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「誰も行かない道で登攀の真の意味を考える」 キルギス・アクサイ山群コロナ5峰 韓国隊登攀記 

 韓国でビッグウォールクライミングをメインとする登山学校「エクストリームライダー登山学校」のメンバーが、キルギス・アクサイ山群のコロナ5峰に新ルートからの登攀に成功しました。
 7人、登攀チームと撮影チーム2班から成る遠征隊は7月13日に壁に取り付き、悪天、そして2班に分かれたチームゆえの苦労を乗り越え、7月22日午前10時、登頂に成功しました。

 遠征隊のグォン・オヨン隊員による手記が韓国の月刊『MOUNTAIN』2014年9月号に掲載されています。
 撮影チームと交差するクライミングの葛藤、クライミングに対する自身の心の内が綴られ韓国の山岳メディアでも久々に読み応えのある手記になっています。

誰も行かない道でクライミングの真の意味を考える by 月刊MOUNTAIN 2014年9月号

以下記事引用開始
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誰も行かない道で登攀の真の意味を考える

キルギス・アクサイ山群コロナ5峰新ルート「アリラン」登攀記
記事 グォン・オヨン (エクストリームライダー登山学校講師)

P1
▲3ピッチめのクライミングでトラバースしている筆者。

 寒い。
 靴下を二重に履いたのに、クライミングシューズは風を防げず、つま先が凍る。手袋をはめた指は感覚がない。
 太陽の光が差し込む午前10時まで、手も足もこごえ、足をドンドン蹴飛ばし、手を脇に挟んで暖めてからクライミングを始めた。しかし、今日はその日光さえも差さず風だけが強く吹いている。

 今日で6日目の遠征は、頂上アタックに失敗した。五日めには登頂し、下山できると考えていた。今日も吹雪が激しく襲いかかる。風のためポーターレッジが飛ばされそうだ。遠くに厚い雲が来るのを眺めるしかないのが嘆かわしい。前進することも後退することもできないので、ここでチャンスを待つしかない。

 最初のボタンをかけ間違えたような感じの7月16日、韓国を出国して13日目の今日、ようやく本格的な登山が始まる。ポーターとのトラブルにより、ベースキャンプが変更され、それにより隊員が10日間にわたり荷揚げして、ルートを偵察して、壁の下に荷物をデポすることを繰り返した。
 出国前に立案した計画は全てが遅れ、今日になってようやく登山を開始する。事実、今回の遠征は最初から順調ではなかった。SBS放送局の撮影チームが参加することになり、遠征隊の規模も大きくなり、撮影チームの分まで気を使わなければならなかった。
 今日も同じだ。午前8時頃にベースキャンプを出発したが、良い映像を撮るために撮影を繰り返す手間で、10時になってから壁に到着した。また、事前に装備をチェックすべきところ、登山チームが二つに分かれたため、装備を探すために12時になってから、キム・セジュン兄(訳者注:血縁関係ではなく、韓国特有の年長者への敬称)のリードで登り始めた。

P2
▲吹雪に足止めされ、ポーターレッジで休憩中のキム・セジュン(左)と筆者(右)。

 遅い出発と装備の件で、皆神経がピリピリしている。私たちのチームは、キム・セジュン兄とビョン・ソンホ兄と私がザイルを組み、撮影チームはキム・ソンド兄、パク・ミョンウォン兄、ジョン・ウォンジョ兄がザイルを組みワン・ジュンホ兄が撮影するシステムだ。撮影チームは私たちよりも2ピッチ先行しているが、お互いのルートとスピードにも気を遣うナーバスなクライミングになる。しかも新ルートで、だ。

 セジュン兄が1ピッチ完了した合図を送ってきた。今度は私の番だ。ギアを回収しながら登るが、頭を上げた瞬間、白い塊りが飛んできてヘルメットに激突した。「パカッ」という音とともにヘルメットが割れていた。昨年の遠征では落石で壊れて新しく買ったが、今度は落氷だ。私のヘルメットは一回きりの遠征用だ! 気分は落ち込みながらも1ピッチを完了、荷物を引き上げる間、セジュン兄が2ピッチめを登る。2チームのルートラインが似ていて、先行する撮影チームの落石がこちらに飛んできて緊張しまくりだ。セジュン兄も二度の墜落をした後、ラインを捉えて登るが「触れる岩から落ちていくようだ」と言う。
「岩がどれも落ちそうだから、壁にくっついて避けていて!」
 隠れるところも避けるところも無く、緊張に緊張を重ねて待機する。無事に20時過ぎ、2ピッチのクライミングが終わる。ポーターレッジを準備して夕食をとると、いつのまにか23時だった。余裕がありそうな初日から、ボタンを掛け違えた感じがする。

