上温湯隆は伝説なのか
Facebook経由で、ある出版社の方が上温湯隆の記録本『サハラに死す』を「伝説の・・・」と形容している記事が目にとまった。
上温湯(かみおんゆ)隆とは、1975年、単騎ラクダによるサハラ砂漠徒歩横断中に渇死した青年である。
その手記は長尾三郎氏により『サハラに賭けた青春』、『サハラに死す』の2冊の書籍として出版され、世界を目指す若者たちから絶大な支持を得た。
聞くところによれば、山と渓谷社から『サハラに死す』が文庫版として復刊されたという。
嬉しい限りである。
しかし、この本は『伝説の』として語られる本なのか。
私はそこにひっかかってしまう。
もちろん「伝説」と形容した出版社の方をうんぬんというわけではなく、『サハラに死す』という書籍が「伝説の」として語られることに、寂しさを覚えるのである。
多賀城から一時帰宅、ある山の資料を得るため実家に立ち寄る。
実家の書棚には、高校生時代、何度も何度も読み返した2冊がある。
出版元はなんと時事通信社。
2冊とも、遊牧民の服にサングラス姿の上温湯隆を表紙にあしらっているが、『サハラに死す』では上温湯のサングラスがひび割れ、その最期を暗示しているかのようなイラストで芸が細かい。
私の上温湯隆に関する評価は当ブログで以前、【映画】イントゥ・ザ・ワイルド バカは勝手に死ね。 に書いた。
それは今も変わらない。
上温湯隆は、様々な将来の夢を抱きながら、サハラ単独横断という冒険の途中で死んだ。
高校時代、この書籍を何度読み返したろう。少なくとも、復刻版の解説を務めた角幡氏よりも読んだ回数が多いことは間違いない。
上温湯隆は若くして死に、永遠に青年のままである。
私は海外登山を経て、人の「死」に間近に接し、会社に勤め、家庭を持ち、高校生の頃とは考えも変わってしまった。
死んだらおしまい。
それが私の上温湯隆に対する評価であることに、変わりはない。
その一方で、書籍『サハラに死す』、『サハラに賭けた青春』の輝きもまた、変わらないと思う。
そんな書籍が復刻版として、かろうじて読み継がれている。
ふりかえれば、70~80年代にかけ、多くの若者達の冒険・探検の記録が単行本として出版されていた。
ある者は手こぎボートで太平洋横断をめざして。
ある者は当時誰も成し遂げていないオーストラリアの自転車横断へ。
ある者は未踏の雪と氷の頂へ。
そんな書籍が書店や図書館に置いてあったものだが、今はもうそのほとんどが絶版である。
利益を上げなければならない出版業の世界では仕方のないことなのかもしれないが、現在ではもはや図書館でもそれらの書籍を探すのは困難である。
彼ら冒険者たちの足跡は、『地平線会議』の発行物でわずかに記録されているにすぎない。
インターネットも無く、情報も容易に得られない時代、身体を張って海外に飛び出した若者達の記録が現実として失われつつある。
『サハラに死す』復刊の情報を知り、そんな事を思った。
追記:
サハラ横断本ではやたらと『サハラに死す』が持ち上げられているが、上温湯隆に影響を受けた同志社大学探検部の若者2人が1978年に挑戦した記録『サハラ横断-苦闘の4150キロ、178日』もオススメである。 飯田望、児島盛之の両氏のサハラ砂漠への思い入れ、先輩・後輩という立場を越えた衝突など、読み応えのある一冊である。
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