« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

ウルブコ隊、冬季K2は北東稜 新ルートをめざす

10月11日の記事で紹介した デニス・ウルブコの冬季K2計画 について新たな情報が入りました。

 当初、ウクライナはじめ東欧のクライミングサイトでは予定ルートはK2北面、中国側の日本ルートと報じられていました。
 新たに報じられた情報では、デニス・ウルブコが狙っているのはK2北東稜の新ルートからの登頂とのことです。

Denis Urubko: non solo invernale al K2. Apriremo una via nuova sulla Nordest. Ecco la videointervista by Montagna.tv 2014.10.27

Denis Urubko zapowiada zimowy szturm na K2 już w najbliższym sezonie by wspinanie.pl 2014.10.28

 現在デニス・ウルブコはイタリアで暮らしているため、イタリアの山岳ジャーナリストを経てMontagna.tvにもたらされた情報ですが、それによれば、

K2w1
左のラインはアブルッツィ稜、右の茶色のラインは北東稜(1976年ポーランド隊、1978年アメリカ隊)、オレンジのラインは今冬ウルブコが予定するライン(Montagna.tvより)

K2w2
 赤矢印はウルブコが狙っているライン(wspinanie.plより)

 北東稜に中国側から迫る新ルートを登る予定。登山方法はアルパインスタイルではなく、4~5箇所のキャンプを用いた極地法を採用するとのことです。
 Montagna.tvのインタビューで、デニス・ウルブコはこう答えています。

『“Sono contento che Messner sia nato molto prima di me – ci ha detto sorridendo Urubko -. Ma questo non vuol dire che l’alpinismo sia finito. Penso che non sarà mai finita l’esplorazione”.』

「メスナーが私より昔に生まれたことを嬉しく思ってますよ」 ウルブコは笑顔で語った。 「それが登山の終わりを意味するとは思いません。探検に決して終わりはない、と考えています。」)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ピオレドール・アジア2014ノミネート (Piolets d'Or Asia 2014, the nominations for the 9st edition)

韓国の山岳誌『人と山』誌において、ピオレドール・アジア2014にノミネートされた登山隊が発表されました。

9th PIOLETS D''OR ASIA 最終候補チームプレビュー by 月刊『人と山』

以下引用開始
----------------------------------

 純粋に先鋭的なクライミングを展開したクライマーを激励する目的で制定されたピオレドール・アジアが今年で第9回目を迎えた。
 この賞は過去8年間、アジア山岳文化の発展を牽引し、未来志向のクライミングを追求する純粋性を強調してきた。
 この活動を通じて、酸素と人工補助物・固定ロープやシェルパ等の援助を受けて成し遂げられた結果が過程を凌駕することはない事を知らしめ、商業主義に傾倒する登山に対しても警鐘を鳴らした。

 ピオレドール・アジア委員会(会長ホン・ソクハ)は、今年もこの規定を実践した候補チームを、各国の山岳専門誌とアジア山岳連盟加盟国から推薦を受けた後、厳正な審査を経て最終候補チームを選定した。
 夢を実現するため、険しい壁の前に立つことを躊躇しなかった、アジア最高のクライマーに会ってみよう。

 文/イム・ソンムク記者 写真/候補チーム

 P1

P2

ガッシャブルム5峰(7147m) 南東壁 カラコルム山脈

 アン・チヨン(韓国山岳会)隊長が率いた遠征隊がパキスタン・カラコルム山脈に位置する未踏峰ガッシャブルム5峰(7,147m)をアルパインスタイルで初登した。
 アン隊長とイ・ギグン、ソン・ナグジョン、チェ・ヒョンウ隊員ら4人で構成された遠征隊は、当初は北東壁を経てアルパインスタイルで登頂を試みる計画で6月13日出国した。
 しかし7月9日から14日に北東壁ルートを登った第1次アタックにおいて、結氷状態の不良と悪天などの要因で海抜6,400m地点まで登攀した後、退却しなければならなかった。
 遠征隊は苦心の末にBCを南東壁に移した後、7月23日にアン・チヨン隊長ソン・ナグジョン隊員が再度登頂をめざした。翌日やはり速攻でクライミングを継続しようとしたが、稜線上で疲労のため再びビバーク地に戻り二日目の夜を過ごした。
 登攀3日目、7月25日に2人はガッシャーブルム5峰頂上に登り、翌日26日、BCに無事帰還した。
 アルパインスタイルで初登に成功した瞬間だった。

