書評 『斧・熊・ロッキー山脈』
クリスティーン・バイル著 『斧・熊・ロッキー山脈』 築地書館刊 を読む。
結論から書く。自然に関わる人々のみならず、万人にお勧めする本である。
著者クリスティーン・バイルは大学で文学を専攻、大学院進学を前にしてカネ目当てのバイト感覚で国立公園の「トレイル」整備作業に従事する。時給12ドル。
現場作業員、通称「トレイルドッグ」と呼ばれる、早い話が土木作業の荒くれ男たちに囲まれながら、彼女は16年にわたりグレイシャー国立公園、デナリ国立公園で厳しい肉体労働に従事する。本書はその記録である。
読売新聞の書評では、1万人の子供達に対して体験学習を続けてきたという評者が、「本書は書店の分類的には“ネイチャー物”の書棚に置かれると思うが、まず手に取って欲しいのは頭でっかちの教育者だと思った。」とお書きになっているが、私はそのように思わない。
本書は「女1人○○」と題して冒険だかビジネスだかで自慢げな行動主義者の自慢話でも、環境保護の啓発本でもない。
素晴らしい本である。
斧、チェンソーといった道具について詳細に語られるが、道具だけではなく、その道具を使う人々、その人間関係が描かれていく。
使い方もおぼつかない著者はやがて斧やチェンソーの名手になり、時を経て後輩達に教える立場になる。
私自身、土建業の現場作業部門に所属しているため、著者の心境に共感する場面が度々あった。
繰り返すが、本書は女だてらに肉体労働を続けた自慢話の本ではない。
大自然の中で、道具や仕事を通じて、その人間模様を繊細に描いた一級のルポルタージュである。
大自然の中で生きていく。
そこに人は、特に登山やアウトドアに親しんでいる方なら、憧れを感じるだろう。
遠藤ケイ氏や高桑信一氏らの著書で、山に生活する人々の姿に憧れを感じる方も多いだろう。
しかし現実はどうだろう。
会社に勤め、定期的に給与をもらい、企業に勤めることによって医療保険の庇護も受け、ボーナスももらう。
そんな安定した生活の、何がいけないのか?
著者は「トレイルドッグ」という医療保険もない非正規雇用・季節労働、そして大学院でキャリアを積むことの狭間に揺れる姿を正直に記している。単なる自然礼賛ではない、著者の人間味をかいま見る。
著者は「森の生活」を選んだ。それほどグレーシャー国立公園、デナリ国立公園は素晴らしく、自然の様子と同じように、現場作業に関わる人々も魅力的に描かれている。
やはりトレイルドッグである婚約者ゲイブと結婚、2人はアラスカに移りデナリ国立公園で働き始める。
時が経つにつれて部下を率いる立場になり、管理業務も増えてくる。その戸惑いと苛立ちは、企業に勤める読者にとっても大いに共感を呼ぶ情景だろう。
この本は決して「頭でっかちの教育者」だけに薦めるべき本ではない。
大自然や道具を巡る人々の姿、先輩と後輩、職場の人間関係を描いているからこそ、自然に関わる人だけでなく一般社会の読者にも強くお勧めできる所以である。
国立公園という素晴らしいフィールドを生活の場にすることにより、当然アウトドア・アクティビティに触れる機会がある。アラスカに移住した著者はこう喝破する。
『それは、ソフトシェルのジャケットやフロントサスペンション付きの自転車やカービング・スキーが似合う場所もあるけれど、そういうもの自体が自然とのつながりを与えてくれるわけではないということを思い出させてくれた。 (中略) 野外で過ごすことは我慢比べでも娯楽でもなく、生きることそのものだということがわかるまで。』
現在、著者は国立公園整備の小さなビジネスを経営する傍ら、文筆業を生業としている。
彼女が16年間にわたり非正規雇用・季節労働者として厳しい肉体労働にあけくれた日々の記録。
自然を舞台に仕事をしようと目指している若者・人々にとって、本書は背中を押してくれる本ではない。そんな人の心に寄り添ってくれる本であると思う。
自然や野外活動にたずさわる方、土木作業に関わる方には絶対オススメの本です。
著者クリスティーン・バイルも出演、原著『Dirt Work』のデモ動画がこちら↓
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