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ピオレドール2014、K6カナダ隊、アンナプルナ南壁単独登攀に決定

2014年・第22回ピオレドールはK6を北西面から初登したRaphael Slawinski、Ian Welsted(カナダ)、アンナプルナ南壁を単独登攀したウェリ・シュテック(スイス)に決定しました。

Piolets D'Or twitter

Pi2014

参考リンク:

FIRST ASCENT OF K6 WEST (7,040 M) VIA THE NORTHWEST FACE BY RAPHAEL SLAWINSKI AND IAN WELSTED  by SCARPA WEBSITE

Ueli Steck: historic solo of Annapurna’s South Face by PETZL WEBSITE

 先週フランスのル・モンド紙がアンナプルナ南壁単独登攀の成功を疑問視する記事を掲載、ヨーロッパのクライミングサイトを中心に話題になっていましたが、ウエリ・シュテックの実績からでしょうか、審査員は南壁ソロをピオレドールに選定した模様。

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国立公園の香りを、あなたに。

先日に続き、洗濯ネタ。

アメリカの洗剤メーカー ARM&HAMMER が、「国立公園の香り」がする洗濯洗剤を開発、販売します。

National Park-Scented Clothing? You Can Do That! by Nnational Parks Traveler 2014.3.23

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 製品化されたのは、アラスカのグレーシャー・ベイ国立公園、メイン州のアカディア国立公園、そしてクライマーの皆様にもおなじみヨセミテ国立公園。

 国立公園の香りって何よ?と思うわけですが、既にアメリカ各地の国立公園の特徴を芳香剤として製品化している芳香剤メーカーAirWick社が洗剤の製品化に協力しています。
 ヨセミテは太陽の下に咲いた花をイメージした香り、グレーシャー・ベイ国立公園はピュアウォーター、アカディア国立公園は夕暮れの海岸をイメージした香りらしいんですが、うーむ、どんな香りだ?

 このAirWick社の芳香剤、国立公園シリーズに興味を持ったので「デナリ国立公園の香り」をみてみると、リンゴと野草、地衣類の土の香りを交えた組み合わせで、各公園の特色を生かした香りをウリにしているようです。

 国立公園にまつわる「商業主義」「営利」というのは実に微妙な問題をはらんでいるのですが、このニュースを読んで思ったのは、彼の地アメリカではいかに国立公園が国民にとって身近な存在か、ということですね。

ARM&HAMMER社の製品、特に重曹なんかがコストコでも販売されていて日本のユーザーも多いようです。日本でも販売されないかな?

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女性たちのアンナプルナ

De1SUE LEATHER編著 『DESERT MOUNTAIN SEA』を読む。これはオーストラリア大陸ギブソン砂漠をラクダで横断したRobyn Davidson、1978年アンナプルナ登頂を目指すアメリカ女性隊を率いたArlene Blum、ヨットで単独世界一周を果たすNaomi Jamesの物語をまとめたもの。
 この本はOXFORD BOOKWORMS LIBRARYシリーズの一冊で、英語学習者のリーディング教材として作られているため、平易な英文で読みやすい。

 さて、この本を購入したのはもちろんアンナプルナ登山隊の記録が目的である。
 原著は隊長のアーリーン・ブラム Arlene Blumが書いた『 Annapurna: A Woman's Place 』は神田神保町の古書店でも見かけるので、読んだ日本の岳人も少なからずいるだろう。 『DESERT MOUNTAIN SEA』に収録されているのは、Arlene Blumの著書のダイジェスト版である。

 1978年、アメリカ人女性で結成された登山隊はアンナプルナ北面からの登頂を目指し、ポストモンスーンのネパールに向かう。
 成功すればアメリカ人初、そしてアンナプルナの女性初登となる。
 デナリ、そしてヒマラヤのトリスル峰で経験を積んだアーリーン・ブラムを隊長として、一般公募で集められた女性クライマー達。
 カトマンズでの登山隊準備から様々な難問がアーリーン・ブラムに降りかかる。
 ベテラン女性クライマーが購入した食料品リストを確認、そのずさんさに「今すぐ肉とフルーツ買ってこいやゴルラァ!!」とアーリーン激怒。いやいや、女性の買い物巡る口論は恐ろしい・・・
 隊で最も高所経験のあるAlison Chadwickはシェルパレス、女性だけでの登山活動を主張、安全と登頂成功を優先するアーリーンにシェルパの雇用を説得されることになる。
 若い女性隊員がネパール人コックと恋に落ちる。笑いながらもアーリーンは隊長として言う。
「登山隊のルールを忘れないで。 恋 愛 禁 止 よ !
キャラバン中の雨にポーターが不吉な前兆を感じストライキを起こす、etc・・・
 様々な障害を乗り越え、彼女たちはアンナプルナに入山、登山活動開始。
 彼女たちはアンナプルナ北面、「ダッチリブ」をルートとして選択する。