Abiroute
(※画像は中国戸外資料網BBSより引用)

P3

アビ(5694m) 南壁単独登攀 中国・チョンライ山脈

 中国の柳志雄(Liu Zhixiong)がチョンライ山脈・スークーニャン山群にある阿妣(あび)2峰(Mt. Abi 5,694m)南壁単独登攀を試み、14時間で完登した。
 去る9月20日、柳志雄は巨大なピラミッドのような南壁中央の雪壁から取り付き、右上して登り進み、東南稜にたどり着いて頂上まで登った。
 登攀ルートは長さ1,100m、最も難しい核心部が5.9,AI2+級。登攀グレードはさほど高くはないが、不安定な岩質と単独登攀のプレッシャー、そして新ルートであることを勘案すれば容易ならざる登攀だった。
 阿妣2峰は2002年2月に初登されて以来、8度登頂されている山で、南壁右側ラインは未踏で残っていた。
 柳志雄は容易な部分はロープを使わないフリーソロ方式で、難しい部分はロープを使ったソロ方式を適切に取り入れて登り続けた。
 彼は軽量速攻登攀の典型を示し、ほとんどナチュラル・プロテクションを用いてクライミングの痕跡を残さなかった。下降の過程でもスリングを多用して支点を作って下降し、これも足りなくなるとメインロープを切ってスリングの代用として用いた。

P4

P5

ルース氷河4つの新ルート アラスカ・ルース氷河

 日本の男女混成ペアが38日間アラスカ ルース氷河(Ruth Glacier)でバリエーションルートを含む合計4本の新ルートをアルパインスタイルで開拓した。
 谷口ケイと和田淳二のチームは氷河上にBCを設けた後、ダン・ビアード Dan Beard(3,073m)南壁の雪壁と氷壁ラインをつないでバリエーションルートの開拓に成功した。
 彼らがこの山を最初に登ったのは、高難度・困難なクライミングのための足慣らしでもあった。

 2番目の山はポイントKJ(Point KJ・3,444m)イーストスパーである。このスパーはAI4+、M5+級に達する難易度は中級のルートだが、危険度の等級がR(墜落すれば負傷する危険が大きい)を示し、相当なプレッシャーの中で登攀に成功した。
 数日休息を取った彼らは、最初のクライミングで訪れたダン・ビアード東壁を狙った。
 垂直の氷壁と難しいミックス壁の連続だったが、既に多くの高所登山・ビッグウォールの経験をもつ彼らは速攻で1,300mに達する東壁を突破、頂上に立った。 難度はWI4、AI5、M5級。
 .最後の目的地はP3(3,444m)イーストスパーである。アルパインクライミングに最適な状態で取り付いた彼らは1,000mに達するスパーを登り、38日間続いた遠征登攀の有終の美を飾った。

----------------------------------
以上引用おわり

 アン・チヨン隊長率いるガッシャブルムⅤ峰は既に海外のクライミングサイトで紹介され、谷口けい女史のルース氷河の一連の登攀も既に日本のアルパインクライマーにはご承知のとおりですが、中国の柳志雄(Liu Zhixiong)について補足します。

 スークーニャンの阿妣2峰は2004年にフランス隊が初登、以降は中国のアルパインクライマーに各方面から登られ、過去にも当ブログで以下に掲載しています。

四川省チョンライ山脈 阿妣2峰登頂レポ ~中国のアルパインクライミングの今~ by 当ブログ2011.05.05

Li2
 柳志雄(Liu Zhixiong)は1979年中国・湖南省出身、成都科技大を卒業後、四川省体育局でプロスポーツトレーナーとして勤務した後、中国国家体育指導員として2006年から2年間にわたりフランスの山岳ガイドからクライミングの指導を受け、以降は専業のクライミングインストラクターとして活躍。スポーツクライミングでは5.13をこなし、アルパインクライミング、さらにオリエンテーリング等様々な分野で活躍しています。
 ちなみに今回単独で登った阿妣2峰のルートには『Graduation exam』(卒業試験)というルート名を命名しています。今後の中国のクライミングシーンでは注目すべき人物でしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

