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チーズが人命を救う

年末年始、マイカーで遠方の山を目指す方、高速道路は安全運転に気を付けて。
冬季の高速道路を走っていると目にするのが、凍結防止剤をまいている作業車。

アメリカのOutside誌が、チーズ生産の副産物「塩水」の再利用による凍結防止剤について報じています。
いやあ、アウトドア誌が道路行政に関する記事を載せるなんてえらいえらい。
土建業を自然破壊の代表者として軽蔑視するバカが書く日本のアウトドア雑誌とは違いますなあ。
ちなみに元記事はThe New York Times の記事でした。

Wisconsin Uses Cheese to Thaw Roads by Outside 2013.12.27

Pouring Cheese on Icy Roads in (Where Else?) Wisconsin by The New York Times 2013.12.23

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ウィスコンシン州ミルウォーキーにて、手作業でトラックから塩をまく作業員 Photo:Michael Pereckas/Wikimedia

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ミルウォーキーで使用される「チーズ塩水」。岩塩が加えられ、路面に付着しやすくなり、凍結温度を低下させ、費用の節約を果たす。Photo:Tom Lynn for The New York Times

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塩水に漬けられたパルメザンチーズ Photo:Justin Sullivan

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「今回の試験が成功すれば、全国各地で採用されると確信しています」と語る、地元ミルウォーキー市会議員トニー・ジェリニスキー氏 Photo:Tom Lynn for The New York Times

 記事によれば、アメリカのウィスコンシン州では、今シーズンから試験的に道路の凍結防止剤としてチーズ生産時に発生する副産物「チーズ塩水」を再利用することになりました。
 
 アメリカは世界一のチーズ生産国。
 ウィスコンシン州は約122万t(2012年)のチーズを生産する、アメリカの生産量の4分の1を占めるチーズ産地。
 大手チーズ業者の F & A Dairy Products社では、チーズ塩水の運搬・処分に年間200万円以上のコストがかけられています。
 昨年、ミルウォーキーでは約70センチの積雪量でしたが、凍結防止剤として塩44000tを使用、除雪対策費として650万ドル、前年には1千万ドルを突破していました。

 この凍結防止剤としての塩44000tという量、多くのかたにはピンとこないと思います。
 ちょいと古いですが、平成元年のデータ(土木学会論文)によれば東北6県+新潟で、国交省(当時の建設省)が用いた凍結防止剤の散布量は9000t弱。
 車社会とはいえ、ミルウォーキー都市圏の面積を考慮しても相当な量といえます。

 アメリカでは凍結防止剤の代替として砂糖の副産物(テンサイの絞りかす)を用いたり試行錯誤していたようですが、やはり塩がいいということで、チーズ生産の副産物「塩水」が登場したようです。
 今回のチーズ塩水の試用に際しては、

「散布によってチーズ臭が発生しないか?」
「チーズ塩水をまくことによりネズミが集まってこないか?」
「チーズ塩水は凍結防止剤として実用に耐えるのか?」

などの懸念事項があるらしいのですが、市当局担当者によれば、臭いについては特にクレームは無いとのこと。
なおワシントン州のチャへイリス(Chehalis)という街では既に先行して「チーズ塩水」が凍結防止剤に混入され利用されているそうです。
あの広大なアメリカの国土を網羅する道路、その凍結防止剤にチーズの副産物である塩水が使われるという、アメリカらしいお話でした。

 ま、なにはともあれ、冬山のアプローチで長距離運転される皆様、どうぞ運転お気を付けて。

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今夜は、

 多賀城の出張から帰り、仕事納めした翌日、会社の宿直当番。
 え?
 うちの会社はもちろんブラッ(以下省略)

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 会社の図書室の本で、今夜は現代中国と韓国近代史のお勉強です。


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設備投資

 天童市のマウンテンゴリラを訪れ、今年最後の買い物と年末の挨拶。

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 スポンサーから支援されている山岳ガイドのセンセイ方と異なり、私のようなしがない兼業ガイドはシコシコと出張手当をため込んで、登山用具を買い込みます。
 マウンテンゴリラの誉田さんと山スキー事情について立ち話。
 山形ではまだまだ高校山岳部で山スキー使っているところがあるとのこと。

 東京モンが作る山岳雑誌には「滑降」ばかりにウェイトおいた記事がもてはやされますが、登高のための「山スキー」はまだまだ健在でした。

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タフルタム韓国隊、救助費用未払いが問題化

 今夏、パキスタンのタフルタム(6651m)に遠征した韓国隊の隊員が負傷、ヘリで救助されました。
 その救助費用が未払いであることから、パキスタンの航空会社が「今後、韓国隊の救助に際して『不利益をこうむる』可能性」を示唆、問題化しています。

