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芝麻球の記憶

その日、カミさんと子供達は実家に帰っていた。
会社からの帰路、女性社員オススメの台湾料理店「美香居」で夕食をとる。

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このお店、前々から女性社員に勧められていたのだが、私はなかなか足が向かなかった。

そもそも、日本の「台湾料理」って、なんで「激辛」なんだろう?
台北で語学学校に通ったり、自転車で台湾島を縦断したりしてみたが、激辛料理になど出会ったことはない。
とはいえ、日本の地方都市で「サバヒー粥」(「虱目魚」(ミルクフィッシュ)を用いた粥)を所望するのは無い物ねだりだとは重々承知している。
しかし、台湾料理と看板掲げるならばせめて「魯肉飯」くらい作ってほしい。

で、美香居に入ってみる。
従業員は皆あちらの人らしく、店内は中国語しか聞こえない。
私の退化したヒアリング能力では「○○一つ!」 「○○二つ!」と、注文を受けた料理を伝える数詞しか聞き取れない。

メニューには残念ながら魯肉飯は無い。
中国人の客も多いのだろう、メニューの一枚は中国語表記。
「台湾炒飯」を注文。併せて、点心メニューから「胡麻団子」を注文。

台湾炒飯は美味しかった。
でも私には胡麻団子が大事なのだ。

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初めて点心の胡麻団子を食べたのは、学生時代、東京・品川の某高級ホテルで皿洗いのバイトをしていた時だ。

数年後、売れっ子女性タレントが横綱力士との婚約破棄会見をすることになる某高級ホテル。
私は文字通り、残飯にまみれながら、大量の食器や調理器具を洗うバイトにいそしんでいた。

時折、宴会か結婚式か知らないが、残り物や余り物にありつく機会があった。
「ほら、これ喰えよ」
と渡されたのが、胡麻団子(芝麻球)。
その香ばしい美味しさに心奪われながら、「俺は必ず中国に行く」と決意を新たにしていた。

そのバイトは、翌年にひかえた中国領ヒマラヤ遠征のための資金稼ぎ。
バイトを終え、地下階段から賑やかな東京の雑踏に出る。
バブル全盛期、誘惑はたくさんあったはずなのだが、私にはヒマラヤを目指していた記憶しか残っていない。

 階を隔てて、別世界のようなパーティーが開かれている陰で、私はただヒマラヤに行くことだけを考えて皿を洗い続けた。
 そんな合間に口にした、美味しすぎる芝麻球。

 あれから数十万年。
 美香居の芝麻球はカラッと揚げられており、口にするとパフパフという隙間が空いていて歯触りも良く、合格点。
 今、私は仕事で稼いだ自分の金で芝麻球を注文し、食べている。
 初めて芝麻球を喰った私は、夢と野望しかない若造だった。
 
 今の自分の夢や目標って何だろう。
 行きたい山は幾つもあるけど、子供や妻の存在を理由に諦めている自分って何なんだろう。

 いや。
 現実から逃避することにして、今宵は素直に芝麻球を美味しく食べることにしよう。

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