60mずつ2ピッチ登ることが私の割当

 2日め、私がリードする。朝は日光も差さず、手足が凍えて感覚が鈍くなる。脇に手を入れて暖め、氷が詰まったクラックを右に避けて右上する。半分ぐらい登ると、突然吹雪になった。風で上からスノーシャワーが降り注ぐかと思ったが、その瞬間風向きが変わり、吹雪にさらされながら登る。後退することもできないので、ずっと登っていたら、ソンホ兄から「ボルトに固定して降りてこい」と無線が入る。退却の合図だ。ボルトにロープを固定して2ピッチ下降して待機したが、天気が回復する兆しもなく、午後、クライミングを終える。ポーターレッジに横になり、全てが白い世界でフライを殴る風の音だけを聞き、一日を過ごす。クライミングの時に足が凍えて感覚が鈍くなるため、持ってきた靴下を二足重ねて履いた。

P3
▲ 3ピッチを半分ぐらい登ると突然吹雪になり、スノーシャワーが降り注いだ。吹雪の中で登ったものの、退却する以外になかった。

 3日め、朝は天気が良い。明け方には風が激しく吹いていたが、いつのまにか晴れたようだ。兄たちがポーターレッジを整理する間、私は前日固定しておいたロープを回収して3ピッチめに登る。ホーリング(荷揚げ)する間に兄たちが登ってくる。4ピッチめはガリーを登り再び壁となるが、周囲は氷壁ででロープの流れに気を遣う上、プロテクションを回収して登ると撮影チームとラインが重ならないか心配だ。 2時の方向に斜めに登るが、プロテクションを設置する所がなく、フリーで恐る恐る登る。雪を削りステップを作って4ピッチめを終えてホーリングする間、一人ずつインタビューをしながら登ってくる。
 セジュン兄が「今日は60mずつ、2ピッチクライミングするのが君の割当」と言うので、あとは5ピッチ目だけだ。既存ルートを登れば撮影チームと遠ざかるため、登攀ラインを撮影チーム横に変更する。互いに応援の会話をやりとりした後、5ピッチめを登る。

P4
▲ 3ピッチめ登攀終了後、荷物を引き上げている筆者.

 バードビークを使わなければならない人工ルートを登ると、クラックのフリールートとなる。登攀ラインがすっきりしていて素晴らしいピッチだ。ハングを越えるとロープが10m程残っているはずが、ロープの重さと屈曲のために上がってこない。やむを得ずロープを引いて手に握り、フリーで登ってピッチを終えたらもう力が残っていない。ホーリングを終えると体に寒気がするため、急いでポーターレッジを設置して横になった。腹が減り、夕食をほとんど飲むように食べたら、すぐに眠り込んだ。

P5
▲ 5ピッチめはバードビークを使わなければならない人工ルートで、次にクラックから成るフリーのルートが続く。登攀ラインがすっきりしていて素晴らしいピッチだ。

登路主義あるいは登頂主義、果たしてそれが問題なのだろうか?
(訳者注:登路主義とは、登頂よりも「登攀ルート」に主眼をおいた登山を指す韓国登山界の用語)

 昨日は撮影チームが遅くまでクライミングしていたため、今日は私たちのチームがさらに早く登ることを考えたが、ミョンウォン兄がリードしながら撮影し、再び登る。なぜか追いつけそうな気がする。
 私たちのチームは今日はソンホ兄がリード。6ピッチめを終え、撮影チームと重複しないように脇のラインを登ろうと見てみると、クラックに岩が幾重にも詰まってラインが見いだせないという。しばらく周囲を確認しても登攀ラインが見つけられないため、撮影チームのルートを登り、トラバースすることを決める。登攀ラインが変わり、ロープが屈曲して手に負えなくなるのが予想される。