パキスタンにおける韓国登山隊、不利益をこうむる可能性 by 月刊「山」2013年12月号

以下記事引用開始
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[フォーカス] “パキスタンにおける韓国登山隊、不利益をこうむる可能性”
文・キム・ギファン記者
現地独占業社、タフルタム救助費用未納で制裁の可能性を示唆

ソウル市連盟、対策会議開催・・・問題完全解決まで長期化の模様

 パキスタンのアスカリ・アビエイション(Askari Aviation)が、今後の韓国遠征隊と旅行者の救助活動において「不利益をこうむる」可能性があることを明らかにして、波紋が広がっている。
 このような措置は去る7月、ソウル市山岳連盟(ジョ・ギュベ会長)が派遣したパキスタン・タフルタム遠征隊(ジャン・グィヨン隊長)のヘリ救助費用が未納のため発生した.

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▲ パキスタン・カラコルムヒマラヤのタフルタム峰。 ソウル市連盟遠征隊が登山中に事故に遭った山だ。

 当時の状況は、突発的に発生したこととされている。タフルタム遠征隊のシム・グォンシク登攀隊長は登山途中に落石を受け、大腿部を骨折する事故にあった。事故が発生して直ちに登山は中止され、彼はヘリ搬送されて韓国に帰って来た。ところが救助活動中、ジャン・グイヨン隊長がヘリに先に乗り下山、シム登攀隊長は翌日、2番目のヘリで搬送される事が起った。不必要に2度もヘリが飛び、追加費用が発生して総額3万3,489ドルが遠征隊に請求されたのだ。

 遠征隊はヘリ救助費用を航空会社に預託せず、外国資本の保険にのみ加入した状態だった。そのため国内代行業者であるユーラシアトレック(ソ・ギソク代表)に支援を求め、航空会社で支払いを保証した後ヘリを飛ばした。 問題は、ヘリ救助を含む追加費用が帰国後、備えもなく発生したことにある。この過程で遠征隊内部には摩擦が生じ、隊員同士が非難しあうなどの事態となった。結局、11月20日現在、ジャン・グイヨン隊長とシム・グォンシク登攀隊長がそれぞれ700万ウォンずつ都合し、1,400万ウォンを出して救助費用の一部を支払い、残りは相変らず未納状態のままである。

 パキスタン軍の予備役将校たちが運営するアスカリ・アビエイションは、パキスタン北部山岳地帯のヘリ救助事業を独占している。 この業者は去る10月末、今回遠征を代行した現地のブルースカイトレックと国内ユーラシアトレックなどに公文書を送り、『強力な措置』を取ることに言及したという。 もしこの業者の言葉通り、韓国遠征隊の事故発生時にヘリコプター救助が円滑に行われない場合、深刻な問題となる。独占業者のヘリコプター救助ボイコットは単純な負傷で済む事故が重大事故に発展するからだ。

 問題が大きくなり、10月30日、遠征隊を派遣したソウル市連盟・教育技術委員会は解決策を模索するための会合を開いた。この席でヘリ救助費用をまず解決するため、ジャン・グイヨン隊長とシム・グォンシク登攀隊長が各300万ウォンずつ、ソウル市連盟が400万ウォンを出す事にした。足りない1,000万ウォンはソウル市連盟が貸与して処理する方向に意見がまとめられた。しかし、これも取締役会を通さなければならないなど、処理に時間がかかるものとみられる。

 ジャン・グイヨン隊長は「ソウル市連盟会議で決まったとおり、ヘリ救助費用をまず解決して、 残金は保険金が下り次第、処理できる。ソウル市連盟内で事を進めているため、近いうちに解決されることができるだろう」と話した。

 しかし、ユーラシアトレックのソ・ギソク代表は「アスカリ・アビエイションはパキスタン軍と連携した業者で個人事業者とは異なる事情がある会社」とし、「今回の問題を対外的に正当化させようとする動きもあり、この問題を迅速に解決してこそ、今後の韓国遠征隊が不利益をこうむることはないだろう」と語る。

 今回の事態は、シンプルに考えれば遠征隊とヘリ救助航空会社、登山隊活動中の借金問題であるといえる。
 しかし、UIAA加盟国で国際的信頼を積み重ねてきた韓国山岳界の対外的な信頼性を思えば、軽くみることは出来ない。今回の事態の原因となった当事者と団体の動向が残念でならない。
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以上引用おわり

 このタフルタム登山隊の救助費用未払い、アスカリ社による通告の件は、以前から韓国の某登山サイトの書き込みでひろまっておりましたが、なにぶん匿名の書き込みであり、当事者の名誉に関わる事柄のためブログ記事化は控えておりましたが、ついに韓国の山岳メディア・月刊「山」がとりあげる事態になっていたようです。