信州にて

Img_0958m
長野県にやってきました。

Img_0957m
日本山岳ガイド協会主催・全国代表者会議に遭対担当として出席。
続けて環境省の自然公園指導員研修会にておべんきょう。

前日は福島県某所にて現場仕事の後、高速道経由で帰社。翌日の作業の準備をし、帰宅したのが20時。
それからガイド協会の書類関連の雑事と食事を済ませ、郵便局とATMをまわり山形を脱出できたのが22時。
時々仮眠をとりながら1人で運転、長野県の南方・阿智村の会場に到着したのが9時。

現場作業員とガイドの二つの時間軸。
尊敬する某登山家や山岳ジャーナリストと違い、生きるのに不器用な私の解決法は単純、睡眠時間を削ること。

会議が終わり、山形に向かう。
夕暮れの中央アルプスの山並みが、疲れた身体にはとても美しく見えた日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遊佐町 鮭つかみ取り大会

Imgp1840
 息子のリクエストもあり、昨年に引き続き、今年も遊佐町・鮭つかみ取り大会に参加。

 昨年の鮭つかみ取り大会の様子

 昨年の反省を踏まえ、山形市内を7時に出発、つかみ取り受付開始の9時30分に会場到着。
 受付開始の時間ではあるが、既に地元民らしい参加者が受付に殺到しており、今年も12時30分からの第3回めつかみ取りに割り振られる。10時頃には当日券売り切れの声が聞こえていた。
 他の参加者の話を伺うと、地元の方は早い回に参加するため、9時前には受付に並んでいるらしい。

Imgp1829
 極寒だった昨年とは大違い、今年は鳥海山もばっちり見える快晴で気温も20度超。

 今年の鮭は生育状況が良好で大物が多いらしい。
Imgp2645
 しかも「イキがいい」・・・すごい暴れてなかなかつかめない(笑)
 息子の手伝いにまわり、2人でようやく一匹ゲット。
 鮭の頭を棒で叩いてくれるスタッフのおじさんも、息子の捕まえた鮭を見て「おっ、これはいい鮭だ!」と言ってくれました。

 昨年のブログには、『放流された鮭は結構おとなしかったので、小学校低学年~幼稚園児でも楽しめると思います。』 なんて書きましたが、今年は元気な鮭で子供達も苦戦していたようです。

Imgp1843
 で、捕まえた後は会場奥のコーナーで塩をまぶしてくれるのですが。
 私が捕まえた鮭の腹を、おじさんが指でプニプニ押して頭をひねっている。
 「・・・もしかしたら、メスかなぁ・・・」

 昨年のとおり遊佐町内のAコープに持って行き、さばいてもらいましたが、やっぱりオスでした。嗚呼、幻のイクラ。

 なお今年は昨年と異なり、チケット(前売り1000円、当日1200円)に300円分の買い物券が付いていました。
 場内では玉コンやたこ焼き、ウインナー等々、縁日のような食べ物が一通り売られています。
 自分の鮭つかみ取りの時間帯まで、晴天の下、芝生で食事しながら待つ家族連れが多かったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【速報】 Golite 倒産

 速報といいつつ既にツイッター等で情報が流れていますが、アメリカ・コロラド州ボルダーに拠点をおくアウトドアメーカー Golite が倒産しました。

Boulder outdoor-gear manufacturer GoLite files for Chapter 11 protection by Denver Business Journal 2014.10.20

 同社は1998年、キンバリー&ドメトリ・クーポナス夫妻によって創業、軽量なアウトドアギアで知られていました。
 また企業として社会貢献を果たしている組織「Bコーポレーション」として、パタゴニアと共に名前を連ねるアウトドアメーカーでした。
 創業者のキンバリー夫人はコロラド州におけるBコーポレーション認定機関の役員として、つい先月認定されたシューズメーカーに関してメディア上で発言していたばかりでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南京結びを熱く唄え!

