる。それは、いわゆる登山文化で感じられる。私たちが世界の舞台に進出し、同じ自然を相手に同じ装備と大差ない技術として活動している昨今である。記録面でもかなりのレベルまで上がっているのも事実だ。
 ところが、彼らと私たちの間にはいつも異質であり、不足を感じる。外見は同じなのに、内側からそのような違いがあるように見えるというのは一つの偏見だろうか。

 登山とは山を登ることだ。ところが登山家で、彼ら先進国と私たち後進国の考えと態度が違うようだ。一言で言えば、彼らは山を見るのに、私達は山に登るだけだともいえるだろうか。山を見ずに登るだけでは外道であり、アルピニズムの精神に遠く及ばないと筆者は考える。

 人々は雪岳山を躍起になって登る。誰もが登る大青峰(訳者注:テチョンボン・雪岳山の最高峰)に立ちたいからだ。良い事には間違いないが、ここに気になることがある。
 彼らは登って何を感じ、何を見て下って来るのか。

 雪岳山へのアプローチは、道も風情も多種多様だ。ただし、頂上での感動、そして得られるものは人によって異なり、それも一般的な登山愛好家と登山家とでは大きな差がありそうだ。そうでなければ、「登山家」とはいえないのではないだろうか。

 『登山家は、それぞれの山に故郷を持っている』 と語ったのは日本山岳界の先駆者だったが、その昔エドワード・ウィンパーはマッターホルン初登頂時の大惨事によって長いことアルプスを去ったが、老いてからマッターホルンを懐かしんで帰ってきた。フルッケン山稜を初登したギド・レイはマッターホルンを忘れられず、晩年はマッターホルンがよく見えるところに山荘を建てて一人静かに住んでいた。ボナッティはやはり自分の生涯にわたる登攀記を整理してからもモンブランを再び訪れ、ガストン・レビュファは「星と嵐」でグランドジョラスが夕焼けに輝く荘厳な姿を山荘から眺めていた。
 このような話は、すべて半世紀も昔の西欧のアルピニストの山に対する姿だ。近年、ヒマラヤ8000m峰14座を無酸素で登った初の女性登山家、カルテンブルナーの本を読んで目にとまった箇所がある。ベースキャンプ周辺に野生の花が咲き乱れ、現実の世界とは思えないほどにアマダブラムが夕焼けに輝いていたという。極限的な遠征で、そのように周辺の風景を見つめていることに改めて驚かされる。劇的な人生のまっただ中にあり、周辺の光景がそのように彼女に近づいてきたのかもしれない。
 私はエベレストに遠征してきた多くの登山家たちの口から、クーンブ氷河近くにある、永遠の静けさを秘めた氷河湖の話を聞いたことがない。そこは、1952年のスイス隊が、すべてが不確実だった当時、ベースキャンプにした所で歴史的な場所でもある。

 登山家は一般社会人とは違う。彼らの排他的、独善的な特権意識を、私は肯定したいと思う。その程度の自負と誇りがなくては、私たちは、いわゆる限界に挑戦だの死だのを口にする資格はない。
 ところが、ここに条件をつけたいと思う。登山家は無条件に山を登るのではなく、常に山をみつめなければならない。つまり登山家はアルピニストであると同時にヒューマニストとして、さらにNaturkind(自然)でなければならない。(訳者注:Naturkindとは直訳すると「自然の子」、ニーチェ思想での人間の理想像とされる。筆者のキム・ヨンド氏は大学で西洋哲学を専攻していた)挑戦することにうぬぼれてしまっては意味がない。その昔、トニー・ヒーベラーはマッターホルンに慣れ親しもうとしてル・マートで働き始めた。見るほどに、その北壁が恐ろしかったからだ。
 
 今日、私たち登山家は遠くヒマラヤ奥地に行き、多くの体験を重ねてきた。特別な、貴重な体験を。
 高さ2000mにも満たない低山地帯で育った私達自身を考えれば、驚くべきことだ。ところが、その過程において我々が得たものは何だろうか。成果は明らかだが、残したものは不透明だ。せいぜい「登山報告書」で、素敵な「登攀記」が見当たらない。
 登山報告書と登攀記は異なる。前者は単純な行動の記録であり、後者は山との触れあいの記録である。ここには山と自己との関係、すなわち、その自然に没入した自分の人生の姿がそのまま含まれていなければならない。
 古典中の古典となっているエドワード・ウィンパーの『アルプス登攀記』に出てくる文章は、山岳界の巨人ウィンパーの格別な人生をよく示している。それはこのような文だ。

 『劇が終わった。幕が下がる。読者と別れるに先立ち、山から得た貴重な教訓を申し上げたい。遙か遠くに高い山が見える。「登ることが出来ない」という言葉が自然に飛び出すかもしれない。しかし登山家は言うだろう「そうではない!たしかに遠い。困難で危険かもしれないが、可能なのだ。登山仲間に会い、その山に登った話を聞き、どんな風に危険を回避するか調べてみよう。世界の人々が眠っている間に、登山に行き、山に向かう。長く滑り易く、苦しいだろう。しかし慎重と忍耐によって勝利が得られる。ついに頂上に登ったのだ。』

 ウィンパーのマッターホルン初登頂は19世紀後半の話だ。しかし当時の彼の登攀記が永遠の山岳文献の一つとして残った事にはそれなりの理由がある。他人の文章も読まずに自分のことも書き残さない、今日の私たちの境遇を改めて思う。
 真の冒険と開拓の時代は過ぎ去った。もう私たちに残されたのは、単なる模倣である。そして登山家の意識と行為には、常に独創的なものがあるはずだ。その創造性とは、各自の個性である。私は彼らの創造性を見てみたい。

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以上引用おわり

 キム・ヨンド氏は文中で「登山愛好家」と「登山家」を明確に分けていますが、山に登る私そして皆さんにとって、山とは何なんでしょうか?

