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事実、真実、人々の記憶

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 3月12日付の記事で、イタリア隊によるK2初登頂のドラマ化を 【テレビ映画】 K2、イタリア人の山 としてとりあげました。
 
 この話題、よくコメントを頂戴する方から某SNSでもとりあげて下さったのですが、「いやはや、ボナッティの一件はどんな風に描かれるんでしょう。」と私が危惧したとおり、番組放映後、イタリアでは議論の的となってしまいました。
 K2初登頂に関わった隊員遺族、関係者から、

 「てきとーに話盛るんじゃねえ」
 「番組製作前に遺族に何の挨拶もねえぞ」
 「今さら昔の話を蒸し返すな」

などなど批判が相次ぎ、イタリアでも著名な山岳映画祭トレント山岳映画祭のディレクター氏もコメントを求められる事態となりました。イタリアの登山・アウトドアポータルサイトMontagna.tvだけでなく、一般メディアも「批判相次ぐ」と報道しています。 

 あまりヒマラヤ登山に詳しくない方も当ブログをご覧になっているようですので、ここで簡単に世界第二位の高峰K2(8611m)初登頂に関わる出来事を当ブログ流に説明します。

 そもそもイタリア隊による1954年のK2初登頂は、登山隊結成前から様々な人間の思惑が絡む登山でした。
 初登頂の前年53年、イタリアを代表するクライマー、リカルド・カシンが張り切って偵察に行きますが、54年の登山隊の隊長の座は、リビアで石油をあてた地質学者アルデート・デシオにかっさらわれてしまい、カシンも相当に凹んだといわれています。
 そして54年、K2に赴いたイタリア隊。

 最年少のワルテル・ボナッティがバリバリ活躍。
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 登山活動で先頭にいたアキレ・コンパニョーニとリノ・ラチェデリが「ボナッティに初登頂もってかれるんじゃね?」と考え、荷揚げ予定のボナッティが届きそうもない、当初予定されていた場所より高い位置まで登りキャンプを設ける。
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 何も知らず頂上攻撃用に酸素ボンベを荷揚げに来たボナッティ。キャンプ予定地に到着しても何もなく、疲れ切った高所ハイポーターと必死のビバークを強いられた挙げ句、ハイポーターは重度の凍傷を負い、下山せざるを得なくなる。
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 コンパニョーニとラチェデリ、ボナッティが必死の思いで荷揚げした酸素をちゃっかり回収、K2初登頂に成功。
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 登山隊は「隊全体の成功」として、登頂者2名の氏名は公表せず、隊の成功のみ発表。
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 登山隊下山後。
 デシオが編纂した登山隊報告書でコンパニョーニが「頂上に着く前に酸素切れちゃってさー、空のボンベで登頂したんだよね。ぬけがけで登頂狙ってたボナッティ酸素吸ってたんじゃね?」と主張、執筆。
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 さらにK2初登10周年の1964年、マスコミが「ボナッティがハイポーターと共に初登頂狙ってたんだよね」と報道
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 さすがのボナッティも激怒、名誉毀損で訴訟を起こし、CAI(イタリア山岳会)と孤独な闘いを続ける
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 50年経過。
 この間、1986年、オーストリアの医師がボナッティの経緯に関心を持ち、酸素ボンベ残量など詳細に検討、K2報告書の疑問点を洗い出す。
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 50年経過した2004年、リノ・ラチェデリが自著でボナッティの証言を認める。
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 2007年、CAI(イタリア山岳会)、ボナッティの名誉回復を正式に認め、公式見解も訂正。
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 2009年5月、アキレ・コンパニョーニ逝去。同年11月リノ・ラチェデリ逝去。
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 2011年9月、ワルテル・ボナッティ逝去

 と、クライマー達の思惑、そして名誉を賭けた訴訟が50年にわたり続いた登山隊でした。
 この登山隊を史実のとおりテレビドラマ化しようとするならば、当然コンパニョーニ、ラチェデリ、そして隊長のデシオも悪役にならざるをえないでしょう。
 番組を製作したRAI(イタリア放送協会)はフィクションであることを強調しながら放映したものの、登山隊隊員の遺族を満足させるものではなかったようです。
 特に「悪役」である故アキレ・コンパニョーニの奥様、エルダ・コンバニョーニは「放映前に一度番組を見せて欲しいと制作者に手紙を書いたが、なんの返事も無かった」と怒り心頭。
 その他、関係者遺族からは「脚色が強すぎる」という旨のクレームが多いようです。

 さて私もイタリア語はチャオぐらいしか知りませんし、とにかく番組視てみたい。
 幸い、RAIは放映番組を放送局ウェブサイトで公開している事が日本のイタリア語学習者には知られています。
 このK2ドラマも公開されるだろうと期待してサイトを閲覧しましたが、番組が論争の的になっているためでしょうか、出演者のインタビューは公開されているのですが、放映された番組自体は今現在閲覧できないようになっています。そこで某動画サイトで本編を閲覧すると・・・