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1978年のアメリカ女性隊登頂ルート。赤い×印は第二次アタック隊の事故発生場所。

 1978年10月15日15時30分、2名のシェルパを伴いIrene Miller、Vera Karmakovaが登頂。登頂メンバーに予定されていたPiro Kramarは凍傷のため、冷静に登山活動を断念。
 入れ替わりに第二次登頂を目指したVera watsonとAlison ChadwickはC4からC5に向かったまま消息を絶つ。
 10月20日、捜索中のシェルパが二人の遺体を発見。約500m滑落したものと推定される。
 そしてアーリーンは無線でシェルパに言う。
『Come back down, There's nothing you can do. 』

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ベースでのアメリカ女性隊。後ろ右端が隊長のアーリーン・ブラム。

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登山隊撤収時、還らなかった二人の名を刻むアーリーン・ブラム。
 
 
 この『DESERT MOUNTAIN SEA』に収録されたアンナプルナ登山隊の記録は、ダイジェスト版とはいえ1970年代の8000m峰登山隊の様子がよく描かれています。
 日本の山屋な皆さん既にご承知のように、アンナプルナは雪崩が多いことで知られていますが、隊長のアーリーンもメンバーも雪崩に対してかなりナーバスになっている状況がうかがえます。

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現在のアーリーン・ブラム

 原著『 Annapurna: A Woman's Place 』はナショナルジオグラフィック選定の冒険・探検に関する文学作品100に選定されるとともに、今春はポーランドでも出版された名作です。
 多くの記録では「アメリカ女性隊」とされていますが、実情は様々な出身地の女性によって結成されたチームでした。登頂に成功したVera Karmakovaはチェコスロバキア出身、悲劇的な最期を遂げたAlison Chadwickはポーランド人のご主人を持つイギリス人でした。

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ポーランド語版『 Annapurna: A Woman's Place 』の装丁

 隊長のアーリーン・ブラムはカリフォルニア大学出身の化学者で、ニューヨークタイムスやハフィントンポスト、ネイチャー誌に寄稿している文筆家。化学者としての業績は、子供用パジャマに難燃性薬剤として用いられた化学物質の発癌性を明らかにし規制へとつなげた事が評価されています。

 この登山隊の裏話としては、登山隊の資金約8万ドルの4分の3を、登山隊のTシャツ販売で捻出したことでしょう。
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 時代は女性の地位向上運動真っ盛りの1970年代、Tシャツロゴの「a woman's place is on top」が多くの人々にウケたようです。

 登頂に成功したものの、第二次隊の2名が死亡という悲劇に終わった隊ですが、『DESERT MOUNTAIN SEA』収録のアンナプルナ隊の記録も平易な英文ながら隊長の苦労や不安が描かれ、読み応えのあるものでした。

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アウトドアウェアも洗える洗濯機登場

 ゴアテックスウェアのメンテといえば、洗濯機OKなんですが、透湿性生地ということで洗濯機丸洗いに不安を抱く方も多いようです。

 韓国のサムスンが、「アウトドア用ウェア」も洗えることをウリにした洗濯機「サムスンバブルショット3 W9000」を開発、販売します。

サムスン電子、アウトドア衣類も洗濯「2014年型サムスンバブルショット3 W9000」を発売 by ヘラルド経済2014.3.24

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この洗濯機の目玉が、「ゴアテックスリフレッシュ」と「スポーツバブル」機能。
「ゴアテックスリフレッシュ」は、20分間にわたり約70度の熱風をゴアテックス衣類に浴びせる熱処理を施し、ゴアテックス衣類の撥水機能を回復させてくれるというもの。
「スポーツバブル」は、洗濯槽の回転数を微妙に調節して、機能性アウトドアウェアの繊維の損傷を最小限に抑えるという機能。

 さて気になるお値段は、洗濯容量17〜21kgの各タイプがあり、お値段は164万9000ウォン~239万9000ウォン(日本円で15万6千円~22万7千円)。

 日本のメディアでは2013年のサムスン社の減益が報道され、サムスン頼りの韓国経済を危惧する声も聞こえますが、登山人口の多い韓国で消費者のニーズを商品化する姿勢はさすがですな。

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イチゴ狩り

子供達の要望でイチゴ狩り。

前回は息子もまだ小さい06年の12月、JA寒河江のイチゴ園にお世話になったのだが、今年はなにやら大人気のため、2月、3月に電話しても「来月まで予約いっぱいなんです」という回答。