 「なぜ山に登るのか」というWHY?ばかりが追求されてきましたが、WHAT、山とは何なのか?
 ともすれば記録第一主義ともみえる韓国の登山界に、自ら「老いた登山家」を自称するキム氏が投げかける疑問は私たち日本人も見過ごしてはならないと思います。


 訳者注:文中で引用されているウィンパー著『アルプス登攀記』の文章に関しては、筆者のキム・ヨンド氏は韓国語訳版、日本語訳版、ウィンパーの原著いずれも読んでいる可能性がありますため、ここでは浦松佐美太郎氏の訳文を参照しながら、キム・ヨンド氏の原文に沿って表記しました。

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過去の自分と出会う時

秋田から一時帰宅。
立正大学山岳部でお世話になった古川監督から一通の封書が届く。
山岳部の森田OBが『体育会誌』のバックナンバーを大学図書館に寄贈され、その中から私が書いた文章をコピーして送って下さったものだった。

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今読み返すと
「え?俺こんな文書いたっけ?」という硬い内容。
もともとこのブログ、アーカイブのつもりで始めたもので以下に内容を転載します。
興味のない方はどうぞ飛ばしてください。

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山岳部  主将 大滝 勝

 主将の言葉
 平成三年度、体育会山岳部はヒマラヤ山脈シシャパンマ峰(8027m)に登山隊を派遣、無事成功を収めました。私達現役部員も高度七千メートル付近まで到達し、貴重な経験を得ました。御協力下さった皆様方に対し深く感謝いたします。
 ところで、我部は部員の減少という事もあり、現役山岳部は事実上低迷状態にあります。
 後輩の諸君は自分自身の山登りの他に、次の世代への礎として、自分の能力を高めていってほしい。自分の目標をはっきり見出してそれに向かって努力してもらいたい。その過程において、楽しさだけでなく厳しさも必要だと思います。山の世界は大きい。視野を広げるためにも山の本を多く読んでほしい。特に遭難の記録・分析に目を通し、生命の大切さ山の怖さを常に自覚すべきである。
 山には下界に無い美があり、感動があります。山を通じて、学生生活を充実させてほしいと思います。

 合宿記
 「12月20日の昼ごろ」
 昼ごろから集まって合宿の準備をする。これから十日以上の衣食住と登るための道具をすべて、何の不足もなく、それでいて最小限の物をそろえるのである。そして人数分に荷物を分け、準備会恒例のじゃんけん大会で合宿は事実上スタートする。みなさんも知っている通り、登山はすべての荷物を自分たちで背負っていくのである。だから少しでも軽くしたいので、ジャンケンにも熱がこもるのである。そしてパッキングをすませ、いざ新宿となるのである。

 「新宿発23時50分発 急行アルプス」
 この電車は北アルプス方面に登山に行く人のたまり場である。新宿駅のホームには酔った登山者の群れがいっぱいである。自分達だけは別だと思っているものの、12月20日というわけで、他大学の友人等がけっこういて、声をかけられ、いっしょに酒を飲んで群の中へ入っていくのであった。

 「早朝の信濃大町駅」
 たいして寝れもせず信濃大町に着く。気合いの入った他大学はさっさとタクシーで登山口へ。我々は、まず恒例のセブンイレブンでお買い物。ここが最後の文明社会である。これから山には入ればちょっとセブンイレブンでお買い物ってわけにいかないのである。

 「風雪の北鎌尾根へいざ出発」
 とうとう登山口へタクシーで到着、頬に当たる冷たい風が心地よく気合いが入る。これからどんな困難が待ち受けているのか、まだ知らない我々は、意気揚々と歩き始めたのであった。

 平成二年度合宿報告
 初夏合宿
  谷川岳芝倉沢にて雪上訓練~平標山縦走
 夏山合宿
  剣岳真砂沢定着~槍ヶ岳縦走
 秋山合宿
  八ヶ岳 広河原沢奥壁~稲子岳南壁登攀
  小川山廻目平周辺にてフリークライミング
 初冬合宿
  富士山吉田大沢にて雪上訓練~山頂ビバーク
 冬山合宿 
  北アルプス槍ヶ岳北鎌尾根登頂
 春山合宿
  北アルプス白馬岳主稜~杓子岳小日向尾根下降

 平成三年度活動報告
 中国チベット自治区ヒマラヤ連峰シシャパンマ峰(8027m)に立正大学山岳部中国登山隊として、シシャパンマ中央峰(8008m)に10月4日登頂。
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・・・こんな文章書いてりゃ、やはり新入部員なんて入ってこないよなあ、と今現在の私は読んで苦笑いする。
当時はサークル全盛時代、体育会の各部は部員募集に四苦八苦していました。

 加藤文太郎に憧れて冬の北鎌尾根を何が何でも登りたかった私は、この年、5月、11月、合宿の12月と三度にわたり積雪期の北鎌尾根から槍に登頂した年。当時は今と違い、危なっかしく崩壊しかけた沢筋の道を湯俣からアプローチしていました。
 冬合宿のメンバーは私、平岡君竹内君という、今ではもはや考えられない超ウルトラスーパーゴージャスなメンバー(私除く)。当時から彼らは激強で、私はオマケです。

 古川監督が送って下さったコピーを読み、全く別人のような、それでいてなんとなく「ああ自分だな」と思う。
 それは、過去の自分と「向き合う」ことなんだな、と感じる。

 クライマーや自称冒険家には過去をふり返ることを忌み嫌い、またそれを公言する者もいるようだが、私はそうは思わない。
 時折は昔の自分をふり返ってみることも必要だ。
 以前の自分に比べ、何が変わり、何が変わらないのか。

 その手がかりとなるのは、写真よりも何よりも、やはり自分の書いた文章である。
 ある山岳ジャーナリスト氏が、亡くなった知人をふり返るためにその人が書いた文を読む、と書かれていた。使い古された言葉だが、やはり「文は人なり」なんだとあらためて考えさせられる。

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リサイクル

カナダのアパレルメーカー「Roots」の帽子。

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ハンチングを前後逆にしたようなデザインの帽子です。

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五輪マークが付いていますが、長野冬季オリンピックでカナダチームが公式採用した帽子のレプリカです。
会社研修(という名の社員旅行)でカナディアンロッキーに行った際に入手したもの。