 私個人は、自宅からすぐ近くの蔵王スキー場でかつて発生した「韓国人スキー客行方不明・遭難費用支払い拒否」という実例を地元の人間として見聞きしていた経験があるため、「・・・・・」という感想です。
 その一方、「韓国隊」という「国籍」で救助要請の拒否の可能性が示唆されるという事態について、倫理的に非常に疑問に思っています。

 月刊「山」はやたらと「独占企業」という点を強調して報道していますが、パキスタンのような途上国では、航空機を運用・メンテ・維持できる技術と資金を持った団体など、軍関係者以外にありえません。
 問題はヘリを運用する企業が独占か競争かなどではなく、緊急時の備えについて登山隊そしてバックアップする留守本部の体制が整っていなかった、その点につきるでしょう。 これは私自身が過去に関わった登山隊の経験でもあります。

 あ、それから私のブログ記事がいわゆる「嫌韓」な方々に引用されるんですが、勘弁してくださいね。
 私が言いたいのは遭難時の備えについては謙虚に、しっかりしましょうね、ということです。

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カラシニコフ銃を作るのは誰か?

 ビジネスホテル暮らし、なんといっても楽しみは、貧乏暮らしでは視られない衛星放送の視聴。
 毎日NHK-BSで世界のニュース視まくってます。

 本日のニュースはなんといっても、

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「カラシニコフ銃」AK47の開発者、ミハイル・カラシニコフ氏が94歳で亡くなったという訃報。
NHK-BSではロシア国営テレビRTRのニュースを放映していたのだが、この映像を見て考えさせられた。

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製造工程における銃の組み立ても、

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銃の部品の製造、旋盤工も、

み ん な 女 性 。

 たまにネットで「女が政治の実権握れば世の中から戦争が無くなる」とか脳みそポンポコリンな事書いている方がおられますが、そうじゃないわけですね。
 日本の極左偏向放送局TBSやテロ朝なんかは「最も多くの人を殺した武器の開発者」などというタイトルで報じていますが、その「最も多くの人を殺した武器」とやらは、その製造工程の多くを女性が担っているんですね。
 兵器製造に女性が関わることはロシア、旧ソ連では珍しいことではなく、AK47に負けず世界的ベストセラー兵器であるT34戦車なんかも、第二次大戦中は女性作業員が最前線まで操縦していたなんてエピソードは有名なところです。

 ロシア本土ではカラシニコフ氏は、「祖国防衛」のための武器開発者たる「英雄」として報じられています。
 カラシニコフ氏ご本人も、西側ジャーナリストに「殺人兵器の開発者」という質問をされるたび、「戦争を起こす政治家の責任だ」と簡潔に答えていたようです。

 話し合いで紛争が解決できると考えている、夏の鳥海山なみに頭がお花畑な山岳関係者と違い、私は国防は国家の要だと考えてます。
 しかしカラシニコフ氏が祖国防衛のため開発した銃が、国際人権団体が報告しているように無秩序なコピー製造・販売が多くのテロリストや少年兵の手に渡り多くの命が奪われた現実は無視できないでしょう。

 日本のメディアは全く報じていませんが、カラシニコフ氏は少年時代、詩人になりたかったんだそうです。

 もしかしたら、銃ではなく詩が生まれていたのでしょうか。

 現実はそんな甘いものではないでしょう。
 旧ソ連の激動の社会、大祖国戦争(第二次大戦のロシアでの呼び名)はそれを許すはずもなく、カラシニコフ氏が詩人になっていたとしても、他の誰かが別の銃を開発していただろう、と私は考えます。

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クリスマスイブはこの曲です

中国共産党の犬NHKで放映していた『アリーmyLOVE』欠かさず観てたんだよね。

で最も好きな場面が、これです。

自信なさげな青年。
それを励ます主人公。
ステージに立った青年など無関心なパーティー参加者たち。

彼の歌声が、見事に人々の心をつかむ様子が描かれています。

Josh Groban on Ally McBeal from Javier Nuñez on Vimeo.

皆様、どうぞ楽しいクリスマスをお過ごしください。

私は出張先の宿にこもって、1人宴会です。

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ピオレドール2014生涯功労賞、ジョン・ロスケリーに決定

 2014年3月に開催予定の「本家」ピオレドールの生涯功労賞(ボナッティ賞)に、アメリカのジョン・ロスケリーの受賞が決まりました。

John Roskelley Honored With Career Piolet d'Or by Climbing誌ウェブサイト

John Roskelley recibirá el Piolet d'Or a la Vida Alpina 2014 by Desnivel 2013.12.23

Piolets d'Or 2014: John Roskelley to receive Lifetime Achievement Award by PlanetMountain 2013.12.23

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現在のジョン・ロスケリー

 ジョン・ロスケリーといえばアメリカを代表するヒマラヤニスト。
 1978年にはアメリカ人初のK2登頂を、未踏の北東稜から果たしています。
K21978
1978年のK2アメリカ隊の頂上ショット。
左上がルイス・ライハルト、左下がリック・リッジウェイ、右がジョン・ロスケリー

 単なるピークハントではなく、ネパールではガウリシャンカール初登、マカルー西面からの登頂、カラコルムではグレート・トランゴ、ウリ・ビアホ等の初登など困難なクライミングを続け、輝かしい経歴を重ねています。

 しかし、PlanetMounatinが報じるようにヨーロッパではあまり名前も業績も知られていなかったようです。東欧のクライミングサイトに到っては、「CIS圏では知られていない」などと報道されています。

 日本では70~80年代のヤマケイや岩雪に、ウェアだかなんだかの広告で、一頁まるごと使ってどどーんとジョン・ロスケリーの顔が掲載されていたので、名前を知っている日本人は多いはず。

Roskelly_john
2009年、カナダでのクライミングで雪洞に滞在中。まだ登山は現役のようです。

 ジョン・ロスケリーの息子、ジェス・ロスケリーもアルパインクライマーとしてアラスカを中心に先鋭的な活動を展開しています。

 今年こそはポーランドから受賞者が出るかなと予想してたんですが、ボナッティ賞はアメリカのジョン・ロスケリーに決定。ヒマラヤを舞台に困難なクライミングを続けてきた人物として、今年も納得の人選であります。

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多賀城おしごと日記2013年12月

12月×日
 来る日も、来る日も、広大な更地でお仕事。

12月×日
 うちの親方、取引先の担当者、偉い方を交えて忘年会。
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 仙台の歓楽街・国分町で午前2時まで過ごす。

12月×日
 気象予報では降雪が予想されるほどの寒気、冷たい雨。
 私はアルコールに弱く、昨夜痛飲して睡眠時間も3時間程度なのだが、あまりの寒さ、そして限られたスペースで新型機械を操縦する緊張感のためだろう、全く二日酔いの気配が無い。
 つめたく、ひどい雨で野外での現場作業も少し早めに切り上げ。

 現場作業用の長靴が裂けたため、宿にいったん戻ってから買い物。
 もちろん帰りは寄り道。
 宮城でも名の知れた洋菓子店『カズノリムラタ』に立ち寄り。
  
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 この店はマカロンが有名なのだが、天の邪鬼な私は第一印象でマロンパイを購入。
 西ヨーロッパ起源の洋菓子を多く取りそろえているだけでなく、店頭の菓子一つ一つにその歴史を簡単に記したカードが掲示してある。
 洋菓子好きなら一度は行くべし。

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 中の栗は洋菓子にありがちな洋酒臭さもなく、和菓子を彷彿とさせるマロンパイ。
 昨夜は作り笑いでキャパ嬢やカラオケの「輪」の中にいるのも疲れたので、今夜はゆっくり万葉集でも読みます。

 でも万葉集にはこんな歌もある。

 験(しるし)なき ものを思はずは 一杯(ひとつき)の 濁れる酒を 飲むべくあるらし (大伴旅人)  
 (うだうだ考えるより、濁り酒一杯飲んだほうがましだっつーの)

 はいはい、そうですか(棒読み)

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JKお散歩といえば、

JKといえば、日本ヒマラヤ協会の人なら当然、

Jk
ジャンム・カシミール州のことだよな(キリッ)

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2013年ピオレドール・ロシア、クリスタルピーク、スチール・エンジェル決定

 12月14日、ロシアの3大クライミングアワードである「ピオレドール・ロシア」、「クリスタル・ピーク」、「スチール・エンジェル」が決定しました。

ピオレドール・ロシア 
 ロシア山岳連盟主催のピオレドール・ロシア2013の受賞者は、ネパール・ヒマラヤのクスム・カングル南西壁を初登したアレクサンダー・ルチキン、ヴャチェスラフ・イワノフに決定しました。

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 "金のピッケル"を手にするアレクサンダー・ルチキン

Kss
クスム・カングル南西壁

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 アプローチのキャラバンも、冒険的なジャングルの中のトレックだったとのこと。

Ks29
クスム・カングル南西壁29ピッチ目の様子
脆い岩のミックス壁に悩まされながらの登攀とのこと。

クリスタル・ピーク
ロシアの山岳雑誌・ポータルサイトが主催するクリスタルピーク。
今年はデニス・ベレテニンらのウリ・ビアホ東壁新ルート「ロシアンルーレット」開拓が選定されました。
Uli
 トランゴ・リで高所順応、ネームレスタワーでウォーミングアップ、そしてウリ・ビアホ東壁新ルート開拓という連続登攀。このウリ・ビアホ東壁登攀は、ピオレドール・ロシアの一般投票からなる観衆賞も同時受賞しています。

関連記事:ロシア流「連続登山」、ウリ・ビアホ東壁新ルート開拓(当ブログ2013.10.26)

スチール・エンジェル
St
アックスのピック、ハンマーで形作られた天使のトロフィー、「スチール・エンジェル」賞
 スチール・エンジェルはロシア圏の女性クライマーを対象に、女性による登山の発展と振興を目的に設けられた賞です。
 今年のスチール・エンジェル賞は、ネパール・ヒマラヤのテンカンポチェ北東壁に「War of Love」ルートを拓いたマリナ・コプティバ(ウクライナ)、ガリーナ・シビトーク、ペトロワ・アナスタシアに贈られました。

Kan
 入山前、2008年日本隊の情報を十分に得られないまま初登ルートと近接したラインを登った彼女達ですが、52時間にわたり乏しい睡眠と食糧に耐え抜き登頂した登山でした。

Mari
左から、マリナ・コプティバ、ガリーナ・シビトーク、ペトロワ・アナスタシア

関連記事:マリナ・コプティバからのメッセージ(当ブログ2013.12.11)
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 ロシアでこのようにクライミングアワードが盛んな背景には、旧ソ連時代から登山やアルパインクライミングが「競技」として発展してきたこと、またスポーツマスター制度などのクライマーの階級制(すなわち表彰制度を意味する)が理由として挙げられるでしょう。

 私もロシアのクライミングサイトで「クリスタル・ピーク」のWEB投票権を持っているので楽しみにしていたのですが、父の葬儀の喪主務めて気が付いたときには、クライミングサイトに 「投票はおわりました」 の無情の文字・・・
 個人的には、30年ぶりに新ルートが開拓されたパミール・サバ峰北壁を推していました。あーあ。
 偶然でしょうが、3大アワード全てネパール、カラコルムヒマラヤでの記録となりました。
 ロシアの広大な国土には、パミール高原やクリミア半島はじめ、素晴らしい山・素晴らしい岩壁が数多く存在します。来年はそのようなロシアならではの大自然を舞台にした素晴らしい登山・クライミングを期待しています。

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勉強するキム・ジャイン

日本全国1億2千万キム・ジャインちゃんファンの皆様、こんにちわ。

韓国・高麗大学大学院に通うキム・ジャインちゃんの学生生活の模様が報じられました。

[学ぶアスリート]「クライミング・クイーン キムジャイン、高麗大ラグビー部との授業は? by スポーツ朝鮮2013.12.13

以下引用開始
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◇高麗大大学院生「クライミング・クイーン」キム·ジャインが、高麗大学ラグビー部の学生とスポーツ心理カウンセリングの効用について話を交わしている。ホ・サンウク記者

「私のニックネームが「647回」でした。」

 クライミング・クイーン、キム・ジャイン(25・ノースフェイスクライミングチーム)が微笑みを浮かべて子供の頃のエピソードを明かした。
 中学生の時、兄達と一緒にスポーツクライミングのトレーニングをしたときの話だ。壁から落ちるたびに、腹筋運動100回の罰則が与えられた。身体的な条件で勝る2人の兄たちとトレーニングする幼いキム・ジャインには、絶対に不利だった。
「私だけ10回も落ちました。腹筋1000回しなければならない状況でした。」
 兄たちがトレーニングを終えて戻ってみると、末っ子の妹が消えていた。
「捜してみたら、私は隅っこでワンワン泣きながら腹筋運動をしてたらしいです。何回したのか聞いてみると「六百~四十~七~(泣)」って言う・・・」

 「647回」 キム・ジャインは貪欲だ。1m53cm、41kgの華奢な体格で世界の頂点に立った。今シーズンのスポーツクライミング・リード部門の世界ランキング1位となった。リード競技は与えられた時間内に15mの岩壁を最も高いところまで登る競技だ。膝の怪我を乗り越えて3年ぶりに世界のトップを奪還した。「クライミング・クイーン」は、シーズンが終わるとすぐに普通の学生に戻った。12月の最初の金曜日、高麗大体育教育と大学院で猛勉強中の彼女に会った。

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◇スポーツクライミング世界1位のキム・ジャインは「学ぶアスリート」の模範例だ。1年に数十回もの大会に参加しながらも、大学院の研究を両立させてきた。ホ・サンウク記者

 高麗大学ラグビー部との共同授業日での内容は、彼女が最も好きな「スポーツ心理学」の授業であった。高麗大学運動部学生の心理指導者であるチェ・ヨンジュン教授が大学院生と学部学生のための実習授業を企画した。大学最強の高麗大ラグビー部の学生は、「キム・ジャイン先生」の登場に大喜びした。

 学ぶ先輩アスリートが、学ぶ後輩アスリートに教える重要な授業が開始された。キム・ジャインをはじめとする4人の修士課程の「先生」たちが指導にあたった。ラグビー部の選手が4組に分かれて座り、キム・ジャインは選手たちと、練習するときの心理状態、スポーツ心理カウンセリングの効用について虚心坦懐な対話を交わした。
 自分たちの心を読み解くキム・ジャインに、りりしいラグビー選手たちの顔に笑顔の花が開いた。1年生のキム・ヨンフン君(19)は「同じスポーツをする人として、共感する部分が多かった。活発な議論を導いてくださって本当におもしろかった。そして、とてもきれいな方です。」
 チェ・ヨンジュン教授は「ジャインは、学ぶアスリートの模範例だ。礼儀正しく、スマートである。運動で忙しい中でも日常の授業、課題に全力を尽くす。ジャインと同じ選手はいない」と断言した。
 続くプレゼンテーションでは、キム・ジャインの講義の声には響きがあった。「ちょっとだけ自慢すると、私はスポーツクライミングの世界1位です」と慎ましいが堂々とした言葉に後輩たちの歓呼と喝采があふれた。キム・ジャインは、自分に向けた信頼、「自信」の力を話した。
 大会の際、自分自身に「私を信じよう」「私だけ楽しめればいい」という言葉を唱えていた。プレッシャーを下げて、自信を上げる彼女だけの必勝法を後輩たちと共有した。

 彼女のモットーは「信じなければ成り立たない」だ。世界ランキング1位の経験からにじみ出た「肯定のエネルギー」にラグビー部の選手たちがうなずいた。キム・ジャインは、「同じスポーツ選手だから率直に私の話を聞かせてあげるのが一番ピンとくるのでは、と考えました。今シーズンランキング1位を奪還し、「自信」が最も重要であることを改めて感じました。選手たちが普段のトレーニングにも活用できたらいいな」と笑った。

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◇高麗大学ラグビー部の後輩たちの前で、「指導者」キム·ジャインは終始笑顔で世界一の理由である「自信」の秘密を説いた。

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◇高麗大学体育学科、大学院3学期目のキム・ジャインは、プレゼンテーション、パワーポイントの文書作成などにも手慣れていた。勉強する習慣を欠かしたことはないという。

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学ぶアスリート、キム・ジャインは、研究する理由について「機会が来たとき​​に備えるため」と答えた。

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◇ノートや教科書、プリントには「猛勉強」の跡がいっぱいだった。

勉強の理由「準備した人間になりたい」

 大学院の3学期目のキム・ジャインは、高麗大学体育教育学科07年度入学生だ。
 学部生の時から勉強と運動を両立してきた。高麗大学体育教育学科で同期であり、エージェントであるイ・ギョンジュ、オール・ザット・スポーツ代表は、「大学の時も午前中に空港に到着すると、午後の授業に出席するほど誠実な姿勢だった。7人の女性の同期生とも親しい」と語った。
 キム・メイ高麗大体育学科教授も「ジャインは教授の間でも広く知られている程、まじめな学生」と評価した。
 高麗大学ラグビー部主将のソン・ミョンジュン君(21)は、「同じ選手として世界第1位の競技力を維持しながら、大学院の研究、実習まですることは本当にすごいと思う。勉強の必要性を知っても実践するのが大変なのに、意志力がすごい」と敬意を表した。

 キム・ジャインのノートや教科書には「猛勉強」の跡がありありと見えた。キム・ジャインは「私の勉強は習慣」と言う。中学・高校の時も勉強をおろそかにしたことはない。1年に10回以上の大会に参加する殺人的なスケジュールの中でも、飛行機の中で学校の課題に取り組み、試験勉強をした。スポーツクライミングでの集中力は勉強にも役立つという。もちろん、最初から授業がスムーズだったわけではない。
 「学生の前で発表するのが、初めてのクライミングコンペよりも緊張しました。震えて言葉が出ないこともありました」と打ち明ける。授業の現場で見るキム・ジャインは、発表も上手で、パワーポイントのファイルもサクサク作り出す万能選手だ。

 極限のスポーツであるクライミングと勉強、どちらが難しいのか。
 キム・ジャインは迷わず答えた。「両方とも難しいですが、クライミングは面白い。ルートが無尽蔵ですから。毎回違うルート、新しい挑戦が続くので、ますます面白くなります。勉強は面白いからするのではなく、自分のために習慣のようにしなければならないことです。」
  勉強を両立する理由を尋ねた。「教授になるという目標があるからではありません。競技だけでも大変なのに、なんでこんなに大変な大学院に通うか悩んだこともありますが、諦めなかった理由は、目標ができたとき、そこに到達することができるように「準備した人」にならなければという考えのためです」と答えた。
 キム・ジャインは学ぶアスリートのモデルとして、ためらわずに学校の先輩であるチャン·ミラン(訳者注:韓国の女性重量挙げ選手で、ロンドン五輪金メダリスト)を挙げた。
 「あるイベントでミランさんにお会いしたことがあります。選手として素晴らしい業績を成し遂げ、それに満足せず、スポーツを通じてより良い仕事を企画し推進する姿が素敵で、尊敬しています」と語る。
 キム・ジャインは、スポーツを通じた社会貢献にも関心が高い。去る11月、ソウル都心中心部で行われたロッテシネマビルを駆け登る「ビルダリング」イベントは熱い出来事となった。登る高さにつれて寄付金が加算される方式だった。
 「私の一番好きなクライミングで、誰かを助けることができることが幸せで嬉しかった」とにっこり笑う。与えられた時間内に15mの壁を世界で最も高く登る少女が、与えられた人生の時刻表では、果たしてどこまで登るのか。とても気になった。 ジョン・ヨウンジ記者

