« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

鳥海山 酒田駅~鉾立・路線バス廃止のお知らせ

東北でも人気の高い山形・秋田県境の鳥海山。
JR酒田駅と鉾立を結ぶ路線バスが今年2014年から廃止になりました。

この路線バス廃止に伴い、地元の酒田第一タクシーでは期間限定で乗り合いタクシーを企画しています。
また遊佐町観光協会では「タクシーパック」も企画しています。
詳細は下記リンク記事にて。

関連リンク: 【2014年・鳥海山】酒田駅~鉾立バス路線廃止 by 東北マウンテンガイド・ネットワークBlog

公共交通機関を利用して遠方から鳥海山を目指される方、交通機関の運行状況にはご注意下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年、Salewaのロゴが変わります。

サレワといえば、各種クライミングギアでお世話になった方も多いはず。

2015年、サレワのロゴマークが新しくなります。

Neuer Markenauftritt: Salewa klettert mit modernerem Logo und Claim by Horizont.net 2014.5.27

今までおなじみのロゴマークがこちら↓
Sa1

新しいロゴマークがこちら↓
Sa2_2

 企業の価値観、グローバル化、最近の顧客の好み等々を勘案し、写実的なワシのイラストからよりシンプルなマークにしたとのこと。
 2015年春までに約9割を新ロゴマークに変えるものの、従来のロゴマークへの敬意や価値観も踏まえ、2~3年は新旧のロゴマークを併用するそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フェアなのは、誰か。

 この話題は土方仕事が落ち着いてから書こうと思ってましたが、事態が急展開しそうなので、今のうちに簡単な思いを書いておきます。

 中国の高所クライマー王静(Wang Jing)がアイスフォール帯をヘリですっとばしてC2に乗り込み、今季初のネパール側からのエベレスト登頂を果たしたのは既にご承知のとおり。

 この件について、ネパール当局が王静のヘリの運用について調査に入った、または告発したという見出しの報道が流れ始めています。

 各メディアは王静の登頂の事実を伝えるだけでしたが、私が気になったのは、次の点。
 
 中国の新華社通信が「ネパール観光省も認める方向」とやや肯定的に報道。
 その一方、中国最大のアウトドア・登山ポータルサイトで中国登山協会の息がかかった中国戸外資料網は、全く王静の登頂を取り上げていないこと。

 なおツイッターなど読むと、日本の多くの方が勘違いされているようですが、16名のシェルパが亡くなり登山自粛を打ち出しているのはあくまでもエベレストのネパール側。
 北面のチベット側では例年通りの登頂ラッシュが続き、多数のロシア人、中国人が登頂を果たしています。

 Wa
ご自分を計量あそばされているセレブな王静様。

 王静のナマの声が知りたい。
 幸いなことに、ウクライナのスポーツサイトが王静の登頂後のインタビューを取り上げていました。
 今土方仕事が忙しいんで詳細の紹介は省きますが、

 「4月18日の事故はネパールそして私自身に大きな悲しみでした。しかしそれが私が諦める理由にはなりません」
 と語り、ヘリコプターによるC2入りを尋ねられた王静いわく、

 「その件に関しては議論したくありません」

 とコメントをはっきり拒否しています。

 さて、王静が騒がせていたネパール側と反対の北面、チョモランマ北稜ルート。
 あまり話題になってませんが、ドイツのラルフ・デュモビッツが自身の8000m峰14座登頂経歴中、ただ1座ボンベを使ったチョモランマに無酸素・単独で再挑戦していました。

Ra
チョモランマ北面C2でのラルフ・デュモビッツ

 そのラルフも8300mで登山活動を断念、下山を決定しました。
 インタビューによれば、ラルフ自身の言葉によれば「2つのミスを犯した」とのこと。
 1つは同時期に入山していたスイスのカリ・コプラー運営の国際公募隊のシェルパと協力体制を築けなかったこと。
 2つ目は、ガスバーナーがうまく作動せず、登山活動に必要な水を十分に作ることができず、ウェア、寝袋、登山靴も湿気がひどく乾燥させることもできなかったこと、を語っています。