そこで今年は飯豊町の道の駅「めざみの里」観光物産館のイチゴ園を予約。

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やってきました、イチゴ園。
イチゴ園受付のおばさんの話では、今シーズンは低温で受粉のための蜂が飛ばず、結実が遅いとのこと。
めざみの里イチゴ園も、3月中は結実の様子をみながら土日のみの予約制でした。

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甘いよ~と言いながら次々とイチゴを口にする子供達。

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真っ赤に熟した実、上半分がまだ白い実、青い実、咲いている花。

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イチゴ園に来て思うこと。
イチゴ園での「もぎとり食べ放題」ですと、おそらく形がよくないというだけで出荷されない実をバクバク食えるわけです。味は変わらないのに。
農作物の市場と流通をちょっと考えてしまいます。

あまり農作物に詳しくありませんが、イチゴはもぎたてが最高ですね。
安くはない入園料ですが、家族で訪れる価値はあると思います。

さて、隣接する道の駅「めざみの里」のあちこちに貼ってあった貼り紙。
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調子にのる猫・・・
どんな猫なんだ・・・

参考リンク:道の駅いいで めざみの里観光物産館 いちご園開園のお知らせ

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今夜はカニで登頂祝い

大学山岳部に入った最初の年。
無知無学な私は伯耆大山を「え~、はくしゃだいせん」とテキトーに読んでしまい、クライミングの師であるY先輩から「お前、それ ほ う き だ い せ ん だろ」と笑われたことを思い出す。

入学した年、私が在籍する自然地理学専攻コースの実習が伯耆大山周辺の湧水調査だった。
これはチャンスと登山装備を詰めたザックで鳥取を訪れたが、台風接近で登ることは叶わなかった。

あれから数十万年。
ようやく今回、雄大な伯耆大山の一部とはいえ、弥山に登ることができた。

今夜は登頂祝いだ!
ベースにした宿は皆生温泉の静かな旅館。
鳥取・米子っつったら、カニだろカニ!!!
今夜の登頂祝いのメインディッシュ、買ってきたぜ!!
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
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by ローソン\240也
            
え?
カニだろ?
異論は認めない。

※ちなみに、カニカマボコじゃなくてカニ味噌使ったオニギリで、美味しかったですよ。

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伯耆大山の地蔵様

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伯耆大山へのアプローチ。
目にとまるのが、道ばたに立っている幾つもの地蔵様。

その昔、大山一帯では「地蔵信仰」が盛んだった。
米子市内から大山登山の拠点・大山寺に向かう車道脇には、「一町地蔵」といわれる地蔵が建つ。
信者の寄進により、一町(約109m)ごとに51体の地蔵が建立された。

弥山の山頂に立ち、伯耆大山の登山口に下りてきた。
ただなんとなく、カメラを向けたくなった地蔵様。

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この地蔵様は「蓮浄院(れんじょういん)地蔵」と呼ばれる。
今はもう解体されてしまったが、すぐ脇に蓮浄院という宿坊が存在した。
大正3年(1914年)7月、作家の志賀直哉が一月ほど滞在し、その体験が「暗夜行路」に描かれていることで知られる。

 この蓮浄院地蔵、他の無表情な地蔵様と異なり、柔らかい表情なのだ。
 大山の地蔵についてまとめられた『大山の地蔵 大山寺山内地蔵めぐり』の著者・千田明氏は「好々爺の風貌」と表現している。

 下山後、大山の地蔵信仰に関する書籍を閲覧し、様々な地蔵様の記録写真を拝見したが、やはりこの蓮浄院地蔵様の表情が一番柔らかいような気がする。
 稜線でさんざん風雪に叩かれ下山した事が、そう思わせるのだろうか。

 何故に蓮浄院地蔵様だけが柔らかい表情なのか。
 その昔、石工は何を考えてノミを振るったのだろう。
 いくつもの歴史書は地蔵信仰について考察しているが、蓮浄院地蔵を彫ったであろう、無名の石工の存在は歴史の彼方に埋もれたままである。

参考文献:
「自然観察ガイドブック 大山寺周辺コース案内」鳥取県立大山自然歴史館刊 H21
「大山の地蔵 大山寺山内の地蔵めぐり」千田明 著 H25
「大山みち 道標と石地蔵が語る大山信仰」淀江中央公民館歴史教室 著 S54

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春の贈り物

伯耆大山・弥山の頂上を目指す。
登るにつれ、素晴らしい雪稜となる。

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6合目から北壁側を望む。
強風。
凄い勢いで、灰色の雲が稜線に覆いかぶさる。
そして登山ルートにも強風が吹き荒れる。