私は山では赤い帽子を好んでかぶってました。
以前、夏山シーズンで混雑する月山をガイドした際のこと。
混み合う山頂で昼食のため一時解散となった時、ツアーの添乗員さんが
「それでは皆さん、この赤い帽子を目印に集合してくださーい」
と、私の頭を勝手に集合場所(笑)にした出来事があり、以来、目立つように赤い帽子を好んでかぶってました。
(今年からは趣向を変えてノースフェイス・コリアのツバの広いハットをかぶってます)

さて、あのRootsの帽子どうしたかな・・・と思っていると・・・・
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

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私が秋田出張行ってる間に、無断でスーパーマリオの帽子に改造されてました・・・
『M』のマークは娘が作り、息子が喜んで学校にかぶっていき、息子いわく、
「クラスでけっこう目立った」とニコニコ顔。

・・・帽子は諦めた。

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秋田おしごと日記・2012年11月

11月×日
 秋田は山形より一段と冷える。
 工事期間中、晴れ間はほとんど無し。
 連日、雨やみぞれ。

 毎日、寒さと濡れとの闘い。

 朝は旅館から皆で車に乗り合い、現場に出勤。
 車のFMラジオから、カイリー・ミノーグの『ラッキー・ラヴ』が流れる。

 I should be so lucky
 Lucky lucky lucky
 I should be so lucky in love
 I should be so lucky
 Lucky lucky lucky
 I should be so lucky in love

 バンコクのお持ち帰り自由なゴーゴーバーで「カイリー・ミノーグが流れていた」という一節をある本で読み、それ以来なんとなくカイリー・ミノーグはエロいイメージがあった。(いや本で読んだのよ。私の経験じゃないのよ。あ、よいこのみんなは「お持ち帰り」とか「ゴーゴーバー」とか検索すんなよ!絶対すんなよ!)

 暗鬱とした曇天の下、現場作業に向かう車。
 誰もが無言の車中でカイリー・ミノーグの歌声が繰り返される。
 脳天気なまでの明るい歌詞に少し救われ、今日も現場仕事が始まる。


11月×日
 仕事帰り。
 秋田市内でシュークリームで有名な店、『カスタードリーフ』に立ち寄る。
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 今回の現場作業のメンツは会社でも精鋭部隊の面々なのだが、聞けばみんな甘いモノ喰いたかったらしい。

 現場帰りの作業服姿で、みんなでドヤドヤとケーキ屋「カスタードリーフ」に御入店。
 旅館までの車中、
 「あそこのケーキ屋も美味しいよね」
 「○○は夕方になるともう売り切れるんだよな」
 と、おそらく会社の女子社員も太刀打ちできないであろうスイーツ談義が展開される。

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 旅館でベイクドチーズケーキ(左)とシュークリーム(右)を食す。
 チーズケーキはまあまあ。
 シュークリームはズシリと重量感が有る。皮が薄くてクリームたっぷり。
 クリームもミルクの風味が強い白色のクリームで、これが結構皆の人気であった。
 
 こうして現場作業員たちの夜は更けていく。


11月×日
 会社は別だが、知人が福島の原発近くで作業に入ることを知る。
 原発敷地内ではないのだが、放射線量のため、一日の作業時間は4時間に限定されているらしい。

 国会議事堂前で反原発のヒマ人達がデモを繰り返し、社会正義を果たしているとオナニーしている一方で、現場作業員達はメディアに知られることもなく、ヒステリックなバカ女どもと違い自ら言葉を発することもなく、黙々と作業をしている。福島の現在そして将来のために。


11月×日
 勤労感謝の日も土曜も関係なくおしごと。
 日曜も潰して作業の予定だったが、お役所の都合で日曜が急遽休みとなる。
 土曜夜、一時帰宅。

 自宅に向かう途中。
 もう20時過ぎだというのに、ある大規模工事現場のプレハブ小屋-現場代理人が詰めている事務所-には明かりが灯っていた。
 寒い冬も年末も目前。現場関係者は忙しい。

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スチール・エンジェル2012候補者、選定さる

ロシアおよび旧ソ連圏の女性クライマーによる素晴らしいクライミングを選定する、『スチール・エンジェル』。
P1
主催・後援はロシア山岳連盟(Russian Mountaineering Federation)とグリベル。
上記画像のように、アックスのヘッド、ピック、パイルのハンマーを組み合わせた天使のトロフィーが授与されます。

2012年のスチール・エンジェルにノミネートされたのは、次のパーティーです。

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キルギスタン パミール山脈Karavshin谷 アサン(4230m)西壁バットレスルート 5B
メンバー
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画面左からElena Badanov(ウラン・ウデ、化学エンジニア)、中央上Maria Mihaylova(モスクワ、経済学者、チームリーダー)、中央下Olga Gorodetsky(オムスク、大学院生)、右Svetlana Smaykina(トムスク、スポーツマスター)

As1
11ピッチめのクラックを登る

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パミール山脈アライ渓谷Zamin Karor(4303m)北西壁Kapitanovaルート初登 6A 1300m
メンバー

G3
Pauline Galatsevich(クラスノヤルスク、体育教師・社会活動家)

G4
Irina Bakaleynikova(クラスノヤルスク、体育教師)

画像上のPaulineは83年生まれ、下のIrinaは2人の孫がいるという年齢差ですが、2人はペアを組んでロシア国内の登山大会・クライミング大会で入賞している息の合ったペア。

A2
ビバーク地でのIrina

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P4
ノルウェーStetind北壁『女性の論理』ルート初登 6A 1200m
メンバー
Mg
画像左Marina Koptev(ウクライナ・キエフ) 、右Galina Cibitoke(サンクトペテルブルグ)
この2名は既に「スチール・エンジェル」、「クリスタル・ピーク」「ピオレドール・ロシア」とロシア登山界の三大アワードにノミネート又は受賞した経歴を持つ。
登攀の概要は当ブログでも こちらで 取り上げました。

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P5
アメリカ・ザイオン国立公園Touchstone Wall(タッチストーンウォール)ケルベロス・ジャンダルムルート 6A 393m
メンバー