 二人の「対照的な」インタビューを読み、考えさせられます。

 王静は16名のシェルパの死亡事故で登山自粛の中、ヘリでアイスフォール帯をショートカットする、それまでの登山の価値観に多大なインパクトを与える行動をとっておきながら、ノーコメントという。

 ラルフ・デュモビッツは、既に8000m峰14座登頂を達成しながら、よりよいスタイルで登りたいと酸素ボンベ無しで挑み、他隊との協力、装備の不備を自ら正直に語る。

 なお王静の登頂に関しては、ロシアのクライミングサイトを読みますと歓迎する声が多いようです。
 ヘリでショートカットした件も、「エルブルース入山にキャットが用いられ始めたのと同じ」と言う声もあります。
 私自身も、ネパール観光省の動向次第では、将来的にアイスフォールをヘリでカットする行為が普遍化する可能性もあり得ると思っています。
 (シェルパ、登山者の生命を保護するため、とか言われ始めたら、なかなか逆らえないよな?)
 また多くのメディアで報じられていませんが、王静は今回の登山に伴い地元クーンブの医療機関に3万ドルの寄付を行っています。まあ資産数億ドル(Forbes記事による)の王静にとってはポケットマネーでしょうけど。

 くりかえしますが、記録のためと語り従来の慣習を「乱して」まで登頂し、それに伴う議論は拒否と明言する王静と、よりよいスタイルで登りたいとチョモランマ(エベレスト)に一人で向かったラルフ・デュモビッツ。

 王静の今回の行動は「波紋を呼んでいる」とぼやかした表現で報道するメディアもあるようですが、登山の在り方を考えれば、二人の内どちらが正道なのか、自ずから答えがでるのではないでしょうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ロシア隊、タムセルク南西壁中央バットレス初登

 去る5月5日、ロシアのアレクセイ・ロウチンスキーとアレクサンドル・グコフの2名が、タムセルク(6623m)南西壁の中央バットレスをアルパインスタイルで登攀、登頂に成功しました。
 7日間かけて登攀長1900m、60~70度のミックス壁を経て頂上に到達したものです。

P1
タムセルク南西壁と二人が登攀したライン(赤線)

 アレクセイ・ロウチンスキー、アレクサンドル・グコフの二人は「1979年に日本隊がたどった北壁」(訳者注:山学同志会ルートと思われる)を目指していました。
 当初は「日本隊が退却した」と聞いていた北壁が、既に日本隊(山学同志会隊)に登られていることを知ったのは、登山許可を取得後のことでした。
 登る山を変更する時間と費用を考慮し、二人はクライミングの目標を北壁から南西壁に変更します。彼らには南西壁も北壁同様、魅力的だったとのこと。

 ちなみに、1979年にはタムセルク南西壁~西稜をやはり日本隊、あの細貝栄氏が登攀に成功しているのですが、彼らが79年の日本隊の成功を認識しているかは明らかにされていません。
 この記事書いてる私も手元に資料が無く細貝栄氏の登攀ラインを確認できてないのですが、南西壁中央バットレスをアルパインスタイルで登ったのは、おそらく今回のロシア人ペアが初めてと思われます。

 4月、クスム・カングルとチュクングで高所順応を重ねた二人はタムセルク南西壁にとりつきます。

P2

P3

登攀は始終チリ雪崩に悩まされながら、二人は困難な雪と氷のクーロワールを進みます。

P4
天候は常に昼過ぎから霧と雪。

P5
二人は壁で6夜を過ごし、

P6
7日め朝、待望の稜線に飛び出します。
稜線では雪庇の崩壊を用心しながら、頂を目指す二人。

P8
目前の頂上

P7_2
頂の二人(左がアレクサンドル・グコフ、右がアレクセイ・ロウチンスキー)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

PRO-IDEE のピクニック・カトラリー

山に持ってくスプーンとかフォークとか、かさばるよね?
日本のアウトドアメーカーからは着脱式の箸とか出てるけどさ( モンベルやスノーピークの箸は中華人民凶悪国でも人気の品)。

しんぷる・いず・べすと!という製品を見つけました!