 ロープワークが苦手な皆さん、こんにちわ。

 いやあ私もガイド資格持ってて何だけどさ、ロープワークが苦(以下省略)

 職場が土建業の現場作業部隊なもんで、いろんな結びを教わったもんですが、特に重要なのが『南京結び』。
 若いアウトドア愛好者の方には「トラッカーズヒッチ」と言った方がわかりやすいでしょうか。

 大型トラックなんかに工事資機材を積む時、ロープでがっちり固定する場合はやはり『南京結び』。
 これができないと、

 「お前、南京できねえのか!」

 と親方から罵声が飛ぶことになります。

 ・・・と思ったら、あれあれ、海の向こうでも南京結びにこだわるお兄さんが・・・・
 しかも熱くロープワークを唄っている・・・
 かつて、これほど 熱 く ロ ー プ ワ ー ク を 唄 っ た 歌 があるだろうか!?

 まずは以下の動画をご覧下され!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

月山 交通情報【2014年秋】

 月山登山口でもポピュラーな姥沢登山口に通じる志津温泉~姥沢の県道は、今年は11月7日(金曜日)に閉鎖される予定です。

 残り少ない秋山シーズン、東北の山はいつ降積雪があってもおかしくない時期です。
 天候には注意の上、晩秋の登山をお楽しみ下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キム・ジャインちゃんがユニクロのCMに登場

日本全国1億2千万のキム・ジャインちゃんファンの皆様、こんにちわ。

キム・ジャインちゃん、ユニクロのテレビCMに登場です!
(・・・つっても、韓国ユニクロの話な)

강동원, 박칼린, 김자인 유니클로 후리스로 만나다  by アドウィーク2014.10.20

以下引用開始
---------------------------------------
カン・ドンウォン、パク・カーリン、キム・ジャイン、ユニクロフリースに出会う

[アドウィーク ヨン・ハウン記者]
 グローバルSPAブランド(訳者注:SPAとは企画・製造・販売を一体化して行うこと)、ユニクロ(UNIQLO)は、2014年の秋冬シーズンを迎えたフリースコレクションを発表、既にユニクロのモデルであるカン·ドンウォンとチョン·ジヒョンを筆頭に、音楽監督パク·カーリン、スポーツクライマー キム・ジャイン、漫画家ホ·ヨンマンなど、さまざまな分野で活躍する20人の日常と共にフリースの広告映像を順次公開している。

 今回公開されたフリースの広告は、柔らかく(パク·カーリン)、軽く(キム・ジャイン)、温める(カン·ドンウォン)というフリースのメリットを強調した。広告コピーである 「ユニクロのフリース10周年、これからもあなたと一緒に」からも伺えるように、フリースウェア10周年を迎え、来る31日まで「すべてのフリース・スタイル」SNSイベントを実施する。
---------------------------------------
以上引用おわり

軽々と人工壁を登るキム・ジャインちゃんに、フリースウェアの「軽く」をあてはめたところが広告のミソですね。

まずは韓国ユニクロのテレビCMをご覧下され。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おまもり

山形県朝日少年自然の家からご依頼をいただき、蔵王登山を引率。

少年自然の家の行事といっても、今回は大人向けトレッキング企画。
結構ご高齢の方が多く、ペース配分に神経を使う。

されど、好天に助けられた一日。

帰路のバス。
好天下の登山を終えて気分も高揚されているのだろう、年配の参加者の方がバスの車中で山の歌『いつかある日』を披露してくれた。
あのロジェ・デュプラ歌詞の『いつかある日』である。

本日の秘密兵器は、

Tel_2
娘手作りのキーホルダー、ザックに付けて登りました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

月山交通情報【2014年10月】

 山形県・月山の庄内側、羽黒八合目登山口に続く県道「月山公園線」は、10月24日(金曜日) 午後3時から閉鎖されるとのことです。

 山形県西川町の志津から姥沢登山口までの県道閉鎖は、現在のところ未定です。
 姥沢登山口のリフト運行は10月26日(日曜日)まで運行予定です。

 山形県の山も初冠雪の時期が近づいています。
 天候には注意の上、秋山登山をお楽しみ下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペイジー・クラッセンは何を食べているのか?