G2
画像左Marina Nechayeva(モスクワ、外科医)、右 Natalia Prilepskaya(モスクワ、エコノミスト)
なお、このペアは昨年のスチール・エンジェルを受賞した猛者。

Z1
3ピッチめの核心部を登る(Natalia Prilepskaya撮影)

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 この「スチール・エンジェル」にノミネートされる女性クライマー達について記事を読み思うこと。
 それは、壮大な「実験」の失敗に終わった共産主義そしてその国家体制ではあったものの、スポーツでの女性の活躍が (少なくとも男尊女卑の慣習がこびりついている日本に比べれば) 認められていた旧ソ連諸国では、素晴らしい女性アルパインクライマーが 多数 活躍している現実、ですね。

 くわえてロシアでは、「クライマーズ・ミーティング」女性版のようなウーマン・ロックフェスが過去にヨルダンやアメリカなど海外の岩場を舞台に開催されており、積極的に世界中の岩場に飛び出し、経験を積んできています。

 12月にはロシアの登山界が選定する「クリスタルピーク」、「ピオレドール・ロシア」の選考・受賞が予定されています。
 ちょいと私め、明日からさすらいの土木作業員生活に戻りますためマメにウェブの情報をチェックできませんが、可能であればまたブログ更新でお伝えします。

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【訃報】パトリック・エドランジェ逝去 (2012.11.18追記)

 かつて日本でもフリーソロクライミング、そして過激な発言で知られたパトリック・エドランジェ(Patrick Edlinger)が亡くなりました。享年52歳。
 亡くなった原因についてはまだ仏メディアでも明らかにされていません。

Pato
トレント山岳映画祭で語るパトリック・エドランジェ

関連記事
Décès de Patrick Edlinger by KAIRN.com2012.11.16

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2012.11.18追記

ウェブサイト雪山大好きっ娘。+様では、貴重なクライミングジャーナル誌でのインタビュー記事も交えて報じられています。

パトリック・エトランジェ、亡くなる by 雪山大好きっ娘。+ 2012.11.17

 掲載されているC.J.誌でのインタビューでは、トレーニングに関して「走ったりしたら足が太くなってしまうよ」などの迷言をよく覚えています。
 ベテランクライマーの方には日本のテレビ番組での明星山クライミングに関する逸話がよく知られています。
 私にとって印象的だったのは、テレビ番組ロケのために岩場の取り付きで待機してもらっていた他のクライマーに対してエドランジェが「(自分のために)君たちの楽しみを奪ってしまってすまない」と言葉をかけていたというエピソードですね。
 それから当時の岩雪には 『エドランジェのためのエドランジェ』 というコピーで結構斬新なデザインのクライミングシューズ(エドランジェ・モデル)の広告が載ってたりしました。

 18日夜までエドランジェ死去の追加情報を検索しておりましたが、続報が無いまま出張生活に出かけるので、残念ながらこの話題はここまで。

 いずれにせよ、クライミングでは華のある人物として日本でも取り上げられておりました。
 52歳という早すぎる死去に、あらためてご冥福を祈ります。

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シン・ウンソンがスポーツカーと対決

 日本のアイスクライマーの皆様にもおなじみ、韓国の「美女クライマー」シン・ウンソンがスポーツカー「ロータス・エリーゼ」と対決!!

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 対決といってもアックスでフロントガラス叩き割るとかゆーのではなく、韓国のケーブルテレビ『トップギア・コリアシーズン3』という自動車番組の企画で、シン・ウンソンは雪岳山の岩壁を登り、ロータス・エリーゼは車道を突っ走り、どちらが先にチェッカーフラッグを奪い取るかという企画。
 韓国版「鉄腕DASH」か?

トップギア3「スポーツカーVS美女登山家」、セクシーな魅力対決 by スポーツ朝鮮2012.11.4

以下記事引用開始
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 セクシースポーツカーと美女登山家シン・ウンソンがセクシーな魅力対決を繰り広げる。4日放送されるケーブルチャンネルXTM『"トップギア・コリアシーズン3』でセクシースポーツカー"ロータスエリーゼ"と韓国を代表する美女クライマー、シン・ウンソンが雪岳山登山対決を繰り広げることになった。

 この日の放送でヨン·ジョンフンは、セクシーなデザインで人気を集めるロータス・エリーゼで風変わりな挑戦を試みる。アジア初の女性アイスクライミングメダリストであり、美女クライマーとして有名なシン・ウンソンと雪岳山トライアル対決を繰り広げる。800kg台の軽量でハイパワーを誇るロータス・エリーゼは美しい曲線のデザインで男性ドライバーを誘惑するスポーツカーだ。
 曲がりくねったコーナーが多いワインディングロードを楽しむのに適した車として有名なロータスの魅力が、ヨン・ジョンフンの試乗と共にブラウン管を通じて生き生きと伝えられる予定だ。
 ロータス・エリーゼと対決するクライマー、シン・ウンソン岩壁をスリルたっぷりに登る名場面を演出、テレビからも目を離すことができなくなる。黒のタンクトップを着てロープにぶら下がり、一歩も譲らない息詰まる対決を繰り広げ、視聴者たちを一気にひきつける予定だ。
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以上引用終わり

 さて、この対決の模様は11月4日にテレビ放映され、動画も公開されています。↓

・・・この動画、いいトコで終わってるんですが、韓国のブログを検索したところ、どうもシン・ウンソンの勝利におわるみたいです。

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【動画】 岩壁的尖叫 ~現代中国のクライマーの姿~

来年2013年8月、中国のアルパインクライマーがトランゴタワーに挑戦します。

国内大岩壁攀登纪录片《岩壁的尖叫》完整版观看 by 中国戸外資料網2012.11.15

トランゴタワー登攀を計画しているのは、

Fu1
何川(he chuan)
 中国を代表するアマチュアクライマー、北京理工大学卒業後、同校にて教職員として働きながらクライミング生活を送っている。

Fu2
孫斌(sun bin)
 中国でも著名なクライマー。国家登山隊教官として2008年の北京五輪チョモランマ登山隊に関わった他、エルブルース、キリマンジャロ、スークーニャン等、世界各地の山を登っている。

 クライマー何川を中心としたドキュメンタリー番組『岩壁的尖叫』(岩壁の叫び)が中国中央電視台によって製作、ネットで公開されています。これは中国中央電視台の番組『活力中国』で製作されたものです。

 撮影スタッフは中国の山岳記録映画『巅峰记忆』(中国の大学山岳部によるシシャパンマ登頂の記録映画)を製作したメンバーで、非常によくまとめられています。
 少なくとも私にとっては「ワー」だの「ウー」だの叫んでばかりいる白人のクライミングビデオより興味深く視ることができました。
 
 クライマー何川の普段の生活も丁寧に記録、都会を嫌い北京郊外で畑を作りながら彼女と共に自然に親しむ姿に共感を覚えます。

 番組中盤からはボルダリングに興じる姿、そしてピオレドールアジア2012の受賞者、周鵬(Zhou Peng)も登場し、電動ドリルでボルトを設置、下降しながら浮き石を落として岩場を整備、ドライツーリングのトレーニング場面になります。
 そして番組後半は孫斌(sun bin)と組み、北京郊外の岩場「白河峡谷」、インスボンにも似た岩山でトランゴタワーを想定し、マルチピッチのスピードクライミングで自分達の能力を高めようとトレーニングする姿を映し出しています。

 中国語は理解できなくても、真摯に取り組んでいる日本のアルパインクライマーなら十分に番組、そして彼らの心情を理解できるでしょう。
 ぜひご覧下さい。

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 動画共有リンクを試みたのですが、勝手に動画が始まってしまう形式のため、動画を公開しているサイト『中国网络电视台』 を下記にリンクしておきます。動画をご覧になりたい方は下記をクリックしてください。最初に広告が15秒ほど入ります。

中国网络电视台 『活力中国』 2012年11月11日公開 『岩壁的尖叫』

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【映画】 The Loneliest Planet

まだ日本公開の情報は入ってませんが、日本未公開の『 The Loneliest Planet』。
2011年度のカンヌ映画祭はじめ、各国映画賞にノミネートされ、海外で観賞した日本人の方にもだいぶ高評価の映画。
中身は・・・

山ガールの皆さん、決 し て ひ と り で は 見 な い で 下 さ い 。(サスペリア風)

ストーリーは、グルジアのコーカサス山脈をトレッキングする熱々のカップル2人、アレックス(ガエル·ガルシア·ベルナル)とニカ(ハニ・ファステンバーグ)。
トレッキングに地元の山岳ガイド、ダトを雇って山旅を続ける。
そんな2人に、有る出来事がきっかけでお互いの知らない一面を知ることになる・・・

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アレックス(ガエル·ガルシア·ベルナル)とニカ(ハニ・ファステンバーグ)

と、ここまでしか知らんのよ私も。
ちなみに海外の映画データベースでは「スリラー」「サスペンス」に分類されてるんですが、観た人の話だと「結婚目前の熱い2人も、所詮は他人であることを知る」とか、なんか凄い展開になってます。

いや、どーせ見合いで冬富士登った回数くらい女性に振られた私にとっちゃ、そんなの(以下省略)

 私怨はさておき、注目すべきは結婚目前のカップルに微妙な陰をおとすガイド役、ダトを演じているのが、グルジアを代表する高所クライマーBidzina Gujabidze。エベレストはじめ8000m峰を幾つか登頂している現役クライマーとか。

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中央の人物が山岳ガイド・ダトを演じるBidzina Gujabidze

 まったくの素人さんが演じていながら各方面から映画は高評価を受けているわけで、女性監督Julia Loktevのあっぱれな所です。

 ロシア出身で子供の頃アメリカに移住したJulia Loktev、この映画ロケはかなり過酷だったようで、山岳地帯ではBidzina Gujabidzeが登山家としの能力を発揮してフォロー。
 ある日、雨天の中Gujabidzeは監督らをテントの中に寝かせ、自分はシートにくるまって寝ようとしていたところ、見かねたJuliaが自分たちのテントに誘い、2人用テントに3人で夜を過ごした事がJulia Loktevにとって強く印象に残ったようです。
 映画製作の苦労話、逸話などなど、Julia Loktevのインタビュー記事を、ウォールストリートジャーナルが興味深い内容にまとめています。

Julia Loktev Takes Her Chances Into the Wild by The Wall Street Journal 2012.10.21

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子供達と化石を掘る。「地球の歴史探検隊」

山形県朝日少年自然の家の企画事業『地球の歴史探検隊!』にボラスタッフとして参加。

 約700万~800万年前の太古、ここ月山周辺は浅い海だった。
 1978年、渇水期の最上川河床で地元の小学生が偶然発見したのが、ヤマガタダイカイギュウ。18世紀に乱獲で絶滅したステラダイカイギュウの祖先といわれる。
 その発掘現場を見学した後、朝日町某所にて化石掘りをする、という企画。

 この化石掘りの場所、某企業のご理解を得て私有地を開放してもらっているため、普段は立ち入ることができない。また化石掘りというテーマは絶大な人気があり、プログラム発表からすぐに定員一杯になる人気行事。
 参加者のほとんどが親子連れで、サポーター(ボランティアスタッフ)としては幾分気が楽なのだが、山の中に入ること、ハンマーとタガネを年少者が使うため、油断はできないところ。

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集合・出発場所の大江町公民館で、ヤマガタダイカイギュウの模型を前にレクチャーを受ける。
今回は山形県立博物館から羽根田先生、伊藤先生を講師に迎えて説明を聞く。

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バスで大江町「用」地区に移動、ダイカイギュウの発掘現場を訪ねる。

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残念ながら、今朝までの雨で最上川も増水、発掘現場は水の中。

そして皆お楽しみの化石発掘現場へ移動。

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さてさて、今年はどんな化石が出てくるかな?