耐風姿勢を繰り返し、時にはアックスをダガーポジションに持ち替えて前進。
弥山避難小屋に到着。
弥山とされるピークは、もう目の前のはずだ。

強風で地吹雪状態となり、周囲数メートルも見えない視界不良。
振り向いても、今通過したはずの避難小屋が全く見えない。
ピークは目前だが、これ以上進むのを止め、コンパスで方位を確認し、避難小屋のある「はず」の方向に進む。

立っているのがやっとの強風。
避難小屋の脇、吹きだまりのところで強風をやり過ごす。
風が弱まるのを待つ。

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一瞬の晴れ間、目前に「弥山頂上」とされているピークがみえた。
急いでそこまで往復。
話しかける相手もいない。
視界もなく眺望もない。
頂上に立てた喜びは、後でいい。
頂上稜線で天候待ちのため30分以上費やした。
いつもの私の流儀ではない。
「登頂」にとらわれすぎた自身を反省しつつ、風の弱い安全圏を目指し、急ぎ下降する。

6合目避難小屋周辺は、登ってきた登山者でいっぱいだ。
さらに高度を下げ、5合目直下の急斜面が終わるあたりで一服入れる。

大山は中国地方でも貴重なブナ林を有する。
ブナ林の中で、ようやく一息つく。

コーヒーを飲もうとザックを下ろす。
サイドポケットはじめ、ザックのあらゆる隙間に硬く雪が詰まっている。
先ほどの頂上稜線での地吹雪を、あらためて思う。

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鳥のさえずりが聞こえるブナ林の中で、コーヒーを飲む。
暴風に荒れ狂う雲が去り、少しの間だけ日が差した。

ピッケルやアイゼンを駆使してカリカリに凍った稜線を登るよりも、私にとってはブナ林の静寂の方が素晴らしい。
私がガイドとして伝えたいのは、恐ろしいだけの冬山ではなく、こんな静かな山、落ち着いた安らぎなんだ。

帰路は自然観察をしながら下山。

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枝折した中に、うまく住み着きましたねホコリタケ。

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山はまだ冬の装い。一つだけ見つけたヤナギの花序。

宿に帰り、シングルルームの部屋いっぱいに装備とウェアを広げ、乾燥させる。
テレビニュースでアナウンサーが伝える。
「本日、気象台は、中国地方に春一番が吹いたことを発表しました。」
登山用具をひろげながら、頂上での風を思う。

宿の前では、梅が咲いている。大山の春も、もうすぐか。

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回転する壁『フリーダム・クライマー』

 回転する壁といえば、既に「キャタピラ」風・ネズミの回転遊具みたいな人工壁が開発されていますが、さらに省スペースをウリにした人工壁が開発されました。

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『Freedom Climber』(フリーダム・クライマー)
円形の人工壁がグルグル廻る仕組みです。

Freedom Climber Announces Their Rotating Climbing Wall Now Doubles As Functional Training Station by PRWEB2014.3.20 (閲覧時に動画が始まって音がなりますので注意)

具体的には、次のデモ動画をご覧あれ。

デモ動画にあるように、省スペースでクライミングの動作を可能にするため、ホールドを取り付けた円盤を登るという発想です。

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既に世界16カ国以上に販売されており、アジアでは韓国、フィリピンで既に使われているとのこと。
ちなみに気になるお値段、前述リンクの記事では商業用トレッドミル(フィットネスクラブでランニングするベルトコンベアのあれです)と同程度とのこと。検索すると70万~100万円弱でしょうか。

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韓国インスボンにて大規模な落石、2名死傷

 3月16日、韓国のインスボン東面・インスAルートで大規模な落石が発生、2名が死傷しました。
 韓国の一般メディアの記事は情報が錯綜してますので、ルート写真も掲載されている月刊MOUNTAINの記事を引用します。

북한산 인수봉에서 대형 낙석으로 2명 사상 by 月刊MOUNTAINウェブサイト2014.3.16

以下記事引用開始
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▲16日、大型落石事故が発生したインスボン東面 青い円は落石発生箇所、赤い星は事故が発生したオアシステラス。この日500kgにも及ぶ落石が落下、大邱(テグ)のクライマー1人が死亡、1人は肩を骨折する重傷を負った。

[MOUNTAIN = イ・ヨンジュン記者]  16日午前、インスボンで大落石が落下、1 人が死亡し1 人が重傷を負う事故が発生した。
 16日11時30分頃、インスA変形ルート上部で500kg程の大規模な落石が発生、オアシステラス付近で待機中だった大邱某クライミングセンターの会員パク某(56)さんが死亡、ベモ某(54)さんが肩を骨折する怪我を負った。

 当時、事故地点の左側ヴァントギルを登るため現場にいあわせたユ・ヨンジさん(韓国山岳会)によると、
 「暖かい天候の中でインスボンのオアシステラスに、30数名近い人々でにぎわっていて、落石が落ちると、瞬く間に現場が阿鼻叫喚に変わった」
  と語った。ユさんは
 「落石が砕けて50インチTVサイズの塊が事故者に当たったのを目撃してすぐに下降し、現場周辺にいた人々と心肺蘇生法など救命の努力をしたが、意識が戻らなかった。事故者はヘルメットは壊れてないが頭の右側に当たったようだ。立木にビレイしていた状態で逃げ遅れたものと思われる」
 また、「肩を折った別の事故者に添え木をあてて応急処置をしていると、すぐに山岳救助隊が登ってきたので一緒に搬送を手伝った。」
 「この日登ったヴァントギルも氷塊が落ちるなど、雪解け時期でクライミングするのにいい条件ではなかった」とユ・ヨンジさんは現場の様子を伝えた。
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以上引用おわり(※訳者注:韓国メディアでは遭難事故は匿名報道となっています)

 韓国の一般メディアは春先の融雪期による緩んだ岩が落下したことを報道しています。
 インスボンは大勢のクライマーでにぎわいますが、過去に幾度も落石による死亡事故が起きており、ヘルメットが必須となったのは既に日本のクライマーの皆さんにもご承知のとおりです。
 GWを利用してインスボンを目指す方、どうぞご注意ください。

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オスプレーのアプリ「PackSizer」

アウトドア系のアプリといえば、ナビゲーションや山行記録系のアプリが多いようです。

このたび、オスプレー社が自分の身体に合った自社製品を選定してくれるフリーアプリ『PackSizer』を公開しました。

Osprey releases the world’s first digital pack fitting tool by outdoorsmagic 2014.3.14

オスプレー社アプリPackSizerのサイト

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 開始画面。
 英語版、ドイツ語版、フランス語版のバージョンがあり、バージョンによってはメートル法・フィート法の選択ボタンがあります。

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 誰かに自分の全身像を撮影してもらいます。

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 その画像から、胴体の上下(upper & lower torso points)を選択します。

 するとアプリが、
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 オスプレー社製品から最適サイズを選定してくれるという仕組み。なお日常&通勤、スキー&スノボ、登山、バックパッキング、ハイキング、ベビーキャリア、バイク、旅行の8ジャンルから選定できるとのこと。

 うーむ、こんなアプリが開発されたとは。

 過去、当ブログでもあんなザックこんなザックを買ったことを書きました。
 おちゃらけて書いてますが、登山用品店のオーナーから私の背中の計測、「サイズ合わせ」という過程を経て購入しています。
 
 この記事書くために手持ちのiphoneにダウンロードしようとしたのですが・・・あれ?AppStoreで検索できない・・・
 当ブログで主張してますが、人間の身体は千差万別、ザックやウェア等の選定にじっくり相談できるお店の方がいるということは大事です。
 こういうアプリもあるということでの話題提供でござんす。

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「いがもち」東西考

「いがもち」、といえば、山形県人にとっては蔵王温泉の代名詞である。

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今シーズン、子供をスキーに連れて行った際に蔵王で買い求めた「いがもち(稲花餅)」

仕事や所用で蔵王を訪れた際には、地元の山形市民でもちょっとした土産として買い求める。
土産物屋用に開発された菓子とは一線を画す、山形市民になじみの菓子だ。

私が現在滞在している、広島県呉市。
ここでも「いがもち」が伝統食(菓子)として親しまれている。

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呉市・高砂屋で買い求めた「いがもち」。
呉のいがもちは、飾りの餅米が黄色だけでなく紅色、緑色の三種類あるのが特徴だ。

山形、広島・呉。
なぜこれほど離れた土地で、「いがもち」が伝統菓子として存在しているのだろう。
そもそも、山形と呉では「いがもち」のあり方が異なる。
山形では蔵王温泉の土産菓子だが、呉では秋祭り、神社参道の露店や和菓子店で売られる季節商品だった。
飾りの餅米も異なる。
山形蔵王では稲の花のシンボルであるため、色は黄色以外にありえない。
ここ呉のいがもちは、黄、紅、緑の三色。祭りなど「ハレ」の食の象徴であろう。
また山形のそれに比べて圧倒的に多い飾りの餅米は、田畑に乏しい呉では祭りの時だけでも餅米を食べたいという理由から餅米が飾りに使われた、という説もうなづけるものだ。

呼び名のルーツも異なる。
蔵王の「いがもち」は前述の斉藤孫七の子孫が蔵王の繁栄を祈願して「栄華餅」とし後に飾りの餅米粒から「稲花餅」に改めたといわれる。
呉では諸説のいわれがあり、「神社の露店で買い求めた餅を僧が食べたところ胃の病がよくなった。胃がもつ→いがもちになった」説もあれば、呉市でいがもちの老舗で知られる大原製菓のご主人の談話として「形状からして名前の由来はイガグリのいが」ともいわれている。

 いがもちに関して学術論文を発表している名古屋女子大短大部の遠山佳治氏によれば、東北から九州まで16カ所の土地でいがもちの存在が確認されている。この時の調査では中国地方は未確認とされているので、実際には20カ所ちかくにのぼる。

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山形蔵王でみられる看板。
実は「いがもち」という名称は九州の菓子店に商標登録されているため、蔵王の土産物屋の看板では「稲花餅の里」と語尾に「里」を付けている。


 呉市の位置する中国地方では他に岩国市、松江市で伝統菓子として「いがもち」が存在する。呉、岩国ともに餅の表面に着色された餅米がふんだんに飾られている。松江のいがもちは飾りが椿の花を模したもので、山形県人がイメージするいがもちとはデザインが大きく異なる。

 これら全国各地に点在する「いがもち」。いずれも知名度は局所的で、起源・由来がはっきりしないものが多い。
 先の遠山氏によれば、文献に出てくる日本最古のいがもちは1693年(元禄3年)刊行の「男重宝記」という文書。遠山氏の説では、幕末から明治にかけて、京都の菓子店あたりから全国にひろまり、現在のいがもちになったのではないか」と推測されている。(中國新聞記事より)

 一方、蔵王のいがもちは天保年間(1830~1844)に斉藤孫七なる人物が伊勢参りの帰路、伊賀国の茶店で食した笹餅に感激、店の主人に製法を教わり帰郷、これがルーツといわれる。

 私個人の推測では、いがもちという菓子の拡散は、「伊勢参り」という、江戸時代の日本を広大な範囲でカバーした宗教行事がヒントなのでは、と考えている。
 餡を包んだ餅に着色した餅米を飾る。名称、そしてこのシンプルなデザインの共通性からいって、各所で発生したわけではなく、なんらかの伝搬経路が存在していたのではないか。
 伊勢参りだけではない、各種宗教にまつわる長大なルートをたどる参拝行事に伴って、菓子も有志によって伝えられたのではないだろうか。

 ま、なんだかんだいっても単に甘いもの食いたいだけの話でした。
 呉の和菓子店、祝い事の贈答品やかつての軍関係者で賑わったんでしょうかね。紅白餅とか一升餅とか飾られてあって、好奇心をくすぐるお店がいっぱいであります。

参考文献
 タカミヤグループ創業290周年刊行会発行「蔵王よもやま話」H18年
 呉市総務部秘書広報課発行「グラフ呉 みて☆くれ」第6号 H11年
 中國新聞社発行 中國新聞2000年5月11日夕刊 山岡達記者執筆記事「名物いがもち全国に点在」

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震災から、三年。

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Photo:Kikuška

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「世界初」より家庭を選んだクライマー

 今冬、4チームが挑んだ冬季ナンガパルバット。
 私が注目していたのは、昨年もブログでとりあげたポーランドの「JUSTICE FOR ALL」チーム。

Nd

昨年の記録概要
Marek Klonowski、冬のナンガパルバット、シェルルートを語る by 当ブログ2013.2.24

 今シーズンのJUSTICE FOR ALLチームは、ポーランドのクラウドファンディングサイト(ネットを利用して様々なプロジェクトの資金調達するウェブサイト)で資金を集め、登山隊を企画・実行していました。

 で、貧乏生活ながら私もお小遣い程度ですが、PaypalでJUSTICE FOR ALLチームに募金してました。
 前述のリンク記事にもありますが、昨年のJUSTICE FOR ALLチームは、資金難のため下山後にBC用大型テントを売却していたという小チーム。
 当時、ポーランド山岳会やナショナル・ジオグラフィックの大々的な支援を受けていた冬季ブロードピーク登頂を目指す同じポーランド隊とはえらい違い。

 何億円もかけてスタッフもそろえてエベレスト登頂するどっかの爺や、うさんくさい映画制作を旗印にカネ集める似非登山家と違い、何年も冬のナンガパルバットにトライし続けている連中が「テント売っちゃいました」と語っているのを読めば、私なら応援したくなるわな。

 その中心人物だったマレク・クロノフスキー(Marek Klonowski)、今シーズンの登山期間半ばの1月に登山隊を離脱、自宅のあるアイルランドに帰国していました。
 シモーヌ・モロー率いるノースフェイス隊と何かトラブルか?と勝手に邪推していたのですが、奥様が早産のための帰国でした。

 今冬のナンガパルバットに入山したチームの情報を収集しながら、特に興味を引かれたのがこのマレク・クロノフスキー氏でした。
 未踏の冬季ナンガパルバットを目前にして、奥様の出産のために登山を放棄する。
 まあ、私の知る範囲でも8000m峰登山や遠征登山のため、やれ離婚したとか会社辞表出したとかクビになったとか、そういう話はゴロゴロしてますし、「それくらいの決意がなくてなにがヒマラヤ登山だ」と小うるさい爺も日本の登山界とやらにはウヨウヨいます。
 そんな中で、一人、奥様の出産のために山を下りたマレク・クロノフスキー氏。
 ああ、そういう生き方もあるんだなあ、と私にとって印象に残りました。
 そこでご本人にコンタクトをとり、4つの質問を尋ねてみました。

 以下、メールで頂戴したマレク・クロノフスキー氏からのコメントです。

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マレク・クロノフスキー氏と御家族(Photo.wspinanie.pl )

Q1.ナンガパルバット遠征に際して、どんなトレーニングをされていますか?

マレク:高所登山のトレーニングとして水泳が最適だと考えています。低酸素の状況に備えた身体作りに最適ですよ。無呼吸での潜水泳ぎもやっています。週に2.5kmの水泳、8kmのランニング、30kmの自転車をベースに、年間を通じて繰り返しています。アイルランドの海岸寄りに住んでいるので、カイトサーフィンもやります。

Q2.ナンガパルバット遠征から帰国するに際して悩まれませんでしたか?あなたにとって御家族はどのような存在ですか?

マレク:長年、旅してきましたからね。妻も慣れてます。今は6歳と生後6週目の子供がいます。
(筆者注:この質問が重要だったんですが、私のへたくそな英文ではニュアンスが別の意味で伝わったようで・・・もっと英作文勉強します・・・)

Q3.ナンガパルバットはいまだ冬季未踏ですが、来シーズンもチャレンジされますか?他にも目標がありますか?

マレク:ナンガ登頂の夢はまだ途中です。多くの方々がこのプロジェクトを支えてくれています。

Q4.日本では多くのクライマーが育児や仕事と登山の両立に頭痛めてますが、よろしければ何かアドバイスをください。

マレク:それはポーランドでもどこでも同じですよ! 元気の源である宇宙と大自然に触れて、感じてみてください。

Foot
なお奥様は無事出産された模様。

ナンガパルバットでは、残ったトマシュ・マツキェビッチらが最後の好天を狙い現在も登山活動中です。

Thank you very much for your answers, Marek Klonowski !!

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2013/2014 冬季ナンガパルバット隊の足跡【3月6日追記】

以下、自分のためのログです。
興味のない方、飛ばし読みしてください。

2013/2014シーズンの冬季ナンガパルバット隊

ルパール壁・シェルルート

JUSTICE FOR ALLチーム(ポーランド)
Polteam
左より、トマシュ・マツキェビッチ(Tomasz Mackiewicz)、マレク・クロノフスキー(Marek Klonowski)、ヤツェク・テレル(Jacek Teler)、 パヴェル・ドゥナイ(Pawel Dunaj)
トマシュ、マレクは昨年に続き4度目の冬季ナンガパルバット挑戦。

TheNorthFaceチーム(イタリア、ドイツ)
Sd
左より、シモーヌ・モロー(イタリア)、ダーヴィト・ゲットラー(ドイツ)

ディアミール壁

ラルフ・デュモビッツ(ドイツ、1978年のメスナー単独登頂ルートを登攀予定)
Ralf
ラルフはパキスタンに入る前、南米・アコンカグアで高所順応を果たしBC入。
ベースキャンプキーパーとして、ダレク・ザレウスキー(ポーランド)が同伴。

ダニエル・ナルディ(イタリア、ママリ・リブ、1970年のメスナー兄弟下降ルートを登攀予定)
Dani
2012/2013年の冬季シーズンに続いて2度目の挑戦。
冬季初登の競い合いは意識せず、初登でなくともよい、困難な目標に挑戦したいとしてママリ・リブにこだわる。
初登争いとみられるのを避けるため、BC入の日程を他隊とずらしたとも報道されている。

ルパール壁・シェルルートとキャンプ配置図
P1
(Photo. http://wspinanie.pl/)

ディアミール壁各ルート図
Dia
(Photo.aaj.americanalpineclub.org)
1.キンスホーファールート 1aは現在利用されているルート
2.ママリ・リブ 1970年メスナー兄弟が下降(ダニエル・ナルディ予定ルート)
3.1978年ラインホルト・メスナー下降ルート
4.スロベニアルート
5.1978年ラインホルト・メスナー単独登攀ルート(ラルフ・デュモビッツ予定ルート)
6.シェルルート上部