日本全国の甘党クライマーの皆さん、こんにちわ。

 去る6月にアメリカ初の5.14cルートを女性初登した、アメリカのペイジー・クラッセン(Paige Claassen)が バ リ バ リ の 甘 党 であることが発覚しました。

Page2

A sugar high: Professional climber’s diet heavy in sweet stuff by Timesfreepress.com 2014.10.15

記事タイトルのsweet stuff(菓子)に目を奪われましたが、ペイジー・クラッセンは自身の経験から常識的なアスリートの食事法ではなく、砂糖の摂取を肯定しています。

以下記事引用開始
--------------------------------------

 多くのプロ・アスリートと同じく、クライマー、ペイジ・クラッセンは食欲旺盛です。

 ところが、彼女の食事は『低脂肪』、『低炭水化物』、『低糖』とはかけ離れています。クラッセンは砂糖をこよなく愛しています。

 クライミング中の食事として、クラッセンはプロテインやエナジーバーの類いではなく、ドライフルーツ、ピーナッツバターとジャムのサンドイッチ、そしてクッキーを食べます。クライミングは多大なカロリーを要し、週4~5回クライミングを行い、世界中をまわっている彼女なら、なおさらです。

「プロのアスリートとして常にエネルギーを消費してますから、自分の身体を維持しなければなりません。私の食事のほとんどは自家製で、低脂肪、低炭水化物、低糖ダイエットにはこだわりません。皆さんと違って、私には砂糖がよく「効く」んです。」

 クラッセンは来週、チャタヌーガ・リバーロックス・アドベンチャーゲームの一環として開催されるボルダリングコンペに出場、またワールドツアーで訪れたSouthern Rockでの体験についてスライドショーを行います。

クラッセンは自分の食事が万人向けでないことを認めていますが、彼女にとっては効果的な食事です。

「砂糖を多く摂取するとスタミナが効いて疲れません。タンパク質を摂ると、疲労を感じることがあります。もちろん、誰もがそうだとは思いません。 砂糖は私の食事の大部分を占めています。 食事から糖分を全てカットした経験があります。その結果、スタミナが続かなくて、クライミングのパフォーマンスが低下して本当に苦しみました。それから、デザートを「クライミングフード」として受け入れることを学びました。」

 甘い物全てをこよなく愛していることは、彼女のウェブサイトでお気に入りのレシピを公開していることからも明らかです。
 彼女は砂糖マニアを自認して、常に新しい味を試みています・・・・・オリーブ以外は。

「オリーブだけはダメです。旅の間は、いつもアヤしい食べ物を試すのは大好きです。」

 食事への愛情は、母親の手作りの食事によって育まれたという。

「クライミングを始める前から、母はいつも毎食(朝食、ランチ、夕食)を作ってくれていました。私たち家族はよく食べるんです。クライミングはさらに私を空腹にさせました。」

 料理人として、彼女が作る料理は甘いお菓子に限られるわけではない。

「以前はよく焼き菓子を作っていましたが、最近の私はいろんなものを料理しています。リゾットが私のお気に入りです。 ポレンタ(訳者注:コーンミールを粥状にしたイタリア料理)、野菜ラザニアや焼きたてパンも好きな料理です。」

--------------------------------------
以上引用おわり
この記事の続きには、ペイジー・クラッセン公式サイトから

K1
チョコ・ラズベリー・クッキー

K2
ポップタルト

の他、カップケーキのレシピが掲載されています。

さあ体重気にしている、よい子のクライマーのみんな!
甘いお菓子ガンガン喰ってペイジー・クラッセンみたいに登ろう!!

【参考サイト】

Paige Claassen 公式サイト (他クライマーのサイトとは違ってRecipesのページがあります)

ペイジー・クラッセン、アメリカ初の5.14c・Just Do Itを女性初登 by 雪山大好きっ娘+ 2014.6.2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Berghaus社 consumer panel 日記 10月

さあてBerghaus社 consumer panel 、10月のお題は、

Berg3
アウトドアウェアに関するアンケートでした。

 私、なにぶん汗っかきなもんで、無雪期はシャツの上に雨具以外のジャケットとか着る機会なんて、ほとんど無いんだよね。
 防風の際は、韓国Nepa社の超軽量ウインドブレーカーを着る程度。
 今回のアンケートではアウトドア活動の頻度を尋ねられ、ウェアを選択する際の基準について詳細に尋ねられました。
 
 んー、私の場合、ウェアとの出会い・購入は「成り行きまかせ」(笑)が多いので、今回の回答もBerghaus社の参考には全くなりそうにありません・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

