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韓国の哲人、キム・チャンホ

P00 韓国の月刊「人と山」誌13年1月号に『韓国山岳界の未来を問う』という連載が始まりました。
トップバッターとして取材を受けたのは、2012年ピオレドールアジア受賞者のキム・チャンホです。
同誌では三つの記事に分けてキム氏を取り上げているのですが、そのうちの一つ、キム氏と知り合いでもあるイム・ソンムク記者とのインタビュー記事がwebで公開されました。
 同月号の表紙を飾るのは、背景にカップルの姿を配した街角に立つキム・チャンホ。
 この表紙の意味するところは、インタビューの内容を読めばさらに感じ入るところがあるでしょう。

 私が韓国の登山学校で学んだ2005年以来、韓国の山岳メディアはマメにチェックしていますが、表舞台に登場するのはいつも「8000m14座」のタイトルを巡る高所クライマー達でした。
 キム・チャンホ氏の存在はアルパインスタイルでビッグウォールを陥すクライマー、ナンガ峰ルパール壁を登ったクライマーとして注目していましたが、韓国メディアに華々しく登場することはありませんでした。
 グレートトランゴ北東壁、ガッシャブルム4峰東壁を登り、2005年にナンガ峰ルパール壁を登ったキム氏は、2006年を境に高所登山のピークハントに専念、「ビッグウォールクライミングの裏切り者」とまでささやかれる程でした。
 インタビュアーのイム・ソンムク記者にも「彼のアイデンティティーは何なのか聞いて欲しい」と多数の催促が寄せられたというインタビューは、韓国人クライマーにおいても貴重な記事のようです。
 
韓国山岳界の未来を問う トップバッター、キム・チャンホ by 月刊「人と山」2013年1月号

以下記事引用開始
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P0

韓国山岳界の未来を問う トップバッター、キム・チャンホ
イム・ソンムクが聞き、キム・チャンホが答える

「無酸素エベレスト・ローツェ縦走であれば満足するだろうか?」
「流れる川のように海にたどり着けば、はっきりと浮かび上がる私が存在する」

文/イム・ソンムク記者、写真/ジュ・ミンウク記者

P1

Q.高所(登山)を選択した理由は何でしょうか?ビッグウォールクライミングに専念していたのではありませんか?その頃の事はいかがでしょうか。

 人ですね。外せないのは、「人」ですよ。光州チームから遠征計画の提案を2000年代初めから受けていました。釜山チームとの遠征はホン・ボソン隊長の要請で2007年にk2から一緒でした。ヒマラヤの旅程が決まったバスに、一人で乗り込んだ私です。兄弟のような隊員達との力を合わせてパーティーを組み、平凡さの中に新しさを追求しました。結局、「キム・チャンホ」と浮かぶ何があるんでしょう。14座完登、もうエベレストだけが残りました。ここを無酸素で登り、意味のあるゴールとしたい。しかし身を震わせて壁と私が対峙するクライミングが、やはり私の道ですね。過ぎ去った過去に恥ずかしくないように、駆け抜けてきました。

Q.30代半ばまで自活していないことに対する他人の視線、経済的困窮が足かせではなかったですか?意図せずとも、登山の結果による利益を望みませんでしたか?

 カラコルム山脈探検3年目、死ぬ思いで「峠」を何度も超えてきました。強盗に遭い木にロープで縛られ、銃声も聞きました。心穏やかならず出発できないことも、幾度もありました。独りぼっちで、カメラやテントに向かい話しかけて氷河を歩き回ってました。ある晩、夢の中に母が出てきました。気を付けろと言ってましたよ。クレバスに落ちて死ぬと思ったその日、母も息子の夢を見ていたんですね。ぞっとするような記憶は胸にしまい、前人未踏のカラコルム踏査を終えて山頂に登りました。世界が私のものでした。服を脱ぎ捨て、カメラと共に踊りまくりましたよ。(しばらく沈黙) その時、名前もわからない氷河で死んでも良いと考えました。私の意思がそうでした。いったい、何を考えていたんでしょうね。

Q.ヒマラヤに向かった20年は過去の旅ですね。一番大変だった時期は?