時系列による登山活動の経緯

12/12 ポーランド隊BC入
12/26 5500mに到達、C1、C1Aを建設
12/30 ラルフ、メスナールート5500mに到達
12/31 シモーヌらルパール側BC入
1/1 ラルフ、ルート上のセラックが判明
1/2 シモーヌらBCより上部に順応活動開始
   ラルフ、退却を決定
1/10 シモーネ、ダーヴィト、ABCへ
1/11 ポーランド隊、家庭の事情によるマレク・クロノフスキー離脱・帰国の報告
1/12 トマシュ、C1入
1/13 トマシュ5400mでビバーク、ポーランド隊他メンバーC1移動
   シモーネ、ダーヴィトC1から5900m往復
1/15 シモーネ、ダーヴィト、5900~6000m FIX工作
1/18 トマシュらポーランド隊3名6100m到達、BC帰着
1/20 シモーネ、ダーヴィト6400m到達
1/26 パヴェル、トマシュら3名BCからC2入、トマシュ体調不良によりC1止まり
1/28 ダニエル、BC着、ガナロピークで順応開始
    ポーランド隊、登山期間延長手続き、
    28日まで、ポーランド隊主導でC2までFIX工作進む
1/30 ポーランド隊、C2A 6200m建設
2/7 シモーネ、ダーヴィト、C3泊、7000mに到達後BC下山
   ポーランド隊、C2aに滞在、以後、両チームはアタック体制に入る。
2/8 強風と寒気のため、トマシュC2上部で退却、シモーネ、ダーヴィト5700mに到達するも、午後には全員下降開始。第一回の頂上アタックは中止
ダニエル、BC出発

2/9 ダニエル、ガナロピーク5000mまで登高するも翌日5500mで退却。前年よりも低温に苦しめられる。
2/14 ポーランド隊二次アタックにでるも、トマシュ腹痛のため中止
    シモーネ、ダーヴィトC1からC2入り
2/15 シモーネ、ダーヴィトC2A入
2/19 ダニエル、4800mに装備デポ
2/21 トマシュBC発、
2/22 トマシュC1入
2/23 トマシュC2入
2/25 ヤツェク C1目指す
     シモーヌ、ダーヴィトら26日出発決める。3/1頃の頂上アタックを考え、シモーヌ、これが最後のトライとfacebookで発言。

2/27 シモーヌらC2入、悪天のためポーランド隊C3にたどり着けず。
    トマシュC3に滞在中。強風と視界不良を報告。
    悪天のためBCでも5~10センチの降雪
2/28 曇りながら穏やかな天候、ダーヴィト・ゲットラーC2Aを発ちトマシュと合流、C4目指す。
    ダーヴィト、7000mにC4設営、遅れてトマシュ到着。
    シモーネ、腹痛・嘔吐など体調不良、C2を発ちダーヴィトらと合流する予定であったが、C3直下150mで下山を決定。

3/1 ダーヴィト、トマシュ、C4を発つも、7200mで強風と低温のため危険と判断、下降開始。
   同日、ダニエルも登山中止を決定。

冬季ナンガパルバットを試みた全てのクライマー達に敬意を表します。

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【3月6日追記】

 シモーネらノースフェイスチーム、ダニエル・ナルディは下山を決定しましたが、ポーランドのJUSTICE FOR ALLチームは冬季登頂の定義上の期限である春分の日、3月21日まで登山活動を続行するとのこと。
 ポーランド人の本領発揮です。

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参考サイト

雪山大好きっ娘。+ (追記)ナンガパルバット、冬季初登のトライは4チーム 2014.1.1

wspinanie.pl

Altitude

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【速報】冬季ナンガパルバット隊、退却

いまだ未踏を誇る冬のナンガパルバット。

 頂上を目指したダーヴィト・ゲットラー(ドイツ)、トマシュ・マツキェビッチ(ポーランド)のペアは低温と強風のため、約7200m地点に到達したところで危険と判断、退却を決断しました。現在、C2まで下山した模様です。

emilio previtali Twitter

 1月までガナロピークで高所順応を重ね、ディアミール壁側で単独で登山活動を続けていたイタリアのダニエル・ナルディも退却を決定しました。

NANGA PARBAT WINTER Nardi torna a casa Fallita la spedizione in solitaria by radioluna.it 2014.3.1

 2013/2014シーズン、冬のナンガパルバットは未踏のまま、そびえています。
 冬季ナンガパルバット隊に関しては改めて記事を書きたいと思いますが、印象に残るのは、1月早々にセラック帯の状況から退却を決めたラルフ・デュモビッツ、そして今回の最終アタックにおいてC3を目前に自身の登頂を断念したシモーヌ・モロー、彼らの毅然たる決断力にトップクライマーの実力をみる思いがします。
 今シーズン、冬のナンガパルバットに挑んだ全てのクライマーに敬意を表します。

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