氷の微笑

奥羽山脈の片隅にて。

Imgp1824m
山は秋色。

Imgp1822m
湿原の池塘には氷が張っています。
もう冬はすぐそこですね。

Moon
彼方、朝日連峰の上にぼんやりと昼の月。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デニス・ウルブコチームの冬季K2遠征

来シーズンに予定されているデニス・ウルブコの冬季K2のプラン概要が明らかにされました。

Álex Txikon irá al K2 este invierno con Adam Bielecki y Denis Urubko by Desnivel 2014.10.10

K2winter
登攀ルートは中国側、K2北面からの登頂をめざす模様。
ウクライナのクライミングサイトでは82年の日本ルートをたどるものと報じられています。

メンバーは
Denis_urubko
デニス・ウルブコ、

Alex
ライラ冬季登頂はじめ、近年は高所登山で活躍しているスペインのアレックス・チコン(Álex Txikon)、

Adambielecki
ガッシャブルム1峰冬季登頂を果たし、ポーランド山岳界でも若手ホープと目されているアダム・ビエリツキ。今春のカンチ北壁からデニス・ウルブコと登山を共にしています。

 この強力なメンバーで、2002/2003年クシストフ・ビエリツキ率いるポーランド隊以来2度目の冬季K2北面へのトライが注目されます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】 クライマー パタゴニアの彼方へ

Climbermovie 映画『クライマー パタゴニアの彼方へ』を鑑賞。
先日の記事でも書いたように、私の周囲では「賛否両論」な映画なんですが、私自身はドキュメンタリー映画として引き込まれました。
「フリー化」というクライミング関係者でなければ到底興味を持たれないようなテーマですが、あの盛り上げ方はレッドブルならでは、という気がします。

 私はもともとクライミングなんて嫌いですし、さらにダーフィット(デビッド)・ラマみたいな天才肌はさらに嫌いなんですが。
 いやそうでしょ?
 自分が何度も何度もトライしてもダメなトコを、センスと才能に恵まれた連中はさほどの苦労もなくサクサク登っていく、あの悔しさ?

 月山の積雪下のブナなみに根性ねじ曲がっている私ですが、劇中でセロトーレの核心部で

 『無理かもしれない』
 
 というダーフィット(デビッド)・ラマのつぶやきに、凄いシンパシーを覚えました。
 『無理かもしれない』
 そんな言葉、クライミングの最中に思い浮かびますよね(少なくとも私は)

 さらに劇中、強烈に印象に残ったのはジム・ブリッドウェルの言葉

 『希望はまやかしに過ぎない。信念を持て。』

 ですね。

チェザレ・マエストリは『大悪党』なのか?

 この映画を鑑賞して、私はチェザレ・マエストリに思いを巡らさずにはいられませんでした。
 映画の冒頭でマエストリに関する貴重なフィルムが流用されています。
 
 映画自体も、また映画を鑑賞した日本人の多くも、フリー化をめざすダーフィット・ラマとボルト乱打したマエストリを対照的にみる方が多いようです。

 しかし、はたしてそうでしょうか?
 
 劇中ではブリッドウェルやグロバッツらそうそうたる面々がコメントしていますが、私は確信しています。

 ダーフィット・ラマのフリー化を最も感慨深く受け取ったのは、マエストリではないか、と。

 そもそもチェザレ・マエストリは、1950年代当時における最高のソロクライマー、フリークライマーの一人でした。
 当時としては最困難と目されるチヴェッタ北西壁、マルモラータ南西壁をバックアップロープもZ法も使わないフリー・ソロで登攀。 さらにザース・マオールのゾレダールート単独2登やクロッツォン・ディ・ブレンダ単独登攀を果たした際には同ルートの初「クライムダウン」も果たしています。
 
フリークライミングの名手だったマエストリは、1960年のローダ・ディ・ヴァエル南西壁の新ルート開拓においてボルトを使い始め、以後セロトーレ遠征に続きます。おそらく当時の「最先端」であった「ディレッテシマ」の流行が関係しているものと私は推測しています。

 日本の山岳メディアでマエストリを詳しくとりあげたのは『岩と雪』誌33号のインタビュー記事程度しかないのですが、セロトーレのボルト事件の陰で、マエストリのフリークライマーとしての経歴があまりに軽視されているのではないでしょうか?
 