 30代後半まで自活できない息子で、母に叱られたりしました。2時間ほどずっとひざまずいて説教を聞いたことも多いです。他人の視線もプレッシャーでした。当時の収入は出版社から引き受けた原稿料30万ウォンが全て。その金を惜しんで海外の資料を買って、交通費程度は残る。交通費が無いときは、金浦空港近くの実家まで7時間かけて歩いたこともあります。一度は出版社の先輩に家に行く交通費を借りたりしました。その日も結局自宅まで歩いていきましたが、真夜中に漢江を渡るとき、胸が詰まる思いでした。川の流れを眺めながら考えました。海に行こう。物資の欠乏だけが困窮か?夢に向かって進むのは悲惨、困窮ではない。世間の尺度から計られることに対して耐えられた、原動力でした。

Q.人々にアピールするには、「最高」というキャラクターが必要です。功名心は無かったんですか?
(質問が終わる前に鋭い目つきがきつくなる。プライドに触れる時に出る癖である。)

 よくわかりません。私のクライミングの方式。14座完登を望んだとすれば、タイトルを付けるのが好きな韓国の登山界で、最後に残ったエベレストを今年登頂していれば、世界最短期間(5年10ヶ月、以前の最短時間完登はククチカの7年11ヶ月14日)完登者になっただろう。釜山チームと行動を共にするために、既に登っていたガッシャブルム1峰、2峰、そしてナンガパルバットを再び登りました。それは仲間達との「愛」ですよ。有名になろうと危険を克服する、これくらい惨めな人がどこにいますか!

Q.ほとんどの登山家は垂直の冒険人生を歩んでいく。水平の人生で安定を望むのは、他の見方からすればこれまた当然だ。あえて水平の世界でも極限に望もうとする理由はなんですか?大自然の危険と苦難が続くとき、普通の人間なら堪え忍ぶことすら難しい。死ぬこともある。

 ネパール政府が2001年と2002年に新に解禁した103座のピークに関心を持って分析した登山家がいましたか?いない。韓国登山界の現実です。
 ヒマラヤ登山は学術的な研究からアプローチする必要があります。そして現場での登山は、自分の内面に存在する情熱を、山という舞台で全身で表現する芸術行為だと私は思います。ヒマラヤ登山史は探検から始まった。水平の探検を通じて垂直の情報を得た。
 韓国のクライマーが一番不足しているのは何だと思いますか? どうしてテレイサガール(6904m)だけ登ろうとしたのか。(訳者注:テレイサガール北壁で韓国人クライマーの死亡事故があり、幾度もの挑戦の末、韓国人クライマーによって登られた経緯がある)他の山も数え切れないほどあるのに・・・
 理由は単純です。知らないからです。カラコルム踏査もその延長で探検した。中国、四川省、青海省、そしてネパールヒマラヤと多くの踏査を終えてチベット、インド等の探検を継続する計画です。危険が無いならば、それは果汁の抜けた果物と同じだ。

Q.スポンサーを受ける立場で、経済論理が定着した現在韓国のアルピニズムは、「純粋の典型」でも「商業化の見本」でもない、曖昧なポジションにある。問題点はないと考えますか?

 共生関係だと思います。ラインホルト・メスナー、クリス・ボニントン卿たちも支援を受けたし、企業は彼らの成果で認知度をアップさせた。ただ、手段が目的を支配してはいけない。

Q.アルピニストは単に危険と対等に戦うことに魅了されるのではなく、危険それ自体に魅了される。ただ、行為は計算された冒険だ。登頂率が90%を越える。ある者はクライミングパートナーの能力ではないかと推測する。秘訣は何か?

 運七技三だ(笑)。(訳者注:麻雀用語)登ろうとする山の研究、正確なルート選定、登ろうとする意思が一丸となって登頂するのが正道だ。2003年には6000m峰を4座、単独初登した。この時の登攀記のタイトルは「2人が登る手段を学ぶために、一人で登る」だった。私はザイルパートナーが最大限に能力を発揮できるように助け、彼との「共鳴」を楽しむ。また何よりも大切なことは私の心の静けさだ。安定感、安楽、甘さを押しのけてこそ得ることが出来る。生死が身近にあるところでも、登山家は静かでなければならない。実行とは、死にものぐるいで掴まなければならない、また他の極限でもある。頂上にたどり着くカギは、惑わされない心だ。

Q.クライミングの価値判断の問題です。自分だけの登山をするとなれば問題ないが、これを専門誌や学術誌に寄稿すれば評価されるという話だ。

 「挑戦」という命題を抱えた多くのクライマーがヒマラヤで死んだ。賢明なクライマーは世間の評価ではなく、自分の内面を見る。極限突破というドラマのために心血を注ぐ人間の意思は、北漢山を登る障害者からも見ることが出来る。行為者の問題だ。高度、難易度を論じる前に、我々が見つめなければならない焦点は、私の中の純粋性が内面に躍動する登山か、そうでないか、だ。作ろうとして作られるものではなく、隠しても隠しきれるものではない。他の要素のため、必ず成功しなければならないという負担は無かった。執拗に私自身のテーマだけを捉えて登った。死ぬか生きるかは、運命だ。

Q.もう40代半ばになる。身体の変化はありませんか?