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地道にハンマーで土壁(シルト層)をコリコリやっていると、でてきました二枚貝。

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二つ目の化石、ポッカリとこんな風に姿を現す。

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慎重に周囲の土を払い、取り出します。羽根田先生から鑑定受けた結果、「シラトリガイ」とのこと。
約700万年前の貝ですね。今の学説では、アフリカあたりで類人猿が歩き回っていた頃です。

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先生のまわりは鑑定待ちの子供でいっぱい。
子供達のドキドキワクワク感と好奇心が見ている方まで伝わってきます。

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この場所では大物としてはウニの化石、昨年は魚類の骨がでてきたのですが、今年は「シモトメチシマガイ」を発掘した子供が3人。この葛沢シルト層では希少種だそうな。

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現場近くには見事なナメコの群生。
なにぶん企業の私有地のため、みんなで眺めるだけです。

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朝まで激しい雨、フリースを着込む低温でしたが、化石掘りに入る頃から天候が良くなる。
子供達の集中力が途切れる前に化石掘りは終了。
青空の下、草原でランチタイム。親子連れの皆様には良い昼食タイムでした。

プログラムを終え、大江町公民館で解散、自然の家に戻りスタッフ反省会。
ここで論議になったのが、参加者から「もっと化石掘りをしたいんですが、他に化石が採れる場所ありますか?」と質問が出たということ。

 実は山形盆地周辺、化石が採れるところはあるが、たいてい私有地。道路際の法面もあるが、土砂をちらかしたり防災上の問題もあるため、むやみやたらに掘ることはできない。
 また化石を含む地層が硬質だったり、含まれる化石数が少なかったりする。(自然の家が毎年利用している場所では、参加者全員が化石を掘り出している。)
 シルト層で子供でも容易に掘りやすく、また参加者全員が掘り出せるほど豊富に化石を含む地層は貴重だよね、という話になる。

 当ブログを始めた頃に時折書いているが、今の日本の環境教育、どちらかというと観察対象は樹や植物に偏っている。最近になって「ジオパーク」が知られ始めているが、地学に関連した事柄はまだまだスポットライトを浴びることは少ない。
 化石採集は子供達の興味を非常に引きつけるプログラムなのだが、残念ながらそれに適した場所が少ないということを痛感させられる議論でした。

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朝日少年自然の家を囲む木々は見事なまでの紅葉。(私のデジカメではその美しさが表現できていません。実物はもっと綺麗な赤と黄)
里にも紅葉が降りてきて、冬はもうじきのようです。

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【速報】第7回ピオレドールアジア、中・韓クライマー共同受賞

2012年11月9日夜、韓国ソウルで開催された第7回ピオレドール・アジア選考会の結果、

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(左よりLee Shuang、Zhou Peng、キム・チャンホ、月刊『人と山』代表ホン・ソクハ各氏)

ヒムジュン(Himjung 7140m)南西壁からアルパインスタイルで初登頂したキム・チャンホら2名、

中国チズ峰(嘉子峰 6540m)北西壁「自由之舞」ルートをアルパインスタイルで開拓したLee Shuang(李爽)、Zhou Peng(周鵬)、故Yan dongdong(严冬冬)3名

これら2隊の共同受賞となりました。
韓国メディアでは各山岳メディアよりも速く中央日報が伝えています。

キム・チャンホ、チョウ・ペン、リ・シュアン、第7回ピオレドールアジア賞共同受賞 by 中央日報2012.11.9

 韓国を代表する高所クライマー、キム・チャンホ氏はさておき、中国のクライマー達が受賞に輝いたのは、台頭する中国のアルパインクライマーの勢いを象徴する出来事だと思います。
 今回の受賞は中国戸外資料網はじめとする中国のクライミングサイトでは未だ取り上げられていませんが、過去にも「中国人クライマーがピオレドールを受賞するのはいつなのか?」ということが話題になっておりました。
 今回の受賞により、彼の地でのクライマー達には大いに刺激となるでしょう。
 白人にしか興味のない日本の山岳メディアはほとんど報じていませんが、ここ最近の中国のアルパインクライマー達による、中国の4000~5000m峰におけるクライミングでの活躍は注目すべきものがあります。

 ここのところノミネートされるクライマーも固定化されてきた感のあるピオレドール・アジア。
 中国人クライマーの参入が、アジアのアルパインクライミングに活力を吹き込むものと、私はみています。

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デナリ スロバキアダイレクトルート

 今夏、イギリスのアンディ・ハウスマン、ニック・ブロックらが登攀したデナリ南壁スロバキアルートの動画が9月に公開されました。

ロクソノやら書籍や写真でしか見たことありませんでしたが、映像ですとまた鮮烈ですね。

参考サイト

Slovak Direct, South Face of Denali Andy HousemanBlog 2012.7.5

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風の長井葉山

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 視界も効かないガスと雲の下、冷たい暴風。
 クライアント達と「奥の院」から足早に下山、山頂小屋にて休憩をとる。
 
 本日は、朝日連峰の南端、長井葉山(1237m)をガイド。
 高気圧の張り出しを期待したものの、入山して稜線に上がったところで冷たい強風となる。
 
 先月の虎毛山の失態を精神的に引きずったまま日数は過ぎていった。
 幾つかガイド依頼も頂戴したが、私の日程と折り合わず依頼を見送っていた。
 
 考えこんでも何かが変わるわけでもなく。
 ちょうど文化の日の連休に長井葉山のガイド依頼を頂戴し、引き受ける。

 ガイド山行前夜は、テナーサックスのバッハ「無伴奏チェロ組曲第1番」を何度も繰り返し聞きながら、パッキング、ガイディングのシナリオを練る。

 今回の依頼は長井葉山、「おけさ堀」ルートから「白兎尾根」を下降する企画だ。
 「おけさ堀」ルートは1600年頃に開拓された「朝日軍道」にほぼ重なる。
 馬が通れるように開かれた道で、緩やかな勾配の道がつづら折りで延々と続く。さらに長井葉山は稜線が台地状でほぼ水平の道が続く。
 様々なレベルの人間が集うツアー登山、初心者には脚への負担が少ないが、健脚者にはもどかしいまでの道のりになる。
 あまりに緩やかで特徴的な地形もない、現在位置がわかりにくいルート、クライアントが知りたいのは現在位置と所用時間。ポイント毎に「ここから小屋までは◎◎分です」「今、小屋まで▲分のところまで来ています」「あと●●分で下山口です」とマメに行程所要時間を伝えることを心掛ける。