 山と渓谷社のサイト「Climbing-net」では『大悪党』とまで形容されているマエストリですが、イタリア山岳会では名誉会員であり、クライマーとしての経歴からイタリア・ヴェローナ大学スポーツ学科から学位も授与されています。

 ブリッドウェルらビッグウォールクライマーのコメントが劇中に効果的に挟まれていますが、このセロトーレ・フリー化にコメントするに最もふさわしいのは、チェザレ・マエストリその人だと私は考えています。

参考サイト:
映画クライマー 公式ツイッター チェザレ・マエストリが寄せたコメント

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】 越後奥三面 山に生かされた日々

山形に戻り、イベント『山の恵みの映画たち』の一環として上映される『越後奥三面 山に生かされた日々』を鑑賞。
この機会を逃せば、おそらく観る機会は無いだろう。

Photo

この映画は、民俗記録映像の作り手として名高い姫田忠義氏製作・演出の147分の長編ドキュメンタリー。
山形県・新潟県県境、朝日連峰の奥地、今は奥三面ダムに沈んだ、新潟県朝日村、かつての奥三面集落の生活を記録したものである。

映画はダム問題に触れながらも、あくまでも人々の生活を淡々と記録していく。

 上映後、最近は山岳雑誌にも寄稿されている東北芸術工科大学教授の田口洋美氏がゲストトークとして登場、この講演がまた興味深く時間を忘れさせるものだった。
 田口教授は24歳当時、この映画制作スタッフとして関わっており、貴重なお話を伺うことができた。

 映画がとりあげているのは昭和50年代後半、日本がバブル期に突入する直前の三面集落なのだが、その時期において、このような素朴な、山に生きる人々がいた事に大変驚かされた。
 
 今はもう東北地方でも滅びかかっている「ゼンマイ小屋」の暮らしが描かれる。
 自宅から離れた山中の粗末な小屋で暮らし、ゼンマイを穫り、加工する生活が一ヶ月以上続くのだが、小学生・中学生の子供も同行する。
 「ええ!?学校どうするの!?」
 と、心の中で思ったのだが、映画は子供達の様子ももれなく記録している。
 なんと、当時の三面地区では、

 『 ぜ ん ま い 休 み 』

 なる、10日間の休みが学校から与えられていたのだ。
 映画の中で子供が宿題をする様子が描かれているが、宿題帳の表紙にもしっかり「ぜんまい休み宿題」と記されている(笑)
 ゼンマイは高値で売れるため、三面集落の貴重な現金収入を占めることも描かれているが、公教育において「ぜんまい休み」が認められているのも、いかにゼンマイ穫りが生きるための手段であるか社会的に認知されている証左であろう。
 
 子供達が山菜を採り、栗を拾い、魚を釣る様子が記録されている。

 それは「野外体験活動」などというものではない。
 子供達が穫った山菜、栗、魚はその日の糧であり、家族の食卓のおかずであり、時には現金収入の一部となる。 生きるための行為だったのだ。

 この日、映画館は年配の観客で満員、パイプいすも急遽用意される程の満員であった。
 おそらく東京あたりで上映される客層とは異なり、多くの観客が懐かしさと共に観たのではないかと推測する。

 くりかえすが、昭和50年代にこのような生活が続けられていたことに、私は感動と後悔に似た感情を覚えた。
 幼少だったとはいえ、自分自身、貴重な生活習慣を山形という土地で目にしながら、もう忘れ去ってしまっているのではないか、と。

 田口洋美氏のコメントによれば、この映画はダム問題にはあまり深く突っ込まず、人々の普通の暮らし、特に「普段何を食べているか」を丁寧にとりあげているという。そこもまた私のツボにはまる記録映画だった。

 この映画には、奥三面ダム完成後、移転した三面集落を描いた続編がある。
 環境保護団体やら日本パタ何とか社員とは異なり、ダム建設現場で汗と涙を流した経験を持つ私は、その続編をいつか見てみたいと思っている。

 一つの集落がダム着工・建設を経て完全に移転する。
 そんな時の流れを実際に経験した私は、何を見て、何を見失っていたのだろう。
 奥三面の記録映画を通じて、それを改めて知りたいのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