Ide1
Pro-Idee(プロイデー)のピクニック・カトラリー。

Ide2
約9センチの金属製カプセルの中に、ドロップ型のスプーン、フォーク、ナイフが収納されてます。カプセルのキャップは栓抜きになってます。

 この Pro-Idee というメーカー、いわゆるアイデア製品、優れたデザインの製品を小規模生産ながらも扱うドイツの企業でヨーロッパ各地に展開してるようです。
 これでお値段は35ユーロ(約4800円)、販売サイトはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『性と柔(やわら) 女子柔道史から問う』

Ju 溝口紀子著『性と柔(やわら) 女子柔道史から問う』を読む。19世紀までさかのぼり、「柔道史」から柔道界における「性意識」を紐解く本。
 日本の女性登山史を理解する一助とするため、別ジャンルながらこの本を選び、読んだ。

 『性と柔』というややセンセーショナルなタイトルながら、第一部「正史と秘史」は「柔道史」と「技術論」がひたすら続く。
 第二部「女性と柔道」がこの本の真骨頂といえよう。

 この本で明らかにされるのは日本柔道界における「勝利」「金メダル」至上主義であり、「底辺」におかれた女子柔道の過去と現実である。
 また最近話題となった全柔連役員によるセクハラ事件・コーチによる暴力事件にも触れられている。突っ込みが足りないという書評もあるようだが、それはむしろ酷というものだろう。関係者がここまで不祥事を分析した事は評価されるべきである。

 柔道史における女性達の苦労、現在までの立場を勝ち取るまでの道程が丹念に調べられ記録されている。
 第二部第4章ではずばり「エロチシズムと大衆文化」というタイトルで、女子柔道への偏見をエロスという視点から、歴史的資料も用いて検証している。
 柔道という世界的スポーツにおいて、このような本が21世紀の今ようやく出されたことは注目に値する。
 スポーツにおける「性差」という問題を考える上で、先人(女子柔道家)たちの苦労の道程が記録された貴重な研究資料である。

 しかし、あえて言わせてもらうならば、柔道を修練する女性たちの苦労の陰に、それを理解し協力した男性柔道家の尽力も忘れてはならないだろう。

 遙か大昔、池袋駅西口にある極真会館本部道場というところで空手を教わっていた頃。
 その日、たまたま黒帯の女子部の先輩が一人稽古に参加していた。
 いつも通り長い準備体操と基礎鍛錬を終え、さあ約束組み手が始まったときのこと。

 若い女性の先輩でしたが、正拳突きの約束組み手、いつものように男の道場生だったら遠慮無く胸板に正拳突きするんですが、相手が女性だと

「え?胸・・・・・」

と、私の場合は躊躇したわけですね。
蛇足ですが、女性の拳は男性に比べ小さいので、男性の正拳突きよりもメチャ痛い。 

 もちろん女子柔道に理解を示さなかった人々を擁護するつもりはさらさら無いのですが、女子柔道の黎明期、男性の中で女性が乱取りや寝技を練習するというのは、なんだかんだいっても男性側にも戸惑いがあったのは事実のはず。
 その戸惑いや偏見を超えて、女子柔道をスポーツ種目として確立していく上で協力していった男性たちの存在も忘れられてはならないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キム・ジャイン、5.14クライマーに

日本全国1億2千万のキム・ジャインちゃんファンの皆様こんにちわ。

キム・ジャインちゃん、今さらですが5.14クライマーの仲間入りだそうです。
韓国の月刊MOUNTAINウェブサイトが動画付きで報じていますが、冷静に考えれば外岩を登るキム・ジャインちゃんの姿は珍しいんじゃないでしょうか。

[動画]クライマー キム・ジャイン、グレード5.14aの岩を登った by MOUNTAIN 2014.5.14

以下引用開始
----------------------------------
[動画]クライマー キム・ジャイン、グレード5.14aの岩を登った
5月7日、鳥飛山「雲楽仙景」ルート第2登、女性初登