 午後、雲が出て吹雪になったが悪天は過ぎ去った。ある程度登ったソンホ兄は横に見えるテラスに行くべく、ルートを曲げてフリーを試みたが、さっき降った雪でホールドが滑りやすく、長い墜落をしてしまう。ロープも屈曲、ホールドも滑りやすい、天候も寒い、体力も落ちて・・・。厳しいクライミングの末、7ピッチめを終えるといつのまにか夜になった。その間、撮影チームはクライミングを続けていて頂上直下まで到達した。明日、2チームは合流して頂上に一緒に行くことを計画した。

 クライミングを始めて五回めの夜が明けた。計画どおりならば、今日頂上に登って下山しなければならないが、まだ頂上は見えない。それでもクライミングは今日が最後だ。残るピッチだけさらに登り、頂上に続くクーロワールが出てくると、明日には頂上に到達するだろう。
 今日はセジュン兄がリードする。昨日登った撮影チームが「私たちが考えたラインに、ボルトとリベットがいくつか打ち込まれている」と言い、またラインを変更して登る。

 撮影チームともラインが重ならない、誰も登っていない新しいルート。多分、一番最初に計画した通りに行けば、すっきりした新ルートだったかもしれない。初日に撮影チームが登ってみれば、既存ルートではない新ルートに登ることができるよう撮影チームも新ルートを登ることになったし、私たちのチームはそのラインを避けて登るしかない。

P6
▲ 6ピッチめからみた撮影チーム。彼らと登攀ラインが重ならないよう迂回して登ると、ロープの屈曲が激しくて登クライミングが非常に困難だった。

 登路主義か、さもなくば登頂主義か。
 私もまた「何がさらに重要なのか」を考えてみたが、答を見いだすことができなかった。ただし、「どれほど自ら努力したのか」、自分だけでなく「パートナーをどれだけ尊重して共に楽しんだのか」がさらに重要ではないかと考える。兄たちが一生懸命に示した「共にに楽しむクライミング」、「相手を尊重するクライミング」、今回の遠征でそんなことを認識させられた。

 8ピッチめを終えて登るときに再び激しい風が吹き始め、雪が飛ぶ。ここからは撮影チームが先にクーロワールにロープを設置し、共に頂上に登ることにしたが、実際に登ってみると魔法の城のように大きくて雄壮だ。撮影チームがロープ2本で10ピッチまで設置した後、クライミングを終える。 期待少し外れたが、明日残ったロープを設置すれば、いよいよ頂上を踏むことができると思えば気分は良い。ポーターレッジに入ったが風は強く吹き、遠い尾根には厚い雲が迫っている。

P7
▲遠征隊が切り開いた新ルート「アリラン」。緑色は登攀チーム、黒い色は撮影チーム。二つのラインが出会う部分は8ピッチ終了地点で、以降は全隊員が一緒にクーロワールを越えて頂上に到達した。

 6日め。風は一晩中荒々しくフライを揺さぶり、朝になったがポーターレッジ以外はすべて雪とガスで覆われ、前が見えない。今日は頂上に行きたいのに、行くことができるか・・・。
 お茶を一杯飲んだ後、待ちに待つ。午後1時だというのに、風は相変らず激しい。だが視界は少しずつ明るくなって登り始めることにする。
 ウォンジョ兄と私がリードすることになり、荷物を整理する。ホーリング用ロープとクライミングロープを上げるために整理する間、ミョンウォン兄が先に登る。荷物を整理しておいて「ある程度ロープが張られただろう」という考えで一人ずつ登る。私も共に登るが、下からソンホ兄が「下降しろ!」と大声を張り上げる。今日はどうしても危険だから11ピッチまで作業して、12ピッチ途中で下降したとのこと。まもなく風が強くなり、また雪が降り始める。ポーターレッジを設置して残った時間は微動だにしないまま、明日は天気が良いことを祈るだけだ。

いつものように私の胸に良い思い出が残る

 クライミングを始めてから毎日、夜ごと風がポーターレッジのフライを揺るがし、吹雪で2日も壁で足止めをくった。頂上は私たちを許さないのか、どこかでボタンをかけ間違えたか。
 いくら装備が良くて、実力が良くても、山が許さなければ頂上に行くことはできないという気がしてくる。

 明け方2時ごろ、夢うつつに夜空を見た。空に星が多かったが、遠くから厚い雲が私たちに向かって近づいてきており天気に期待はできない。長い尾を描いて落ちる流星を見て、私は祈りを捧げる。 明日は天気が良くて頂上を踏めますように。今は体力も、情熱も、ほとんど底をついて、待つばかりなのに疲れたと。 私の祈りに応えるように、流星が一つ、長く尻を描いて落ちる。 雲が空を覆うのを見たくなくて、すばやく再び寝床につく。

P8_2
▲遠くから見た時とは違い、頂上へ続くクーロワールは魔法の城のように大きくて雄壮だった。

 クライミング7日め、星が私の祈りを聞き入れてくれたのか。天気が良く、朝早くクライミング開始。今日はソンド兄と私が頂上へ続く最後のロープを設置する。一人だったらどうなったかもわからないが、一緒なので体力がなくても情熱が冷めても前進できるようだ。ソンド兄のリードで12ピッチめを完了して登ってみると、頂上に至るガリーが目に映り、周辺の山々が足下にある。

P9
▲頂上直前の12ピッチ、ガリーを登ってみると、周辺の山々が足もとにある。

 最後の13ピッチめを出発してまもなく、「頂上に到達した」と無線が入る。続けて頂上に立つと「もう終わりだ」という嬉しさ、天気も良くて周辺の風景がひと目で入ってくる。 その風景に心が平穏になり、これまでの苦労が慰められるようだ。他の隊員も一人、二人、頂上に登ってきて、これまでの労苦をいたわるように長い時間かけて喜びを分かちあう。そして下山を急ぐ。

P10
▲2チームが合流した場所である8ピッチまで降りてきて、残った荷物を整理して壁を下降する直前の姿.

 2チームが合流した場所である8ピーチまで降りてきて、残った荷物を整理して壁を下降する。下降用のロープも岩でとても痛んでいる。ケバ立ったロープ、芯が見えているロープもあり、最後まで緊張を解くことはできない。すべての遠征の終わりは「家に無事に帰ってきた時」である。
 壁での制限された生活で、地面に足の裏がついた時は、安堵感と共に何でもできるような自信が湧く。取り付きに降りてきて、支援チームが沸かしてくれた蜂蜜水を続けざまに飲んだ身体は、溶けて流れるようだ。

P11
▲頂上でエクストリームライダー登山学校校旗を掲げて写真撮影をした。(一番左側)

 ベースキャンプまで持って降りて行く荷物を整理するが、下りでは足が動くのに、装備を持って再び上に登るときには足に力が入らず足が地面から離れない。これ以上私の身体に登る気力は残っていないようだ。 すべての装備を回収して無我夢中で歩きに歩き、ベースに到着すると、SBS撮影隊員がお粥とスープを作ってくれていた。満腹感も感じられず、また食べる。いつものように、夢みた頂上に立ったことが、私の胸の中に良い思い出として残るのだろう。

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以上引用終わり

 このMOUNTAINの記事の他、パク・ミョンホン氏の手記も参照しましたが、メルー北壁、ラトック1峰などビッグウォールの第一人者キム・セジュン隊長に「荷揚げの水55リットルは多過ぎだ!」とせっかく荷揚げした水を捨てられたり、壁の途中でシューズが脱げて落下(幸い、後に回収)する等々、様々な苦労があったようです。
 
 なお今回密着取材で同行した韓国SBS放送局は「おじさん、ビッグウォールを登る」と題し、

 彼らはマートマネージャー、ビル外壁管理士、中小企業の社長、弁護士などお互いの環境と職業は違うが家長としての役目を果たすために、一日一日の日常を耐える中年のおじさんたちです。
 現実を思えば、なおさら仕事に取り組まなければならないのに、彼らはどうしようもない逸脱の誘惑に苦しみます。
(中略)
 高度5千mで感じる「人生」そして「家族」、 明らかに感じられる体力の限界に青春の儚さも感じます。
 悪天候に苦しむ度、頂上に対する目標も揺らぎます。その混乱の中で、おじさんたちが切実に悟ったのは家族と日常の大切さです。

 と、なかなか魅力的な番組宣伝が告知されています。
 韓国SBSの番組予告編はこちら↓

 日本のマスゴミ連中が、クライマーを奇人変人扱いではなく正当に扱うようになるのは、いつなんでしょうね(棒読み)

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