上州名物 焼きまんじゅう

群馬では、他県には知られていない「焼きまんじゅう」なるものがあるらしい。

時間ができたので渋川市内にある「小竹焼きまんじゅう」に立ち寄る。

Img_0934
時刻はもう夕方5時過ぎだったが、先客として幼児を連れた若いご夫婦がいた。
串に刺された焼きまんじゅうを皿に分け、
「おいしいね」と、若い母親が幼児とともに細かく分けた焼きまんじゅうを食べている。

私はビジホで食べるべく、持ち帰りで焼きまんじゅうを一つ注文。

そこへ中学生らしいジャージ姿の女の子、お父さんの2人組が入店、やはり焼きまんじゅうを注文する。

店奥のテーブルに座った2人。
お互いスマホを見つめて無言。
いまどきの親子かなぁ~と我が身に照らして考えていると、女の子がスマホを見つめたまま、ポツリと言う。

「私、この店おじいちゃんと来たことあるんだ。」

焼きまんじゅう、決して観光客向けの食べ物ではなく、地元の人々の食べ物なんだな。

Img_0935
持ち帰りの焼きまんじゅう。
店で食べる焼きまんじゅうは、太い竹串に団子状に刺さって出てきます。

食べてみると、まんじゅうはフカフカ、塩気の強い味噌だれがよく合います。
よくある「饅頭」の皮を想像していたのですが、食パンに近いような食感。
あっとい間に完食しました。
何も入ってない素まんじゅう+味噌だれというシンプルな組み合わせですが、美味しいです。

上州名物の焼きまんじゅうは、練った生地を甘酒やどぶろくで発酵させるのが特徴。
沼田市を中心とした北毛地域では味噌まんじゅうと言われ、あんこ入りの焼きまんじゅうもあります。
(訪れた小竹焼きまんじゅうでも「あんこ入り」は売っているが、私以外の客の皆さん普通の焼きまんじゅうを注文していました。)
専門店をはじめ菓子店、飲食店、祭りの露店など様々な店・場所で売られています。

群馬の郷土食に関して幾つか文献をよみましたが、小竹焼きまんじゅう店でみかけたお客の様子から、いかに郷土食が地元の方に愛されているかよくわかりました。

【参考文献】 粉もの上州風土記 群馬県立歴史博物館 発行 H22年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴールデン・センチネル(5200m)北西壁 『サムライの娘』ルート開拓

8月末にとりあげた、マリナ・コプティバ(ウクライナ)、ガリーナ・シビトーク(ロシア)ペアによるインド・ラダック遠征。
 
 彼女達は当初Shafat fortress(5850m)の登攀を予定していましたが、今回はゴールデン・センチネル(5200m)北西壁の初登に成功した模様です。
 衛星電話の手続き上の問題でコメントのみの情報が伝わっていましたが、ウクライナのクライミングサイトでようやく画像も発表されました。
 ルートの詳細、日時はまだ明らかにされていませんが、遠征は順調に進み既に二人はマナリに下山しています。
 今回二人が命名したルート名が『サムライの娘』。
 サムライは日本の侍です。
 昨年のポーランド隊・トランゴタワー新ルート『BUSHIDO(武士道)』に続き、勇ましい日本語が知られているようで・・・・

 P1
 彼女達が取り付いたゴールデン・センチネル(5200m)北西壁

 ゴールデン・センチネル峰は2007年にイタリア隊が初登・命名した山で、イタリア隊は北稜と東壁を登攀しています。 ハリシュ・カパディア氏のレポートに掲載されているような山ですので、まあかなりマイナーな山ですがマリナ、ガリーナのペアはいつもどおりクライミングを楽しんだ模様です。

P2
遠征中のマリナ・コプティバ

P3
登攀中のガリーナ・シビトーク

P4
氷の張り付いた壁を登るガリーナ

P5
フェイスを登るガリーナ

---------------------------------------

Golden Sentinel (5200m India, Zanskar area) North-West face first ascent

P6
Marina Kopteva(Ukraine) and Galina Chibitok(Russia), they are reported to have climbed the north - west face of Golden Sentinel (5200m).
They made the first ascent of the virgin north - west face, and named new route " Дочь самурая"(samurai's daughter).

They have not clarified the contents of the route, date, etc. yet for details for the procedural problem of a satellite phone.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »