マリナ・コプティバからのメッセージ
今年10月、「ロシア隊、Tengmoche(6500m)登攀成功か」という記事を書いた。
当初、ロシアのクライミングサイトにならいTengmoche(6500m)峰と表記したが、これはまぎれもなく2008年、岡田・馬目パーティーが登攀したテンカンポチェ(Tengkangpoche)峰である。
ロシア、ウクライナの強力な女性クライマーから成るチームは北東壁を登攀、「War of Love」と命名した。
その後、彼女たちの記事、ロシア山岳連盟のウェブサイトにアップされた報告書を閲覧して気になることがあった。
2008年に北西壁から登ったウェリ・シュテックらスイス隊には言及されているものの、同年に北東壁を初登した日本隊に関してはシェルパからの聞き取りとして「アルパインスタイルではない」「失敗した」などとコメントされていたのである。
そして幾つかのロシア語・英語圏のサイトにみられる、テンカンポチェ北東壁「初登」の文字。
そこでは、2008年の日本隊による成果は知られていないのだ。
年末。
毎年恒例、ロシアでは「ピオレドール・ロシア」、「クリスタルピーク」等、秀でたクライミングに与えられる賞が続く。
このロシア女性隊のテンカンポチェ北東壁登攀も、ノミネートされることになった。
この登攀は、そのクライミングの本質とかけはなれた事で話題となってしまった。
ロシアのクライミングサイトにテンカンポチェ北東壁の記事が紹介された。
掲示板形式のサイトに、次の画像と共に、「日本隊ルートの繰り返し」という誹謗ともとれる書き込みがなされたのである。
上記画像でははっきりしないので、次の画像をご覧いただきたい。
右の赤のラインが2013年ロシア女性隊、左の青のラインが2008年日本隊のライン
ロシア人クライマーにほとんど知られていなかった、2008年日本隊のテンカンポチェ北東壁初登を知らしめたのは、日本山岳会発行の『Japanese Alpine News』。
ロシア女性隊を率いたウクライナのマリナ・コプティバに対し、匿名で『Japanese Alpine News Vol.10 June 2009』の画像が寄せられたのである。
マリナ・コプティバはその画像をクライミングサイトに掲載した。それは岡田康氏が書いたテンカンポチェ北東壁初登記録の英語版の文面、登攀中の写真の画像である。
ロシア隊のマリナ・コプティバらは入山前、ネパール観光省からも日本隊に関する十分な情報を得ていなかった(得られなかった)らしい。
マリナ・コプティバはクライミングサイト上でアンケートを行い、自分たちのルートは日本隊の派生ルートか?初登攀と呼ぶにふさわしいか?を公衆に尋ねることとなった。
結果、12月11日現在、「初登と考える」が221人、「派生ルートと考える」が75人、「同一だ」と答えたのが32人という結果である。
もっとも、自分たちのクライミングの成果をアンケート形式で問うことに疑問を呈する声もあった。
しばらくネットにアクセスできなかった私だが、父の葬儀を終えてすぐ、日本のRock&Snow誌2009年春号に掲載された、岡田・馬目パーティーによる日本隊テンカンポチェ北東壁の記事全ページを画像にしてロシアのクライミングサイトに投稿させていただいた。
テンカンポチェ北東壁の初登は誰か?
日本隊の成果はどうだったのか?
ロシア人クライマーにとってもそれなりに関心があるらしく、私の投稿には約70ものレスがつくことになった。
ロシア人クライマーから幾つもの質問が寄せられた。それらに対する回答を英語で書き込みながら、日本とロシア、お互いの情報の少なさを痛感させられることとなった。
2008年当時の記事・英文サマリーをアップしたことに対し、ロシアの山岳ジャーナリストであるエレナ・ドミトレンコ女史から資料提供に対する謝意のコメントを頂戴した。私は単なる傍観者にすぎないが、日本人として言うべき事は言っておきたい。
父の葬儀から日数もたち、私も職場復帰、さすらいの土木作業員生活が再開した。
現場作業の休み時間、スマホでメールチェックすると、ロシアのクライミングサイトからメール着信の通知が届いていた。
宿に帰着後、メールを確認してみると、
テンカンポチェ北東壁を登攀した、マリナ・コプティバご本人からのメールが届いていた。
内容を紹介すると、私の投稿への謝意そして、
「私が日本隊の事を知っていれば、もっと異なるラインを登っていたでしょう。私は北東壁の初登攀を主張するつもりはありません。日本隊に敬意を表します。」
とある。
嗚呼、「初登」のタイトルにこだわらず、別のラインを登っていただろうという彼女。
こういう人がクライミングの歴史を拓いていくんだろうな、と思う。
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さて、2008年の日本隊によるテンカンポチェ北東壁初登をロシア人クライマー達に知らしめた、日本山岳会発行のJapanese Alpine News。発行にたずさわる関係者皆様に深く敬意を表します。
最近、クライミングや遠征登山の「報告」について軽視するクライマーが散見されるが、やはりそれは間違った姿勢ではないでしょうか。。
以前にも当ブログで主張した事ですが、特にカラコルムに関しては、東欧含む欧米のクライマー達は日本の大学山岳部や社会人山岳会が発行した報告書をよく研究しています。
自分たちの登山を記録として残し、誰もが閲覧できるようにすることの重要性を考えさせられた、テンカンポチェ北東壁「初登」問題でした。
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