141
▲クライマー キム・ジャインが「雲楽仙景」を登っている。 写真提供:オール·ザット·スポーツ

[MOUNTAIN =ミン・ウンジュ記者]
 スポーツ クライミング選手キム・ジャイン(26)が去る5月7日、京畿道・龍仁市 処仁区 白岩面 石泉里にある鳥飛山の岩場でウンヨソンギョン(雲楽仙景)を完登した。
 これによりキム・ジャインは5.14級クライマーの仲間入りを果たし、同ルートの2登、女性初の完登者になった。鳥飛山の岩場は奥行き40mの洞窟入口にある天井ルートを含め難易度5.9から5.14まで多様なルートが存在する。
 そのうち、ウンヨソンギョン(雲楽仙景)は14m長のルートで、洞窟入口にある天井をつたって岩壁まで斜めに長く続くルートで、5.14aのグレードが付けられている。去る3月27日、クォン・ヨンヘさんが初登した。
 キム・ジャイン選手は 「外岩での難易度5.14ルート完登はクライミングを始めた時から常に夢見ていました。しぱらく外岩のクライミングを数多くすることもできず悔しかったけれど、5.14のルートを完登したクライマーになれたことが本当にうれしい。今回をきっかけに、クライミングをさらに楽しめそうです」 とコメントした。

142
▲クライミングの準備をするキム・ジャイン。 写真提供:オール·ザット·スポーツ

今シーズンは膝の負傷を防ぐためボルダリングW杯に参加しないキム・ジャインは、人工壁と外岩を併行して登りリード競技のシーズンに備えている。キム・ジャインは今後もスポーツクライミング大会出場だけでなく、国内外の外岩にも挑戦する計画だ。
 一方、韓国女性クライマーの高難度クライミングは2000年に故ゴ・ミスンさんがアメリカ・ユタ州のアメリカンフォーク(5.13d/14a)を女性初登して初めて5.14級に到達した。アメリカンフォークは5.14aとされていたが、ゴ・ミスンさんが初登後に自らグレードを再設定したことが知られている。

----------------------------------
以上引用おわり

関連リンク:
キム・ジャーインの最近の岩場での成果 by 雪山大好きっ娘。+ 2014.5.27

| | コメント (2) | トラックバック (0)

少年老いやすく

土曜日。
宮城県石巻にて、赤十字の救急法講習を受講。

Img_0743

 過去、山形で2度にわたり赤十字の救急法講習を受講。
 しかし3日連続の講習、呪われたかの如く必ず急な仕事が入り、2度とも受講未完に終わる。
 赤十字山形支部は講習の開催も不定期で、スケジュールも直前にならないと発表にならず、受講しづらいことこの上ない。
 一方、宮城支部は年度初めにきちんと講習開催スケジュールを発表してくれるので、越境して宮城で受講することにしたのだ。

 本日は基礎講習、講師の方もかなり気合い入っていて真剣にお勉強の一日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】Redwood Highway

年老いた女性が一人、オレゴン州レッドウッド・ハイウェイ、80マイル(約130km)の歩く旅に出る。
そんなロードムービー Redwood Highway が今春から全米で公開されます。

 シャーリー・ナイト(Shirley Knight)演じる主人公マリーは、傷とも呼べる過去を持つ女性。そんな彼女がかつて眺めた海を見るため、そして孫娘の結婚式に出るため、リュックを背に旅に出ます。その途上、個性的な人々と出会うことになります。

M1
 宣伝曰く、「人生、そして自分自身を知ることに、遅すぎるということは無い。」

Mo2
 なんだか以前見た『星の旅人たち』の二番煎じみたいで、アメリカの映画評論サイトも結構辛口な採点ですが、予告編後半の素晴らしいオレゴンの森に惹かれますね。Redwood Highwayはカリフォルニア北部からオレゴン州に通じる実在の道路の名称。

M2
 彼女は旅の途上でどんな人に出会い、どんな光景を目にするのでしょう。

映画『Redwood Highway』 公式サイト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神は残酷だ。ジェフ・ロウの今

何度でも書く。

神は残酷だ。

海外のクライミング事情に詳しい方は既にご存じと思いますが、あの現代クライミングの鬼才、ジェフ・ロウ氏がALS(筋萎縮性側索硬化症)に似た、未知の病を患っているそうです。
その病状は、下記のデンバーポスト記事のタイトルで推察下さい。

Legendary mountain climber Jeff Lowe slowly dying of ALS-type disease by Denverpost2014.5.11

Jl
孫娘バレンティナ(4歳)のクライミングを見守るジェフ・ロウ。バレンティナをフォローしているのは、現在のパートナー、コニー・セルフ。

Jl2
病状は進み、酸素補給器を要し、次第に会話も困難で筆談用のノートを携帯しているとのこと。

それでもなお、ジェフ・ロウは山を訪れることが好きで、上記画像のように車椅子でコロラド州のトレイルを訪れているそうです。

記事は余命短いことを伝えています。
素晴らしいクライミング経歴の陰で、登山用具のビジネスや私生活・夫婦生活では苦労の多かったジェフ・ロウ氏。
献身的に生活を支えてくれるコニー・セルフと共に、幸せな生活が続くことを祈ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウクライナ隊、ロブジェ東峰東壁に新ルート開拓

 正確な日時は不明ですが、ネパールのトレッキングピークとして知られるロブジェ東峰の東壁に、ウクライナ隊がダイレクトに直上する新ルートを開拓しました。
 ユーリ・キリチェンコら4名のクライマーが8日間かけて登攀したものです。
 標高差700m、平均斜度70°、A3 6Bというグレードでルート名は「2本の矢」と命名されています。

P1
 赤いラインが今回ウクライナ隊が登攀したルート。
 ロブジェ東峰のバリエーションルートとしては、東壁左寄りの顕著なクーロワールを86年にジェフ・ロウとヘンリー・ケンダルのペアが初登、翌日アリソン・ハーグリーブスとマーク・トワイトが2登に成功しています。東壁右のスカイライン(東稜)をトッド・ビブラー、キャサリン・フレアのペアが85年に初登しています。

P2
登攀するウクライナ隊

P3_2
頂上の様子

なお、このチームはウクライナ・オデッサ山岳会の遠征隊で、「世界の美しい10の山」を登るという計画のため高所順応を兼ねてロブジェ東峰に登ったものです。さらにアマダブラムやシブリン等を計画していますが、ウクライナ・オデッサは今現在「内戦」と報道されるまでにひどい様子、計画の実現を祈りたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

連休はピザを喰う。

5月3日、山形県朝日少年自然の家の行事『段ボールでピザを焼こう!』にスタッフとして出動。

Img_0723
 今回は息子とカミさんゲスト参加。おそるおそるピザ生地を練る息子。

Img_0727
 当ブログ、結構「段ボールピザ」で検索してこられる方が多いのです。
 朝日少年自然の家では段ボール箱(焼酎の箱がいいサイズのようです)をいったんバラし、両面テープでアルミホイルを全面に貼り、再び箱に組み立てます。

Img_0729
 約70名の親子連れの方々が参加してくださいました。

Img_0730
 寝かせて膨らませた生地を伸ばしてトッピング、網の上にのせ、その網を箱に突き刺した串に乗せます。
 箱下に煉瓦を置き、その上に燃した炭をいれ、箱を閉じます。
 炭火の放射熱・輻射熱でピザが焼けるんですね。

 Img_0731
 炭火なもんで、ピザの焼ける時間はまちまちです。
 子供達に頼まれ、革手袋をして時々箱を開けてあげるのが私たちの役目。
 子供達のワクワク感が伝わってきます。

Img_0732
 できあがり。
 自然の家で用意してくださったスープとともに、皆さん美味しく食べていたようです。

Img_0733
 帰る間際、研修担当のノリさんからいただいた燻製岩魚。
 どうもごちそうさまでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年 第22回ピオレドール 審査の内幕

