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『山と共に人と共に』 田辺 治 追悼集

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 このたび御縁があり、故・田辺治氏の追悼集『山と共に人と共に』を信州大学学士山岳会様より、お送りいただいた。

 2010年ダウラギリで雪崩に遭い亡くなられた田辺治氏の経歴については、ここで多言を要すまい。
 追悼集はHAJの尾形好雄氏を筆頭として、信州大学学士山岳会の方々の追悼文を中心に編纂されている。

 数多くのヒマラヤ遠征を続けた田辺氏の人柄について、多くの方々がその暖かい人柄を語っている。
 私にとって最も深く印象に残るのは、「クライマー・田辺治」ではなく、ヒマラヤ通いを始める前の姿、「サラリーマン・田辺治」を語った小林元紀様の追悼文。
 田辺氏は信州大卒業後、株式会社ミツカンに入社し、サラリーマン生活を送っていた。

 以下引用開始
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 彼は学校を卒業した後は、ミツカンに就職し普通のサラリーマン生活を始めたそうです。この会社は、古い歴史のある地域に親しまれた名門会社のひとつです。ヒマラヤに行く話があり一度ぐらいは行ってみたいと思い、会社にはこれ一度きりですからと休暇をお願いし、それはなんとか認めてもらったそうです。(中略)
 普通のサラリーマンが長期休暇を取ってヒマラヤに行くなど普通の企業では考えられないことです。
 「会社辞めますか?山止めますか?」二者択一です。迷いにまよい、会社からは約束が違うと言われながらもヒマラヤはあきらめられなかったとか、結局会社を辞めることになったと言っていました。

 話の端端に、最初の山行を認めてくれた会社にはありがたかったし、その割に自分はわずかな勤めの間売れる商品を開発できなかったなと、会社には済まなかったと言っていました。
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 以上引用おわり

 田辺氏といえば、数々のヒマラヤ遠征を重ね、世間離れしたイメージを持っていた。
 小林氏の一文に記された、田辺氏自身の言葉による勤め先そして仕事への想い。
 この一文は、やはり勤務先に遠征登山参加を認めてもらった会社員の私にとって、その人間像をより身近に感じさせる文章である。
 その行間に、社会人であること・クライマーであることの狭間に揺れ動いた姿を伺うことができる。
 
 かくいう私は、田辺治氏とは面識は無い。
 山岳部の後輩がマカルー東稜に挑み登頂成功、帰国してから「田辺さんって、途中のキャラバンで・・・」と、おもしろおかしく田辺氏の話を聴かせてくれた。
 後に8000m峰14座登頂を果たす彼、楽しそうに話す様子は、当時既にエベレスト南西壁冬季初登を果たした田辺氏から数多くのことを学んだ証しでもあるんだろうなあ、と私は感じていた。
 
 追悼集をお送り下さった信州大学学士山岳会 金子様、澤田様はじめとする皆様に深く感謝申し上げます。
 あらためて、ダウラギリで亡くなられた田辺治氏、山本季生氏、本田大輔氏のご冥福をお祈り致します。

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