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【訃報】モーリス・エルゾーグ氏、逝去 その光と影

 1950年、人類初の8000m峰登頂をアンナプルナ1峰(8091m)で達成したフランスのモーリス・エルゾーグ氏が12月13日、老衰のため亡くなりました。93歳でした。

Décès de Maurice Herzog by kairn.com 2012.12.14

モーリス・エルゾーグ、死去 by ウェブサイト 雪山大好きっ娘。+様 2012.12.15

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アンナプルナ登頂直後のエルゾーグ氏

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晩年のエルゾーグ氏

 アンナプルナ初登の代償として重度の凍傷で手指を切断、登山から引退後はフランスのスポーツ大臣、シャモニ市長、IOC委員を務めてました。

 日本の登山者の皆様にとっては、なんといってもその著書『処女峰アンナプルナ』が全てでしょう。

 しかしその一方、エルゾーグ氏にはダークな話題がつきまとっていました。
 アンナプルナ登山に関する書籍出版の権利を巡っての遠征隊メンバーとの確執がありました。
 フランスの著名な山岳ジャーナリスト、 Yves Ballu氏が自身のブログで明らかにしていますが、『処女峰アンナプルナ』の著述内容についても、ガストン・レビュファが不満を抱いた箇所に書き込みしたページを公開しています。
 
 スペインの登山サイトDesnivelのエルゾーグ氏追悼記事には、2010年に取材されたエルゾーグ氏インタビューが掲載されています。
 レビュファ氏について問われたエルゾーグ氏は、

 『しかし彼は「異邦人」でしたね。たしかにいい男でしたが、距離をおいていました。本質的に、彼は北欧の人間ではなく地中海、マルセイユの人間ですからね。』
 
と、冷めた見方をしています。それも、出版物を巡る確執が裏にあったのではないか、と私は個人的に推測します。ちなみに『処女峰アンナプルナ』の冒頭、メンバー紹介でも 『ガストン・レビュファは、山男としてはけがらわしい生まれというわけだが、ガイドなんだから、なおさらのことだ。かれは海辺で生まれたのだ。山案内人組合は、かれからこの汚点を洗い落とすのに、ずいぶんひまがかかった。』と、ユーモアにしては随分ときつい表現で書いています。(日本語訳は近藤等氏)

 山岳ジャーナリストの江本嘉伸氏が話題にしていますが、登頂写真のこともエルゾーグ氏のもうひとつの顔を象徴しています。

 エルゾーグの登頂写真といえば、ぼやけた感じで小さなフランス国旗を掲げている写真を皆さんご記憶でしょう。
 しかしながら、アンナプルナ頂上で撮影されたエルゾーグの写真はあの一枚だけではありません。

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左端が日本人読者にもおなじみフランス国旗を掲げたエルゾーグ、左から二枚目もフランス国旗、真ん中がフランス山岳会旗、そして右の2枚のショットは、エルゾーグ自身が幹部として勤めていたタイヤメーカーKléber Colombes社の社旗。(画像出典:Yves Ballu氏ウェブサイトより)
 邦訳の『処女峰アンナプルナ』登頂シーンでは、フランス国旗と山岳会旗を持ってきていたという記載はありますが、勤務先の社旗については触れられていません。ラシュナルがエルゾーグに対してイライラしながら「気でも狂ったのか?早く降りよう」と急かす状況だけ描かれています。

 『処女峰アンナプルナ』に文学性を感じ、感銘を受けた方には申し訳ありませんが、エルゾーグは登頂という成果を 最 大 限 に 「 利 用 し て 」 社会進出を果たしたともいえるでしょう。

 もっとも、それが1950年のアンナプルナ隊に加わったクライマー達を貶めることにはなりません。
 31歳の若きリーダー、エルゾーグに率いられた面々に、フランス山岳会ヒマラヤ委員会から与えられた任務は

「ダウラギリとアンナプルナ、未踏の8000m峰あるんだけど、どっちか選んで登ってな。ちなみに参考資料も地図もなんも無くて、山麓までのルートもよくわかんないから、現地で調べてがんばってね。じゃ。」

 という、今では考えられない未知の世界に踏み込まなければならない登山でした。
 そんな未知・未踏への憧れ、そして人類初の8000m峰登頂を果たした記録について、世界各国の山屋が熱狂したのも当然といえましょう。

 エルゾーグの記した『処女峰アンナプルナ』の内容に関してはその後も議論が沸き、最近も当ブログでとりあげましたが、娘であるフェリシティ・エルゾーグ女史が「登頂は偽りではないか」というテーマで私小説を書き話題になりました。
 光だけでなく影も多いエルゾーグ氏ですが、そのインタビュー内容は登山から早く引退したとはいえ、山屋の風格を感じさせます。91歳で宇宙への憧れを語り、前述のスペインのDesnivelのインタビューは、こう締めくくられています。

Q.今までの人生に満足されていますか?
エルゾーグ.もちろん。私は自分の人生にとても満足していますよ。

(原文:
 Q: ¿Ha merecido la pena todo lo que ha vivido?
 A: Por supuesto. Estoy muy satisfecho de la vida que he tenido.)

登山史を飾った偉大な先達のご冥福を祈ります。

当ブログのエルゾーグ氏に関する過去記事
あの人は今 モーリス・エルゾーグ(Maurice Herzog)
英雄 ~山で何が起きたのか、誰も知らない~

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