 2014年 第22回ピオレドール賞はアンナプルナ南壁ソロ、K6西峰の2隊に決定したことは既に山屋な皆様にはご承知のとおりです。

P1

 その審査過程の 生 々 し い 内容の一部が、韓国から参加した審査員イム・ソンムクによって明らかにされました。

FOCUS 第22回ピオレドール賞授賞式 by 月刊「人と山」2014年4月号

記事中から、審査過程に関する部分を抜粋・引用します。

--------------------------------------

『あなた方が評価する登山ではない!』

難産の末、ウェリ・シュテックとカナダチーム共同受賞決定
ジョン・ロスケリーはアメリカ人初の生涯功労賞受賞

審査委員らは鋭く対立し、6時間にわたる激しい議論が続いた。
第22回ピオレドール審査委員会(委員長ジョージ・ロウ)は3月28日、フランス シャモニで審査委員会を開催、生命を担保にした登攀に対する昔から続く論争を重ねた結果、フリーソロでアンナプルナ南壁に新ルートを開拓したウェリ・シュテックとK6西峰北壁の自然な氷壁ラインをたどったカナダチームの共同受賞を決定した。
クライミングの危険性と安定性を同一線上に置いた今回の決定は、この時代を代表するアルピニズムの中に2つの極端なクライミングスタイルが共存することを認めたものである。

(中略 訳者注:ノミネートされた各隊の解説が続く)

第22回ピオレドール審査委員会

 第22回ピオレドール審査委員会は、新しい審査規定を追加した。 新しいアルピニズムを定義して、その未来を提示した委員会の今回の決定は 2002年9月6~8日にオーストリア・インスブルクで開かれた「マウンテンスポーツの未来に関する会議」で採択されたチロル宣言に、「頂上に関する新しい原則」を追加したのだ。
  これは将来の登山に対する明確性を確立する点で多くのアルピニストたちが共感した。

第22回ピオレドール賞審査規定

1.エレガンスな登山スタイルか?
2.創造性と革新性があるか?
3.探険の精神があるか?
4.独創的か? 他人の助けを受けたか?
5.遠征隊の自律性があるか?
6.高度の登山技術があるか?
7.参加と自律性はあるか?
8.パートナーと地域住民を保護したのか?
9.自然保護を実践したのか?
10.登頂の証拠は明確か(新規定)?

 審査規定は「クライミングの発展に貢献した模範的なクライマー」を受賞者として選定するという点は以前と同じだが、登頂に対する新規定を追加した。
 細かく見れば、コマーシャリズムのために犠牲を払って頂上に登る行為、スポンサーの莫大な資金支援、大規模な人員、シェルパと高所ポーターの補助、酸素と固定ロープそして衛星通信の利用、薬品利用(ドーピング)によるクライミングなどを否定し、同時に登頂の証拠は明確でなければならないという点がそれだ。 これはアルピニズムの源であると同時に、その象徴が頂上にあることをもう一度強調したことで、今回の審査で論争の中心となったウェリ・シュテックのアンナプルナ南壁登攀を指したものである。 登頂の証拠を提示することのできない場合、今後はノミネートから排除するという意志の現れでもあった。

審査の過程と結果

「ウェリ・シュテックは俳優と同じだ。彼の言葉は人々を惑わしている。」
 候補チームのブリーフィングと質疑応答後に開かれた審査委員会で、カトリーヌ・ディスティベル(フランス)の発言はその場を一瞬沈黙させた。 イタリアの国民的作家であり登山家であるエリ・デ・ルカ(イタリア)は反論する。
「七十を越えた私が俳優とアルピニストを区別できないというのか? ウェリ・シュテックを信じられないならば、なぜ彼を最終候補に挙げたのか」とトーンを高めた。
 するとカトリーヌは「生命を担保にした危険なクライミングを排除して受賞者を選定しなければならない」として、重ねてウェリ・シュテックを間接的に批判した。
  これに対して審査委員で参加した記者は「ヒマラヤ登攀とアルピニズムから、どうやって危険性を排除できるのか?」 デニス ウルブコ(ロシア)も「候補チームの中で危険に直面しなかったチームがどこにいるのか?」として彼女を責め立てた。 審査委員長であるジョージ・ロウ(アメリカ)は「生きて帰ってくることが重要だ」という原則的な言葉でカトリーヌを擁護した。