 ないことはないですよ。以前には感じられない寒気を最終キャンプで感じました。自然の摂理です。しかし今年、ヒマラヤのナンガパルバットのマゼノリッジ縦走が成功した。50代の登山家が成し遂げた成功だ。示唆するところは大きい。

Q.来春、14座の無酸素登頂が達成されるとの期待は大きい。その後、どんなテーマを考えていますか。

 探検に赴く理由の一つが未知への「愛」だ。新しいターゲットを見つけて登る一連の過程に私がいる。先駆者の道があってこそ、私が新しい道を模索することができる。長い道が終われば、人影の無いところに行きますよ。

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 「成熟して丸くなりましたね、強情さよりも柔らかさが目立ちましたよ。今日はここまでにしましょう。明日山で再び話しましょう。」
 キム・チャンホの探検と登山の同一性も未踏峰ヒムジュン南西壁登攀で既に成果が現れたとすることができる。それでも理解の幅を広げる問答が行き来したのは、彼が韓国の未来を登るオピニオンリーダーとしての見識を発揮するからである。14座完登の有終の美を飾るため、キム・チャンホはイタリアの世界的な登山家シモーネ・モローが二度失敗したエベレスト・ローツェ縦走を心の中に抱いているとした。業績を誇示するならば、酸素マスク無しでノーマルルートを登り韓国はもちろん、有色人種初の無酸素完登者になれば十分である。

P2
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 ある日本の登山家が「革新とは伝統の延長にある」という意味の事をおっしゃってましたが、このインタビューにあるように、長年にわたり地道な現地踏査を続け、その成果としてルパール壁やヒムジュン南西壁の成果がある。今回の記事からは、キム氏が単なるマッチョなクライマーではなく、ティルマンやシプトンといった系譜に連なるタイプであることがわかります。

 「功名心」という点を尋ねられ、

「有名になろうと危険を克服する、これくらい惨めな人がどこにいますか!」

という答えは、20代の若かりし頃、名誉欲に憑かれて山に登った私自身も耳が痛いところですし、「無酸素単独」とやらにこだわってカネ集めに忙しい似非登山家氏もよく耳を傾けるべき言葉でしょう。

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コメント

ひさしぶりに開かせてもらいました。 相変わらず広く深い記事感心しています。 キム・チャンホの記事、興味深く拝見しました。 この「人と山」からの記事、ハングル語ですがご自分で翻訳されたのですか・・・実は7年前から週1回、韓国語教室に通っていますが、今ださっぱりで・・・。
彼の言葉「有名になろうと危険を克服する、これくらい惨めな人がいますか!」の言葉。 然り!です。 今度ソウルに行ったら、彼と飯でもと考えてしまいます・・・連絡先が分かればの話です。 福岡からは時間的にも費用的にも指呼の距離です。

投稿: 村岡由貴夫 | 2013.01.31 16:11

re:村岡様
コメントありがとうございます。

<<この「人と山」からの記事、
ネット翻訳を多用してますが、韓国語は同音異義語が多くマイナーなクライミング用語も多いのでコンピューターもハチャメチャな訳を吐き出しますので、辞書片手にシコシコと訳してる次第です。

ヒマをみて文法書などかじりついてますが、韓国でお世話になっている方も日本語が堪能なもので、ついつい頼りがちになってしまい、全然進歩がありません(笑)

<<今度ソウルに行ったら、
そうですね、過去に北九州に長期滞在していた時は、様々な観光パンフで韓国との「近さ」を感じておりました。

コメント頂戴した本日は山形も久々の快晴でした。
雪に閉ざされる東北ですが、この時期は以前訪れた福岡、英彦山や宝満山、常緑樹の山々が懐かしいです。

投稿: 聖母峰 | 2013.01.31 23:48

ご返事、有難うございます。 幾らネット翻訳とはいえ、それを清書してしっかりした文に手直しするのも大変な作業かと・・・。 キム・チャンホのようなクライマー、というより人間がこの地球上にいるだけでも”救い”です。 紹介していただき感謝しています。 前にもお知らせしたように、僕の故郷が酒田市。 今は福岡ですが、高校卒まで庄内を中心としたこの周辺の山々を駆け巡ったことが、これまでどんなにプラスになったことか。 2月17日まで岩手県大船渡市の3・11写真展をアクロス福岡で私・主催でやっていました・・・支援登山を通じて知り合った方の写真展です。 検索・ご覧下さい。  

投稿: 村岡由貴夫 | 2013.02.19 13:33

追伸
キム・チャンホのハングルのスペル、このブログで表示可能であれば、お願いしたいのです。 以前、こんなハングルのスペルだろうなと、ハングルを書いて検索クリックしたのですが出ませんでした。 4月には駄目もとで3級の韓国語検定試験受ける予定です。
あと、FACEBOOK村岡由貴夫 でも、今回の写真展紹介載せています。 ご迷惑でなければ、ご覧下さい。

投稿: 村岡由貴夫 | 2013.02.19 13:41

re:村岡様
 重ねてのコメント恐縮です。

 キム・チャンホ氏については、私のブログで紹介してない記事も目を通してますが、記録樹立に血眼になる他の韓国の登山家とは異なるものを感じます。
 私も直接面識は無いので、韓国の山岳メディアの記事頼りですが。丹念に時間をかけてヒマラヤを広範囲に放浪・踏査した実績が、現在のキム氏を形成しているようです。

 大船渡の写真展、facebookにて拝見いたしました。遠く福岡からの村岡様の活動に、頭の下がる思いです。
 震災前、そして震災後と建設関係の業務で私も大船渡に短期滞在しておりましたが、その変わりように言葉がありませんでした。

 お問い合わせのキム・チャンホ氏の名前ですが、ハングルでは「김창호」、英語表記では「Kim Chang Ho」、漢字表記では「金昌浩」になります。
(出典:Climbing誌、月刊MOUNTAIN(韓国))
 ご参考までに。

投稿: 聖母峰 | 2013.02.19 23:01

ご返事遅れました。 貴重な追記情報有難うございます。 私のPCにハングル語ソフトをインストールしていますのでハングル語で김창호で検索してみます。彼、いい顔しています・・心から優しい人物に見受けられます。 会ってみたいですね・・・格安航空会社使えば福岡~ソウル往復15000円位でいけますので。ところで5月3日~6日で仕事で福岡ー成田空港=大平山荘・・鳥海山登山・・酒田=大船渡市など被災地訪問・氷上山登山=成田ー福岡で出ます。 鳥海山からは4日に下山、酒田泊です。 もし、お会いできるチャンスがあればいいのですが・・・。

投稿: 村岡由貴夫 | 2013.03.22 19:59

re:村岡様
 
 韓国の報道では、キム氏はベンガル湾から人力(徒歩、自転車、カヌーなど)でエベレストにアプローチして無酸素登頂を計画、出発されたようですので、また吉報を待ちたいと思っています。

 facebookで日頃の御活躍、拝見しております。GWも御多忙の様子、大船渡での活動は頭が下がります。
 5月に山形にいらっしゃるとのこと、私の方は休みが潰れやすい部署に勤務しているものでして、あらためて連絡させていただきます。

投稿: 聖母峰 | 2013.03.24 20:06

「僕の山は戦場だった モンブラン秘話」
 僕が高校の図書館で貪るように読んだあの「白い蜘蛛」のアンデルル・ヘックマイヤーにそのようなことがあった、そのようなことをしたとは、戦争は残酷なものとあらためて思いました。 彼が戦後、実直に告白し、本にして欲しかったと思いました。それによって彼の功績が損なうことはないと思います。

投稿: 村岡由貴夫 | 2015.05.04 00:50

re:村岡さん

 精力的な活動敬服致しております。
 キナバルでの体調、大丈夫でしょうか。

<<そのようなことをしたとは、戦争は残酷なものとあらためて思いました。
 
 ヘックマイアーが呼び戻された1944年、彼が従軍していた東部戦線では既にドイツが敗色濃厚な年。
 アイガー北壁を初登するほどの判断力があるクライマーには、ドイツの行く末はもうわかっていたのではないか。ヒトラーが計画したモンブランにスワスチカ旗を立てるなど愚行であることを、わかっていたのではないか、と私は想像しています。 

<<彼が戦後、実直に告白し、本にして欲しかったと思いました。

ハインリヒ・ハラーもそうですが、戦後のドイツではメディアにおいても鍵十字の表記すら厳禁されるほどナチの存在・関わりはタブーであり、ナチと関わった過去を明らかにすることが我々の想像以上に「困難」だったのではないかと思います。

 ヘックマイア個人について関与したものではありませんが、DAV(ドイツ山岳会)は2012年にユダヤ人排斥、ナチスの宣伝活動・軍事教練をはじめとする戦前のナショナリズムと山岳会の関わりについて展示会を開催しています。
(ブログ記事にアップしなかったのは仕事にかまけてでして、イデオロギーは関係ありません念のため)

 私は正直申し上げて村岡さんにくらべて政治的思想が真ん中より右(笑)なのですが、そんな私でもDAVの展示会の記事を読んだ時に、ドイツ人の歴史を直視する姿勢に感銘を受けた次第です。

投稿: 聖母峰 | 2015.05.05 10:11

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