 強風の中、奥の院に到達。
 風と低温のため写真撮影の後は早々に戻り、小屋へ。
 ちょうど小屋では-地元の方であろう-単独行の男性登山者が薪ストーブを炊いていてくれたおかげでクライアント達は温かく休憩することができた。

 男性は自分で採取したという茸で味噌汁を作っており、それがツアーの女性客のハートを直撃。
 白兎尾根を下山中、やはりキノコ取りの地元の方とすれ違い、ハケゴの中のキノコが主婦の皆様のハートを直撃。下山中も、後ろの女性客の会話からは「ナメコ・・・」「キノコ・・・」と会話が漏れきこえる。
 ガスで全く視界が効かない頂よりも、ナメコの印象がよほど強かった様子でありました。
 
 本日の日の入りは16時36分。
 仕事で先週は長井市に滞在していたが、曇天では16時で薄暗くなる。
 日没も考慮に入れて下山し、クライアント達の脚力も揃っていたおかげで、16時前には下山。

 帰路のバスの中。
 今回添乗でお世話になったSさんのバリバリきめ細かいアナウンスを聴きながら温泉経由で山形市へ向かう。
 バスの中では、座席の近い方から登山靴の手入れ方法や雪山用具の購入などについて相談を受ける。
 幾度かツアーを重ねるうちに、常連の方からも顔を覚えられてきていた。

 いろんな相談を伺っていると、思う。
 メディアやネット上では散々な言われようのツアー登山ではあるが、やはりツアーをきっかけに山を始める人々が存在する。
 登山用具のイロハについて相談を受けるということは、登山文化を伝える役割の一端を担っているのだ、ということ。そしてそれに応えるためには、今持っている知識に留まるだけでなくて常に最新の情報と知識を身につけなければならないんだ、と。
 
 山形市内でクライアントの皆様とお別れ、帰宅。

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本日カミさんが用意した夕食は偶然にもナメコ汁。栽培モノだけどね。

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ご近所からのもらいもので、菊の花のおひたしも食卓に。
冷たい強風に吹かれた、晩秋の山の帰りの私には色も鮮やかでした。

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ガイドネタ

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朝日軍道の通る山、また地元の人が開削したいくつもの「堰」で知られる長井葉山。
山頂にはお社が二つあります。
ガイドブックには「葉山神社」としか書いてありませんが、下から見て左側のお社が葉山を祀った「葉山宮」、右側のお社が月山を祀った「月山宮」です。

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キム・ジャインちゃん、彼氏いない歴9ヶ月らしい。

日本全国一億人のキム・ジャインちゃんファンの皆様、こんにちは。
なななななんと、キム・ジャインちゃん、彼氏いない歴9ヶ月らしい。

クライミング・クイーン、キム・ジャイン「登る時も化粧には気を遣ってます」 by 韓国経済新聞2012.10.17

以下記事引用開始
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K1 一見、冷たくて荒々しいが、ふところに抱かれれば温もりが感じられる。
 幼い頃から岩壁にはそんな風に接していた。ホールド(人工壁についた手がかり)を一つずつ捉えながら登るスリル感は、何よりピリッとしているし、完登した快感は言葉に出来なかった。

 両親の影響でスポーツクライミングの世界に踏み入ったキム・ジャイン(24,ノースフェイス・クライミングチーム)は世界を征服した。今シーズン、リード部門の世界ランキング1位に復帰しプライドを取り戻した。また韓国スポーツクライミング史上初めて、国際スポーツクライミング連盟(IFSC)世界選手権で総合優勝する成果を上げた。
 
 キム・ジャインはスポーツクライミングの伝導師となった。少数の人々が楽しむレジャースポーツとみなされていた競技は、彼女によって大衆に広まった。彼女の影響で最近は人工壁を探す人が増えた。

「スポーツクライミングを楽しむ人口が増えて何よりうれしいです。特に20~30代の方がたくさん訪れてきて、幼い友人もスポーツクライミングの面白味にハマっています。」

世界選手権で女子選手では唯一人、二種目で決勝

 長い国際大会を終えたキム・ジャインは今月初めしばらく国内に帰っていた。今シーズン最も大きい大会である世界選手権が幕を下ろしたが、さらに4大会が控えていた。キム・ジャインは先週中国のシーニンで開かれたワールドカップシリーズに出場、リード部門で銅メダルを獲得した。
 先月16日(以下韓国時間)パリで開かれた世界選手権大会では、総合優勝を達成した。自身の主種目であるリード部門では銀メダルを取得した。昨年に続き金メダルを惜しくも逃したが、ボルダリングで決選に進出、総合1位となった。

「リード部門1位を狙いましたが、ボルダリングで決選に出場できて、とてもうれしかったです。予選では20位(20位まで準決勝進出)になって、準決勝に進出しました。そして決選まで出場しましたが、女子でリードとボルダリング全てで決選に進出した選手は私しかいませんでした。このような成果が総合優勝につながったようです。」

K2

 韓国スポーツクライミングの歴史を書き換えた彼女は、一週間後に開催されたベルギーのワールドカップ・リード部門で優勝した。そして今月の初めアメリカ・アトランタで開催されたリード部門ワールドカップ5次戦で金メダルを首にかけた。今シーズンのキム・ジャインは3つの大会で続けざまに頂点に立った。

「昨年と比べて身体的には困難な点はありませんでした。でも精神的な部分はそうではなかったんです。シーズン序盤は思ったより成績があげられず大変でしたが、世界選手権大会をきっかけに、上昇の勢いが続きました。」

 シーズン終盤に入り込んだ現在のキム・ジャインは3大会を残している。特に来る19日から木浦(モクポ)国際スポーツクライミングセンターで開催されるIFSCリード部門ワールドカップ7次戦に出場する予定だ。15才の幼い頃、初めて国内一般部門で優勝したキム・ジャインの足跡は木浦(モクポ)まで続いた。

K3
▲キム・ジャインが常に持ち歩いているMP3プレーヤー。「楽しく完登しよう」というフレーズが印象的だ。


この頃は「悪い」男が流行っているようですが、「いい人」に魅力を感じます。

 スポーツクライミング選手のスケジュールは、大会出場で休む余裕がない。忙しい渦中にも学業に熱心な彼女は、今年2月高麗(コリョ)大学を優秀な成績で卒業した。世界ランキング1位でありながら激しく競争している時も、ほとんどの科目で高い成績を納めた。

 学業に対する情熱が強く、大学院でスポーツ心理学を勉強している。だが、下半期に集中している国際大会出場のため、現在は休学状態だ。クライミングで激しい死闘が終わった後、教科書と格闘するキム・ジャインの楽しみは「食べること」だ。一週間の時間が与えられれば、やりたいことは何かと尋ねた質問に彼女は、「まず食べたいです」と笑った。

「今朝もステーキを食べました。(笑)食べることならなんでも、肉類が特に好きで牛肉が最も好きです。羊肉も好きです。国際大会出場のために沢山の国を訪問します。それで色んな食べ物に出会えて、どんな食べ物も好き嫌いなく美味しく食べます(笑)。中国に行くと食事が合わなくて苦労する方がいらっしゃいます。でも私はそこでも食べ物によく順応しました(笑)。」

 時間があれば美味しい店を紹介するブログを検索することが趣味だ。気に入る所が見つかれば、訪ねて行ったりもする。ファッションにも関心が高い彼女は、「他の20代の女性のようにファッションに関心が高い」と明らかにした。

「普段運動している時はスポーツウェアがいいんですが、日常ではオシャレするのが好きです。女性的で洗練された服が好きですが、いかにも王女様風の服はダメですね(笑)。競技をする時も化粧にかなり気を遣って出場してます(笑)。」

K4
▲「現在シングル9ヶ月目」と率直に明らかにした彼女は「全体的に善い人にひかれる」と打ち明けた。
(訳者注:「シングル」とは韓国語のスラングで彼氏・彼女がいない事をさす)

「「悪い」男が流行っているようですが、私は「いい人」が良いです。全体的に善い印象の人に好感が持てる方ですね。容貌を見る目はそんなに高くありません。でも良識がない人には好感を持ちません。優しくてキメ細かく、献身的な男性が良いです。また、私の周囲の人々とよく気があって私と多くのことを共有できたらいいですね。クライミングが一緒にできると、なおいいですね(笑)。」

 両手の指紋が無くなるほどクライミングを続けた彼女は、岩の如く変わらぬまま走り続けてきた。身体が許すまでクライミングを続けたいというキム・ジャインは、「スポーツクライミングでのライバルは順位を争う仲だが、同じルートを登るパートナーと同じ」という言葉を残した。
チョ・ヨンジュン記者
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以上引用おわり

・・・朝からステーキ・・・いい人と同時に胃腸も強くなければダメな気がする・・・

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【あの人は今】 テレンス・ヒル Terence Hill

あ~今日もバリバリの土木作業で疲れたぜ~
帰宅して仮眠とった後、いつものごとく海外の登山サイトをチェック。

あれ?
イタリアの登山サイト「Montagna.tv」にテレンス・ヒル(Terence Hill)の名前が。

え?
テレンス・ヒルをご存じない?

テレンス・ヒルつったら、あーた、
6
マカロニウェスタン『皆殺しのジャンゴ』の主人公ジャンゴを演じたイタリアの俳優ですがな。

1
妻を殺され復讐に燃えるガンマンを演じていました。
この『皆殺しのジャンゴ』(皆殺しっつータイトルがまた凄えよな)、

4
悪者に拳銃をはじき飛ばされ、「銃口を自分に向けて銃を渡せ!」と追いつめられますが、

5
拳銃を放り投げるふりをして手の中で拳銃を回転させ、悪者の顔面を撃ち抜くという、ガンマニアには知られた映画なんでございます。

3
こんなエグい復讐のガンマンを演じたテレンス・ヒル。
『皆殺しのジャンゴ』公開が1968年、それから約40年経過した2012年の今、

9
テレンス・ヒル、いまだ馬に乗ってます!
まだまだ俳優として現役、イタリアで放映された『Un passo dal cielo』(天への道)というテレビ映画が大ヒット、新にセカンドシーズンとして続編が製作され、そのドラマ製作にはイタリアを本拠地とするグリベルが協力している、というニュースがMontagna.tvに掲載されていたのでありました。

Un passo dal cielo, Terence Hill torna in tv in cordata con Grivel by Montagna.tv 2012.10.27

まずは『Un passo dal cielo』のトレイラーをご覧下され。


ドラマの舞台は南チロル、雄大なドロミテ山群。
物語はドロミテの森林警備隊の活躍を軸に、大自然と人々、ロマンスとコメディも加味したドラマのようです。
で、テレンス・ヒルは森林警備隊の英雄的な隊長を演じています。
10

8
1939年生まれのテレンス・ヒル、アクションシーンも体当たりでこなしていますな。
舞台がドロミテだけに、クライミングシーンもいくつかありますな。

 今回のMontagna.tvの話題で印象に残ったのは、かつてのマカロニウエスタンの俳優が今だ現役バリバリでヒーローを演じているのが私には嬉しいのである。ちなみに私はハリウッドの清く正しく美しくな「西部劇」よりも、巨乳の女と血と暴力の「マカロニウェスタン」の方が好きだっ! ジェンマは今は彫刻家らしいし、イーストウッドは監督業専念してるみたいだし、一番好きなリー・ヴァン・クリーフはもう亡くなったし。

 なにより特筆すべきなのは、ヨーロッパアルプスといえば日本の山岳メディアの偏向報道で「岩と雪」しか知られてないんですが、こういった「森林警備隊」にスポットをあてたテレビドラマがあるということなんですな。
 日本で放映される海外テレビドラマといえば、甘ったるい韓ドラか、陰謀と策略またはお笑いのアメリカの番組ばっかなんですが、頭腐ったタレント共の内輪話で盛り上がっている特番放映するんなら、こういった大自然を背景にしたドラマも放映してくれ~。

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