 様々な意見が飛び交う中で雰囲気は険悪となると、すぐにジョージ・ロウ委員長は「何チームを受賞者と選定するか」を先に決めることを提案した。 昨年、最終候補に挙がった6チーム全員受賞の決定に対して批判的なしたエリ・デ・ルカは、アルパインクライミングのオスカー賞であるピオレドール賞の権威を考えた場合、1チームが適当だという意見を表明した。委員長とカトリーヌは3チーム、記者とデニス ウルブコ、カリン・シュタインバッハ(ドイツ、ジャーナリスト)は2チームが適当という意見を提示してこれを貫いた。


 受賞者の選定過程はより一層険しいものだった。 デニスは最も衝撃的なクライミングを展開したウェリ・シュテックとチェコチームを推薦した一方、審査委員長とカトリーヌはスイス-オーストリア合同チームとアメリカチームを推した。 この過程で大声が行き交ったりもしたが、委員長の仲裁でもう一度投票を進めた。
 その結果、ネパールのタルン北壁を登ったチェコチームはカリン・シュタインバッハが反対票を投じて脱落した。 代案としてカナダチームを受賞者として推薦した記者は「極限のクライミングと最も自然なクライミングを展開した2チームを受賞者で選定するならば、現代のアルピニズムの立ち位置をありのまま示せるいう点で意味がある」という意見を述べた。そして再投票が成り立った。

ウルブコとエリ・デ・ルカ、カリン・シュタインバッハが賛成票を投じて結局、ウェリ・シュテックとカナダチームが第22回ピオレドール賞の主人公となった。 投票後、ウルブコは審査委員長であるジョージ・ロウを正面から見つめて「ミスタージョージ! ゲーム オーバー!」と話し、延々6時間続いたマラソン討議の結果を受け入れるよう迫り、終止符を打った。

審査委員の審査評

ジョージ・ロウ(審査委員長) 「クライミングとは生きて帰ってくることだ。将来のアルピニズムはやはりこの枠組みの中で考えなければならない。いつまで困難で危険なルートだけ探して登るというのか!」

エリ・デ・ルカ 「私の著書『蝶の重さ』でも語ったように、人生は選択だ。アルピニストの精神は危険に対して、それを克服する過程で芽生える。 私たちが人生を生きて数多くの選択をすることと違いはない。」

デニス・ウルブコ 「クライマーの精神は死も辞さないという意志にある。 タルンを登ったチェコチームとウェリ・シュテックはその神髄を見せてくれた。 安全な登攀スタイルに慣れた者が評価できるクライミングではない。」

イム・ソンムク 「アルピニズムの歴史は犠牲の歴史であり、克服の歴史だ。 クライミングの自然的・人為的な危険の克服は登山家個人の選択だ。その選択まで審査することはできない。」

カリン・シュタインバッハ 「ウェリ・シュテックを選定しないというのなら、現在の最も価値あるクライミングを冷遇するということだ。 評価は後日になろうとも今はウェリ・シュテックだ。」

カトリーヌ・ディスティベル 「生きて帰ってくることができる前例を将来に伝えるべきで、危険を減らす方法を認知させなければならない。アルピニストがそのような選択をする一助になりたい。」

--------------------------------------
以上引用おわり

 昨年「全チーム受賞」という画期的な結論をだしたピオレドール審査委員会でしたが、今年は激論の末に2隊受賞という結論を導きました。
 私は「全チーム受賞はピオレドールという賞の在り方を考える上でのエポックである」と当ブログで主張しましたが、現実はさらに混迷と対立を増しているようです。
 
 かねてからピオレドールに批判的な論調が目立つイタリアのMontagna.tvはじめ、一部のヨーロッパのクライミングサイトがとりあげていますが、今回選に漏れたクンヤン・チッシュ東峰を登ったハンスヨルク・アウアーなどは「今回のピオレドールに意味なし」 「自分たちを理解してくれたのはジョージ・ロウとカトリーヌ・ディスティベルだけ」 「今後(選考過程などに)変化が無ければ、ノミネートされてもピオレドールには参加しない」など、その不満と怒りを自身のfacebookでぶちまけています。

 なぜか日本の山岳メディアは「誰それが受賞した」という時点で思考停止していますが、それでいいのでしょうか?