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遅れる仲間をひっぱりあげ、高所でも無類の強さを発揮するワルテル・ボナッティ

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「ボナッティに初登頂もってかれちまうぜ」と、予定キャンプ地からさらに高所に登ることをくわだてるアキレ・コンパニョーニ、ボナッティの事を気に掛けながらもついていくラチェデリ

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「ちょ、ちょ、なんでなんもねーの?なんで2人上に登ってんの?」と空のキャンプ予定サイトで呆然とするボナッティ

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暗闇の中、疲労しきって倒れかかるハイポーターをかばいながらビバークに追い込まれるボナッティ達

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やったぜベイベーと初登頂するコンパニョーニ、ラチェデリ

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登頂シーンでは、当時の実録フィルムも使用されています

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2人の初登頂を呆然と下から眺め、ポーターに声を掛けられるボナッティ

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登頂成功後、喜びにわくベースキャンプで一人孤独に記録をとるボナッティ。
この後、すまなそうな表情のコンパニョーニとラチェデリとの対面がありますが、隊長のデシオが割って入り、あくまでもお祝いムードが続きます。

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登山隊帰国後、熱狂して隊員たちを迎える群衆。
私の推察ですが、番組制作者が訴えたかったことの一つは、54年のイタリア隊K2初登頂がいかに国民に元気を与えたか、というメッセージではないかと思います。

番組は帰国後、愛する家族のもとへ帰る隊員たちの姿を映します。
しかし、その中にボナッティの姿はありません。

P10
ワルテル・ボナッティは独り、岩壁からロープでぶらさがって読書中。
その姿に山々の光景がオーバーラップし、番組は終わります。

番組の最後に、陽気なBGMが止み、静かなピアノの音色と共に字幕が現れます。

P11
そこにはこう記してあります。
『50年以上にわたりワルテル・ボナッティは裁判で争い、K2登頂における事実が認められました。2004年にはCAIの公式見解も訂正され、名誉回復がなされました。』

 このように、ドラマ本編ではコンパニョーニ、ラチェデリらによるボナッティに対する「だしぬき」が正直に映像化されています。
 そのことが実際に何万という大衆の眼に触れる「ドラマ放映」されるということは、コンパニョーニ、ラチェデリ、そしてボナッティの関係者の方々にとっては、安易な映像化、はっきりいえば触れられたくないデリケートな部分であることは想像に難くありません。

 ここまで番組が批判されていることを述べましたが、イタリアのメディアによれば、「山を知らない」一般の視聴者には評判はおおむね良かったそうです。いわく、「今まで私たちが知らなかったイタリアの歴史を知ることが出来た」ということで、ワルテル・ボナッティを演じたマルコ・ボッチも同様の意見を発言しています。
 前述しましたが、番組製作のRAIも放映前から強調していたように、1954年のK2初登頂は、第二次世界大戦の敗戦まもないイタリアでは、明るく勇気づけられる出来事だったのです。

 私は先に書いた記事のとおり、批判は多いけれども、やはり先人が成し遂げた「8000m峰初登頂」という出来事を通じて未知未踏への挑戦がテレビドラマ化され、一般大衆の眼に触れる機会があるということは素晴らしいことだと思います。
 様々な人間の思惑が絡み裁判に発展した登山隊ゆえ、そのドラマ化にはやはり賛否がつきまとうのも当然と思います。

 当ブログでは過去にも幾度か書きましたが、私自身もある遭難報道に巻き込まれ、「事実と真実は違う」ということを登山隊の留守本部で苦労された大先輩から言われました。
 一つの登山にまつわる人々の想いというものを、今回のK2登山隊のドラマ化・放映後の論争報道から考えさせられました。

蛇足ながら、番組の最後、岩場で一人静かにロープにぶら下がり読書するワルテル・ボナッティ氏。
イタリア人の抱くボナッティ像がかいま見えるような、最後まで「山男」「クライマー」として描かれているその姿に、私個人としてはホッとした次第でした。

参考サイト
Quello non è il nostro K2. Parlano Compagnoni, Desio, Rey e gli altri eredi del 1954 by Montagna.tv 2013.3.21
(それは私たちの知るK2ではない。デシオ、レイ、コンパニョーニ他遺族関係者が語る)

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コメント

たいへん興味深い話題をご提供くださり有り難うございました。

投稿: くまたろう | 2013.03.29 09:14

re:くまたろう様
 せっかく紹介いただいた番組が御当地では論争の的になっておりまして、申し訳ない気持ちです。

 ただ、ボナッティ氏を中傷したことは論外として、世界第2位の未踏峰を目前にしてコンパニョーニとラチェデリがとった行動・野心も、山をやっている者としてはなんとなく理解できないこともない・・と感じています。

投稿: 聖母峰 | 2013.03.29 23:36

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