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以上引用おわり

 キム・ジャインちゃん大学院もファイテン~
 
 嗚呼、おじさんも来年は資格試験がんばろう・・・

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ロッサナ・ポデスタさん逝去

 故ワルテル・ボナッティ氏の奥様であったロッサナ・ポデスタ(Rossana Podestà)さんが12月10日、ローマで亡くなりました。79歳でした。死因については日本のメディアでは不明とされていますが、イタリアのメディアによれば、脳腫瘍で入院・治療中とのことでした。

Addio a Rossana Podestà, la compagna di Walter Bonatti by Montagna.tv 2013.12.10

 ロッサナ・ポデスタさんといえば、ご老体には世界的なセクシー女優として知られているでしょう。
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 我々山やってる者にとっては、なんといってもボナッティ氏の奥様、その劇的な出会いのエピソードでしょう。
 往年の女優が亡くなり、イタリアメディア各紙も「ボナッティのパートナー」としてとりあげています。
 お二人のツーショットとしては、ボナッティの本が飾られた書店の前で撮影された、スペインのクライミングサイトDesnivelのダリオ・ロドリゲス氏が撮影した写真が仲むつまじい感じがして私は好きです。

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在りし日のボナッティご夫妻

 イタリアメディアもあらためてとりあげていますが、お二人は事実婚であったため、ロッサナ・ポデスタさんはボナッティ氏の最期を看取ることを病院の規則により許されませんでした。
 晩年はワルテル・ボナッティ氏の実像を描くドキュメンタリー映画に出演、最近ではイタリア山岳会支部の広場にボナッティの名前が命名され、その除幕式に参加されていた元気な姿を動画で拝見していただけに、残念でなりません。
 お二人が天国にて再会し、安らかならんことをお祈りします。


ロッサナ・ポデスタさんといえば、『黄金の七人』

関連記事:
 愛する夫、その名はワルテル・ボナッティ 当ブログ2011.11.19

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ごまカラメルパイ

さすらいの土木作業員。
仕事先では、日本各地から来る業者さんとお仕事します。
プレハブの休憩室に、各自持ち寄ってきた手土産の菓子が並んだりするわけですね。

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本日の大ヒットは、マールブランシュ京都北山の『かえで蜜パイ&ごまカラメルパイ
(画像は、ごまカラメルパイ)

 見た目も紅葉したカエデに似て、なおかつ美味い!
 ゴマの風味とメープルシロップの甘さがマッチしてるよ、これ。

 見た目が華やかな菓子って色々あるけど、自然の季節感を巧く表現した洋菓子って、なかなか無いよね。

 砂ぼこりの舞う、殺風景な現場で丸一日過ごしているせいでしょうか。
 葉っぱを模した洋菓子が印象に残る休憩時間でした。

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マリナ・コプティバからのメッセージ

 今年10月、「ロシア隊、Tengmoche(6500m)登攀成功か」という記事を書いた。
 当初、ロシアのクライミングサイトにならいTengmoche(6500m)峰と表記したが、これはまぎれもなく2008年、岡田・馬目パーティーが登攀したテンカンポチェ(Tengkangpoche)峰である。

 ロシア、ウクライナの強力な女性クライマーから成るチームは北東壁を登攀、「War of Love」と命名した。

 その後、彼女たちの記事、ロシア山岳連盟のウェブサイトにアップされた報告書を閲覧して気になることがあった。
 2008年に北西壁から登ったウェリ・シュテックらスイス隊には言及されているものの、同年に北東壁を初登した日本隊に関してはシェルパからの聞き取りとして「アルパインスタイルではない」「失敗した」などとコメントされていたのである。
 そして幾つかのロシア語・英語圏のサイトにみられる、テンカンポチェ北東壁「初登」の文字。
 そこでは、2008年の日本隊による成果は知られていないのだ。

 年末。
 毎年恒例、ロシアでは「ピオレドール・ロシア」、「クリスタルピーク」等、秀でたクライミングに与えられる賞が続く。
 このロシア女性隊のテンカンポチェ北東壁登攀も、ノミネートされることになった。