 くりかえしますが、私はこういった賞の存在が悪いとは思いません。
 どっかのアルパインクライマーの爺が「クライミングは比較の対象ではない」とか批判してますが、80~90年代に
「酸素パカパカ吸って8000m峰か」とか「今さら極地法か」とか、散々自分たちと他人のクライミングを比較しまくっておいて今さらどのツラ下げて言ってんだヴァーカ、としか私には思えないわけですね。

 しかしここ数年のピオレドールにまつわる話題をみていますと、当事者であるピオレドール受賞者・ノミネーターであるクライマー達の「不満」の声を無視できない事態に陥っていると思います。

 前述のハンスヨルク・アウアーは自分たちのクンヤンチッシュ、そしてK6、アンナプルナ南壁ソロはそれぞれ異質のクライミングであり、異なるクライミングを一線に並べて評価されることに違和感を抱いていることを述べています。
 さらに賞の授与対象を細分化するか、もしくは賞の存在自体を発展的に解消するか。
 いずれにせよピオレドールという賞は、現状のままではその存在意義を問われ続けることになるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今あらためて問う、山野井泰史氏 ポタラ北壁「加油」ルートの意義

Gol

2004年から2005年にかけて山野井泰史が登攀した、中国のポタラ北壁。
2013年、そのポタラ北壁に、中国人アルパインクライマー3名が挑みました。
その模様が45分の動画として公開されています。
タイトルは、『加油!布达拉』

Potala


(youkuに並び重い土豆ですので、時間帯を選んでご覧下さい。またiphone等スマホではご覧になれないようです)

2013年のポタラ北壁隊は、中国を代表するアルパインクライマー、何川、孫斌、裂缝の3名。
彼らは2013年夏に中国人初のトランゴタワー登攀を計画していましたが、ナンガパルバットBCテロリスト襲撃事件により計画を中止、その代わりにポタラ北壁挑んだものです。

Po2
ポタラ北壁をバックに、左から裂缝、何川、孫斌の各氏。

Po3
右青のラインが当初計画していたルート、左赤のラインが実際の登攀ライン

Po4
登り始めた彼らは、以前に登っていた「日本人」の痕跡を発見します。
そう、彼ら3人が登っていたルートは山野井泰史が登攀した「加油」ルートだったのです。

ここから動画は、初登した日本人・山野井泰史氏の足跡を丁寧にとりあげます。
撮影班は日本を訪れ、まず平山ユージ氏に山野井泰史像をインタビュー、そして奥多摩の自宅を訪問して山野井夫妻の今を、取材します。
山野井氏にとってポタラ北壁登攀はどんな意味をもつのか。
「加油」というルート名は山野井氏自身にとってどんな意味をもつのか。
撮影班はあくまでも丁寧に、山野井夫妻を取材していきます。

ネタバレになりますが、中国人クライマー3名は途中でその困難さに断念を決定、下降します。
再来を誓い、再挑戦を志す限り、失敗ではないのだ、と。
そして動画のラストは、ますます盛んになる中国のクライミングを映し、クライミングを通じて自分の限界に挑む人々に向けて、こう結ばれます。
『而当你遇到自己心中那座布达拉时』
『加油』
(あなたが心の中のポタラ峰に向かい合うとき)
(がんばれ!)

 このように、中国のトップクライマー3名が挑んだポタラ北壁の記録動画は、そのまま山野井泰史氏の足跡を中国人に知らしめる動画として構成されています。
 日本のキャンピングギア等に対して「小日本」「日本鬼子」などと書き込まれる掲示板も、限界に挑む中国人クライマー、そして山野井泰史氏の記録の前に驚愕と賞賛のコメントが書き込まれています。
 
 従来、これほどまでに中国人クライマーを感嘆せしめた日本人がいたでしょうか?
 中国共産党の犬NHKやテロ朝などのマスゴミは「日中関係の悪化」を叫び火に油を注ぐのに懸命の今、日中のおえらい政治家が束になっても実現できない世界・・・クライミングを通じ自分の限界に挑もうとする人々にとって、日本人も中国人も関係ないということを、この動画は感じさせてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »