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伯耆大山の地蔵様

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伯耆大山へのアプローチ。
目にとまるのが、道ばたに立っている幾つもの地蔵様。

その昔、大山一帯では「地蔵信仰」が盛んだった。
米子市内から大山登山の拠点・大山寺に向かう車道脇には、「一町地蔵」といわれる地蔵が建つ。
信者の寄進により、一町(約109m)ごとに51体の地蔵が建立された。

弥山の山頂に立ち、伯耆大山の登山口に下りてきた。
ただなんとなく、カメラを向けたくなった地蔵様。

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この地蔵様は「蓮浄院(れんじょういん)地蔵」と呼ばれる。
今はもう解体されてしまったが、すぐ脇に蓮浄院という宿坊が存在した。
大正3年(1914年)7月、作家の志賀直哉が一月ほど滞在し、その体験が「暗夜行路」に描かれていることで知られる。

 この蓮浄院地蔵、他の無表情な地蔵様と異なり、柔らかい表情なのだ。
 大山の地蔵についてまとめられた『大山の地蔵 大山寺山内地蔵めぐり』の著者・千田明氏は「好々爺の風貌」と表現している。

 下山後、大山の地蔵信仰に関する書籍を閲覧し、様々な地蔵様の記録写真を拝見したが、やはりこの蓮浄院地蔵様の表情が一番柔らかいような気がする。
 稜線でさんざん風雪に叩かれ下山した事が、そう思わせるのだろうか。

 何故に蓮浄院地蔵様だけが柔らかい表情なのか。
 その昔、石工は何を考えてノミを振るったのだろう。
 いくつもの歴史書は地蔵信仰について考察しているが、蓮浄院地蔵を彫ったであろう、無名の石工の存在は歴史の彼方に埋もれたままである。

参考文献:
「自然観察ガイドブック 大山寺周辺コース案内」鳥取県立大山自然歴史館刊 H21
「大山の地蔵 大山寺山内の地蔵めぐり」千田明 著 H25
「大山みち 道標と石地蔵が語る大山信仰」淀江中央公民館歴史教室 著 S54

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