 この登攀は、そのクライミングの本質とかけはなれた事で話題となってしまった。

 ロシアのクライミングサイトにテンカンポチェ北東壁の記事が紹介された。
 掲示板形式のサイトに、次の画像と共に、「日本隊ルートの繰り返し」という誹謗ともとれる書き込みがなされたのである。
Map

 上記画像でははっきりしないので、次の画像をご覧いただきたい。


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右の赤のラインが2013年ロシア女性隊、左の青のラインが2008年日本隊のライン

 ロシア人クライマーにほとんど知られていなかった、2008年日本隊のテンカンポチェ北東壁初登を知らしめたのは、日本山岳会発行の『Japanese Alpine News』。
 ロシア女性隊を率いたウクライナのマリナ・コプティバに対し、匿名で『Japanese Alpine News Vol.10 June 2009』の画像が寄せられたのである。
 マリナ・コプティバはその画像をクライミングサイトに掲載した。それは岡田康氏が書いたテンカンポチェ北東壁初登記録の英語版の文面、登攀中の写真の画像である。

 ロシア隊のマリナ・コプティバらは入山前、ネパール観光省からも日本隊に関する十分な情報を得ていなかった(得られなかった)らしい。
 マリナ・コプティバはクライミングサイト上でアンケートを行い、自分たちのルートは日本隊の派生ルートか?初登攀と呼ぶにふさわしいか?を公衆に尋ねることとなった。
 結果、12月11日現在、「初登と考える」が221人、「派生ルートと考える」が75人、「同一だ」と答えたのが32人という結果である。
 もっとも、自分たちのクライミングの成果をアンケート形式で問うことに疑問を呈する声もあった。


 しばらくネットにアクセスできなかった私だが、父の葬儀を終えてすぐ、日本のRock&Snow誌2009年春号に掲載された、岡田・馬目パーティーによる日本隊テンカンポチェ北東壁の記事全ページを画像にしてロシアのクライミングサイトに投稿させていただいた。

 テンカンポチェ北東壁の初登は誰か?
 日本隊の成果はどうだったのか?
 ロシア人クライマーにとってもそれなりに関心があるらしく、私の投稿には約70ものレスがつくことになった。

 ロシア人クライマーから幾つもの質問が寄せられた。それらに対する回答を英語で書き込みながら、日本とロシア、お互いの情報の少なさを痛感させられることとなった。
 2008年当時の記事・英文サマリーをアップしたことに対し、ロシアの山岳ジャーナリストであるエレナ・ドミトレンコ女史から資料提供に対する謝意のコメントを頂戴した。私は単なる傍観者にすぎないが、日本人として言うべき事は言っておきたい。

 父の葬儀から日数もたち、私も職場復帰、さすらいの土木作業員生活が再開した。
 現場作業の休み時間、スマホでメールチェックすると、ロシアのクライミングサイトからメール着信の通知が届いていた。
 宿に帰着後、メールを確認してみると、
 
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テンカンポチェ北東壁を登攀した、マリナ・コプティバご本人からのメールが届いていた。

内容を紹介すると、私の投稿への謝意そして、
「私が日本隊の事を知っていれば、もっと異なるラインを登っていたでしょう。私は北東壁の初登攀を主張するつもりはありません。日本隊に敬意を表します。」
とある。

 嗚呼、「初登」のタイトルにこだわらず、別のラインを登っていただろうという彼女。
 こういう人がクライミングの歴史を拓いていくんだろうな、と思う。

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 さて、2008年の日本隊によるテンカンポチェ北東壁初登をロシア人クライマー達に知らしめた、日本山岳会発行のJapanese Alpine News。発行にたずさわる関係者皆様に深く敬意を表します。

 最近、クライミングや遠征登山の「報告」について軽視するクライマーが散見されるが、やはりそれは間違った姿勢ではないでしょうか。。
 以前にも当ブログで主張した事ですが、特にカラコルムに関しては、東欧含む欧米のクライマー達は日本の大学山岳部や社会人山岳会が発行した報告書をよく研究しています。
 自分たちの登山を記録として残し、誰もが閲覧できるようにすることの重要性を考えさせられた、テンカンポチェ北東壁「初登」問題でした。

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最悪ビレイヤー

よい子のクライマーのみんな!
楽しくビレイの勉強しようぜ!

とゆーわけで、天下のペツル社がブラックユーモアたっぷりのビレイに関する動画を公開しました。
タイトルはずばり、
The World's Worst Belayer

The World's Worst Belayer [EN] Bad belaying techniques from Petzl-sport on Vimeo.

 サブタイトル「Bad belaying techniques」のとおり、8分28秒の動画で「最悪」なビレイの事例を7例盛り込んでいます。モッコリパンツのおにいさんが生々しい(笑)ブラックユーモアたっぷりに指南してくれるのだ。
 まずは動画をご覧あれ。

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